●実験事実としての波動・粒子の二重性このとき、量子力学的粒子の「波動性」はどこへいったのか? このままでは「波動性」が見えなくなってしまった。とすれば、「波動性」とは、多数の粒子を送り込んだときに、はじめて見える多体効果であって、粒子一個の属性ではなのか? あるいは、こんな疑問が生まれてくるかも知れない。実際、空気を媒体として伝わる音波では、空気分子多数個の集団の粗密が空間的・時間的に変動して波動を形成している。音波現象は空気分子の集団運動であって、空気分子一個の属性ではない。先ほど見た光子や電子の波動性もこのようなものだろうか?
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(a)弱いビームによる干渉縞の崩れ
(b)重ね焼きによる干渉縞の復活
下半分は個別の実験結果
上半分は重ね焼きそれは違う! 量子力学的粒子の「波動性」は音波の場合とは全く違うものだ。上の図(a)上部にあるような粒子一個の到着を示す一個の輝点のある画面いくつかを上の図(b)の下部においたが、それらを多数集めて重ね焼きすると、上の図(b)の上部に段階的にしましたように「干渉縞」が復活するのである。いうまでもないが、個々の画面は粒子一個についての独立な実験の結果であり、集団運動が反映しているはずない。要するに、個々の粒子は「粒子性」を示す実験においても、「波動性」を忘れていなかったのだ。その「波動性」は、「粒子性」を示す画面の重ね焼きによって、現れるものである。強い強度のビームによる干渉実験では、はじめから干渉縞が見えたが、それはそのような重ね焼きを多数粒子の参加によって一遍に実行した結果なのである。
さて、以上の事実、すなわち、波動・粒子の二重性という事実をヤング型干渉実験の概念図や上の(a)(b)のような概念図ではなく、本物の実験で得られた写真によって示そう。![]()
電子線の干渉(外村彰氏提供)
上の写真は電子線の干渉を撮影した写真である。電子線の通過経路に、それと直角の方向を向いて帯電した棒をおけば、磁束の両端を別れて通る二つの(電子の)分波の進行方向が曲げられてスクリーン上での位相差を生じ、それによって干渉が起こる。写真(a)は、極めて弱いビーム強度の電子線による短い時間内の少数粒子の到着を記録したものだ。ここでは粒子性しか見えていない。上の図(a)の上部または(b)の下部の図に相当する場合だ。観測時間を段階的に長くとり粒子到着点を増加させて、「重ね焼き」を実行した場合の画面の変化がa->b->c->dである。まさに上の図(b)の筋書きを実現したものだ。写真(d)では干渉縞、すなわち、波動性がはっきりと読みとれる。この写真(d)が強いビームによって観察される画面でもある。その場合、ビーム強度を弱くしてゆけば、干渉縞はd->c->b->aの順序で崩れてゆくことをこの写真が示した実験だ。
量子力学建設当時は技術が未熟で、このような実験はできなかった。しかし、実験したとすれば当然、上の図(a)(b)やいま示した写真のようになるはずだという理論予想があった。というよりは、そうなるべきだという設定の上に量子力学の理論体系が建設されてきたのである。ディラックの教科書『量子力学の原理』の冒頭にこの種の理想実験の話があるし、朝永の解説書『量子力学的世界像』の中にも(「光子の裁判」というエッセイ)擬人化した形での面白い説明がある。しかし、それぞれの本が出版された当時も、現実の直接的な実験で波動・粒子の二重性を見ることは不可能だった。技術の進歩はこのような原理的実験を可能にしてくれた。
さて、これが波動・粒子の二重性という実験事実である。では、この実験事実をどのように解説したらよいか? それが次の話である。(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)[前ページへ][ホームへ][目次へ][次ページへ]