●「隠れた変数」理論と異端者たち

 基本原理として確率解釈を設定したことに対する不満は、量子力学の成立当初から、かなり多くの人たちがもっていた。古典物理学の基礎原理はすべて確定した決定論的なものであり、確率概念または確率論的手法は、私たちが力学系の情報を十分にもっていないために導入された現象論的なものだった。量子力学に不満をもつ人の多くは、量子力学をこのような古典的状況に戻そうと試みたのである。
 その試行の手本はブラウン運動にあった。溶液中に投入された花粉などの小粒子は、周囲を動きまわっている多数の溶液分子との衝突によって、不規則な運動を繰り返す。これをブラウン運動という。私たちは極めて多数の溶液分子の行動の詳細を知らないから、確率論的手法を使ってブラウン運動を解析している。ブラウン運動粒子が行う行動は確率過程と呼ばれており、現代物理学および現代数学の重要なテーマのひとつだ。アインシュタインはブラウン運動論の開拓者だったのである。
 量子力学をブラウン運動論または確率過程論として書き直そうとする人たちは、ミクロ粒子の運動状況を次のように想像する。まず、各ミクロ粒子はすべて決定論的な古典力学にしたがうとする。すなわち、基本原理のところには確率要素は一切ない。しかし、ミクロ粒子は私たちの知らない未知の物質からなる媒質中を運動していると考えるのだ。この未知の媒質はブラウン運動の場合の溶液と同様の衝突効果をミクロ粒子に与え、それによってミクロ粒子の確率過程的な行動を引き起こすと考える。量子論的な”ゆらぎ”をブラウン運動として捉えようというのだ。その種の理論では、量子論的な”ゆらぎ”の大きさの目安であったプランク定数は、ブラウン運動の不規則運動の程度を決める拡散定数の役割を果たすように設計される。未知の媒質は、私たちが知らないとしても、ある種の物質粒子で構成されているだろうから、その力学的行動を記述する力学変数があるはずだ。その変数を、私たちが知らないという意味で、隠れた変数といい、このような理論を「隠れた変数」理論と呼ぶ。私たちが知らない媒質といえば、昔光の媒質と考えられた仮想的物質”エーテル”を思い出す人もいるかも知れない。歴史は繰り返すというべきだろうか?
 「隠れた変数」理論は多くの人たちによって試みられた。先ほども述べたように、シュレーディンガーもその実現に努力していた。シュレーディンガー方程式の数学的構造がブラウン運動論の拡散方程式に似ていたからである。
 しかし、量子力学の数学的基礎の確立に重要な働きをしたノイマンは、ある数学的前提をおいて、「隠れた変数」理論が存在しないことを証明した。ひとつの「理論」または「主張」に対する否定的証明を、しばしば、「ノーゴー定理」(NO-GO THEOREM)ということがある。彼のノーゴー定理は、彼の数学的権威の威力もあって、その方向の研究に冷水を浴びせたのである。現場研究的量子力学の圧倒的な進撃が続いた時期と重なったこともあって、「隠れた変数」理論は一時忘れられ影を潜めた。

 第二次大戦後になって、物理学者ボーム(D. Bohm:上の写真)は、ノイマンのノーゴー定理を突破して、ひとつの「隠れた変数」理論を作り上げた。実はノイマンの数学的証明はその前提が厳しすぎたのである。ボームはある種のあまり面倒でない数学的処理をして、シュレーディンガー方程式から古典的なニュートン方程式を導いたのである。ただし、そのニュートンの方程式には、普通の力の他に「量子力学的力」と呼ぶ新しい力がつけ加わっていた。彼はこれを未知の媒質からくる「ゆらぎ」の力と考えた。繰り返しだが、ボームは量子力学を抹殺して、古典力学に戻そうとしたのだ。
 ボームの理論は世界的に大きな反響を呼んだ。そのため、観測問題を含めた特別な国際会議が招集されたほどである。量子力学に古典的説明がつくとすれば、混迷を深めていた観測問題にも、何か新しい視点または突破口が見つかるかも知れないと期待されたのだ。多くの新しい人たちがこの方向の研究に加わり、「隠れた変数」理論の研究はかつてない盛況を呈した。
 だが、調べれば調べるほど、ボームのいう「量子力学的力」は、普通の古典的な力とはまったく違う、常識はずれのグロテスクなものであることがわかってきた。一個の粒子の場合は、それでもよい。二個以上になると、前項で問題にとなったアインシュタインの嫌う非局所的長距離相関がまともに顔を出し、否応なく非局所的な力が古典的なニュートン方程式に登場する。粒子の個数が増えていく場合、さらには場の量子論になるともっともっと複雑になってしまう。古典力学化することで簡単になるどころか、かえって複雑になってしまうのだ。これでは困るではないか!
 その複雑化の大きな原因の一つがアインシュタインの嫌う非局所的長距離相関である。では、それを取り除くことはできないだろうか? ボームの「隠れた変数」理論は量子力学の成果をすべて取り入れようとしているので、この非局所的長距離相関から逃れることはできない。しかし、その煩わしさを捨てた”局所的”な「隠れた変数」理論が考えられないわけではない。だが、ここでその試みを紹介することはしない。

 というのは、大局的な見地から、局所的な「隠れた変数」理論と量子力学の正否を直接実験によって調べることのできる方法が、1964年にスイス在住の物理学者ベル(J. Bell)によって提案されたからである。ベルは、ある特定の物理過程に対して適用できる不等式を導入し、それによって局所的な「隠れた変数」理論の実験的検証を提案したのである。興味深い理論だが、残念ながら、ここで紹介している余裕はなくなった。適用すべき物理過程は、実は、EPRパラドックスが提起した実験そのものだったのである。先ほどのアスペ-クラインポッペンの実験も直接的にはベルの不等式の検証を目指したものだった。結果は、すでに述べたように、量子力学が支持され、局所的な「隠れた変数」理論は否定された。
 なお、ベルは1990年に死んだ。今年(1991年)ヨーロッパの各地でベルを偲ぶ国際会議が開かれている。ベルの仕事は産業技術の革新には何の役にも立たないものだったが、量子力学の原理的問題に深くかかわっており、多くの物理学者の心に大きな影響を与えたからだろう。日本との学問風土の違いを思い知らされたと感じるのは思い過ごしだろうか?
 ともかく量子力学は支持された。それでも、アインシュタインなどが考えていた方向で、量子力学を改変しようとしている人たちがすべて死に絶えたわけではない。ボームは再び、彼独自の「隠れた変数」理論によって、干渉実験をはじめとする諸現象を解明しようとしている。ド・ブロイの弟子であるフランスの物理学者ビジェ(J. Vigier)は、コペンハーゲン解釈の立場を”粒子または波動”と捉え、それに対抗する立場”粒子および波動”に拠って、大きな声でその正当性を主張している。これは明らかに、ド・ブロイの発想である。「波のマントを着た粒子」という描像の延長だろう。これについては、中性子干渉実験の話の中で、私との討論を紹介したい。また、イタリアの物理学者セレリ(F. Selleri)はアインシュタインが希求していたミクロ世界の「物質的実在」を追い求めて、やはり彼独自の量子論を展開している。その他にも、光学現象を正統的な電磁場の量子論ではなく、『realistic theory』と称する一種の統計理論で説明できると主張する人たちもいる。まだまだ多くの人たちが、反コペンハーゲンの立場で研究を続けているのだ。このような人たちがヨーロッパにかなりいるという事実に私は驚く。これはヨーロッパの懐の深さというべきだろうか? 日本にはこの種の異端者たちの生存できる余地はあまりないように思う。
 「隠れた変数」理論が成功したとは思わないが、その発想と手法は後に確率過程量子化という量子力学の理論的再編成に利用されることになった。(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)

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