●スピンと波動関数いままで述べてきた理論体系を粒子二個の場合に拡張すれば、第一の粒子が点Qにあり第二の粒子が点Q'にある場合の確率振幅を表す波動関数はψ(Q,Q')と書くことになり、この絶対値2乗には、二つの粒子をそれぞれQとQ'で見つけることの確率という意味が付与される。しかし、この二個の粒子が同種粒子である場合は、これだけでは不十分だ。同種性が反映されていないからである。
同種性とはどのようなことか? ミクロの同種粒子は実際上ばかりでなく原理的にも区別不可能なものである。したがって、第一の粒子が点Qにあり第二の粒子が点Q'にあるという状態ψ(Q,Q')と、第一の粒子が点Q'にあり第二の粒子が点Qにあるという状態ψ(Q',Q)は全く同じ状態でなければならない。これを波動関数で書けば、ψ(Q,Q')=+ψ(Q',Q)であるが
ψ(Q,Q')=-ψ(Q',Q)でもよいはずだ。2乗して存在確率密度をつくれば、マイナスは消えてしまうからである。前者を「対称型」、後者を「反対称型」の波動関数という。区別不可能という限りでは同じように見えるが、この二つは全く別種の「同種粒子」の性質を表すものである。
後者の場合、すなわち、粒子交換について反対称型の波動関数の場合、点Qと点Q'を同じ点に選びQ=Q'とおけば、ψ(Q,Q)=-ψ(Q,Q)となるが、これはψ(Q,Q)=0を意味する。すなわち、この種の粒子二個が同一の点に存在することの確率はゼロである。これを一般化すれば、一つの状態には粒子は一個しか入れず、二個以上はいることはできないという集合の法則が得られる。これは正にフェルミ-ディラックの統計であった。すなわち、反対称型の波動関数で記述される粒子はフェルミオンなのである。
前者の場合、すなわち、粒子交換について対称型の波動関数の場合は、粒子はボソンであり、ボース-アインシュタインの統計にしたがう。一つの状態に何個でも粒子が入れるからだ。
さて、これまでは軌道運動以外の運動、たとえば、スピンのような自転運動は無視していた。ここでは、スピン運動を取り入れて、その効果を見よう。二個の同種粒子の場合、軌道運動の波動関数をφ(Q,Q')とし、スピン運動の波動関数をχ(s,s')とする。φ(フィ)χ(キー)はやはりギリシャ文字である。sとs'はそれぞれ第一、第二の粒子のスピン変数であるが、以下の話に関しては、スピン変数についての詳しい知識はいらない(第三章の「ミクロ粒子のスピン」の項には一応の説明がある。たとえば、スピン1/2の粒子の場合、sとs'はプラスマイナス/2のどとらか一方の値をとるわけだ)。このとき、スピン運動を取り入れた全波動関数は
ψ(Q,s;Q',s')=φ(Q,Q')χ(s,s')と書くことができる。
粒子を交換すれば、位置変数もスピン変数も一緒に取り替えられる。したがって、粒子交換についての波動関数の対称性もそれに応じて書き直さなければならない。
(1)フェルミオンの場合は反対称性
ψ(Q,s;Q',s')=-ψ(Q',s';Q,s)が成立するはずだから、全波動関数は
ψ(Q,s;Q',s')=φ+(Q,Q')χ-(s,s')または=φ-(Q,Q')χ+(s,s')という組み合わせによって与えられる。ただし、+印の関数は粒子交換に対して対称、−印の関数は反対称である。すなわち、
φ+(Q,Q')=φ+(Q',Q),
φ-(Q,Q')=-φ-(Q',Q),
χ+(s,s')=χ+(s',s),
χ-(s,s')=-χ-(s',s).(2)ボソンの場合は対称性
ψ(Q,s;Q',s')=ψ(Q',s';Q,s)が成立するはずだから、全波動関数は
ψ(Q,s;Q',s')=φ+(Q,Q')χ+(s,s')または=φ-(Q,Q')χ-(s,s')という組み合わせによって与えられる。
いずれの場合も、スピンがなければ、φ+(Q,Q')かφ-(Q,Q')のどちらか一方だけしか存在できなかった。スピンの存在はその両者を要求するという結果になった。
第三章の「量子現象のいろいろ」の項で説明したように、位置波動関数を描く曲線の湾曲度が大きいほどエネルギーが高い。すなわち、特殊な相互作用がなければ、対象な関数φ+(Q,Q')の湾曲度は反対称な波動関数φ-(Q,Q')の湾曲度より緩く、したがって、エネルギーも低い。フェルミオン二体系(例えば、ヘリウム原子や水素分子は二個の電子を含む)の場合、反対称なスピン状態χ-(s,s')をもつ状態の位置波動関数は対称関数φ+(Q,Q')に限られるので、そのエネルギーは、反対称な位置波動関数をもつ対称スピン状態φ-(Q,Q')χ+(s,s')よりも低い。このような分析によって、同種粒子多体問題が解決されていったのである。前期量子論では、こうはできない。前期量子論が二個以上の同種粒子の多体問題に全く歯がたたなかったのは、この理由による。(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)[前ページへ][ホームへ][目次へ]