●遷移(ボーアの登場)(ラザフォードの原子モデル)
ラザフォード(1871〜1937)は、中心部にプラスの電荷を持つ原子核があって、そのまわりをマイナスの電荷をもつ電子が回っているという「原子モデル」を考えた。
ところが、原子核の周囲を電子が回っていると考えることは、大きな問題を抱えていたのである。
なぜなら、古典物理学 --- 特にマックスウェルの電磁気学では、「電子のような電荷を持ったモノが、円運動をするとき、光を出す」というのが常識とされていたのである。そして、光を出すことにより、電子はエネルギーを失い、「螺旋(らせん)」を描きながら、原子核に近づいていき、ついには、原子核に衝突してしまうと考えられた。
もしそうであれば、たとえば水素原子は、わずか1/100,000,000秒でつぶれてしまう計算になってしまう。だが、実際には、そんなことはなく、電子は一定の軌道の中で安定している。では、ラザフォードの考えた原子モデルには、どこか間違いがあるのだろう。そんなふうに、当時の物理学者の多くは考えていた。(ボーアの考えた原子の構造)
しかし、一人だけ、こう考える若い研究者がいた。「ラザフォードの考え方や、実験結果が間違っているわけではない。マックスウェルの電磁気学が、おかしいのだ」と。それがデンマーク出身の物理学者ニールス・ボーア(1885〜1962)である。この際、光を波と考える古典力学の理論を捨てるべきではないかと、ボーアは思った。では、それに変わる理論とは、なんだろう? それは、「光のエネルギーは、とびとびである」とするプランクのエネルギー量子仮説。そして「光はhνというエネルギーを持った粒」と考えるアインシュタインの「光量子仮説」である。
ボーアは、この2つの仮説を土台にして、ラザフォードの原子モデルを、このように考えてみた。プランクのエネルギー量子仮説を原子の構造に置き換えてみると、原子のエネルギーは「とびとび」になるはずだ。この軌道を「量子化された軌道」と呼ぼう。
さらに、電子は「動くと光を出してエネルギーを失う」はずであるが、例外的に、ある軌道上を回っているときには、同じエネルギー状態にあると考える。こうすれば、ひとまず電子はエネルギーを使わないで安定している。だから、光を出してエネルギーを失わなくてもいい。これは「定常状態」と呼ぶことにする。
以上の考えをまとめると、電子はどこかの軌道上を安定して回っていれば、光を放出しない。したがって、エネルギーを失った電子が原子にぶつかって、大きさを保てなくなるようなことはない。(水素のスペクトルの謎)
ところで話は変わって、当時、謎とされていたことのひとつに「水素のスペクトル」の問題があった。
モノを熱すると、いろいろな色の光を出す。この色の違いは、振動数の違いである。
一般的に、光は、さまざま振動数の光が混ざっているが、プリズムなどに通してスペクトルを調べることで、それぞれの振動数の光の強さ(振幅の大きさ)がわかる。
ところで、モノを熱した時に出る光は、原子の種類ごとに、ある決まった振動数の光だけを出していることが分かってきた。原子の種類が違えば、含まれている光の振動数は違うが、同じ原子では、必ず、ある決まった振動数の光だけが、スペクトルとして表れるのだった。
1885年、スイスの数学教師であったバルマーは、水素が出す光の4つのスペクトルについて、以下のようなきれいな関係が成り立つことを発見した。赤(の波長):6563オングストローム
青:4861オングストローム
藍:4340オングストローム
紫:4102オングストローム
(1オングストローム=10-7mm)赤:青:藍:紫
=9/5:16/12:25/21:36/32
=32/(32-4):42/(42-4):52/(52-4):62/(62-4)
(λラムダは波長、n=3,4,5,6、a=3645.6オングストローム)
ここまで、きれいな関係があると、水素の光のスペクトルは、偶然に、このような振動数を持ったとは考えられない。何かが裏にあるはずだ。
その後、スウェーデンのリュードベリが、あらゆる原子の出す光のスペクトルを説明する式をつくることに成功した。(νニューは振動数)
リュードベリの式では、私たちの目に見えない部分のスペクトルなども導き出せる。それらのスペクトルは、以後、続々と実験によって確認されることになる。しかし、何故このような式が成り立つのか、裏に何があるのか、誰にも説明できなかった。
(遷移について)
ボーアは、原子のスペクトルの式の意味を理解することが、原子と電子の謎を解くことだと考えた。
古典的な物理の理論では、電子は原子核のまわりを回りながら光を出してエネルギーを失い、やがて、原子核に向かって落下してしまうと言った。その時に原子が出す光を観測すると、エネルギーを失うにしたがって、振動数が少なくなってしまう。そのため、特定の振動数が、はっきり現れる「線スペクトル」にいはならない。つまり、古典理論では、原子の出す光のスペクトルは説明できないのだ。
そこで、ボーアはアインシュタインの「光量子仮説」の考え方を取り入れることにした。「光量子仮説」では光は「hν」というとびとびの値のエネルギーを持った粒だと考えていた。
電子は、いくつかある軌道の中でも、外側の軌道を回っている時のほうがエネルギーは大きい。もし、外側の軌道を回っている電子が、それより内側の軌道にジャンプすれば、余分になったエネルギーhνぶんだけ、光量子となって出ていく。反対に、内側の軌跡を回る電子が、hνのエネルギーを持つ光量子を吸収すると、今度は電子自体が外側の軌道にジャンプすると考えればいい。ボーアは、このように、電子がある軌道から別の軌道へジャンプすることを「遷移(せんい)」と名づけた(または量子飛躍とも呼ぶ)。
この考えで原子のスペクトルを見てみると、遷移のたびに光量子がやりとりされるから、その時の光の振動数が「線スペクトル」となって、しっかり現れることになるのだ。(電子の遷移と光の色の関係)
ボーアの「遷移」という考え方を使うと、それまで謎とされていた水素の出す光のスペクトルに関しても説明できるようになる。
水素が出す四つの線スペクトルの振動数の関係を、バルマーが式としてまとめたことは先ほど紹介した。この四つの線スペクトルをバルマー系列と呼ぶ。
その後、可視部(目に見える光)以外の赤外線部分や紫外線部分についても、いくつかの線スペクトルが現れ、それらの間にもバルマー系列と似たような振動数の関係式が成り立つことが確認された。それらの線スペクトルの集まりは、発見者の名前を取ってパッション系列やライマン系列などと名づけられた。しかし、どうして、そのような線スペクトル群になるかは誰もわからなかった。
ボーアの遷移という考え方を当てはめると、それが説明できる。電子は、ある軌道から別の軌道へジャンプする時、決まった振動数の電磁波(光)を出すと考えればいいのだ。この考えでバルマー系列のスペクトルを見ていくと、n=3(内部から三番目の軌道)からn=2(内部から二番目の軌道)へ電子が遷移するときに出す光は赤色の光を出し、以下、n=4からn=2は青、n=5からN=2は藍、n=6からN=2は紫を出すのだ。
そして各軌道からn=2の軌道へ遷移する時の線スペクトルがバルマー系列になる。同じように、n=1へ遷移するときの線スペクトルがライマン系列(紫外線のスペクトル)に、n=3への遷移がパッション系列、n=4への遷移がブラケット系列になるということになった。これで水素原子が出す電磁波の線スペクトルが、すべて説明できたのである(下図 水素のスペクトル参照のこと)。(円軌道と楕円軌道)
ボーアは原子の構造に「電子の軌道」という考え方を持ち込んだ。たとえば、水素原子は、原子核のまわりを一個の電子が軌道を描いて回っている。ただし、ボーアが考えた電子の軌道は円軌道だった。のちに、ドイツの物理学者ゾンマーフェルトは、原子内の電子の軌道は円だけでなく、楕円もあるという見方を追加した。
このように一個の電子しか持たない水素原子なら、比較的わかりやすい。だが、たくさんの電子を持つ原子の姿は、いったいどんなものなのだろう?
たくさんの電子を持つ原子には複数の電子の軌道があり、さらに各軌道には、それぞれはいる電子の数が決められている。具体的には、いちばん内側の軌道(n=1の軌道)には2個、内側から二番目のn=2には8個、3番目のn=3には18個、4番目のn=4には32個、5番目のn=5には50個、6番目のn=6には72個といった具合だ。
ところで後の時代になって、一つの軌道には2個の電子しか入れないことがわかった。これを「パウリの原理」という。しかし、先ほどn=2の軌道は、8個の電子が入るといった。これはおかしいではないか?
じつはn=2は一つの軌道ではなく、全部で4つの軌道があるのだ。ひとつは円、その他の3つは楕円である。高校の教科書などでは、平面上の一つの軌道に、いくつもの電子が入っているように書かれている。しかし実際には、電子の軌道は、いくつもの円と楕円が立体的に重なった、非常に複雑なものである。(原子の構造を式にする)
「とびとびの軌道」とか「定常状態」とか「遷移」などといった奇抜な発想で、ニールス・ボーアは原子の構造にメスを入れた。彼に説をまとめると、(1)原子中の電子は、複数の円軌道上を回っている。
(2)電子はいずれかの軌道上を回っている間(定常状態)は、光を放出しない。
(3)電子が、ある軌道から別の軌道へジャンプ(遷移)する時、電子は光子を放出したり吸収したりする。だから原子の出す光は、とびとびの線スペクトルになる。というものになる。さらに彼はこれらを物理の言葉 --- つまり下記のよう式にして表した。
上の方の式は、水素原子の電子が外から内の軌道へ遷移した時に出す光の振動数を表す数式である。これは「ボーアの振動数条件」と呼ばれている。
下の方は、水素原子が出すエネルギーのとびとびの具合を表す数式である。こちらのほうは「ボーアの量子条件」と言われるものだ。この二つの式から、水素原子の出す線スペクトルの振動数が、ばっちり導き出せるのだ。
ただしボーアの量子条件は、のちにドイツの物理学者ゾンマーフェルトによって改良が加えられる。ボーアは電子の軌道を円と考えたが、ゾンマーフェルトは、これを楕円軌道に置き換え、かつ水素以外の原子でもエネルギーが、とびとびになることを説明できるように式を一般化させたのだ。ボーアの振動数条件
(説明)原子中の電子がmの軌道からnの軌道に移った時に出す光の振動数(νmn)は、電子がm、nにいた時(定常状態)のエネルギーEm、Enの差をプランク定数hで割ったものになる。
ボーアの量子条件
(説明)水素原子の定常状態では電子の角運動量(電子の質量×速度×軌道半径)Lがh/2πの整数倍となる軌道だけが許される。
ボーア・ゾンマーフェルトの量子条件
(説明)電子の運動量pを、電子の座標(位置)qで周期積分(周期的変化をする関数の1周期についての積分)した値はhの整数倍になる。(図解雑学 量子論 佐藤勝彦監修 ナツメ社より)
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