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状態の重ね合わせ理論の抽象度が増してきたので、読者がついて来れているか心配である。 ちょっと急ぎ過ぎたと思う箇所もある。 読者を過小評価するつもりはないが、 なるべく多くの人に先の方まで読んでもらいたいと考えているので、 念のため、具体的な実験結果との対応をきちんと確認しながら進むことにしよう。 (すでに第 2 部の摂動論辺りでかなりの脱落者を出している気もするが・・・)
前回、
だから
前回の結果を再確認しておくと、各状態は次のように表せるのだった。
これは初めに さて、これらを見ると、
という関係があることがすぐに分かる。
これが意味するのは、x 軸方向にスピンを測定して「上向き」であることが
確実となった後の電子の状態というのは、
また、次のような関係も同じくらい簡単に見出せる。
ここで右辺第 2 項目の係数が負になっているからと言って、 ややこしいことが起きているわけではない。 本質は先ほどと何も変わらない。 これはベクトルの重ね合わせであるから、 ベクトルを重ねる時の向きが先ほどとは違うというだけである。 確率の比較は係数の「絶対値の 2 乗」の値を使って行うので、 係数が負であることの影響はない。 各係数の絶対値の 2 乗の和を取ったものは全確率であって、 ちゃんと 1 になるように出来ている。 各状態ベクトルの大きさを 1 に規格化しておいたのはこのためでもある。
さて、ここまでは
係数が少しだけ複雑な形になっているが、 これらの絶対値の 2 乗を計算するとそれぞれ 1/2 となっており、 確率的に半々の重ね合わせとなっていることが分かる。
この係数を求めるのは簡単である。
となる。
同じように左から
という具合に内積を計算してやればいいのである。
全ての軸は対等であるから、同様の関係は他にも見つけられる。
要は、ある軸に沿ってスピンを測定して結果が出た直後の粒子を、 次にそれとは直角になる方向に測定すると、 結果は半々の確率でどちらかに決まるということだ。
集団での振る舞い粒子のビームを使って考えよう。 ビームの進行方向を z 軸とする。 前回のシュテルン・ゲルラッハの実験装置を使って 軸方向にスピンを測ると、
結果としてビームは二通りに分かれるのだった。
ただし前の状態が分からないからどんな割合で分かれるかは不定である。
この後、分かれた内の一方のビームだけを使って、
今度はこれを
ところで測定する度にビームの方向が少しずつ曲がってしまうのは、ちょっと厄介である。
ビームの方向に合わせて測定装置を斜めに配置すると、
![]() 3 つのシュテルン・ゲルラッハ磁石を向きを反転させて交互に配置する。 こうすることで 2 つに分かれたビームを再び元の進路に戻すようにするのである。 装置の中間地点辺りのビームが 2 つに分かれたところで一方を遮ってやるような細工をしておいてやると、 ![]() これは測定方向のスピン成分が「上向き」「下向き」の どちらかになっている粒子だけの通過を許す「フィルタ装置」として働くのである。 上のような図を毎回描くのは面倒なので、 これをシンプルなケースに入れて使う事にしよう。 ![]() 矢印はスピンの向きを表している。 上の図のような磁石の配置の場合、上側のコースを通るものが「スピン上向き」になっている。
測定による状態変化このフィルタ装置を使って「x 軸上向き」だけのビームを取り出そう。 そのビームを再び「x 軸上向き」を取り出すフィルタに通したらどうなるか。 100 % が無事に通過するのである。 一度 軸上向きである事が確定した粒子は何度同じ測定に掛けようとも、
x 軸上向きである事実は変わらないのである。
これは、「測定の時には原理的に何かをぶつけなければならないから、
その反動によって測定値が確率的に揺らいでしまう」なんて説明が
適切でない事がはっきり分かる好例だ。
![]()
ではこのビームを「
ではこれをもう一度「 ![]() 測定によって状態が変わるというのはこういうことなのである。 演算子が交換しないような物理量を測定する場合、 最後の測定結果こそが全てであり、 それ以前の状態は測定によって「御破算」になってしまうのだ。
スピンは電子固有の性質シュテルン・ゲルラッハの一番初めの実験では銀原子のビームが使われた。 これは賢い方法で、後でターゲットを取り出して観察することで 結果を正確に判定することが出来る。しかしその後には細く絞った電子ビームを使って同じ事が 確かめられるようになってきた。 電子ビームというのはつまり「陰極線」のことであって、 中学や高校の実験室にでも発生装置が置いてあるだろう。 非常に手軽なものだ。 電子の到達点を精度良く測れるような装置も工夫されてきた。 また先ほど導入したようなフィルター装置を使えば、 電流量を測ることでフィルター装置を抜けてくるビームの強度が分かるので もっと簡単だ。 ただし電子を磁場中に通す時には、 電気的に中性の原子を使う時とは違ってローレンツ力が働く。 ビームが余計な方向に曲がろうとするので、 フィルター装置の設計をする時に少々面倒な要素となりそうだ。 また電荷が力を受けて進路を曲げられる時には、制動放射が生じるだろう。 つまり量子論的には光子を放出することに相当するのではないだろうか。 このことが電子のスピン状態に影響を与えてしまう心配があるが、 それについてはこの段階の知識では論じる事が出来ない。 制動放射の原因はローレンツ力だけではなかった。 スピンと磁場の作用によって電子のコースを曲げるという、 この実験の中核となる部分でも同じ問題が発生する。 これは中性の原子を使った時には気にしなくて良いことだった。 しかしその心配はちょっとした工夫で回避できそうだ。 電場を使えば電子ビームの曲がり具合を補正してやることが出来るので、 ローレンツ力との釣り合いを取ってやれば、電子を真っ直ぐ進ませる事が出来る。 また上と下に分かれて進もうとするところに電場で偏りを掛けてやり、 一方を真っ直ぐ進ませ、もう一方をより強く曲がるようにさせる。 こうして真っ直ぐ進んだビームだけを取り出すようにすればいい。 これで制動放射を生じさせないで済むし、磁石を3対も使わなくても済む。 万事解決だ。 ![]() とにかくこうして、電子のみを使ってもスピンが測定できるということは、 スピンの作用は原子核の周りを回っているかどうかに関係ないということだ。 スピンというのが電子単独の性質である事が分かる。 これはスピンの正体が電子の自転であるとする見方に近い性質だ。 一体、電子は波なのか、粒なのか。 本当にイメージしにくい。
角度を変えるとどうなるかこういう手軽なフィルター装置があると色々なことを試したくなる。
一度「 ![]() いきなり状況が全く変わってしまうなんてことは考えにくい。 角度が小さい内はほぼ100 % に近い粒子がフィルターを抜けてくるだろう。 そして角度を徐々に増やすにつれて通過率はだんだんと下がってくるのではないかと予想される。 90°回して 50 %、180°回せば 0 % だ。 しかし途中が気になる。 角度に応じてフィルターを通過する確率はどのように変化するのだろうか。 そんなものは実験をすればすぐに分かることだが、 理論的に示せてこそ、ちゃんと理解した気になれるというものだ。 それを次回のテーマにしよう。
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