〔島の様子について〕で島の風物や行事など、 〔気になる話題〕として火山の様子や国立公園化に向けた動きなど島事情について、
さらに〔島で暮らすための制度〕の中で2つの補助制度の紹介をします。
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〔島の様子について〕

皆既日食2009/7/22UP
すばらしかったです


山岳事故について2009/5/12UP  
本村港から眺める新岳



〔気になる話題〕

仕事について(金融機関)2009/7/22UP
困ります


国立公園化に向けた動き2007/5/7UP
記念式典での除幕式の様子



〔島で暮らすための制度〕

定住促進住宅があります
一緒に暮らしませんか?


山海留学制度について
一緒に学びませんか?








皆既日食
  

あいにくの曇り空、

日食開始→

皆既日食→

日食

2009年7月22日、待ちに待っていた皆既日食当日、天気予報は雨。 朝から雨がパラパラと降り出し、空を見上げれば雨雲が何層にも重なり合い、太陽がどこにあるのかも分からないような状態でした。
が、日食が始まったら雨が止み、雲が勢い良く動き、見れたんです!本当に奇跡的に!こんな事、あるんだなあ、と思う位すばらしかったです。
奇跡的に見れた事への感動、そして、皆既日食そのものへの感動、太陽と月の動きを体感し、本当に昼間なのに徐々に暗くなっていくという非日常の体験とですばらしい皆既日食でした。
2009・7・22




山岳事故について
口永良部島の山で遭難事故が起こりました。
4月27日、アメリカ人の男の人がお独りで来島しました。 その日の船は午後2時40分に入港します。 彼は、宿へ荷物を置いて直ぐに山へ向かわれたようです。 登り始めたのが何時だったのか、定かではありませんが3時30分くらいだったかもしれません。
宿に戻らないと宿の方からの通報を受けて、島の消防団が捜索に出たのが夜の8時30分ぐらい。 その日は夜中まで探しましたが見つからず、 翌日からは屋久島の消防団・山岳救助隊・鹿児島県警が連日、捜索に山に入りました。 人口150人ほどの小さな島に実に50人ちかくの人が来て捜索をしました。
5月6日からはアメリカからのNGO団体(search& resucue・ professional tracking services)が山に入り捜索を行いました。 彼らの仕事ぶりは本当にすばらしく、 事故が起きてから多くの人が山に入ったのに関わらず、遭難した彼の足跡をたどりあげ、どこで迷ったのかなどを調べ上げました。 アメリカからのNGO団体が捜索に出るようになって、日本の警察と消防、山岳救助隊はひきあげました。
(search& resucue・ professional tracking services)の調査により、 彼は、山で迷い、谷に落ちてしまったのではないかという事です。 山の上から北東の方角に道(島をぐるりと巡る一周道路)が見えるそうです。 彼はコンパスを持っていたのでしょう。あまりにも正確に北東の方角へ進んでいる事が彼らの足跡追跡から分かりました。 そして、60m程の深い谷の所で足跡がなくなっているとの事です。
事故が起こり、山での遭難事故というのは初めてで、口永良部島でまさか、、という気持ちが島民の正直な気持ちでした。 今回の事故により本当に多くの事を学びました。 山に対する認識不足も痛感しています。

続きは、
「口永良部島ガイド協会」HP 内のブログをご覧下さい。  
2009・5・12




火山(新岳)の様子
     

現在、噴煙をあげています

夏の新岳

新岳に雪が積もりました(2005.1)

口永良部島は、新岳・古岳と新旧二つの円錐状火山が結合した小型の火山島です。
そして、2004年2月以降、新岳の火山活動が活発化し、現在でも火山性微動、火山性地震が引き続き発生している状況です。
島内に地震計や監視カメラを設置して火山予知に備たり、年に一回、噴火を想定した防災訓練などしているものの  いつ起こるかわからない噴火に、やはり不安はあります。
私は、普段から噴火したら直に持っていけるようにと貴重品やちょっとした着替えなど、一式まとめて用意しています。  
2005・4・2




仕事について

<採石所の閉鎖>
  

ごっそり削り取られています。

向江浜の採石所あと

20数年続いていた採石所がこの5月をもって閉鎖する事になりました。
この採石所、島にフェリーで来ると直に目に入る場所(向江浜)にあり、 なんだか抉り取られた山が悲しくって、ずっと「閉山すれば良いのに。」と思っていたのですが
いざ、閉山するとなると失業する人が出てきたり、島を去る人がいたりで複雑な気持ちです。
今後、県の指導により整地され、緑化されるという事ですが、以前のようなコウモリの住むシイの原生林が復元されるはずもなく、本当に悲しいばかりです。。
どんな形にしろ仕事として地元雇用があったという事は、それで島で生活していける人がいたというコトなのだから感謝しないといけないなあ、、。
それでも、今回の閉鎖は、今後の国立公園化を考えると良かったのではないかと思います。  
2005・6・6

<牛の競り>
     

あいにくの雨でした。

子牛と言っても結構な大きさ。

電光掲示板に値段が表示されます。

牛が育つ牧草地

あいにくの雨の中、牛の競りが行われました。
一時は、牛の値段が暴落し、牛を育てている方々は、悲鳴を上げていましたが、ここ最近、やっと値段が落ち着いてきたようです。
見ていたら、一頭10万円代から30万円ぐらいで取引されているようでした。
競りにかける牛を仲買人(6人ぐらい)の前に連れて行き、電光掲示板に落札価格が表示されるという方法で次から次へと全部で25頭ぐらい競り落とされました。
食の安全性が問われている今、これだけ確かな育ち方をしている牛ならきっと喜んで消費されるに違いありません!  
2005・6・21

<土木(一周道路)
     

比較的最近出来た部分

海を眺望する所

木々の中をぬうように道があります

島を一周する道があります。
ここ何年も、何人もの島民がこの道作りに携わってきました。実は、島の人が失業する事のないように毎年少しずつでも継続して仕事を出すようにこの道作りが進められてきたのです。
それでも、ついにこの一周道路が完成しました。後は、土木の仕事として治山工事や補修工事などの仕事はこれからも出るでしょうが、継続した仕事としての保証はありません。
そうなんです。ついに、島での仕事がなくなりつつあります。
本当に困った!何か考えなければ。。。  
2005・8・31

<医療-part.1->
  

口永良部島診療所

巡回歯科診療の車

今、口永良部島にはお医者さんがいます!
私がこの島に来た当時(5年前)は、お医者さんがいなくって、看護婦さん一人が全て対応していました。
病気するしないに関わらず、お医者さんが島に居てくれているという安心感は何にも変えられません。
小さな診療所なので大きな怪我や病気の時は、やはり屋久島か鹿児島まで行かないといけませんが、その行くべきなのかどうかという判断も 素人では分からないので、お医者さんに判断してもらうというだけでも本当にありがたいです。
歯科や耳鼻咽喉科、皮膚科などは循環診療といって、鹿児島の離島を回る循環医師が年に1〜2回、来島して診てくださります。 その時、ちょうど歯が痛いかどうか、循環診療が来た後になって歯が痛み出したとか、、ちょっと問題もありますが、助かります。  
2005・7・1

<医療-part.2-
     

先生、ありがとうございました。

見送りに来た島民との記念撮影

お元気で!

とうとう再びお医者さんがいない島になってしまいました。

前任の川崎先生には、本当にお世話になりました。主人は、2度も助けていただきました。もし、いらっしゃらなかったらと思うと本当におそろしいです。
川崎先生には、次の志もあり、引き止めるつもりは到底ありません。それでもお医者さんのいない状態というのは不安です。
普段のちょっとした風邪や怪我などはどうにかなっても、緊急時にはお医者さんがいないとどうにもならないのです。
緊急時にはいずれにせよ島内で対応する事は出来ません。それでも船で鹿児島に行くにも、ヘリコプターが来るのを待つにしても2〜3時間は手当てを受けるまでに待たなければならないのです。
怪我をしてからのあるいは発病してからの2〜3時間にとるべき処置というのはとても大事なのではないでしょうか。下手すれば命取りともなりかねません!
その間にどのような判断をして、どんな処置をすべきかというのは素人には分かりませんし、第一お医者さんが居ない状態でただただ待っているといのがどんなに不安な事か!

お医者さんの方、是非口永良部島にいらしてください。
上屋久町役場で医者の誘致をしているとの事ですが、正直、島に住んでいる者として本当に真剣になって役場がお医者さんを探しているのか不安でしょうがありません。
自分達で動いていかなければ島は変わっていかない、お医者さん探しも自分で出来る事は自分でしないと、応急処置など勉強して分かる範囲で知っておかないと、と思う今日この頃です。
※口永良部島の医師募集について詳しくは、上屋久町役場(0997−42−0100)まで。  
2006・3・18

<医療-part.3-
     

港での歓迎会

高野先生

沢山の島民が集まりました

新しいお医者さんが決まりました!

長い間お医者さんの見つからない状況が続き、さらに屋久島の合併問題などと重なり、先々に不安を感じていたのですが、ついに新しいお医者さんが決まりました。
先生がいない間は、屋久島から月に2回、(屋久島の)先生が診療にいらしてたのですが、なかなか先生のいらっしゃるのに合わせて病気にもならないですよね。。
ちょっとした風邪などは、診療所にも行かずに治していたり、子供の肌荒れや打ち身なども(診療を受けずに)忘れた頃に治っていた、というのが実情です。
その程度の怪我・病気なら良いのですが、やはり適切な判断が必要な時には、専門の知識があるお医者さんが必要です。
まずはともあれ一安心。

新しいお医者さん:高野先生は、釣りが趣味だそうです。
この島で公私共に充実した生活を送られる事を望みます。  
2006・11・6

<医療-part.4-
高野先生が3月末に去られ、またお医者さんのいない島に戻ってしまいました。
早く良いお医者さんが見つかって欲しいです。  
2007・5・7

<医療-part.5->
  

ようこそ!石田先生

島民が出迎えに集まりました@

島民が出迎えに集まりましたA

2008年6月14日、島へ新しいお医者さん(石田先生)がいらっしゃいました!
当日、船が着く頃、港へ先生をお迎えに多くの島民が集まりました。
始めてお会いする先生は、とても優しそうで紳士な雰囲気です。島の人もまずは一安心といった所、、。
小さな島なので、毎日怪我人や病人が出る、という訳ではありません。それでも、日々不安を抱えて暮らしていらっしゃるご高齢の方は、 ちょっとした体調の変化や薬が無くなった、、など、島にお医者さんがいるといないとでは暮らしていく上での安心感が全く違います。
もしもの大怪我や発病で救急医療が必要な場合も、島にお医者さんがいるかいないかで対応(救急ヘリコプターの要請及び受け入れ先病院の決定)が全く違うのだそうです。
本当にまずは一安心。先生には、島暮らしを楽しんでいただいて、一年でも長く島にいて欲しいと願います。  
2008・7・1

<金融機関>
  

届け、島民の声@

届け、島民の声A

現在、島の金融機関は、農業協同組合(JA)と郵便局の2つです。
その内のJAが今回、貯金業務を口永良部島から撤退すると知らせてきました。
聞けば、通帳への記帳一つとっても、屋久島へ通帳を送らないといけなくなるそうです。 ここは、一日一便しか船が出ないのだら、たった記帳だけで2〜3日かかるという事になります。
不便な離島だからこそ、『お金を振り込みましたので今日の船に品物を乗せてください。』といったやり取りも多々あります。 島で商売をしている人などは、毎日の振込み、入金確認が滞り、業務に支障をきたすでしょう。
島での生活、実情を伝え、今回の件に関しては、今一度検討していただきたい、そのためには、声を上げて島民の声を伝えていかないと、と思います。  
2009・7・22




国立公園化に向けた動き
  

荒々しく雄大な景観

こんなのも見れます

シイの原生林

会の様子(パンフレットについて6/29)

現在、口永良部島は「霧島屋久国立公園」への編入という形で全島国立公園化へ向け動き出しています。
火山島ならではの荒々しく雄大な景観、さらに、エラブオオコウモリ(絶滅危惧種)の生息地であったり、 サンゴ群集の保護、豊富な海の資源を守るためにも 将来に向け全島を国立公園として保護していこう、という考えです。
実は、この国立公園化も一部の島民から反対意見が出る等問題が多く、やっとココまでたどり着きました。
話し合ったり、説明会を開いたりと苦労した甲斐があって、 今では島民が納得した形の公園化を目指そうと、先日「口永良部島国立公園化プロジェクトチーム」が発足したところです。
2005・4・2

4/12に第1回目の「口永良部島国立公園化プロジェクトチーム」の会が開かれ、これからの会のあり方について話し合いました。
当面の目標は、島を紹介する良いパンフレットを作るということ。 それからは、島民の意見をまとめ、島内の問題点、要望などを明らかにし、それを行政側に伝えていく事により島全体の活性化を目指すというもの。
なんだか面白くなってきました。
2005・4・13


<国立公園へ編入>
     

除幕式

記念碑の前で、、

記念式典の様子

2007年3月、ついに口永良部島は霧島屋久国立公園に全島が編入しました!

自分の住んでいる島が国立公園になるというのは、島外の方にもその自然・景観の素晴らしさ認めて頂いたという自信にもつながり、 将来にわたって守っていかなければならない大切な財産としてこれからは責任感を持って携わっていかなければならないと気が引き締まる思いがします。
 
2007・5・7



定住促進住宅があります
  

定住促進住宅(その1)

定住促進住宅(その2)

とうとう町営住宅入居者の募集が始まりました。以下、町報からの抜粋です。この機会を逃すと、次は、いつだか分かりませんよ。
是非、ご応募下さい。

募集戸数:1戸
場所:金岳小学校前(写真その1)
家賃:月額10,000円
入居資格
@家賃を支払う能力を有する者であること。
A現在同居している、または同居しようとする親族があること。
B現に住居に困窮していることが明らかな者であること。
C@〜Bのほか、町長が特別に入居が必要であると認める者。
使用期間:7年(町長が特別な事情があると認める場合は、更新することが出来ます。)
受付期間:6月30日まで(申し込み用紙は、建設課に備えてあります。)→終了しました
その他:抽選の期日等については、入居資格審査後、入居資格を満たす申し込み者に別途通知します。
※詳しくは、建設課管理係(0997−42−0100〔内線49〕)まで。
2005・6・16




山海留学制度について
  

2005年度・入学式

中学校の校舎

小・中学校校舎(正面が小学校)

口永良部島にある小・中学校(屋久島町立金岳小・中学校)に入学または転学を希望する児童に対し、 里親の協力を得て受け入れを実施するといった山村留学制度(緑の火山島《南海ひょうたん島留学》制度)があります。
小・中学生という多感な時期を豊かな自然の中で一緒に過ごしてみませんか?
留学期間は、原則として4月から1年間とし、継続も認めれてています。親子留学(家族移住)も同様に適用されます。
里親委託料は、小学生6万円、中学生7万円です。その内、町から半額程度の補助金制度があります。その他、給食費、教材費などが必要です。
詳しくは、屋久島町立金岳小学校(пG0997-49-2141)・屋久島町立金岳中学校(пG0997-49-2186)までお確かめ下さい。

子供たちが作った
金岳中学校を紹介するHPさらに金岳小学校を紹介するHPがあります。是非ご覧下さい。


・2009年度の山海留学生:中学生1名、小学生1名
・2008年度の山海留学生:中学生2名、小学生1名



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