「国対山田京子事件」模擬陪審裁判シナリオ
(1999年11月20日)
陪審員選任手続
廷吏 埼玉地方裁判所須田正夫裁判長が入廷されます。皆さんご起立ください。
埼玉地方裁判所平成11年(ワ)第3号、「国対山田京子」
裁判官 開廷します。
陪審候補者の皆さんは前の方にお集まりですか。お集まりですね。
裁判官 陪審員候補者の皆さん、きょうはようこそ埼玉地方裁判所にお越し下さいました。私が、この法廷で本日の公判審理を指揮することになります裁判官の須田正夫と申します。よろしくお願いします。皆さん、ご覧になって壇上の奥の方に座っているのが本件で国を代理する検察官の設楽あづささんです。その隣が同じく検察官の浅倉一清さんです。
一番手前の方にいるのが本件の被告人の山田京子さんです。その隣に座っているのが山田さんを弁護する弁護人の大塚嘉一さんと松山馨さんです。
これからきょうお揃いの陪審候補者の皆さんの中から、12人の陪審員を選ぶ手続きを始めます。私・検察官・弁護人という順番でこれからあなた方陪審員候補者に対していろいろな質問をすることになります。この質問に先立って、まず皆さんに正直に質問に答えていただくという意味で宣誓をしていただくことになります。廷吏さんお願いします。
廷吏 ご起立ください。
陪審員候補者として質問に対し良心に従って真実を述べ、何ごとも隠さず偽りを述べないことを誓いますか。
陪審候補者 はい。
裁判官の陪審員候補者に対する質問
裁判官 陪審員候補者の皆さん、いま宣誓していただきました趣旨は皆さんよくご理解いただけたと思います。宣誓の上で記憶に反する答えをしますと制裁をうけることがありますので注意してください。
念のために申し上げておきます。これから行われる手続きは、本件、すなわち「国対山田京子事件」の審理をする陪審員としてふさわしい人を選ぶというだけのための手続きでありまして、皆さん方の性格とか人格とか私生活を詮索しようというような手続ではありません。
皆さんにはきょう、この法廷にきていただく前に予め陪審員調査票をお送りいただきまして、そこに記入していただいているはずでございます。皆さんその陪審員調査票には正確に記憶に従ってご記載いただいたでしょうか。記憶に反する記載をしたとか、いまこの場で訂正をしたいというような方はいらっしゃいませんね、いらっしゃったら挙手していただけますか。
いらっしゃいませんね。
そうしますと調査票の記載が正しいとすると、皆さん方の中にはいままで刑事事件で有罪の判決をうけたことがあるという方はいらっしゃらないことになりますが、間違いありませんね。
次に、先ほど私が紹介しました検察官・弁護人・被告人、これらの人たちと親族関係があるとか、あるいは知り合いであるとか、そういう方はいらっしゃいますか。いらっしゃいませんね。
次に、本件の審理では3人の証人が出廷いたします。それは山田繁さん、高田正一さん、加藤健一さん、この3人ですが、この3人の方と面識があるとか、あるいは親族関係があるという方はいらっしゃいますか。
おりませんね。
それではこれから陪審員候補者の皆さんが陪審員として選任されますと、少なくとも数時間にわたってきょう、この場で、公判審理、あるいは評議室で評議という職務を果さなければなりません。この職務を遂行することに差し支えのある方は挙手していただけますか。
たとえば手の離せない子どもがいるとか、あるいは重病人が家庭にいるとか、そういうことのために数時間この場で審理・評議することができないという方はいらっしゃいませんね。
はい。それでは本件の訴因を簡単に説明します。
訴因とは「訴える」という字に「原因の因」と書いて「ソイン」と読むのですが、この訴因というのは被告人が犯した犯罪はこういう事実であると検察官が主張している事実を指します。
本件の訴因は、被告人の山田京子さんが平成11年9月30日ころに自宅付近で自分で自分の腕に覚せい剤を注射したか、あるいは、夫の山田繁に依頼して自分の腕に覚せい剤水溶液を注射して、覚せい剤を使用したという事件であります。
この事件について既に何らかの理由で、その内容をご存知で、本件について有罪あるいは無罪の結論を既にお決めの方は陪審員候補者の中にいらっしゃいますか。
一人もいらっしゃいませんね。
それでは本件の結論、即ち山田京子さんが有罪であるか無罪かとういことについて何らかの利害関係のある方はいらっしゃるでしょうか。
いらっしゃいませんね。
わが国ではすべての刑事被告人は無罪と推定されています。即ち被告人は国から訴追をうけた事実、訴因について、自ら無罪であることを証明する必要はありません。
訴追をする国の側で、被告人が訴因について有罪であるということを合理的な疑いを入れない程度に証明しない限りは被告人は無罪とされなければなりません。
ここでいう合理的な疑いというのは、要するに通常の理性を備えた人にとって理由がある、根拠があると思われるような疑いをいいます。単なる根拠のない空想的な疑いというのは、ここでいう合理的な疑いにあたりません。
訴因の存在、即ち国が被告人を訴えた事実の存在について合理的な疑いが一つでもあれば、被告人は無罪とされなければならないわけです。皆さん方の中に、このルール、この原理にしたがって職務を果すことができないという方はいらっしゃいますか。
おりませんね。ありがとうございました。私の質問は以上です。それでは検察官、検察官の質問をはじめてください。
検察官の陪審員候補者に対する質問
検察官 陪審員候補者の皆さん、おはようございます。今日はお忙しいところをありがとうございます。私は検察官の朝倉と申します。
それではまずはじめに検察官よりいくつか質問をいたします。皆さん、検察官というものをご存知でしょうか。おおよそのところで結構なのですが。13番の方、いかがでしょうか。13番の方は。
13番) よくわからないんですけど、少なくとも被告の方側ではなくて、国の側の方で……。
検察官 はい、およそのところで結構です。どうもありがとうございます。そうですね、検察官は犯罪が発生したばあい、その捜査をして犯人らしいと確信を得たばあいはその人を裁判に掛けて被告人の有罪を請求するのが主な役割となっております。
いま、裁判官の方から国を代理する検察官とご紹介いただきましたし、また、国の側というこうで発言もされましたけれど、これは国の利益を一方的に追求するものではなく、ましてや無実の人の有罪を請求するものではありません。あくまでも、検察官は公正な立場に立って正しい法律の適用を国に求める、それが検察官の役割です。
そこで、全員におうかがいします。まず、私がいま述べた検察官の役割をご理解いただけたでしょうか。ご理解いただけた方は挙手をお願いします。
全員ご理解いただけたようですね。はい、次にいま裁判官からご説明がありましたが、私たち検察官は被告人の犯罪事実を立証するにあたっては合理的な疑いを入れない程度にする必要があります。
この合理的な疑いを入れない程度という言葉の意味ですが、それでは7番の方、おわかりになりますか。
7番) ちょっとわからないんですが。
検察官 ありがとうございます。この合理的な疑いを入れない程度は、少し言葉を変えれば合理的な疑問が残らないような程度になりますが、これだけ聞いたのではたしかにわかりにくい用語でしょうね。
皆さんの中には生まれてから一度も六法全書を見たことがないという方もいらっしゃるかもしれません。ですが、陪審員の皆さんにはそういった法律の知識とかなんらかの特別の知識まで要求されていません。皆さんがこれまでの人生の中で養ってきた一般常識、経験を基準として筋道の通った疑問点、ないしは合理的な理由をここでは意味します。
また、検察官が被告人の犯罪事実を絶対間違いのない程度にまで立証することになりますと、これはもうおよそ不可能で神様でもないかぎりできないでしょう。世の中には絶対ということは「絶対」にありません。ですから、神でもない検察官の立証が合理的な、皆さんが常識で考えて合理的な疑問を入れない程度、その程度で足りるとされているわけです。
これから弁護人だとか被告人から、いろいろな言い分だとか、言い訳だとか出されるのではないかと思いますが、これらの言い訳や弁解には合理的な理由がなければならないのです。もし、合理的な理由がなくて、われわれ検察官が疑問点を残さない程度に被告人が有罪であると立証したとお考えになったばあいは、有罪の評決をしていただくことになります。
また、もし私たち検察官の立証に疑問点があるのだとお考えになったときは、皆さんも聞き慣れた言葉だと思いますが、疑わしきは罰せずで無罪の評決をしていただくことになります。
それでは、合理的な疑いを入れない程度に立証しなければならないということなんですが、これでおわかりになりましたでしょうか。おわかりになった方は挙手をお願いします。
全員の方が挙手されていますね。
それではこれから少し詳しい質問に移ります。
検察官 皆さんの中に、人間は自分の体内に何を入れようとその人の自由だとか、あるいは、そこまでは言えないとしても、覚せい剤の単純な使用を取り締まるために税金を使うのは馬鹿げているというお考えの方はいらっしゃいますか? いらっしゃいましたら挙手をお願いします。
いらっしゃいませんね。ところで3番の方は。3番の方にお聞きします。覚せい剤は安全な薬物だとお考えになりますか。
3番) 思いません。
検察官 はい、ありがとうございます。それでは全員にお聞きします。覚せい剤は安全な薬ではないにしても、どんな薬でも大なり小なり副作用をともなうものですから、少しぐらいの覚せい剤の使用にいちいち目くじらをたてて取り締まるのはおかしいとお考えになる方はいらっしゃいますか。
いらっしゃいませんね。
それでは皆さんにうかがいます。皆さんの中で、ご結婚されている女性の方で、夫からひどい暴力を受けた経験のある方、あるいはその他の方で自分の母親が父親からひどい暴力を受けたとかそういう経験のある方はいらっしゃいますか。
いらっしゃらないようですね。
それでは最後にお聞きしますが、皆さんは妻は夫に黙って従うものだとお考えになりますか。それとも夫婦でも人格は独立しているのだから、夫婦でも別だとお考えになりますでしょうか。
まず、前者の妻は夫に従うとお考えの方は挙手をお願いします。
次に、夫婦といっても人格は独立しているとお考えの方は挙手をお願いします。
全員後者ですね。
はい、ありがとうございました。検察官からの質問はこれで終わります。わたしはきょうの陪審員候補者の皆さんに大へん満足しております。どうもありがとうございました。
弁護人の陪審員候補者に対する質問
裁判官 それでは次に弁護人、質問をお願いします。
弁護人 おはようございます。私は松山馨と申します。
私の依頼人の山田京子さんは今年の9月30日ころに自宅で自分の腕に覚せい剤の水溶液を注射したということ、あるいは、夫である山田繁に注射をさせたということで、覚せい剤取締法違反の罪で訴追され、いまあそこの席に座っておられます。
京子さんは、自分で覚せい剤を注射したわけではなく、夫に注射をしてくれと頼んだわけでもなく、夫から暴力を受け、無理やりに注射されたのだと主張しています。皆さんが陪審員として結論を出さなければならない中心的な問題は、次の2点です。
第1に、京子さんは自分で自分の腕に覚せい剤を注射したのか。
第2に、仮に自分で注射したのではないとしても、山田さんは覚せい剤を注射することについて夫である山田繁さんと共謀をしたのかどうか。この2つの点です。
皆さんはこの問題に的確に結論を出すことができると私は信じておりますが、最初に裁判官が説明されたような趣旨でいくつか質問させていただきます。
一番前の列の一番左に座っていらっしゃる方、1番ですか。おうかがいします。いま被告人の山田京子さんに対して評決するとすればあなたは有罪・無罪どちらに評決しますか。
1番) それはできない、という答えではないでしょうか。いまの段階では。
弁護人 では、その隣の方いかがですか。10番の方、同じ質問です。
10番) やはり、いまの段階ではちょっと判断しかねます。
弁護人 では、つづけてお聞きしますが、判断しかねるという理由をもう少し説明していただけますか。
10番) やはり、そうなったというにはその人の気持ちとか、夫婦間の関係とかいろいろな要素が混じってくるので、そういうところを聞いてみないとわかりません、私には。
弁護人 どうもありがとうございます。だいたい私が予想していたとおりの答えなんですが、残念ながら「まだなにも見ていないのでわからない」という答は間違っています。
最初に裁判官から説明がありましたように、被告人は無罪であると推定されています。そして、検察官が被告人が有罪であるということを合理的な疑いを入れないほど立証してはじめて、有罪ということができるのです。
いまこの段階では検察官はまだなんの立証もおこなっていませんから、いま評決をするとすれば無罪でなければならないのです。
これを無罪推定の原則とよんでいます。本日皆さんは陪審員候補者として、この埼玉地方裁判所においでですが無実の罪で被告人としてこの法廷に来ているとしたらどうでしょうか。
国の方ではたくさんの予算を使って優秀な警察官・検察官、科学者を使って犯罪の訴追につとめています。それに対して皆さん方一人ひとりが自分の無罪を証明することがはたしてできるでしょうか。
もし国の方で間違えてしまって、有罪ではない人に向かって有罪の証明をどんどんやってしまって、皆さんの方で無罪の証明に失敗したということがあれば、国が無罪の人を処罰してしまうことになってしまいます。これは絶対にさけなければなりません。
そこで、有罪であるということについて立証することが十分にできる国の方に立証責任を負わせて、それに失敗したばあいには被告人を無罪にしなくてはいけないと、そういうふうに決めているのです。
ですからきょう、皆さんはこれからの裁判をご覧になるにあたって、国が有罪の証明に成功したかどうかという観点から見てください。間違っても、被告人が無罪であるということを証明できたかどうかという見方をしてはいけません。
いまの私の説明がご理解理解いただけましたでしょうか。ちょっとよくわからないという方は挙手をお願いします。
よろしいですね。では少し個人的なことをおうかがいしますが、それでは先ほどの10番の方のお隣は、21番ですね。ご結婚なさっておられますか。
21番) はい。
弁護人 失礼ですがお夫婦は円満とお聞きしてよろしいでしょうか。
21番) はい。
弁護人 先ほど検察官の方からもありましたけれども、妻は夫に従うべきだという考えについてどう思いますか。
21番) やはり独立した人格を持っていますので、そうは思いません。
弁護人 では、そのお隣の方。何番でしょうか。
14番) 14番です。
弁護人 ご結婚されておられますか。
14番) しております。
弁護人 では同じ質問です。妻は夫に従うべきだという考え方についてどう思われますか。
14番) 理念的にも実際的にもそういうことは体験してないし、そう思っておりません。
弁護人 はい、ありがとうございます。では、ちょっと別の質問ですが、皆さんにお聞きします。いままでの皆さんのご経験の中で別の人、他人からまったく殴られたことがないという方がいらっしゃいましたら挙手をお願いします。誰からもどんな暴力を受けたことがないという方いらっしゃいますか……。4番の方。
では、逆に皆さんの方が別の人を日常的に殴っている方はいらっしゃいますか。
いらっしゃいませんね。では、2列目の方に順番にお聞きしたいのですが、2番の方におたずねします。女性と男性で女性というものは腕力では絶対に男性にかなわないと思われますか。
4番) 概ねそう思っています。
弁護人 では同じご意見の方挙手をお願いします。
1列目で挙手された方、番号をお願いします。1番。2列目の方、12番、4番。では3列目で挙手された方。27番、13番、7番、11番。
では別の質問ですが皆さんのお知り合いの中に警察官をされている方はいらっしゃいますか。
3番) います。
弁護人 では3番の方におうかがいします。その警察官はどういうことを担当されていますか。
3番) 友人のご主人なのでよくわかりません。
弁護人 ああそうですか。ありがとうございます。
ではそろそろ最後の質問ですが、この犯罪ということについて実は無実なのに、有罪となって処罰を受けるということについてどう思いますか。3列目の一番手前の方。
19番) それは絶対にあってはならないことだとは思います。それをなくすために弁護士の方にがんばっていただきたいと思っています。
弁護人 はい。精一杯がんばりたいと思います。ではお隣の方。
そうではなくて実は犯人の人、事件があれば真犯人というのがいるのだと思いますが、真犯人が裁判を受けずに逃げ延びてしまうということについてどう思いますか。
9番) それは許されないことだと思います。
弁護人 ではそのお隣の方。同じようにやはり真犯人がいるとして裁判にはなったんですが、国の方で証明ができずに無罪になるということについて、まずそういうことが実際にあると思いますか、あると思いますか。
お隣) 絶対にないとは言い切れません。
弁護人 ですね。ではそうなったばあいに、そのことについてどう思われますか。
お隣) そこはやはり警察官と検察官に犯罪を立証してもらいたいですね。
弁護人 国では刑法という法律で殺人罪だとか窃盗罪だとかを決めて人の生命や財産を奪ったものを非難して処罰します。ところが実は無罪の人を有罪だと決めつけて処罰してしまうとすれば、今度はこれは国家による犯罪です。これは絶対に避けなければいけません。この国家による犯罪を防ぐために人類が今日身につけた知恵が先ほどからずっとご説明しました無罪推定の原則です。
そしてもう一つは、きょうお集まりの陪審員の皆さんだと思います。
以上で、私からの質問を終わります。ありがとうございました。
陪審の成立
裁判官 それでは検察官と弁護人は裁判官席に集まって下さい。
(裁判官席で陪審員候補者忌避の申立て。専断的忌避の回数は検察・弁護双方とも6人までとする。)
−−裁判官席で陪審員候補者の忌避作業中−−
裁判官 陪審員が確定いたしました。これから廷吏が陪審員として選ばれた方の番号と名前を呼びますので、呼ばれた方は法廷の中にお上りになって、私の左手にある陪審員席に名前を呼ばれた順に着席して下さい。
では、廷吏さんお願いします。
廷吏 では番号と名前を申し上げます。1番鈴木さん、3番城前さん、6番松沢さん、7番馬場さん、8番鈴木さん、12番松田さん、13番森田さん、14番小林さん、16番高●田さん、17番平沢さん、20番四谷さん、21番秋吉さん以上です。
裁判官 以上の方、壇上へお上がり下さい。
廷吏さん席を指示して下さい。
−−廷吏が陪審員を陪審員席に案内する−−
裁判官 いま、名前を呼ばれなかった陪審員候補者の皆さんは、これで皆さんの任務は終了いたしました。皆さんは陪審員に選ばれなかったわけでありますが、これは先ほども申し上げたように、決して皆さんの性格とか人格とか私生活とかいうものが原因というわけではありませんので、くれぐれも悪く思わないで下さい。
なお、これから法廷が続きますので、どうぞ、ご自由に傍聴なさって下さい。どうもきょうはありがとうございました。
陪審員の皆さんは着席されましたでしょうか。それでは皆さんに審理に入っていただく前に、陪審員として職務を公正に果していただくという意味で宣誓をしていただきます。その場でご起立下さい。
廷吏 陪審員として国対山田京子被告人の覚せい剤取締法違反被告事件について良心に従って公正に審議し、証拠のみにもとづいて評決することを誓いますか?
陪審員(全員) 誓います。
陪審員への裁判官の注意
裁判官 どうぞ着席してください。これから公判審理に入るにあたって私の方からいくつか注意を申し上げます。皆さん陪審員の任務というのは、この法廷に表われた証拠にもとづいて事実を認定するということであります。
これは要するに皆さんが証拠を評価するということです。証言を信用するかしないかということは、すべて皆さんの任務であります。私の任務ではありません。
私の任務は法律を解釈し、本件に適用されるべき法律の内容を明らかにする、そして皆さんが被告人に有罪の評決をしたばあいに刑の宣告をする、そういうことに限られます。
有罪か無罪かを決めることはすべてあなた方の仕事であり、私の仕事ではありません。
したがいまして皆さんは本件で事実を認定するにあたっては、被告人が有罪になったばあいにどんな刑を科されるのかということについては一切考える必要はありませんし、また考えるべきではありません。
これから検察官が起訴状を朗読し、検察官がまた冒頭陳述をし、さらに弁護人が冒頭陳述をするということになりますが、この起訴状の朗読・冒頭陳述というものは、あくまでも国や弁護人がこの事件はこういうものであるというそれぞれの、国・弁護人の主張でありまして、そのこと自体は証拠ではありません。
この法廷で証拠となり得るのは、証拠として取調べられた文書や証拠物、あるいはこの法廷で宣誓の上で証人が述べた証言だけであります。
先ほども私が申し上げたように、すべての刑事被告人は無罪と推定されます。このことをもう一度私は繰り返し申し上げます。
検察官が合理的な疑いを入れない程度に被告人の有罪を立証し得なかったばあいは、皆さんは被告人に対して無罪の評決をしなければなりません。
この合理的な疑いとは、先程来申し上げましたように通常の理性を備えた人にとって、根拠がある、理由があると思えるような疑いということです。根拠のない空想的な疑いは合理的な疑いとはいえません。
検察・弁護双方の立証が終わって、そのあと皆さんは別室の評議室で本件について評議されるわけですが、評議室に入るまでは事件について一切議論をしないで下さい。この法廷の開廷中に何度か休憩がありますけれども、休憩時間中にも皆さん方の間ではもちろん、傍聴にきている知人、新聞記者、新聞記者の方から取材を受けるかもしれません。そのようなばあいでも事件内容についてはいっさい議論なさらないようにご注意申し上げます。
皆さんの前にはメモ用紙と鉛筆が用意されています。即ち皆さんはこの法廷で自由にメモを取ることができます。しかしメモを取ることが皆さんの仕事というわけではありません。皆さんの任務はあくまでも証言を聞き、事実を認定するということです。したがって正確なメモを取ることだけに意識を集中なさらないで、証人の態度とか、証言内容に意識を集中するようにして下さい。
もしも審理の途中で質問とか、わからない点があったばあいには、遠慮なく私の隣に座っている廷吏に申し出て下さい。
最後に念のために申し上げますが、今回のこの集会の主催者あるいは企画者は、この事件で皆さんがどんな評決をするかということに一切の利害関係を持っておりません。したがいまして皆さんは良心に従って証拠のみにもとづいて評議し、評決して下さい。これは模擬陪審ですけれども、本当の陪審裁判であるというふうに思って審議して下さい。私からの注意は以上です。
検察官の起訴状朗読
裁判官 それでは検察官、起訴状を朗読して下さい。
検察官 準備はよろしいですか。それでは起訴状を朗読いたします。
公訴事実、訴因1・主位的訴因−−被告人は、法定の除外事由がないのに、平成11年9月30日ころ、埼玉県武蔵市高砂3丁目3番4号の被告人方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液若干量を自己の左腕部に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。
訴因2・予備的訴因となります−−被告人は、法定の除外事由がないのに、平成11年9月30日ころ、埼玉県武蔵市高砂3丁目3番4号の被告人方において、山田繁と共謀のうえ、同人をして、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンを含有する水溶液若干量を自己の左腕部に注射させ、もって覚せい剤を使用したものである。
罪名および罰条−−覚醒剤取締法違反 同法41条の3第1項1号、第19条。
訴因2につき−−刑法第60条。
被告人の罪状認否
裁判官 被告人、起立して下さい。
ただいま検察官が朗読した2つの訴因について、答弁して下さい。
被告人 私は無実です。
裁判官 着席してください。
裁判官による訴因の説明
裁判官 ここで私の方から、陪審員の皆さんの便宜のために、訴因の内容と本件で適用される法律について説明をしておくことにいたします。なお、私は証拠調べが終わった段階でもう一度法律の説明をしますし、その内容は評議室でも参照できるように文書として皆さんに配布します。したがいましてメモを取る必要はありませ。
まず、本件の訴因すなわち、山田さんの犯した犯罪として検察官が主張している事実は2つあります。
1番目−−訴因1というのは、山田さんが法定の除外事由がないのに、平成11年9月30日ころに自宅で自分の左腕に覚せい剤水溶液を注射して、覚せい剤を使用した、という事実です。
2番目−−訴因2というのは、山田さんが法定の除外事由がないのに、平成11年9月30日ころ自宅において、山田繁さんと共謀して、彼をして彼女の左腕に覚せい剤水溶液を注射させて、覚せい剤を使用した、という事実です。
検察官は第1の訴因を主位的訴因、第2の訴因を予備的訴因として主張しています。つまり、2つの訴因が起訴されていますが、検察官は山田さんが2つの犯罪を犯したと主張しているのではなく、どちらか一つの犯罪を犯したと主張しているのです。
第1の訴因つまり自分で自分の腕に注射したという訴因を検察官は第一次的に主張し、これが認められないとしても、第2の訴因、つまり山田繁さんと共謀して、彼に覚せい剤を自分の腕に注射してもらったという訴因が認められると検察官は主張しているのです。
皆さんは、したがって、まず、第1の訴因が認められるかどうかを検討し、それが認められるときには第1の訴因について有罪の評決を下し、第2の訴因について検討する必要はありません。
しかし、第1の訴因について有罪を認めるについて合理的な疑いがあるときは、それについて無罪の評決を下したうえ、さらに、第2の訴因が認められるかどうかを検討してください。また、第1の訴因について有罪・無罪いずれにも決められないときにも、第2の訴因について評議する必要があります。
それで第2の訴因について合理的な疑いを超える程度に有罪の証明があったと考えるときは有罪の評決を下し、そこまでの証明がないと考えるときには無罪の評決を出してください。
次に若干の法律用語について説明します。
「法定の除外事由がないのに」とは、山田さんが覚せい剤を使用する法定の資格がないということです。覚醒剤取締法が規定する除外事由としては、覚醒剤施用機関と覚醒剤研究者が挙げられています。
「覚醒剤」の定義は法律が定めていますが、検察官が訴因に掲げている「フェニルメチルアミノプロパン」も覚醒剤として指定されています。
次に覚せい剤の「使用」という意味ですが、これは覚せい剤を薬品として用いる一切のばあいを指します。水に溶かして、注射器で体内に注射するのは「使用」に当たります。
本件の訴因1、訴因2のいずれについても被告人には、法定の除外事由がないのに覚せい剤を使用するという犯罪行為を行うという点について「故意」があったことが証明されなければ被告人を有罪とすることはできません。
「故意」とは、その犯罪を行うことを認識しながらこれを受け入れるという心理的状態をさします。「故意」はその犯罪を積極的に切望している必要はありません。消極的に受け入れるばあいにも、それは「故意」と言えます。消極的に受け入れる心理状態にもなかったというばあいには、「故意」はなかったということになります。そのばあい、たとえ本人に落ち度があったとしても、それは「故意」による犯罪とはいえません。
本件のばあい、法定の除外事由がないのに覚せい剤を使用するということについて、このような意味での「故意」を認めるについて合理的な疑いがあるときには被告人を有罪とすることはできません。
訴因2については「共謀」ということが問題となります。「共謀」とは、犯罪を行うについて他人と意思を通じ合い、その他人と一心同体となって、その他人の行為を自分の意思を実現するための道具として利用する心理状態をさします。訴因2については、山田さんがこの意味で山田繁さんと「共謀」していたことが合理的疑いを超える程度に証明されていなければ、被告人を有罪とすることはできません。
私がいま皆さんに説明すべきことは以上です。証拠調べが終わった後で、また、皆さんに法律的な問題についての説明を行うことにします。
それでは検察官、冒頭陳述を行ってください。
検察官の冒頭陳述
検察官 陪審員の皆さん、われわれ検察官は国を代表してここにいる被告人が覚せい剤を自己使用で有罪であることを証明いたします。
まず、最初に私は被告人の尿から覚せい剤が検出されたこと、すなわち被告人の体の中に覚せい剤が入っていたということをいくつかの資料に基づいて皆さんに立証いたします。この資料の中には普段聞きなれない言葉とか、難しい単語がたくさん並べられているかもしれません。しかし、要するにこれらの資料によって皆さんには被告人が警察で任意に提出した自分の尿から覚せい剤が出てきたという事実が順を追ってわかるようになっています。
次に私は被告人の尿から検出された覚せい剤がどのようにして被告人の体に入ったのかを、被告人の夫である山田繁証人によって皆さんに証明いたします。繁証人は本件の発覚のきっかけとなった人物です。
彼は被告人が覚せい剤を使用する様子をその傍らにいて目撃し、その一部始終を見ていました。そして自分も覚せい剤を使っていました。しかし彼はその後まもなく、覚せい剤の使用をした妻だけではなくて、自分の罪を後悔し、妻を連れて、被告人を連れて武蔵警察署に出頭いたしました。
彼は夫婦で人生をやり直そうと考えて、抵抗する被告人を車に乗せて警察署に乗り付けたんです。
こうして被告人と山田繁の覚せい剤の使用は発覚しました。被告人の覚せい剤の使用は、この証人山田繁と二人きりの、被告人の自宅1階で行われました。部屋にいたのは被告人と山田繁の二人だけです。とすればお考えください。被告人の体から覚せい剤が検出された以上は、その覚せい剤は被告人自身か、あるいはいっしょにいた山田繁、このどちらかが注射をしたとしか考えようがありません。
山田繁は被告人が覚せい剤を使用した一部始終を見ていました。彼はその状況を具体的に真に迫って皆さんの前に説明してくれると思います。そして、本来であれば私の役目もそこで終わるはずでした。
しかし、ことはそんなに単純ではありません。一般に覚せい剤の常用者、あるいは覚せい剤を使う人たちのなかで夫婦、あるいは恋人関係にある人が回し打ちという言葉を聞いたことがあるかもしれません。あるいはお互いに覚せい剤をパートナーに打ってあげるという犯罪を耳にしたことがおありになるかたもいらっしゃるでしょう。
男性が女性に、女性が男性に、相手に覚せい剤を売ってあげて歪んだ連帯意識を形成するような、そういう男女関係が世の中には存在します。
被告人が私は、この可能性を訴因の第2に掲げました。被告人が夫に覚せい剤を注射してもらったという事実の可能性です。この場合被告人が犯行当時どんな気持ちで注射を打ってもらったのかが、大変大切になります。
覚せい剤を打って欲しいと切望する場合はもちろんですけれども、裁判官の説明にあったように覚せい剤を打ってもらって構わないという認容の気持ち、これでも被告人は自分の意思を夫によって実現したと評価できるはずです。
被告人はこの点についは私は山田繁証人のあとに尋問する加藤健一証人によって被告人が当時どんな気持ちで覚せい剤を注射されたのかを皆さんに示すことができると思います。
被告人は事件当時覚せい剤を入手しようとして、この加藤証人に何度も何度も覚せい剤の入手方を依頼していました。ようやく一度だけ、この証人から覚せい剤を入手した被告人はその覚せい剤を夫と一緒に事件当日、使用したんです。
何度も断られた挙げ句に、ようやく一度だけ手に入れた覚せい剤を被告人がどんな気持ちで自分の腕に注射したのか。あるいは夫に売ってもらったのか。その点はこれからの審理で明らかになるはずです。
最後に皆さんはこの審理の中で被告人の必死の弁解を耳にされるでしょう。しかし私は皆さんが冷静かつ客観的な事実認定者、観察者であることを期待しています。
どうか同情に訴える弁解、筋の通らない、あるいは事実に基づかない弁解に耳を傾けないでください。問題のすり替えや同情、それは禁物です。ここでは事実だけが大切なんです。皆さんの聡明な判断を私は期待しています。
以上です。
弁護人の冒頭陳述
裁判官 それでは次に弁護人、冒頭陳述をお願いします。
弁護人 陪審員のみなさん、本件はごく簡単な事件です。難しいところはちっともありません。
今年の9月30日の早朝、被告人の山田京子さんと繁さんの借家での出来事です。検察官は、京子さんが自分で自分の腕に覚せい剤を注射した、あるいは繁さんと共謀して覚せい剤を注射したと主張しています。そして、その繁さんの証言によってこの犯罪を立証すると述べました。
ですからみなさんはこの繁さんの証言を十分に注意してお聞き下さい。人は、時と場合よっては大胆に嘘をつくことがあるのは事実です。
繁さんの証言はその内容に非常識な点はないでしょうか。あるいはほかの客観的な証拠と矛盾する事実はないでしょうか。繁さんが京子さんを陥れる動機というものに、皆さんはやがてお気づきになると思います。
繁さんの表情、声の調子、陪審員の皆さんに対する態度を見逃さないでください。証人が嘘をついているということを必ず皆さんは見抜くことができると私は信じております。
本件の真相は、嫉妬妄想に狂った繁さんが京子さんを押えつけて無理矢理覚せい剤を注射したのです。
ここで京子さんと繁さんのことについて少しだけお話しさせていただきます。
繁さんと京子さんは、今年の3月ころに出会い、4月に同居を始め、8月1日に籍を入れた夫婦です。ところが、繁さんは京子さんに対して同居を始めたころから暴力を振るうようになりました。
そして5月ころから覚せい剤を使用するようになったのです。繁さんが覚せい剤を使用する人物だということは、繁さんが持っていた眼鏡ケース入の注射器で証明することができます。
そして繁さんは、京子さんに対しても覚せい剤を一緒に使うよう執拗に勧めて来ました。しかし、京子さんはきっぱりとその誘いを断っているのです。
すると、繁さんの暴力はますますひどくなりました。繁さんの暴力がひどいものだということは京子さんのお話だけではなくて、京子さんを診察したお医者さんの診断書、それから京子さんの実家の父親である、高田正一さんの証言でも明らかです。
繁さんは武蔵市の二人のアパートで夜中に一人、日記を付けていました。その日記を見ると、京子さんが自分以外の男性とホテルに行ったり、ドライブに行ったりしたとうふうに書いてあります。
しかし、これは真実ではなくて、繁さんの妄想なのです。
この妄想にとり憑かれた繁さんはますます京子さんにひどい暴力をするようになりました。どんどんエスカレートしていったのです。
こういう状況の下でこの9月30日、繁さんが京子さんの後ろに回って無理矢理京子さんを押さえつけ、その腕に覚せい剤を注射したんです。
京子さんは抵抗しましたけれども、残念ながら逃れることができませんでした。この逃げることができなかった京子さんを非難することができるでしょうか。
私は陪審員の皆さんに京子さんに同情してくださいといっているのではありません。京子さんのそのときの感情を実感していただきたいのです。
この一連の流れについて後ほど京子さん自身に説明してもらいます。京子さんは決して覚せい剤を受け入れようという気持ちなどこれっぽっちもありませんでした。
最後にもう一度、無罪推定の原則について思い出してください。
今、彼女は無罪です。この後、証拠物を見たり、証人のお話を聞いたりして、果たして京子さんが有罪だとお考えになれるでしょうか。
弁護人からの冒頭陳述は以上です。本日は宜しくお願い致します。
検察官の証拠書類の朗読
裁判官 それでは、検察官側立証に入ります。
検察官、立証をお願いします。
検察官 まず、いくつかの証拠書類を朗読いたします。これらはいずれも事前に弁護人から証拠とすることに同意を得ている書類です。
まず、検察官請求証拠番号1、これは武蔵警察署長から埼玉県薬務課長に宛てた電話の記録用紙です。用件は覚醒剤施用機関等指定の有無についての照会。内容は武蔵市高砂3−3−4、氏名山田京子、生年月日昭和31年7月9日生まれ、この者についての覚醒剤取締法第3条に規定する覚醒剤施用機関、または覚醒剤研究者の指定の有無を照会する、という照会内容です。これに対する回答は、該当ありません。作成者は武蔵警察署司法巡査古川治となっております。
次に、武蔵警察署司法巡査茂木しのぶ作成の捜査報告書を検察官請求証拠2として提出いたします。
これは、被告人が尿を提出したときの採尿の状況を報告した書類です。
右被疑者に対する覚醒剤取締法違反被疑事件につき採尿した状況は左記のとおりであるから報告するとされ、記、として採尿日時、平成11年10月1日午前6時30分ころ、採尿場所、武蔵警察署2階トイレ内、採尿者司法巡査黒須昌明および茂木しのぶ
採尿するに至った経緯を朗読いたします。
本日午前3時20分ころ、被疑者の夫が被疑者と共に来署し、妻が覚せい剤をやっているので調べてくださいと届け出たことから、被疑者に対し採尿の趣旨を告げ、尿を提出するように促したが、同人は私はやっていません、と頑なに採尿を拒否していた。しかし、さらに被疑者に説得を続けたところ、わかりましたと申し立て、素直に任意採尿に応じたものです。
採尿の量。500cc入りポリ容器に約10分の3。
採尿時の状況については詳しい報告がされています。朗読いたします。採尿時の状況、警察本部保安課から配布されている採尿容器であるポリ容器200ccを被疑者山田京子に手渡し、同署2階便所内の南側に設置されている洗面台の水道水で同容器を水洗いさせた上でさかさにして容器内の水を切らせた。次に被疑者は同容器を握持(あくじ)して便所内北側に設置される2個並ぶ大便用便器のうち東側の大便用便器に女性が小便をするかっこうでしゃがみ、右手にポリ容器を持って同ぼり容器内に放尿した。
まもなく放尿を終えて振り向いたが、その際、採尿された尿は濁ったオレンジ色の色調を呈し他の異物等が混入されない被疑者自身の尿であることが確認された。
同人から採尿した尿につき任意提出を受け、さらに尿中覚醒剤選別予試験を実施するため、その趣旨を説明し、被疑者自ら紙コップに約5ccを移した。被疑者の放尿したポリ容器を確認したところなま暖かいものであり、尿の量は同容器の約10分の3のところまであった。その後被疑者は採尿された容器を洗面台の上に置き、被疑者に内蓋をさせてから外蓋をし、本人に同容器を所持させて武蔵警察署第1取調室まで移動し、同所において被疑者の面前に採尿容器を置き、保安課から配布されているラベルに必要事項を記入させて封印の上、任意提出を受け、領置した。
以上の状況から採尿された尿にはいっさいの異物等が混入される暇はなく、被疑者の体から排泄されたものであることは明らかである、と報告されています。
次に任意提出書と題する書面を検察官請求証拠番号3番として提出いたします。これには左記物件として尿200ccポリ容器入り約10分の3を任意提出します。用済みの上は処分意見欄記載のとおり処分してくださいとされ、被疑者山田京子の署名と押印されています。提出者は被疑者山田京子、処分意見は処分してくださいと記載されています。
証拠番号4番、これは領置調書と題する書面です。差出人は被疑者山田京子。被疑者山田京子に対する覚醒剤取締法違反被疑事件につき本職は平成11年10月1日武蔵警察署において差出人が任意に提出した左記目録の物件を領置した、として先ほどの採尿報告書を作成した司法巡査茂木しのぶの署名がされています。目録の物件は、尿200ccポリ容器入り約10分の3。所有者は被疑者とされています。
次に鑑定嘱託書を検察官請求証拠番号5番として提出します。これは被疑者山田京子と冒頭に書かれ、右の者に対する覚醒剤取締法違反被疑事件について左記事項の鑑定を嘱託する、と書かれています。
作成は平成11年10月1日付、作成者は武蔵警察署司法警察員警視岩淵和夫。鑑定試料の名称及び個数。被疑者山田京子の尿、容器の10分の分の3。鑑定事項、いま申し上げた鑑定試料の中に覚醒剤が含まれているかどうか。その他参考事項として覚醒剤予試験に陽性反応との記載がされています。
次は検察官請求証拠番号6番、ただいま朗読した鑑定嘱託書に対する回答書にあたる鑑定書の送付についてと題する書面です。埼玉県武蔵警察署長宛て、埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所長から発信された文書です。平成11年10月1日付第223号、当所研究所受付、同年10月1日により、被疑者山田京子に対する覚醒剤取締法違反被疑事件につき、貴署から嘱託を受けた鑑定の結果は次の通りであるから送付する。鑑定試料被疑者山田京子の尿。容器の約10分の3。鑑定事項、鑑定試料に覚醒剤が含まれているかどうか。先ほどの鑑定嘱託書と同じ内容です。
鑑定経過が、一般検査、それから覚醒剤の検査と区別して記載されております。鑑定結果の部分を朗読いたします。
鑑定試料から覚醒剤フェミルメチルアミノプロパンが検出された。この鑑定は科学操作研究所にて平成11年10月1日に着手し平成11年11月1日に終了した。鑑定試料は全量を消費し、容器は本鑑定書とともに返却する。平成11月25日、埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員の覚醒剤研究者の署名と押印がされています。
次に証拠番号7番として被告人の自宅1階の平面図を展示いたします。犯行現場の現場見取り図となっております。
以上です。
検察側証人山田繁さんの証言
裁判官 それでは検察官、証人の準備はできておりますか。
弁護人 はい。まず、山田繁を尋問いたします。
裁判官 山田繁さん、証言台の前にお越し下さい。
−−証人宣誓−−
裁判官 では、証言台にご着席下さい。検察官、主尋問をどうぞ。
検察官の主尋問
検察官 それでは検察官より質問をいたします。まず、はじめに、あなたはそこにいる被告人山田京子さんの夫ですね。
山田 繁 はい、そうです。
検察官 職業は何をしてますか?
山田 繁 えー、タクシーの運転手です。
検察官 平成11年9月30日までどこで何をしていましたか?
山田 繁 前の日が夜勤だったんで、夜から朝方まで仕事していました。
検察官 それで、仕事を終えてからはどうしました?
山田 繁 家に帰りました。
検察官 帰宅したのは何時ころですか?
山田 繁 だから朝5時ころだったと思います。
検察官 家に帰ってどうしました?
山田 繁 冷蔵庫からビールを出して飲んでいました。
検察官 そのときつまり、あなたが家に帰ったときのことですけども、そのとき被告人は家にいましたか?
山田 繁 はい。京子は奥の6畳間で寝ていまてた。私がビールを飲み始めると起きてきて「つまみでも作ろうか」と言ってきました。
検察官 それでどうしたのですか?
山田 繁 「まだ早いからいいよ、寝たなよ」と言って、でも京子は自分で「作ってあげるよ」と言って台所の方へ行きました。
検察官 検察官証拠請求番号7番の被告人方の平面図を示します。陪審員の皆様見えますでしょうか、大丈夫でしょうか。それではあなたがビールを飲んでいた位置を@と図面に書いていただけますか。
山田 繁 はい(図面に@を書き込む)。
検察官 席に戻っていただいて結構です。先ほどおっしゃっていた京子さんが寝ていた6畳間というのは、この図面の「6畳」と書いてある部屋のことですか?
山田 繁 はい、そうです。
検察官 京子さんが行った台所というのは、この図面の「台所」とかいてある場所ですか。
山田 繁 はい。
検察官 台所へ行った被告人が何をしていたか、見ましたか?
山田 繁 京子は台所の床に、茶碗を、湯飲み茶碗を二つ置いて、その前に座って、しゃがんでいました。
検察官 それは何をしてたんですかね、茶碗を二つ置いて。
山田 繁 湯のみ茶碗で薬物を溶かしていました。
検察官 なんで薬物とわかったんですか?
山田 繁 ええ、いつも同じ薬物を使ってましたから。
検察官 その同じ薬物というのは何でしょうか。
山田 繁 ええ、覚せい剤です。
検察官 なんで覚せい剤だとわかりましたか。
山田 繁 だから、いつも京子はこれを使ってましたから。
検察官 それでその湯飲み茶碗のほうにどのように溶かしてましたか。
山田 繁 はい、二つの湯飲み茶碗の一つに水が入っていて、もう一つの方はひっくり返して底の方に水を張ってましたね。で、京子は注射器を自分の腕にあてていました。
検察官 するとあなたはその注射器を見たわけですね。
山田 繁 はい。見ました。
検察官 被告人が薬物を腕に打っていた、そういうことですか。
山田 繁 はいそうです。
検察官 なにかそのとき言いましたか。
山田 繁 だから「朝まだ早いんだから、朝っぱらからよしとけよ」と言って注意してやりました。
検察官 被告人はそれになにか答えましたか?
山田 繁 「うん」と言いました。
検察官 その後あなたたちはどうしました。
山田 繁 テーブルに戻ってビールを飲み始めました。
検察官 あなたは被告人に何か言いましたか。
山田 繁 はい、「残りをよこせ」と言いました。京子は注射器を2本持っており、そのうちの1本には液が入っていました。それは私のために京子が作ってくれたのだと思いました。
検察官 するとあなたは注射器を2本持っているのを見たのですか?
山田 繁 見ました。
検察官 どちらの手にもっていたのですか?
山田 繁 忘れました。
検察官 被告人は液の入った注射器をあなたに渡したのですか。
山田 繁 そうです。そのとおりです。
検察官 それであなたはその注射器をどうされました。
山田 繁 はい、自分で打ったんですが、3、4回失敗して傷だらけになりました。そしたら、京子が打ってやるということになりました。
検察官 京子が打ってくれるということは、あなたが頼んだのですか。
山田 繁 いいえ、私がやっているのを京子が見かねて、「打ってやるよ」と言ってきたんです。
検察官 あなたは被告人から注射してもらった、そういうことですか。
山田 繁 そうです。
検察官 その後どうしました。
山田 繁 戻ってビールを飲んでいたんですが、残りをよこせよと言いました。
検察官 いま証言された「残り」とは何を意味するんですか。
山田 繁 覚せい剤です。ビニール袋に入った覚せい剤のことです。
検察官 はい、覚せい剤の量はどのくらいですか。
山田 繁 よくは憶えてませんね。
検察官 だいたい何回分くらいかわかりませんか。
山田 繁 わかりません。まあ、1回の分量は人によって違いますが、まあ1回分以上はあったと思います。
検察官 その覚せい剤をあなたはどうしたのですか。
山田 繁 私の、そうそう免許証入れの中に入れました。
検察官 いま言われたように被告人から覚せい剤を預かったのはどのような理由からですか。
山田 繁 京子は8月ころから覚せい剤を頻繁にやるようになり、もうこのままじゃちょっと大変だなと思いまして、京子のために私が……。だまって京子に渡してしておくとまた打ってしまうので、私が預かってやることにしたんです。
検察官 そのとき、被告人自身はどのくらいの量を注射したのですか。
山田 繁 量は見ていないのでわかりません。
検察官 ちょっと戻りますが、覚せい剤を受け取り、それを免許証入れに入れたということですが、その後、あなたはどうしました。
山田 繁 ビールを飲んでましたけど、「もう寝たら」と言うので、京子から睡眠薬をもらって寝ました。
検察官 あなたは睡眠薬を飲んだのですか。
山田 繁 はい、飲みました。そのあとぐっすり眠りました。
検察官 あなたがその後、目覚めたのはいつ頃ですか。
山田 繁 えー、翌朝の、次の日ですね。次の日の朝方だと思います。
検察官 そうすると、あなたは9月30日の午前5時ころから翌日の10月1日の朝方までぐっすり寝ていたのですか。
山田 繁 そういうことになります。
検察官 目が覚めてから何か気づいたことがありましたか。
山田 繁 京子がいなくて、テーブルの上に「実家に行きます」というメモがおいてありました。
検察官 先ほどあなたは被告人から覚せい剤を預かったと証言しましたけど、覚せい剤はどうなっていました。
山田 繁 免許証入れをカーペットの下においたのですが、免許証入れはあったのですが、中に入れた覚せい剤はなくなっていました。
検察官 先ほどの実家に行きますというメモですけど、それを見てあなたはなにかをされましたか。
山田 繁 電話をして実家に行きました。
検察官 電話したというのはどこへですか。
山田 繁 実家へ電話して、車で行ったんです。
検察官 出かけた時刻は何時頃ですか。
山田 繁 覚えてません。
検察官 実家はどこにあるのですか?
山田 繁 武蔵市高砂6丁目です。
検察官 どのくらいの時間でそこについたのですか?
山田 繁 15分。
検察官 被告人の実家についてあなたはどうしました。
山田 繁 だから、家の前で車のクラクションをブーブーと2度鳴らしました。そしたらお袋さんが出てきて「話があるから、家に入りなさい」と言われましたが、私は「いいから、京子を出してくれ」と言ってすったもんだしていたんですよね。そうこうするうちに京子が出てきました。
検察官 京子さんが出てきてからどうしたのですか。
山田 繁 家へつれて帰りました。あっ、そうですそのときそのまま警察署に行きました。
検察官 なんのために警察にいったのですか。
山田 繁 京子も私も覚せい剤をやってます。で、京子はずいぶん、歯止めが利かないほどになってきましたんで、これはいかんなーと思い、そろそろ二人でしっかり生活をやり直して、再出発しなければいけないと。まあ、そんなふうに考えて行くことにしたんです。
検察官 被告人には警察に行くことを言いましたか。
山田 繁 いいえ、私の一存です。
検察官 被告人は了解したのですか。
山田 繁 いいえ、車から降りないって暴れてましたね。だから車のクラクションを鳴らしたんです。そうしたら警察官が車のところまでやってきました。
検察官 警察官に事情を説明したのですか?
山田 繁 はい、よく話しました。
検察官 それでどうしました。
山田 繁 取調べを受けまして、で私と京子の尿を提出することになりました。私の尿からも妻の尿からも覚せい剤が出たということでした。妻はその場で逮捕されました。私はその日は家に帰してもらいました。
検察官 はい、ありがとうございます。検察官の方からはこれで終わります。
弁護人の反対尋問
裁判官 弁護人反対尋問をお願いします。
弁護人 弁護人の大塚の方からお聞きします。あなたは京子さんが湯のみ茶碗2個を前に座っているのを見たのですか。
山田 繁 はい、見ました。
弁護人 それでは京子さんが茶碗をおいた位置を先ほどの図面に書き込んでいただけますか。京子さんの座っていた位置をマルAとしていただけますか。
山田 繁 (図面に書き込む)
弁護人 はい、ありがとうございます。茶碗をおいた位置を茶碗と書いていただけますか。
山田 繁 はい(図面に書き込む)。
弁護人 はい、ありがとうございます。
京子さんはどちら向きに座っていたのですか。
山田 繁 茶碗の方を向いて座っていました。
弁護人 あなたは先ほど京子さんは注射器を2本持っていたと言いましたね。
山田 繁 はい。
弁護人 本当に注射器を2本持っていたのですか。
山田 繁 はい、持ってました。
弁護人 どちらの手に持っていたのですか。
山田 繁 記憶が薄れています。
弁護人 思い出せないということですか。
山田 繁 記憶が薄れています。
弁護人 一本ずつ両手に持っていたのですか。
山田 繁 記憶が薄れています。
弁護人 そうかも知れないのですね。
山田 繁 だからわからんと言ってるだろー。
弁護人 あなたは平成11年10月4日、つまり、京子さんが逮捕された3日後ですが、武蔵警察署で逮捕されましたね。
山田 繁 はい。
弁護人 そのとき警察官に取調べを受けましたね。
山田 繁 はい。
弁護人 そのあとも警察官の取調べを受けて、4回受けましたね。
山田 繁 あーい、大体そのくらいです。
弁護人 検察庁で2回、検察官の取り調べも受けましたね。
山田 繁 はい。
弁護人 あなたは警察官や検察官の前でもきょうと同じように京子さんが茶碗を二つ用意したと、そのように言いましたか。
山田 繁 言ったと思いますよ。
弁護人 あなたは警察官や検察官の前で、きょうと同じように京子さんは注射器を2持っていたと言いましたか。
山田 繁 言ったと思います。
弁護人 証人の平成11年10月8日付の警察官調書を証人に示します。後ろの方を見てくださいここの署名と指印はあなたのものに間違いないですね。
山田 繁 はい。
弁護人 この書類は木村巡査部長があなたを取り調べて、あなたから聞いた供述をそのまま書いたものに間違いありませんか。
山田 繁 はい、間違いありません。
弁護人 内容を確認して署名、指印したんではありませんか。
山田 繁 はい、よく読んでもらいました。
弁護人 それではここに「茶碗が2個あった」とか「注射器を2本持っていた」とか書いてありますか。ゆっくりご覧になって下さい。
山田 繁 えっ、もう一回言ってください。
弁護人 あなたが供述した内容がここに書かれているはずです。ここに茶碗が2個用意されていただとか、注射器を山田京子さんが2本持っていただとか、そのようなことが書かれていますか。
山田 繁 (調書を確認してから)書かれてないです。
弁護人 次に平成11年10月10日付検察官調書を示します。よくご覧になって下さい。終わりにあなたの署名と指印がありますね。
山田 繁 はーい、あります。
弁護人 あなたが署名指印したものに間違いありませんね。
山田 繁 間違いありません。
弁護人 これは内藤検察官が10月10日にあなたを取り調べたときのあなたの供述がここに記載されているわけですね。
山田 繁 はい、そうです。
弁護人 この調書の中に茶碗が二つ用意されているだとか、京子さんが注射器を2本持っていただとかそのようなことが書かれていますか、よくご覧になって下さい。
山田 繁 (調書を読む)
弁護人 どうですか、ありましたか。
山田 繁 あーい、書いてありません。
弁護人 あなたはほんとうに京子さんが注射器の針を自分の腕に刺すのを見たのですか。
山田 繁 はい、見ました。
弁護人 本当は見ていないのではありませんか。
山田 繁 見てます。
弁護人 どのような状態でした。
山田 繁 京子は自分で打ってました。
弁護人 注射器はどのような状態でした。
山田 繁 注射器を、だから2本持っていて、1本は自分の腕に打って1本は私にくれたです。
弁護人 針がね、京子さんの腕に刺さっていたんですか。
山田 繁 はい。
弁護人 確かに見たんですか。
山田 繁 はい、見ました。
弁護人 証人の平成11年10月13日付警察官調書を示します。これは平成11年10月13日に木村巡査部長の取調べを受けた際のあなたの供述を調書にしたもののようですが、いかがですか?
山田 繁 はい、そうです。
弁護人 この取調べのとき、あなたは注射器の針が京子の腕に刺さっているのは見ていないと言ったのではありませんか。
山田 繁 いいえ、そんなことはありません。
弁護人 そうですか、調書の3丁裏から7行目にかけてをしめします。「実際針を妻の腕に刺している場面までは見ていませんが、そのしぐさからまたやっていると思いました」と書いてありますね。
山田 繁 はい、書いてあります。
弁護人 いまおっしゃったことと違うじゃありませんか。
山田 繁 ……。
弁護人 あなたは今年の7月にも武蔵警察署に逮捕されたことがありますね。
山田 繁 はい。
弁護人 その容疑はなんですか。
山田 繁 覚せい剤をやったということです。不起訴になりました。
弁護人 実際にあなたは覚せい剤を使ったのですか?
検察官 異議あります。ただいまの弁護人の質問はこの事件の審理とは関係ないことについての質問です。
裁判官 弁護人、ご意見は。
弁護人 証人の信用性にかかわる事項です。絶対聞く必要があります。
裁判官 陪審員の皆さん、これからしばらくの間、法廷で皆さんにはあまり関係のないことを議論しなければなりません。皆さんには休憩を取っていただく事にします。ほんの数分間ですが、廷吏に従って法廷を退廷して下さい。
廷吏さん、皆さんをご案内してください。
(陪審員は退廷する)
弁護人 裁判長、この証人は自ら覚せい剤を注射できるのであり、かつ、これまでに何度も自分で覚せい剤を注射しています。被告人に注射してもらったという証言の信憑性と関連性があることは明らかです。質問を続けされてください。
裁判長 弁護人、この証人にも他のすべての個人と同じように黙秘権が憲法によって保障されています。彼は自分が新たに刑事訴追を受ける恐れのある事柄については尋問を拒否することもできるし、尋問に自分の弁護人を立ち会わせる権利もあります。少なくとも、その権利をこの証人に告知することが必要でしょう。
(証人に向かって)山田さん、あなたには黙秘権があります。本件の覚せい剤使用事件に関してはすでにあなたの刑罰は確定していますから、これについてあなたは刑事訴追を受ける恐れがありません。したがって、あなたにはその点については証言する義務があります。しかし、それ以外のまだ訴追を受けていない覚せい剤の使用については、一切の尋問を拒むこともできるし、また、あなた自身の弁護人立会の上で、尋問に臨むこともできます。そういう権利があなたにあります。わかりましたか。
山田 繁 はい、ありがとうございます。
裁判官 そうしたら山田さん、どうしますか。
山田 繁 この事件以外のことについては、聞かれたくありません。
裁判官 弁護人、そういうことですから、本件以外の覚せい剤使用事実について、この証人に尋問することは禁止します。
弁護人 裁判長、ただいまの裁判長の尋問禁止の措置について異議を留めておきます。
裁判長 異議は記録されました。廷吏さん、陪審員を入廷させてください。
(陪審員は入廷する)
裁判官 陪審員の皆さん。審理を再開することにします。それでは弁護人、尋問を続けてください。
弁護人 はい。
あなたは自分が寝ている間に京子さんに包丁で刺されるのではないかと思ったことがあるのではないですか。
山田 繁 はい、あります。
弁護人 それはいつ頃からですか。
山田 繁 えー、6月ころじゃないですかね。
弁護人 今年のですか。
山田 繁 はい。
弁護人 京子さんは、あなたが眠っている間に他の男と会っている、そう考えたことがあるのではないですか。
山田 繁 はい、あります。
弁護人 あなたが武蔵警察署に捕まっている間にも、京子さんは他の男と交際しているとあなたは考えていたのではありませんか。
山田 繁 はい、そのとおりです。そうなんです。
弁護人 では、あなたが睡眠薬で眠らされている間に京子さんが交際している男は何人いるのですか。
山田 繁 たくさん居ます。私の知ってるだけでも3人はいます。
弁護人 名前を挙げてみてください。
山田 繁 萩原猛、村木一郎でしょ、山本宜成って言ったかな。
弁護人 京子さんは今でもこの3人と付き合っているのですか。
山田 繁 はい、付き合ってます。
弁護人 京子さんが他の男と交際していることで、あなたは京子さんを殴ったり蹴ったりしましたか。
山田 繁 そりゃそうでしょう。してますよ。
弁護人 弁護人証拠請求番号1のビジネスダイアリーを証人に示します。これは検察官の同意を得ているものです。これに見覚えがありますね。
山田 繁 はい。これはオレのビジネスダイアリーです。
弁護人 自分で書いたものですか。
山田 繁 そりゃ、もちろんそうですよ。
弁護人 1月3日の欄を見てください。「自めつ萩原」と書いてありますね。
山田 繁 はい。
弁護人 これは、どういうことですか。
山田 繁 だから、萩原っていうのは京子がいまも付き合っている男。萩原猛のことですよ。そいつと京子が1月3日にホテルに行った、そういうことですよ。
弁護人 ちょっと待ってください。1月3日というのはあなたが京子さんが出会う前のことですよね。どうしてあなたはわかるんですか。
山田 繁 わっかるんですよ、京子のことはなんでも。なんでもわかるんです。
弁護人 出会う前の彼女の行動をあなたがわかるのはちょっとおかしいんじゃないですか。
山田 繁 いや、だからやっていることを見たりしていると、わかるんですよ。全部あいつのやっていることはわかるんですよ。
弁護人 どういう方法でわかるんですか。
山田 繁 …………ま、直感でだね。ビンビーンと来るんですよ。
弁護人 ビジネスダイアリーの中に「金町」と言う言葉が出てくるんですが、これは何ですか。
山田 繁 金町は萩原の住んでいるところです。奴のことを「金町」って書くんです。
弁護人 それから「三郷」というのも出てきますがこれは何ですか。
山田 繁 三郷ね。三郷は山本宜成のことですな。
弁護人 たとえば5月28日「三郷ドライブ」と書いてありますが、これはどういう意味ですか。
山田 繁 どういう意味ってだから、三郷は山本とオレがいないときに京子とドライブに行ったということですよ。
弁護人 それは京子さんから聞いて確認したことなんですか。
山田 繁 だからーー、聞かなくたって、ビンビーン。
弁護人 8月9日の欄に「家にいずHOTEL」と書いてありますね。これはどういうことですか。
山田 繁 京子が家にいず、誰かとホテルに行ったことを書いたのです。
弁護人 「誰か」って誰ですか。
山田 繁 いまはもうわかんねーな。
弁護人 あなたは本当に京子さんと二人で出直すために彼女を警察に連れて行ったのですか。
山田 繁 もちろんそうです。
弁護人 京子さんが憎くて、京子さんをいじめるためにそうしたのではないですか。
山田 繁 いえ、そんなことはありません。そろそろ私たちも考え直さなければいけないと、真剣にそう思ったんです。
弁護人 さらに、10月4日から10日にかけてこう書かれています。「ざまあ見ろ、4年以上行けばか」「薬物中毒女、男を馬鹿にするな」「しね、京子の終わり」と書いてありますね。
山田 繁 ……はーい、書いてあります。
弁護人 弁護人証拠請求番号2番のメガネケース入り注射器を示します。このメガネケースに見覚えがありますか。
山田 繁 はい。自分のです。
弁護人 そのケースの中に入っている注射器ですが、これはどなたものでしょうか。
山田 繁 言いたくありません。
弁護人 弁護人証拠請求番号3番の「任意提出書」を示します。これを見てください。
山田 繁 (見る)
弁護人 署名指印はあなたのものですね。
山田 繁 はい。
弁護人 ということは、このメガネケースと注射器をあなたが武蔵警察署に任意に提出したと、そういうことですね。
山田 繁 はい、そういうことです。
弁護人 弁護人証拠請求番号4番の「所有権放棄書」を示します。これは注射器の所有権を放棄するという文書ですね。あなたの署名、指印がありますね。
山田 繁 (見る)はい、あります。
弁護人 ですから、要するにメガネケースと注射器をあなたが警察に提出してその所有権を放棄しましたと、こういうことですね。
山田 繁 はいそうです。
弁護人 終わります。
裁判官 検察官、再主尋問はありますか。
検察官 ございません。
裁判官 それでは証人は証言を終わりました。ご苦労様でした、退席されて結構です。
検察側証人加藤健一さんの証言
裁判官 検察官、次の証人の準備はできておりますか。
検察官 はい、加藤健一を尋問いたします。
裁判官 加藤健一さん、証言台の前へお越し下さい。
証人の宣誓
検察官の主尋問
裁判官 検察官、主尋問をどうぞ。
検察官 あなたのお父様は山田繁といいますね。
加藤健一 そうだよ。
検察官 被告人の山田京子をご存じですか。
加藤健一 ああ、知ってるよ。
検察官 あなたとどういう関係になりますか。
加藤健一 どういう関係って、親父が再婚した人でしょう。
検察官 あなたが被告人を知ったのはいつ頃のことだか覚えていますか。
加藤健一 今年の7月頃だったかな。
検察官 お父様から紹介されたのですか。
加藤健一 ああそうだよ。俺は、それまで神戸に居たんだけど、お袋が6月19日に覚せい剤で逮捕されて、それでこっちに来たときに、親父からこの人を紹介されたってわけ。
検察官 あなたが埼玉に来て、お父様から被告人を紹介されたあと、被告人はあなたになにか変わった態度をとりませんでしたか。
加藤健一 7月頃から、(被告席の山田京子を指さし)この人は俺に覚せい剤を手に入れて欲しいとたびたび要求してきたよ。
検察官 あなたは覚せい剤を手に入れられる立場にあったのですか。
加藤健一 あるわけないじゃん。
検察官 では、どうして被告人はあなたに覚せい剤を手に入れて欲しいなんて頼んだんでしょう。
加藤健一 まあ、俺が元暴力団員だったということを、親父から聞いて俺なら手に入る思ったんじゃねえの。
検察官 被告人の要求は、具体的にはどういうふうになされたのですか。
加藤健一 とにかく毎日のように俺の携帯にかけてきたよ。俺はその都度断ってたけどね。
検察官 あなたは、これまで覚せい剤を自分で使用したことはありますか。
加藤健一 冗談じゃない。そんなことあるわけないでしょう。
検察官 それでは、あなたは覚せい剤を見たことはあるのですか。
加藤健一 それはあるよ。(山田京子を指して)この人に見せられたのが最初だよ。
検察官 それはいつのことですか。
加藤健一 そうだなー、はっきりしないけど、7月の後半な。
検察官 場所は。
加藤健一 この人と親父の家だよ。
検察官 武蔵市高砂3丁目3番4号の被告人の自宅ということですね。
加藤健一 ああ、そうだよ。
検察官 あなたは、その日何のために被告人の家に行ったか憶えていますか。
加藤健一 はっきり憶えていないけど、その頃は用事があってちょくちょく行ってたから、何か用事があったんだろうと思うよ。
検察官 あなたが家には被告人だけしかいませんでしたか。
加藤健一 そうだよ。
検察官 どんなふうにして被告人から覚せい剤を見せられたか説明できますか。
加藤健一 (山田京子を指して)この人がビニール袋を持ってきて、そこに氷砂糖を砕いたような物が入っていたんだよ。それで、これが欲しいと言ったんだよ。
検察官 どんなビニール袋だったか具体的に説明できますか。
加藤健一 そうだな、チャックが付いていて、煙草の箱よりちょっと小さめかな。
検察官 被告人は、どこからそのビニール袋を出したか見ていましたか。
加藤健一 バックだったと思うよ。
検察官 それからどうしたのですか。あなたは何かいましたか。
加藤健一 俺は、そんなものは手に入れられないと言ったんだよ。そしたら、この人、立ち上がって注射器を持ってきたのさ。そして、煙草の箱をへこまして、さっきのビニール袋の中の氷砂糖のような物をその上に置いて水で溶かし、注射器で吸い上げて自分の左腕に刺してたよ。
検察官 あなたは、被告人が注射した物は覚せい剤だとわかりまてたか。
加藤健一 ああ、この人がそう言ったから。
検察官 被告人は、あなたに自分が注射したものが覚せい剤ですと、はっきり言ったのですか。
加藤健一 覚せい剤という言葉かどうかは、はっきりしないけどなあ。もしかしたら、シャブって言ったかもしれねえな。
検察官 被告人は、その注射をしたあとどのような状態になったかは見ていますか。
加藤健一 そうだなあ、ため息をついてたかなあ。
検察官 被告人は、あなたに対し、7月頃から覚せい剤を手に入れて欲しいと要求するようになったということですが、あなたはこの要求に応じたことはなかったのですか。
加藤健一 ああ、一度だけあったよ。
検察官 それはいつ頃ですか。
加藤健一 ビニール袋の覚せい剤を見せられた後だから、9月の終わり頃かな。
検察官 被告人はどのように言ってきたのですか。
加藤健一 とにかくいつものように、朝、俺の携帯に電話をかけてきて、覚せい剤が手に入らないかと言ってきたね。
検察官 それで、あなたはそれにどう答えたんですか。
加藤健一 まあ、それまでは断ってたんだけど、一回だけ渡してやろうと思って、一回だけだよと言ったよ。
検察官 あなたは、そのとき覚せい剤をどうやって手に入れようと思ったのですか。
加藤健一 前に、友達に聞いたことがあって、上野でイラン人から買えると言ってたんで、そうしようと思っていたよ。それで、その話をこの人にもしたと思うよ。
検察官 それで、あなたは、実際に上野でイラン人から覚せい剤を買ったのですか。
加藤健一 ああ、上野まで電車で行ってイラン人から覚せい剤を買ってきましたよ。
検察官 代金は憶えていますか。
加藤健一 3万円のものを2つで6万円。
検察官 2つ、買ったのはどうしてですか。
加藤健一 この人にそういうふうに、頼まれたからさ。
検察官 買った覚せい剤は、どんな状態だったか憶えていますか。
加藤健一 俺は、中身は確認してないけど、ティッシュでくるんであったね。
検察官 あなたはその後、その覚せい剤をどうしたのですか。
加藤健一 そのまま、この人の家に持っていって、この人に渡したよ。
検察官 あなたが、被告人に覚せい剤を渡した日は、その覚せい剤を上野でイラン人から買った日と同じ日ですか。
加藤健一 ああ、朝形態に電話かかって頼まれて、昼頃上野に買いに行って、その日の夕方にはこの人に渡したと思うよ。
検察官 家のどこで渡したのですか。
加藤健一 玄関には犬が居たので、窓から、6万円だったと言って渡したよ。
検察官 被告人はそれに対して何か言っていましたか。
加藤健一 ちょっと待っててね、と言って、白い封筒を渡してきたよ。
検察官 あなたはその封筒を受け取ってそれからどうしたのですか。
加藤健一 後は別に用事はないんで、すぐ帰ったと思うよ。
検察官 すぐ封筒の中身は確認しなかったのですか。
加藤健一 車の中で、信号待ちの時に金だけ財布の中に入れようと思って、封筒を開けたかな。
検察官 封筒にはお金だけが入っていたのですか。
加藤健一 6万円とメモが入っていたよ。
−−メモを示す
検察官 これを見てください、これはその時あなたが封筒の中からみつけたメモですか。
加藤健一 そうだよ。
検察官 ただいま証人に示したメモを検察官請求証拠番号8番として提出いたします。
これにはすでに弁護人の同意も得ております。
検察官の立証は以上です。
弁護人の反対尋問
裁判官 弁護人、反対尋問をどうぞ。
弁護人 それでは引き続いて弁護人の松山からいくつか質問します。
あなたのお母さまは、覚せい剤で6月に逮捕されたということですね。
加藤健一 さっきそう言っただろう。
弁護人 あなたのお母様は、加藤道子さんですね。
加藤健一 そんなことわかってんだろう。いちいち聞くなよ。
弁護人 その事件は、道子さんが覚せい剤を使用したということで逮捕されたのですか。
加藤健一 ああ、それと所持ね。
弁護人 その事件の判決はどうなりましたか。
加藤健一 8月29日に執行猶予で出てきたよ。
弁護人 すると、それ以来あなたは母親の道子さんと一緒に住んでいるわけですね。
加藤健一 そうだよ。
弁護人 あなたの仕事は。
加藤健一 キャバクラのボーイ。
弁護人 どこのキャバクラですか。
加藤健一 武蔵駅前の「スイング・ミランダ」。
弁護人 いつからそこで働いているんですか。
加藤健一 7月から。
弁護人 先ほどのお話ですと、山田京子さんは7月頃から、あなたに対して覚せい剤を手に入れて欲しいとたびたび要求してきたということですよね。
加藤健一 ええ、そうだよ。
弁護人 毎日、携帯に電話をしていたということですね。
加藤健一 ええ。
弁護人 そして、あなたはその都度断っていたわけですか。
加藤健一 そうだよ。
弁護人 京子さんの電話は、さぞ、うっとうしかったでしょうね。
加藤健一 ああ、えらい迷惑な話さ。
弁護人 あなたは、お父さんの繁さんに、そういうことは止めさせてくれと頼まなかったのですか。
加藤健一 もちろん、頼んださ。
弁護人 親父さんはどう言ってましたか。
加藤健一 何か言ってたと思うけどね、よく覚えてないな。
弁護人 あなたは、お父さんである繁さんと京子さんの家でお父さんが居るときに、そのお父さんの目の前で、京子さんに対し「ああいう覚せい剤を手に入れてくれという電話は止めてくれ」と言ったことがありますか。
加藤健一 それはないね。
弁護人 その頃、あなたは、お父さんたちの家にちょくちょく行く用事があったんですね。
加藤健一 …………。
弁護人 先程、そう証言しましたね。
加藤健一 そうでしたっけ。
弁護人 あなたがお父さんたちの家にちょくちょく行かなければならない用事というのは、お父さんに関するものですか、それとも京子さんに関するものですか。
加藤健一 それは親父に用があったんですよ。
弁護人 では、あなたがお父さんたちの家に行ったとき、京子さんと繁さんが一緒に居た時もあったでしょう。
加藤健一 それは、ありましたね。
弁護人 別の質問ですけれども、あなたは、先ほど山田京子さんが自分で覚せい剤を注射した場面を見たと証言しましたね。
加藤健一 ええ。
弁護人 先程の証言によると、ビニール袋に入った氷砂糖のようなもの、それをバッグから取り出して煙草の箱をへこまして、その上に先ほどの氷砂糖のような物を載せて水で溶かし、京子さんが左腕に注射したということで間違いないですか。
加藤健一 そうでだよ。
弁護人 京子さんはどうやって氷砂糖のような物を溶かしたのですか。
加藤健一 俺が自分でやったわけじゃないから、わかんねえな。
弁護人 あなたは見たんでしょう。
加藤健一 見たときのことはよく覚えてねえな。
弁護人 溶かすのも見たんじゃないですか。
加藤健一 溶かし方なんか、いちいち見てねえよ。
弁護人 どうやって溶かしたか見たのではないんですかね。
加藤健一 しつこいね、だから覚えてないって言ってるでしょう。
弁護人 上野でイラン人から覚せい剤を買って、京子さんに渡したと証言しましたね。
加藤健一 したよ。
弁護人 先ほどからのお話ですと、あなたは京子さんから度々覚せい剤を手に入れて欲しいといわれていて非常に迷惑していたわけですよね。
加藤健一 ああ。
弁護人 お父さんにも、そういう電話を止めさせるよう頼んでいたんですよね。
加藤健一 ああ。
弁護人 それなのに、どうして覚せい剤を手に入れてあげたのですか。
加藤健一 とにかく、毎日のように電話をかけてくるから、1回受け渡してこれで終わりって言えば、もうそれで終わると思ったんだよ。
弁護人 1回手に入れてやれば、さらにその後も要求されるとは考えなかったのですか。
加藤健一 そんなこたあ、思いもよらなかったな。
弁護人 あなたに、上野でイラン人から覚せい剤が買えると教えてくれた友達の名前を言って下さい。
加藤健一 それは言えないね。
弁護人 どうして言えないのですか。
加藤健一 その人に迷惑がかかるので、絶対言わないよ。
弁護人 先ほどの検察官請求証拠番号8番のメモを示します。
京子さんから渡された封筒に、このメモと6万円が入っていたということですね。
加藤健一 ああ。
弁護人 あなたは、このメモを読みましたよね。
加藤健一 ああ。
弁護人 ここには「6万円入れておきますが、3万円のを2つにして下さい」「明日は早く来てくれる方がいいのでできるならば1時半から2時頃迄、お願いします」と書いてありますね。
加藤健一 そうだね。
弁護人 このメモは、その内容からして、これから覚せい剤の購入するときの依頼の手紙ですよね。
加藤健一 さあね。
弁護人 少なくとも、既に購入した覚せい剤のお礼の手紙じゃないですよね。
加藤健一 そんなこたあー、俺の知ったこっちゃないね。
弁護人 あなたは、このメモを読んだ後で、京子さんにこれはどういう意味か説明を求めたことはないんですか。
加藤健一 ないよ。
弁護人 これを読んで不思議に思いませんでしたか。
加藤健一 別に。
弁護人 ところで、あなたはいま示しているこのメモをどうして警察に提出したのですか。
加藤健一 えっ。俺が提出した? 俺は提出なんかしてないよ。
弁護人 では、誰が提出したのですか。
加藤健一 親父でしょう。俺が親父に頼まれて、差し入れたんだから。
弁護人 いつ、どこで頼まれたのですか。
加藤健一 この件で親父が逮捕されてから1週間位して、警察で俺が親父と面会した時に頼まれたんだよ。
弁護人 じゃあ、あなたは、それまでこのメモを保管していたんですか。
加藤健一 保管してたわけじゃねえよ。
弁護人 でも、ずっと持ってたんでしょう。
加藤健一 たまたま、財布に入れてたのが、そのままになってたんだよ。
弁護人 お父さんは、どうして、あなたがこのメモをずっと持っていることを知ってたんですか。
加藤健一 別に知ってわけじゃねえよ。
弁護人 だって、あなたが、警察で面会した時に、お父さんからメモを差し入れを頼まれたんでしょう。
加藤健一 だから、あのメモがあったら差し入れてくれって、言われただけだよ。
弁護人 終わります。
裁判官 検察官、再主尋問はありますか。
検察官 ございません。
裁判官 それでは加藤さん証言を終わりました。元へ戻って結構です。ご苦労様でした。
検察側の立証はこれで終わりですか。
検察官 はい、以上でございます。
裁判官 それではお昼も過ぎましたので、ここで休廷にします。
陪審員の皆さんはこれから別室で昼食の準備ができておりますので、昼食を取っていただきます。昼食を取り終わりましたら、12時50分までに廷吏の指示に従って別室に戻ってください。
なお、陪審員の皆さん、法廷を出られますとこの裁判を取材しようと多数のマスメディアの方が押し掛けておりますので、マスメディアの方から取材を受けても事件内容については絶対にお話にならないでください。もちろん、陪審員同士の間でも事件内容については評議に入るまで絶対にこの休廷時間中でもご議論なさらないようにご注意申し上げます。
それでは法廷は午後1時まで休廷といたします。
合意書面の提示
裁判官 開廷します。では、弁護側、立証をお願いします。
弁護人 検察官の同意を得ている証拠の提出をいたします。
まず、証拠番号1番ですが、ビジネスダイヤリーです。これは先ほど山田繁証人に示した物です。続きまして、証拠番号2番、メガネケース入りの注射器です。これも先ほど繁証人に示した物です。証拠番号3番、山田繁さんの任意提出書です。
朗読します。任意提出書、左記物件を任意提出します。用済みの上は処分意見欄記載の通り処分してください。山田繁。
提出物件、品名注射器。カッコメガネケースに入れられたテルモ製の注射針器、数量6本。提出者処分意見、いりません。
続きまして証拠番号4番、同じく山田繁作成の所有権放棄書です。朗読します。左記目録の物件について所有権を放棄します。山田繁。
品名、注射器。メガネケースに入れられたテルモ製の注射針付き。数量6本。続きまして山田太郎作成の診断書です。
朗読いたします。診断書。氏名、山田京子殿。病名、顔面打撲、頸椎捻挫。平成11年8月15日受傷。平成9月1日まで当院にて通院加療す。上記の通り証明します。武蔵病院医師山田太郎。
以上です。
弁護側証人高田正一さんの証言
裁判官 では弁護人、証人の準備はできておりますか。
弁護人 はい。山田京子さんのお父さん、高田正一さんをお願いいたします。
裁判官 高田正一さん、証言台にお越し下さい。
−−証人宣誓−−
裁判官 どうぞ証言台にお座り下さい。
では、弁護人、主尋問をどうぞ。
弁護人の主尋問
弁護人 それではお聞きします。あなたはそこにいらっしゃる、山田京子さんのお父さんですね。
高田正一 はい。
弁護人 あなたには何人のお子さんがいますか。
高田正一 男3人、女2人の5人です。
弁護人 京子さんは上から何番目ですか。
高田正一 2番目です。上に姉の亜希子がいて、下には正敏、司、実という3人の弟がおります。
弁護人 京子さんの夫、山田繁さんを知っていますね。
高田正一 はい。
弁護人 二人がいつ知り合ったはおわかりですか。
高田正一 いつ知り合ったのかは知りませんが、4月から一緒に暮してたのは知ってます。
弁護人 どこで一緒に暮らしだしたのですか。
高田正一 私の家の2階です。
弁護人 当時、山田繁さんは仕事はしていましたか。
高田正一 ええ、タクシーの運転手だと思いますね。
弁護人 京子さんと繁さんは、どのくらいの期間、あなたの家の2階で暮らしていたのですか。
高田正一 1カ月くらいでだと思います。来たのは憶えてませんが出ていったのは5月21日。借家を借りてそっちへ移っていきましたから。
弁護人 お二人があなたのお家にいた頃、山田京子さんがたとえば訳のわからないことを言ったり、暴れたりだとかすることがありましたか。
高田正一 いやいや、ありません。
弁護人 京子さんが借家の方に引っ越してから、実家の方に顔を出すようなことはあったのですか。
高田正一 ええ、よく昼間来てましたね。なにか愚痴を言ってました。昼間来ました。
弁護人 どんな愚痴ですか。
高田正一 山田に疑われてるとか何とかね。疑われてと。
弁護人 疑われてる? どんなことを疑われてるんでしょうか。
高田正一 山田は7月に武蔵警察署に捕まったんですよ。自分が留置場に入っている間に、なんか知らんけれども、京子が前の夫の萩原猛とつき合ってたと決めつけて出てきて盛んに言っていたようです。
弁護人 そういう事実はあったのでしょうか。
高田正一 やあ、京子は「ない」と言っていますよ。
弁護人 ほかにどんな愚痴を言ってましたか。
高田正一 そのほかには、山田が暴力を振るうということも言っていました。殴られるって。
弁護人 どの程度の暴力でしょうね。
高田正一 いやー、一つ憶えているのは9月にね、2人で天城の方に旅行に行ったんですが、そこでなんか喧嘩になって、その喧嘩の中で山田がナイフを出して京子の尻を突いたということを聞きました。
弁護人 ああそうですか。
高田正一 はい。
弁護人 そのほかの暴力は何か聞いていますか。
高田正一 いつなにかということは憶えてませんが、とにかく些細なことでしょっちゅう殴られると言っていました。
弁護人 どうでしょう。暴力はだんだんひどくなっていたとか、そういうことはあったんでしょうか。
高田正一 ええ、8月に入籍してからかどうか。8月の半ば頃からひどい目にあうというふうに話が出てきたというふうに家内とも話してました。はい。
弁護人 あなたは京子さんが山田繁さんと結婚することに最初から賛成だったんですか。
高田正一 いやいやいや、反対ですよ。なにかよくわからない人ですからねー。やめとけと言ったんですけどねー。京子がそれでもなんだか一緒になるといって。私も止めようがなかったといえば止めようがなかったし、ともかく京子は、さっきの話に出た、前の萩原猛も酷い人だったんですよ。また、なにもそんな苦労して、またまた同じぐらいかもっとひどい山田とつき合っちゃったりして、本当にね……。本当にね……。男運が悪いんですかね。(涙ぐむ)
弁護人 京子さんは、8月以降は毎日のようにあなたの家に来ていたということですが、夜はどうだったのですか。
高田正一 夜は山田が迎えに来て借家の方に帰ってました。
弁護人 そのような時にトラブルになったことはありますか。
検察官 異議があります。ただいまの弁護人の質問は誘導尋問です。
裁判官 弁護人、ご意見は?
弁護人 不当な誘導とは思いません。
裁判官 異議を認めます。弁護人は質問のしかたを変えて下さい。
弁護人 はい。
山田繁さんがね、夜、京子さんを迎えに来た時、どんなことが起こりましたか。
高田正一 8月のことだったと思いますが、夜中の2時頃来て、家でクラクションをブーブーブーブー鳴らすんですよ。近所のこともあるでしょ。で、家内が出てって注意したんです。そしたら家内に手を上げたんですよ。息子の正敏がなにやるんだ、ということになって正敏と山田で大立ち回り、というか喧嘩になっちゃったんですよ。その時は私が110番してお巡りさんに来てもらって、収まったんですがね。
弁護人 ことしの9月30日のことをお聞きます。その日、京子さんがあなたの家に来ましたね。
高田正一 はい。
弁護人 京子さんが来たのは何時頃ですか。
高田正一 たぶん夕方だったと思いますよ。
弁護人 京子さんと会いましたか。
高田正一 はい、会いました。
弁護人 どのような話をなさったんですか。
高田正一 山田と別れたいって言うんですよ。で暴力もふるわれるし、なんかその日覚せい剤打たれたというんで、とってもこれじゃやっていけないと。殴られたりけ飛ばされたりしたあげくに覚せい剤まで。京子は覚せい剤という、そういうものはしないって言っていたし、私はしてないと思うんですが。で、とてもやっていけないから、もう別れて遠くへ行って暮らそう、そう思って来たというふうにいってました。
弁護人 そういう話を聞いてあなたはどうしました。
高田正一 いや、やっと気がついたのか、というか、まあ遅いけどでもそりゃー当然だし、京子の気持ちも良くわかります。だから、それはいい、だからとりあえず、横浜の姉の亜希子の所に行って暮らし時間を稼ぐのがいいんじゃないかと、そんなふうに言いました。
弁護人 それからどうしました?
高田正一 それで、さっそくということで、二人で高砂3丁目の借家に荷物を取りに行って、荷物を取ってきました。私は外で待っていました。京子が荷物まとめて持って出てきたので帰りました。
弁護人 その後、どうしましたか。
高田正一 家に帰って2階にあがって京子は8時か9時頃、寝たと思いますよ。
弁護人 京子さんが寝たのは何時頃ですか。
高田正一 はっきりしませんが、8時か9時、寝っちゃったかどうか憶えてませんが。帰ってきて2階にあがりました京子は。そしてそのあと寝た思います。
弁護人 その後、どういうことが起こりましたか。
高田正一 夜中の2時ですよ、2時頃、大声で山田が京子を返せ、連れて行くと怒鳴りだしたんです。怒鳴って家の前で騒いだんです。
弁護人 あなたが、山田繁さんと応対したんですか。
高田正一 私と家内で応対しまてた。私は、「今夜は京子はくたびれてるんだから寝かせてくれ、今夜は静かに、騒がないでくれって」頼んだんです。家内は山田に「京子を食い物にしている」と喰ってかかっていました。
弁護人 それでどうしました。
高田正一 そういっても、山田はきかないんですよ。まあ、ご近所もあるでしょ。夜中ですよ。押し問答を続けていくうちに京子が「私は今夜はやっぱり帰る」と言い出したんです。まあ、帰りたくて帰ると言ったんではないと思いますが、ともかく山田を止められないわけですから。それで帰るというんで、まあ私もほかに考えられないから、結局京子はその夜、また帰りました。
弁護人 ビジネスダイアリーはありますか。このビジネスダイアリーをご存じですね。
高田正一 ああ、知ってます知ってます。
弁護人 どうして知っているのですか。
高田正一 これは私が……10月に京子が警察に捕まっちゃったあと、借家を片づけてくれと頼まれて借家に行って、荷物を片づけていたときに6畳間の本棚にこれが入っているのを見つけて、なにか大事なことというか、あるいはお知らせした方がいいんじゃないかと思って先生にお届けしたものです。
弁護人 それで、私がお預かりしたものですね。
高田正一 はい。
弁護人 あなたは、このビジネスダイアリーに書き込んだりしたとか、そういうことはありませんね。
高田正一 いやいや、そういうことはありません。そういうことはしません。そのまま先生のところへお持ちしました。
弁護人 以上です。
検察官の反対尋問
裁判官 検察官、反対尋問を。
検察官 それでは検察官よりいくつかお尋ねします。まず、被告人は8月になると昼間はほとんど毎日のようにあなたの家に来ては、山田繁のことで愚痴をこぼしていたということでしたね。
高田正一 はい。
検察官 入籍後は、山田は被告人に対し、日頃から暴力を振るうということでしたね。
高田正一 はい。
検察官 その暴力の具体的内容というは、先ほど証言された9月の天城旅行の際尻をナイフで刺されたと、そういうことですか。
高田正一 はいそうです。
検察官 それと、被告人はあなたに対して、いま証言された天城の旅行の際の暴力以外に、山田の暴力の具体的内容を話したことはありましたか。
高田正一 はあ。具体的と……いやあ、帰ってきて顔がおかしい、どうした、殴られたというんで。まあ、そうですね殴られたということを聞きました。
検察官 それは具体的なことは何か話してませんでしたか。
高田正一 具体的と言われても………。殴られて、私はそんなひどいことをされるのかという話をしていたんで、どんなふうに殴るのかといことまでは聞きませんでしたね。
検察官 殴られたというのは回数としてはどのくらいでしたかねー。
高田正一 いやー、しょっちゅう殴られたと言ってましたよ。
検察官 しょっちゅうというのはどのくらいのことを言ってるんですか、それは毎日のこと。3日に1回、1週間に1回、2週間に1回ですか、それとも1カ月に1回ぐらいですか。
高田正一 決まって3日に1回殴るとか、まあそおじゃないんですよね、しょっちゅうなんですよ。私は別段記録した訳じゃありませんが、しょっちゅう殴られたことは憶えてます。
検察官 ちょっと質問を変えます。9月30日の夕方、被告人があなたの家に来たということですね。
高田正一 はい。
検察官 そのとき被告人は覚せい剤のことをあなたに話したみたいなんだけど、そのとき被告人は何と言ってました。被告人が話した言葉をそのまま言ってみて下さい。
高田正一 覚せい剤を打ったじゃない、いや、打たれたとか、なにか。ようするに山田に打たれたということを言ってました。細かくどういうふうにといわれても、ちょっとあれだけど。そういうことですよ。
検察官 山田が打ったということは間違いないんですか。
高田正一 そりゃー間違いないですよ。
検察官 なんでそのように断言できるのですか。被告人の発した言葉は「覚せい剤を打った」という言葉だったかもしれないんでしょう。
高田正一 いや、それまでの山田のようすから私は打たれたと思っています。
検察官 様子ですか、ということはあなたがそのように推測したということですね。
高田正一 私はそこで見てたわけじゃありませんから、そういわれるとそうかもしれませんが。だけどやっぱり、それは本当ですよ。
検察官 それでは、最後に聞きますけど被告人は山田に覚せい剤を無理矢理打たれたと言いましたか。
高田正一 う〜ん「無理矢理」という言葉で言ったかどうか、それは正確無理矢理という言葉を使ったかと言われると……あまりよく憶えていないんですが……とにかくそういうことだと私は思っているんです。
検察官 終わります。
裁判官 弁護人、再主尋問はあります。
弁護人 ありません。
裁判官 では、証言を終わりました。証人は退席されて結構です。ご苦労様でした。
それでは弁護人、次の証人の準備はできていますか。
弁護人 山田京子さんの尋問をお願いします。
被告人(山田京子)の本人尋問
裁判官 では、被告人山田京子を証人として採用します。証言台の方へ行ってください。
証人宣誓
裁判官 では、証言台に着席してください。
弁護人の主尋問
裁判官 弁護人、主尋問をお願いします。
弁護人 はい。それでは、弁護人の松山からお尋ねします。あなたが夫の山田繁さんと知り合ったのはいつ頃ですか。
山田京子 はい、今年の3月ころです。あのー、夫のタクシーに偶然乗り合わせまして、意気投合して交際するようになりました。
弁護人 その後どのような交際になりましたか。
山田京子 はい、4月はじめころにあのー、高砂6丁目にある私の実家の2階で一緒に住むようになりました。そして、5月には同じ高砂の3丁目に二人で借家を借りてそこで暮らしました。
弁護人 正式な結婚はしましたか。
山田京子 はい、8月1日に入籍しました。
弁護人 ちょっと立ち入ったことになるのですが、繁さんとの生活は楽しいものでしたか。
山田京子 うーん、初めのうちは楽しかったんですが、夫はだんだん暴力を振るうようになってきて、それから覚せい剤もやるようになってきて。
弁護人 あなたは繁さんが覚せい剤を使っているのを見たことがあるのですか。
山田京子 あります。
弁護人 何回ぐらいありますか。
山田京子 5月21日からそうですね、週に1回くらい注射しているのを見ました。
弁護人 一番最初が5月21日とおっしゃったのですが、それが5月の21日というのはどうしてわかるんですか。
山田京子 その日に引越しをしたからです。
弁護人 その後どういう場所で繁さんが注射しているのを見たのですか。
山田京子 うちの4畳半の間です。
弁護人 時間はだいたい何時ころですか。
山田京子 夜中とか明け方とかそんな時間が多かったと思います。
弁護人 繁さんは覚せい剤容疑で逮捕されたことがあるのですか。
山田京子 はい、あります。ことしの7月5日に武蔵警察署で逮捕され、7月の26日に釈放されました。
弁護人 ところで、あなた自身は覚せい剤を使ったことがあるのですか。
山田京子 いいえ、ありません。
弁護人 それでは繁さんから使うように勧められたことがありますか。
山田京子 それは、あります。
弁護人 実際に注射してもらったことがありますか。
山田京子 いいえ、ありません。
弁護人 繁さんから勧められたとき、あなたはどうしていましたか。
山田京子 「いや」と言って断りました。
弁護人 どうして、断るのですか。
山田京子 法律で禁止されている薬を使うことになりますし、あの、じつは私には前科があって、いま執行猶予中の身なので、で、今度なにかあると服役しなければならないからです。
弁護人 いまおっしゃったあなたの前科というのはどんなものですか。
山田京子 えーと、あの4年前に当時の私の夫だった人とちょっとトラブったんです。その時私は妊娠してまして、当時私の夫が私の妊娠中に浮気をしたんです。それで私は包丁で夫を刺したんですね。殺人未遂ということで懲役3年執行猶予4年の判決を受けました。
弁護人 あなたが覚せい剤の使用を断る。そうすると繁さんはその時そのことについて何か言ったりしたりしましたか。
山田京子 ええもう、殴ったり蹴ったりという暴力をふるわれました。
弁護人 少し詳しくお聞きしたいんですけれども。
山田京子 はい。
弁護人 どういうことを言われますか。
山田京子 あのー、「おれの言うことを聞けないのか」とか「なんだ、その態度は」という感じですごい顔して殴ったり、蹴ったり、暴言を吐かれたり、ひどいものでした。
弁護人 殴るというのは平手でたたくような感じですか、それとも握りしめた拳骨で殴るという感じですか。
山田京子 そうですねー、はじめのうちは、あのー、手でビンタというんですか、されるぐらいで。それも月に2回ぐらいだったんですけど。でも、だんだんひどくなってきました。
弁護人 それから足で蹴られたりすることもあったんですね。
山田京子 ありました。
弁護人 繁さんの暴力というのはあなたが覚せい剤を断ったときだけですか。
山田京子 いえ、普段ささいなことでもすぐ暴力をふるいます。それから、そうそう。私が前の夫と未だにつき合っているのではないかといって、言い争いになって、もう殴る蹴るの暴力です。すごい怖いです。
弁護人 繁さんが暴力をふるうようになったのはいつ頃からですか。
山田京子 えー、ことしの5月、一緒に住むようになってからです。
弁護人 5月というと、ご実家の2階を出て借家を借りて、借家で暮らすようになってからですか。
山田京子 はい。
弁護人 暴力の程度についてお聞きしたいんですけども、先ほど最初は平手でビンタされるぐらいだったとおっしゃいましたね。そのあとはどういうふうにっていきましたか。
山田京子 はい、ほんとうにはじめのうちは、うーん、月に2回ぐらい。でもだんだんエスカレートしてきて7月に夫が覚せい剤で逮捕されて、そのあとすぐ釈放になったんですけど、そのあとどんどんひどくなってきて、とくに8月に入籍してからますますひどくなって……。
弁護人 ますますひどくといいますと、回数が増えたということがありますか。
山田京子 そうです。8月以降は週に2回ぐらい、拳骨で殴られたり、足で蹴られたり。あとはハンマーで頭を殴られたこともあります。包丁でお尻を刺されたこともあります。
弁護人 ハンマーや包丁で暴力を受けたこともあるんですね。暴力をふるわれたときはあなたはどうするんですか。
山田京子 はじめのうちやり返していましたが、どんどんひどくなってきてほんとうに怖かったんです。で、このままでは殺されるのではないかと思い、それで高砂6丁目の実家へ逃げるようになったんです。
弁護人 お医者さんの治療を受けたことがありますか。
山田京子 あります。
弁護人 弁護人証拠請求番号5番の診断書をしめします。これがそのときの怪我と治療の内容を書いた診断書に間違いありませんか。
山田京子 はい。そのとおりです。
弁護人 繁さんはあなたが浮気をしていると言っていたのですか。
山田京子 ああ、いってました。
弁護人 実際のところはどうなんですか。あなたはほんとうに浮気をしたことがありますか。
山田京子 ないです。
弁護人 繁さんはあなたが誰と浮気しているというのですか。
山田京子 あのー、私の前の夫の萩原猛、それから以前同棲したことがある村木一郎さん。で、前に私が水商売をしていたときにお世話になった山本宜成さん。その3人の方を疑っていました。
弁護人 はい。繁さんがあなたの浮気を非難するようになったのはいつ頃からですか。
山田京子 8月に入籍してからですからです。
弁護人 具体的にはどういうことをいわれるんですか。
山田京子 はい、あのー。別れた夫、萩原さんですけれども、私の携帯電話に電話がかかってきたことがあって、それが最初だったと思います。「お前、おれがパクられている間にまたあいつとよりを戻したんだな」とすごい剣幕で暴力をふるわれました。
弁護人 先ほどおっしゃった萩原さんとのことについてそういわれていたということですね。
山田京子 そうです、はい。
弁護人 では、村木一郎さんという名前も先ほど出たんですけれども、この方についてはどうですか。
山田京子 これは私が依然一緒に住んでいた人ですけれど、もう別れて以来一回も会っていないんです、じつは。それでも夫は村木と一緒に「ドライブしたろう」とか「ホテルに行ったろう」とか疑うんです。
弁護人 山本宜成さんという人とはどうですか。
山田京子 あのー、山本さんは80歳になるお年寄りなんですが、前に私がお店を持っていたときにいろいろお世話になって相談に乗っていただいたりした方なんですよね。それで今年の8月ころに、じつは夫のことで山本さんにまた相談にのっていただいたんです。もちろん男女の関係とかそういうものは全然ないんですよ。それなのに夫は邪推して疑っているのです。
弁護人 弁護人請求の証拠請求番号1番、ビジネスダイアリーをしめします。これが何だかわかりますか。
山田京子 ああ、夫が持っていたダイヤリーです。
弁護人 この中に手書きで文字が書かれていますが、これは誰の字かわかりますか。
山田京子 夫の字です。
弁護人 「1月3日」の欄を見てください。
山田京子 はい。
弁護人 何と書いてありますか。
山田京子 はい。「自めつ! 萩原」と書いてありますね。
弁護人 これも繁さんの字ですか。
山田京子 そうです。
弁護人 「1月16日」の欄を見てください。
山田京子 はい。
弁護人 「村木と再会ホテル」と書いてありますね。
山田京子 はい、あります。
弁護人 これも繁さんの字ですね。
山田京子 そうです。
弁護人 ところで、繁さんとあなたが出会ったのは今年の3月に間違いないですか。
山田京子 はい、間違いないです。
弁護人 そうすると1月にはあなたの前の夫や恋人のことなど知らないはずですよね。
山田京子 もちろんです。
弁護人 繁さんはいつこのダイアリーにこんなことを書いていたんですか。
山田京子 真夜中に一人でせっせと書いていたんです。
弁護人 このダイアリーにはいま読んでいただいたところのほかにも、ホテルだとかドライブだとかいろいろ書いてあるんですが、これはどういうことなんでしょうか。
山田京子 夫は覚せい剤のやりすぎで頭が変になってるんだと思います。
弁護人 10月の欄を見てください。
山田京子 はい。
弁護人 「ざまあ見ろ。4年以上行け、ばか」
山田京子 はい。
弁護人 「死ね。京子の終わり、薬物中毒女、男を馬鹿にするな」と書いてありますね。
山田京子 はい、あります。
弁護人 これは誰の字ですか。
山田京子 夫の字です。
弁護人 繁さんがどこから覚せい剤を手に入れているかご存知ですか。
山田京子 あっ、夫の息子の加藤健一さんだと思います。
弁護人 どうしてそう思うのですか。
山田京子 あのー、夫が電話で健一さんに注文しているのを聞いたことがありますし、あと健一さんが家に来て「きょうはこれだけ手に入った」とか「きょうはこれだけ捌かなければならない」とか言っているのを聞いたことがあります。
弁護人 あなた自身が、健一さんから覚せい剤を買ったことがありますか。
山田京子 あのー、一回だけあります。
弁護人 それはいつ頃ですか。
山田京子 9月のはじめころだと思います。
弁護人 どのようにして健一さんから覚せい剤を買ったのですか。
山田京子 夫が健一さんに電話で注文したのです。そのときに夫の分と私の分と合わせて6万円ということで注文の電話をしました。夫が。
弁護人 検察官の証拠請求番号8番、メモ書きを示します。これが何だかわかりますか。
山田京子 あっ、わかります。私が夫に言われて、これを書いて健一さんに渡したメモです。
弁護人 このメモによって健一に注文をして、覚せい剤を二人分買ったということですか。
山田京子 はい、そうです。
弁護人 その覚せい剤はどうしました。
山田京子 頼んだ翌日健一さんが2包みもってきてくれて、私と夫とで分ということでくれたんです。だけど私はやっぱり怖くなって、中身を台所の流しに捨ててしまいました。
弁護人 自分で使ったのではないですか。
山田京子 いいえ、使っていません。
弁護人 先ほど加藤健一さんはあなたからしつこく覚せい剤を手に入れてくれと頼まれていたと証言しましたが、お聞きになりましたね。
山田京子 はい、聞きました。
弁護人 そういう事実はありますか。
山田京子 いいえ。そんな、してません。
弁護人 あなたは覚せい剤以外の薬物を服用したことがありますか。
山田京子 あります。
弁護人 どんなものですか。
山田京子 あのー、4年前から不眠症なんです。それで睡眠薬を毎日就寝前に飲んでいます。
弁護人 それ以外にはありませんか。
山田京子 ありません。
弁護人 それでは平成11年9月30日早朝の出来事についてうかがいます。
山田京子 はい。
弁護人 前の日の晩は何時ころ寝ましたか。
山田京子 9時か10時ころだったかと思います。
弁護人 この日睡眠薬は飲みましたか。
山田京子 ああ、飲んで寝ました。いつも飲んで寝ますから。
弁護人 寝た場所はどこですか。
山田京子 家の6畳間です。
弁護人 目が覚めたのは何時ころですか。
山田京子 うーん、そうですね翌朝の5時過ぎころだったかと思います。
弁護人 なにかきっかけがあって目が覚めたのですか。
山田京子 ええ、夫が帰ってきた物音がして、それで目が覚めました。
弁護人 あなたはどうしました。
山田京子 その時はまだ、私、睡眠薬がまだ効いていて、うつらうつらしていましたが、でも起きて夫がいる4畳半の間に行って、で夫の隣で話を始めました。
弁護人 繁さんはその時何をしていました。
山田京子 夫は缶ビールかなにかを飲んでましたね。
弁護人 あなたは繁さんと会話か何かをされたんですか。
山田京子 ええ、その時は私もどうせだからといって冷蔵庫から缶コーヒーだったかなー、持ってきて夫の隣へ行って飲みながらしゃべりはじめたんですね。たぶんあのとき夫はその日の売り上げ、タクシーの売り上げのお話をしていたと思います。
弁護人 そういう話というのは普通にといいますか、穏やかに話ができましたか?
山田京子 ウン。穏やかに普通に話してましたね。はじめは。
弁護人 そのあと何が起こりましたか。
山田京子 話している途中で夫が「京子、台所へ行って湯のみ茶碗をもって来い」と言いましたので、私が立ち上がって台所へ行って空の湯のみ茶碗を持ってきて、夫がいる4畳半の、夫の前のテーブルの上に置きました。
弁護人 そのあとどうしましたか。
山田京子 そうしたら、夫は「もう1個こんどはお湯を入れてもって来い」というので、私はもう一度台所へ行き、茶碗にお湯を入れてまた夫の前のテーブルに持ってきておきました。
弁護人 繁さんはその湯飲み茶碗でなにをしたんですか。
山田京子 そしたらですね、夫はどこから持ってきたかはわかりませんが、注射器とそれから白い粉の入ったビニール袋を2包みテーブルの上に置いてあって、それで夫が空の方の茶碗をテーブルの上に逆さまに伏せて、その茶碗の底のところに白い粉をパラパラっとおいて。で、もうひとつのお湯の入った湯飲み茶碗の方から注射器でお湯をそこに入れて水溶液をつくっていました。
弁護人 繁さんは注射器を何本出したのかわかりますか。
山田京子 注射器で茶碗に入ったお湯を吸い取り、それを今度は逆さまにしたほうの茶碗の底の部分に入れ、水溶液を作りました。
弁護人 山田繁は注射器を何本出したのかわかりますか。
山田京子 2本です。
弁護人 どこから出したかみましたか。
山田京子 はい。たぶん玄関の方からだと思います。
弁護人 先ほど何かの水溶液を作ったというところまでお聞きしたんですけれども、水溶液を作った後どうなりましたか?
山田京子 夫はそれを注射器で吸い取って、で。私は夫が自分の腕に注射するのだと思ってみてました。そうしたら、夫は突然私の後ろの方に来たんです。
弁護人 あなたの後ろに来たんですね。どういう姿勢なのか説明してもらえますか?
山田京子 はい。夫は右手に注射器を持って、私の背中から左手で私のおなかを思いっきり押さえつけました。そして、テーブルの上に手を出せと言いました。
弁護人 「テーブル」というのはどんなものですか。
山田京子 普通のテーブルではなく、コタツの台です。それをちゃぶ台のように使っているのです。
弁護人 繁さんから「手を出せ」といわれてあなたはどうしました。
山田京子 あのー「いやっ」と言ったんですけど。でも、ものすごい脅迫で、すごい力で後ろから締め付けられて動くことができませんでした。それで、私はテーブルの上に左手を出しました。
弁護人 テーブルの上に手を出す前に体を動かして逃げようとはしましたか。
山田京子 はい、それはしましたが、でもぴたっと体が密着されていて、すごい力で締め付けられていてどうしてもふりほどけなかったし、逃げられなかったし、もうまたこれで逃げたら暴力をふるわれると思ったら怖くて怖くて。それで思わず手を出しちゃったんです。
弁護人 手を出せと繁さんに言われたんですね。
山田京子 はい。
弁護人 繁さんの声の様子はどうでした。
山田京子 ええ、普通じゃありませんでした。思い出してもすっごく怖くて。
弁護人 あなたがテーブルの上に手を出したあと繁さんはどうしましたか。
山田京子 夫は、私の左手の内側の肘の内側の血管に、水溶液を注射しました。
弁護人 そのあと繁さんはどうしました。
山田京子 夫は自分で自分に水溶液を注射で打っていました。
弁護人 そのあとはどうしましたか。
山田京子 あのー、二人でラブホテルに行きました。
弁護人 どこにあるなんという名前のホテルですか?
山田京子 南武蔵にある「ホテルビーナス」です。
弁護人 ホテルビーナスには何時ころまでいましたか?
山田京子 午後2時ころまでいたと思います。
弁護人 それからどうしました。
山田京子 家に帰りました。夫はすぐに寝てしまいました。夕方になって、夫の寝顔を見ているうちに、なんで私はこの人と一緒にいるんだろう。もう私はこの人と別れた方がいいじゃないか、そういうふうに思いだして。で、実家に行くことにしました。もう独りになってやり直そうと思ったんです。
弁護人 独りになってやり直そうと思ったのはそのとき突然思いついたのですか。
山田京子 いいえ、前々から別れたいと思ってはいました。
弁護人 どうしてそう思ったんですか?
山田京子 夫は初めのうちは優しかったのですが、だんだん暴力的をふるうようになり、それから覚せい剤をやるようになって、それからすごく嫉妬深くなり、このままでは殺されてしまうのではないかと考えるようになりました。でも、優しいときは本当に優しい人なので、なかなか踏ん切りがつきませんでした。
弁護人 借家から実家にはどのようにして行きましたか?
山田京子 タクシーを呼んで行きました。
弁護人 時刻は何時ころですか?
山田京子 そうですね、夕方6時半ころだったと思います。
弁護人 実家では何方に会いましたか?
山田京子 はい。父に会いました。
弁護人 お父さんにどんな話をしたか覚えていますか?
山田京子 はい。きょう、夫から覚せい剤を打たれてしまったと話しました。で、もうこのままではしょうがないから、もう私は独りになってやり直したいんだって、そういうふうに話しました。
弁護人 お父さんのご意見はいかがでしたか。
山田京子 はい。父はそうした方がいいんじゃないかと言ってくれました。
弁護人 それであなたはどうすることにしたんですか。
山田京子 翌朝横浜の姉の所に行くことに決めました。それでとりあえずその日は父と一緒に高砂3丁目の借家に戻り、ハンドバッグなどの荷物を取ってきました。
弁護人 借家には繁さんはいましたか?
山田京子 はい、夫は寝ていました。
弁護人 借家から荷物を取って実家に帰ってからどうしました。
山田京子 9時ころでしたかいつも飲んでいる睡眠薬を飲んで実家の2階の8畳間で寝てしまいました。
弁護人 次の日まで寝るつもりだったのですか?
山田京子 はい、そうです。
弁護人 実際にはどうなりました。
山田京子 真夜中の2時ころに私の携帯に電話が夫からかかってきたんです。「何やってるんだ帰ってこい」とものすごい剣幕で怒鳴るんです、電話で。私は「もう真夜中だから、明日帰るから」と言いましたが、夫は「帰ってこい」の一点張りで、それはすごい声でした。あげくのはてに「これから迎えに行く」と叫んで電話をガシャっと切りました。
弁護人 で、実際に迎えに来たわけですね。
山田京子 はい。しばらくすると、玄関の外でものすごい音のクラクションが鳴って、ああ夫が来たなぁと思いました。
弁護人 誰かが繁さんと応対しましたか?
山田京子 はい、私の母です。母が夫と外で押し問答のようなことをしていました。玄関の外で。
弁護人 結局あなたは借家の方に戻ることにしたんですね。それはどうしてですか。
山田京子 母は「戻ってはだめだ」と言ったのですが、でもここで私が夫のいうことを聞かないとまたどんなすごい騒動が起こってしまうかと思い、しかたなく帰ることにしました。
弁護人 「またすごい騒動になる」と言いましが、この日以前にも何かあったのですか。
山田京子 はい。9月のだったと思うんですけれども、やはり私が実家に帰っているときに、夫が包丁を懐に入れて、すごい剣幕で実家に押し掛けてきたんです。で、私の弟、一番上の弟、正敏というんですけど、取っ組み合いの喧嘩になり、警察を呼んだことがあるのです。
弁護人 平成11年10月1日の午前2時過ぎのことですが、あなたは結局繁さんの運転する自動車に乗って借家の方に戻ることになったんですね。
山田京子 はい、そうです。
弁護人 しかし、実際その後どうなりましたか。
山田京子 ぜんぜん家とは違う方向に行くので私、びっくりしたんです。どこへつくかと思ってたら、武蔵警察前で。武蔵警察の方向に向かっているので、私は「やめて、行かないで」と。夫は「これは脅しじゃないぞ」と叫ぶんです。私はいま警察に連れて行かれたら、私自身は覚せい剤などうっていないといってもぜんぜん信じてもらえないだろうと思って。執行猶予中ということもあるし、ほんとうにどうしたらいいかわからなくなって「やめて、行かないで」と言ったんですけれどもダメでした。
弁護人 結局あなたがたは武蔵警察に行きましたね。
山田京子 はい。
弁護人 そして武蔵野警察に尿を提出し、覚せい剤の使用ということで逮捕されましたね。
山田京子 そうです。
弁護人 終わります。
検察官の反対尋問
裁判官 検察官、反対尋問を。
検察官 あなたは山田繁さんが覚せい剤を買うのを何回ぐらい自分の目でみたことがありますか。
山田京子 3回くらいですね。
検察官 時期的にはいつ頃からですか。
山田京子 8月以降です。
検察官 当時繁さんは働いていましたか?
山田京子 いいえ、夫は7月に捕まって、それで釈放されてから職がなく、ぶらぶらしていました。
検察官 覚せい剤を買うお金はそうすると誰が出したのですか?
山田京子 ……私です。
検察官 あなたは夫が覚せい剤を注射するのを認めていたわけですね。
山田京子 いいえ、認めていたわけじゃなくて。でも……。
検察官 だって、認めていたからこそお金を出したのでしょう?
山田京子 いいえ、違います。もし私がそこで断るとまたはんぱじゃない暴力を受けたりしますから。それに当時は生活費もみんな私の貯金から出していたんです。
検察官 あなたにとっては、覚せい剤の代金は「生活費」ですか?
山田京子 いいえ、違いますけど。でも、覚せい剤などをやめるように言っても絶対夫は聞き入れてくれませんし、それにそれ以上強く言うとまたまた暴力を振るわれ、殴ったり蹴ったりされるので、怖くて仕方がなくてそれでお金を出していました。
検察官 あなた自身も覚せい剤を使うので、それであなたは自腹を切っていたんではないですか?
山田京子 いいえ、違います。
検察官 検察官証拠請求番号8番のメモ書きを示します。これをご覧になって下さい。
山田京子 はい。
検察官 これは全文あなたが自分で書いたものですね。
山田京子 はい。
検察官 あなたが加藤健一さんに手渡したものですね。このメモには3万円のを二つと書いてありませんか。一つはあなたの分でしょう?
山田京子 あそういうことになりますけど。でも、それは私が夫に言われてそのまま書いたものです。それをそのまま健一さんに渡したので。
検察官 ここに「お父さんも承知の上ですので、安心してください」と書いてありますね。
山田京子 はい。
検察官 ここもあなたが書いたものでしょ。
山田京子 そうですけど、だから夫にいわれるまま書いたんです。私が自分で考えたのじゃありません。
検察官 あなたのさっきの話だと健一と繁との間で話ができていたんでしょ。だったらわざわざメモに「お父さんも承知の上ですので、安心してください」と書く必要はないでしょう。
山田京子 ですから私が考えたんじゃないんです。夫に言われたままなんです。
検察官 あなたは先ほど平成11年8月以降は繁から週に2回は繁から暴力を振るわれていたと言いましたね。
山田京子 はい。
検察官 その話にはウソはないですか。
山田京子 ありません。
検察官 実際にはもっと少ないということはないですか? あなたは逮捕された翌日に弁護士の接見を受けてますね。
山田京子 はい、たぶんそのころ弁護士さんにあったと思います。
検察官 初めて弁護士に会った頃にあなたは自分の供述調書を作ってもらったことはありませんでしたか?
山田京子 ああ、そうですね。作ってもらいました。そんなこともありました。
検察官 被告人の弁護士に対する平成11年10月4日付供述調書を示します。末尾にある署名指印を見てください。ここの署名と指印、これはあなたのものですね。
山田京子 はい、そうです。
検察官 最後に署名しているのはあなたの後ろに座っているあなたの弁護人ですね。
山田京子 はい、そうです。
検察官 これは平成11年10月4日に弁護士が武蔵警察署の接見室であなたから話を聞き、その内容を調書にとったものに間違いありませんね。調書の内容は確認しましたか?
山田京子 はい、しました。
検察官 この調書の2丁表を示します。最後の行の方を見てください。ここには「夫にはこれまでに4、5回殴られたことがあります」と書いてありますね。
山田京子 はい。
検察官 この調書のどこかに「週に2回」と書いてありますか?
山田京子 ……。いいえ、ありません。
検察官 示した部分に付箋を貼ってあります。9月30日の早朝のことですが、あなたは自分でコタツの台の上に自分の腕を出したのですか。
山田京子 はい、出しました。
検察官 繁さんに腕を取られたのではないですか。
山田京子 違います。
検察官 腕を出すとき、繁が手にしている注射器の中には覚せい剤の水溶液が入っていることがわかっていましたか?
山田京子 多分覚せい剤だろうと思いました。
検察官 あなたはそうすると繁から覚せい剤を打たれることをわかっていて自分の意思で自分の左手を差し出したのですね。
弁護人 異議あります。誘導尋問です。検察官の意見を押し付けるものです。
裁判官 異議を棄却します。証人は質問に答えてください。
山田京子 あのー、自分でだしたといわればそうかもしれませんが、でも、そこで抵抗するとまたはんぱじゃない暴力を受けて、殴ったり蹴ったりされると思って。それで手を出しちゃったんです。
検察官 あなたと繁さんはそのすぐ後でラブホテルに二人で行ったんですね。
山田京子 はい、行きました。
検察官 ラブホテルで午後2時過ぎまであなたたちは愛し合ったんですか。
山田京子 …………。
検察官 二人でセックスをしたことは間違いないですね。
山田京子 はい、しました。
検察官 終わります。
裁判官 弁護人、再主尋問はありますか。
弁護人 ありません。
裁判官 検察官、先ほど示した弁護人作成の供述調書は証拠としては採用されていませんので、手元に戻してください。調書自体は証拠ではありません。
それでは弁護人、ほかに立証はございますか。
弁護人 ございません。
裁判官 それでは双方立証が終わったようなのでこれから最終弁論に移ります。証人は被告人席にお戻り下さい。
検察官、最終弁論をお願いします。
検察官の最終弁論
検察官 陪審員の皆さん、長い時間お疲れさまでした。皆さんこの事件のはじまりを思い出してください。被告人が夫に連れられて武蔵警察署にやってきたことから、これがきっかけでこの事件は始まりました。武蔵警察署で被告人が任意に提出した尿の中から覚せい剤が出たことは、もういまの段階でそれに疑いを差し挟む方はいないと思います。普通の生活を送っている人が普通であれば見ることもさわることもできない覚せい剤がどうして被告人の体の中に入っていたのでしょうか。
その理由もすでに皆さんはおわかりになっていると思います。山田繁の証言を思い出してください。彼は自宅で自分の妻が覚せい剤を注射して、あんたにも打ってやるよと言い始めたのを目にして、どんな思いをしたでしょうか。
自分の目の前で覚せい剤を注射する妻の姿を一部始終見ていた繁は、被告人が覚せい剤に溺れていることにだんだん耐えられなくなったに違いありません。一緒に覚せい剤を打っておきながら、と皆さんが思うのは当然だと思います。
しかし、ぎゃくに自分も覚せい剤を常用し、その薬理作用をよーくわかっている繁だからこそ妻がその覚せい剤にはまっていくのを見ているうちに、それを止めなくては、くい止めなくては思ったに違いありません。
そういう夫の気持ちは果たして本当に矛盾したもの、あるいはあり得ないものといえるでしょうか。事実、繁は事件の翌日自分が逮捕されるかもしれない、自分が逮捕されて起訴されるかもしれないということをわかっていながら、被告人を連れて警察に出頭しました。
繁にとっては自分が逮捕されたり、覚せい剤の使用で起訴されることはたいした問題ではなかったはずです。妻を覚せい剤中毒から立ち直らせなければいけない、その一心で繁は武蔵警察署に車を走らせたのです。
繁のビジネスダイヤリー、これを見て彼が自分の妻を陥れようとしていたんじゃないか、あるいはなにかの復讐をしようとしていたんじゃないかと、そう思った方がいらっしゃるかもしれません。
でも、もしも彼が被告人を陥れようとしていたのであれば、別に彼は自分で彼女を車で警察に連れて行く必要はまったくないんです。自分はどこか離れたところにいて、被告人の所在と名前、特徴を武蔵警察に電話で通報すればそれで十分だったはずです。
繁は確かに極端に妻の浮気に神経質になっていました。嫉妬がこうじて思わず妻に手を挙げたこともあったかもしれません。また、被告人を非難する言葉を激情のままにダイヤリーに書き連ねたこともあったでしょう。
しかし、これはこの裁判とは関係ありません。嫉妬に駆られて繁がダイヤリーになにを書こうが、そんなことはわが身を挺して妻の立ち直りのために自ら警察に出頭した繁の事件直後の心情にはいささかも影響を与えないはずだとは思いませんか。
この事件で一つ残念なことは、この自分も一緒に覚せい剤を使っていた繁、被告人の夫以外に犯行の目撃者がいないことです。覚せい剤の事件ではよくなることなんです。被告人はほかに目撃者がいないことに目を付けました。
覚せい剤は繁に無理矢理打たれたんだと、法廷で弁解をしました。もちろん、私自身、繁が被告人に覚せい剤を注射した、その可能性自身は否定していません。問題はかりに、繁の手で被告人に注射された場合に被告人はそれを許容していたのだろうか、あるいはいやがる被告人が無理矢理覚せい剤を注射されたのか、そこが問題になるんでしょう。
しかし、考えてみてください、覚せい剤であろうが普通の薬であろうが、腕に注射をしようというときにいやがる相手を制圧して、無理矢理注射をするというのは普通なかなかできることではありません。
相手を縛り上げて身動きできないようにするとか、あるいは殴って気絶をさせるとか、そのぐらいしなければ。ましてや静脈を狙って注射をすることなどできるはずがありません。
被告人は無理矢理打たれたという点をもっともらしく、皆さんに印象づけようとしました。夫から日常的に暴力をふるわれて逆らうことのできない状態にあったと、そういう証言をしたわけです。
では、被告人は繁から恒常的に、週に2回ですか、暴力を受けていたんでしょうか。そしてなにをされても逆らえないくらい、夫を怖れおののいていたんでしょうか。そんなことはありません。
そんなことはありません、被告人はそのもっとも信頼する自分の弁護人に「夫にはこれまでに4、5回殴られたことがあると話しているんです。1日に4、5回ではなく結婚してからきょうまで、これまで、と被告人の調書には書いてありました。
もちろん、一度だって女性である妻に手を挙げる夫のことは許し難いと思われるかもしれませんね。ただ、皆さんご注意ください、この裁判は夫婦間暴力の問題ではありませ。
覚せい剤事犯を裁いているのです。使いたくもない、法に触れることが十分わかっている覚せい剤を夫が自分に注射しようとしているときに怖くて身動きもできないくらいに被告人が日常的な夫からの暴力にさらされていたのか、抵抗不能な状態にあったのか。
ここが問題なんです。そんな激しい日常的な暴力はなかったことは被告人自身がここで話してくれました。被告人はそのつもりがあれば、十分抵抗もできたはずだし、あるいはいつでも実家に逃げ帰ることができた。
それは被告人のお父さんが話してくれています。しょっちゅう家に帰って来ていた。
被告人は夫に腕をつかまれたわけでもありません。自分の意志で自分の左腕をコタツの上に差し出したんです。そこに注射をされたと自分自身で証言していました。さらに、被告人はお聞きになったとも思います。夫ともにラブホテルに向かってそこでセックスをしたと証言しました。
被告人と夫の繁がセックスを目的に二人で覚せい剤を使っていたということはこのことからもわかると思います。
加藤健一の証言を思い出してください、彼の証言は被告人のこの覚せい剤をどうして使ったのかという目的の部分をより明確に裏付けていると思います。被告人は繰り返し彼に覚せい剤を入手してくれ、入手してくれと以来をしていました。
何度も何度も断られて、ようやく1回、覚せい剤を手に入れた。加藤証人は1度いうことを聞いてあげればあとは頼まなくなるだろうと思ったといっていました。それほど被告人の依頼は執拗だったんです。
加藤証人だって覚せい剤を買うこと自体が罪になることは十分わかっていたはずです。それにもかかわらず、もうなんとか被告人の依頼を断ろうと、これ以上余計な、うるさく電話をかけてこられないようにと、1度だけ覚せい剤を手に入れてあげた。もちろん、代金は被告人が自分で払いました。これまで夫に買ってあげていたのと同じようにです。
被告人は自分で売人から覚せい剤を入手するほどは度胸がなかったのかもしれません。それにしても礼金まで払って義理の息子に覚せい剤を入手させようとしていたんです。
健一のこの法廷で立ち居振る舞いには皆さん、眉をひそめられた方もいらっしゃったかもしれません。でも、当然だと思いませんか。健一は被告人に覚せい剤の密売人扱いにされた上、法廷では自分の犯罪行為についても告白しなければならなかったんです。
弁護人にいわれるまでもありません、彼はさぞかし不愉快だったことでしょう。しかし、健一には彼の言葉で言えば迷惑な話ではあっても、嘘をつく理由はまったくないはずです。被告人は健一の継母とはいえ一度も一緒に暮らしたことはありません。
今年の夏まで一面識もなかった関係です。そういう意味では、赤の他人と一緒です。その赤の他人が有罪になろうが、無罪になろうが、加藤証人にはなんの利益も、不利益もないんです。それにもかかわらず、彼は自分の危険を冒してまでこの法廷で証言してくれた。そこのところをよく頭に入れておいてください。
覚せい剤の使用は使った本人の体を蝕むことはもちろんですが、これにさまざまな犯罪の引き金にもなります。たとえば覚せい剤を入手するための窃盗や強盗という財産犯、それから覚せい剤の薬理作用によって妄想、あるいは幻覚を見て起こす殺人や傷害。
そんな、数を挙げたらきりがありません。われわれの社会の安全を守り、被告人も立ち直らせるためには、皆さんの、ひとえに皆さんのこれからの判断が重要だということをお忘れにならないでください。
弁護人の最終弁論
裁判官 弁護人、最終弁論をお願いします。
弁護人 陪審員の皆さん、ご苦労様でした。
お疲れの方はいらっしゃいませんか? きょうは山田繁さんの証言と、山田京子さんの証言とが、鋭く対立しました。
山田繁さんは、京子さんが自分の左腕に自分で注射したのを見た、と証言しました。
これに対して山田京子さんは、自分が注射したのではない、山田繁さんに、後ろから押さえ込まれるようにして、無理やり注射されたのだ、と供述しました。山田繁さんの証言と山田京子さんの証言とどちらが信用できるでしょうか。
このビジネスダイアリー、どのようなことが書いてあったでしょうか。山田京子さんが、誰か他の男ホテルに行ったり、ドライブしたり、パチンコをしたりしたと、そんなようなことが書いてありました。
これば山田繁さんが直筆で書いたものです。弁護人がどうして京子さんが浮気をしているのがわかったのですか、と質問したとき、山田繁さんはどのように答えたでしょうか。
京子と知り合う前の出来事であっても、聞かなくてもわかるんだ、本人に聞かなくても、直感で、ビビビとわかる、とそのように公判廷で断言していました。
めちゃくちゃな理由じゃないですか。ビジネスダイアリーの終わりの部分を見てみましょう。
「ざまあみろ 四年以上ゆけ ばか 薬物中毒女 男をばかにするな 男をバカにするな しね 京子のおわり」。このように書かれています。
山田繁さんは、覚せい剤中毒者でした。そして、本件の当時も山田京子さんが浮気をしているという妄想に支配されていました。それだけではなく、先ほどこの公判廷で証言したいま現在もなお、覚醒剤の影響による妄想に支配されているのです。
検事は単なる神経質だといいましたが、とてもそうとは思えません。誰がこのような人の証言をまともに信じられるのででしょうか。
また、診断書もあります。
これは山田繁さんが日ごろから、山田京子さんに対して普通ではない暴力を加えていたことの客観的な証拠です。
また、高田正一さんも証言しました。
なにより、山田繁さん自身が浮気をしたということで、山田京子さんに殴る、蹴るの暴行を加えたということをこの法廷で認めていました。
彼は妄想に支配されるままに、山田京子さんに対して、単なる夫婦喧嘩であるとか、痴話喧嘩であるとかを、はるかに超えた暴力をふるっていたのです。
さて、争いのない事実ですが、山田繁さんは山田京子さんを警察に連れていきました。その理由として彼は、「彼女が覚せい剤を頻繁に使うようになった、歯止めがきかない状態だった」と証言しています。そして、彼女を更生させるためだった、と証言しました。
しかし、そうであれば、覚醒剤中毒者である……、痕、たとえば注射痕、覚醒剤を注射した痕が残ります。日本の優秀な警察や検察が覚醒剤使用ということで京子さんを逮捕したときにそのような証拠に気づかなかったでしょうか。気づけば、これを証拠とすることは簡単です。
しかし現にこの法廷にはそのような証拠はなにひとつ提出されていません。従って、真実は京子さんは、覚せい剤中毒者でも、常用者でもなかった、ということです。
山田繁さんは妄想に支配されて、山田京子さんに対する嫉妬から、後先のことを考えずに、彼女を警察に連れて行ったのです。検事がおっしゃるような美しい夫婦愛にもとづいた理由では決してありません。このように京子さんに対して激しい敵意をもっていた山田繁さんの証言、どうして信用することができるのでしょう。
さて、山田繁さんは山田京子さんが、自分で自分の左腕に注射するのを見た、という証言をしています。そのときの状況について、山田京子さんが、茶碗を2個使用意した、注射器を2本持っていた、と証言しました。
どのようにして覚せい剤の水溶液を作るのか、注射器が何本あったのかというのは本件においてとても重要な事実です。
先ほど確認したように山田繁さんの調書には、今回の証言と同じような記載はありませんでした。ということは警察や検察の取調べのときには、今回の証言とは違う供述をしていたということなのです。
真実はひとつです。山田繁さんが真実にもとづいて証言しているのであれば、このような重要な事実についてそれまでの供述と違う供述が、本日、突然、この席で表れるなどということはないはずです。
しかも食い違う理由について問いただされると投げやりな答えでした。このようないいかげんな証言で、山田京子さんを有罪にしていいのでしょうか。
ところで、山田繁さんの供述に沿うような加藤健一さんの証言がありました。しかし、加藤さんにとっては、山田繁さんは実の父です。山田京子さんは、父が最近に再婚した相手です。しかも、彼の供述内容は何回も何回も催促された結果けれども1回だけといって覚醒剤を渡したという証言でした。これはまったく不合理です。1回渡せば次から次と要求されること、そのように予測することは簡単だからです。結局、加藤さんの証言を信じることはとうていできません。
以上のように、山田京子さんが自分で覚せい剤を注射した、という第1の訴因については、いつくもの不合理な、合理的ではない疑いがいくつもいくつもあります。
結局、合理的な疑いを超える程度に立証されたということはできないことが明らかです。しかも、本件では第2の訴因、すなわち予備的訴因まで検察官から主張されています。これは、第1の訴因が成り立たないことを前提とする主張です。ということはとりもなおさず、検察官自身も第1の訴因が成立しえないだろうということは認めざるをえなかったということです。
それでは、山田京子さんが山田繁さんと共謀して、覚せい剤を注射してもらった、という第2の訴因、すなわち予備的訴因ですが、これについてはどうでしょう。 山田京子さんは、これを否定します。その証言態度はどうだったでしょうか。誠実に、一貫して考えながら証言していました。客観的な証拠とも合致していました。しかも、山田京子さんは、自分の左腕を差し出したことなど、自分に不利益とも思える事実まで正直に証言しています。
山田京子さんの証言は、信頼するに値すると思えませんか。そして、山田京子さんには、故意がありませんでした。
当時の状況は、こうです。
京子さんは、テーブルとして使っていたコタツの台の前に座ります。突然、山田繁さんが右手に水溶液の入った覚醒剤を持ってきます。
背後に回りぐっと彼女の腹を押さえつけるようにします。そして、尋常ではない声で「手を出せ」、と言います。
京子さんは、「やめて」と叫びます。
体を動かそうとしますが、山田繁さんに押さえつけられ、体が密着していて動けませんでした。山田繁さんから、「いいから手を出せ」、と再び怒声を浴びせられます。京子さんは仕方なく、左腕を出しました。言うことを聞かなければ、半端ではない暴力を受けるだろうと怖くてしかたがなかったからです。
ここで、日ごろから山田京子さんが山田繁さんから受けていた暴力について、思い出してみてください。
診断書を読み返してみます。「顔面打撲、頸椎捻挫、18日間の通院加療」という記載があります。
頸椎捻挫というのは、交通事故、追突事故のときに発生する事故です。また、山田京子さんは、頭をハンマーで殴られたり、刃物で尻を刺されたりしています。山田繁さんの暴行は、妄想に支配された下での、夫婦の痴話喧嘩の範囲をはるかに超えたものでありました。
京子さんが「殺されるのではないかと思った」と言ったとき、それは誇張でもなかったはずです。
日ごろから、山田繁さんから暴力をふるわれていた京子さんは、「腕を出せ」と言われて、拒否できたでしょうか。山田繁さんは、覚せい剤中毒者です。断ればまたどんな暴力をふるわれるか、想像しても余りあります。
このような状況に置かたら、山田京子さんだけではありません、普通の人なら誰でも拒否することはできないはずです。拒否することを期待することはできないはずです。法は人に不可能を強いるものではありません。
京子さんが左腕を出したということだけで京子さんの故意を認めるのは人に不可能を強いるものです。法の正義に反します。
さらに、「共謀」もありません。確かに、京子さんは山田繁さんと二人でラブホテルに行きました。しかし、京子さんにとって、覚せい剤を使うのは今回がはじめてでした。覚せい剤を使うことの意味などということは、彼女は知らなかったのです。
げんに、山田京子さんは帰宅すると、今度こそ別れたほうがいいと、実家に逃げ帰ったのです。自分まで覚せい剤を打たれてしまった。この機会にはもう別れるしかない、そのように思って実家に逃げ帰ったのです。そして、父親の高田正一さんに、覚せい剤を打たれてしまったこと、もう本当に別れるということを必死で訴えたのでした。
改めて確認していただきたいのですが、山田繁さんの証言は、山田京子さんと話し合って、同意のうえで自分が注射をしたとは一言もあらわれていません。すなわち、「共謀」があったという証言は、誰からも、一言も出ていないのです。
したがって、山田京子さんが山田繁さんと共謀して覚せい剤を注射してもらった、という第2の訴因についても合理的な疑問がいくつもあります。やはり、合理的な疑いを超えた立証があったとは、到底、言えません。
さて、陪審員の皆さん。ここで、今一度、山田京子さんの人生について、思いを致してみてください。
彼女は、一人の男性を愛しました。彼女にとって不幸だったのは、その男性が覚せい剤の常用者であったことでした。
山田京子さんは、いったんは愛した男性から、妄想による暴力を受け、それでも必死に耐えていました。しかし、もはや限界を超え、明日こそ別れようと決意したその日に逮捕されてしまったのです。そして、本日、このように被告人席に引き据えられているのです。
山田京子さんが一人の男性を愛したこと、それは罪なのでしょうか。
そのようなことは決してありません。人を愛すること、それは、人の生きる希望です。
山田京子さんを見てください。この人が罪人なのでしょうか。山田京子さんのお父さんは、この法廷で「京子はどこまで不運な女なんだ」と涙し