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1.9.29.33

12/03(水)   まだ気持ちの整理はできないけれど・・・

鹿島秋田、まさかの戦力外に涙止まらず…
鹿島DF秋田豊(33)が2日、戦力外通告を受けた。チームの黄金期を支え、日本代表でも2度のW杯を経験した「鹿島の顔」への0円提示。今後は、J1クラブを中心に移籍先を探すことになる。天皇杯を残してすでに2大タイトルを逃した鹿島は来季、大幅な世代交代を断行。秋田とともにチームを支えたDF相馬直樹(32)も解雇された。鹿島は、秋田の後がまとしてJ2水戸DF田中マルクス闘莉王(22)獲得を目指す。
 鉄人の目から涙がこぼれ落ちた。鹿島の牛島洋社長から受けた衝撃の戦力外通告。その後、鈴木満強化部長と今後について話し合った時だ。わずか3日前、あと1歩でステージ優勝を逃した時も涙を見せなかった秋田が泣いた。11年間の苦労と栄光が頭をよぎった。鈴木部長ももらい泣きし、2人で延々と涙を流した。
 秋田「悔しいというよりも、いろんな思い出があって泣いた。プロの世界は厳しい。常に優勝を狙うチームが今年は優勝できなかった。誰かが責任を取らないといけない。プロとして受け止めなければいけない現実だし、仕方ないこと。頭を切り替えるしかない」。
 ジーコ、ジョルジーニョ、レオナルドら華麗なテクニシャンの陰で常勝チームを支えた。地味なポジションだが、強じんな体とジャンプ力を武器に名古屋GK楢崎、磐田FW中山に次ぐ日本人3位の年俸8100万円(推定)を得るまでになった。代表として2度のW杯を経験。今年6月までは代表レギュラーとして活躍し、8月のナイジェリア戦でもメンバーに名を連ねた。シーズン終盤には、来季の強化についてクラブと話し合うなど、12年目のJリーグに向けて気持ちを高めていた矢先だった。
 秋田「こうなったら、他のチームでまだできるということを見せるしかない。自信もある。基本はJ1だけど、J2でも目的がはっきり見えるチームでやりたい。オレは最初、慣れない右サイドをやりながら(当時日本代表DF)大野(俊三)さんから実力でセンターの定位置を取った。心残りは、今の若手にも実力で僕のポジションを僕から奪ってほしかった。それを鹿島の伝統にしたかった」。
 99年以来の無冠の危機に陥った鹿島としては、世代交代を図りたい時期。非情の解雇通告だが、牛島社長は「秋田にまだ余力があるうちに決断した方がいいと判断した」。移籍して活躍できる実力を認めた上での親心も働いた。金古が度重なる負傷から立ち直り、池内も実戦経験を積んだ。ボランチ青木もDFとして計算できる。秋田の後がまとして闘莉王獲得も狙う。秋田の思いとは別に、もうチームは走り出している。
 秋田「もう吹っ切れた。05年1月にはC級ライセンスも取れるし、いい指導者になるにはいろんなことを経験するのも悪くはない。今までは鹿島と代表しか知らなかったから、勝つために自分を必要としてくれるチームで成長したい」。
 数々のJの鉄人記録を更新してきた秋田が、チームを変えてさらにたくましく成長する。【NIKKAN】



秋田の目に涙、鹿島非情の戦力外通告

 元日本代表DF秋田豊(33)が2日、J1鹿島から突然の戦力外通告を受けた。昨年のW杯戦士でJクラブから解雇されるケースは初めて。J開幕時から鹿島一筋で歴代最多334試合出場の“鉄人”は、非情の通告に涙。鹿島はこの日、一気に6人のリストラを断行。粛清人事のあおりを受けた秋田は、他クラブでの現役続行を目指すことを明らかにした。〔写真:突然の解雇通告を受けた秋田。W杯戦士が厳しい現実に直面した
                                        ◇
 非情の通告だった。この日午前、クラブハウスに呼ばれた秋田を前に、鹿島・牛島洋社長が口を開いた。「選手として、君と契約はしない」。事前通知が一切ない突然の戦力外通告は、鹿島では異例。秋田は「11年間お世話になって…」と口にしたまま言葉を失い、涙を流した。
 「鹿島は常に優勝を狙うチーム。誰かが責任を取らなきゃいけないし、自分はそういう人間だと思っている」
 潤んだ瞳のまま気丈に話した。今年は元日の天皇杯決勝、ナビスコ杯決勝でいずれも敗れ、J1第2Sは最終節で優勝を逸した。国内タイトルを失い転換期に立つ常勝軍団は、秋田解雇という粛清と変革を選択。8100万円の高額年俸も契約更改のネックになった。
 鹿島側は「チームが進化していく上での苦渋の決断」(牛島社長)「秋田は存在が大きすぎる。いれば監督はいつまでも秋田に頼ってしまう」(鈴木強化部長)と『世代交代』を強調。しかし、本人は「オレのポジションは、オレから取って欲しかった…」と寂しそうにつぶやいた。
 W杯に2大会連続出場し、“Jの顔”ともいえる立場の選手が解雇されるのはJリーグの11年間の歴史で初めて。現役続行にこだわる秋田は「勝つために必要としてくれるクラブ」を条件に、J1にこだわらず移籍先を探す方針。「思い出がありすぎる。いい夢を見させてもらった」。闘志溢れるプレーでチームを率いた鉄人が「9冠」の栄光を残し、鹿島を去る。

【秋田に聞く】
−−戦力外通告について
 「ここまでのことがあるとは思っていなかった。きょう、電話を受けて初めて知りました」
−−今の思いは
 「鹿島は無名の僕を11年間育ててくれた。悔しいというより、思い出がありすぎて泣けてきた。気持ちを切り替えて次の就職先を探すしかない」 −−移籍先について
 「勝つために自分のことを必要としてくれるチームがあれば手伝わせてもらいたい。J1、J2にはこだわらない。ビジョンがはっきりしたチームにいきたい」
−−世代交代について
 「自分が力がないのでしようがない。でもオレのポジションはオレから取って欲しかった。それだけが心残り」

◆かつて鹿島でともにプレーした日本代表ジーコ監督

「誰でも一度は通る道。自分も同じ経験をしたし、いろいろなケースを見てきた。ただ、私とともに鹿島をゼロから作ってきた選手だけに残念。冷静に考えて今後の方針を決めてほしい」
★チームメイトはショック
鹿島の功労者の解雇に選手たちはショックを隠せなかった。「正直ショック…」と“師弟関係”を結ぶFW深井。GK曽ケ端は「危機感をもってやらなきゃいけない」と厳しい表情を見せた。また、DF相馬ら計6選手の解雇の一方、セレーゾ監督が続投するなど現状維持の首脳陣やフロントに対し、「上の責任はどうなるんだ」と話す主力選手もいた。
★鹿島の事情
この日、秋田と元日本代表DF相馬直樹を含む6人に戦力外通告した鹿島は、今オフ、急ピッチで補強を進める。最重要課題の得点力として、J2降格した京都にFW黒部獲得を交渉中。さらにブラジル人FWもリストアップしFW2人の補強を進めている。また、DFとしてはU−20代表の角田(京都)をリストアップ。『秋田2世』として東学大から入団が決まったセンターバックの岩政、レンタル先の仙台から復帰内定の根本を中心に、世代交代を進める。
★相馬、エウレルらも解雇
鹿島は秋田以外にDF相馬直樹(32)、FWエウレル(32)、MFダシルバ(29)、GK高崎理貴(33)、GK加藤慎也(23)の6選手とも契約を結ばないことを発表した。 【SANSPO】



鹿島非情 秋田に戦力外通告
サッカー界に衝撃が走った。J1鹿島は2日、元日本代表のDF秋田豊(32)ら6人を今季限りで契約を打ち切ることを発表した。DF相馬直樹(32)に続き、チームの顔ともいえる“大物選手”への戦力外通告。来季は世代交代のシーズンと位置づける鹿島が、チームの大功労者に非情ともいえる判断を下した。秋田本人は、J1にこだわらずJ2も視野に現役続行を希望した。
 この日午前、クラブハウスの社長室に呼ばれた秋田は、牛島洋社長から「大変言いにくいことだけど、来季は選手として契約しないことになった」との通達を受けた。非情の解雇通告だが、秋田は涙ながら「今までありがとうございました」と受け入れた。
 解雇の理由は(1)世代交代を推進し、来季は将来性のある若手DFを起用する(2)選手としての実力低下―の2点。実際、DF池内、金古らの若手センターバックが台頭。来季はユニバーシアード代表で大学世界一に輝いたDF岩政(東京学芸大)の新加入も決まっている。6月にコンディションを崩して以降、終盤に疲労から足が止まり、それが失点につながる場面が多くなった秋田の入り込む余地はない。同社長は「苦渋の決断。昨日、今日で決めた。余力はあると思うから現役、指導者を目指すにかかわらず、早い時期に次の道を開いてやりたかった」と説明した。
 秋田はこの日、チーム練習に参加。「優勝を求められているチームなので、だれかが責任を取らなきゃいけない。それが僕であり、相馬だった。このチームには思い出がありすぎて、泣けてくる。無名なオレをここまで育ててもらったから」と心境を語ったが、金銭面にはこだわらない現役続行を希望した。「J2でも昇格を目指したり、J1だったら優勝を目指すといったようなビジョンのはっきりしたチームの目標達成のために、お手伝いしたい」。鉄人・秋田はまだ終わらない。【daily】



鹿島、相馬に続き秋田も解雇  非情のチーム改革
 Jリーグの名門・鹿島に2日、激震が走った。チームのシンボル的な存在で、元日本代表のDF秋田豊(33)に来季の戦力外を通告した。すでにDF相馬直樹(32)にも戦力外を伝えており、黄金期を支えた主力2選手に非情な裁定が下された。クラブ側は世代交代を掲げ、J2に降格が決まった京都の日本代表FW黒部光昭(25)らの獲得に乗り出す。

世代交代 京都・黒部獲りへ
 この日午前、牛島洋社長(60)はクラブハウスの社長室に秋田を呼んだ。「言いにくいことだが、世代交代をしなければならない。君と選手としての契約はできない」通常は社長自ら契約更改は行わない。ショックを隠しながら、33歳のベテランは「分かりました。この12年間幸せでした」と答えた。その後、鈴木満強化部長(46)と面談した席で男泣きした。鈴木強化部長も涙をこぼした。
 鈴木強化部長は世代交代を最大の理由に挙げた。「断腸の思いだった。だが、これからの10年を考えたとき、どこかで若手に切り替えなければいけない。ベンチに置く選手ではない。存在が大き過ぎる。いろいろな選択肢があると思うが、最後は戻ってきてくれると信じている」
 今季、4バックを担った名良橋、秋田、大岩、相馬の平均年齢は32歳。いずれも代表経験がある実力派だが、衰えを隠せない部分もあった。今まで堅守を誇った鹿島も第2ステージの完封試合は4試合だけ。スピードあるFWに力負けもした。最終戦の浦和戦は2―0から追いつかれた。今までなら逃げ切って優勝している試合だ。
 秋田の年俸はチーム最高の8100万円。相馬も5000万円と高額(金額は推定)。その大物選手を解雇する一方で、戦力補強も見据える。チーム関係者によると、京都がJ2落ちしたことで昨季も獲得に乗り出したFW黒部に再度アタック。相馬の代役は仙台にレンタル中のU―22日本代表のDF根本裕一(22)を戻す予定だ。外国人選手も2選手制とし、MFフェルナンドだけを残留させ、1選手は2人分の資金力を注ぐ。
 ◆秋田 豊(あきた・ゆたか)1970年8月6日、名古屋市生まれ。33歳。愛知学院大から93年鹿島入り。95年サウジアラビア戦で日本代表デビュー。98年フランスW杯、2002年日韓W杯代表。03年8月の名古屋戦でJリーグ通算200勝、大分戦で史上初の3万分出場を達成。J1ではリーグ戦通算334試合に出場し、20得点。日本代表では45試合に出場し、4得点。家族は妻と2男1女。180センチ、78キロ。血液型B。

生え抜き9冠男涙「しようがない」
 無情の通告に涙してから、わずか5時間あまり。それでも秋田は鹿嶋市内の練習場で約1時間半、精いっぱい汗を流した。「しようがないこと。鹿島はいい夢を見させてくれた」練習後、目を潤ませながら、11年間にわたるこれまでのプロ生活を過ごしたチームへ感謝の思いを口にした。その上で「頭を切り替えて、他の就職先を探したい」と現役続行の意思を表明した。
 チーム発足から抜群の存在感で過去の国内9冠をすべて経験してきた。現役生活を鹿島で終えることを思い描き、鹿嶋市内に一軒家まで購入した。休みの日は近所の海岸でサーフィンをするなど、私生活も楽しんでいた。「できれば、誰かがおれからポジションを奪うくらいに成長してほしかった」最後に出した若手に対する厳しい要求は期待と愛情のあらわれ。“ミスター・アントラーズ”がチームを去っていく。 【報知】



激震…秋田、相馬に解雇通告
 Jリーグが2日、人事をめぐって激震した。鹿島が元日本代表のDF秋田豊(33)と相馬直樹(32)を含む6選手に対して“解雇通告”を出せば、磐田の柳下正明監督(43)はフロントの残留要請を拒絶して天皇杯限りで辞任を表明。常勝軍団と言われた両チームに大きな衝撃が走る一日となった。

 誰もが予期していなかった。秋田への突然の解雇通告に、チームメートも驚きを隠せない。「みんなびっくりしていると思う。練習していてためになったことも多い。チームを引き上げてくれた選手」。日本代表に招集されている本山に笑顔はなかった。
 この日の練習後、秋田はクラブ側と会談。今季限りで契約を更新しない旨を伝えられ、厳しい表情で練習場を後にした。史上最多のJリーグ334試合出場。93年のJリーグ創設時から打点の高い強烈なヘディングを武器に常勝・鹿島を支えてきた。日本代表としても秋田は45試合に出場し、4得点を記録。98年W杯フランス大会に出場し、02年W杯日韓大会でもメンバーに選ばれた。だが年齢からくるスピードの衰えは隠せなかった。11月3日のナビスコ杯決勝では浦和の2トップを止められずに4失点。勝てば優勝していた29日の最終節・浦和戦でも痛恨の2失点を喫した。秋田の力が落ちたことで大事な試合で勝てなくなった。「秋田と相馬はもう厳しい。若手も育ってきている」。来季から大学No.1センターバックの岩政(東京学芸大)の入団も内定していることもあって、リーグ終了前から鹿島関係者は戦力外を示唆していた。
 今後について鹿島側は「まだ初動の段階なので分からない」としているが、リーダーシップや高さなどはまだ通用するためJ1、J2の複数のクラブが獲得に乗り出すことは確実だ。だが同じく元日本代表で史上14位のJリーグ277試合を誇る相馬も解雇。市原の中西を含め“フランス戦士”たちにはリストラの嵐が吹き荒れている。【SPONICHI】



まだ、気持ちの整理はつかない。
つかないけれど、このフロントの決断がちゃんと意味あるものになってほしいということは、心の底から思う。
鈴木部長が語っている言葉も、ある意味よく分かるし。
この事実は、誰よりも鹿島で来季戦う選手たちに重い意味を持つ。持ってもらわなきゃ困る。

秋田さんや相馬さんに語る言葉を持つのは、もう少しあとで。だって、まだ天皇杯が残っているんだもの。

12/04(木)   飛躍のために・・

鹿島戦力外の秋田に3チームから獲得意思

 
2日に鹿島から戦力外通告を受けたDF秋田豊(33)が3日、Jの3クラブからオファーを受けた。鹿島関係者によると、J1が2クラブ、J2が1クラブでこの日の朝、秋田自身とクラブにそれぞれ獲得意思を伝える電話連絡が入った。秋田は「関東、関西など地域のこだわりは一切ない。今年中には話をまとめたい。違う土地でいろんな人と出会うのが楽しみ」と気持ちを切り替えた。当分は各クラブからのオファーを待って、早ければ来週から先方の関係者と会って具体的な条件やビジョンなどの説明を受け、移籍交渉に入る。【nikkan】


★秋田には5クラブが獲得申し出

 鹿島DF秋田にはさっそく、京都、名古屋などJ1、J2の5クラブから獲得の申し出があった。特に、来季J2降格の京都は、1年でのJ1昇格の原動力にする方針で、年俸こそ推定7000万円(今季は8100万円)ながら、2年契約を用意。秋田は移籍の条件に「ビジョンの明確性」を挙げ「オファーがあれば全チームの話を聞きたい」としている。鹿島関係者は「まだ獲得に乗り出すチームは増えるのでは」と見ている。 【SANSPO】


秋田にオファー3チーム
 J1・鹿島から来季の戦力外通告を受けたDF秋田豊(33)に、3クラブが非公式オファーを出していることが3日、分かった。窓口になっている鈴木満強化部長(46)によると、内訳はJ1が2チーム、J2が1チーム。J2降格が決まった京都の木村文治監督兼強化本部長(59)も「興味はあります。経験のある選手が非常に大事」と話し、今後もオファーはさらに増えていくことが予想される。また、同じく戦力外通告を受けたDF相馬直樹(32)に対して、J1の1チームが獲得の意思を伝えてきた。

 元日本代表の中心選手だった2人の実力は、まだまだ評価されている。前日の発表後からこの日の午前中にかけて、鹿嶋市内のクラブハウスには、サポーターからの電話が約20件、メールが約200通も届いた。「自分を必要としてくれるところに決めたい」と秋田。ともに現役続行を希望しているが、早くも道が開けてきた。 【報知】



秋田・相馬選手戦力外 鹿島の伝統継承し新時代を
 Jリーグの盟主、鹿島アントラーズの一つの時代が過ぎ去ってしまったような寂しさを感じる。鹿島の黄金期を築いてきた秋田豊、相馬直樹両選手がともに来季のプロ契約を更新されなかった。秋田選手は三十三歳、相馬選手は三十二歳。ともにベテランとして若手を励まし、育てながら戦ってきた姿を見ていただけに、プロの世界の厳しさを感じさせた。二人とも今後の進退はまだ決まっておらず、クラブ側との話し合いで他チームで現役を続行するか、引退して別の道を歩むかを選択することになる。来季は鹿島のユニホームを着た勇姿をもう見ることはできなくなり、サポーターたちの間に大きな衝撃が走った。
 秋田選手は一九九三年に鹿島に加入して以来、Jリーグ通算三百三十四試合に出場して二十得点を挙げた。日本代表DFとしても四十五試合に出場し、日本を代表する選手の一人として活躍。いつも闘志あふれるプレーで鹿島の守備陣を支え、まさに“鹿島の顔”としてなくてはならない存在だった。
 相馬選手は今季、けがによって途中で戦列を離れなければならないという不運に見舞われたが、これまでJリーグ通算二百七十七試合(東京ヴェルディ1969時代も含む)に出場。日本代表としても二十試合に出場するなど、秋田選手と同じく日本を代表するDFとして活躍してきた。だが、若手選手が台頭し、サッカーという体力を消耗するスポーツにあって三十代というのは、選手としての一つの区切りをつけなければならない宿命があるのかもしれない。今年七月には九三年のJリーグ開幕戦からチームを支え、鹿島の歴史をつくってきた長谷川祥之選手も三十四歳で引退した。
 Jリーグ開幕から十一年目に入り鹿島の経営環境も変化している。そうした状況の中で、選手たちの世代交代の時期も迎えていることを印象づけた。
 長谷川、秋田、相馬選手たちが築いてきた鹿島は、本県のスポーツ界、日本のスポーツ界になくてはならない存在となっている。昨年六月に開かれたサッカーワールドカップの会場地の一つに鹿嶋市の県立カシマスタジアムが選ばれたのも、鹿島の活躍とそれを支える地元の人たちのサッカーに対する熱い気持ちが大きく評価されたことによるといっても過言ではないだろう。Jリーグ開幕以来サッカーが地域を大きく変えてきた。
 鹿島の魅力は何と言ってもその強さにある。二度の天皇杯獲得のほか、リーグ優勝は一九九六、九八、二〇〇〇、〇一年の四回を数え、〇〇年はJリーグ史上初の三冠(Jリーグ、ナビスコ杯、天皇杯)を獲得するなど輝かしい戦績を築いてきた。その鹿島のサッカーを、草創期から支えていたのが長谷川選手や生え抜きの秋田、相馬選手たちだった。しかし、近年は各チームの実力が拮抗(きっこう)し、鹿島といえども苦しい試合が続いている。昨年獲得したタイトルはナビスコ杯のみ。今年はナビスコ杯でも決勝で惜しくも敗れ、リーグ戦も第2ステージは最後まで優勝戦線に踏みとどまりながらも優勝を逃し、かつてのような強さが見られなくなった。けが人の続出など不運な面もあったが、相対的な鹿島の力の低下という面も否めないだろう。柳沢、鈴木両選手の海外移籍の影響も考えられる。
 世代交代は、着実に進んでいる。ベテラン選手の勇姿が相次いで見られなくなる一方で、若手、中堅の活躍が目立ち始めている。リーグ戦第2ステージではけがや警告累積などでベテラン選手が出場できず、苦しい布陣が続いた中で深井、石川、青木、中島、金古、池内各選手ら若手、中堅選手が大活躍し、頼もしさとともに、成長の跡を見せつけた。
 悲しんでばかりいられない。鹿島の天皇杯獲得を目指す初戦は十四日に迫る。鹿島の柱となろうとしている若手、中堅の選手たちには長谷川、秋田、相馬選手たちが築いた鹿島のよき伝統を受け継ぎ、新たな時代を築いてもらいたい。そして、常勝チームとして、いつまでも地域や県民に夢と活力を与えてくれる存在であってほしい。【茨城新聞論説】


一部かえさせてもらってもいいですか。
鹿島の柱となろうとしている若手、中堅の選手たちには長谷川、秋田、相馬選手たちが築いた鹿島のよき伝統を受け継ぎ、新たな時代を築いてもらいたい。そして、常勝チームとして、いつまでもサポーターに夢と活力を与えてくれる存在であってほしい。
思いはここに尽きます。

この通知の何がショックだったって「こんなこと鹿島では起こらないだろう」と信じていたから。
でもここ数日じっくり考えて、それは甘い考えだったんだろうな、と思いました。
『存在が大きすぎる』という鈴木部長の言葉を何度も考えました。
控えにしてベンチに置くか、他チームでさらに力を発揮するか−この選択だったのでしょう。
鹿島的には控えにしてベンチに置く方がいいに決まっている。時には控えに、時には先発に・・・こういう使い方で緩やかな世代交代をする。われわれサポが望んでいた姿もこれだった。
だがしかし、秋田や相馬ほどの選手。鹿島は世代交代を図りたいから、控えに回さざるを得ない。しかし、他チームでは絶対主力として働ける。ならば一選手として考えた時、どちらが彼らのためになるのだろうか?
現にこうやってオファーが続々とくるという事実からも、そして秋田さんの言葉からも『ベンチにいてもいいから鹿島にいてほしい』というのはサポのエゴなのかもしれないと思いました。
もちろん、こういう通知の仕方にはいまだ納得できないものもある。
でも、秋田さんのいうように将来指導者になっていくのならば、他チームでサッカーをすることは決してマイナスの経験にはならないはずだと思う。
むしろ、いろいろ知っていることの方がプラスになるでしょう。
吉も凶もすべては一つに道に通じる−これはその人の気持ちの持ちよう次第。
秋田さんならば吉にすることができる。それはその言葉や伝え聞く今の練習での様子などからそう思います。
そして、さらに大きくなって最終的には鹿島に帰ってきてね。

さて、相馬さんの言葉も聞きたいぞ。
12/05(金)   京都か名古屋か・・

秋田 オファーチームと近日中交渉へ
 
戦力外通告を受けた鹿島の元日本代表DF、秋田豊(33)が近日中に他チームと交渉する可能性が出てきた。4日も普段通り練習に参加した秋田が「週明けからとは言わずに…」と早くも動き出すことを示唆したもの。現在はJ1の2チーム、J2の1チームから“オファー”が来ているが、秋田は「チーム名は明かせない」としながらも「もちろん話は全部聞く」と柔軟な姿勢。「自分をどれだけ必要としてくれているのか、チームとしてどういう目標を持っているのか」を聞いた上で慎重に判断する構えだ。
 この日は練習場のサポーター席に「フロントは責任をとらねえのか?」という横断幕が掲げられた。周囲の反発の声が収まらない中で、秋田の“就職活動”が始まった。

京都が正式にオファーを出した、という話もあります。このJ1の2チームというのは確実に京都と名古屋でしょうが、いずれにしてもDFの補強を急務としているチーム。名古屋は秋田さん地元だし(お金もあるし)・・・京都はJ2降格の上、主力がみんな抜けるとか言ってるし・・・より切実なのは京都でしょうね。秋田さんならば、そういうチームを立て直す手助けをしようという義侠心を発揮しそうな気がします。でも、地元名古屋ってのはまた強み。
この辺のチームがやっぱ最有力なんでしょうね。

で、相馬さんは?
ホント相馬さん関連のニュースがなくて(T_T)
12月07日(日)  ・・・誰のため?

秋田解雇に抗議、鹿島サポーターは14日「黒一色」で応援
 
DF秋田が戦力外通告を受けたことに対し、J1鹿島サポーターが抗議行動を計画している。天皇杯3回戦(14日、カシマ)で、チームカラーの「赤」ではなく「黒」一色に身を包み応援する、というもの。6日までにメール250件など、抗議が殺到している鹿島側は、26日発売のクラブ月刊誌で解雇の理由などを説明する予定。【SANSPO】

・・・この行動には私は賛同できません。もちろん、全員がやるのではなく、賛同者のみが行う行動なんだろうけど・・・どのくらいの人が賛同するのでしょうか?
14日のゲームは大事でしょう。カシマスタジアムでの戦い。相手はアビスパ福岡。J2での後半の戦いを見ている限りでは、決して侮れる相手ではないでしょう。
フロント・サポーターの揺れはそのままチームにも反映してしまわないでしょうか?
黒いスタジアムを見て、選手はどんな気持ちで戦うのでしょうか?
何よりもそれは秋田さんや相馬さんの喜ぶことなのでしょうか?

今回の件については大きなショックを受けたし、納得もできない。でも、いつまでもそこにこだわっていて、事態は好転するのでしょうか?抗議行動によって、秋田さんや相馬さんが戻ってくるのでしょうか?何よりも、次を見据えてさらに羽ばたこうとしている秋田さんにとって・・・さらに辛い思いにさせやしないでしょうか?
最後の大事な一戦−天皇杯が待っている。そんな時期にこんな状態なのは・・・とても悲しいです。
12月12日(金)  移籍先

鹿島相馬が川崎F移籍
 鹿島の元日本代表DF相馬直樹(32)のJ2川崎F移籍が11日、決定的となった。東京Vへの1年間のレンタル移籍から戻った今季は、20試合出場で2得点。しかし、世代交代を図るチーム事情などで戦力外通告を受けた。現役続行の意思が強く、複数の移籍先が候補に挙がっていたが、この日までに川崎Fに絞った。
 相馬は、9月17日の練習中に左ひざ半月板を痛め、内視鏡による手術を受けて現在はリハビリ中。鹿島でのラストマッチとなる天皇杯出場は厳しいが、関係者によると来季に影響する負傷ではないという。
 川崎Fは今季、昇格をあと1歩で逃した。相馬は、若いチームの精神的支柱として期待されている。また来季は鹿島の関塚コーチが監督に就任することから、同監督の右腕としてチームのまとめ役も担うことになる。強豪鹿島での経験を武器に「左サイドの仕事人」が川崎FをJ1に導く。【日刊】


「秋田ください」と名古屋、広島、京都など
 
J1鹿島から戦力外通告を受けたDF秋田にJ1名古屋、広島など3チームとJ2京都が正式オファーを出したことが11日、分かった。すでに秋田と本格交渉に入っている。また東京Vも強い獲得意思を示しており、近日中に正式オファーを出す見込み。秋田は年内中に結論を出すことを明言。「明確なビジョンのあるチーム」を条件に各クラブと話し合う。【SANSPO】


相馬さん関連のニュースがやっと出て、ほっとしました。
川崎ですか・・・私の個人的には、ここへの移籍は大変嬉しい。というか、J2では川崎が多分一番好きかもしれないんで・・(いや、福岡にも別の意味で注目してるんですが(^ ^;))。
川崎に興味を持ったのは、去年の天皇杯での鹿島との一戦以来でほとんど知らないも同然なんですが、そこにはアウグストも移籍したし、なんといってもキャプテンも元鹿島選手だし。
そして、今年のわずか1点差でのJ1行きを逃した無念、新監督に関塚さん・・・こうなれば、応援したいという気持ちも否が応でも高まります。そこへ相馬さんが行くのならば、J2一押し決定ですわよ。

相馬さん、関塚さんと一緒に川崎をJ2からJ1に昇格させ、将来的には二人で鹿島の幹部になってください。

そして、秋田さん。以前のニュースに加え、さらにヴェルディ・広島の名があがってます。さて、どこに決定されるんでしょうか??ただJ1でチーム名を
公表してないチームが一つあるよね?これは一体どこなんでしょ?これがかな〜〜り気になります。・・・まさかジ・・・・いやいや。
12月14日(日)  天皇杯4回戦速報

秋田、意地の同点ゴール 天皇杯

 今季限りで退団するベテラン秋田が、意地の同点ゴールを決めた。1点を追う後半ロスタイム。ゴール前のこぼれ球を冷静に流し込み「気持ちを切らさないで前に出た。決めるしかないでしょ」と胸を張った。
 Jリーグ創設期から鹿島ひと筋でプレーしてきたが、今月上旬に突然の戦力外通告。20日の4回戦が鹿島の選手としての本拠地最後のプレーとなる。「プロとしての自分の歴史を刻んでくれたグラウンド。思い出深い」。家族もいるスタンドの大声援に胸を打たれた33歳は、涙を流して感傷に浸っていた。【sports navi】
12月15日(月)  カシマスタジアムには神がいた

ベテランの意地!鹿島の秋田が劇的同点弾
 
天皇杯・鹿島3−2福岡(14日、県立カシマサッカースタジアム)。戦力外通告を受けたDF秋田が劇的同点弾で鹿島を救った。J2福岡に1−2とリードされた後半ロスタイム。詰めていたゴール前で、FW平瀬のシュートの跳ね返りを振り抜いた。「昔からジーコ(元鹿島総監督、現日本代表監督)に最後の1分まで絶対にあきらめるな、といわれてきた。その気持ちを若い選手たちに伝えたかった」。熱い魂はMF野沢のVゴールを呼び、鹿島での“ラストゲーム”はあと少し、先にのびた。
 試合前、スタンドに、「パパがんばれ」の文字を見つけ、目頭が熱くなった。妻・章乃さん(33)と3人の子どもが、秋田に内緒で作った手書きボード。長女・さくらちゃん(6)が描いた似顔絵も揺れていた。愛知から駆けつけた父・稔さん(60)の姿もあった。鹿島サポーターは解雇に抗議を示し、黒装束で「アキタ!」と叫び続けていた。ゴールは愛する者への感謝と、33歳ベテランの意地の証だった。【SANSPO】


秋田 執念の同点ゴール
【鹿島3―2福岡】今季限りでのクビを宣告された秋田の執念が乗り移った。後半のロスタイム、ゴール左からFW平瀬の放ったシュートが左ポストを直撃。そのはね返りが吸い寄せられるようにDF秋田の元へ。「ベンチからゴール前に上がれと指示された。(右足を)当てるだけだった」。倒れ込むように右足を合わせると、ゴール裏のサポーターの下へ一直線。両手でこん身のガッツポーズをつくった。
 シュート数は相手の8本に対して3倍以上の29本。内容で圧倒しながらも際どいVゴール勝ちに「格下相手で難しい試合なのは確かだけど、2失点してからエンジンがかかっているようでは駄目。もっと高いレベルでやらないと」と愛してやまないチームへの注文が真っ先に口を突いた。
 天皇杯限りで鹿島を退団する秋田にとって最後の公式戦。スタンドには秋田への惜別の思いがあふれた。試合前から鳴りやまない秋田コール。残留を求める横断幕も多数登場した。勝ち上がれば20日の4回戦が同スタジアムで行われるものの、敗れていればホームでのラストゲームだっただけに、愛する家族の姿もあった。「パパには内証だったんできょうの朝、作りました」と章乃(あやの)夫人(32)と3人の子供たちは「パパがんばれ」と書かれた横断幕を手に観戦。試合後の駐車場では子供たちが先を争うように飛びついてきたため、さすがの秋田も目が潤んだ。
 泣いても笑っても4回戦の柏戦が11年間に及んだホームでの最後の舞台。「このスタジアムでプロとしての歴史を刻み、育ててももらった。恩返しがしたい」と秋田は最高のプレーを見せることを約束した
【SPONICHI】


テレビ放映もなく、ライブアントラーズとメールに入ってくる情報だけが頼りのこのゲーム。前半の2点に暗澹たる気持ちになりました。
「ここで終わっちゃうのか?もう秋田さんの鹿島NO.3は終わりになっちゃうのか?いやだ、それは絶対いやだ。なんとか逆転してくれ!!」
休日の真昼間だというのに、家で机に向かって仕事をしていた私は、もう仕事どころじゃありませんでした。
メール着信音がなるたびに「点が入ったか!」と期待するのだが、それは仕事関係のメールだったり、ただのお知らせメールだったり・・・。
しかし、後半早々のオガサのFKに続いての得点の報告は、後半終了(だと思っていた)の時間までなく・・・。
その直後に入ったメールに「とうとう終了か・・・」と思えば『秋田さんの同点弾』の文字が!!
もう泣きましたよ、マジで泣きましたよ、年甲斐もなく。
そして、延長後半には野沢のVゴール。


鹿島の神様は戦いの神様。真の闘将が鹿島の名のもとに戦う姿をまだ見たいとおっしゃってたに違いない。
奇跡は起きた。
でも、本来ならば、もっとすっきり勝ってもよかった。
ここを修正して、つぎの戦いに備えよう!!
12月20日(土)  やっぱり名古屋

秋田、1年5000万円で名古屋入りへ
 
鹿島から戦力外通告を受けた元日本代表DF秋田豊(33)が、名古屋に移籍する可能性が高くなった。日本代表のジーコ監督(50)からのアドバイスもあり、18日の家族会議を経て19日までに進路を絞った。21日までには名古屋に連絡を入れ、週明けにはクラブ側から正式発表される見込み。1年契約で推定年俸は5000万円とみられる。(金額は推定)
 決め手は「神の声」だった。名古屋、広島、C大阪、京都から誘いを受けた秋田の心は揺れていた。それぞれ誠意を感じ、決めかねていた。その時、頼りになるのはやはり恩師の一声。日本代表ジーコ監督からのアドバイスで心が落ち着いた。「君の人生なんだから最後に決断するのは君。後悔しない選択をしなさい。ただ、参考までに言っておくと、ネルシーニョ監督に教わるのは勉強になるはずだ」と後押しされた。
 18日には章乃夫人(33)長男武蔵君(9)長女さくらちゃん(6)二男豊之介君(4)を集めて家族会議を開いた。「まだ確定ではないけど、自分の中でこれかなというチームは1つある。21日までには返答したい」。生まれ故郷で、章乃夫人に出会った思い出の地名古屋で現役生活最後を送りたい気持ちもある。それが、ジーコ監督の言葉とともに名古屋に絞った理由のようだ。
 きょう20日にカシマスタジアムで行われる天皇杯4回戦(対柏)は、エンジのユニホームを着て戦う最後のホームになる。章乃夫人は「パパのホーム最後の試合なので、しっかり応援したい」。秋田は試合後は場内を一周し、サポーターに別れを告げる。将来的には指導者として鹿島に戻ることを視野に入れているだけに、鹿嶋市内の自宅は売らないことも決めた。
 あす21日にはオファーをくれた各チームに連絡を入れる予定。その時点で最終決定となる。特に熱心に誘ってくれている広島などに心が動く可能性も0ではないが、すでに気持ちは固まっている。「家族がついてきてくれると言ってくれたから、また頑張れる」。家族愛をパワーに変えて、新天地でもうひと花咲かせる。【nikkan】


秋田は21日にも移籍先決断、名古屋が最有力
 
鹿島から戦力外通告を受けたDF秋田豊(33)が、21日をめどに移籍先を決断することが19日、わかった。名古屋、広島、C大阪の3クラブに絞り検討中。秋田は「1クラブに傾いている」と明かし、地元・名古屋が濃厚。秋田はホームのラストゲームとなる、20日の天皇杯4回戦・柏戦後、セレモニーでサポーターに挨拶する。
 ミスター・アントラーズが、ついに決断を下す。ホーム最終戦を前にした秋田が「自分の中で1つのクラブに傾きかけている。21日をめどに(移籍先の)結論を出したい」と話した。
 今月2日に戦力外通告を受け、当日に強化部長が電話で獲得を打診したJ2京都を皮切りに、オファーが殺到。鹿島側によると、身分照会を含め一時は6クラブが名乗りを上げた。秋田はこのうち、正式オファーを受けた全チームと話し合い、チームコンセプトや獲得の熱意などを確認。18日夜、妻・章乃さんと3人の子どもと家族会議を開き、気持ちを固めた。
 現在、名古屋、広島、C大阪のJ1の3クラブに絞り検討を重ねており、鹿島幹部は「名古屋が最有力」と証言。秋田も「家族の環境や生活面も重要なポイント」と明かし、夫婦双方の故郷・愛知県をホームとする名古屋移籍が濃厚だ。
 秋田は20日、思い出深いホームでラストマッチを迎える。試合終了後はDF相馬らとサポーターにマイクで挨拶する予定。「思い出は尽きないけどね。サポーターの力は本当に大きかった」と最後の活躍を誓った。【SANSPO】



やっぱり・・、という感じです。名古屋は秋田さんの地元だし(奥様の地元だとは知らなかった)、DFは悪くはないけどケガなんかがあったりで安定していなかったことは事実だから、鉄人秋田さんが来たら、かなり大きいのではないかと思いますもの。
ただ、そうなると後ろに控えるのは、現在のJNO1キーパー楢崎だから・・・敵としては怖いね。
しかし、秋田さんにとってよい勉強の場になるのなら(それは将来的に鹿島に返してくれるつもりだから)、気持ちよく次の道を応援したいと思います。
12月21日(日)  惜別の挨拶

鹿島DF秋田、本拠ラスト勝利/天皇杯
 
鹿島DF秋田豊(33)がホームでの最後の試合を劇的な逆転勝利で飾った。前半に2点を失う苦しい展開。だが後半43分にFW深井がこの日2点目となるゴールで、同点に追いついた。終了間際、フェルナンドの左クロスに途中出場の中島が飛び込んで合わせ、土壇場で逆転した。
 試合後、来季の構想から外れた秋田と相馬が、地元での最終戦でサポーターに別れを告げた。鹿島への強い愛着を口にした2人に、サポーターがねぎらいの胴上げをした。
 11年間プレーした秋田は「ここが最初で最後のチームと思っていた。このユニホームを脱がないといけないのは非常に残念」。名古屋、広島、京都などから獲得申し入れを受けているが「明日(21日)返事をしたい」と移籍先の明言は避けた。
 移籍先を探している相馬も「悲しい気持ち。このグラウンドでスパイクを脱ぎたいと思っていた」と思い入れを語った。【nikkan】

秋田、相馬が地元サポーターに別れのあいさつ
 
20日、カシマスタジアムで行われた天皇杯4回戦、鹿島アントラーズ対柏レイソル戦終了後、鹿島から戦力外通告を言い渡され、チームを退団することが決定しているベテラン選手、DFの秋田豊と相馬直樹が地元サポーターの前で最後のあいさつを行った。
■「みなさんは僕の誇りです」秋田豊
「11年前に鹿嶋でJリーグが始まりました。あの時は、グランパス戦。ジーコのハットトリックで幕を開けました。あれから11年、自分としてはがむしゃらに走ってきました。このたび、突然の戦力外通告ということでアントラーズのユニホームを脱ぐことになり、とても残念です。ここが僕にとって、最初で最後のチームだと思っていました。しかし、自分は選手として現役を続けたいという気持ちが強く、移籍を選びました。
 息子に次は何色のユニホームがいいか、と聞いたら、鹿島の色に似たチームがいいと言われ、なんとも言えない気分になりました。自分だけではなく、家族もアントラーズを愛していたんだな、ということを改めて知りました。それは、鹿嶋の人たちが、自分や家族のことを本当に応援してくれたからだと思います。歴代や今のチームメート、関係者の皆さん、僕や家族を支えてくれてありがとうございました。
 そして最後に、サポーターの皆さんに本当にありがとうと言いたい。みなさんは、僕の誇りです。11年間、本当にありがとうございました」
■「まだやれると信じ、前に進む」相馬直樹
「みなさん、こんにちは。こうして皆さんの前であいさつできることを幸せだと思います。今回、こういう決定があり、驚き、悲しい気持ちで通告を聞きました。今となっては、かなわないこととなってしまいましたが、ここでスパイクを脱ぎたいと思っていました。素晴らしいサポーター、街の人、仲間たちと一緒に現役生活をまっとうしたいと思っていたのですが、それがかなわず残念です。
 そう言っても仕方がないことで、まだやれると自分を信じ、前に進んでいこうと思っています。移籍先は決まっていませんが、敵になっても温かく応援していただければと思っています。本当に長い間、良いときも悪いときも応援してくれたみなさんに、ありがとうございますと言いたいです」

【Sports Navi】

この場にいることができてよかった。
試合の展開に泣けて、この挨拶に泣けて・・・・。
最後に場内一周する二人を間近なところで見る
ことができた幸運に「なんで、花束の一つでも持ってこなかったんだ、自分のバカ!」なんて思ったりしました。
この言葉を聞くに、ホントに納得しての通告ではなかったんだろうけど、こういう舞台を用意してくれて、サポーターとの別れの場面を作ってくれた鹿島にも感謝したいです

市原のようにこじれたまま、選手が去るのだけは悲しいから。
そして、二人には「敵になっても応援しているよ。で、いっぱい経験値積んで
鹿島に帰ってきてね」と言いたいです。

でも、その言葉はまだちょっと早い。
彼らのホントの功績をたたえるためには、最後に星をでっかいのに替えないと!!

12月26日(金)  移籍の理由

秋田豊選手・相馬直樹選手/移籍の理由        株式会社 鹿島アントラーズFC社長 牛島洋

『常勝チームを維持していくために本格的な世代交代に着手。その答えが今回の決断なのです』
12月初め、秋田、相馬選手と来季契約を行わないという発表に端を発し、「どうして?」というサポーターの声がクラブにたくさん寄せられました。これまで貢献してきてくれた選手に対し、「いきなり“ゼロ提示”をするなんて配慮が欠けているのではないか」、「もっと違う選択肢があったのではないか」、と。
「戦力外通告」「リストラ」といったショッキングな見出しばかりが先行してしまい、アレルギー反応を起こしているサポーターも少なくないでしょう。そこで今回、クラブ側の考えを明確にするために、牛島洋社長の緊急インタビューをお届けします。


これまで「チームの顔」としてプレーしてきたベテランの秋田選手、相馬選手と来季の契約を結ばないことが発表され、大きな波紋を呼んでいます。「なぜ?」と疑問を投げかけるサポーターも少なくありません。そこで、本誌フリークスを通じ、牛島社長自ら説明しようと、このような機会が設けられました。今回のニュースを聞いて、やや感情的になってしまったり、誤解しているサポーターもいるでしょうから、クラブの考えを理解してもらうためにも有意義なことです。では、今回の決断の理由についてお聞かせください。

短期・中期の展望のなかで、来年のチーム編成の最大の課題は「世代交代」であるということが、現場とフロントの一致した意見でした。その方針のもとで、関係者が具体的に検討を重ね、導き出したのが今回の苦渋の決断であったわけです。
そこには、私情をはさんだり、過去の実績にとらわれて将来への判断を誤ることがあってはなりません。あくまで純粋に「戦力」としてのみ評価し、冷静な判断をするべきなのです。それがプロスポーツの編成、選手起用の基本だと思っています。
我々は11年のJリーグの歴史のなかで、強豪チームが選手の世代交代に失敗したり、遅れたりして、凋落していった姿をいくつも見てきました。アントラーズが同じ轍を踏むことは許されません。毎年、勝つことが義務づけられているチームが「あるときは強く、あるときは弱い」といった状態では困るわけです。
円滑な世代交代をはかり、チームを常に高い戦力レベルに保つ。そのためにどうしたらいいのか、それが我々に課せられた使命だと思っています。もちろん我々にとって、長い間一緒に戦ってきた仲間がチームを離れていくことは、とてもつらく悲しいことです。でもそれは、この世界に身をおく者の宿命なのです。それらの感情を乗り越えて、すべてはチームのために、そして、選手たちの将来を思って決断したつもりです。

『責任論からの判断ではなく、そこはハッキリとさせておきたい』

チーム力を維持しながら、いかにうまく世代交代をしていけるか。そのなかでいかに優勝争いに絡んでいけるか。常勝軍団のアントラーズが抱える重大なテーマですね。
今シーズンのアントラーズを見てください。11人のスタメンのうち、三十代半ばに近づく選手が5〜6人も出ていたときがあります。このようなチーム状態はJリーグ広しといえど、うちだけといってもいいでしょう。もちろん年齢だけですべてを判断するつもりはありませんが、今のままで来年以降を戦い抜けるかといったら到底難しい。これまでのアントラーズは、レギュラークラスに代表組が4〜5人いて、ベンチには下の年代の代表組が控えていました。ピッチの上もベンチのなかも代表選手ばかりというのがアントラーズだったわけです。しかし現在のチームは、フル代表が2人(東アジア選手権)、オリンピック代表がひとり、ユース代表にいたってはひとりもいません。これでは常に勝つチームを維持していくのは困難です。本格的な世代交代に着手し、若手の成長をうながす時期にきているのです。このまま放置しておいたら恐ろしい事態になる。そういう見通しから今回のような決断に至ったわけです。
とはいえ、「クラブの功労者に対して冷たすぎるのでは」とか「まだまだ2人は十分にプレーできるのでは?」といったサポーターの声があります。
確かに、今シーズン、レギュラーとして試合に出ていたので、まだまだできるという印象が強いでしょうね。ですが、来年、さらに2〜3年後のチーム編成を踏まえたとき、重要なのは、来年の戦力として期待すべきかどうかなんです。現場とフロントがその1点で検討し、最終的に来季の契約を結ばないという決断をしました。
「今季の成績の責任を誰かが取らなくてはいけないから」といった主旨のコメントもあったようですが、誤解のないようにいっておきます。責任を取らせるために彼らと契約を結ばないわけではありません。これだけはハッキリとさせておきたいですね。タイトルを逃した責任をひとりの選手に押しつけるようなことはあり得ないし、そもそも責任を取るような成績でもない。元旦の天皇杯準優勝、そしてA3優勝、ナビスコカップでは準優勝、2ndステージでは最後の1分まで優勝争いをしていた。今季の成績で責任を取っていたら選手は誰もいなくなってしまいますよ。ですから、責任論からこういう決断をしたわけではなく、あくまでも来年以降の先を見越しての考えだということなのです。

『少しでも選手寿命をのばすには移籍という選択がベスト』

ただ、契約を結ばないという選択ではなく、別の道もあったのではないか。たとえば、ベンチ要員になってもベテランの彼らがアントラーズに残っていれば、精神的なバックボーンとしての役割を果たせるのではないか、という意見もありますが。

クラブには、現実的な選択肢は大きく分けて3つありました。ひとつは現役を引退し、クラブの指導者の道を歩んでもらうこと。2つ目は試合に出られないかもしれないけれど、アントラーズに残って現役を続ける道。3つ目は新天地に移籍し、現役を続けていく道。それらを総合的に検討し、最終的に契約更改をしないという結論に達しました。本人の現役に対するこだわりも当然のことながらありました。また、一時代を作った選手が試合に出られるかどうかわからないまま、ベンチ要員に甘んじているというのは望ましい姿ではない。実際、そういう状態に置かれたベテラン選手たちは、その年で選手生命が終わってしまったケースが多いからです。まだ余力のあるうちに試合に出られるチームに移籍し、1年でも長く現役を続けられる道を選択したほうが本人のためでもあると確信しています。
「ゼロ提示」ばかりが先走って報道され、その過程でのいろいろな考えがなかなか伝わらないため、サポーターの抗議行動などに発展してしまうのでしょうね。
そもそも「ゼロ提示」というのは、来年の契約金額はゼロ円ですという意味で、アントラーズは契約しないという意思表示なのです。言い換えれば、本人が自由に他のクラブと契約できることを意味しています。
実際に移籍するにあたり、方法としては2通りあって、ひとつはアントラーズといったん契約したうえで、その条件等をベースにして、水面下で移籍先を探すという方法。もうひとつが今回のように契約の更新をせず、いわゆるフリーの状態になったということを公表し、広く移籍先を探すという方法です。われわれの判断としては、前者の方法ではまず移籍先は見つからないだろう。それよりも移籍しやすい環境、有利な条件を整えてあげるべきじゃないか。そういう意味もあって後者の方法を選択しました。公表したあと、いくつか条件の良いオファーが届いていますから、結果的によかったのではないかと思っています。確かに、来季の契約を更新しないといわれたら、選手としてはショックを受けるでしょう。でも、ほかのチームに移籍して、少しでも長く現役選手を続けていくことも、プロスポーツ選手にとっては重要な選択肢なのです。

『2人とも将来のアントラーズの幹部候補生であるのは間違いない』

そういうなかで、「将来的に指導者として鹿島に戻ってきてほしい。そのためにほかのチームを経験するのは決して無駄ではない」といったクラブ側の意向もあるようですが。
Jリーグができて11年たって選手たちは育ってきました。でも、Jリーグを経験した指導者が育っていくのはまさにこれからでしょう。アントラーズとしては選手育成も重要ですが、将来、アントラーズを背負っていく指導者も計画的に意識的に育てていかなければいけないと思っています。そうしないと、いつまでも外国人に頼ることになってしまいます。ちょうどJリーグ1年生の選手たちが現役を退いて、指導者の勉強を始めています。アントラーズだけでなく、ほかのクラブも経験し、視野を広げ、再び指導者として戻ってくる。こういうサイクルを考えていかなければいけないと思っています。秋田選手や相馬選手は間違いなく、アントラーズの将来を担う幹部候補生の1人です。ゆくゆくはアントラーズの指導者として活躍してもらう機会があると考えています。
逆に、秋田選手や相馬選手がチームを離れることになって、その穴を埋める選手が必要となるわけですが、来季の戦力構想はどのようになっているのでしょうか? 今回のクラブの決断をしっかりと受け止めなければいけないのでは、実は残っている選手でもあるような気がします。
F・マリノスがJリーグ完全制覇を果たし、「アントラーズ、ジュビロの2強時代の終わり」を告げる人たちもいます。来季のアントラーズの巻き返しが期待されますが、最後にサポーターへのメッセージをお願いします。

今回、サポーターの皆さんからも様々な意見を寄せられました。契約交渉については、その詳細をなかなか発表しづらいものがありますが、我々の広報にも不十分な点があったと反省しています。しかし、今回の決断はチームにとっても、また選手本人にとってもベストの選択だったと確信しています。時間がたてば、必ずわかってくれると思っています。また、今年1年の成績を振り返ると、サポーターの皆さんの期待に十分応えられなかった面はあるので、そこはお詫びしなければいけません。ただ公平に見たら、満身創痍のチーム状態のなかで、監督、コーチ、選手たちは120パーセントの力を発揮してくれたと思っています。そういう意味では現場のみんなに感謝したいし、改めて素晴らしいチームだなと誇りに感じていますね。いつもいっていることですが、アントラーズは常に勝つことを義務づけられたチームです。リーグ戦なら3位以内、カップ戦ならベスト4以上。われわれは、この目標に向かって全力を挙げて取り組んでいきます。常に優勝争いをしていたら、必ずチャンスは来ます。ひとつでも多くのタイトルを獲りたいと思います。現在チーム編成を作業中です。皆さんの期待に応えられる新しい陣容を整えるべく努力しています。来年もぜひ楽しみにしていてください。[月刊フリークスVol.100 掲載記事より]
12月29日(月)  THANK YOU

秋田 惜別ミーティング
 
鹿島から戦力外通告を受け、名古屋移籍が決まったDF秋田が28日、チームメートに別れのあいさつをした。天皇杯に敗退し、今季最後となったミーティング。「大したことは言ってないよ」と内容は明かさなかったが「ひと言ひと言がグッときた」(MF本田)と選手らは“鉄人”の激励に感動を隠せなかった。荷物をダンボールに詰めて“再出発”の準備が完了した秋田は「ケガで苦しんでいる選手もいるけど、人生、人間として成長するチャンスだと思って」と、リハビリ中のMF中田らにもエールを送り、最後まで闘将らしさを貫いていた。(SPONICHI)

鉄人・秋田、涙、また涙で鹿島とお別れ
 
27日の天皇杯準決勝で敗れ、J1鹿島と別れを告げるDF秋田が28日、クラブハウスで最後のあいさつ。選手全員を前に涙、涙。「鹿島は常勝を宿命づけられたチーム。頑張れ」と声を絞り出すと、セレーゾ監督はじめ選手の多くも号泣した。J開幕からともに戦ってきたMF本田は「戦友だし、ツラい。一言一言がグッときたね」。“愛弟子”のFW深井は「短い間でも一緒にできたことが貴重。対戦したら成長を見せたい」。名古屋に移籍する秋田は、1月中も鹿嶋市を拠点に自主練習を重ねる予定。 SANSPO)


これでホントに最後なんだなぁ・・・と記事を読んで、また涙。
すっごく悔しくて、今もまだ悔しいけど・・・この天皇杯は絶対忘れられない気がします。
奇跡は三度は起こらなかったけど、あれが今の鹿島の精一杯だったのかもしれない。
でも、精一杯偉大なる先輩を送り出すために、後輩たちは駆け回った。
延長後半までの死闘・・・どっちに転んでもおかしくなかった勝利が、こちらに転がり込んでこなかったのは・・・忘れそうになっていた悔しさをもう一度思い出させるためだと思う。
優勝で飾って、美化させて終わってはいけないというサッカーの神様からのメッセージだろうと。

偉大なる先輩たちをこういう形で送ることになってしまったことを、ホントに魂の底まで刻み付けて、選手たちは次に向かうでしょう。
この天皇杯、いや天皇杯に限らず、試合終盤のピッチで躍動していた20番台の選手たち。
彼らが更に先輩の魂をもらって、より一層輝く・・・そんな2004年に!

そして、今年で去る選手たち。ありがとうございました。月並みですが、これ以外の言葉は思いつきません。
新天地で輝いてる姿をぜひ見せてください。
そして、鹿島の選手の前に立ちはだかってください。
そんな場面が見られるのも、また一つの楽しみかもしれないので。

秋田選手
地元紙では秋田さんの移籍が決まってから、秋田さん関係で鹿島の記事が多く取り上げられるようになりました。読者からの投書に秋田さんに「勝利に向かう魂をグランパス選手に伝えてくれ!」という熱い要望がありました。それだけの期待がされています。
グランパスに入られるということは、東海人にとっては大変身近な存在になります。
一選手として、秋田選手には声援を送り続けます。
相馬選手
『でもって、この頃には目は鹿島にも向き始めました。特に好きだったのが相馬選手。(今は鹿島を離れちゃって淋しいです)』
これは私が2002年5月12日に小部屋で書いたものの一文です。鹿島で最初に好きになり、モト以外で2ショット写真をとってもらった唯一の選手。カシマスタジアムでの惜別の挨拶のあとの場内1周では、胸が詰まって涙ボロボロでした、私。
次の道がまだはっきりしていないけど、どのチームへ行こうと応援しています。
そのチームが川崎で、関塚さんと一緒に川崎悲願のJ1昇格に手を貸すというならば、それが一番嬉しいかな(ひそかな川崎ファン)。

そして、二人ともさまざまな経験値を積んで、再び鹿島に戻ってきてくれる日を待っています。
1月6日(火)  正式発表

この度、鹿島アントラーズ 秋田 豊選手の名古屋グランパスエイトへの移籍が正式に決定しましたのでお知らせいたします。
■移 籍 先: 名古屋グランパスエイト
■プロフィール:
 生年月日  1970年8月6日
 身長/体重 180cm/78kg
 ポジション DF
 出 生 地  愛知県
 経  歴  愛知学院大学 ― 鹿島アントラーズ
 代 表 歴  FIFAワールドカップ 1998/2002 日本代表
        Aマッチ出場:45試合4得点
 表  彰  1997,1998,2000,2001 Jリーグベストイレブン
        1998 チャンピオンシップMVP
 J1リーグ戦通算出場実績: 334試合 20得点
■秋田豊選手コメント:
 11年間、鹿島での応援ありがとうございました。自分は鹿島でのプレーヤーとしての仕事は終わりましたが、選手としてまだまだがんばりますので、これからも応援をよろしくお願いします。 名古屋グランパスエイトでは、今までの経験を生かして優勝を目指していきたいと思います。


この度、鹿島アントラーズ 相馬直樹選手の川崎フロンターレへの移籍が正式に決定しましたのでお知らせいたします。
■移 籍 先: 川崎フロンターレ
■プロフィール:  
 生年月日  1971年7月19日  
 身長/体重 175cm/72kg  
 ポジション DF  
 出 生 地  静岡県  
 経  歴  早稲田大学 ― 鹿島アントラーズ ― 東京ヴェルディ1969(期限付2002/2/1〜2003/1/31)
        ― 鹿島アントラーズ  
 代 表 歴  1992オリンピック代表(バルセロナオリンピックアジア最終予選)        
         1998ワールドカップフランス日本代表        
         Aマッチ出場:59試合4得点  
 表  彰  1995,1996,1997,1998 Jリーグベストイレブン        
        1998 Jリーグフェアプレー個人賞        
        1998 アジアサッカー連盟(AFC)6月度月間最優秀選手
■J1リーグ戦通算出場実績: 277試合 10得点
■相馬直樹選手コメント:  
 この度、川崎フロンターレへの移籍が決まりました。今後は新天地でベストを尽くし、一年でJ1に上がって、鹿島アントラーズと対戦できるよう頑張りたいと思いますので、今後とも応援をよろしくお願いします。
【以上、鹿島アントラーズオフィシャルサイトより】

 

正式に秋田さんと相馬さんの移籍が発表されました。
1ヶ月たって、気持ちはすっかり落ち着いたんですけど、正直言って『彼らがいなくなることへの実感』がわかないんですよね。
それを感じるのは、きっと2004年版の集合写真を見た時なんだろうな、って思います。
秋田さんや相馬さんには新天地での大活躍を期待しています。特に相馬さん、川崎悲願のJ1昇格・・・心より応援してますよぉ!!
秋田さんについては・・・やっぱグランパスだけあって、ホント記事が多いんですよね。この間の井原さんの引退試合でも、秋田さんサイドからの書きぶりになってて・・・(^ ^;)。かなりの期待度であるってことが伺われます
鹿島で秋田さんの後を引き継ぐ若者たちには、秋田さんに負けないパフォーマンスを心より期待したいです。そうそう、背番号は2だそうですね。
2月1日(日)  ホントに最後になりました

秋田、鹿島のクラブハウスに別れ
 鹿島から名古屋に移籍したDF秋田が、31日、鹿島のクラブハウスに別れを告げた。鹿島との契約期間最終日となったこの日、クラブハウスグラウンドでユース選手に混じってフィジカルトレーニングを行い、鹿嶋での自主トレを打ち上げた。終了後、関係者にあいさつをしてまわった秋田は「このクラブにもこのグラウンドにもすごく感謝している」と繰り返した。夕方に鹿島を出発し、深夜に名古屋入りした。今日1日からは正式に名古屋の秋田となる。

2月1日。正式に秋田さんも相馬さんも鹿島の人ではなくなりました。
新人選手の入寮も行われ、いよいよ新体制でのスタートです。思うことはいっぱいあったけど、新体制でスタートした今日からはもう後ろを振り返ることはありません。このアントラーズの応援を目いっぱいしていくのみ。
そして、秋田さんや相馬さんには新チームでの活躍を心よりいのります。(鹿島戦以外(^。^))
そうそう、相馬さんの背番号は23番だそうですね。23番といえば、ジョーダンにベッカム。なんか数字は大きいけど、特別な気がする番号です。相馬さんには7番をつけて欲しかったけど、川崎の7番は鬼木さんでしたっけ?それでは、ね。
その川崎との練習試合が2月28日組まれているようです。監督を含め、プチ鹿島ともいえる川崎。今年はJ1昇格のため、こっちも応援しちゃうよ!



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