●複素数と波動関数 --- 波動関数の時間的変動とエネルギー・時間の不確定性原理
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シュレーディンガー方程式
シュレーディンガー方程式の左辺に虚数単位
がある。これは2乗して-1になる数である。私たちが平素使っている数は実数であり、よく知っている四則(足し算、引き算、かけ算、わり算)にしたがう。実数には正と負の数があるが、2乗すれば必ず正の数になる。ところが、日常生活ではあまり現れないとしても、ちょっと込み入った計算(例えば二次方程式の解法)を試みると、2乗して負の数になるものが出てくる。これを虚数(an imaginary number)といい、一般にi×実数と書くことができる。i2=i×i=-1だからである。これを一般化して、(実数)+i(実数)のように組み合わせたものを複素数という。第1項の実数を、この複素数の実数部、第2項の(iがかかっている)実数を虚数部という。実数部同士と虚数部同士が等しい場合、二つの複素数は等しいという。実数と虚数の間には等号は成立しない。シュレーディンガー方程式では、
(プランクの定数)は実数の定数、Hは実数だけの(かけ算や微分などの)演算を含むものだから、波動関数ψが純実数または純虚数とすれば等号は成り立たない。したがって、波動関数は不可避的に複素数になるのである。
少々記号を使おう。習慣にしたがって、ギリシャ文字α(アルファー)、β(ベータ)、ζ(ツェータ)、θ(テータ)などを使う。αとβを実数とすれば、一般の複素数はζ=α+iβと書くことができる。αが複素数ζの実数部、βがその虚数部であることはいうまでもない。複素数を扱うには図的表現が便利だ。下の図がそれである。
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複素数の図的表現(横軸を実軸、縦軸を虚軸という)
横軸に実数部変数αを取り、縦軸に虚数部変数βを取って、複素数ζ(黒点)を表してある。この図を複素数平面という。その横軸を実軸、縦軸を虚軸という。この図で原点(α=0、β=0)とζを表す黒点を結ぶ線分の長さ
を複素数ζの絶対値といい、|ζ|と書く。これは正の実数だ。また、その線分と実軸とがつくる角θを偏角という。さらに、虚数部の符号を反転させたものζ*=α-iβをζの複素共役というが、絶対値はζと同じで、偏角は-θである。複素共役を使えば絶対値2乗は|ζ|2=ζ*ζと書くこともできる。実際に計算すれば、ζ*ζ=(α-iβ)×(α+iβ)=α2-i2β2+2i(αβ-βα)=α2+β2となるからである。
波動関数ψは、このような複素数であった。実数部を虚数部は、しばしばReψ、Imψと書く。ReとImは、それぞれ実数部および虚数部という英語 real part, imaginary part の略号である。波動関数が複素数であることを考慮すれば、確率密度のところで導入した存在確率密度は、正しくは、ψ2ではなく波動関数の絶対値2乗|ψ|2(実数部の2乗と虚数部の2乗の和)に比例するとしなければならない。すなわち、P=|ψ|2である。上の図のような干渉実験の場合、スクリーン上での存在確率密度は
P=|ψ|2=|ψa+ψb|2 =|ψa|2+|ψb|2+2Reψaψb*となる。この場合、右辺最後の項2Reψaψb*が干渉項である。
シュレーディンガー方程式によると、エネルギーが一定値Eを取る状態では、波動関数ψ偏角はθ=-Et/となることが知られている。複素平面上(最初の図)ではζをψの点と見直せばよい。時間tが増大すれば、この点は半径一定の円周上を一定の角速度E/
で時計まわりに回転する(角速度とは回転角が変化する速さ、すなわち、一秒ごとに増大する回転角のことである)。この角速度を一回転に要する時間(周期T)に換算すれば、T=
/Eとなる。この場合、存在確率密度P(原点と黒点との距離の2乗)は時間によらず一定となるので、量子力学では、この状態を定常状態という。なお、複素共役関数ψ*は同じ円周上を逆時計まわりに回転する。ReψとImψは、それぞれψを表す黒点の実軸上と虚数上への正射影であり、黒点の回転によって周期Tで振動する関数となる。
定常状態でないとき、存在確率密度Pは時間とともに変動する。その原因は二つ以上の相異なるエネルギーの混在にある。例えば、相異なるエネルギーEa、Ebをもつ二つの状態ψa、ψbの重ね合わせ状態ψ=ψa+ψbにおける存在確率密度Pは上の式と同じ形に書けるが、|ψa|2と|ψb|2が一定であるため、時間的変動は、もっぱら干渉項2Reψaψb*から出てくる。ψaとψb*は、それぞれ角速度Ea/とEb/
をもって反対向きにまわるので、干渉項は差の角速度ΔE/
(ΔE=|Ea-Eb|)で振動する関数となる。振動の周期はT=h/ΔEであり、その程度時間がたつとPの変化が、はっきりと目に見えてくる。一般化していえば、ΔEの幅で値の違うエネルギーが混在している状態では、存在確率密度の時間的変動は大体Δt=h/ΔEぐらいの時間幅で現れる。したがって、この意味の時間幅Δtとエネルギー幅ΔEの間には
ΔtΔE=hという関係式が成立する。これを時間・エネルギーの不確定性原理(または不確定性原理)という。
これは第三章でお目にかけた位置と運動量の不確定性原理ΔxΔp=hによく似ている。実際、内容的にも関係がある。運動量を測るには、時間間隔Δtの間の粒子位置の変化Δx=vΔtによって、速度vを知る必要がある。これと古典力学の関係式v=ΔE/Δpを使えば、位置と運動量の不確定性関係は時間・エネルギーの不確定性関係に化ける。しかし、位置と運動量についての不確定性ΔxとΔpの内容は、いま説明したΔtとΔEの意味とは少々違う。まず、位置と運動量の測定について語ろう。先ほど説明したように、同じ波動関数ψで表される独立な力学系を多数用意し、そのおのおので位置の測定をすれば、(一般には)検出点は、ばらつくだろう。その検出点分布の幅がΔxなのである。同じ力学系集団に対して、今度は運動量の測定をすれば、得られた運動量の測定値は(やはり一般には)各力学系ごとに、ばらつくだろう。その分布の幅がΔpである。位置と運動量についての不確定性原理は、このようなばらつき分布の幅の相互関係を規制するものであった。これに対して、量子力学では時間という力学量はなく、位置測定にそのまま対置できるような時間測定はないのである。
位置の検出点分布が波動関数の絶対値2乗である存在確率密度によって与えられることは、すでに説明した。では、運動量の測定値分布を与えるものは何か? 一般に波動関数は複素数だから、波動関数のもつ情報は絶対値と偏角に別れて植え込まれている。存在確率密度のように絶対値を取ってしまえば、偏角に入っている情報は消えてしまう。運動量についての情報は、かなりの部分が偏角に入っているのである。運動量の値(p)が決まった粒子の運動状態は波長一定(λ=h/p)の波であった。一般の波動は、いろいろの波の重ね合わせ状態にあるが、波動関数が与えられれば、波長λをもつ波(したがって、運動量p=h/λの成分)の割合を求めることができる。その割合が運動量の測定値分布を与えるのである。(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)[前ページへ][ホームへ][目次へ][次ページへ]