情けない報告をしなければなりません。
年末から年始にかけて、飲み過ぎてダウンしてしまいました。
12月28日から1月3日まで、連続飲酒に陥ってしまいました。今にして思えば年末の24日ごろから、一日5合ぐらい飲んでました。年末の仕事が終わりかけて、ホッとしてついつい油断してしまったのだと思います。28日の夜から1月3日までは、もう、なにがなんだかわからずに飲んでしまいました。
1月4日になって、6日からの仕事のことが気になりはじめ酒の量を減らしました。しかし、もう手遅れでした。不眠症になり、6日の月曜日になっても体調が回復せず、その日は仕事を休みました。1月6日は酒をぬきました。7、8、9日の3日間は、なんとか出勤しましたが、夜は酒を飲みました。1月4日以来ほとんど眠れず体調が悪くて、10日の金曜日にはまた仕事を休みました。その日、最悪の「禁断症状」を経験。朝の8時から11時まで苦しみました。「禁断症状」の発作がおさまった後、病院に行きました。眠るために鎮静剤を打って欲しかったのですが、打ってもらえませんでした。医師に「また肝臓が悪くなったみたいです」と言って血液検査をしてもらいました。最悪の場合は「入院しなければならない」と思いました。その日の午後、また禁断症状におそわれましたが、幸い「発作」はこの日一日だけでおさまりました。しかし、この禁断症状の経験から思いました。やっぱり「断酒」するしかないと。
今回の禁断症状では、肉体的な苦しみだけでなく精神的な葛藤にも苦しみました。眠れずに天井を見つめながら考えたことは「このまま入院すれば今度は職を失うだろう。入院を繰り返せば仕事をやめるしかない。」「もともと今の仕事は自分には合わなかったのだ。もう仕事に行きたくない。もう仕事をやめたい。今の仕事は最初から好きじゃなかった。」「自分の人生も何一つ思い通りに行かなかった。このまま生きていても仕様がない。思い切って仕事をやめて当分何もしないで暮らそうか。」「しかし仕事を失えば全てを失うことになるだろう。趣味も楽しみも失うだろう。酒のために仕事をやめるなんて外聞が悪いし、人はなんと思うだろうか。ああ、この世にアルコールさえなければ…」禁断症状はうつ状態をもたらし、このような妄想的な精神状態を引き起こすのでした。
その後、一週間、酒を断ったところ幸いなことに、だんだん落ち着きはじめました。血液検査の結果はGOT、GPTともに正常でした。「これで入院の必要はない」と思うと「ホッ」としました。その時は「やっぱり仕事は続けなければならない」と思うようになっていたのでした。
肝機能に異常がないのにもかかわらず身体に変調をきたしたのは、純然たる「アルコール依存症」の「禁断症状」のためだったのです。今回の「禁断症状」では肉体的にはまるで麻薬中毒患者の禁断症状みたいに「うめき声」や「叫び声」がでるほど苦しみました。精神的には「うつ状態」になり何もかも放り出したくなりました。そのような「苦しみ」の中で、酒を飲みそうになりました。しかし「一合飲んでも一時間しかもたないし、何合飲んでも、また飲まなければならない。なんとか耐えよう」と思って耐えました。
アルコールは「悪魔の水」ですね。酒が切れると、心臓がどきどきし、吐き気がし、体がだるくなり、頭がボーっとし、頭が痛くなり、胃が痛くなり、眠れなくなり、心は憂鬱になり、イライラする。飲めば、それが一瞬にして消える。麻薬と同じです。私の身体のなかでは、アルコールがそのように作用するのです。そのような私の身体そのものが「アルコール依存症」という病気です。「アルコール依存症」とは、「脳がアルコールを知っている」ということです。「アルコール依存症」は「そうである」か「そうでない」かのどちらかです。「アルコール依存症」に、重度や軽度などという「度合い」など存在しないという認識に達しました。
もう二度とあの禁断症状は経験したくないと思ったとき「断酒」するしかないと思いました。しかし私にはまだ「断酒」する自信はありません。1月か1年なら酒をやめることはできると思います。しかし「この先ずっと飲めない」と思うと気が遠くなります。いまでも時々飲みたくなります。
この告白を「読むのも情けない」と思われた方には申し訳なく思います。ただ、これが現実なのです。「とんでもない話だ」と思われるかも知れませんがこれは本当の話です。脚色ぬきです。この間、励ましや助言の手紙を下さった方々に心からお礼を申し上げます。
ありがとうございました。(1997/02/07)
前のページ ホーム 次のページ