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生活料理と江原恵 ■おれエンテツと食文化と江原恵さん 備忘録 おれエンテツと食文化と江原恵さん 体験とエピソードによる「生活料理学」入門 ■江原恵さんの本(未掲載あり) 家庭料理をおいしくしたい 1988年12月 草思社 カレーライスの話 1983年8月 三一新書(三一書房) 実践講座 台所の美味学 1983年5月 朝日新聞社 【生活のなかの料理】学 1982年2月 百人社 食通以前 1977年11月 講談社 まな板文化論 1975年 河出書房新社 庖丁文化論 1974年10月 講談社 江原恵著『庖丁文化論』の読み方03年1月28日版 |
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■江原恵資料年表(05年4月21日版) 本名・佐藤恵二。1928年(昭和3)山形県最上郡生まれ。1945年8月、元満州国立中央師道学院(教員養成学校)を敗戦により中退。47年満州から引き上げ。小学校代用教員のち、49年上京して料理人に。各地を転々 1974年(昭和49) 本=2月『庖丁文化論』エッソ・スタンダード石油広報部エナジー叢書から(前年にエナジーが公募の論文に入選した結果) 本=10月『庖丁文化論』講談社から 1975年(昭和50) 本=5月『まな板文化論』(河出書房新社) 雑誌=『中央公論』6月号座談「雑談・世相走馬燈”庶民の味”の心意気」(池波正太郎・茂出木心護・江原恵) テレビ=10月30日NHKでビデオ撮り 静岡県掛川市のヤマハ食文化研究室に所属 1977年(昭和52) 本=11月『食通以前』(講談社) テレビ=NHK出演 【6月11日辰巳浜子死去】 1978年(昭和53) 愛知県刈谷市に一膳飯屋「しる一」開業 中京女子大家政学部講師(前年から?) 【「食文化」流行】 1979年(昭和54) 寄稿=7月『食の生活と文化 生活学論集3』(日本生活学会、ドメス出版)に「食生活「洋風化」論 食生活現代史の一視点」を寄稿(注=「食生活現代史の一視点 カツオ節を中心にして」は『生活学』第三冊に収録、未見) 1980年(昭和55) 10月江原生活料理研究所開始 1981年(昭和56) 3月渋谷東急本店前に「しる一」開店 1982年(昭和57) 本=2月『「生活のなかの料理」学』(百人社) 1983年(昭和58) 本=5月『実践講座 台所の美味学』(朝日新聞社)。 本=8月『カレーライスの話』(三一書房、三一新書) 江原生活料理研究所閉鎖。 1984年(昭和59) 【農林水産大臣許可に基づき、社団法人『日本料理研究会』設立現在にいたる】 1986年(昭和61) 本=4月『料理の消えた台所』(草思社) 本=6月『江戸料理史・考』(河出書房新社) 1988年(昭和63) 本=12月『家庭料理をおいしくしたい』(草思社) 1990年(平成2) 寄稿=8月『日本のルネサンス』(草月文化フォーラム、柏書房)に「桃山の会席」と題して(草月文化フォーラムでの講演をまとめたもの) 1991年(平成3) 本=9月『辰巳浜子―家庭料理を究める』(リブロポート、シリーズ民間日本学者) 1992年(平成4) 本=10月『料理物語・考 江戸の味今昔』(三一書房) 寄稿=11月『別冊宝島165 もっと食わせろ!』に「グルメ時代の迷信 懐石、この得がたいほどの「絵に描いた餅」よ」 ザ大衆食トップ>貧乏食通研究所 |