陪審裁判制度関連 CD-BOOK
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『陪審裁判』(改訂版)
宮本 三郎著 CD版 本体1100円朝日新聞書評で鶴見俊輔氏が激賞
現在の裁判を本当に信頼できるだろうか.公平で公正な裁判を望むことができるのだろうか.ひとたび,裁判に関係したことがある人なら,だれでも持つ疑問のひとつである.
しかし,裁判制度は社会にとってなくてはならないものである.このことは否定することができない,事実である.それだけに,裁判の公正と公平が失われるとき,社会の存立を危うくする.
公平・公正な裁判と民主主義を考えるとき,どうしても必要になるのは陪審裁判である.あまり聞きなれない言葉だが,日本でも陪審裁判はおこなわれていた.それが,現在は停止中なのである.
アメリカやイギリスなどであたりまえにおこなわれている,主権者である国民が同朋を裁く,という民主主義の原則が,日本ではおこなわれていない.「それほどの民主主義が育っていないからだ」ということが主な理由らしい.だが,民主主義国家の旗手のひとつの国民として,国民主権をうたう憲法の下の国民として,国民の司法参加を要求する必要がある.その実現される形は当然陪審裁判でなければならないだろう.
「国 vs 伊藤」 陪審裁判−−その実践
埼玉陪審フォーラム著 CD版 本体1300円戦後初めて,「陪審裁判」の模擬実験がおこなわれた.青年法律家協会が主催しておこなった,大阪・池田市での「陪審裁判」の詳細な記録である.
1年以上の準備段階をへ,一般市民が陪審員として公募されて,この模擬陪審が開廷した.交通事故事件の被告が,本当に被害者を轢いたかどうかという点が争われた,専門家でも判断がむずかしい争点である.それを6人の陪審員は立派にこなした.その陪審の計画から準備,シナリオ作り,そして陪審裁判の法廷,評決までを記録.
日本人には陪審は向かないという,反対論者のもっとも強く主張する不向き説を,この模擬陪審はまっこうから否定し去った.模擬ではあるが裁判は,手続き面でも厳格にすすめられ,評決がだされたのである.この事実こそが,すべてであり司法のあり方が問われている今こそ,司法に対する信頼を取り戻す手段として,また,国民主権の本来のあり方としての裁判を考えるとき,国民が裁判に直接関わる必要とその可能性を事実として国民の前に広げてみせている.単なる記録ではない,解説を中心にしたドキュメントである.
「陪審評議」(国 vs 浅田事件)
埼玉陪審フォーラム著 CD版 本体2100円『陪審裁判」,「国vs伊藤」陪審裁判--その実践につづく,入門陪裁判シリーズの第3弾.陪審評議室でどのような議論がなされるのか,「日本人」によって,はたして陪審評議がおこなえるのか? という批判論に事実をもってこたえる.
評議の内容・進行のようすは本質的に,部外者は知ることができない.しかし,今回は完璧な法体系にもとづいておこなわれた模擬陪審裁判と,その評議を陪審員の了解をえて録音・再現することでそれを可能にした.「停止後」はじめての本格的陪審評議の再現である.
陪審にかかった事件は,埼玉陪審フォーラムの会員弁護士が実際に担当した殺人事件.被告は暴力団員で,殺意の有無,共同謀議,共犯関係など法律的,心理的にもたいへんむずかしい問題を含んだ裁判だった.しかし,陪審員は法廷にあらわれた証拠・証言の内容を正確につかみ,それをもとに真剣かつ冷静に評議をすすめた.陪審長の選出からはじまり,訴追理由のひとつひとつを,全員が十分に検討し,事実認定,法律解釈の誤りを指摘しあうなど,12人の陪審員ならではの論議がすすめられた.
たった1回の陪審評議(埼玉陪審フォーラムは1999年10月,3度目の模擬陪審裁判をおこない,ここでも陪審評議の内容の再現がおこなわれている.埼玉陪審フォーラムのホームページ参照)とはいえ,これだけ濃厚な内容をもつ評議がおこなわれたという事実を否定することはできない.
陪審裁判制度を理解する CD BOOK
イクォリティ編 CD版 本体3200円