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測定値とは何だろうか?我々は多数の粒子の集団を観測することで、 その集団を代表するようなごく僅かな物理量だけを測定値として得る。 それは一体、何を測った事になるのだろうか。このような物理量は集団が平衡状態に達している時にだけ意味を持つ。 なぜなら、非平衡状態では場所や時間による値の揺らぎが大き過ぎるため、 測定した値が全体を代表する値だとは言えないからである。 それでも、統計力学が非平衡系を扱えないというわけではない。 しかしそれは最近になって発展して来た分野であるし、 かなり難しそうでもあり、私もまだ詳しくは知らないので今しばらくは話を平衡系に限る事にしよう。 しかし平衡系であっても、ごくごく短い時間範囲に限ったならば 揺らぎは生じているのではないだろうか。 例えば、粒子が容器の壁を叩き付ける力などを思い浮かべてみるといいだろう。 我々が測定しているのは、揺らぎが無視できるほどに十分に長い時間の 平均値だと言えるのではないだろうか。
測定値を理論的に得る方法我々がこの先でやりたいのは、測定値の数々を理論的に導き出すことである。 それはつまり、「十分に長い時間の時間平均」を計算したいということだ。 そのためにはどういう手続きを取ったら良いだろうか。系の状態の時間変化を追いかけてその平均値を計算する事は非常に難しい。 初期条件としてどの状態から始めるのが正当であるか決められないし、 何よりも、粒子の数が多過ぎる。 難しいどころか、事実上、不可能なのである。
ではそれに代わる良い方法があるかというと、
ここで、前回やった「リウビユの定理」の結果を思い出してもらいたい。
代表点は 要するに、だ・・・。 系の時間変化をわざわざ追いかけて平均を取るということをしなくても、 あらゆる実現可能な状態について等しい重率を仮定して平均を取ってやれば、 十分に目的が果たせるのではないだろうか。 我々はこれからそのように考える事にするのである。 これを「等重率の原理」と呼ぶ。 ここまでの理屈はいかにも正しそうだが、本当にそうだろうか。 それを証明する事は困難である。 だからこれを原理と呼んでおく。 ここを出発点とするからこれ以上の不確かな部分のことは あまりつっこんで聞いてくれるな、というわけだ。
エルゴード仮説等重率の原理を補強するためにしばしば持ち出される考えがある。 それは「十分に長時間についての系の状態の平均を取った物理量の値は、 全ての可能な状態についての平均を取った値に近付くだろう」というものである。 これを「エルゴード仮説」と呼ぶ。 しかしこれはごく特殊な場合にしか証明がされておらず、 現実の力学に当てはめる段階ではないので、未だに仮説の域を出ていない。ちなみに、エルゴードというのは人名ではなく、 ギリシャ語の「ergon エルゴン(仕事)」と、 「hodos オドス(道、経路)」を組み合わせたボルツマンによる造語である。
エルゴード仮説が主張している内容は、
これは統計力学の基礎を成す重要な仮説だというので、 何とかして証明しなくてはならないと頑張っている人もあるようだが、 実は統計力学はこの仮説を頼りにしているわけではないのである。 今から考えを整理してみようか。 全ての状態を満遍なく回ると言うが、小さな容器に含まれる粒子群の運動でさえ、 再び元の状態近くに戻ってくる為には宇宙の年齢の「10の何十乗」倍もの 長い時間が掛かるだろうとボルツマンにより試算されている。 一方、我々が実際に測定するのにかける時間はほんの一瞬でしかない。 その一瞬の間に、状態がどれだけ満遍なく実現されていると言えるだろうか。 いや逆に、測定にどれだけの時間をかければそれで十分だと言えるのだろうか。 エルゴード仮説は、もし証明されたとしてもそこまでは教えてくれない。 また等重率の原理に基づいて全ての可能な状態について平均を取るというが、 その中には容器の中で粒子が極端に偏った非平衡の状態までもが含まれているのである。 そのような、測定中には決して実現しないような状態まで計算に入れてしまってもいいという 理由は何かあるだろうか。 まぁ多分、そのような状態は全体から見た割合が極端に小さいから無視できる、 という言い訳がされるのだろうが、それくらいしかないのだろうか。 うーん、これは本当に隅から隅まで意味のある計算をしていると言えるのだろうか? こうなると等重率の原理による計算手法もかなり怪しいものに思えてくる。 しかし十分に正しそうな気もする。 とにかく我々が最後にたどり着くところは次のような立場である。 「この計算手法が正しいかどうかは、これを基にしたこの先の議論が ちゃんと現実的に役に立つ結果を導くかどうかで判断してくれ」と。 そうなると、エルゴード仮説なんてものはやはり気休め程度の話なのであろう。
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