広重のある風景その2 |
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広重のある風景6 大はし阿たけの夕立 |
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ゴッホは、浮世絵を愛した。 彼の作品に「雨中の橋」と云う絵があるが、これは広重の浮世絵名所江戸百景「大はし阿たけの夕立」を模写したものである。 「大はし」とは、新大橋のことである。 江戸時代隅田川に架けられたた5つの橋の1つで、 江戸時代に大橋と言われた両国橋の次に架けられたことから「新大橋」と呼ばれた。 現在の「新大橋」は昭和51年に架け替えられたもので、画面の通り中央に2本の黄色いひまわりを思わせる主塔を持った橋である。 この橋を見てゴッホはどう思うだろうか。 15.10.19撮影 |
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広重のある風景.7 江都名所 芝増上寺ノ図 |
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広重の「江都名所 芝増上寺ノ図」は、増上寺の山門「三解脱門」のある風景である。 江戸時代には門の前はこの絵のように松原になっていたが、その後災害や枯れたりしてくすのきなどに変わってしまっていた。 しかし昭和63年東京都は松原の復元を計って現在のような風景になった。 今でも広重の頃の面影は残っているが、東京タワーと六本木ヒルズが今の時代を映し出していて面白い。 16年3月6日撮影 |
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広重のある風景8 名所江戸百景湯亀戸天神境内 |
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4月の終わり藤を見に亀戸天神に行った。 天神様には梅がつきものであるが、亀戸天神は藤が有名で江戸随一を誇っていた。 広重の名所江戸百景「亀戸天神境内」も藤棚と太鼓橋が描かれている。 亀戸天神は社殿、太鼓橋とも1945年の東京大空襲で焼失、戦後建て替えられている。 またクロード・モネの「睡蓮の池」に描かれている太鼓橋の姿は、広重の描くこの太鼓橋に影響を受けているとされている。 14年4月29日撮影 |
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広重のある風景9 名所江戸百景する賀てふ |
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広重の「名所江戸百景」にある「する賀てふ」の風景。 今は、三越本店(向かって左)と三井本館(向かって右)などのあるビル街になっている。 いずれも昭和4年竣工で、特に三井本館は国の重要文化財になっている。 また三井本館は、昭和7年3月5日当時三井合名の理事長であった団琢磨が暗殺された所謂 血盟団事件の現場で昭和史のにおいを感じさせる風景でもある。 しかし江戸時代は、ここからも富士山が見えたのか、この点だけは今昔の感を禁じえない。 16年2月11日撮影 |
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広重のある風景10 名所江戸百景目黒太鼓橋夕日の岡 |
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広重の「名所江戸百景」にある「目黒太鼓橋夕日の岡」の風景を訪ねて目黒に出かけた。 JR目黒駅下車、行人坂を下ると目黒川に架かる太鼓橋に出る。 コンクリート造りになって太鼓橋とは名ばかりの橋になってしまっている。 橋のたもとに「太鼓鰻」と言う鰻屋がある。 14年7月6日撮影 |
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