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 憧れのザイフェンを訪ねて 


ドイツ旅日記 2002 Contents




ベルリン訪問編 ― ドイツ人のエルツの工芸品コレクターさんを訪ねて
The Visit to a Collector of Erzgebirgische Volkskunst in Berlin
   06.August  ザイフェン → ベルリン
   07.August  ベルリン → ニュルンベルク

07.August                ベルリン → ニュルンベルク     
 今朝は雨模様。奥さんのSabineさんは、朝早くからお仕事先の幼稚園に出勤されて、
朝食は、Nitsche氏に用意していただいた。昨夜に続き大変恐縮だったが、勝手がわからないので、甘えることに。
 
 私と息子は、今日のお昼の12時過ぎの列車でベルリンを発ちニュルンベルクに向かう予定で、
 
お天気も悪いということで、
出発までずっとNitsche氏のお宅で過ごすことになった。 
私としては、Nitsche氏のコレクションを見せていただけることが何よりだった。
 
 まず、コレクションの写真を撮らせていただくことに・・・。本当は、コレクション全部の写真を片っ端から順番に撮り
 
たかったが、何せコレクションのボリュームがすごいのと、よそ様のコレクションをすべて写真に収めるというのは
 
かなり気が引けて、特に素晴らしいと思う作品群に絞らざるを得なかった。あ〜、でもやはり、もう少したくさん撮ら
 
せてもらえばよかった・・・と今になって後悔。カタログでも見ることができないような、本当に貴重な作品を
 
いっぱいお持ちだったのだ。
 
 私は、Nitsche氏からコレクションの作家名や工房名を順番に
教えてもらい、特に思い入れの深い作品や、珍しい作品などを
 
紹介してもらった。
 
 右の写真の煙り出し人形たちは、高さがそれぞれ30センチくらい
 
はある大ぶりの人形達だが、これらは一般的に販売されておらず
 
今はもう亡くなった人形作家のHans Harzer氏が、友人やコレクター
 
のために、特別に作られたものだそう。Nitsche氏も毎年一体ずつ
 
作ってもらったそうだ。現在は、息子さんのGerd Harzer氏にやはり
 
毎年作ってもらっているそうである。
 
 
Hans Harzer氏作の特別なコレクション →
ヴォルフガング・ヴェルナー氏のやじろべえの作品の姿も!
 

 そのほか、3番目の息子さんAndreas君の誕生を記念して、私も好きな小部屋シリーズの作家Gunter Flath氏に
特別に作ってもらったという作品も見せていただいた。普通の作品よりもほんの少し小ぶりで、窓のカーテンが
 
全くオリジナルのものだった。作品の裏面には、Gunter Flath氏の手書きのメッセージも添えてある。
 
Nitsche氏は、ザイフェンをはじめエルツ地方を毎年、年に3回くらいは訪れているそうで、もうすっかりどの工房も
 
訪ねられ、親交が深まっているようだ。
 
    
Nitsche氏の三男Andreas君の誕生を記念して作られた Gunter Flath氏製の特別な小部屋 と その裏書き 

 そして、とうとうNitsche氏は、古い長持ちのような収納箱から、Nitsche氏一番のお気に入りのピラミッドが入っ
ている箱をわざわざ出してくださり、丁寧にしまわれていたピラミッドを組み立ててくださった。
 
これは、Klaus Hübsch氏の作品だそうで、とても伝統的な 
雰囲気のピラミッドである。聖誕がモチーフの作品かと思ったら
 
そうではなく、素朴な村の生活を題材にしたものだった。
 
Nitsche氏いわく、人形の作りがものすごく丁寧で、
 
最高の作品らしい。これも工房に製作を依頼して、半年か1年も
 
待って、ようやく手に入れられたものだそうだ。
 
確かに、色使いも上品で、最高に素晴らしい一品に思えてきた。 
 写真を撮らせていただいたあと、再びそのピラミッドは、丁寧に箱に戻されて、クリスマスまでしばらくお蔵入りと
なった。クリスマスには、そのリビングルームが、とっておきのコレクションでどのように飾られるのだろうと
 
とても興味がある。私など、自分の大事なエルツの作品でも、シーズン中しか作品が見られないなんて我慢でき
 
ないので、スペースがある限り一年中飾っているが、紫外線などに一年中さらされて、作品のためには絶対に良く
 
ないだろう。それに季節感は無くなり、クリスマス時の感動は減少しているかも。
 



Nitsche氏が手に 
されているのは、
 
ヴァルター・ヴェルナー氏
 
の作品でアウグスト王?
 
 Nitsche氏のお宅での写真は、すべてこの日に撮ったもので、 
これはという作品の前で、記念撮影をさせてもらった。
 
リビングルームのコーナーを飾るクリスチャン・ヴェルナー氏の
 
ピラミッドも、どうしても撮っておきたかったものの1つで、
 
博物館ではなく、普通の一般家庭に飾られている姿は、
 
そうめったに見られるものではないと思う。
 
手に持たれているのは、クリスチャン・ヴェルナー氏のお父上の
 
ヴァルター・ヴェルナー氏の作品で、これも特別に注文して
 
作ってもらった大変貴重な作品のようだ。
 
 私は、ザイフェンに引き続いて、ベルリンのNitsche氏のお宅で 
も、これ以上はないというほど目の保養をさせていただいて、
 
本当にNitsche氏を訪ねることができてよかったと、心の底から 
何度も何度も思い返した。
 
 お昼が近づいて、簡単な軽食ということで、奥さんのSabineさんがわざわざ用意してくださっていた実だくさんの 
スープとパンをご馳走になり、Nitsche氏は、私たちが車中で食べるようにとドライソーセージやバナナに
 
ミネラルウォーターなどを持たせてくれた。
 
また、私も気持ちばかりのおみやげを渡したが、Nitsche氏からは、エルツ地方についての本や貴重なコレクショ
 
ン、古いカタログなどをいただいて、息子にまでも心のこもったプレゼントを用意してくださっていた。
 
 私たちのこの夏のドイツ行きが決まって、Nitsche氏にメールで訪問の意志を伝えた時、 
Nitsche氏からは、是非ドイツの普通の家庭の生活を楽しんでもらいたいと温かい歓迎のお返事をいただいた
 
が、本当にこの2日間のために、どれほどのお気遣いをいた
だいたことか。 
私は、その誠意とお心遣いが身にしみて、私も是非Nitsche氏がご家族で
日本の我が家にも来ていただきたいと 
お願いしたが、やはり日本へは費用がかかり
すぎるので、なかなか難しいともいわれて、それも納得。 
しかし、いつか来ていただける
のではないかと楽しみにしている。  

 Nitsche氏のお宅を出るのは本当に寂しかったが、Nitsche氏が再び私の重い荷物を

引いて、ベルリン東駅まで見送ってくださり、私は最後のお礼をいうタイミングをうかがって
 
いた。自分としては、列車にいよいよ乗り込む前に、もう1度握手をしながら精一杯お礼の
 
気持ちを伝えるつもりだったのが、シナリオに反して、ホームに入ってきた予定の列車が
 
駅に表示してある車両数の半分しかつながっていなくて、目的の車両までずい分と離れて
 
しまい、私たちは、Nitsche氏に挨拶をする余裕もなく、全力でホームを走らなければなら
 
なかった。Nitsche氏は、私たちにとにかく早く列車に乗り込むようにといい、
 
結局私の思い描いていたお別れの挨拶がまったくできずに、ただドア越しに手を振るだけの
 
あっけない別れとなってしまった。
 
私は、Nitsche氏とも満足いく最後が締めくくれなかったのが、ひどくショックだった。
 

ベルリン東駅にて 
列車はベルリンからどんどん離れていき、その様子を車窓から悶々とした気分で眺めていたが、
最後に伝えたかった心からの感謝の気持ちを日本に帰ったらすぐにメールしようと思い直して、ようやく気持ちが
 
落ち着いてきた。
 
 ベルリン東駅を昼の12時半に発って、次の目的地ニュルンベルクまで、ICEでちょうど5時間かかる。
 
5時間と考えると長くて、いくらドイツの車窓でも退屈してしまうのではないかと案じていたけれど、
 
不思議とあっという間に到着したように感じる。
 
2日後に主人とフランクフルト空港で落ち合うまでは、私と息子だけの2人旅が続き、まだまだ緊張が伴うが、
 
ニュルンベルクは、私にとっては4回目の訪問で、少しは勝手がわかるので、その分、気は楽だ。
 

 列車は、明日観光する予定のバンベルクを通り過ぎて、夕刻5時半くらいにニュルンベルクに到着した。
 
私たちが無事にニュルンベルクまで来たことを、日本の主人に報告するために、駅で電話を探して、
 
クレジットカードを使って電話しようとしたのだが、なかなかうまくつながらない。
 
使い方に従って、かけているつもりだったのだが、カードを使うのをもうあきらめようかと思った瞬間ひらめいた。
 
日本でテレフォンカードを使うのと同じように思って、カードを入れっぱなしにしていたのだが、
 
(ウィーン空港では、この方法でうまくいったのですが・・・)
 
カードを入れてしばらくしてから、カードをいったん引き抜くように説明されているのではないかと考え、
 
そうやってみると、みごと日本の我が家につながったのだった。
 
つまり、コインの代わりにカードを入れ、ダイアルする前にカードは引き抜き、それから日本の国番号からダイアル
 
していくと、すんなりつながり、確か10ユーロ分の通話ができ、それを超えると切れるしくみだったと思う。
 
それ以後、日本への電話はすべてクレジットカードが使える電話を探してかけたが、途中で切れる心配もなくて
 
とても便利だった。
 

 ニュルンベルクのホテルは、その立地のよさが気に入って、前回泊まったところと同じ、
中央駅正面の職人広場のすぐ隣にあるHotel VICTORIAを予約していた。
 
今回の旅行で、ホテル選びの基準は、まず駅に近いということが第一条件である。タクシーを利用するという
 
余分な出費を抑えたかったのと、鉄道駅までの時間的な見通しが立てやすいからだ。
 
そして何よりも、早く荷物から開放されたかった。
 

 その後、私たちの旅は順調に進み、2日後には主人とも無事に合流でき、旅の緊張感からもずい分開放された。

これ以降の旅の記録は、お気に入りのポイントを中心に簡単に紹介させていただく予定です


ドイツ旅日記 2002 Contents       南ドイツとライン地方を巡って へ


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