私の飲酒歴
私は36才の独身男性(1960年生)です。私が酒を飲みはじめたのは、20才になってからです。23才の時、1年間「断酒」をした期間を除いては、20才から36才になるまで毎日、酒を飲み続けました。
はじめての「禁断症状」を経験したのは、31才の時でした。職場に出勤したとき、朝から自分の身体が「いうことをきかず」すぐに「医務室」に行ってベッドに寝込みました。吐き気や頭痛がひどくて「これは何かの病気だ」ということは自覚しましたが、それが「アルコール依存症」による禁断症状だとは自覚しませんでした。その朝、なぜ、そのような症状が出たのか。それは、今にして思えば明白です。なぜなら、その数週間前から、酒を朝から晩まで飲み続けていたからでした。
この様な「禁断症状」を経験してからも、さらに数年間、毎日酒を飲み続けました。その間も「禁断症状」を経験し続けました。その禁断症状は「手の震え」でした。私は「事務系」の仕事をしているので、書類に字を書くときに「手が震えてまともに字を書けない」という状態は、とても苦しいことでした。仕事が、はかどらないという悩みを数年間経験しました。
「禁断症状」は、特に朝から酒を飲んだ日の翌日、すなわち「休日明け」に起こる症状でした。そういう状態が、4年ほど続いた後、とうとう勤務時間の前や仕事中に酒を飲むというひどい状態におちいり、そして、最後には入院してしまいました。
禁断症状について
私が経験した「アルコール依存症による禁断症状」について記述します。
まず「アルコール依存症による禁断症状」とはどういう症状なのかを説明した文章を「ホームページ『高知アルコール問題研究所』」から引用します。
「(身体依存とは)身体、特に脳がアルコール漬けになった状態が、依存症者の身体にとってごく当たり前になることです。普通の人は、お酒を飲んで酔っぱらい、時間がたつと身体からお酒がぬけて、元の身体に戻ります。アルコールが体内に存在しない状態が、普通の身体です。でも、アルコール依存症者では、体内に一定量のアルコールが存在する状態が常に続いており、身体からお酒がぬけた状態の方が逆に異常な状態となってしまっています。
では、お酒がきれて生じる異常な状態として、どんなことが身体に起こるでしょうか? 頭痛、倦怠感、胃の痛み、吐き気、発汗、手のふるえ、いらいら、不眠などの離脱症状(いわいる禁断症状)が出てきます。そこで、これらの症状を軽くするために、アルコール依存症者は軽くお酒を一杯飲みます。体内にアルコールが入ると、たちどころにこのような症状は消えてしまいます。
お酒がきれたとき(例えば朝、目が覚めたとき)に、上記の離脱症状が認められ、またそのためにお酒を飲む人には、身体依存ができていると言えます。」
「アルコール依存症の究極の姿に、連続飲酒発作あるいは山型飲酒と呼ばれるお酒の飲み方があります。酒を飲み始めると、昼夜を問わず飲み続け、酔っぱらうとそのまま寝てしまい、目が覚めるとまた飲み始めると言った具合になります。食事もとらず、風呂にも入らず、ただ酒を飲むことと寝ることしかできなくなります。飲み始めると、このような状態が1週間から数週間続き、最後には体が衰弱して飲酒が止まります。でも、お酒をやめて徐々に身体が元に戻ると、一杯のアルコールからまた同じ連続飲酒が始まります。飲んでいる本人に言わせると、このような状態で飲んでいるお酒は全くおいしくなく、ただしかたなく酒を口に運んでいるのだそうです。」
「アルコール依存症による禁断症状」とは具体的には上記のような身体的状態です。一言でいうと「飲みたい」という身体的精神的欲求(衝動)と「飲んではいけない」という理性との葛藤です。
私の場合、酒を飲んで酔いつぶれた時、夜中の3時頃に目が覚めて、朝まで眠れなくなる症状が現れました。そのために、夜中に目が覚め、眠れないときは枕元に置いた日本酒を「ぐいっ」と飲んで朝まで眠れるようにしました。寝る前に飲む酒の量が多ければ多いほど、早く酔いつぶれて、夜中に目が覚め、夜中に飲む。この悪循環に加え、さらに、朝、目が覚めたときすぐにまた「飲みたく」なって、朝酒を飲む。結局、そのいきおいで昼間も夕方も飲み続けるということになる。正月やゴールデンウィークやお盆などの連休は、そういう状態で目が覚めている間はずっと飲んでいました。量は、1日「日本酒」で8合ぐらい飲んでいたでしょう。最初の頃は、食事をとることができました。しかし、食事をとれなくなったとき、身体はぼろぼろになったのでした。
私の体験した「禁断症状」で一番ひどかったのは、夜中に目が覚めて、寝ようと思っても眠れず、身体が「痙攣」し、悪寒がして布団を着込んでも「寝汗」が額からも手足からもだらだらとでて、毛布がびしょびしょになる。その状態で布団の中でうずくまっているときは、悪夢そのものでした。そして、夜が明けるとともに酒を買いに行きました。
私が実際に経験した「禁断症状」を列記すると以下のとおりです。
身体的には
「頭痛がする」
「心臓がドキドキして苦しくなる」
「むかむかと吐き気がする」
「手と身体がぶるぶる震える」
「頭がボーっとなり、身体のコントロールが効かなくなる」
「身体がだるくなり、最後には身体が動かなくなる」
「就寝中の寝汗と悪寒と痙攣」
「不眠症」
精神的には
「いらいらして、どうしようもない気持ちになる」
「思考力が低下する」
「倦怠感のため何もしたくなくなる、何をしても楽しくなくなる」
「たとえば、好きな音楽などを聴くのもいやになる」
「すべてに対して不快感を感じ、自分の存在に不安を感じる」
「仕事も趣味も家族も友人のことも世の中のこともどうでもよくなる」
「自殺したくなる」
一言でいって、「今すぐ酒を飲まないと耐えられない苦痛」が「禁断症状」なのです。
断酒のための入院
■1度目の入院
35才の時のある日(1995年11月18日)、生まれて初めて入院というのを経験しました。そのきっかけは、昼間から酒を飲み意識がもうろうとした状態で、顔(顎)にけがをして、病院にかつぎ込まれたことでした。仕事のことは心配でしたが、思い切って40日間、入院をすることにしました。目的は酒を断つためでした。医師には、自分が「アルコール依存症」であることを告白し、それを治療したいがために入院したいといいました。ちなみに私が入院した科は「内科」で、病名は「慢性肝炎」です。この入院は快適でした。入院中は「禁断症状」は現れませんでした。ただ「酒が飲みたいな」という気持ちにはなりましたが、苦しみは伴いませんでした。この40日間の入院は、読書とテレビですごし、精神的にも身体的にも健康的な療養生活で、生まれて初めての静養ができたという気がしました。その後、退院して、身体は元に戻りました。しかし、退院後、2度目の入院までの間、酒を完全に断ち切ることはできませんでした。
■2度目の入院
その7ヶ月後、あっけなく2度目の入院をしました。きっかけは、性懲りもなく、10日間ほど何も食べないで、酒を飲み続けたからです。このときは本当に10日間、食事を全くとらなかったと思います。飲んでは眠り、眠っては飲むという繰り返しで、栄養失調状態になり、最後には人に付き添われて病院に直行し入院ました。
この入院では、1日目に苦しい「禁断症状」におそわれ、医師に鎮静剤を注射してもらいました。全部で19日間の入院の間、そういうことは、もう1度ありました。前回の入院と2度目の入院の大きな違いは、今度はいわゆる「心療内科」の治療であり、ブドウ糖の点滴だけでなく「抗不安剤」「抗精神病剤」「催眠鎮静剤」などを使ったことでした。実は前の病院が気に入らなかったので、病院を変えたのでした。2度目の入院期間が1度目の半分ですんだのは、「肝機能」の回復が早かったことと、「神経系の薬」の助けを借りて、精神的な不安が早く取り除かれ、復帰できるという自信を早く得られたからだと思います。
肝機能障害について
私が1度目の入院をしたとき、「C型慢性肝炎」だと診断されました。HCV抗体(hepatitis
type C virus antibody
C型肝炎ウイルス抗体)検査が陽性だったからです。私がこの診断を受け、この病気のことをくわしく知った時「ああ、もう一生酒を口にすることはできない」と覚悟しました。なぜなら、この病気は、将来肝硬変や肝臓癌に進行する確率が高く、命に関わるこわい病気だからです。入院した当初は「アルコール依存症」よりもこの病気を治療することの方が、第一の課題でした。治療が進むにつれて、GOT,
GTPの値も落ちついてきて、再度、血液中のRNAの検査をしたところ「C型肝炎ウイルス」は陰性であるという結果を得ました。
私はなぜ酒を飲むのでしょうか?(酒を飲むことのメリット)
私にとって、酒は麻薬のような存在です。酒を飲むと感覚や神経が敏感になって精神が高揚するような気がします。そして、好きな音楽が、より美しく、よりエキサイティングに聴こえます。
また、酒はストレス・緊張・不安感をやわらげます。特にストレスによる「むかつき」を抑えるのに酒は持って来いです。
私は食前に酒を飲まないと、食事がいけないし、おいしくありません。酒を飲むと、胃の痛みがなくなり調子も良くなり、食欲もわき、食べ物もおいしいのです。
思考力や判断力も酒を飲んでいるときの方が、飲んでいないときより高まるような気もします。だから、私は酒を飲むのです。
節酒のための良薬
私はいま薬によって、「禁断症状」をおさえています。私が試した薬の種類は3種類、(前述の)「抗不安剤」「強力精神安定剤(抗精神病剤)」「催眠鎮静剤」です。ただし、「抗精神病剤」は、いまは飲んでいません。
「抗不安剤」は、別名「マイナートラインキライザー」といって、わかりやすくいえば、効き目と副作用の弱い精神安定剤です。これは従前から述べている「禁断症状」には、効き目があります。「いらいら」を抑え、文字どおり精神を安定させ、手の震えをなくし、緊張を解きほぐします。私にとっては酒をやめるための、強い味方です。この薬は、内科の医師にたのめば、もらうことができます。
「強力精神安定剤(抗精神病剤)」は別名「メジャートランキライザー」といいます。
この薬は効き目が強いので、内科の医師は、処方してくれません。それに効き目が強すぎて、昼間に飲むとラリってしまいます。私は現在、これを飲むのをやめました。
「催眠鎮静剤」は、酒がなければ眠れない「不眠症」を解消してくれる薬です。これは内科の医師からもらうことができます。この薬のおかげで、酒がなくても寝付きが良くなるし、朝までぐっすり眠ることができるようになりました。
以上の良薬をうまく活用しながら「アルコール依存症」による「禁断症状」「不眠症」を解消することができました。1度目の入院では、薬をもらえなかったので、結局、飲酒の癖がもとにもどりましたが、2度目の入院で薬を使うことを知って、現在節酒に成功しています。
「こころのよりどころ」の問題
酒の力を借りて、精神の安定をはかることが習慣化した者にとっては、断酒することは、大変困難なことです。薬の力で、ある程度まで酒を減らしたり、場合によっては断酒に成功することはあるでしょう。しかし、完全に酒を断つためには、「薬」だけではなくて「こころのよりどころ」「精神的な糧」のようなものを見つけることが重要であると思います。「アルコール依存症」の問題は、「こころ」の問題だからです。
私の経験を具体的に述べます。私は「酒」のせいで身体をこわして「ああ、なんと情けないことになってしまったのだろう。こんなことになるとは、思わなかった」と自分のことを「まじめ」に考え始めた時、偶然「バッハ」の作品「クリスマス・オラトリオ」を聴いて、ちょっと考えることがありました。「この世の中の大多数の人は、酒の力なしに、まともな生活を営んでいる。なのに自分は酒がないと、まともに生きていけない。なぜだろう。その理由は自分には何かが欠けているからかもしれない。それは、たとえば宗教や信仰のような『こころのよりどころ』なのかもしれない」と感じました。そのとき、ぼんやりとしたものですが「何かを信じること」「イエス・キリストの言葉と行いを信じること」には意味があることではないかと思うようになりました。「こころのよりどころ」の問題に私は直面してしまったのです。そういえば、あの「ボブ・デュラン」も突然、キリスト教に改宗しました。「ある日突然、信仰に目覚める」というのは、こういうことなのかと私は感じました。
「宗教」について述べることが、このホームページの目的ではないので「宗教」について言及することはやめます。ただ「アルコール依存症」の問題と「こころ」の問題とは切り離せないことをいいたいのです。
断酒か節酒か
私は医師にも、入院中の同室の人生の先輩諸氏からも「もうこれからは二度と酒を飲んではいけない」と助言されました。「人間を選ぶか酒を選ぶか」ともいわれました。しかし「断酒」する事には成功していません。外では、月に2〜3回ほど飲んでます。また、家でも多いときには週に4日は飲んでます。定期的に通院し「薬」の力で「節酒」している状態が、現在の私の状態です。その状態がいつまで続くのか分かりません。再入院するという失敗を繰り返す可能性もあります。「断酒」しなければ、いつでも、もとに戻る可能性はあると思います。退院してからまだほんの2ヶ月しかたっていません。この2ヶ月はとても長く感じています。
私はいま「節酒」することを継続できれば「重度のアルコール依存症」になることはないと思っています。「アルコール依存症」に重度や軽度という「度合い」があるのかどうかは分かりません。「断酒」と「節酒」の間で揺れ動いている今日この頃です。
(1996/10/25)