●イエス・ノー型実験と素朴コペンハーゲン解釈  

 イエス・ノー型実験の典型はスピン測定を目的としたシュテルン-ゲルラッハの実験である。スピン1/2の粒子のスピン変数はプラスマイナス/2という値を取る。これを記号的に↑および↓と書くことにしよう。粒子スピンが↑である状態と↓である状態とは排他的であることが知られている。

イエス・ノー型実験(シュテルン-ゲルラッハの実験)

 上の図がシュテルン-ゲルラッハの実験の概念図である。左にある粒子射出器からスピン状態不定の粒子からなる(極めて弱い強度の)粒子ビームが放出され、特殊な磁場を使った分波器Mに導かれる。各粒子の波動関数ψは↑の成分と↓の成分との重ね合わせであるが、Mによって、↑の成分は上方の通路Aを走る波ψaに、↓の成分は下方の通路Bを走る波ψbに変えられる。これがスペクトル分解

ψ→ψab

の段階である。次は検出の段階だが、AとBに設置した検出器DaとDbによって粒子を捕捉する。これを通常型測定という(図a)。しかし、検出器を二つも置く必要はない。Daだけでよい(図b)。今後はこの場合だけについて議論しよう。
 いうまでもなく、検出器Daが信号を出せば(イエスの場合)、粒子のスピンが測定されて測定値↑が得られたのである。したがって、その直後では↓であるはずがなく、この測定によって波動関数の収縮

ψ→ψa

が起きるだろう。一方、射出器が発射信号を出して後、到着予定時間を過ぎてもDaが信号を出さなければ(ノーの場合)、粒子スピンの測定が完了して測定値↓を与える。したがって、この場合の波動関数の収縮は

ψ→ψb

のはずだ。これを否定型測定という。この章の初めに議論した小孔a、bの通過問題によく似ている。本質的には同種の問題だ。
 一般の力学量の測定に関するイエス・ノー型実験も、シュテルン-ゲルラッハ実験の形式を借りて議論することができる。すなわち、力学量の取る値を二つに分け、そのおのおのを二つの通路A、Bのどちらかの通路に対応するように工夫すれば、形式的な話はまったく平行して進む。もちろん、力学量が一方の値を取れば他方の値を取ることはない。すなわち、AかBかの通路決定は互いに排他的であり、私たちはどちらを通るかを観測しさえすればよい。まず第一にスペクトル分解ψ→ψabを実行し、次に第二段階の検出を行う。検出によっては測定は完了し、結果に応じて波動関数はψ→ψaまたはψ→ψbのように収縮する。

 コペンハーゲン解釈
 測定による「波動関数の収縮」の実態は何だろうか? これは量子力学的観測の核心に迫る設問だ。私たちは今その問題を討論すべきところにきたのである。

 もう一度、ヤング型干渉実験の小孔通過問題に戻ろう小孔a、bのどちらかを”閉じて”しまえば、波ψaとψbのどちらか一方は消えて、スクリーン上に現れる粒子到着の分布は図にあるようなPaかPbのどちらかひとつになる。この場合、一方の波の消滅は明らかだ。
 では、先ほどのように、aのところだけ通過検出器をおいた場合はどうか? 他方の小孔bを”閉じる”ことはしない。Daが粒子捕捉の信号を出した直後(イエスの場合)は、粒子はaにいてbにいないのだから、この測定によって、波動関数は

ψ→ψa (ψbは消える)

となるだろう。一方、否定型測定(ノーの場合)では

ψ→ψb (ψaは消える)

となるはずだ。
 シュテルン-ゲルラッハ実験のようなイエス・ノー型実験でも、まったく同じように考えることができる。通路A、Bの一方を”閉じる”ことをしなくても、”通路測定”をすれば、一方の波は消えてしまうというのである。これが測定による「波動関数の収縮」だとする説明をコペンハーゲン解釈という。これからはシュテルン-ゲルラッハ実験の図(b)のようなイエス・ノー型実験を念頭に置いて話を進める。
 「コペンハーゲン解釈」という言葉は、しばしば「波動関数の物理的意味--- 確率解釈」の項で述べたような確率解釈を軸とする理論体系そのものに対して使われることがある。広義のコペンハーゲン解釈だ。これに対して、今いった説明は狭義の「コペンハーゲン解釈」である。この本では素朴コペンハーゲン解釈ということにしよう --- あまり普及している言葉ではないが。観測問題では「コペンハーゲン解釈」というとき、多くの場合、この意味で使われている。
 では、素朴コペンハーゲン解釈は本当に正しいのだろうか? 一方の波は本当に消えるのだろうか? 上に書いた素朴コペンハーゲン解釈の式は、一つのミクロ粒子に対する一回の測定に対する結果であった。元来、量子力学は一つの力学系に対する一回の測定に対してはなにもいえない、またはいわないはずのものではなかったか? それなのに、素朴コペンハーゲン解釈は一回の測定結果について決定的なことを言い過ぎているようだ。本当にそれでよいのか?
 まず、一方の波が消えるということをシュテルン-ゲルラッハ実験の図(b)の(否定型測定を含む)イエス・ノー型実験の場合に考えてみたい。分波器で分けられた波ψaとψbは二つの通路A、Bを似たような波頭速度でもって進むだろう。波ψaが検出器Daに進入したとき、波ψbは通路Bの相当箇所まで進んでいるに違いない。Daが粒子を検出したとき(イエスの場合)、素朴コペンハーゲン解釈によれば、そこまで進んでいたBの波ψbは時間に逆行して消えなければならない。否定型測定(ノーの場合)では、検出器Da内に進入していた波ψaがやはり時間に逆行して消える。この否定型測定の場合、時間に逆行した波の消滅は、波動関数と検出器の相互作用が初めに戻ってご破算になってしまうことを意味するのだろうか? とすれば、否定型測定は検出器との相互作用なしで実現したことになる。私が出席したヨーロッパの国際会議でも、そのように考えて、それを重大な疑問として提出した人たちがいた。それは明らかな間違いだ。検出器との相互作用なしで測定が行われることはない。間違いの元凶は時間に逆行して波動関数が消えると考えたところにある。すでに注意したように(測定による波動関数の収縮 --- 観測問題の始まりを参照)量子力学では波動関数との相互作用は必ずしも事象としての結果を生まない。事象がないからといって、相互作用がないとか、波が消えたとかいうことはできない。こういうように見てくると、波動関数が消えるという想定を安直に受け入れることは危険だ。

 さらに、ズレクとウータースの分析(粒子を見るか波動を見るかを参照:上図参照)を思い出そう。”一原子”測定器による測定は不完全測定であった。通路Aを通る確率は通路Bを通る確率に比べて有意に大きかったが、スクリーン上の干渉模様は完全には崩れず概形を保っていたのである。この場合はもちろん分波の一つが消えるなどという現象は起こらない。分波は二つとも健在だ。この測定器の原子数を二個、三個・・・と増加していったらどうなるか? 現実の測定器はその延長上にある。この増加作業のどこかでにわかに一方の分波が消えるという現象は想像しにくい。二つの分波はいつまでも健在なのではないか?(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)  

[前ページへ][ホームへ][目次へ][次ページへ]