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ディラック方程式に出てくる 4 つの未知係数を求める事が今回のテーマである。 条件は以下の通り。
今回の話に都合がいいように前回とは少し書き方を変えてある。
まず、どの係数行列も 2 乗したら単位行列になるということなので、 その固有値は 1 か -1 のいずれかしかないと言える。 なぜなら、
となるからである。
固有値が ±1 のいずれかでしかないような行列のうちで
最もシンプルなものと言えば次のような対角行列である。
これを
まだ
解を探す範囲を狭めるために、もっと有用なヒントはないだろうか。
実はもう一つ、面白い性質が隠されているのである。
それは行列
なぜこのことが成り立つかというと、 次のような計算ができるからである。
分かり易いように 対角和が必ず 0 になるということは、 固有値は必ず 1 と -1 とが同数なければならないことを意味する。 このことから、求めようとしている係数行列は 「必ず偶数次でなければならない」ということも言えるのである。 線形代数から遠のいている読者は、 ここら辺りで幾つかの事が気になり始めて、 先を読むどころではなくなっているかもしれない。 実は私がこの記事を書いている途中で気になった事なのだが、 それを以下にメモしておこう。
今回はたまたま
先ほど固有値は 1 と -1 が同数なければならないと話したが、
それは
ところで条件式 (2) に出てくる行列を全て同じ正則行列 U で相似変換してやっても
元と同じ条件 (2) が成り立っている。
つまり、係数が一通りだけでも求まってしまえば、
それらを任意の正則行列
どの係数も対等である事から、
求まったそれぞれの係数を入れ替えてやってもいいだろう。
ここでちょっと疑問なのだが、
その入れ替えは相似変換によって実現できるのだろうか。
もし求まった係数がどれも対角化可能であるというのなら、
それらはどれも
さらに他にも一つ疑問がある。
ある係数を相似変換で対角化できたとして
この疑問は次のように言い換えられるかも知れない。
今は 数学に詳しければきっと一発で分かる事なんだろうなぁと思う。 こういうところでつまづいていると先へ進めないので、 後で考える事にしよう。
とりあえず 2 次から調査解は偶数次の行列でなければならないことが分かったので、 まずは 2 次の行列を仮定することから始めてみよう。 結論から言えばこれはうまく行かないのである。
今回の条件を満たすような 2 次の行列というのは
実はかなり前にすでに登場しているのである。
「スピンとは何か」の記事の中に出てきたパウリ行列がまさにそれだ。
それらは 2 乗すると単位行列になるし、
何という偶然か、行列の積を入れ替えると符号が逆転するという条件さえ満たしている。
そればかりか、この中の これらに 4 つ目を新たに追加することはできるだろうか。 2 次の行列というのは 4 つの成分を持つから、4 つの自由度がある。 つまり、4 つの独立な行列の線形結合によってあらゆる行列が表せるようになっている。 パウリ行列はそれぞれ独立であるから、これらと独立なものがもう一つあるはずだ。 パウリ行列の成分をよく見てみよう。 これらの線形結合では作り出せない種類の行列があることに気付くだろう。 それは単位行列である。 しかし単位行列が条件 (2) を満たさないのは明らかである。 また、パウリ行列はどれも固有値として 1 と -1 を含むのに、 単位行列の固有値は 1 のみであるという点でも良くない。 ここの議論が分かりにくいと思う人がいるかもしれない。 今求めようとしている 4 つの行列は なぜそれぞれ独立でないといけないと考えているのだろうか。 それは条件を見て考えて欲しい。 もしどれか一つが別の行列の和から出来ていたとしたら、 条件を満たせないことが分かるはずだ。 このように 2 次の行列の中には望むような 4 つの組み合わせは見出せないのである。
では 4 次はどうだ偶数次しか許されないので 2 次がだめなら次は 4 次である。 互いに独立で、かつ 2 乗すると単位行列になるような行列の組を探そう。 それらには全て、固有値として 1 と -1 が 2 個ずつ含まれていることも必要である。条件は厳しそうだが、今度は成分が 16 もあるので、 逆に望む以上の組が得られてしまうのではないかという心配もある。 まあ、そういう心配は必要なだけの解が見付かった後ですればいい。 まず、次のような行列を含むように解を得ようと決心することから始める。 よっぽどの理由がない限り、こんなシンプルなものを外したくはない。
ここで 4 つの部分に分けて書いたが、 左上は単位行列、右下は単位行列に -1 を掛けたものである。 そのようにとらえると以降の話は楽に検算できる。 この行列との積を取ったときに条件 (2) を満たすような行列は、 次のような形式であればいい。
ここで使った
しかしこの形式の行列同士の積もまた条件 (2) を満たしていないといけないのである。
そのための条件を調べてやるとなかなか複雑な事になってしまう。
それで、
2 行 2 列のような書き方がしてあるが、0 や
いや、実はパウリ行列でなくてもいい。
パウリ行列をそれぞれ相似変換して作った 3 つの行列の組は同じ条件を満たすのだから。
ここで、先ほどの疑問の一つが解決した。
という 4 つの組がディラック方程式の係数としての条件を 満たす係数の一例となる事が分かるのである。 これを「パウリ表現」と呼ぶ。 これは前回すでに紹介したものと同じである。
他に解はどれくらいあるのかもう物理はそっちのけで、色んな事が気になり始めた。 一組の解が求まったので、 それを相似変換したものも同じく解の資格を持つだろうことは分かる。 また、係数の一つを定めてみてもまだ自由度が残されていることも分かった。 よって解の組み合わせは無数にあるのだ、と言われてもまだどこか納得できない。相似変換でたどり着けないような組み合わせはないのだろうか。 また、すでに求まった 4 つの行列のどれとも条件 (2) が成り立つような、 第 5 の行列はないのだろうか。 あるとすればそういうのは幾つまであるのだろう。 とても気になるのでやってみた。 面倒な連立方程式を地道に解いて第 5 の行列を見つけた。
あるいはこれにマイナスを掛けたものでもいい。 計算に間違いがなければ、第 6 の行列はないと思われる。 一つでも見付かって良かった。 これで見付からなかったら 「では 6 次の行列の場合はどうなんだ?」と気になって仕方なかっただろう。 まだ全ての疑問が晴れたわけではないが、これくらいにしておこう。 全てを書いてしまうのが良いとは思えない。 これ以上は私もまだ書けないというのが本当の理由だ。 分かっていたら喜んで書いてしまっていたであろう。 こういう取っ付きやすいパズル的なことを考えているうちに、 数学のありがたさが分かったり、興味が出てきたりするものだ。
相似変換とユニタリ変換ところで今回の話では相似変換ばかりが出てきているが、 これはユニタリ変換とよく似た形の変換である。 ユニタリ変換は任意の正則行列ではなくユニタリ行列を使うのであるから、 相似変換の一種ではあるが、かなり制限のある変換である。量子力学ではここまでずっとユニタリ変換ばかりを使ってきた。 パウリ行列もスピンの話のところではユニタリ変換を使って変換するという話になっていた。 それなのになぜ今回だけは相似変換でいいのだろう。 実は重要な条件があったのにも関わらず、全く触れないで来てしまったのである。 私もうっかりしていた。 それは「ディラックの係数はエルミート行列であるべき」という点だ。 前回の方程式を見直してもらえれば分かるだろう。
右辺のカッコの中がハミルトニアンであり、 固有値が実数であるためにこれがエルミート行列でなければならないのである。 いや、この説明は正確ではない。 固有値が実数であるべきというだけならば、 エルミート行列である必要はないのだから。 量子力学でユニタリ変換がよく使われるのは、 波動関数の内積が変換によって変化しない事を保証するためであった。 それではなぜ演算子はエルミートでなければならないのだっただろうか。 さあ、意外なところで曖昧な知識が試される。 ユニタリ変換で対角化できる保証を得るためか、 波動関数が演算子の固有関数となっているべきだからか、 異なる固有値に属する固有関数が直交するためか・・・。 一体どう説明するのが最も適切だろうか。 最近私は必要以上に細かく説明してしまう傾向を反省しているので、 こういう(考える手掛かりが幾らでもありそうな)事柄については 読者のために残しておく事にしよう。 数学に気を取られていたが、我々は物理を考えていたのだった。 パウリ表現も、第 5 の行列もちゃんとエルミートの形で導かれており、 ここまでの話に変更を加える必要は無さそうだ。 ただし、「相似変換」とした部分は全て「ユニタリ変換」としておかないと、 係数がエルミートであるという条件が満たせないことになる。
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