国vs伊藤事件陪審裁判公判廷の記録

(大阪府池田市で開かれた青年法律家協会大会でおこなわれた模擬陪審裁判(埼玉陪審フォーラム主催)「国vs伊藤」事件模擬陪審裁判のシナリオをほぼそのまま掲載しています。文章では陪審裁判とはどのようなものかわかりにくいのですが、ひとつの参考例として掲載してあります。解説・説明は「陪審裁判を知るCD講座」にあります。)
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「国vs伊藤」 事件の発端はこうだ!


 1988年9月25日の夜,伊藤明生氏はいつものように会社での残業を終え,自宅へと愛車を走らせていた.午後10時35分頃,大東市坂下1丁目の青山製作所のあたりを通った時だった.その場所には,既にバイクと男性が路上に横たわっていた.
 突然,女性の「キャーッ」という悲鳴がし,その直後に伊藤氏は,車が何かに衝突する衝撃を感じた.伊藤氏はすぐに車を止めて降りてみたところ,路上にバイクと男性が倒れているのを発見した.男性は直ちに病院に運び込まれたが,30分後に死亡してしまった.
 伊藤氏はその場で逮捕され,後日,業務上過失致死罪であるとして起訴された.しかし,伊藤氏としては,バイクに衝突した覚えはあるが,人体をひいた感触はなかったとして争っている.

「国vs伊藤」−模擬陪審劇/<配役>      <配役>

   裁判官 赤松 岳     検察官 岡村茂樹,石河秀夫
   被告人 伊藤明生     弁護人 福地輝久,牧野 丘
   警察官 山越 悟     医 師 松下祐典
   目撃者 栗田和美     修理工 島田浩孝
   書記官 奥村一彦     廷 吏 松山満芳
   進 行 池本誠司

       陪審員候補者一覧
 No 氏名(仮名)  性別   年齢  職業        婚姻
  1 山本 修三    男    38歳  行政書士      既婚
  2 寺田 享子    女    20歳  事務員       独身
  3 佐藤 武男    男    66歳  無職        既婚
  4 高田 藤子    女    27歳  ポップライター   独身
  5 大野 順一    男    23歳  学生        独身
  6 日野 勝代    女    55歳  旅館経営      既婚
  7 広岡 忠義    男    62歳  損保代理店     既婚
  8 村山 実      男    32歳  中学教師      既婚
  9 堀田 一郎    男    27歳  学生        独身
 10 竹下 泰夫    男    28歳  高校教師      既婚
 11 中野 義男    男    56歳  団体職員      既婚
 12 清原 一男    男    28歳  システムエンジニア 独身
 13 日下 恵子    女    59歳  主婦        既婚
 14 北村 健一    男    46歳  中学教師      既婚
 15 佐山 れい子   女    46歳  高校教師      既婚

証拠書類一覧表


 検察官提出分
 番号   表   題          作成者・記入者
  1  現場実況検分図面        警察官山越 悟
  2  車両見分図1−3          同 上
  3  写真@−E             同 上
  4  前照灯照射距離測定図面    同 上
  5  死亡診断書           医師山田一夫
  6  人体図(前面・背面)      医師山下祐典
  7  現場付近見取図1       目撃者栗田和美

 弁護人提出分
  1  預かり証            修理工島田浩孝
  2  領収書               同 上
  3  現場付近見取図         被告人伊藤明生

陪審員選任手続

     −−検察官,弁護人,被告人,裁判官,陪審員候補者それぞれ着席−−
 裁判官 それでは,これから国と被告人伊藤明生氏間の業務上過失致死被告事件について,裁判を始めます.
 陪審員候補の皆さんはお揃いですね.
 こちら側は,国側を代理する岡村検察官,石河検察官のお二人です.
 被告人の伊藤明生氏はこちら側です.そして被告人は,福地弁護士,牧野弁護士の弁護を受けます.
 これから行います陪審員選任手続によって,15名の陪審員候補者の皆さんの中から6名の方に陪審員になっていただくわけですが,陪審員選任手続を始める前に,裁判所や検察官,弁護人のそれぞれの質問に対して,正直に答えていただくという宣誓をしていただきます.
 廷吏さん,お願いします.
 廷吏 陪審員候補者として質問に対し良心に従って真実を述べ何事も隠さず偽りを述べないことを誓いますか?
 陪審員候補者一同
     はい.


「陪審員の任務は」
  陪審員選任のための裁判官質問

 これから皆さん方に,裁判所,検察官,弁護人がそれぞれ質問を致しますが,いま宣誓していただいたとおり,質問には正直に答えてください.
 まず初めに,皆さんの中に,これまで禁固以上の刑を受けたことのある方がおりましたら申し出て下さい.
 ………おりませんね.
 被告人の伊藤明生氏を知っている方はおりますか?
 ………おりませんね.
 それでは,被告人に対して,既に有罪の心証を持っている方はおりますか.
 ………ご返事がないところをみると,全員の方がまだ何の予断も持っていないということですね.結構です.
 次に,陪審員になっていただきますと,本件の審理が終了するまで長時間拘束されます.
 皆さんの中に,ご家庭に目の離せない病人やお年寄りがいて,途中で家に帰らなければならないという人はおりませんか.
 その他,本件の陪審員を務めることに大きな支障のある方がおりましたら申し出て下さい.
 ………皆さん大丈夫のようですね.
 それでは,陪審員の任務について若干の説明を致しましょう.わが国では,何人も,有罪であることが法的に許された証拠によって,「合理的な疑い」を超えて証明されるまでは処罰されません.このことは,わが国の裁判制度の基本原則です.
 言い換えますと,伊藤氏は,いま,被告人として皆さんの前に座っていますが,「合理的な疑い」を超えて有罪であることが証拠によって証明されるまでは,無罪であると推定されるということです.
 いま「合理的な疑い」という耳慣れない言葉を使いましたが,これからも何度か出てきますので,この言葉の説明をしておきましょう.
 「合理的な疑い」とは,通常の理性と健全な常識を持った人であれば,当然に抱くであろうような疑いということです.
 皆さんは,この事件の審理が終わった時に,検察官の主張する公訴事実について「合理的な疑い」を抱くならば,法に従って被告人を無罪としなければなりません.
 皆さんの中で,この点について法に従えないという人はいらっしゃいますか?
 ………皆さんが黙っておられるところをみると,全員この点について法に従えるということですね.
 さて,被告人は業務上過失致死罪を犯したとして訴追されています.それではここで,訴追されている具体的な事実を知っていただくために,起訴状を朗読してもらいましょう.
 廷吏さん,皆さんのために公訴事実を読んであげて下さい.

   公訴事実
 被告人は,昭和63年9月25日午後10時35分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,埼玉県大東市坂下町1丁目3番地5先道路を城西市方面から大東駅方面に向かい進行するに当たり,自動車運転者としては,前方左右を注視し,進路の安全を確認して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,前方注視を欠いたまま漫然時速50キロメートルで進行した過失により,折りから進路前方で原動機付自転車とともに路上に転倒していた近藤太郎(当時37年)をその直前に接近して初めて発見し,急制動の措置を講じたが及ばず,自車右側前後輪で同人を轢過し,よって,同人に頭蓋底骨折,脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午後11時5分ころ,同市中央1丁目5番地3大東市立救急市民病院において,同人を右傷害により死亡するに至らせたものである.

 罪名及び罰条
  業務上過失致死 刑法第211条前段

 いま読んでもらいました公訴事実の内容を具体的にいいますと,被告人は業務として自動車を運転中に,前方の安全を確認する義務を欠いた過失によって,路上に転倒していた近藤太郎さんに気づくのが遅れ,近藤さんをひいて死亡させてしまった,というものです.
 そして,ここに「業務」というのは,危険を伴う行為を繰り返し継続して行うことをいいます.必ずしも車の運転を職業としている必要はありません.運転免許を持っている人が車の運転をすることは,ここにいう「業務」とされています.
 また,本件にいう「過失」とは,自動車を運転するに際して守らなければならない注意義務を欠くことをいいます.
 そして,被告人が注意義務を欠いた運転をしたことによって,人をひき,その結果その人を死亡させたという,いわゆる因果関係が必要です.
 被告人が,起訴された犯罪について有罪であると認定されることが許されるためには,これらのことがいずれも「合理的な疑い」を超えるまで証拠によって認定される必要があります.もし,これらのことが「合理的な疑い」を超えて認定されたならば,皆さんは被告人を有罪としなければなりません.
 しかし,もし,これらのうちのいずれかの点について「合理的な疑い」を抱くならば,被告人を無罪にしなければならないのです.おわかりですね.
 ここで注意していただきたいのは,先ほど廷吏さんに読んでいただいた起訴状は検察官より提出されたものですが,この起訴状自体,あるいは被告人が起訴されているという事実そのものは,およそ何らの有罪の証拠とはならないということです.
 起訴状は,単にこの事件の裁判を始めるために必要な書類の1つに過ぎません.起訴状は検察官の主張に過ぎませんから,そこに述べられている事実が真実であるという証拠にはならないのです.検察官は起訴状に書かれている事実を他の証拠によって証明しなければならないのです.
 おわかりいただけましたでしょうか?
 皆さんがうなずいておられますので,ご理解いただけたようですね.
 皆さんは,この事件を判定するにあたって,被告人が有罪とされたならば言い渡される刑がどのくらいになるか,ということを考慮に入れるべきではありません.量刑は,皆さんが被告人を有罪と認定した時に,そして,その時に初めて裁判所が決めるべき事柄なのです.
 検察官と弁護人が,これから皆さんにいくつかの質問をします.その質問には先ほど宣誓していただいたとおりに,誠実に,そして正直に答えて下さい.決して皆さんの秘密を詮索しようとするものではありませんから,何も隠してはなりません.
 これから検察官と弁護人が行う質問は,公正で中立な陪審が行われるために大変に重要であり,必要なことなのです.よろしいですね.
 それでは,検察官から質問を始めて下さい.


「検察官の証明責任とは」
  陪審員選任のための検察官質問

 検察官 どうもご苦労さまです.きょうは市民としての義務を果たすためにこの陪審法廷においでいただいてどうもありがとうございます.先ほど紹介を受けましたようにわたしが検察官の岡村,もう一人そこに検察官の石河がおります.こういう席は初めてだと思うんですが,皆さん相当緊張していらっしゃるようです.でも少なくともこのうちの6人の方はこれから3時間以上に及ぶ審理にお付き合いいただくわけですから,もう少しリラックスして聞いてください.
 ところで皆さんに質問を始める前に,わたしたち検察官の役割というものについて少しお話をしておきたいと思います.わたしたち検察官は皆さん,裁判官も含めた皆さんが住んでいる社会の中で犯罪が行われたような場合に,その捜査を徹底し,もし証拠によって犯人らしいという確信をわたしたちが得た場合には,その処罰を公平な裁判所に求めると,そういう役割を果たしております.
 それはよく考えていただくとわかるんですが,つまりは皆さん方の営んでいる日常生活の平穏,家庭の平穏,社会の平穏を守るということにつながるわけです.このことをよくご理解していただきたいと思います.また先ほど起訴状が読まれましたが,本日の審理の対象となる業務上過失致死,これは難しく言えばそうなりますが,つまり交通事故で人が死んでしまったわけですが,その交通事故を起こした被告人,この被告人が不注意によって交通事故を起こしたのかどうかというところが一つの焦点になっております.ところで,今日の車社会といわれる世の中におきましては,一歩間違えば車というのは走る凶器に化けてしまいます.つまり自動車の運転者に要求されている注意義務というのはかなり程度の高いものであるという,これは皆さんもおわかりですね.
 それではわたしどもがきょうこれからこの法廷において証拠によって証明しようとする事実についてごく簡単に申し上げておきます.昭和63年の9月25日の午後10時35分ごろ,先ほどの起訴状に書かれていた時間ですが,その頃被告人は,深夜,勤務を終えて帰宅する途中,自分が毎日乗っているホンダ・シビックという乗用車に乗りまして,制限時速40キロのところをそれを上回る時速約50キロで,しかも照明設備は余りない道路を,ライトは下向きのままで走行してまいりました.
 ところが被告人の進路前方には何らかの原因によって横たわっていた二つの物体があったわけです.一つはこの交通事故で死亡した近藤太郎さん.もう一つは近藤さんが乗っていたと思われるバイクです.しかしながら被告人は自分の進路前方に近藤さんが横たわっていることに気づくのがおくれ,その結果近藤さんを自分の車の右側の車輪でひいてしまい,近藤さんを死亡させてしまった,そういうことはわたしどもはこれから証拠によって証明いたします.
 ところがここにいる被告人はかたくなにも自分の車で近藤さんをひいたという点について否認しております.つまり自分は無罪であるというふうに主張しております.しかしながらその点についてはわたしどもはこれからその事件を目撃していた目撃者,及びその死体を解剖した解剖医,あるいは現場検証した警察官という証人の証言によりまして,必ずや被告人が自らの不注意により近藤さんをひいてしまったということを立証できると確信しております.
 それでは本論に入っていきますが,先ほど裁判官の話にもありましたように,わたしたち検察官は被告人が犯した犯罪事実については,この場合も含めすべてについて合理的な疑いを入れない程度に立証するという責任を負わされております.ところで合理的な疑いということですが,先ほど裁判官の話もありましたが,皆さんどうでしょうか,先ほどの裁判官の話で合理的な疑いというのは一体どういうことなのか,あるいはそれをどういう基準で判断すればいいのか,よくおわかりになったでしょうか,どうでしょうか.寺田さんどうでしょうか.
 寺田 わかりました.
 検察官 そうするとあなたはきょうこの法廷で自らその合理的な疑いを入れない程度に立証できるかどうかということを判断していただけるということですね,はい.「合理的な疑い」の内容についてどうでしょうか,まだよくおわかりにならないとか,そういう方いらっしゃいますか,どうですか,どういう判断基準で合理的な疑いというものをあるかないかを考えていったらいいのか.どうでしょうか.はい,日野さん.
 日野  わたしはいまのお話だけではちょっとわかりかねます.
 検察官 合理的な疑いという言葉は非常に,言ってみれば抽象的な言葉なわけです.したがって自分の頭の中ではわかっていても具体的に判断するということになると,何が合理的なのか,さてというふうに考えてしまう方もいらっしゃると思います.そこで質問を二,三いたしたいと思いますが,(1番の)山本さんの職業は何でしょうか.
 山本 行政書士です.
 検察官 行政書士さん.じゃ順に(2番の)寺田さん,職業は何でしょうか.
 寺田 一般事務です.
 検察官 (3番の)佐藤さんですね,
 佐藤 無職です.
 検察官 無職,はい.(4番の)高田さん.
 高田 フリーアルバイターです.
 検察官 フリーアルバイター,はい.非常に楽しい生活ですね.大野さん.
 大野 学生です.
 検察官 学生.日野さんは.
 日野 旅館を経営しております.
 検察官 前の方だけで失礼なんですが,いま皆さんの職業を聞いておわかりのように,この場にはいろいろな職業の方が集まっています.また拝見すればわかるように年齢もいろいろの方が集まっておられます.ところで皆さんにお聞きしたいんですが,この陪審員の候補者になるにあたって,何か特別な資格,あるいは特別な知識,そういうものがなければ陪審員にはなれませんというようなことを裁判所から言われた方はいらっしゃいますか.どうでしょうか,そういう方はいないはずなんです.というのは一般の人が,つまりそれぞれのいろんな仕事につかれている,あるいはいろいろな年齢の構成を持たれているそれぞれの方のそれぞれの常識に従って判断する,常識を基準にして合理的かどうかを判断していただくと,それが実は一番大事なことなんです.
 特に何らかの法律的な知識,特別な技能がなければ判断できないというものではないんです.皆さんがいままでの人生の中で培われてきた常識というもの,それを基準にしてもしきょうの事件であの被告人が運転する車で被害者の近藤さんをひいたであろうという確信,これは確信です.ひいただろうという,確からしい確信を得るか得ないか,それは皆さん方自身の頭で判断するわけです.特に何かの一定の基準があるわけではないんです.どうでしょうか,少しは合理的な疑いということについておわかりいただけたのではないかと思います.
     −−陪審員うなずく−−
 次にまた簡単な質問をしますが,それでは今度は後ろの方に,広岡さんですね.広岡さん,きのうのいまごろどこで何をしていたか覚えていますか.
 広岡 きのう市役所に行って広報部会の原稿の編成会議をやっておりました.
 検察官 じゃ,おとといはどうでしたか.
 広岡 おとといは損害保険代理店をやっております関係で,顧客の方に行っておりました.
 検察官 何というお名前の方だか覚えていますか.
 広岡 行ったところですか.
 検察官 はい.
 広岡 はい.宮部さんのところです.
 検察官 村山さんはきのうのいまごろ,どこで何をしていたか覚えていらっしゃいますか.
 村山 仕事先で自分の机で仕事をしていたと思います.
 検察官 ああ,「たと思います」と,なるほど.それでは日野さんはきのうのいまごろどこで何をしていたか覚えていますか.
 日野 はい覚えています.2時からの会合で高槻の方へ行っておりまして,2時からの会合に出ておりました.
 検察官 じゃ3日前はどうでしょうか.
 日野 わたしの方が北区でクリニックをしておりますので,ときどきそちらの方へ行きますので,だからクリニックに行っていたはずです.
 検察官 多分行っていたかもわからない.
 日野 はい.
 検察官 はい,わかりました.皆さんに実はいま何日前何をしていたかと聞いたその意味は,たとえば先ほどの村山さんのお答えにありましたように,多分仕事をしていたであろうというふうにお答えになる方もいらっしゃいます.あるいはいや絶対にわたしはそこにいたというふうにお答えになる方もいらっしゃいます.しかしながら人間の記憶というものは100パーセント確かということはあり得ないと,よく考えてみると実は3日前だと思っていたことが1週間前のことであったというような場合もあるわけです.つまりわたしが言いたいのは,本日この交通事故を立証するにあたって,目撃者,あるいはお医者さんの証言等いろいろ聞いていくわけですが,そこでは完全な証明,100パーセント確実な証明ということまでは法は要求していないんです.
 つまりそれも先ほど言った合理的な疑いを入れるかどうかという範囲内での証明責任をわたしたち検察官は負わされております.100パーセントということは言ってみれば神のみぞ知ると,あるいはその場に居合わせて,それを目撃した人であれば100パーセントの証明はできるかもしれません.しかしもし,あなた方がその場に居合わせて事故を目撃していたら,あなた方はきょうこの席に座ることはできません.後に出てくるように証人としてこの証言台で証言していただくことしかできないわけです.つまりそのように人間の記憶を通した証言を聞きながら,何が真実であるのか,あるいは真実らしいのかということを皆さんに判断していただかなくてはならないわけです.
 ところで皆さん方は車を運転する方,大勢いらっしゃると思うんですが,いままで交通違反等で反則金を払ったり,あるいは警察の調べを受けたというような方はいらっしゃいますか,どうでしょうか.ああたくさんいらっしゃいますね.はいそれでは前の方で大野さんはどういうことだったんでしょうか.
 大野 駐車違反とスピード違反です.
 検察官 つかまった.
 大野 はい.
 検察官 まあ調べを受けた.そのとき警察官の調べを受けましたか.
 大野 はい.
 検察官 どうですか,警察官に対して悪い印象とかそういうものを持っていませんか.
 大野 いえ,別に.
 検察官 ああ持っていませんか.
 大野 はい.
 検察官 自分がやったことについては素直に認めたということですね.
 大野 はい.
 検察官 ほかに交通違反をされた方,さっきも聞いてない方,北村さんですか.北村さんはどういう内容でしたか,差し支えなければ.
 北村 18歳,未成年のときにスクーターに乗っていて,通行禁止のところへ入って裁判所の調査官から注意を受けました.それ以後免許を破って,ノーカーを通しております.
 検察官 ああそうですか.そのとき警察官の調べを受けましたか.
 北村 調査官です.
 検察官 調査官ですか,ああそうですか.特にそういう調べを受けたことについて反感を持っているとか,裁判に対する予断を持っているとかということはございませんか.
 北村 ありません.しかし非常に悔しい思いをしました.
 検察官 はい,わかりました.じゃもう一人お聞きします.はいどうでしょうか.
 中野 北陸の自動車道でスピード違反をしました.
 検察官 じゃそのとき警察官の調べを受けましたか.
 中野 受けました.当時おばあさんがちょっと急患という関係で,急いでいまして,そういうことでちょっと追い越しという関係でやられましたので,まあ何とかならないものかというようなことで懇願したことはありますけれども,しかし罰金と免停となり1日の講習で終わりました.
 検察官 特にそのときに警察官に対して警察官というのはひどい取り締まりをするとかそういうようなことを感じたことはありませんか.
 中野 少しやはり陰におるというような関係もございましたので,わたしがそれを現認できなかったものですから,曲がったところでそういう形が出てきましたので,実に残念に思っておるわけでございます.
 検察官 はいわかりました.いまもう皆さん車の運転をなさるので,警察の調べを受けたり,あるいは場合によっては裁判所まで出頭して罰金をおさめるというような方もいらっしゃると思います.しかしきょうこの法廷ではそのような取調べを自ら受けたというようなことについては,一応自分の頭の中で整理をして下さい.これからの審理にあたっては警察官も証人として出頭し,証言をする予定です.自らの経験のため予断がありましたら,それはぬぐい去った上で公正な立場で審理に臨んでいただきたいと思います.どうでしょうか,皆さんの中にいままでの経験から公正な審理は自信がないと,そういうふうにお考えの方いらっしゃいますか,どうですか.
 …………そういう方はどうもいらっしゃらないようですね.
 それでは最後に1点だけお聞きします.この後わたしどもはこの法廷に証拠を提出して,被告人の犯罪について合理的な疑いを入れない程度の立証を十分にできると確信しております.ところで皆さんは陪審員として同じ市民である伊藤被告人を裁く立場に立つわけです.つまり皆さん方が有罪の心証を持った場合には,彼に有罪という評決をしなければなりません.
 どうでしょうか,合理的な疑いを入れない程度に立証されたと,そう自分が判断した場合でもなお同じ市民である伊藤さんに対して有罪の評決をするのはしのびないと,そのようにお考えの方いらっしゃるでしょうか.大丈夫ですね.わたしどもが合理的な疑いを入れない程度に立証できた場合には,皆さん迷わず有罪の評決をしていただけるものと信じております.ではこれからどうぞよろしくお願いします.

「被告人は無罪が推定されるのです」
  陪審員選任のための弁護人質問

 裁判官 それでは弁護人,質問を始めてください.
 弁護人 皆さん初めまして.わたしがきょうあそこに座っている被告人の伊藤明生さんの弁護を担当します弁護士の牧野と申します.それから同じくわたしの座っておりました席の隣に座っているのが同じく弁護を担当する弁護士の福地であります.この二人でこれまでこの事件を調査して,検討してまいりました.まずごあいさつを申し上げたいと思います.
 さて先ほど来,裁判官,検察官が皆さんがこれから陪審員として審理をするにあたっていろいろ必要な事柄について説明をし,あるいは皆さんに質問をされてきました.わたしの方からも二,三皆さん方に若干の説明をさせていただいて,質問をさせていただきたいと思っています.
 裁判官から被告人は有罪判決を受けるまではあくまでも無罪と推定されると,こういう説明があったことは皆さんご記憶ですね.皆さんにはまずこの言葉の意味を十分にかみしめていただきたいと思います.よろしいでしょうか.皆さんに対してわたしが第一に申し上げたいのは,逮捕されて起訴されたからといって,これは被告人が有罪であることの何の証にもならないということであります.
 これはいわば当然のことですし,皆さんおわかりでしょうね.確かに多くの事件は逮捕されて起訴されますと,そのまま有罪判決となっている場合が多い.これは事実であります.しかしだからといってここにいる伊藤さんが有罪であるということには何らの関係もないことは皆さんおわかりだと思いますが,そのとおりです.検察官は起訴状を読み上げただけです.この段階では伊藤さんに対しては何らの予断も偏見も持っていただきたくありません.そのことをまず第一に申し上げたいと思います.
 さて伊藤さんは自動車の運転中に路上に倒れていた近藤さんを車でひいてしまったということで検察官から起訴されていますが,検察官から先ほどその概要について説明がありました.そこでちょっと変わった質問なんですけれども,山本さん,いまこの時点で評決を下してほしいと言われたら,山本さんは有罪とおっしゃいますか,無罪とおっしゃいますか,あるいはそれともまだわからないとおっしゃいますか.
 山本 いまの時点ではまったくわかりません.
 弁護人 はい.すいません,また隣に行かせていただきますが,寺田さんはいかがですか.
 寺田 まだ何も有罪かどうか証拠ももらっていないのでわかりません.
 弁護人 はい,ありがとうございます.皆さん大体わからないとおっしゃるんじゃないかなというふうに思うんですが,皆さんそのようにお答えになるのが通常だと思います.しかしここで考えていただきたいんですが,いまこの時点では検察官が起訴状を読み上げただけです.それから検察官が若干の説明を加えましたが,これも証拠にならないことはもう既におわかりですね.寺田さんもそのことをいまご指摘になりました.
 いまもしもこの時点で法廷に何らの証拠があらわれていないこの時点で評決を下すとしたら,これは被告人を無罪としなければならないんです.有罪を認めるに足りる証拠が何もない状態の中で評決を下すとしたら,これは無罪というべきなのです.おわかりいただけますでしょうか,この意味が.矢野さんおわかりになりますね.(矢野,うなずく)はい.これが無罪の推定という意味です.
 もうちょっと若干お話したいと思います.この後の証拠調べで検察官はいろいろな立証を行う予定でいるようであります.しかし何らかの証拠があればよいというのではなく,有罪であるために必要なすべての事実について1個残らずこれは有罪であると,合理的疑いを越えて立証できないとこれは有罪とすることができません.それほどに有罪を立証するということは大変重いことなんです.おわかりいただけますでしょうか.
 つまりこれをもうちょっと平たく逆に申し上げますと,皆さんのもう既にお持ちの健全な常識に従って考えてみて,どうもおかしいな,そういうようなことが一つでもありましたら,この場合には躊躇なく無罪というふうに言っていただかなければならないんです.おわかりいただけますでしょうか.
 すいません,清原さんいかがですか,おわかりになりますか.
 清原 ちょっと理解できません.
 弁護人 中野さんですか,中野さん,いかがですか.
 中野 ちょっといまの段階ではわかりません.
 弁護人 これからその意味についてはもう少し説明を加えたいと思います.申し上げたいのは,有罪であるということについて皆さんが少しでも疑問を持つ事実がその事実の中に一つでも含まれていれば,仮にほかに疑わしい事実を感じたとしても,これは無罪だと躊躇なく言っていただかなければならないんです.それが無罪の推定という意味なんです.これをもうちょっと具体的な事実に即しながらお話ししましょう.
 わたしたちが弁護人としてこの事件をどう見ているかについて若干ご説明申し上げるんですが,伊藤さんは事件当日,自動車を運転してこの現場を進行してきました.そうしますとその現場には既に伊藤さんが差しかかる前から近藤さんとそれから近藤さんの乗っていたバイクとが転倒していたようであります.近藤さんの体は大体センターライン付近,それからバイクはガードレールのあたりに倒れていたようであります.
 検察官はその近藤さんの体の上を伊藤さんが乗っていた車がひいたのだと,乗り上げてひいていったというふうに主張しております.しかしそれを示すような証拠は何一つないのであります.近藤さんがバイクで転倒したことによって亡くなったのか,あるいはほかの原因によって亡くなってしまったのか,それはわたしたちもわかりません.少なくとも検察官が言うとおり伊藤さんがひいたものではないのです.検察官が証拠として提出するものはいずれも決め手としては弱いものばかりであって,伊藤さんの有罪を立証するには足らないことを皆さんすぐに発見していただけるだろうと思います.
 それでは皆さんの中に伊藤さんがひいていないというのであれば,一体じゃ誰が犯人なんだろうと,あるいはほかの原因で亡くなったというのであれば,その証拠はあるんだろうかと,そういうような疑問を抱かれる方がいらっしゃらないでしょうか.先ほど来説明していますが,わたしたちがこの弁護人の側がそれを証明すべき立場にはないと,そのことは既におわかりいただけてますよね,どうでしょうか.陪審員の皆さんも誰か犯人がいるのであれば,処罰されなければならないとか,無罪という被告人がひいていないというのであったら一体ほかの原因は何なんだと,そういった証拠があるのかと,そういった観点からではなくて,伊藤さんがひいたという証拠が疑わしいのか疑わしくないのか,その視点からぜひとも判断していただきたいんです.陪審員の皆さんの判断によっては被告人が刑務所にぶち込まれて………
 検察官 異議があります.刑務所送りになるという言い方で陪審員候補者の気持ちを揺り動かそうとするのは極めて不当であります.陪審,つまり陪審員は量刑の問題は切り離して,事実についてのみ判断すべき立場にあります.
 裁判官 異議を認めます.弁護人は量刑の問題には触れないように.
 弁護人 はい.つい言い過ぎてしまったかもしれないんですが,とにかくわたしが言いたいのは皆さんのここにおける認定というものが被告人の人権とそれから刑事司法の信頼を支える重要な意味を持っているということなんです.そのことの意味をぜひとも皆さんにわかっていただきたいと思います.
 さて検察官は今後証人として警察官,お巡りさんですね,お巡りさんを証人として申請しているようであります.ここで何人かの皆さんにちょっと警察官に対するイメージといいますか,伺ってみたいと思うんですが,警察官の言うことはこれは間違いないだろうと,そう思っていらっしゃいますか,大野さんいかがですか.
 大野 どうでしょう.
 弁護人 何とも言いがたい.
 大野 どういう意味ですか.
 弁護人 つまり警察官,これは軽いイメージでお答えいただければいいんですけど,警察官というものは,ここで証言される予定なんですが,うそ間違いは言うまい,このようにお考えですか,簡単に結論だけ.
 大野 いえ,思っていません.
 弁護人 思っていません.日野さんいかがですか.
 日野 はい.人間ですからいろいろあると思います.やはりその人の考え方も人間としての考え方とか,いろんな面から言って先ほどのようにはっきりとした記憶がないとか,そういう場合もあるんじゃないかと思います.
 弁護人 簡単な質問ですから答えだけで結構なんですけど,北村さんは.
 北村 一応正義の味方というように言われていますが,わからないところがありますね.
 弁護人 そうですか.佐山さんはいかがでしょうか.
 佐山 わかりません.
 弁護人 皆さんわたしどもが心配しているようなことはないんじゃないかなという印象を受けましたけれども,おっしゃるとおり警察官だって当然人間です.間違えることがあるのは,これはもう誰だって同じことです.たとえ警察官自身としては一生懸命に職務熱心な場合でも,職務熱心に現場検証などを行った場合でも,たとえば見方が一面的だったために誤った報告をしてしまうということは十分に考えられることじゃないかと思うんです.その点について考慮していただきたいと思います.
 それから目撃証人,検察官はこれを用意しているようであります.高田さん,たとえば街中で歩いているときに,友達だと思って声をかけようと思ったら,実は人違いだったというような経験はお持ちでないですか.
 高田 はい,あります.
 弁護人 ありますね.佐藤さんはそんなご経験はおありになりますか.
 佐藤 ありますね.
 弁護人 ありますね.当然のことながら皆さんそういう経験,二,三はお持ちのことだと思うんですが,わたしも当然そういう経験はあります.一瞬のことで見間違いということは絶えず経験することであります.
 今回の事件はことに夜中の出来事であります.夜中の出来事ですからなお一層その記憶が不正確になるということは十分にあり得ることじゃないかと思うんです.本人は正しいと思っていたとしても,パッと見た瞬間にこれが正しいと思い込んでしまったために誤りを言ってしまう,そういったご経験は皆さんご自身でおありなんじゃないかと思います.今回の目撃証人も同様の可能性はあるわけです.その点についても十分に注意していただきたいと思います.
 弁護人 さて,皆さんの中で交通事故の被害に遭われた経験をおもちの方はいらっしゃいますか.清原さん.それはご自身の経験ですね.
 清原 はい,そうです.
 弁護人 それは刑事事件になりましたか.
 清原 いえ,なりませんでした.
 弁護人 刑事事件にはならない.示談なんかは済まされました.
 清原 はい,しました.
 弁護人 はい,どうもすいません.じゃ清原さんに続けて伺いたいんですが,交通事故を起こした運転手というものは,往々にして自分の罪を軽くするために責任を軽くするために弁解をしがちだと,こういうふうな気持ちをお持ちですか.
 清原 あると思います.
 弁護人 そういうことを考えがちじゃないかなと思われますか.
 清原 はい.
 弁護人 ほかの皆さんでどうですか,たとえば広岡さん,同じ質問なんですけれども,いかがですか.
 広岡 どういうことですか.
 弁護人 交通事故を起こした運転手というものは,自分の罪をかばうために往々にしてうそを言いがちであると.
 広岡 そういうことはやはり自分に有利にという形でそれはあると思います.
 弁護人 村山さんはいかがですか.
 村山 そうですね,やはりその瞬間はもう気が動転していますから,大変なことをしてしまったという気持ちが働くと思います.
 弁護人 竹下さんいかがですか.
 竹下 同じような意見ですけれども.
 弁護人 はい.そのようなあえてここでは先入観というふうに申し上げますけれども,そのような先入観をお持ちのこと,これは広く世の中では一般的にあり得ることですし,そのようなお考えは持たれること自体,これは何の不思議もありません.しかしどうでしょうか,この裁判所,この法廷において皆さんが伊藤さんの審理をするにあたって,そういった先入観をとりあえず頭から除いて,法廷にあらわれた証拠のみを判断して,それだけを照らし合わせながら伊藤さんの言っていることが本当かうそか,これを判断することはできますか.いかがでしょうか,広岡さん,今度はそういう質問なんですが.
 広岡 それは白紙の状態でやるもの,何も予断,先ほどもお話で聞いたんですけれども,予断とかそういうことは一切はあってはならんわけですから.
 弁護人 はいわかりました.村山さんはいかがですか.
 村山 わたしも同じ考えです.
 弁護人 竹下さんもそのような自信はおありになりますか.ここはもう率直に言っていただいて結構なんですが.
 竹下 はい,あります.
 弁護人 皆さんそのような自信はおありだということで,わかりました.最後になりますが,わたしども皆さんとお会いするのはこの場がまったく初めてです.したがって皆さんがいままでどういうご経験をお持ちの方かというのは前に提出していただいた陪審員調査票でしかまだ皆さんのことを存じ上げていません.そこで最後に皆さん自分自身のご経験に照らして,何らかの先入観を既に持っている,この裁判について公正に判断することが自分には自信がないとおっしゃる方はいらっしゃいますか.
     −−挙手なし−−
 はいありがとうございます.これから長時間にわたって証拠調べが行われますけれども,とにかく少なくとも無実のものが誤って有罪になることだけはないよう,そのように皆さん慎重な認定をしていただきたいと思います.よろしくお願いします.
 裁判官 質問が終わりました.これから陪審員の確定をしたいと思いますので,しばらくお待ちください.

宣誓陪審員決定・宣誓

 裁判官 それでは,陪審員を決めますので,検察官,弁護人はこちらへお集まり下さい.
     −−裁判官席の前に集まり,忌避を申し立てる者を双方から告げる−−
 裁判官 それでは,陪審員になっていただく方が決まりましたので,お名前を廷吏さんの方から読み上げてもらいます.
 廷吏 山本秀三さん,佐藤武男さん,日野勝代さん,寺田享子さん,竹下泰夫さん,大野順一さん,以上です.
 裁判官 いま名前を読み上げられなかった方は,これで本日の職務は終了しました.大変ご苦労様でした.
 退席されて結構です.
     −−読み上げられなかった陪審員候補者は退席−−
 それでは陪審員の皆さんに,公正に審議し,評決することの誓いをしていただきます.廷吏さんお願いします.
 廷吏 陪審員として,国対伊藤明生被告人の事件について,良心に従って公正に審議し,証拠のみに基づいて評決することを誓いますか?
 陪審員一同
     はい.

「この法廷で取調べられた証拠のみに基づいて判断を」
  宣誓後の陪審員に対する裁判官の注意

 皆さんは,いま宣誓していただいたとおり,これから行われる証拠調べに基づいて,公正に事実の有無を判断し,十分に評議を尽くしたうえで,評決を出して下さい.
 本件の審理を始めるにあたって,いくつかの注意点をお話ししておきます.
 まず,休廷中や証拠調べの間,傍聴人やお知り合いの方とはもちろん,皆さん方の間でも,評議室に入るまではこの事件について議論しないで下さい.
 また,法廷でメモを取ることはかまいませんが,皆さんの任務は正確なメモを取ることではなく,事実関係を正確に把握することですから,証人の証言態度や証言内容に充分注意するなど,この法廷での審理に集中して下さい.
 本日法廷で取調べた証拠は,すべて記録しています.
 評議を行うに際して,この法廷で取調べられた証拠をもう一度確認する必要がある場合には,調書の朗読を求めることができますから書記官に申し出て下さい.
 なお,重ねてご注意しておきますが,皆さんは当法廷で取調べられた証拠のみに基づいて,他の何事にもとらわれず,且つ誠実に陪審員としての任務を果たして下さい.
 それでは検察官,立証を始めて下さい.


冒頭陳述の省略について

 審理は検察官の冒頭陳述から始る.(今回は模擬陪審という時間の制約上から,やむなく検察・弁護双方の冒頭陳述手続を省略した.このため,検察・弁護のやりとりがすこしわかりにくいかもしれないので,若干の説明を途中に挿入した)
 この裁判では,検察側の冒頭陳述は事件の概要と問題点が指摘された後,事故後,現場で捜査にあたった警察官によって,事故現場や被害者をひいたとされている車の客観的な状況を被害者の解剖にあたった医師によって,被害者の死体につけられた傷の状況と死亡原因を事故の唯一の目撃者によって,伊藤さん(被告人)が運転していた車が被害者をひいた事実をそれぞれ証明するとの立証方針が述べられるはずだった.


「わたしが実況見分をした警察官です」
  警察官の証言

 検察官 それではまず,捜査を担当しました警察官山越悟さんを証人として申請します.
 裁判官 どうぞ.
    −−証人,入廷する−−
 廷吏 それでは,嘘を言わないという誓いとして,この宣誓書を朗読して下さい.
 警察官 宣誓,良心に従って真実を述べ,何事も隠さず偽りを述べないことを誓います.
 裁判官 (宣誓の効力を説明した後)それでは検察官どうぞ.

  主尋問(証人を申請した側=この場合は検察側=が行う尋問)
 検察官 あなたの現在の職業と勤務先を述べてください.
 警察官 わたしは現在,大東警察署交通課に勤務している警察官です.
 検察官 ところで,あなたは,この法廷で審理されている伊藤さんの事件について,捜査をされましたね.
 警察官 はい.
 検察官 具体的に,何を担当しましたか.
 警察官 実況見分をいたしました.
 検察官 何について実況見分をしましたか.
 警察官 事故当時,被告人が乗っていた自動車と,死亡した近藤太郎さんが乗っていたバイク,それと事故現場について実況見分をしました.
 検察官 それでは,事故現場での実況見分についてお聞きします.証人は事故現場で実況見分したことを覚えていますか.
 警察官 はい,覚えています.
 検察官 それはいつでしたか.
 警察官 はい,事故があった当日の昭和63年9月25日午後11時から翌26日午前0時40分までの間でした.
 検察官 その際,実況見分の目的は何だったんですか.
 警察官 はい,事故発生の状況を明らかにすることです.
 検察官 あなたは実況見分した結果,図面を作成しましたか.
 警察官 はい,作成しました.
 検察官 その図面には実況見分したとおりのことを記載しましたか.
 警察官 はい,記載しました.
     −−現場実況見分図面を示す−−
 検察官 この見取り図はあなたが作成したものですか.
 警察官 はい,そうです.
 検察官 まず,この図面の現場道路付近の状況について説明してください.
 警察官 現場道路はアスファルト舗装で平坦であり,直線で視界を妨げるような障害物はありません.実況見分当時路面は乾燥していました.
 検察官 車両の通行状況はどうですか.
 警察官 現場道路は大東駅方面に通ずる道路で,乗用車,トラック等の通行が多く,定期バスも運行されています.
 検察官 交通規制はどのようになっていましたか.
 警察官 交通規制は駐車禁止,追い越しのための右側部分はみ出し通行禁止,最高速度毎時40キロメートルとなっています.
 検察官 あなたがこの現場を見分した当時の天候はどうでした.
 警察官 見分当時,天候は晴天でした.
 検察官 この見取り図にEと書かれてある地点について説明してください.
 警察官 近藤さんが,倒れていた地点で………….
 弁護人 異議あり.いまの証言は,証人が実際に体験していない事であるにもかかわらず,推測で証言したものです.裁判官,この点について,わたしから証人に尋問したい事があります.
 裁判官 陪審員の皆さん,ご足労ですが,しばらくの間,退廷してください.
     −−陪審員一同退廷−−
伝聞や推測に基づく内容は証拠とすることができないので,陪審員がそれを聞いて影響を受けないように,弁護人の異議が認められるかどうかが明らかになるまで陪審員を退席させ,裁判官,弁護人,検察官が協議する.
 弁護人 あなたは,実況見分当時,人が倒れていた所を実際に見ましたか.
 警察官 いいえ,それは見ていませんが.
 弁護人 あなたが,実際に見たのは何だったのですか.
 警察官 血の跡です.でも,近藤さんがそこに倒れていた事は確かですよ.そう聞いてますから.
 弁護人 それは人から聞いたことでしょう.
 警察官 まあそうですが.
 弁護人 裁判官,以上のとおり証人の供述が伝聞に基づくことは明らかです.
 裁判官 異議を認めます.証人は,実際に体験した事だけを証言してください.では,陪審員を入廷させてください.
     −−陪審員一同入廷−−
 裁判官 陪審員の皆さん,先ほど証人が最後に言いかけた言葉は証拠にはなりませんので,評議の際には,一切無視してください.
 検察官 見取り図のEの地点について説明してください.
 警察官 道路上に血が付いていた跡を示しています.
 検察官 その大きさは.
 警察官 握り拳(こぶし)くらいの大きさでした.
 検察官 血の跡の他に,現場道路上には何か痕跡がありましたか.
 警察官 路面に金属のようなものによる擦過痕がありました.
 検察官 この図面でいうとどこですか.
 警察官 図面の真ん中あたりの所に,8.2メートルと書いてありますが,その右上の二つのコイル状のマークの部分がそうです.
 検察官 ここと,ここですね.
     −−といいながら図示する−−
 警察官 はい.
 検察官 色はついていましたか.
 警察官 コイル状のマークのうち大東駅方面寄り,つまり左側のものが赤色になっていました.
 検察官 それでは,次に,Fの地点について説明してください.
 警察官 死亡した近藤さんが乗っていたバイクが倒れていた地点です.
 検察官 そのバイクというのは,原動機付き自転車のことですね.
 警察官 はい.
 検察官 車種は何ですか.
 警察官 ホンダ・リードです.
 検察官 色は.
 警察官 赤色です.
 検察官 実況見分当時,Fの地点にホンダ・リードがありましたか.
 警察官 はい.
 検察官 バイクはどのような状態でしたか.
 警察官 はい,ガードレールにひっかかったような状態で横倒しに倒れていました.
 検察官 それでは,そのバイク自体の状況を説明してください.
 警察官 風防が破損しており,車体の右側面には擦過痕があり,後ろの荷台は曲がっていました.
 検察官 後ろの荷台には他に変わった点はありませんでしたか.
 警察官 はい,後ろの荷台にはオレンジ色の塗装の膜のようなものが付着していました.
伊藤さんの車はオレンジ色だったことに注意.
     −−写真@を示す−−
 検察官 …………この写真は誰が撮影したものですか.
 警察官 わたしが撮影したものです.
 検察官 実況見分当時の写真ですね.
 警察官 はい,そうです.
 検察官 バイクの状態は,ここに写っている通りですか.
 警察官 はい,そうです.
 検察官 もとの図面を示して)それでは次に,ABCDの各地点について説明してください.
 警察官 Aは遺留されていた風防の破片が落ちていた地点,Bは遺留されていた壊れたライターが落ちていた地点,CDは遺留されていた左右の靴が落ちていた地点です.
 検察官 Gの地点について説明してください.
 警察官 G点はガードレールのポールの部分ですが,ここには赤色の塗膜及び黒色のゴム様のものが付着している衝突痕が見受けられました.
 検察官 それでは,被告人が乗っていた自動車の実況見分についてお聞きしますが,本件車両の実況見分は,いつ実施しましたか.
 警察官 本件事故の翌日に実施しました.
 検察官 実況見分の結果について,被告人の乗っていた自動車の図面,写真を作成しましたか.
 警察官 はい,作成しました.
 検察官 図面には実況見分したとおりのことを記載しましたか.
 警察官 はい,実況見分のとおりを記載しました.
     −−車両見分図面1を示す−−
 検察官 これが,被告人の乗っていた自動車の図面ですね.
 警察官 はい,そうです.
 検察官 この自動車の車種等について説明してください.
 警察官 自家用普通乗用自動車で,ホンダ・シビック.色はオレンジ色です.
 検察官 車幅は.
 警察官 158センチです.
 検察官 長さは.
 警察官 387センチです.
 検察官 この車両見分図面1を見ると,本件車両の前のバンパーの運転席から見て左側に傷があるようですが,それはどのような傷でしたか.
 警察官 これは一目みてすぐわかるような損傷で,図面にもあるように,運転席から見て左端から右へ22センチの所から,右へ長さ7センチにわたって,フロント・バンパーがへこんでいました.また,図示されていますように車両の前にあるバンパーの左側のゴムの突起物が斜めに曲がっていました.
     −−車両見分図面2を示す−−
 検察官 これは何の図面ですか.
 警察官 本件車両の左側側面の図面です.
 検察官 この図にはどのような傷が示されていますか.
 警察官 バンパーのゆがみと助手席のドアの下にあった傷が示されています.
 検察官 助手席のドアの下にあった傷というのはどのような傷でしたか.
 警察官 よく覚えていません.
     −−車両見分図面3を示す−−
 検察官 これは何の図面ですか.
 警察官 本件車両を下から見た図です.
 検察官 数字や印は何を示しているのですか.
 警察官 @〜Hまでいずれもほこりがとれたような跡があった位置を示しています.
 検察官 ○でかこんだ数字の近くに書かれている数字や,印は何を示しているのですか.
 警察官 ほこりがとれたような跡の長さ,位置を示しています.
シャーシー下側にホコリがとれた跡があることから,伊藤さんの車が近藤さんの体の上に乗り上げたことの証拠としてあげている.あとから出てくる目撃者証言の裏付け証拠にしようとしている.
 検察官 その他に変わった点はありましたか.
 警察官 Eの所にはキズも付いていました.
     −−写真AからEを示す−−
 検察官 これらの写真について説明してください.
 警察官 見分した時に写した写真です.これらは,車両見分図面3で示したほこりがとれた跡を写したものです.
 検察官 あなたは,被告人が乗っていた自動車の照射距離を測定しましたか.
 警察官 はい.
 検察官 その測定結果について,図面を作成しましたか.
 警察官 はい.
     −−前照燈照射距離測定図面を示す−−
 検察官 これが,測定結果についての図面ですね.
 警察官 はい,そうです.
 検察官 では,その測定結果を説明してください.
 警察官 この図面に書いてあるとおり,前照灯を下向きにして,照射距離を測定しましたところ,被告人の目の地点より前方31.0メートルでした.前照灯を上向きにした時の照射距離は,被告人の目の地点より前方85.0メートルでした.
 検察官 ありがとうございました.これで主尋問を終わります.
 裁判官 弁護人,何か反対尋問はございますか.

 反対尋問(相手方=この場合は弁護人=が行う尋問)
     −−写真Aを示す−−

 弁護人 …………これには何が写っていますか.
 警察官 ほこりがとれた跡です.
 弁護人 えっ.本当に写っていますか.どこに写っているか示して下さい.
シャーシー下側に本当にほこりがとれたような跡があったのかどうか,強い疑問を提示している.シャーシー左側の写真が撮られていなかったこと,前後で連発される「覚えていません」「……しませんでした」などの証言とあわせて,警察のズサンな捜査を印象づけようとする.
 警察官 わたしには写っているように見えます.
 弁護人 写真2のどこに車両見分図面3で示してあるほこりがとれた跡が写っているんですか.
 警察官 車両見分図面3を見ないとわかりません.
     −−写真Dを示す−−
 弁護人 この写真のどこにほこりがとれた跡がありますか.示してください.
 警察官 このパイプ状のもののこの部分です.
−−プリマフラーを押さえているパイプ状のものの,写真上ではプリマフラー上端部分上の黒くなっている部分を示す.次に写真Eを示す−−
 弁護人 この写真のどこにほこりがとれた跡がありますか.示してください.
 警察官 この縁のこの部分です.
     −−写真上でスイングアームの左縁上部の黒くなっている部分を示す−−
 弁護人 本件車両の実況見分の主な目的は何でしたか.
 警察官 本件車両の下の部分に血痕あるいは毛髪等が付着していないかどうかを見分することです.
 弁護人 車両下部の右側を重点的に見分したのですか.
 警察官 違います.車両下部全体を重点的に見分しました.
 弁護人 そうですか,全体ですか.それなら,車両下部の右側だけでなく,左側の写真も撮影したんでしょうねえ.
 警察官 覚えていません.
 弁護人 覚えていないんですか.簡単な事なんですけどねえ.では,ここに車両下部の左側を撮影した写真がありますか.
     −−前出の写真すべてを示す−−
 警察官 ありません.
 弁護人 これらの写真は,どういう理由で撮影したんですか.
 警察官 異常が認められたからです.
 弁護人 では,異常がなかった部分の写真は撮影しなかったんですね.
 警察官 覚えていません.
 弁護人 では,自動車の実況見分について,最後にお尋ねします.被告人の自動車から血痕,毛髪等は発見できましたか.
 警察官 いえ,発見できませんでした.
 弁護人 血の跡とか,髪の毛など,そういうものが被告人の乗っていた自動車のどこにも,もちろん,タイヤも含めてですが,まったく付いていなかったんですか.
 警察官 はい,付いていませんでした.
車が乗り上げたのなら,血痕や毛髪が付着するはずだ,ということを前提にしたやりとり.
 弁護人 では,次に事故現場の実況見分についてお聞きします.
     −−現場実況見分図面を示す−−
 あなたの先ほどの証言によると,Eのところであなたは血の跡,つまり血痕を発見したということですが,その通りですか.
 警察官 はい.
 弁護人 血痕があったのはここだけですか.
 警察官 そうです.
 弁護人 血痕はどういう状態だったのですか.
 警察官 血が溜まっている状態でした.
 弁護人 どのくらいの大きさの血痕ですか.
 警察官 はっきりわかりませんが,直径10センチくらいの円形だったように記憶しています.
 弁護人 測らなかったんですか.
 警察官 よく覚えていません.
ここから先の尋問は,警察の初期捜査がズサンだったことを指摘して,実況見分が証人の思い込みに左右されたものであること,伊藤さん以外の車によってひかれた可能性も否定できないことを陪審員に印象づけようとしている.
 弁護人 図面のコイル状のマークの向かって左側のものは赤色になっていたということでしたね.
 警察官 はい.
 弁護人 その赤色は何だったのですか.
 警察官 塗膜片だったと思います.
 弁護人 それはどういう状態だったのですか.
 警察官 路面にこすりつけてあったような………….
 弁護人 塗膜片というと,塗料のかけらですよね.
 警察官 塗料というか,バイクでいえば,プラスチックが使ってあれば,プラスチックのかけらだし,塗料が塗ってあれば塗料のかけらですね.
 弁護人 その塗膜片ですが,被告人が乗っていたホンダ・シビックの色であるオレンジ色ではなかったですか.
 警察官 いや,赤です.
 弁護人 この見分後,路上の赤色の塗膜片について,採取して鑑定に出すなどの捜査をしましたか.
 警察官 していません.
 弁護人 していない,重要な事なんですがねえ………….あなたは,先ほど,近藤さんが乗っていたバイク,ホンダ・リードの荷台の後ろの部分にオレンジ色の塗膜様のものが付着していたと証言しましたね.
 警察官 はい.
 弁護人 そのホンダ・リードの荷台に付いていた塗膜様のものについては,捜査しましたか.
 警察官 特に捜査していません.
 弁護人 それじゃあ,それが何かということはわからないままになっているのに,警察ではそれを捜査しようともしなかったんですか.
 警察官 いや,そういうわけではないですけど………….
 弁護人 青山製作所の前にあるガードレールのポールG点に付着していた赤色の塗膜様のものについては,採取して鑑定するなどの捜査をしましたか.
 警察官 していません.
 弁護人 それも捜査していないんですか.なぜ,捜査しなかったんですか.
 警察官 わかりません.
 弁護人 すると,路上の擦過痕の赤色の塗料,近藤さんのバイクの荷台の後ろに付いていたオレンジ色の塗料,また,ガードレールのポールに付いていた赤い塗料,そのいずれについても,警察は調べていないんですね.
 警察官 はい.
 弁護人 それらの塗料を調べれば,それが被告人のホンダ・シビックのオレンジ色のものか,あるいは近藤さんのバイクのホンダ・リードの赤色のものであるのか,それともそのいずれのものでもないのか,わかりますね.
 警察官 いえ,そうとは限りませんが.
 弁護人 調べても,わからないというんですか.
 警察官 仮定の質問ですから,答えようがないんです.
 弁護人 そうですか.では,こう聞きましょう.あなたの経験した交通事故の捜査で,現場に残された塗料の痕跡を調べて,それがどの自動車のものであるか,判明した場合もあるんでしょ.
 警察官 それはありますが.
 弁護人 それなのに,塗料について調べなかったんですね.
 警察官 ………….
 弁護人 答えがないようですので,最後に聞きますが,伊藤さんが乗っていたホンダ・シビックの車体の底の部分ですが,地面から何センチの距離,離れていましたか.
 警察官 測ってはいませんが,車両見分図面2からすると,27センチくらいでしょうか.
 弁護人 要するに,左側のドアの下の傷が道路面から27センチくらいあるから,27センチくらいだということですか.
 警察官 はい,そうです.
 弁護人 終わります.
 裁判官 検察官,ほかに何かございますか.
 検察官 ございません.
 裁判官 証人の方,ご苦労さまでした.退廷されて結構です.


「死体の各部に致命傷になる轢創がありました」
  遺体解剖医の証言

 検察官 
それでは次に遺体を解剖した医師の松下祐典氏を証人として申請します.
 裁判官 どうぞ.
     −−証人,入廷する−−
 廷吏 それでは,嘘を言わないという誓いとして,この宣誓書を朗読して下さい.
 医師  宣誓,良心に従って真実を述べ,何事も隠さず偽りを述べないことを誓います.
 裁判官 (宣誓の効力を説明した後)それでは検察官どうぞ.

 主尋問
 検察官 お名前をどうぞ.
 医師  松下祐典といいます.
 検察官 ご職業は?
 医師  大学教授です.
 検察官 どちらの大学ですか?
 医師  関東医科大学の法医学教室におります.
 検察官 ご専門は何ですか?
 医師  法医学です.
 検察官 医師資格はいつ取得しましたか?
 医師  昭和41年に医師国家試験に合格しています.
 検察官 ところで証人は大東警察からの依頼で,近藤太郎さんの死体を解剖されましたね.
 医師  はい.
 検察官 いつ解剖されましたか?
 医師  本年の9月26日に行いました.
 検察官 その死体にはどこかに傷がありましたか? この人体図を使って説明して下さい.
 医師  はい.まず,頭部・顔面・頚部のこの部分に打撲傷,擦過傷が認められました.また,胸部・腹部・背部のこの部分に,轢創・打撲傷・擦過傷が認められました.
     −−人体図の受傷箇所を指す−−
 検察官 致命傷と認められる傷はどこにありましたか?
 医師  まず,頭部ですが,解剖してみますと,頭蓋底骨折・脳挫傷・クモ膜下出血が引き起こされておりまして致命傷となっております.次に,頚部・胸部・腹部・背部ですが,これも解剖してみますと,脊髄脱臼・頚骨,肋骨多発骨折・右肺及び脾臓挫滅が引き起こされ,これらも致命傷となっております.
     −−検察官請求番号5の死亡診断書を証人に示す−−
 検察官 この死亡診断書は山田一夫医師が作成されたものですが,これによると,直接死因として頭蓋底骨折・脳挫傷とされており,その他の身体状況として右鎖骨多発肋骨骨折と診断されておりますが,証人の所見と違いがありますか?
 医師  いや,違いはありません.ほとんど同じです.
 検察官 ではこの死亡診断書を陪審員の皆様にも見ていただきたいと思います.
     −−廷吏に渡す.陪審員に見せる−−
 検察官 頭や顔の辺りの傷と胸や腹の辺りの傷の双方が致命傷ということですか?
 医師  はい.頭部や顔の損傷もそれだけで独立して致命傷となり得ますし,胸部や腹部の損傷もそれだけで致命傷となり得るということです.
 検察官 そのほかには?
 医師  左腕の肘から手首にかけての部分と,背中の尻のうえに轢創があり,
     −−人体図の各受傷箇所に網印部分を指す−−
また,左足の太ももには轢創と推定される傷がありました.
     −−人体図の受傷箇所に斜線を記入する−−
 検察官 轢創というのは車にひかれた傷ということですね.
 医師  はい.
 検察官 左腕と背中の傷を轢創と判断された根拠は何ですか?
 医師  デコルマンがあったからです.
 検察官 デコルマンというのは?
 医師  簡単に言いますと,人が車にひかれた場合に,皮膚組織と筋肉組織間に見られる出血状態をいいます.人間の体というのは,外側から皮膚の組織があり,その内側にそれとは構造の違う皮下の組織があり,さらに内側には筋膜があって,またその内側に筋肉があります.このようにいろいろな構造の違う組織がいく層にも重なっているわけですが,普段は全体的にぴったりとよくついているんです.それがタイヤなどが体の外表に触れて回転して轢過すると,一番外の皮膚がタイヤの回転の方向に引っ張られてしまいますが,その下の方の筋膜や筋肉組織は引っ張られません.したがって皮膚の組織と筋肉の組織の間がずれてしまうわけです.そして,タイヤが行ってしまいますと,一旦ずれた皮膚はまた元の位置に戻ります.しかし,普通ですとぴったりくっついている組織がずれてしまうわけですから,生きている時にできた傷ですと,その間に出血します.ポケット状にはがれてそこに出血が見られるのです.そういう状態をデコルマンといいます.
 検察官 デコルマンがあるかどうかはどうやって確認しますか?
 医師  一番簡単なのは,切り開いていまのような部位に出血があるかどうかで調べます.
 検察官 左腕と背中にデコルマンが確認されたわけですね.
 医師  はい.デコルマンは普通の日常生活で起こるような傷とは違って,タイヤなどにひかれた時に典型的にできる傷なので,轢創と判断しました.
 検察官 次に,左下肢,いわゆる左の太ももにも轢創と推定される傷があったということですが,轢創と断定しないで推定にとどめているのはどうしてですか?
 医師  やはり,同じようなデコルマンの特徴は備えていますが,大きさがニワトリの卵大で,タイヤの幅に比較して小さいので轢創と断定するのを避けたのです.
 検察官 ほかに傷はありませんでしたか.
 医師  ほぼ全身にわたって30ケ所ほど皮膚が剥がれた傷がありました.
 検察官 これらの傷のすべてが生前において受傷したものと考えられますか?
 医師  はい.
 検察官 どうしてですか?
 医師  いわゆる生活反応といわれるものですが,皮膚の変色や表皮剥奪など外側に変化の見える部位を切り開いてみますと,生きてる時に受けた傷であれば中に出血があります.死亡した後にできた傷ですと出血がありません.それで本件の傷にはすべて出血が見られましたので,生前に受けた傷と判断しました.
 検察官 本件事故の被害者の轢創の状況…………
 弁護人 異議あり!
 この死体の主が被害者,すなわち被告人の車にひかれて死亡したものであるかどうかは,いまこの裁判で問われている問題であります.したがって,この死体の主が被害者であるとの前提に立つ検察官の質問は,陪審員に対する結論の押し付けとなります.
 裁判官 異議を認めます.検察官は被害者という呼び方は使用しないように.
 検察官 この死体の轢創の状況からいって,この人は倒れているところを背中や左腕などを車によってひかれたと考えてさしつかえありませんね.
 医師  はい.そのとおりです.腹の方でなくて背中をひかれていますから.
 検察官 この死体には轢創のほか多くの傷がありますが,これらの傷はこの人が車にひかれた際,アスファルトの路面などにこすられて生じたものと見ることはどうでしょうか.
 医師  こすられたとばかりは言えないんですが,このように沢山認められる傷は交通事故に特徴的であり,自動車や路面など両方で沢山の轢創が生じたいわゆる轢過された際などに生じたもの,と考えてさしつかえないと思います.
 検察官 最後に,本件死体の傷のでき方についてお聞きしますが,1台の自動車によって引き起こされた傷と考えることに矛盾がありますか.
 医師  特に矛盾はありません.
 検察官 ありがとうございました.
 裁判官 弁護人,反対尋問をどうぞ.

 反対尋問
 弁護人 人が自動車にひかれた場合に,皮膚にタイヤの縞模様が残ることがありますね.
 医師  はい.あります.
 弁護人 本件の死体に,タイヤの模様即ちタイヤマークはありましたか?
 医師  なかったとは言えません.いろいろな傷がありますから.外表の傷の形だけからでは…………いろいろな形がありますから.
 弁護人 タイヤマークはあったんですか?
 医師  いや,ですから,タイヤマークと断定できる所見はありませんでした.
 弁護人 仮に,デコルマンがあれば,その表面の皮膚が剥離しているわけですから,その部分を指で押した場合には水平方向に動く感じになりますね.
 医師  はい,上からさわればその剥がれている様子は慣れた人ですとわかります.
 弁護人 証人は,本件死体についてそのような方法でデコルマンの有無を確認していますか?
 医師  特に確認していません.
 弁護人 自動車にひかれた場合以外でもデコルマンができることがありますね.
 医師  あり得ます.
 弁護人 どういう場合ですか?
 医師  非常に高いところから転落したような場合です.
 弁護人 ほかには?
 医師  ですから,極めて強い圧力が加わった場合などにできます.
 弁護人 自動車にひかれたのではなく,自動車と衝突した場合にもデコルマンができることがありますね.
 医師  自動車の大きさによりますが,できることもあります.
 弁護人 バイクが転倒して運転者が路面に叩きつけられたような場合にもデコルマンはできますか.
 医師  そうですね,できることもあると思います.
 弁護人 デコルマンというのは,要するに,比較的平らな打撃面を持つ物体で強打された場合にできる傷ではありませんか?
 医師  そういった場合にも,できることはあります.
 弁護人 本件の死体に,車が人の体に衝突したときにできる,いわゆるバンパーと同じ水平方向の打撲症はありましたか?
 医師  典型的なバンパー創と考えられるものは認められませんでした.
 弁護人 本件死体の左肩にバンパー創はなかったのですね.
 医師  はい,ありませんでした.
 弁護人 ところで,伸展創といわれる傷がありますね.
 医師  はい.
 弁護人 伸展創とはどういう字を書きますか.
 医師  伸は「ニンベンに申ス」,展は「ハッテンの展」,創は「キズ」という字を書きます.
 弁護人 伸展創の特徴をおっしゃって下さい.
 医師  傷としては皮膚が裂ける状態になるわけですが,大体は首とか,わきの下とか,足の付け根などにできます.たとえば,お腹などをひかれますと,お腹の皮膚がタイヤにずっと引っ張っていかれまして,ある程度ずれることのできる範囲の皮膚はそれに引っ張られて移動できますけれども,足の方の皮膚は足の付け根で区切られていますから,お腹の皮膚がさらに引っ張られた場合には,足の付け根のところで伸展が止まり,それで結局,足の付け根のところが裂けてしまうわけです.そういうような傷が伸展創の代表的なものです.
 弁護人 頭部とか顔面などをひかれた場合に,首に伸展創ができることがありますか.
 医師  あり得ます.
 弁護人 本件の死体に伸展創がありましたか.
 医師  なかったと思います.
 弁護人 本件死体に,引きずられた摩擦熱によって組織が変化しているというような部分がありましたか.
 医師  ありませんでした.
 弁護人 それから,体の表面の組織が一定方向に向かって欠落しているという部分がありましたか.
 医師  ありませんでした.
 弁護人 先ほど,検察官の質問に対して,本件死体の各傷が,1台の自動車によって引き起こされたものと考えることに矛盾はないと証言されましたが,2台の自動車によって引き起こされたと考えることとは矛盾するのですか.
 医師  わかりません.積極的に,2台以上の車によって受傷したと言える所見はありませんでした.ですから,もちろん結論は,傷が多数なので明言はできませんが,2台の車によって引き起こされたと考えることにも矛盾はないと思います.
 弁護人 本件死体の傷の状況から,転倒したときや,バイクに乗っている状態で車にぶつけられてできた傷ではない,と断定できますか.
 医師  いいえ,断定はできません.
 弁護人 そうすると,バイクに乗っている状態で車にぶつけられた傷,と考えることも可能だということになりますね.
 医師  はい.しかし,この死体に直接ある程度のスピードで走ってきた車のバンパーがぶつかったという意味での傷は認められませんでした.
 弁護人 そうしますと,最初に,車が走っているバイクに衝突し,そのためにバイクの運転者が路上に転倒して,そこをバイクをはねた車にひかれた,と考えることはこの死体の傷の状況と矛盾しませんね.
 医師  ええ,まあ.矛盾しません.
 弁護人 どうも.
 裁判官 検察官,他に何かありますか.
 検察官 いいえ.
 裁判官 証人の方ご苦労さまでした.退廷されて結構です.


「わたしは車が人をひくのを見た」
  目撃者の証言

 検察官 
それでは次に,目撃証人として栗田和美さんを申請します.
 裁判官 どうぞ.
     −−証人,入廷する−−
 廷吏 それでは,嘘を言わないという誓いとして,この宣誓書を朗読して下さい.
 目撃者 宣誓,良心に従って真実を述べ,何事も隠さず,偽りを述べないことを誓います.
 裁判官 (宣誓の効力を説明した後),それでは検察官どうぞ.

 主尋問
 検察官 あなたの職業は何ですか.
 目撃者 理容業を営んでいます.
 検察官 場所は?
 目撃者 住所地の自宅で営んでいます.
 検察官 住所はどちらですか.
 目撃者 埼玉県大東市坂下町1〜3〜5です.
 検察官 ところで,あなたは,昭和63年9月25日午後10時30分ころどこで何をしていましたか.
 目撃者 自宅の台所で明日の朝の米をといでいました.
 検察官 その時,何か見たり,聞いたりした,ということがありましたか.
 目撃者 はい,外で「ガ,ガーッ」という音がしたので,外へ出てみました.
 検察官 あなたは,音を聞いて直ちに家から飛び出したのですか.
 目撃者 いえ,すぐにではなく,2,3分してからです.
 検察官 どうしてすぐには飛び出さなかったのですか.
 目撃者 初めは,家から大東駅寄りのところに公衆電話ボックスがあり,電話をかけに来る車の運転手がよく車をガードレールにこするので,また,それではないかと思いました.
 ところが,主人が,「何かあったのではないか」と言ったので,外へ出てみたのです.
 検察官 どこへ出たのですか.
 目撃者 わたしの家の玄関の前です.
 検察官 ところで,ここにある図面ですが,これがなんだかわかりますか.
     −−と言って現場付近見取図1を示す−−
 目撃者 はい,わたしの家の廻りの状況を表わしたものです.
 検察官 よく見ていただきたいのですが,正確でしょうか.
 目撃者 はい,間違いありません.
 検察官 この図面のどこにあなたの家がありますか.
 目撃者 はい,「クリタ理容」と記載されているところです.
 検察官 では,この図面にあなたの出た場所をKと書いて下さい.
 目撃者 −−記入する−−

 検察官 あなたが最初に「ガ,ガーッ」という音を聞いてKの地点に出るまでの間にさらに音を聞きましたか.
 目撃者 聞きませんでした.音を聞いたのは1回だけです.
 検察官 あなたがK地点に出たとき,あなたの家の前あるいはその先の道路を走り去った車を見ましたか.
 目撃者 見ませんでした.
検察官は弁護人が主張する,複数の車にひかれた可能性をこの目撃証言で否定する.
 検察官 あなたはK地点に出て,何をしたのですか.
 目撃者 まず,家の前の道路とわたしの家の車庫の前にある電話ボックスの方を見ました.
 検察官 その時,何か見えましたか.
 目撃者 何も見えませんでした.
 検察官 あなたはそれからどうしましたか.
 目撃者 家の玄関に入ろうと思って向きを変えたとき,1台の赤っぽい乗用車が目に入りました.その車は城西市方面から大東駅方面に向かっていました.
 検察官 その車はあなたの方に向かってきたのですか,それとも離れていったのでしょうか.
 目撃者 わたしの方に向かってきました.
 検察官 その車の後続車両はありましたか.
 目撃者 ありません.
 検察官 対向車両はどうでしたか.
 目撃者 ありません.
 検察官 その車の速度はどうでしたか.
 目撃者 普通の速度でした.
 検察官 赤っぽい乗用車が走ってきて,どうなりましたか.
 目撃者 乗用車のライトに照らされた道路上に黒っぽいものがあるなという感じを持ちました.
 検察官 それはどのくらいの大きさでしたか.
 目撃者 あまり大きいものとは感じませんでした.
 検察官 あなたが見た黒い物の位置を先ほどの図面にイと記入して下さい.
 目撃者 −−記入する−−
 検察官 あなたの視力はどのくらいですか.
 目撃者 両方ともメガネを掛けて1.0はあると思います.
 検察官 城西市方面から走ってきた車のライトで黒いものを見てから間もなくそれが人だとわかったのですか.
 弁護人 異議があります.誘導尋問です.
 裁判官 認めます.
 検察官 それでは,こうお聞きしましょう.城西市方面から走ってきた車のライトに照らしだされた黒いものが,何であったか,その場でわかりましたか.
 目撃者 はい,人でした.
 検察官 人だというのはいつわかりましたか.
 目撃者 城西市方面から走ってきた車のライトで黒いものを見てから間もなくです.
 検察官 人だとわかってあなたはどうしましたか.
 目撃者 ひかれてしまうと思い,「キャーッ」と声を出しました.
 検察官 あなたが「キャーッ」と叫んだ時,その車はどんな状態でしたか.
 目撃者 倒れている人の上に乗った状態でした.右の車輪が浮き上がった感じでした.
 検察官 倒れていた人はどういう状態で倒れていたのですか.
 目撃者 センターラインの方に頭を向け,足はガードレールの方に向けていました.
 検察官 うつ伏せでしたか,それとも仰向けでしたか.
 目撃者 道路に横向きの状態で,顔は大東駅方面に向いていたと思います.
 検察官 赤っぽい車が倒れている人をひいた後,その人はどういう状態になりましたか.
 目撃者 城西市方面の方に頭を向けて,足ははすに大東駅方面に向いていました.
 検察官 その人の位置を先ほどの図面にロと記入して下さい.
 目撃者 −−記入する−−
 検察官 赤っぽい車が倒れている人をひいた時,何か「ガチャン」とか金属音がしましたか.
 目撃者 しませんでした.静かに「すうっ」と乗った感じでした.
 検察官 ひかれた後その人はどうなりましたか.
 目撃者 ひきずられて,先ほど示したロの位置に移動したと思います.
 検察官 先ほどあなたが図面にイとロというふうに被害者の位置を書いたのは,車に被害者が引きずられたということですか.
 目撃者 そうです.
 検察官 あなたは車が人をひいたのを見た後どうしましたか.
 目撃者 はい,すぐ家の中に入りました.119番に電話しなくてはいけないと思いまして.
 検察官 救急車が来てから,あなたは倒れている人のところへ行ってみましたか.
 目撃者 救急車が来る前に,行ってみました.
 検察官 救急車は誰が手配したのですか.
 目撃者 わたしの息子に人の上に車が乗っちゃったからと言って手配させました.
 検察官 あなたが,倒れている人の傍らに行ったとき,その人は息をしていましたか.
 目撃者 はい,していました.
 検察官 倒れている人の近くに何かありましたか.
 目撃者 ガードレールにバイクが突っ込んでいました.
 検察官 ひいた車の運転手らしき人もそばにいましたか.
 目撃者 いました.
 検察官 その人の様子はどうでしたか.
 目撃者 びっくりした様子で立っていました.
 検察官 この法廷にいる被告人がその人ですか.
 目撃者 はい.
 検察官 あなたは,この被告人と本件事件以前に会ったり,話しをしたりしたことがありますか.
 目撃者 ありません.
 検察官 では,被害者の人と会ったり,話しをしたりしたことはありますか.
 目撃者 いえ,やはりありません.
 検察官 ありがとうございました.これで主尋問を終わります.
 裁判官 それでは弁護人どうぞ.

 反対尋問
 弁護人 事件当日は月は出ていましたか.
 目撃者 出ていませんでした.
 弁護人 本件現場付近には街灯は1本もありませんね.
 目撃者 大東駅方面に向かって左の方にはないと思います.
 弁護人 それでは,大東駅方面に向かって右側はどうですか.
 目撃者 パブプレーボーイの前には街灯があったと思います.阪神不動産の前の街灯はついていなかったと思います.
 弁護人 そうですか.よく思い出してみてください.
 目撃者 ええっと…………そうですね.プレーボーイの前には街灯がなかったですね.確か看板だったと思います.
 弁護人 それでは,阪神不動産の前はどうですか.
 目撃者 やはり,看板でした.
 弁護人 あなたが,「ガ,ガーッ」という音を聞いて表へ出たときプレーボーイの看板に明かりはついていましたか.
 目撃者 はっきり記憶にはありません.
 弁護人 先ほど,あなたは阪神不動産の前の街灯はついていなかったとおっしゃいましたが,それは阪神不動産の看板に明かりがついていなかったと聞いていいですね.
 目撃者 はい.暗かったですから.
 弁護人 では,あなたが,外に出た瞬間は,暗くてよく見えなかったのですね.
 目撃者 …………
 弁護人 そうすると,あなたが黒っぽい物に気づいたのは,車のライトによってですね.
 目撃者 そうです.
 弁護人 その前は何の照明もなくて,道路上は真っ黒で何も見えなかったのですね.
 目撃者 家の玄関の明かりがあるから,家の前辺りは見えますが,その先はまったく見えなかったと思います.
 弁護人 車のライトで黒っぽい物に気づいたということですが,どこのライトですか.
 目撃者 前のライトです.
 弁護人 黒っぽい物をはっきり見たのですか.
 目撃者 いえ,黒っぽい物があるという程度です.
 弁護人 黒っぽい物はいくつありましたか.
 目撃者 一つです.
 弁護人 あなたは黒っぽい物をどのくらい見ていましたか.
 目撃者 わずかです.
 弁護人 一瞬ですか.
 目撃者 よくわかりません.
 弁護人 現場付近見取図1を示し)あなたが黒っぽい物を見たとき,それはイのところにあったことに間違いないですか.
 目撃者 大体その辺りだと思います.
 弁護人 車のライトであなたがその物体を見たとき,その車はどの辺りに来ていましたか,そこに@と記入して下さい.
 目撃者 −−記入する−−
 弁護人 あなたが見た黒っぽい物体が人だとわかるまでにどのくらい時間がかかりましたか.
 目撃者 何秒でもないです.わずかな時間です.
 弁護人 あなたが,人だと気づいたとき,その車はどこにありましたか,そこにAと記入して下さい.
 目撃者 −−記入する−−
 弁護人 あなたはその黒っぽい物体がどうして人だとわかったのですか.
 目撃者 ライトで余計に明るくなったからです.
 弁護人 では,最初にその人のどの部分が目に入りましたか.
 目撃者 上半身です.
 弁護人 上半身のどの部分ですか.
 目撃者 右肩と頭です.
 弁護人 それは,あなたの方から見てその人の右肩と頭が見えたということですか.
 目撃者 はい,そうです.
 弁護人 あなたは右側の車輪が人に乗り上げたと言っていましたが,どの車輪がどこに乗り上げたのですか.
 目撃者 前輪が左肩の付け根の辺りに乗り上げました.
 弁護人 左肩に乗り上げたのを見たのですか.
 目撃者 そうです.
 弁護人 あなたはさきほど右肩と頭が初めに見えたとおっしゃいましたが,いま,左肩に乗り上げたとおっしゃいましたが,どうですか.
 目撃者 間違いました.左肩と頭が見えました.
 弁護人 乗り上げたのはお腹からですか,背中の方からですか.
 目撃者 背中の方からです.
 弁護人 それから何を見たのですか.
 目撃者 人が引きずられた形です.ごろんと転がった状態です.
 弁護人 左肩を地面につけるように回転したのですか.
 目撃者 そこまでは夢中でわかりません.
 弁護人 右肩が下だったのが左肩を下にするように転がったのですか.
 目撃者 そこまではわかりません.
 弁護人 転がったかどうかはわからないのですか.
 目撃者 引きずったのは確かです.
 弁護人 それでは,どの肩をどの車輪で引きずったのですか.
 目撃者 脇じゃないですか.
 弁護人 あなたの推測ですか.
 目撃者 推測ではありません.見ましたから,転がったところまでは.
 弁護人 転がったのですか.
 目撃者 引きずった状態ではないですか.
 弁護人 どの車輪で体のどこを引きずったのですか.
 目撃者 左肩に右車輪が乗ったんです.転がる状態で引きずったんです.だから,後輪が引きずったのだと思います.
 弁護人 右の後輪が体を押したのですか.
 目撃者 そういう形です.
 弁護人 後輪と前輪の間にはさまる形で引きずったのですか.
 目撃者 見てすぐ家に入ったので,わかりません.
 弁護人 あなたがわかっているのは,右の前輪がその人の背後から左肩に乗り上げたということだけですね.
 目撃者 そうです.
 弁護人 何の明かりでそれを見たのですか.
 目撃者 ライトです.
 弁護人 どのライトですか.
 目撃者 前のライトです.
 弁護人 ほかに照明はなかったですね.
 目撃者 ありませんでした.
 弁護人 あなたが視力を最後に計測したのはいつですか.
 目撃者 覚えていません.
 弁護人 では,1.0となぜわかるのですか.
 目撃者 わたしの感です.
 弁護人 あなたは,本件事故について警察官や検察官から事情を聴取されていますね.
 目撃者 はい.
 弁護人 また,あなたは本件の翌日に本件に関する新聞を読んでいますね.
 目撃者 はい.
 弁護人 新聞には,ここにいる被告人が人をひいたと書いてありましたね.
 目撃者 はい.
 弁護人 わたしの尋問はこれで終わります.
 裁判官 検察官,何かありますか.
 検察官 はい.

 再主尋問
 検察官 あなたが黒っぽい物体を見た時,赤っぽい車がどこを走っていたかは,はっきりわからないのでしょう.
 目撃者 わかりません.
 検察官 人だとわかったのは,車が進んでどのくらい近づいたときですか.
 目撃者 5,6メートル手前です.
 検察官 初めに物体を見た時には,車はかなり手前だったが,その距離関係ははっきりしないのですか.
 弁護人 異議.証人は「かなり手前だった」とは言っていません.
 裁判官 認めます.
 検察官 では,初めに物体を見た時,車との距離関係はわかりましたか.
 目撃者 はっきりしません.
 検察官 車輪が被害者の左肩に乗ったということですが,それは,はっきり見てわかったんですか.少し離れていますが.
 目撃者 ええ.でも,それは肩の辺りだったと思います.
 検察官 すると先ほど弁護人の質問に答えて,最初にライトに照らされたのは上半身の右肩と頭の部分である旨答えていますが,もう一度どういう状態になっていたのか言ってみて下さい.
 目撃者 はい.わたしが見たとき,その人はセンターラインの方に頭を向け,足はガードレールの方に向けており,そして,道路に横向きの状態で,顔は大東駅方面に向いていました.
 検察官 ありがとうございました.これで終わります.
 裁判官 ご苦労さまでした.証人は退廷されて結構です.


「シャーシー下のほこりは修理でもとれます」
  修理工の証言

 弁護人 
それでは,まず,被告人の自動車を修理した修理工の島田証人を申請します.
 裁判官 どうぞ.
     −−証人,入廷する−−
 廷吏 それでは,嘘を言わないという誓いとして,この宣誓書を朗読して下さい.
 修理工 宣誓,良心に従って真実を述べ,何事も隠さず偽りを述べないことを誓います.
 裁判官 (宣誓の効力を説明した後)それでは弁護人どうぞ.

 主尋問
 弁護人 あなたはどんな仕事をしていますか.
 修理工 自動車修理工場を自営しています.
 弁護人 従業員は何人使っていますか.
 修理工 わたしのほかには,4人の工員がいます.
 弁護人 あなたは,今年の8月初め頃,大東市の伊藤明生さんの自動車を修理したことがありますか.
 修理工 はい.
 弁護人 どんな車だったか覚えていますか.
 修理工 はい.赤いシビックだったと思います.
 弁護人 その車は,いつ,あなたの工場に持ち込まれましたか.
 修理工 確か,8月7日頃だったと思いますけど.
     −−弁護人請求証拠番号1預り証を示す−−
 弁護人 この預り証に見覚えがありますか.
 修理工 はい.そのシビックを預ったときに,お客さんに渡したものです.
 弁護人 これは,誰が書きましたか.
 修理工 ええ,わたしです.
 弁護人 この預り証に,「シビック,29い×5×7,伊藤明生様」と書いてありますが,伊藤さんからシビックを預かったという意味ですね.
 修理工 はい.
 弁護人 預かり証の日付が8月7日となっていますが,この日に車を預かったということですね.
 修理工 はい.
 弁護人 車の修理箇所について,説明して戴けますか.
 修理工 はい.この車は,左の後輪の近くをぶつけたらしく,車体後部左側の板金やリヤバンパーやタイヤハウス,タイヤを取り巻く板金のことですけど,これらの修理をしました.
 弁護人 いまのような作業内容は,何か記録にとどめてあるのですか.
 修理工 はい.作業日誌を毎日付けていますから.
     −−弁護人請求番号2作業日誌を示す−−
 弁護人 この日誌は,誰が書いたものですか.
 修理工 わたしが書きました.
 弁護人 8月7日のページを見て,簡単に説明して下さい.
 修理工 走り書きでわかりにくいですけど,いま言ったように,伊藤さんのシビックについて,左後輪とリヤバンパーを外し,後部左側の板金とタイヤハウスの板金をたたいて修理し,塗装もしたということです.
 弁護人 いま,説明されたような場所を修理するときは,車はどうしておくのですか.
 修理工 え,車ですか.ちょっと意味が…………
 弁護人 左後輪のところのタイヤハウスなどを修理するときは,車は床に置いたままですか,それとも.
 修理工 ああ,ジャッキアップしてやります.
 弁護人 ジャッキアップとは.
 修理工 ええ,車をジャッキという機械で上にこう浮かせて,その下に入って修理します.
 弁護人 あなたが車体の下にもぐって修理するということですね.
 修理工 はい.
 弁護人 車体の下にもぐって修理するとき,あなたの衣服が車体に触れたりすることはありますか.
 修理工 ええ,だから作業服は油よごれでいつもまっ黒になります.
 弁護人 伊藤さんのシビックのときも,車体の下にもぐって,あなたの作業服が車体をこすったりしたわけですね.
 修理工 はい.
 弁護人 車体の下に触れるのは,左後輪の部分だけですか.ほかのところも触れますか.
 修理工 ほかの所も触れると思います.
 弁護人 伊藤さんのシビックは,いつ頃伊藤さんに渡しましたか.
 修理工 確か9月22日だったと.
     −−弁護人請求番号3領収書を示す−−
 弁護人 この領収書は誰が書いたものですか.
 修理工 はい.わたしです.
 弁護人 この領収書には,伊藤明生様,9月22日,金175,000円,修理代と書いてありますが,この日に車を渡したことに間違いないですか.
 修理工 はい,2〜3日前に修理ができたので電話して修理代を伝えておいたら,伊藤さんは現金で持って来られて,車を渡したと思います.
 弁護人 はいありがとうございました.
 裁判官 では検察官どうぞ.

 反対尋問
 検察官 あなたは,従業員を4人使っているということでしたね.
 修理工 はい.
 検察官 伊藤さんのシビックを直接修理したのは,あなた一人ですか.
 修理工 いや,わたしもやりましたけど.
 検察官 ほかの従業員も一緒に作業をしたということですね.
 修理工 ええ,まあ.
 検察官 1台の車について,それぞれ手分けして作業するんじゃないですか.
 修理工 ええ,そうします.
 検察官 すると,他の人が作業しているとき,作業服が車体に触れたかどうか,あなたはわからないんじゃないですか.
 修理工 いや,大抵触れると思います.
 検察官 それは想像ですね.
 修理工 まあ…………普通なら触れると思います.
 検察官 あなた自身は,このシビックを修理していたとき,作業服が車体のどこに触れたか,はっきりとした記憶があるんですか.
 修理工 いや,あちこちに触れたと思いますから.
 検察官 具体的な記憶があるというより,普通ならあちこち触れるだろうということですね.
 修理工 …………ええ.
 検察官 左後輪のところを修理したということなら,前輪のあたりは触れることはないのではないですか.
 修理工 いや,車体の下に何度も入ったり出たりしますから,他のところにも結構触れると思います.
 検察官 それも想像ですね.
 修理工 ………….
 検察官 終わります.
 裁判官 証人の方,ご苦労さまでした.退廷されて結構です.


「人をひいたような感じはしませんでした」
  被告人の証言

 弁護人 
それでは,被告人の伊藤明生さんを証人として申請します.
 裁判官 どうぞ.
     −−証人,入廷する−−
 廷吏 それでは,嘘を言わないという誓いとして,この宣誓書を朗読して下さい.
 被告人 宣誓,良心に従って真実を述べ,何事も隠さず偽りを述べないことを誓います.
 裁判官 (宣誓の効力を説明した後)それでは弁護人どうぞ.

 主尋問
 弁護人 あなたは,本年9月25日の夜10時半頃,自動車を運転して,大東市坂下町1丁目3番地あたりの道路すなわち本件現場を通りましたか.
 被告人 はい.
 弁護人 どうしてこの現場を通ったのですか.
 被告人 会社が終わって,自宅に帰る途中でした.
 弁護人 すると,この現場は,大体毎日通っていたんですか.
 被告人 はい.
 弁護人 当日運転していたとき,車の窓はどこか開いていましたか.
 被告人 はい,運転席の右側の窓を全部あけていました.
 弁護人 現場の近くを走っていたとき,スピードはどのくらい出していましたか.
 被告人 45か50キロくらいだと思います.
 弁護人 ライトの向きは.
 被告人 下向きでした.
 弁護人 ところで,現場に差しかかったとき,何か聞こえましたか.
 被告人 ええ,女性の悲鳴を聞きました.
 弁護人 女性の悲鳴は,あなたの位置からいうと,どっち方向から聞こえてきたんですか.
 被告人 多分,右側の前の方だと思います.
 弁護人 右の後ろの方から聞こえてきた,ということはないですか.
 被告人 ええ.前の方だと…………
 弁護人 その女性の悲鳴を聞いてどうしましたか.
 被告人 一瞬,右の方を向きました.
 弁護人 右側に首を動かしたんですか.それとも視線だけを動かしたんですか.
 被告人 首,ちょっと動いたかもしれません.
     −−現場付近見取図2を示す−−
 弁護人 この図面は,本件現場付近を表したものですが,わかりますか.
 被告人 はい.
 弁護人 あなたの車は,どっちからどっちへ走っていましたか.
 被告人 城西市の方から大東駅の方へ走っていました.
 弁護人 では,この図面で先ほどの女性がいた位置というのを示して下さい.
 被告人 現場付近見取図2の前に出て)自分の記憶では,この辺だと思います.
 弁護人 じゃあ,そこに女と記入してください.
     −−現場付近見取図2に「女」と記入−−
 弁護人 電話ボックスのすぐ横ですか.
 被告人 はいその辺だと,自分では思っています.
 弁護人 栗田さんの証言だと,「クリタ理容」という床屋さんのほぼ前あたりだというんですが,そちらの方ではないんですか.
 被告人 自分では,その辺はもう明かりがないと思ったんですが.
 弁護人 あなたは女性の悲鳴を聞いて,チラッと見て,何だと思いましたか.
 被告人 スナックがあるんで,なんか喧嘩でもしているのかな,という感じで見たんですけど,誰もいないし何も変化がないんで,それであとは前向いたんですけど.
 弁護人 それで,前を向いたらどうなったんですか.
 被告人 前向いたら,なんか黒い物体があって,それで急ブレーキを踏んだんですけど,間に合わなかったということです.
 弁護人 待って下さい.順番に聞きますから.それで,黒い物体があったというのは,あなたの車から見てどのくらい前にあったか覚えていますか.
 被告人 …………そう,ちょうど車のボンネットのちょっと前くらいだったと思いますけど.
 弁護人 物体はいくつ見えましたか.
 被告人 二つだと思います.
 弁護人 その位置関係は,いま思い出せますか.
 被告人 位置関係はちょっとわからないんですけど,大体…………ちょっとこういう感じで.
     −−両手を前に出す−−
 弁護人 じゃあその二つの幅について聞きたいんですけれども,どのくらいの幅だったかわかりますか.
 被告人 幅ですか…………大体,自分の乗っていた車の幅くらいか,ちょっと広いくらいか………….
 弁護人 あなたの車の幅くらいか,ちょっと広いくらいに見えたのですか.
 被告人 ええ,大体,だと思います.
 弁護人 その黒い物体を見て,あなたはどうしたんですか.
 被告人 ブレーキ踏みました.
 弁護人 それで,どうなりました.
 被告人 それで,踏んだ瞬間ドカンという音が.
 弁護人 そのドカンという音は,どっちの方からしたんですか.
 被告人 …………どっちか記憶ないんですけど.
 弁護人 ドカンという音は何回したんですか.
 被告人 1回です.
 弁護人 2回ということはないんですか.
 被告人 2回はしていません.
 弁護人 その瞬間ですけれども,そのドカンという音がしたときに,あなた自身運転していて何か衝撃を感じましたか.
 被告人 ええ,ちょっと感じたような気がします.
 弁護人 じゃあ,そのときに車が傾くというようなことはありましたか.
 被告人 そういう覚えはないです.
 弁護人 あなたの車が宙に浮き上がる,ということはありましたか.
 被告人 そういうショックはないです.
 弁護人 車輪の左右どちらかが傾いて浮き上がる,というようなことはありましたか.
 被告人 そういうショックはないです.
 弁護人 栗田さんの証言によると,あなたの車の右前輪が人のからだの上に乗り上げて,肩の上に乗り上げたということですが,それについて,あなたとしてはどう思いますか.
 被告人 いや,まったく乗り上げたショックはないんです.
 弁護人 あなたとしてはずっと路面についた状態のままで前に進んで行ったということですね.
 被告人 はい
 弁護人 なるほど.ところで,先ほどから言っているその二つの物体ですけれども,その物体が何であったかということは,あなたはぶつかる瞬間までには気づいていたんですか.
 被告人 いえ,わかりませんでした.
 弁護人 すると,それが何であるかというのは,いつ気づいたんですか.
 被告人 車止めて,降りて行ってからです.
 弁護人 物体は二つあるんだけど,どれにあなたがぶつかったかということは,わかりましたか.
 被告人 どれって…………前の左側のバンパーがつぶれていたんで,それでバイクにぶつけたと思いました.
 弁護人 バイクというのは,どちら側にあったものなんですか.
 被告人 左側です.
 弁護人 右の物体についてはどうですか.
 被告人 それはまったくショックはないんです.
 弁護人 その乗り上げる,乗り上げないは別として,ぶつかったかどうかということはどうですか.
 被告人 それも自分ではないと思います.
 弁護人 先ほどの図面に,あなたの車が止まった状態を書き入れてもらいたいんですが.
 被告人 止まった状態は,位置は自分ではちょっとわからないんですが.
 弁護人 大体でいいですよ.
     −−現場付近見取図2に「車」と記入−−
 弁護人 あなたの車がバイクに衝突した場所はどの辺ですか.
 被告人 ぶつかった場所はよくわからないんですが.
 弁護人 それで,あなたは車を止めてどうしたんですか.
 被告人 車を止めて,それで見に行きました.
 弁護人 最初にあなたは何を発見したんですか.
 被告人 最初人が倒れていました.
 弁護人 どの辺に倒れていたか,その場所を書いてくれますか.
 被告人 場所ですか…………この辺だと思いますけれども.
     −−現場付近見取図2に「人」と記入−−
 弁護人 その人を見て,それからあなたはどうしたんですか.
 被告人 それから…………バイクが見えました.
 弁護人 バイクはどこにありました.
 被告人 バイクは,大体…………位置はちょっとあれですけど,ガードレールにはさまるような感じで.
 弁護人 じゃあそこにバイクと書いて下さい.
     −−現場付近見取図2に「バイク」と記入−−
 弁護人 あなたは人が倒れているのを見て,どう思いましたか.
 被告人 …………おかしいな,という感じで思っていたんですけど.
 弁護人 自分がその人をはねたと思いましたか.
 被告人 いや,思いませんでした.
 弁護人 じゃあ何でその人が倒れていると思ったんですか.
 被告人 まったくわかりませんでした.
 弁護人 話が前後しますけれども,本件は9月25日ですけれども,その前にあなたのシビックを修理に出したということがありますか.
 被告人 ええ出しました.
 弁護人 いつ頃出しましたか.
 被告人 …………8月初め頃だと思います.
 弁護人 なぜ修理に出したのですか.
 被告人 その前に,車の左の後ろの所をぶつけたんで,それを直してもらいました.
 弁護人 どこに修理に出したのですか.
 被告人 先ほど証言された島田自動車修理工場です.
 弁護人 車はいつ頃返ってきたんですか.
 被告人 9月22日か23日あたりだと思います.
 弁護人 そうすると,本件の2,3日前に返ってきたということになりますね.
 被告人 そうです.
 弁護人 わたしの方からは以上です.
 裁判官 では検察官どうぞ.

 反対尋問
 検察官 あなたは,いつ車の免許を取りましたか.
 被告人 12年くらい前です.
 検察官 会社への通勤の足としては,毎日車を運転していたのですね.
 被告人 はい.
 検察官 この現場に差し掛かる際,50キロぐらいの速度で走ってきたんですね.
 被告人 はい.
 検察官 ライトは下向きということでしたよね.どうして下向きのままだったのかな.
 被告人 いつも通っている道なんで,別に気にしないで走ってました.
 検察官 この現場は暗い場所ではないんですか.
 被告人 ええ街灯はないんです.
 検察官 対向車もなかったんでしょう.
 被告人 はい.
 検察官 そうすると,50キロぐらいのスピードで走ってライトが下向きでは,ちょっと危ないんじゃないですか.
 被告人 ええ,まあ,いつも通っているんで,何とも思わないで走っていました.
 検察官 ところで,あなたの話しだと,右前の方から悲鳴のような声が聞こえた,というんですね.
 被告人 そうです.
 検察官 あなたは,そっちの方に注意を向けて,電話ボ