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ハンニバル
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「ハンニバル」は「羊たちの沈黙」の続編である。しかし、 原作「羊たちの沈黙」→映画「羊たちの沈黙」→原作「ハンニバル」→映画「ハンニバル」 という公表順番はなかなか珍しいのではないだろうか。 私の接した順番は多くの人がそうであるように、 映画「羊たちの沈黙」→原作「羊たちの沈黙」→原作「ハンニバル」→映画「ハンニバル」 である。「ハンニバル」はかなり原作に近い内容でありながら、全然原作に負けてなくて、とてもよくできた映画だった。 原作と映画がどうのこうの、というのは別にして、私は映画を見たあとで原作を読む場合、登場人物はほとんど映画に出てきた人そのままを頭の中にイメージする事が多い。だいたい、「パラサイト・イブ」を読んでいたときは、主人公の名前が「利明」だというだけで、頭の中ではプロレスラーの川田利明が白衣着て歩いていたわけで、そういう意味では私の想像力はわりと貧困なのかも知れない。(「パラサイト・イブ」は映画観てませんが) でも、「羊たちの沈黙」にしろ、「ハンニバル」にしろ、レクター博士の顔ってのがどうしてもアンソニー・ホプキンスじゃないのである。というか、顔のない映像しか浮かんでこない。どのシーンでも何となく顔が見えているようで見えていないような感じ。正体不明なのである。正体はアンソニー・ホプキンスなのに。あ、ちなみに声はアンソニー・ホプキンスでしたが。 今日、映画を観て、アンソニー・ホプキンスの、何を考えているのかわからないけど怖い目と実体感のない立ち振る舞いを見た瞬間、本物のレクター博士を見たような気がした。もし、原作をもう一回読み直すような事があったら、そのときは、レクター博士はアンソニー・ホプキンスだろう。原作を読むだけではイメージできなかったレクター博士の人物像の答えをアンソニー・ホプキンスに教えてもらったのかも知れない。 逆に、クラリスは、原作読んでいるときは完全にジョディ・フォスターだった。何をしてても、ジョディ・フォスターだった。映画では、ジュリアン・ムーアが演じていたが、ジュリアン・ムーアという人は、見る角度によって若く見えたりオバサンに見えたり、きれいに見えたりそうでもなく見えたりして、なんだか不思議な感じのする人だった。ただ、原作を読んでたときにジョディ・フォスターだったのが、そうじゃなかったからといって違和感は全然なかった。 でも、一番違和感なかったのは、メイスンだ。すごいなあの顔。そして、中身(中身といっていいだろうあの特殊メイクじゃ)はゲイリー・オールドマン。エンディングのスタッフロール見てびっくりした。 (2001/07/02) |