movie
ゴジラ

top page


 映画の中では、ゴジラは一種の天災として扱われる。
 ゴジラは、何故か突然海中から出没し、何故か必ず日本に上陸し、何故か必ず東京の有名な建物を破壊する。人間側は初めのうち通常戦力で対応するものの何故かあっさりあきらめてしまい、最後は陸に打ち上げられた鯨を海に戻すかのような複雑で困難な対処方法を選択する。
 ゴジラとは、海の底かどこかに住む未知の生物らしい。それが時々目を覚ましては暴れ回る。そういう意味では、和製の物とは似ても似つかないハリウッド製のゴジラもゴジラの一種といえるのだろう。
 当てもなく破壊を繰り返すそれほど知能の高くないと思われる生物は、一匹目が現れた時のきっかけが度重なる原水爆実験によって海底での生活環境を破壊された、ということもあって、人間側に都合で駆逐されるときに、一種の哀れさを誘う。ゴジラも悪気があって暴れているわけではないのに、たまたま人間が住んでるところに出てきてしまっただけなのに、という、人里に現れて暴れまくった熊が仕留められる時のような感情がわく。一言で、人類の敵、とくくれないような。
 そこがゴジラという映画のいいところなのかも知れないが、私は子供の頃からこの点に関して疑問を抱いていた。
 ウルトラマンに出てくる数々の怪獣達は、なぜあんなにも憎まれてやられていくのだろうかと。彼らも当てもなく破壊を繰り返すそれほど知能の高くない生物という点ではゴジラと同じではないのか。背後に悪の組織が潜んでいたという話も聞かない。レッドキングなんか体型だってゴジラにかなり近いのに。なのに何故、彼らはスペシウム光線を棒立ちで全身に浴びて木っ端みじんに吹っ飛ぶ時に、哀れみを誘わず、一種の爽快感すら漂わせるのか。
 私が思うに、彼らはウルトラマンに刃向かうのがよくないのではないかと思う。当てもなく破壊を繰り返している間は事情の飲み込めていない困った怪獣なのだが、ウルトラマンが現れて、デヤッと挑発すると、その挑発に乗ってウルトラマンに手を出してしまう。この行為により、人間側代表として登場したウルトラマンに対し敵意を示したとみなされた結果、彼らは正式に人類に対し悪意を持つ悪者と認定され、ウルトラマンはスペシウム光線を出す暗黙の了解を得るのではないだろうか。
 これをゴジラに置き換えた場合はどうか。例えば、通常戦力で応戦した時に戦車の2、3台と戦闘機の1、2機がやられるとする。
 翌日の新聞に、「ゴジラに応戦する際に自衛隊の戦車3台と戦闘機1機が破壊され、戦車を操縦していた○○軍曹(31)他7名が死亡」という記事が出る。遺族のコメント。「息子の仇をとりたい。ゴジラをこの手で殺してやりたい」
 ゴジラが都心で大暴れして、新幹線をわしづかみにする。乗員乗客に多数の死傷者。悲しみに暮れる多くの遺族。理不尽な突然の死に対して、込み上げる怒りは、相手が地震や竜巻きならやり場がないが、この場合は目の前に奴がいる。
 ゴジラは立派な悪者となりうるのである。
 ゴジラは、本来そういうふうに取り扱うべきなのではないかと思う。

(2001/07/02)


MOVIE MENU