●「波動性」の検証 --- 波の干渉  

図5.1 ヤング型干渉実験の概念図

 「波動性」は干渉現象を実験的に見ることによって確認されるはずのものだ。まず、干渉現象一般について語りたい。上の図は理想化したヤング型干渉実験の概念図である。下方にある射出器から波長λの波が放出されて、小孔a、bをもつ衝立(ついたて)に向かう。図では、簡単のため、波の波面(点線で表してある)を平面のように描いてあるが、それは射出器と衝立の距離が大きい場合の近似であって、本質的に必要な条件ではない。この波は小孔から衝立の上方に進入して、(小孔の大きさが波長に比べて十分小さい場合は)a、bから出て行く二つの球面波を干渉し、上方にあるスクリーンに干渉模様Pをつくる。これが干渉現象である。
 干渉現象のメカニズムには二つの要因がある。その第一は、衝立上方の空間における二つの球面波の重ね合わせだ。通常、波動は数学的には波動関数によって記述される。量子力学の場合、習慣上ギリシャ文字ψ(プサイ)を使って波動関数を表す。小孔a、bからで二つの球面波をそれぞれψa、ψbとすれば、衝立上方の空間の波は  

ψ=ψab  

となる。これは重ね合わせ原理と呼ばれているものである。
 波動は空間内の点ごとに強さが違うし時間とともに変動するので、さらに詳しく表現する必要があるときは、空間点を表す変数xと時間変数tの関数であることを明記して波動関数をψ(x,t)と書く。波動関数の時間的空間的変動を詳しく、しらべることは、専門的な教科書に委せよう。ここでは、波動が波動関数で記述されること、波動関数を記号ψで表すことを知っていれば十分である。
 干渉現象のメカニズムの第二の要点は、ψで表される波の強度がψの二乗(ψ2=ψ×ψ)に比例することである。強度とは、ひとまず、質量とか電荷、または、エネルギーとか運動量など、波が運ぶ物理量の密度分布だと考えておけばよい。量子力学的波動に対しては、後で説明し直す。したがって、スクリーン上で観測される強度は、重ね合わせの原理を考慮すれば、  

P=ψ2=(ψab)2  

 =ψa2b2+2ψaψb

に比例する(場合によっては、さらに時間的平均を取る必要もある)。第一行から第二行への計算は中学時代に学習した公式(α+β)222+2αβの応用である(α=ψa、β=ψbとおけばよい)。さて、上の図に描いておいたように、孔のどちらか一方を閉めれば、球面波ψaとψbの一つがなくなり、スクリーン上の分布はPaa2またはPbb2のいずれかになるはずだ。しかし、両方開いているときの上の式でPa+Pba2b2ではない。両者の違いは右辺最後の項2ψaψbの有無にある。それを干渉項という。干渉項がPa+Pba2b2にはなかった干渉縞、すなわち、山と谷が交互に現れる干渉模様を作るのである。上の図にはPaa2、Pbb2、Pa+Pb、P=ψ2=(ψab)2の概念図が描いてある。これが干渉現象のメカニズムであり、「重ね合わせの原理」ψ=ψabと波の強度がψ2に比例するという事実に由来する現象だ。もちろん、「重ね合わせの原理」がなければ干渉項は出てこない。

干渉縞ができる理由

 干渉現象そのものは高校物理にも登場する比較的簡単な物理現象であり、次の事実が知られている。波長λの平面波が衝立に入射したとき、小孔の直径が波長に比べて十分小さく、衝立とスクリーンの距離Rが小孔a、bの距離D(およびQH)に比べてかなり大きくとってあれば、スクリーン上の山(または谷)は間隔d=(Rλ/D)を保って規則正しく現れるというものだった。
 理由はそれほど難しくない。上の図には、小孔a、bとスクリーンの相対関係が描いてある。一般に、Q点における二つの波ψaとψbは、それぞれ行路aQとbQとの行路差が波長の整数倍のとき、同位相となって(足し合って)山をつくり、半奇数倍のとき逆位相となって(消し合って)谷をつくる。RがDおよびQHに比べて大きい場合、直線aQとbQは、ほとんど平行となり、ψaの行路aQとψbの行路bQの差は、bc(点cは点aから点直線bQに下ろした垂線の足)となる。ここで中学時代の図形幾何を思い出していただこう。三角形abcは三角形bQHと相似であり、bcのab(すなわち、D)に対する比はQHのbQに対する比に等しい。すなわち、bc=(D/bQ)QH。今の場合、Rが大きいのでbQ=Rと近似してよい。すなわち、bc=(D/R)QHである。したがって、スクリーン上の点Qを移動させれば、QHが増減してbcを波長の整数倍または半奇数倍にして干渉縞の山と谷をつくる。たしかに、山と谷は間隔d=(Rλ/D)をもって並ぶ。
 DとRがわかっている場合、スクリーン上の間隔を測れば、入射波の波長λを知ることができる。また、λとDがミクロの大きさであり、直接マクロの物差しを当てて測れない場合でも、Rを大きくとれば干渉縞の山の間隔dはマクロの距離になり、普通の物差しで測れるわけだ。ミクロの量をマクロ尺度上に拡大して測るやり方は、物理学でしばしば行われている手法である。ただし、小孔間距離Dが波長λに比べてあまり大きくなりすぎると、山と谷の識別が難しくなる。
 光の波動性は古くから、このような干渉実験によって確かめられており、光波動説の実験的根拠となっていた。光の場合、可視光の波長が数百ナノメートル(1ナノメートル =10-9メートル)だったから、細い隙間をもつ衝立や規則正しく並べた細線群を人工的につくることができ(それを「回折格子」という)、それを使って干渉模様が観測されたのである。下の写真はその実例を示す。

光の干渉縞
図5.1の実験で小孔a, bの間の間隔が狭い場合(上)と広い場合(下)(中込八郎氏提供)

 電子の波動性は、量子力学成立後であったが、ダビソン-ジャーマーの実験および菊池の実験によって証明された。電子の場合、約数千ボルトの電圧をかけた二つの極板を通って加速されてエネルギーE(運動量はであり、mは電子の質量)をもつ電子のド・ブロイ波長は、ド・ブロイの公式


によれば、約10-8センチメートル程度になる。この波長に比べれば、光の場合のような人工的に作った回折格子の間隔は大きすぎて使いものにならない。ダビソン-ジャーマーや菊池の実験では、エネルギー一定の電子ビームを結晶に当てたのである。この場合、ヤング型干渉実験の概念図の衝立の代役が規則正しく並んだ結晶格子であるが、Dは結晶格子の間隔(約10-8センチメートル程度)に等しく、電子波のド・ブロイ波長とあまり変わらない。このような実験によって、彼らはスクリーン上に綺麗な干渉縞を観測し、電子の波動性を実証したのである。この実験によって同時にド・ブロイ公式の成立が確かめられた。
 最近は中性子が、いろいろな目的で、よく使われている。中性子のド・ブロイ波長も上の公式で与えられるが、電子との違いは質量の大きさにある(中性子の質量は電子質量の約千八百倍)。原子炉から出てくる熱中性子の場合、波長は約10-8センチメートルである。やはり結晶格子による干渉現象が観測され、中性子の波動性の直接的な証拠となった。今では中性子波動が引き起こす干渉・回折は、物質の構造解析の有力な手段である。最近、高温超伝導体の構造解析に威力を発揮して話題となった。なお。陽子の波動性も直接的な実験によって示されている。(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)  

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