●EPRパラドックス --- アインシュタインの嫌う非局所的長距離相関

 すでに何回か繰り返した話だが、量子力学建設後、アインシュタインは確率解釈を基軸とするコペンハーゲン流の正統的量子力学に強く反発した。彼の反発は、ボーアをはじめ当時の指導的物理学者たちを大層驚かせたようだ。無理もない。かつて、アインシュタインは量子論発展の先頭に立っていた人だ。しかも、ブラウン運動論や光子の統計分布などでは、物理学における確率論的手法の開拓者でもあった人だ。衝撃はあまりにも大きく、その驚きを書き残している人もいる。歴史に残るアインシュタイン-ボーア論争は、そのような雰囲気の中で始まった。
 しかし、そのような反発はアインシュタインばかりではなかった。量子論の始祖プランク、物質波仮説のド・ブロイ、波動力学の創始者シュレーディンガーなども、正統的量子力学の受け入れを渋った。ド・ブロイは一時コペンハーゲン流量子力学を受け入れたが、あとで拒否し、彼独自の解釈を推進し続けた。あとで触れるが、シュレーディンガーもブラウン運動論の視点から彼独自の解釈と方法で量子力学の再構築を試みたことがある。シュレーディンガーがコペンハーゲンを訪れて病気になったとき、ボーアがその枕元に長時間座って説得を続けた話は有名である。
 しかし、何といっても、アインシュタインの反発が一番すさまじい。彼はコペンハーゲン流量子力学の矛盾点をえぐり出す目的で、いくつかの思考実験やパラドックスを考察してボーアなどの正統派に挑戦したのである。その一つはすでに紹介した(「粒子を見るか波動を見るか」参照)。別のあるパラドックスに対しては、ボーアはアインシュタインの質問に答えて、アインシュタインの創設した一般相対性理論を使って応酬するという一幕もあった。これも物理的観点から見て大層面白いパラドックスだった。しかし、アインシュタインの出したパラドックスをすべてここで紹介する必要はあるまい。結局、それらのパラドックスはすべてボーアによってコペンハーゲン流量子力学の枠内で解決されてしまい、量子力学自身の改変までまでには至らなかった。とはいえ、緊張感を伴った彼らの論争は、量子力学の内部理解にとって極めて有益だったのである。
 ボーアがすべて解いてしまったといったが、ただひとつだけ、いまだに重い疑問として物理学者の心の中に残り、繰り返し論争を呼んでいる問題がある。EPRパラドックスがそれである。  

(EPRパラドックス --- アインシュタインの嫌う非局所的長距離相関)
 1935年。アインシュタインはポドルスキー(B. Podolsky)、ローゼン(N. Rosen)と連名の論文を『フィジカル・レビュー』誌(アメリカ)に発表して、量子力学の記述が不完全だと主張した。その論文の表題は、「Can quantum-mechanical description of physical reality be considered complete? --- 物理的実在の量子力学的記述は完全と考えられるか?」であった。その際、考案されたのが、アインシュタイン-ポドルスキー-ローゼンのパラドックスである。通常、簡略化してEPRパラドックスという。アインシュタインたちは、その論文の冒頭で「物理的実在」に関する見解を述べている。EPRパラドックスそのものを説明する前に、まずその見解について語る必要があるだろう。
 アインシュタインたちは、次のような基準体をおいて物理的実在(physical reality)について考える。

 (a) 力学系を乱すことなく、ある物理量の値を測定できるとき、その物理量に対応する物理的実在の要素が存在する。

 (b) 物理学の理論体系は、物理的実在のすべての要素に対応する部分をもたなければならない。

 この基準には、自然界は確かな客観的な存在であるべきだとするアインシュタインの強固な信念が表明されている。徹底的な古典物理学的自然観だといえるだろう。アインシュタイン-ボーアの論争の根元はこの自然観にあるのだ。
 アインシュタインたちは、この基準によって量子力学を批判するのであるが、批判点を明示するために工夫された思考実験がEPRパラドックスだ。原論文では、ある相関関係をもつ二個の粒子の位置と運動量の測定を題材にしているが、忠実に紹介するには少々面倒な数式を使う必要がある。それはやめて、概略を説明するだけにしておこう。本質は、それで理解できると思う。
 いま二個の粒子A、Bからなる力学系を考える。各粒子は、二つの値a、bしか取らない特定の力学量をもっているとする。この力学量が値aをとる場合と、値bをとる場合とは排他的である。例としては、スピンなどを考えればいよい(
電子のスピン/パウリの排他原理参照のこと)。この力学系を相手に、次のような思考実験を設定するのだ。
 いま、この力学系には、A(の力学量)が値aを取ればB(の力学量)が値bを取り、A(の力学量)が値bを取ればB(の力学量)が値aを取という相関関係が与えられていたとする。例としては、第五章の「スピンと波動関数」の項のスピン状態χ+(s, s')またはχ-(s, s')などがある。(簡単のために、これからは断りなしに「の力学量」および「値」という言葉を省略することもある。)この相関関係があるとき「Aがa、Bがb」および「Aがb、Bがa」という運動状態が同時に存在する。したがって、そのおのおのの波動関数を、それぞれ、Ψ1(Aがa、Bがb)とΨ(Aがb、Bがa)と書くことにすれば、重ね合わせの原理により、この力学系の状態は

Ψ=Ψ1(Aがa、Bがb)+Ψ(Aがb、Bがa)

でなければならない(Ψはプサイと読む)。この相関関係が成立した後、AとBを十分遠く(たとえば、宇宙の中で星間距離ほど遠く)引き離して、Aがいる場所でAの力学量の測定を行う。その結果、第一の場合として、A(の力学量)が(値)aを取ったことがわかれば、「波動関数の収縮」Ψ→Ψ(Aがa、Bがb)が起きるはずだ。したがって、ただちにB(の力学量)が(値)bを持っていることを知る。第二の場合として、測定結果がA(の力学量)の値としてbを与えたとすれば、「波動関数の収縮」は、Ψ→Ψ(Aがb、Bがa)であり、ただちにB(の力学量)が(値)aを取ることを知るわけだ。
 いずれの場合も、宇宙的距離ほど離れたBに情報が瞬時に(光の速度を超える速さで)伝わった! なんとも不思議である。これを非局所的長距離相関という。
 今の話では、簡単のために、素朴コペンハーゲン解釈を使い、一方の分波(ΨまたはΨ)消えると議論した。しかし、第6章で詳しく述べたように、正しくは「波動関数の収縮」は、両分波の位相相関が喪失して排他的事象に対応する確率の和に分解することだ。そのように話を進めても、結論は同じである。
 ところで、AとBは遠く離れているのだから、第一の場合も第二の場合も、Aに対する測定がBを乱すことはない。まず、第一の場合を考えよう。この場合は、Bを乱すこともなく、B(の力学量)の値bがわかったのだ。したがって、基準(a)によれば、Bのその力学量は物理的実在の一要素である。しかも、この状況はAに対する測量とは無関係に、始めからB(の力学量)が確定値bを取っていたことを意味する。一方、第二の場合からも、同様の論理でBのその力学量が物理的実在の一要素であるという結論が出てくる。しかし、今度は、初めからB(の力学量)の値はbではなく、aに確定していたのだ。
 物理的実在に対応する力学量の値が、初めから、たがいに排他的な値aとbを取っていたという結論は矛盾以外の何物でもない。だから、量子力学は間違っているというのだ。
 ボーアは、これに対して、同じ表題の論文で次のように答えた。このパラドックスの根源は、Bとは無関係にAについての測定が行われるとしたところにある。相関関係が確立している場合は、全体を一つの力学系と考えなければならない。したがって、Aについての測定操作は二個の粒子からなる力学系全体に及ぶはずである。ボーアはこれを分離不能性という。非局所的長距離相関の本質はここにあったのである。これを取り除いてしまうと、量子力学の成功の重要な部分が、ほとんど失われてしまう。けっきょく、EPRパラドックスは、アインシュタインが主張する「物理的実在」という古典的概念が量子力学と両立し得ないことを示す物だと、ボーアは結論する。
 とはいえ、このような分離不能性または非局所的長距離相関は何はともあれ不思議だ。本当に、宇宙的空間をへだてた二つの粒子の間の相関関係が瞬時に現れるのか? アインシュタインならずとも、疑問に思う。
 この疑問は思弁的討論だけで済ませるべき問題ではない。長距離相関の存在は現実の実験で確かめることのできるはずなのである。アインシュタインが問題を提起した1935年頃は、思考実験でしか考えられなかったが、実験技術の格段の進歩のおかげで、今や実験室実験が可能になった。すでにかなり前から、いくつかの試みがあったが、この10年ほどの間に見事な実験が行われた。フランスのアスペ(A. Aspect)とそのグループ、およびスコットランドのクラインポッペン(H. Kleinpoppen)とその協力者たちの実験である。いずれも、一つの原子から反対方向に放出された相関関係をもつ二個の光子を使い、十分離れたところ(といっても実験室の中だが)で、両方の光子の間に量子力学のいう相関関係が保たれているかどうかを調べた実験だ。
 結果は量子力学の予言どおりであった。アインシュタインが嫌う非局所的長距離相関(ボーアのいう分離不可能性)が実験的に証明されたのである。若い物理学者アスペが、最初に、この実験に成功し、ベテランの実験家クラインポッペンが、それを追認した。彼らの実験は、直接的には「ベルの不等式」の検証という形で行われた。ベルの不等式についてはあとで触れる。
 改めて見直せば、アインシュタインの嫌う非局所的長距離相関は量子力学が突出するところには必ずといってよいほど存在する。ボーアの主張するように、アインシュタインのいう「物理的実在」についての古典的概念は量子力学とは矛盾するものなのだろう。この意味でも、古典的な素朴実在論は量子力学では成立しない。結局、アインシュタインは、量子力学を受け入れないまま、量子力学を理解できない年寄りと思われたまま、1955年に死んだ。まだ今のようなアインシュタイン・ブームがの起きる以前のことである。さびしい晩年だったに違いない。(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)

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