HP200LXと私
HP100LXは1993年という、当時日本ではPDAという言葉もまだ聞こえて来なかったような時代に、前身の機種HP95LXの経験豊かな資産を受け継いで登場した、アメリカHEWLET PACKARD社製の携帯端末です。今でこそカシオペアだのモバイルギアだのさまざまなPDAが登場して来て、小さな情報処理端末というだけなら珍しくも何ともなくなって来ましたが、当時からその必要性を痛感していた人々には大きな福音だったはずで、私もその恩恵を受けて、また現在も受け続けている一人です。今のWINDOWS CE機などにないメリットがまだまだ多く、当分手放せそうにありません(^^)。その魅力をご紹介します。
私がHP200LXの前身の100LXに出会ったのは、1993年の11月のことでした。
当時愛読していた月刊ASCIIに「LONGTERM LOADTEST」という記事があり、その雑誌の編集長の遠藤氏が、自身も愛用しているミニチュアパソコンとして紹介していたのが出会いでした。
その時私を捕らえたのは、手のひらサイズの、DOSが走る正真正銘のパソコンだという点です。
そもそも私がパソコンを所有することになったのは、HOROSCOPEの作図を自動でやりたかった為でした。しかも生年月日時間・出生地を聞いたその場で作成するということに憧れて、NOTEパソコンが小型になる度に、まだまだ実際持ち運べる大きさではないにもかかわらず、馬鹿な消費者丸だしで(^^)買い換えを繰り返していたのでありました。
この記事を見て、やっと携帯出来る小ささの(小さ過ぎるくらいの)パソコンを見つけたと興奮したものです。
しかし購入に踏みきるまでには、大きな問題がいくつかありました。
1.DOSが走るからといって、DOS用のパソコンソフトがすべて走るほど"ちゃんとしたパソコン"なのか?とりわけ、画面の大きさがVGA(640*480)でなく、CGAとかいう640*200の小さい画面なので、VGAの普通のパソコン用ソフトが動かないのではないか?
2.NEC9800系のHOROSCOPE作成プログラムは知っているが、果たしてPC-XT(AT)系のHOROSCOPE作成プログラムは存在するのか?
3.記事によると、日本語に対応した製品ではなく、ネットワーク上で入手出来るフリーソフトで一部なんとか日本語が表示できるようになってきたとあるが、日本語化は完全に可能になるのか?
以上のような重要な問題が大きく横たわっていたのでした。しかし、単に携帯パソコンであることに留まらないもう一つの大きな魅力も記事には紹介されていました。
それは、PIM(Personal Infomation Manager)と呼ばれる、DOSで走るいわば当時のwindows3.1のようなタスクスイッチャ上で立ち上がる、秀逸な手帳ソフト群でした。
その魅力の詳細は後に譲りますが、とりあえず特筆すべきは、まずLOTUSがついていること、また一日単位で予定を書き込んだものを、月間の一覧表示時にも確認出来るスケジューラソフトがあること、電話帳などのデータベースソフトが、テーブルを自分でかなり自由に作成出来ることなどです。当時よく出ていた電子手帳ではできないことで、特に月間一覧表示が便利で電子手帳に目もくれずシステム手帳を使い続けていた私には、驚きの機能でした。もちろん、これだけの理由で当時で10万円近くもの金額を出そうとは思いませんでしたが、もし、2.の本来の目的が適えられないとしても、1.3.の点である程度満足できれば、本格的なexecutive電子手帳兼文書作成、閲覧用DOSパソコンとして購入してもいいのでは、と思うほど十分な魅力なのでした。
そしてそれからというもの、休日はniftyserveの当時のYHPPCフォーラムの会議室LOGを読み漁る日々が続きました。
その結果、
1.については、VGAの規格が出る前に、CGA規格というパソコンというのが存在しており、それと同等のれっきとしたパソコンであること。また、小さいフォントを使用すれば、VGA同様一画面に80*25文字を表示でき、フリーソフトによるDOSの日本語化(DOS/C化)でDOS/V用のV-TEXT対応のソフトが使用できて(VZ-EDITOR,VJEBなど)、またネットワーク上で得られるDOS用の無数の有益なTOOLも問題なく使える(FD.NIFPなど)ことがわかりました。
つまり、当時NOTEといえども気軽に持ち出せるほど小さくはないパソコンでしかできなかったことが、至る所に持ち出せるということです。ちなみに今この文章も、とある24時間営業の喫茶店でHP200LXを机上や膝の上に置いたりしてプチプチ打ち込んでいます...
さて2.の日本語化についてですが、まさかネットワーク上でのパソコン日本語化史上最大級のユーザーによるソフト開発の渦中に飛び込む事になろうとは...
そもそも欧米製のパソコンで日本語を使う為には、もともとソフトウェアだけでは対応しきれず、ハードウェア上でも日本語表示への対応が必要な時代がしばらく続いていました。近年になって、ハードウェア上の漢字ロムの搭載なしで、グラフィック画面で日本語の文字表示を実現出来るDOS/VというOSが開発され、日本以外の世界中を市場としていた欧米製の安いコンピュータが日本にそのまま入って来る事ができるようになりました。おかげで、NECを筆頭とする国内のパソコンメーカーも価格を下げざるを得なくなり、以前に比べて安くパソコンを入手できるようになってきたことは、ここ10年程の業界の流れを見て来た人なら、周知の事実です。
HP100LXはアメリカ「HEWLET PACKARD社」の製品で、日本では当時「横河HEWLET PACKARD」という会社がこの商品を扱っていました。これはもともとの欧米型の仕様のまま日本でも一部の専門店に卸されていただけで、もちろん漢字ロムを搭載するでもなく、英語のわかる人や日本在住の外国人向けに売られているような状態だったようです。
私が出会った時には、先にも触れたように、すでに日本語表示対応のソフト開発がパソコン通信のネットワーク上で始まっていましたが、タスクスイッチャ(HP100LXではシステムマネージャー、以後シスマネと呼ぶ)上のソフトによっては日本語表示が化けたり、また、シスマネ上での日本語入力方法とDOS上での方法が全く異なり、またそれぞれが不安定な状態がしばらく続いていました。
そもそもグラフィックの規格がCGAの為、商品化されているDOS/Vは使用出来ず、いろいろな有志のプログラマーがDOS上での"DOS/C"による日本語化とシスマネ上での日本語化の安定的な統一環境を目指していました。NIFTYのFYHPPCフォーラムでは毎週毎週各種ドライバーのバージョンアップを繰り返すペースで、日本語化に向けての熱き戦いが繰り広げられているのでした。
当時購入までの私の休日は、ずっとこの戦いの成り行きを見守り続ける日々でした。そこでは”神々”と呼ばれる日本語環境を開発する人々と、開発はできないが、出来たものをその都度試しては感想や問題点等を発言する人々、ひたすらじっと見守り続ける人々などが入り交じって、毎日毎日怒濤の書き込みが会議室になされていました。その背景にあるエネルギーは他でもなく、HP100LXで日本語が使えるようになれば、究極の携帯マシンになる、という大きな期待感だったと思います。そうした状況を見ているうちに、私は次第に「これは絶対使えるマシンだ」という確信を強めていくのでした。
4ヶ月あまりのこの事前調査の後、1994年3月10日、大阪日本橋のT−ZONEにて、HP100LXと5Mのフラッシュメモリーカードを購入し、かくして私とHP100LXとの共同生活が始まったのでありました(これを書いているのも98/3/10で、4周年のメモリアル書込みです(^^)/ )。
現在、HP100LXは製造中止となりHP200LXという型番になって、96/7にアメリカ製の怪しいモデムのトラブルで壊れたHP100LXからHP200LXに買い換えましたが、製品の基本的な仕様は全く同じです。フラッシュメモリカードはこの1月に東京の若松通商で75Mを入手して使っています。それにしても当時購入した5Mより安く購入できるのですから、モバイル関係の業界自体、いかに動きが早かったかがわかります。
尚、日本語ソフトの方も、現在オカヤシステムウェアよりHP200LX専用の日本語化キットが発売される様になり、HP200LXに買い換えてからこちらを使っています。一緒に開発に携わってきたかのような錯覚さえしているフリーの日本語化ソフトの方に頑固にこだわっていたのですが、YHPPCフォーラムでの”神々”さんたちが製品化したということで心情的にも許せ、また基本的な使用感は一緒だし、使い勝手もフリーより良くなっていたので、素直に使わせてもらっています。今からもし購入される人がいたら、出来上がった日本語化キットが最初から使えるわけです。いいですねえ...
尚、DOS/V POWER REPORTというパソコン雑誌のホームページに「HP200LX日本語化キット開発秘話」という記事が連載されています。興味のある方は是非こちらもご覧下さい(ここに出てくる植木さんの名刺持ってますよ〜)。
この携帯端末に出会った当時、私が使っていたパソコンは、EPSONのPC-386noteW2という機種で、ジャストA4サイズという小ささが売りの(確か当時最少の)"国産標準"であるNEC98互換機でした。
これには、別売りでしたが結構おしゃれな専用ケースがあり、これにいれて当時いろいろなところへ持って行ってHOROSCOPEのCHARTなどを書いていた覚えがあります。しかし、やはり出して使っている姿は”いかにも・・・”であり、また何より最初からそのつもりで持って家から出ないとできない点が致命的でした。幸い、デスクトップ用のディスプレイが接続できたので、結局は自宅で使用するのが中心になってしまっていました。
その点HP200LXは、WINDOWS CE機が"HAND HELD(片手で握れる) PC"と呼ばれるのに対し、それ以前から"PALM TOP(手のひらに乗る) PC"と呼ばれているくらい小さくて(重量312g)、日頃ほとんど意識せずに持ち歩く事ができ(放すのは、せいぜいスポーツクラブで泳ぐ時か風呂に入る時ぐらい?《お風呂LXERというのを聞いた事もあるが...(^^; 》)、思いたったらすぐ取り出して使うことができます。私の場合、いつもは持ち歩いているかばんに放り込んでいますが、仕事中はズボンのポケットにむき出しで入れています。フック付きのケースに入れてベルトに吊り下げ、あたかもガンマンのようにとっさに取り出せるようにして使っている人も結構いるようですが、私も何度かトライして止めました。本当はそんな携帯方法が理想なのですが、見た目がおおげさでちょっと恥ずかしいのです。体が大きい人はいいんですが...
それと、携帯性に関して忘れてならないのが”頑丈さ”という観点です。
いくら小さくても、持ち歩いている先でちょっとしたことですぐ壊れるようではやはり持ち運ぶ事はできません。ポケットからの出し入れ時に落としたり、夙類と一緒に持ち上げて滑り落としたりすることは日常茶飯事です。実際、私も何度か床に落とし、落下の激しさのあまりフラッシュメモリーカードが飛び出る程の衝撃を与えてしまった事もありました(^^;。しかし、それでもLXは液晶の破損もなく、内臓メモリが飛んだ事は1〜2回ありましたが、基盤を損傷するでもなく、これまで無事でやってきています。なんでも2mの高さからアスファルトの道路の上に落としたが無事だったという話もあるそうです
確かにLXは、スマートなデザインのWINDOWS CE機や洗練されたフォルムのPSION(ヨーロッパで売れているPDA)とは違い、いかにも無骨で頑強といった外観で、液晶も本体のサイズからすればやや小さめな感じがするのですが、こうした”衝撃に対する配慮”のおかげで、まる4年携帯してきて事故で破損という憂き目には一度も遭遇せずにやって来ています。ほんと、タフなのは有り難いことです。
最近のPDAはこの点どうなんでしょうか?なにせ、そこにタッチするだけで操作できるという液晶が、だんだん大きくなって来てますからねぇ...(イヤミ)
レジューム機能というのはノートパソコンでは常識になりましたが、電源オンしてすぐ操作とはまだまだいかないようで、だいぶ型の古いWINDOWS95を入れたウチのもう一つのPC98ノートだと、実に20秒位かかっています。まあデスクトップとして使っているようなものなのでそれでもいいのですが、常に携帯し、とっさの時に取り出して使おうとした物がそれでは、実際にはなかなか使えないでしょう。
HP200LXの立ち上げは、使っているフラッシュメモリーカードの種類で多少左右されるらしいのですが、私の環境では電源ONと同時にソフトが使えています。とっさに取り出す時というのは、文書を見る時、メモを書き込む時、辞書をひく時など様々ですが、特に書き込む時に瞬時に立ち上がってくれないと、ストレスが溜まるだけでなく、書き込む内容を忘れてしまい、わざわざ持って歩いている意味を失ってしまいます。
電源ON即時スタートと言うのはさり気ない事のようですが、携帯端末にとって非常に重要なポイントなのです。ザウルスやPALM PILOTはどうなのか知りませんが、もしこれから何かこの種の携帯端末の購入を検討されておられる方は、是非この点も確認された方がいいでしょう。
携帯端末にとってもっとも頭の痛い?課題はバッテリーの問題でしょう。
以前PC-386noteWを持ち歩いている時は、予備のバッテリーパックを購入して、それでも合せて3時間持ったかどうかという感じでした。今出ているノートパソコンで、大容量バッテリーというのを使って8時間稼動というのを見かけるようになりましたが、全体として見た場合、相変わらず2〜3時間という状況が続いているのではないでしょうか?絶えず処理速度を向上し、記憶容量を増やす宿命に追われているパソコンメーカーに対して、こうしたこと総てがバッテリーの消費を増大させている中で、そのバッテリー稼動時間をも向上させろというのは、「勝手な事ばかりゆーなー」的な殺生な要求なのかもしれません。最近パソコン雑誌の記事で、ノートパソコンはCPUの処理速度や記憶容量がここ5〜6年で10倍以上になっているのに、バッテリーの持ち時間が全体としてほとんど伸びていないため、業界全体としてこの問題に取り組もうとしている、というのを読んだことがあります。
確かに、携帯できることを売りにしているくせに、バッテリーの持ちが実測で2時間もない端末もあり、この問題の困難さを感じさせられます。
そもそもこれは、そのまんまエネルギー問題なわけで、電源供給側の電池の容量はそう簡単に増大出来るものではないでしょうし、根本的な技術革新もすぐには期待できません。とりあえず、パソコン側をいかに省エネ設計にするかというところがポイントになってくる訳です。
HP200LXはカラーではないのでもともとそう電力を消費しませんが、どこでも手に入る単3電池2本という設計に加え、キータッチをしないとすぐにCPUがスリープ状態になるという、当時これまでになかった技術によって、2週間から1ヶ月バッテリーがもつ、とてつもないロング稼動マシンとして登場しました。もちろん、一日当たりどれくらい使うのかによって変わって来ますが、実測を時間数で表すのではなく、日数で表している所が持続感覚のちがいを示しています。
私の使用している実感では、アルカリ電池なら確かに2〜3週間もちました。過去形なのは、今は充電式の2次電池(ニッケル水素)ばかり使っているからです。こちらは充電式なので、アルカリに比べて一回当りの使用時間はそう長くはないのですが、”世間にゴミを増やさず”に済み、また、何より経済的だからです。それでも12〜15時間程度(計測ソフト使用)、だいたい一週間はもっています。私の場合は予備としてデジカメ分と共有で2組、プラス大容量の単3リチウム1組を常時携帯してバッテリー切れに備えていますが、さすがに一回の使用でバッテリーが切れるまで使いきる事はまずありません。実際、それぐらい長持ちしてくれないと安心してじっくり端末に向き合えませんね。
ちなみにWINDOWS CE機も、どんな省エネシステムなのか知りませんが、カタログ上30時間程度の稼動を謳っているようで、残念ながらLXのロング稼動も珍しくなくなって来ました。Ver.2.0になってCE機にカラー端末が登場し出しており、ノートパソコンと同じ轍を踏まねばいいが、と思っていますが、そこそこ電池のもちはよいようです。でも本格的にカラーでPDAするなら、シャープなどが開発した反射式カラー液晶だと思います。
これは半分はソフトの話になるかもしれません。
LXのキーは基本的にパソコンのキー配列で(なに型とかあるんでしょうけどわかりません(^^;)、なんとデスクトップのキーボードのようにちゃんとテンキーもついているのですが、その他に、トップに絵記号がプリントされたブルーキーが8個ついていて、このおかげでLXが電子手帳に見られてしまうこともあります。実際これらはLX内蔵の電子手帳ソフト(Personal Infomation ManagerからPIMと呼ばれる、以降PIM)の起動キーで、シスマネ上なら、他のソフトが起動していてもそのソフトを終了させる事なく、一発でそのPIMを立ち上げる事ができます。
例えば何かを調べていた状態のまま電源を切っていた時、とっさに月間スケジュール(APPOINTMENTS)を見たくなったときは、スイッチを入れてすぐ"APPOINTMENTS"のブルーキーを一つ押せば、即座に"APPOINTMENTS"が立ち上がるという訳です。
今はすっかりWINDOWSの時代になったので、マウスクリックとキー入力の違いこそあれ、どういう風になり、どうして便利なのかは言うまでもありません。WINDOWSのように今立ち上がっているソフトを画面に同時に表示しませんが(必要もありませんが)、複数のソフトのタスクスイッチを、LXはDOS(上のシスマネ)ですでに実現してしまっていた訳です。しかも手にマウスやペンを持ち替えることもなく、端末(のボタン)にまっすぐ手を伸ばすことで可能になるのですから、どっちが早いか自明ですね。
でもボタンは8個しかないのに、PIMは16個あります。残りはマイナーだから通常通りメニューから立ち上げるしかないのか、といえばそうでもなく、CTRLとこのブルーキーを同時に押すことで残りの8個が立ち上がるようになっています。
しかし、実は即座に起動するのは内蔵のPIMだけではありません。後に述べる、有志のプログラマー達が開発した、シスマネ対応の素晴らしいソフトが、否、なんとDOSのソフトまでもが、シスマネ上なら簡単な設定で1or2キーで立ち上がるようになるんです。windows CE機が出て来ても、LXを使いこなしているユーザーがみんなそっちに行ってしまう訳ではない理由は、きっとこの辺にもあるのだろうと私は思います。実際、本当に早くて便利なんです。これよりももっと簡単な操作でタスクスイッチを実現せよと言われたら、音声や脳波で命令を与えるノータッチなスタイルしかないのでは、と思われるほどです。
では、そのとてつもなく簡単なキー操作で立ち上がるソフトには、一体どんなものがあるのでしょうか?次にそれをご紹介しましょう。
◎シスマネ上のソフト
シスマネ上のソフトにも2種類あり、それは、もともとインストールしてあるPIMソフトとユーザーが開発したフリーソフトです。私が一番よく使っている代表的なものをいくつか紹介しましょう。
LXは電子手帳ではなく、歴としたPC-XTマシンです。ですからCGAに対応したDOSソフトなら、LX対応を謳ってはいなくとも、ほとんどLXで使うことができます。しかし、CGAは古い規格のパソコンなので、CGA対応としてのソフトはどんどん減りつつあります。ところがPC-ATパソコン用の新しいOS、DOS/Vの登場によって出て来たV-TEXT仕様のソフトは、テキストの行数を自由に設定出来る為に、DOS/VならぬDOS/C化されたLXでなら使用することが出来、結果としてLXで使えるソフトが増加したのでした。
私がDOCで主に使っているソフトは、ほとんどこうしたDOS/V対応の実用的なフリーやシェアの通信関係のソフトやユーティリティーです。しかし中には、持ち運べるLXに入れてこそ楽しめるソフトがあります。その中からいくつか紹介しましょう。

完全に手帳に取って替わり、優秀なソフトが持ち運べるLXに期待していた大きな役割の一つに、自宅のパソコンで落とした通信ログを携帯先で閲覧出来るビュアーの機能があります。LXと出会う前、NECの電子ブックが登場した頃に、そのログの閲覧機能に当時ちょっと注目していたこともありました。
この機能はもちろん、LX購入後すぐ実現され、LX用に特化されたフリーのビュアーなどもあって快適に使っていたのですが、あくまでログを落とすのは自宅のパソコンからを想定していたのでした。
パソコンである以上、直接電話回線に接続して通信可能なことはわかっていましたが、設定が結構面倒そうだし、モデムカードを差し込んだ時の内蔵メモリ容量の制約もあって、当初はLXで通信することにほとんど期待していませんでした。
しかし、それからにわかに携帯電話やPHSが普及し安価で入手可能になり、またインターネットが爆発的に普及してきたこともあって、LX周辺の通信関係のハード・ソフト両面における環境が次第に整って来、私も少しずつ導入を進めていくうちに、いつの間にかデータカード一体型のPIAFS対応PHSもLXのパートナーとして持ち歩くようになってしまいました。そんな通信生活を紹介しましょう。
LXでのパソコン通信の必要性に迫られた具体的な事情があった訳ではありませんが、NIFTYのファーラムや当時やっと出だしたLX関連書籍で通信関係のソフトと設定を覚えて導入に踏みきってみようと思いたったのは、LX購入後半年位してからだったと思います。メガヘルツのX-JACK2400bpsカードモデムを購入し、モジュラージャックと家庭の電話回線を繋いで使用できましたが、家庭で接続しても別のパソコンで通信環境を充分整えて使っているのであまり意味はなくて、当時通信環境の無かった会社で使えたらと、会社のビジネスフォンに繋ごうと企んでいた (^^ ことはありました。これは結局電話回線の信号が違う為に接続不可能で、どうしても繋ぎたい時には別途高価な接続アダプターを購入する必要があり、会社の調べものの為に自費で購入するには高すぎると、購入を断念したことを覚えています(最近はかなり安価なビジネスフォンアダプタが出ているようです)。
しかし、外のグレーの公衆電話を使って通信が出来るのは便利で、外出先でログを読んだりメールがやりとりできたことは、この時点の通信環境で出来た唯一のメリットでした。グレーのISDN公衆電話があるところに限られはしましたが、これをきっかけにモバイルでの通信というものの便利さに初めて触れることができたのでした。
このような通信環境での使用が一年位続いた後、社内販売を通じてデジタル方式の携帯電話を安価で入手できた機会に、フォーラムでよく話題に出ていた携帯電話との接続をやってみようと思い立ちました。早速J&Pで携帯電話接続ケーブルなるものを買って来て接続を試みましたが繋がりません。イヤホンジャックに繋いで、発信は手動でしてからタイミング良くソフトを起動せよ、と参考文献で確認しているのですが、全然うまくいかないのです。携帯の会社に電話した所、専用のアダプターを使ってくれ、とのこと。見れば携帯出来ないような大きさで値段も高価、携帯買ったついでにやってみるというには大がかりすぎるプロジェクトになるのでやめにしました。
後でわかったのですが、買って来た携帯電話接続ケーブルもLX関連雑誌の記述もアナログの携帯電話を対象にしたもので、デジタルの携帯電話では使用出来ないということでした。私の勉強不足の結晶ともいえる7000円もしたケーブルは、今も私のパソコンラックの下に眠っています (;_;
ここでいったんは携帯端末での通信をあきらめはしましたが、しかし、一度やりかけた”どこでもモバイル”の夢はそう簡単に諦めることはできませんでした。それからまたしばらくして、PHS端末もかなり普及して安価に入手出来るようになってきた頃、NTT-Pの202Sが自動ダイヤルで端末から発信できて通信に便利という情報をフォーラムから入手し、しばらくフォーラムの書き込みの模様眺めをした後、携帯電話を解約してこちらを入手したのでした。
202Sの導入は成功でした。イヤホンジャックを使ってのみなし音声接続による多少の不安定さはありましたが、端末がかなり小さく、従来のアナログ用モデムカードもそのまま接続でき(ましたが、この機会にメガヘルツX-JACKの9600bpsのに買い換え・・・実はこれに先だって購入したアメリカ直輸入の、安いがなぜか(それゆえ?)返品不可のX-JACKを使用したHP100LXが通信中息絶え、以降意識が回復せずそのまま昇天、哀しむ間もなく至急に導入したHP200LXも通信中即死で初期不良として交換、この呪われたモデムカードは交換後のLXで使用する前に中古として売り飛ばした、という恐ろしい試練をこの時期に経験したのでした。そういう訳で現在のLXは3代目になります)、その間を繋ぐケーブルもコンパクトに束ねることの出来るシンプルなものだったからです。また、宣伝されていた自動接続は手動接続の経験のない私には比較上の便利さの実感はありませんでしたが、いちいちボタン発信しないといけないようでは、手軽に通信と言う訳にはいかなかっただろうと想像できるほど使ってみると必須のものでした。本当にモバイル出来る環境がようやく整って、その醍醐味を堪能する生活がここに始まったのでした。
この通信環境には大体満足していましたが、ただ、しばらく使っていて感じていたことは、ケーブルとモデムカードを持ち歩かなければならないのが結構面倒なのと、ケーブル接続作業時になんか大袈裟っぽくて、さり気なくスマートに、とはいかないということでした。また、急速に普及しだしていたPHSのPIAFS規格も気になっており、データカード一体型のPHSである京セラ製データスコープのHP200LX対応のソフト開発についてのネット上のやりとりをいつのまにか見守る様になっていたのでした。
しかしデータスコープは端末の価格が私の手の届く所まで値段が落ちず、そうこうしているうちに、97年6月、NTT-Pから同じくデータカード一体型のPHS、321Sが登場することがわかり、私の関心はすっかりこちらのLXへの対応の可否と実売価格へと移って行きました。すでに202SでNTT-Pと契約している私は、機種変更なら端末価格は安くすむはずだと思ったからです。雑誌でこの発売予定を知ってすぐ、お客様センターへの問合せと先行発売している関東の量販店への電話による価格調査、FHPPCフォーラムの書き込みチェック、問合せなどを怒涛のようにしてしまうオタクな私がそこにいました(^^;
その結果、一番肝心の接続可否については、FHPPCフォーラムの情報から可能であることが判明しましたが、機種変更価格と関西での発売時期についてははっきりした回答が出ず、お客様センターに何度も問合せることになりました。
7月初め、あらかじめ確認していた発売日に、梅田のサービスセンターに会社の昼休みの時間を利用して、機種変更の手続きをしにいって来ました。端末価格は、従来型の端末ほどの値段にはさすがになりませんでしたが、それでも変更手数料を入れても10,000円代で入手することが出来、私としては納得出来ました。もしかしたら、関西で初めにこの321Sを入手したのは私が一番最初だったのでは、と今でも思いだしては一人ほくそ笑んでいます (^^) 。
このPHS端末はモデムカードもケーブルの携帯の必要もなく、また、PIAFS接続の快適さを初めて経験させてくれるシロモノでした。FHPPCのフォーラムに私は「もはやモバイルとは思えない」のようなことを書いた覚えがあります。9600bpsでみなし音声接続をしていた環境との比較実感を述べれば、そういいたくなるほど接続が滑らかで安定し、LXではハード的にも限界らしい14400bpsの通信速度で繋がってくれます。最近は通信専用に特化してカード以外のはみ出し部分を少なくしたPHS端末が登場し出していますが、通常の音声での使用も考えれば、これ以上マッチしたPHSはないと思ってLXのよきパートナーとしていつも持ち歩いていました。でももし余裕ができたら欲しいなぁ..と思っていたこの通信専用データカード、これでしか繋がらないというソフトが登場したせい(おかげ?)で、こちらもとうとう買ってしまいました。それがSIIのMC-P100です。
そのソフトというのは後述する新しいWWW/LXでしたが、しかし結論を先に言えばWWW/LX側の対応によってMC-P100以外でも後に接続可能になり、また、MC-P100の超電池食いがあまりに現実的ではなくて、さっさと解約することになってしまいました。しかもPHS扱いの為買い取りは不可、オーマイゴッド!超低消費電力のPDAが出るまで、おねんねしてもらうことにしましょう。実はNTT契約で使えないかなどと思案もしたのですが、データ通信の規格などを考えるとまずムリ、DDIというキャリアのデータ通信サービスを知った授業料として自分を説得するしかありません。
なお、現在は321Sから機種変更した341Sを使用しています。省電力設計と、漢字対応になったおかげで「きゃらめーる」によるE-mailの受信ができるようになったのが最大の特徴で、このメリットは、カードがコンパクトフラッシュサイズの為、lxでの使用時の為にアダプタの携帯が必要になる、接続時バッテリーローの表示が出る、SRFAXが使えない、などの多少(中くらい?)の不具合をも辛抱させて余りあります。でもさっさと製造中止になって、64k端末として生まれ変わったようですね....<99/1/2>
通信に関しては、LX購入当初はパソコン通信のNIFTYが繋がればそれでいいと思っていました。LXユーザーの根拠地であるFHPPCをはじめとする有用なフォーラムの情報を覗けたらそれでよかったのです。
しかし世間にインターネットが普及するに従い、DOSでインターネットに接続できるソフトが少しずつLXユーザーの間で実験され、接続確認が紹介されるようになってきました。初めにインターネット接続して使用するソフトととして私が知ったのはメールソフトで、FHPPCのフォーラムでは、繋がる、切れるのやりとりが盛んにされていました。ただ私自身は、E-mailならパソコン通信のNIFTYでも当時から相互送受信出来るので、何も苦労してインターネットを導入しなくても良いだろうと思い、発信先のメールアドレスをその都度メモ書きしたものを手入力する煩わしさに苦労しながらも、NIFTYのメールを使い続けていたのでした。
そんな時、私の目に飛び込んで来たのは"WWW/LX"という、インターネット関連ソフトについての書き込みでした。これはD&Asoftという、どうもアメリカの大学の同志が作ったらしい(間違っていたらゴメンナサイ)会社が開発したLX専用のTCP/IP接続エンジンでした。これはドイツ経由で輸入したり、秋葉のショップからかなり時間がかかることを覚悟で輸入してもらうしか入手方法がありませんでした。しかし、この、このLXでWEBが見れるなんてどんなに凄いことかと思い、また当時、仕事上でモバイラーとしてのさまざまな知識を期待されていたということもあって、ソフトとしては決して安くない15,000円程の投資を思い切ってすることにし、注文から2ヶ月程待ってやっと入手したのが、97/5/7のことでした(これを書いているのも98/5/7で、1周年のメモリアル書込みです(^^)/ )。
これはさすがに無償配布しているソフトとは一味違って、インストールが至極簡単、しかもこのエンジン専用のHVというブラウザがあり、これはテキストと画像が同時表示される驚きのシロモノで、これがフリーで配布されていました。これでYAHOOのホームページが表示された時には、このLXでHTMLファイルがオンラインでブラウズできていることが実感としてわかなくて、一旦画面から目を放してLXを見回してしまったものです。つくづく、”コンピュータはソフトがい・の・ち”を体感した瞬間でした。
しかしこのHVには、当時最後まで解決されなかった知命的な欠点がありました。
そうなんです。日本語に対応していなかったんで〜す (T_T
もちろん、このことは入手前からの情報で知っていたし、また英語ページだけでもまあ、ぜんぜん読めないこともないだろう、それに、LXユーザーの開発者達ならきっとこの問題を解決してくれるはずだという思いがありました。実際、FHPPCフォーラムのメンバーに、開発会社にメールで連絡をとり、日本語対応について打診された方がいらっしゃいましたが、先方にどうも日本語のコードに詳しいメンバーがいないらしく、対応不可とのことだったようです。結局、保存したテキストをオフラインで別ブラウザで日本語閲覧する環境が出来たのが限界で、最後までHVでは日本語表示されることはありませんでした。数々の雑誌の紹介記事でも日本語でのネットサーフィンへの期待がささやかれながらも、とうとうこのHVでは不可能が可能になることはなかったのです。かくして15,000円の大金を叩いたWWW/LXは、私にとってLXでもWEBが見れる事実だけを証明する”見せびらかしソフト”に留まることになってしまいました。
やはりLXではWEBは実用にならないのか、という失望感と、いやいやきっといつかはこの不可能はやはり可能になるのだ、というただの願望だけともいうべき淡い淡い期待感でそれからを過ごすことになり、それでもそのうち次第にWEBのことはあきらめかけていました。
それから1〜2ヶ月もしたある日、いつものようにNIFTYのログをチェックしていると、BOBCATというフリーのブラウザを日本語化したら、LXでもとりあえずWEB表示できたといういきなりの報告があがっていました。えっ、これってもしかして、LXER待望の日本語によるネットサーフィンの実現?と目を見張ったのは私だけではなかったはずです。この発言に対しての即座のレスがあまりつかなかったことが、その時のLXERの戸惑いを表していました。しかし間もなく、そのブラウザを試して成功した人の報告やら接続指南の書き込み、質問などが会議室に爆発炸裂したことは言うまでもありません。ちょうど97年の夏のことでした。
わたしももちろん、15,000円の大金を出して接続に執念を燃やしたWEB閲覧熱望者ですから、放っておくわけはありません。年一度田舎に帰省するお盆の休日を帰省せず、BOBATでの接続の為に、ただでさえ暑いお盆に燃えに燃え、部屋で火だるまになって(^^;WEB接続に挑戦していたのでした。
とはいえ、英文マニュアルを直接読む訳ではなく、先達の指南書き込みがあったのでほとんどそのまま設定すれはいいのですが、パケットドライバのETHERPPPというのが、どうも安定せず、最悪接続を断念したという報告が多く、丁度BOBCATが登場する前に、DOSPPPというパケットドライバーが安定性が高いと言われだしていた時だった為、こちらを導入することにしました。それはいいのですが、困ったことにこのドライバ付属のダイヤルソフトは、丁度この少し前に導入していたNTT-P321Sと相性が悪く、マニュアル化されていない別のダイヤルソフトを数少ない接続可能事例を参考にして使用しなければならなかったのでした。全然意味もわからないまま、全くの見よう見まねでやったのですが、何度となく試行錯誤を繰り返した後、ようやくWEBを日本語で表示することが出来ました。そして”コンピュータはソフトがい・の・ち”を今度こそ真に体験することができたのでした。
このブラウザはWWW/LXと違って残念ながら基本的にテキストブラウザで、画像との同時表示はできませんが、特定の画像を指定してその画像だけを表示することは可能な為、情報量として不足なことはありませんでした。しかし、この画像表示の設定で嵌まってしまい、やっと画像も出るようになったのはインターネットメールを導入した秋のことでした。その間、”マースパスファインダーが送る火星の生の映像を手のひらで見れるなんて”等のインターネットの画像表示に関する感激の書き込みを見るにつけ垂涎の思いをして、それからの休日にはいつもその設定に時間を費やしてしまいました。
こうして金も手間もおもっきりかけてようやく使い物になるWEBブラウザを導入することができました。EMSメモリをかなりとり、LXのクロックも2.27倍速にしてあるためか、アクセス速度はそんなに遅いということはありません。他のPDAのブラウジングではどんな速度なのか一度見て見たいと思っています。でも、苦労して導入した割には実際にはなんだかあんまり使わないなあというのが正直なところです (^^;。新聞社のニュース速報のHPやひまわりの映像を見たりなど実用的な使い方が中心ですね...そういえば母艦の98ノートでもネットサーフィンあんまりしてないもんなあ...
(しかしその後98年秋、新しいWWW/LXとHVの登場によって、日本語によるインラインでのWWW閲覧環境が完成したことは上記トピックスでも取り上げてきた通りです。このときはさすがに、日本のユーザーがかなり開発に関わったようで、そのことが開発元のホームページにも載っています。WWW/LXが日本に紹介されてほぼ一年半のことですが、しかるべき時間を経て、あの最後まで不可能と思われ封印されかけていたことが、結局とうとう可能になってしまった訳です。全く、LXの何がそこまでさせるのやら...)
BOBCATでパケットドライバを導入した機会に、インターネットのメールソフトであるD-mail導入を決めたのはその秋でした。前述したように、NIFTYでもメールはE-mailと相互接続しているから、ことさらそれがないと困るとは思っていませんでしたが、いわゆるメールソフトでは相手のメールアドレスを一覧表にあらかじめ登録することが出来るので、それが便利に感じられて挑戦してみようと思ったところでした。
既にパケットドライバの接続に成功済みの環境からすれば、あとはD-mailを実行すればいい、と思うのは甘い考えでした。このD-mailとは様々なテーマで格闘し、FHPPCフォーラムの先達に散々世話になってしまいました。マニュアルを印刷したら100枚M・フ感熱用紙一袋以上あったことも特筆すべきことですが(^^;、受信が出来ても発信が出来ない大きな問題がいきなり私を待ち構えていたのでした。この解決にはまるまる一ヶ月を要しました。FHPPCフォーラムの会議室への質問と有志の方達のアドバイスとのやりとりの中で、パケット接続そのものが中途半端だったことが判明して対処し、やっと解決することができました。この結果送信出来た時には、苦労した分だけ本当に感激したものです。それからファイルの添付、添付時のテキストの消失など、新しいことを試みる度に、次々と試練を経験することになりました。が、その都度先達からアドバイスを頂いてクリヤーできたのでした。こうした助けがなければ、私はLXでE-mailを使うことができませんでした。この場を借りてあらためて先達に深く御礼申し上げる次第でございますm(__)m
このメールソフトこそは、散々人に迷惑かけて導入しただけあって(^^;、期待以上に役にたってくれています。実際、導入してみて本当にこんなに使うものだとは思っていませんでした。当時NIFTY経由だと遅配も少なくなく、メールアドレスの登録も出来ないためその都度あらかじめアドレスをメモ書きしてからソフトを立ち上げなければならず(これがよく忘れる)、また送受信の記録も残せない為、D-mailを使いだしてからはよくあんな環境でメールを使っていたなと思ってしまいました。メールは今のところ私用のやりとりばかりですが、D-mailで先方のアドレスを登録しておけば気軽にメールが出せ、また、とても立ち上げが軽いので受信メールチェックも容易にできます。これから”大メール時代”を迎えることを思うと、素晴らしいメール環境を一足先に入手出来てとてもラッキーだったと思います。ほんと、導入までに苦労した甲斐があったというものです...
尚、LXでのインターネット接続では、今後このホームページのモバイル環境からの更新に挑戦したいと思っています。まああまり必要性はないかもしれませんが、WINDOWS CE端末でFTP接続が出来るものもあり、LXでもそう難しいわけでもなさそうなので、いつか見せびらかす機会到来時に備えて?ひとつ挑戦してみようと思っています。成功したらまた御報告しましょう。
このようにしてLXで通信環境を整える事が出来たせいで、当初予想もしていなかった使い方をLXですることになってしまいました。もともと期待していたことは私の秘書として有能であればそれでよかったのです。しかし今ではそれに留まらず、世界に開かれた最先端のコミュニケーションツールに進化してしまいました。凄いっ!
では最後に、そうした成長の秘密について述べることにしましょう。
◎ハードの変革

このメモリカード容量拡大の”正当な”成長に対して、LXならではのトピックスを紹介しない訳にはいきません。それはクロックアップです。
クロックアップとは、水晶発信子(クリスタル)を周波数の高いものに交換して端末の処理速度を上げることで、マニアなパソコンユーザーの間でしばしば行われて来たことですが、LXユーザーの間ではこれを行うことがほとんど常識となっているところが凄い所です。最近になって専門ショップが改造済みのものを販売するようになりましたが、それまではユーザーが自分でLXを開封してやらざるを得なかったにもかかわらず、膨大な数のユーザーがこれに挑んだらしいのです。この背景には、LXのスピードが通常の状態では遅いという事情もあるのでしょうが、それにしても半田ゴテを握ったことのない多くの素人にここまでさせたLXはなんというシロモノなんでしょうか ( ^^ )
私が倍速クロックアップに手を出したのは、やはり経験した人の感激の書き込みを見てのことでした。「一度やったら、もうもとの状態には戻れない」の台詞に心動かされ、当時倍速クリスタルを唯一入手できた東京の紀伊國屋アドホック店(名刺を持っている植木さんのところです)から通販で入手して挑戦したのでした。
私も基盤に半田ゴテを当てるなんて経験ある訳などなく、ましてこれほどまで愛して止まないLXを開封するなんて(もちろんメーカー保証もなくなる)、という恐さはありましたが、クロックアップによる影響の安全性が確認されて雑誌にもその手順がカラー写真入りで紹介される様になったので、意を決してその記事を参考にやったのでした。確かにもともとそんなことするように出来ている製品ではないので生々しさはありましたが、それでもそう繁雑な箇所ではない為、なんとか成功して、作業後に起動して画面が倍速で立ち上がり、ソフトが快速に立ち上がるのを見たときには、ほっとすると同時に、やっぱりやってよかった、と感嘆したのでした。
そのあと、しばらくこの2倍速の状態で使用していましたが、そのうち、FHPPCフォーラムでLXの限界である2.27倍速へのクロックアップが紹介されるようになり、クリスタルが日本橋で安価で入手出来たのをきっかけにさらにこれに挑戦し、現在この限界スピードで使っています。こうしたクロックアップをしないと使えないソフトというのが特にあるわけではありませんが、パソコン通信やインターネット接続時、アクセス速度が早くなるのは経済的でもありストレスも少なくて、この時にクロックアップの恩恵を一番享受しているかもしれません。ノーマル使用時よりバッテリーの消費がほんのちょっと大きいだけで、快適な処理速度を堪能させてもらっています。
もう一つご紹介したいのが内蔵RAMの増設です。
前述したとおり、一般的な使用における記憶容量不足についてはフラッシュメモリーカードの容量を大きくすれば解決するのですが、このメモリカードを抜いてデータFAXカードをスロットに差し込んで運用しなくてはならない通信の時、私の持っていた2Mのモデルだと、通信関係のソフトやFEP辞書、EMS等でRAMが一杯になり、ダウンロードやログ用の容量が十分に取れないということが起こっていました。その分、徹底的な不要ファイルの整理を頻繁に行っていたのですが、それでも追いつかず、かといってEMSの容量も安易に減らせない事情というもあって、フラッシュメモリー以上にこちらの容量不足は、LXユーザーの共通の悩みなのでした。
そんな時現れたのが、前述したクロックアップ対応済みのLXを販売する専門ショップの内蔵RAM増設メモリでした。
これは4MのRAM増設メモリで、クロックアップの時のようにLXを開封しなければなりませんが、あらかじめ付いているメモリコネクタにパチンと差し込むだけで半田付けは必要なく、クロックアップ経験を2度程経験している私には作業は楽勝でした。これを取り付ける為には私のLXの型版だと1Mのメモリを取り出さなければならず、実質的には3Mの増設になり、それに4万円程の負担はちょっと厳しいものがありましたが、しかし、このあとで導入することになったインターネット関連のソフトがLXに入ったのはこのRAM増設があってのことでした。EMSも十分に取れ、FAX関係のソフトも入れてまだ空きが1.5M程確保出来ているのは、思い切って増設への投資に踏みきったお陰でした。
その後、もっと大容量の増設RAMの販売をしているT.N.Sを知って、現在16Mに増設しています。お陰でFEP辞書にATOK8が導入でき、EMSに十分な余裕を持たせ、またネットワークからのダウンロードにも余裕があって、必要にして十分な環境になりました。極まれにCドライブのファイルが壊れるのが玉にキズですが(保証されていない2.27倍速でつかっているから?)、バックアップをまめにとってヤリヤリクリクリしている次第です。
LXのハードはメーカーの思惑を越え、今も進化し続けています。
◎ソフト的発展
LX用のソフト開発は、これまでに日本語化やシスマネ上のフリーソフトをいくつか御紹介したとおりで、今更その偉大さを述べる必要はないかもしれません。ネットワーク上のさまざまな有志が、”なさぬならなさしてみせようLX”よろしく、不可能なソフトの稼動を次々と可能にし、またLX用のオリジナルソフトを開発して、今日もその努力は続いています。この努力が続いている限り、LXは永遠に発展し続けます。ほんと、プログラマー様々ですねm(__)m
しかも、LXの日本語化や様々なソフト群の開発の成果はWINDOWS CEに生かされているようで、CEの英語版の日本語化が行われたり、LX用として開発されてCE用に転用されたフリーソフトも数々あるようです。LXにまつわるソフト環境は、昨今のモバイルコンピューティングを受け入れる土台というか環境を準備したとさえいえるのかもしれません (^^)/。
とにかくLXが凄いのでみんな聞いてくれ!という一心でこのページをひたすたら書き綴って来ました。前述の
紀伊國屋アドホック店の植木さんも書いておられるように、私にとっても”人生を変えた”と言っていい存在になっています。
でもどうしてそこまでなり得たのか、最後にちょっとだけまじめに考えてみたいと思います。
パソコン通信という双方向のメディアを背景にして、USERが主体的に作って来たパソコン
基本的に商品というものはメーカーが製造するままに提供され、そのいくつかの選択肢の中からユーザーが好みのものを選んでいる訳ですが、こうした消費スタイルは高度産業化社会に馴れた我々にはすっかりあたりまえのことになっています。「こんな機能が欲しい」と思っても、その企業のお客様センターなどに希望として電話するくらいが関の山で、それとて企業内ではどのような扱いになっているかわかりません。もちろん企業もそうした消費者側の最大公約数のニーズを探って、売れる商品を開発する事に凌ぎを削っている訳ですが、ユーザー側の多様なニーズに対応できる商品を提供するには、あまりにも求められる要素が多岐に渡り、採算性を考慮しなければならない中で、実現出来る事は相当限定されているというのが実情ではないでしょうか。
こうした状況下で、LXはユーザーによって育てられ、成長して来ました。日本ヒューレットパッカード社は、英語仕様のこの商品をほとんど日本で宣伝しておらず、むしろ一枚物のビラには、後に「ユーザーが育てた・・・」のキャッチが載るくらいでした。そこまでLXが企業の意図を越えて進化したのは、それほどまでに素晴らしい端末だからということも出来るでしょうし、それだけ消費者の目が肥えてワガママになってきたからだとかいろいろ言えるかもしれません。しかし、いずれにしてもいえることは、パソコン通信という双方向のメディアが背景にあったからこそなのは間違いないでしょう。
こうしたユーザーの自発的な発言を反映出来るメディアがあり、そこでコミュニティが生まれ組織化し、力を得たからこそ、ソフト上だけではなく、未だに続くハード上の発展もが可能になっているのかもしれません。こうした双方向メディアというものが、いかに身近な世界でも具体的な力を持ち出して来ているかということを、このLXを通じて思い知らされます。
それはともかく、LXの魅力は、こうしたメディアを背景に、商品への直接的な関わり方の面白さを感じさせてくれたことにあるとも言えます。企業から与えられる新製品を手にする喜びから、自ら発言する主体性を発揮しながら、自分(達)で作っていくことの楽しみ(切実な必要性もあったかもしれませんが)を感じさせてくれたところに、”LXムーブメント”の魅力が隠れていると思います。
少資源徹底活用のエコロジックマシン
LXの処理速度はクロックアップしたところで、お世辞にも早いとは言えません。しかも通常使用出来る記憶ディバイスは高価な上に容量は限られており、少しずつ容量の大きい製品が登場して来ていると言えども、通常のパソコンのギガ単位の容量は望むべくもありません。
こうして与えられたLXの環境は、あたかも二酸化炭素削減の為エネルギー消費を抑制しなければならず、限られた資源を有効に使っていかなければならない地球環境の問題とどこか似ているような気がします。
一般のパソコンが大量のエネルギー消費を伴う高スペック化に邁進し、記憶装置の大容量化の最中にあって、モバイルすることの条件が、こうしたこれまでの進化の方向とは違った先進性の在り方という課題を提起することになったといえるかもしれません。しかしデスクトップ仕様のパソコンにしても、産業全体として発生しているこうしたエネルギーや資源の問題に無縁であるはずはなく、根本的に、そろそろ成長の方向を考え直さなければならないのではないでしょうか。
LXを取り巻く環境においては、少ない環境をいかに有効に、徹底的に活用するかという方向に進化を見いだし、さまざまなノウハウが発達しています。例えば、カードモデムを使って通信する時に、フラッシュメモリからモデムカードに差し換えなければなりませんが、内蔵のRAMがあまりに容量が少ないので、ここに何を入れ何を外すかという取捨選択のノウハウなどは、多くのメンバーの苦労と試行錯誤の結果構築されたものです。こうしたことの一つ一つは、限られた資源の中で格闘する人類の英知そのものだと思います(^^。これは、もはやただ速い、大きいばかりを追求して満足しているわけにはいかなくなった我々のこれからの文明の向かうべき在り方かもしれません。そんな在り方を求めるLXこそ、こうした時代を暗示させるシロモノなのです。
最後にLXの持つ2つの魅力の秘密を考えてみました。いずれも今の我々の時代衝動に訴えるものといえるかもしれません。
以上、私のLXに関する究極の考察(の捻出!)でした。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。


