広重のある風景その5 |
17.3.19更新
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江戸名所芝愛宕山 |
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広重の江戸名所「芝愛宕山」は、愛宕神社の男坂の風景を描いたものである。 愛宕神社にある男坂の石段は、寛永11年三代将軍家光の時、四国丸亀藩の曲垣平九郎が馬で駆け上り、境内に咲き匂っていた源平の梅を手折って将軍に献上した事から, 馬術の名人としてその名を轟かせたという寛永三馬術の話で有名。 この事により愛宕神社正面の男坂は「出世の石段」として全国に知られるようになった。 都営三田線御成門駅A5出口徒歩8分 13.11.11撮影 |
名所江戸百景下谷広小路 |
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当時の下谷広小路(上野広小路)は、今の上野公園入口から上野松坂屋あたりまでで、上野寛永寺の門前町になっていた。 広重の絵の手前の建物は松坂屋である。突き当りが上野の山と不忍池。 この通りは、当時は将軍が寛永寺に参詣する際に通った御成道であったが、現在では中央通りと呼ばれている。 写真右手前に見える垂れ幕の下がった建物が上野松坂屋である。今も昔も商店の立ち並ぶ賑やかな通りである。 東京メトロ銀座線上野広小路、都営大江戸線上野御徒町、JR山手線御徒町下車 17.1.8撮影 |
東都名所富岡八幡境内 |
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広重の絵は、花冷えする広い境内を、思い思いの着物を厚めに着こんだ参詣人が散策する風景である。 江戸名所図会によれば、富岡八幡宮は、「深川永代島にあり。・・・当社門前一の華表(とりい)より内三、四町が間は、両側茶屋・酒肉店(りょうりや)軒を並べて、弦歌の声絶えず。ことに社頭には二軒茶屋と称する貸食屋(りょうりや)などありて、誘客絶えず。牡蠣・蜆・花蛤(はまぐり)・鰻の類この地の名産とせり。」とあり、江戸の盛り場となっていた。 鳥居も石造りで当時としては珍しい。 東京メトロ東西線、都営大江戸線各「門前仲町駅」下車至近。深川不動尊は、当神社の道路を隔てた隣にある。 12.5.5撮影 |
名所江戸百景「飛鳥山北の眺望」 |
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桜の名所としての飛鳥山は、元文二年(1737)、八代将軍吉宗が大岡越前守忠相に命じて桜を植えたのが始まり。、当時上野の山と違ってお上に気兼ねなくドンちゃん騒ぎをしながら花見が出来たことから江戸庶民の人気の場所であった。 JR京浜東北線、東京メトロ王子駅下車 15.3.31撮影 |
名所江戸百景小奈木川五本まつ |
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広重の江戸名所百景「小名木川五本まつ」の風景を訪ねて都営新宿線に乗り出かけた。 住吉駅で降り四つ目通りを少し行くと小名木川に架かる小名木橋のたもとに出た。 そこには「五本松跡」の石碑が立ち松の木が植えられていた。 今もむかしも変わらぬ小名木川の流れがあった。 都営新宿線東京メトロ住吉駅 17.3.8撮影 |
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