北斎のある風景 |
葛飾北斎は、「富嶽三十六景」や「隅田川両岸一覧」などの作品により、歌川広重などとともに江戸後期の名高い浮世絵師であった。
彼は、江戸各所の名所を尋ねその風景を作品として残している。 そこでデジタルカメラと折りたたみ傘を肩掛けカバンに入れその作品の風景を訪ねてみた。 H17.2.12更新 |
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富嶽三十六景御厩川岸より両国橋夕陽見 |
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北斎の絵は今の厩橋のあたりから両国橋越しに富士を眺めたところである。 しかし現在は蔵前橋と総武線両国鉄橋が出来て、厩橋からは両国橋も富士も見えなくなってしまっている。 現在の風景は,漫画家松本零士氏デザインの水上バス「ヒミコ」が航行している風景である。。 「ヒミコ」は同氏が「ティアドロップ(涙滴)」をイメージ・コンセプトに、「子供たちが乗ってみたいと思ってくれる船」として、デザインしたとされている。2004年3月26日から浅草〜お台場間を運航 都営浅草線浅草橋駅A1出口・JR総武線両国駅下車 H17.2.14 |
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富嶽三十六景「深川万年橋下」 |
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永井荷風の「日和下駄」にこんな一節がある。「文政年間葛飾北斎「富嶽三十六景」の錦絵を描くや、その中江戸市中より富士を望み得る処の景色凡そ十数箇所を択んだ。いわく佃島、深川万年橋・・・・・」 すなわち「深川万年橋下」は北斎の「富嶽三十六景」で江戸市中の富士眺望の風景として14箇所選んだ中の一つで、小名木川の隅田川河口に架けられた深川万年橋からの富士眺望である。右岸の木立の後ろは正木稲荷。 現在の風景は清洲橋から眺めた万年橋である。富士山は見えないが、そこからの眺望は「ケルンの眺め」といわれるほどのすばらしい眺めである。橋の左端のたもとに芭蕉庵史跡庭園がある。 東京メトロ半蔵門線・都営大江戸線清澄白河駅下A1車 H16.5.29撮影 |
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隅田川両岸一覧「駒形の夕日栄」多田薬師の行雁 |
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駒形堂 天慶5年(942)安房守平公雅は浅草寺観音堂を造営する際、馬頭観音をまつるために同時にこの駒形堂も建てた。 江戸時代には、ここに浅草寺の総門があり、舟で浅草観音に参詣に来た人はこの近くの河岸から舟を降り総門をくぐり浅草寺に向かったそうである。北斎の画の右端に船が見えている。 江戸名所図会にいわく。駒形堂は「駒形町の河岸にあり,往古(むかし)はこのところに浅草寺の総門ありしといふ(その頃は左右並木にして、桜花数株栽ゑまじへ、春時はことさらながめも深かりしにや。」 現在の駒形堂は、昭和8年再建され、平成15年改装された。右手に駒形橋が見える。 台東区雷門2丁目2−3 東京メトロ銀座線・都営浅草線・東武伊勢崎線浅草駅より、徒歩:5分 H16.12.13撮影 |
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隅田川両岸一覧待乳山の紅葉 |
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待乳山聖天 待乳山は、聖天宮の境内で、隅田川沿いでは一番高い丘とされ眺望もよく江戸庶民人気の場所であった。 江戸名所図会にも当時のありさまが次のように書かれている。「今戸橋の南の詰にあり。・・・このところいまは形ばかりの丘陵(おか)なれど、東の方を眺望すれば、墨田河(すみだがわ)の流れは長堤に傍ふて溶々たり。近くは葛飾の村落、遠くは国府台の翆巒(すいらん)まで、ともに一望にはいり、風色もっとも幽趣あり。」 東京都台東区浅草7−4−1 地下鉄銀座線、都営浅草線、東武伊勢崎線 浅草駅徒歩10分 H16.12.13撮影 |
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隅田川両岸一覧「大川橋の月」小梅の泊船 |
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北斎の絵は、吾妻橋の浅草側のたもとの風景である。 吾妻橋は当時大川橋といわれ橋を渡るのに通行料を取られたそうだ。渡し舟の船賃のようなものだったかもしれない。 現在は、赤い欄干の橋のたもとに水上バスの乗船場があり、何時も観光客で賑わっている。 前方墨田区側左手に見えるのがアサヒビール吾妻橋そして炎のオブジェ 東京メトロ銀座線・都営浅草線「浅草駅下車5番出口 H15.6.9撮影 |
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