●ハイゼンベルクの行列力学

 ボーアの理論(前期量子力学)には行きづまりがあった。それは「電子はどうして定常状態(電子がいずれかの軌道を回っている状態)では光を出さないのか?」「電子はどこをどうやって遷移をするのか?」ということだった。それを救ったのは、ボーアの研究所に留学していたヴェルナー・ハイゼンベルク(Werner Heisenberg 1901-1976)であった。

 彼は、古典物理学を強引に利用しながら、スペクトルの光の強さを求めてしまった。彼の考えは、強引かつ非常に複雑なのだが、簡単に示すとこうなる。
 実は、電子が原子の中の外側の軌道を回っているとき、スペクトルの強さと振動数は、古典物理学でかなり説明できる。もちろん、電子は、やがてエネルギーを失い、原子核にぶつかってしまうという問題があったが、この点に目をつぶると、古典理論からスペクトルの強さも振動数も求めることができるのだ。そこで、ハイゼンベルクは電子が内側の軌道を回る時にも、なんとかこの古典理論を拡張して光の強さを導き出そうとし、そして、とにかく成功した。
 ハイゼンベルクが、スペクトルの強さを導き出した過程には、かなり強引な部分があった。また、ハイゼンベルクの理論では、原子が出す光のスペクトルについては振動数も強さも説明できるのだが、電子の軌道や遷移の仕組みについては、何ら触れていなかった。
 だが、ハイゼンベルクは「我々が実際に目にするものは、原子から出る光だけだ。ならば、その光のスペクトルから強さと振動数がわかれば、それで十分だ」と主張した。電子やその軌道などという、実際に観測できないものを思い描いたり、理論の中に持ち込むのは誤りだと考えたのである。
 しかし、これだと「電子は円や楕円の軌道上を動く」としたボーアの理論を否定してしまうことにもつながる。また、物理の世界ではモノがどのようにして、どういう動き方をするのかを思い描かねばならないと考える。これを、難しい言葉で「描像(びょうぞう)」というが、ハイゼンベルクの主張は、この描像なんか捨ててもかまわないと言っているのに等しい。
 このような問題を抱えてはいたが、とにもかくにもハイゼンベルクの計算方法を使うと、実験値にある光の強さや振動数がバッチリ求まってしまう。ただし、彼の計算方法は複雑で、他の人には非常にわかりにくかった。
 そこで、マックス・ボルン(1882-1970)というハイゼンベルクの先生が、彼の計算方法は「行列」という数学的手法を使えば、比較的簡単に解けることを発見した。このようにして完成されたハイゼンベルクの理論は「行列力学」と呼ばれるようになった。(図解雑学 量子論 佐藤勝彦監修 ナツメ社より)  

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