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インディペンデンス・デイ

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 泣きのツボ、というものがある。映画を見ていてそのパターンにはまると必ず泣く、というものである。私の場合、泣きのツボは「自己犠牲」である。「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」を見ていて、静香ちゃんを助けるために体を張って飛び込んでいくバギーカーの姿に涙してしまったくらいである。
 かように自己犠牲に弱いワタクシでありますが、「インディペンデンス・デイ」を観たときには我ながらびっくりした。
 敵の宇宙船を撃ち落とすわずかなチャンスがやってきたが、大統領の乗る戦闘機はすでに弾切れだ。そんなとき、宇宙人に人体実験された過去を持つがそのことを誰にも理解してもらえない酔いどれオヤジパイロットがやってくるのである。だが、故障でミサイルが発射できない。早くしないと、せっかくのチャンスが潰えてしまう!どうする!
 ここまできた時点で私の涙腺はすでにゆるんでいるのである。話の展開を先読みして泣いているのである。
 私が泣かせの映画をあまり好まない理由はこの辺りにある。いや、「インディペンデンス・デイ」は泣かせの映画ではないのに、こんな話になってしまってちょっと困ってしまっているがそのまま続ける。泣かせの映画は予定通りに泣かせるのである。話の先を読まれていようがどうであろうが泣かせればよいのである。それはちょっとおかしいのではないかいな。
 笑わせるにしろ、怖がらせるにしろ、スカッと爽快な気持ちにさせるにしろ、先が読まれた時点で興味は半減、映画としては失敗でしょう。ハッピーエンドがわかっていても、そこまでの経緯はハラハラドキドキであるべきだし、ハッピーエンドを信じている自分の気持ちが揺らいでナンボだ。
 泣かせの映画はそうじゃない。泣くような展開になって泣くのである。言うなれば、酔いどれ親父の戦闘機はミサイル発射装置に故障がある状態から物語は始まる。そして、予想通り酔いどれ親父は散る。私は泣く。泣かされている自分が少し悲しい。
 でも、最近はそういう考えが少し変わりつつある。泣くと鼻のとおりが良くなるような気がするのである。私は花粉症で年中鼻をグシュグシュいわせているので、これからはたまには泣こうと思っている。

(2001/07/02)


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