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 憧れのザイフェンを訪ねて 


ドイツ旅日記 2002 Contents




ザイフェン滞在編
At Seiffen
31.July  関空 → ウィーン経由 → ドレスデン
   01.August  ドレスデン → ザイフェン
   02.August  ザイフェン滞在 1日め
   03.August  ザイフェン滞在 2日め
   04.August  ザイフェン滞在 3日め
   05.August  ザイフェン滞在 4日め

05.August               ザイフェン滞在 4日め
 いよいよ今日は、ザイフェンでの最終日。朝から気合を入れて、ショップを見て回った。
それにしても、本当にたくさんのショップが並んでいるので、どこでどれを買おうかから悩んでしまう。お店によって
 
同じ作品でも少しずつ値段が違ったりして、そして、そこは私の持っているカードが使えるかなどを考えながら、
 
中央通りを行ったり来たり。そうそう、銀行で日本円をユーロにも両替しないと・・・などなど。
 
そうこうしている内に、Mahoさんとの待ち合わせの時間が近づいて、私はおもちゃ職業専門学校の方に向かった。
 
 待ち合わせの時間よりも少し早く着いたので、学校のピラミッドの後ろ側にあるベンチで座って待つことに。
 
しばらくすると、学校の玄関から、たくさんの生徒さんが出てきて、私を見て驚いた様子。私も恥ずかしくて、
 
Mahoさんが出てきてくださるのを必死で待っていた。ほどなくMahoさんのお姿が見え、助かった気分。
 
ちょうど休憩時間に入ったので、先に学校のすぐお隣にあるライヒゼンリングさんの工房を一緒に訪問してくださる
 
とのこと。どうしても行っておきたい工房だったので、本当にすごくうれしい。
 

 ライヒゼンリングさんの工房への階段を上がって行って、Mahoさんが先ず挨拶をしてくださり、私も簡単にご挨拶
をしたあと、工房の中へ招き入れていただいた。
 
 
そのお部屋には、女性の方がお2人おられて、そのうちのお1人が先代のマイスターGünter Leichsenring氏の 
娘さんで、現マイスターのGitta Kreißlさんであった。お2人とも、細い筆を使って、人形の部品1つ1つに細かく
 
彩色をされている。
どの作品の部分なのかはわからなかったけれど、いずれにしても一体一体、数多くの部分に 
分かれた人形の部品に少しずつ彩色しては乾かしの作業を繰り返して、ようやく1体の人形ができあがるのだと
 
いうことはわかった。私が持っているライヒゼンリングさんの作品を見ただけでも、それは容易に想像できたけれ
 
ど、やはり実際にマイスターや職人さんが筆を執っておられる様子を拝見して、また、すでに塗り終わった部品が
 
何種類も棚に並んでいる姿を見ると、あ〜何て手の込んだ細かい作業なのだろうと、本当に頭が下がる思いだ。
 
でもその作業の様子は、ライヒゼンリングさんのところに限らず、ヴェルナーファミリーのどの工房でもそうだったし、
 
エルツのほとんどの工房で、同じような細かい何行程にも分かれた手作業で作品が作られているはずだ。
 
  
     
                  現マイスターのGitta Kreißlさん                     工房の若い職人さん
 その工房の部屋で、私の大好きな作品が、ケースにきちんと展示されているのではなく、たった今完成した
ばかりという風に
作業台の上に、ほかの小さな部品といっしょにに並んでいたりするのを見ると、本当にうれしく
 
なってしまった。
 
 工房の通りに面した外庭にも、作品の展示ケースがあったが、その工房の部屋の中にもショーケースがあり、 
現在作られている作品がすべて展示されているようだった。訪問の大きな目的の1つ、作品の購入を、応対に
 
当たってくださった恐らくGünter Leichsenring氏の奥さんにお願いすることに・・・。  
ショーケースの中の新作を中心としたお目当ての作品を1つ1つ指差して、それらの購入の意志を伝えた。 
すると、奥の倉庫と思われる部屋から、1つ1つが入った作品の箱を出してきてくださり、その箱を開けて中の 
作品を見せてくださる。もちろん不具合などあるわけがない。それらをすべて喜んで買わせていただいた。 
この機会を逃すまいと、欲しいと思った作品をすべてお願いしたら、ユーロの現金が足らなくなって、あとで 
慌ててまた銀行に走るというハプニングもあったが・・・。
 
 
工房の部屋の様子 

外に展示されていた 
Seiffener Mettengängerシリーズ
 それから、Mahoさんの学校に戻り、ろくろの実習風景をいよいよ見せていただけることになった。
ライヒゼンリングさんのところで、私が買い物に手間取ったせいで、学校の授業はもう始まってしまっていて、本当に
 
申し訳なかった。Mahoさんは、大丈夫!と言ってくださったが・・・。
 
 Mahoさんの後を緊張して付いていき、ろくろの実習室に入らせていただく。
その部屋には、全部で10台くらいのろくろの機械が並んでいて、すでに
 
ほかの生徒さんが、それらの機械を使ってそれぞれ別々の課題に取り組まれ 
ていた。プ〜ンと木の香りがただよい、木を削るギ〜ンという音があちこちから
 
威勢よく聞こえる。
 
 Mahoさんもすぐに、朝から取り組まれていたスノーマンの削りだしを始め
 
られた。その機械の横には、3〜4コのもう出来上がったスノーマンたちが
 
並んでいた。
 
 ろくろの前には、スノーマンの正確な設計図が張ってあり、そのサイズに
 
基づいて、ノギスを使って正確にスノーマンの頭・胴体・足?の部分を順番に
  

Mahoさんとクレーサー先生 
削りだされていた。ノミの刃の当て方を微妙に変化させて、四角の角材から、あっという間に丸いスノーマンの頭が
そして胴体・足へと、途中でノギスでサイズを測る以外には、ほとんど躊躇いもなく一気に削りだされる技には、
 
本当に感嘆した。「Mahoさんのザイフェン便り」の中で、それらの技術を習得されるときの苦労話や写真で紹介
 
していただいていた作品などから、相当に腕を上げられているだろうとは思っていたけれど、目の前でそれを見せて
 
いただくと、私の素人目からでは、わずか2年足らずで、よくここまでお出来になるとMahoさんの才能に感服!
 
でも実際、Mahoさんは同級生の中でも、かなりの優等生なのである。
 
      
 Mahoさんたちが実習で作られた作品の行方が気になるので尋ねたら、確かクリスマスシーズンに行われる 
学校のバザーで売られるとのことで、絶対に持ち帰ることはできないそうだ。1ついただけたらなんて思った私が
 
恥ずかしかった。
 
 私の帰り際に、ろくろのクレーサー先生を紹介していただいた。クレーサー先生は、Mahoさんのことを 
とても優秀な我が生徒という感じで目を細められ、私にもとてもニコニコと接してくださり、有り難かった。
 
 Mahoさんには、学校が終わられてから、もう1度お会いする約束をしていただく。明日の私達のザイフェンから
 
ベルリンへの交通経路について、相談に乗っていただくために・・・。
 

 Mahoさんの学校を出てから、ホテルに待たしていた息子を連れに戻って、ザイフェンのおもちゃ博物館前から
出ている観光汽車型自動車(Seiffener Bimmelbahn)で、あらためてザイフェン見物をすることにした。
 
 乗り場に急ぐと、すでに汽車は停まっていて、空いていた最前列の席に息子と座った。息子も、久々に生き生きと 
喜んでいる。私のザイフェンでの行動は、息子にとっては退屈なものでしかないらしい・・・。
 
 運転手兼車掌さんから切符を買って、いよいよ汽車は動き出した。おもちゃ博物館前を出発して、中央通りから 
教会の方へ向かう。幾度となく歩いた通りだけど、汽車に乗って移動するのも、また新鮮である。教会を通り過ぎて
 
どんどん進み、ザイフェンの村が見渡せるほどの高台まで上がり、野外博物館に到着した。
 
ここで、しばしの停車となり、運転手さんが客車まで、絵葉書やかわいいおもちゃのお土産物を売りに来られる。
 
私と息子は待ってましたとばかり、この汽車の写真が入った絵葉書と緑の汽車が付いたミニチュアシュヴィープ
 
ボーゲンを買った。息子は、小さい時から鉄道好きで、エルツのおもちゃも汽車ものなら喜んで欲しがるのだ。
 
 汽車は、再びおもちゃ博物館の方へ戻り始めたが、今日もここでまた雨が降り出した。幸いしっかりとした屋根 
付きの汽車なので、濡れることはないけれど、せっかくの景観は、雨でけむってよく見えなくなってしまった。
 
それでも往復40分くらいのザイフェンの村巡りは、とても楽しくて、時間さえあれば、もう1度乗りたかったほど。 
    
  ザイフェン周遊観光汽車のチケット 
 突然の雨に、傘も用意していなかったので、汽車から降りると、慌ててすぐ向かいのDREGENOのショップ 
に飛び込んだ。そこの2階のカフェが私と息子のお気に入りで、昨日もそこで昼食を取ったが、今日もそこが 
いいと息子が言うので、私もホイホイと賛成。すぐに2階に上がったけれど、ちょうどお昼時で満席状態。
 
ならば仕方ないと、私はまた喜んで、ショップの見物にいそしんだ。息子も仕方なく付き合う羽目に・・・。
 
 DREGENOとは、ザイフェンの工芸家組合のことで、各工房がそこに
製品の販売・卸を委託している。そのDREGENOが、一般客向けに
 
Spielzeugschacht'l(おもちゃ箱)という名前で、おもちゃ博物館の 
向かいに大きなショップを出している。そこは、お店というよりも博物館
 
に近い感じで、ものすごくたくさんの種類の中から、お気に入りの作品を
 
選びだすのは、なかなか時間がかかることだろう。この私でさえ、その店
 
の商品を眺めるだけで、もう充分幸せという気になってきて、いざどれを
 
買って帰ろうか・・・となかなか決められないでいた。
 
 2階のカフェから、人がたくさん下りてきたので、もう空いただろうと再び
 
上がってみた。そこのカフェは、DREGENO直営だけあって、窓際や
 
壁際そして柱の上にも、エルツの木工芸品がとてもかわいらしく並べ
 
られており、それらをちらちら眺めながらの食事やお茶は最高だ。
 

DREGENOの直営ショップ Spielzeugschacht'l 
 の入口前のディスプレイ

 あと、どうしても行っておきたい場所があった。それは、大手のメーカーが有料で作品の製作風景を公開している
公開工房で、ザイフェンでは、Richard Glässer社とSeiffener Volkskunst社の2つがあるのだが、私は、くるみ割り
 
人形が主力製品のSeiffener Volkskunst社の方へ行くことにした。
 
 私たちが泊まっていたホテルの角から、教会方面とは反対側に歩いて7〜8分のところにある。 
思ったよりも小さな工房だったのは、そこですべてを作っているわけではなく、観光客用にひと通りの設備を整えて
 
実際の作業の様子を見せることに重点を置いたミニ工房だったからだろう。 
 その工房に入ってすぐは、ショールームを兼ねたショップで、その奥が作業所になっていた。大手のメーカー 
だからといって、今までに見せていただいた個人の工房の雰囲気と違うわけではなく、ただ広いスペースに作業台
 
がいくつか並んでいて、その作業台ごとに職人さんが別々の仕事をされている。出来上がった作品や、その途中の
 
作品が棚や机にずらりと並んでいる様子は、個人の工房の様子とまったく変らない。
 
 もう何回か、たくさんの工房を見せていただいたあとだったので、大感激いう訳にはいかなかったけれど、
 
職人さんが、やはり手作業で1つ1つ丁寧に仕事されているのを目にすると、これから先もずっと熟練した技で、
 
諸外国のコピー製品とは一線を画した高品質の作品を
作り続けて欲しいと願わずにはいられなかった。 

Seiffener Volkskunst社 
公開工房

右側の職人さんは、ろくろで作業中 

手前のおばさんは、人形の包装作業中 

 Seiffener Volkskunst社の公開工房の訪問を終えて、ヴォルフガング氏の工房へ急ぐことにした。
私がザイフェンで購入したものやいただいた資料などをまとめて、ヴォルフガング氏のところから日本の我が家に
 
送っていただくことになっているからだ。その日の午後3時までにうかがえば、2日の金曜日にお会いできなかった
 
職人さんを紹介していただけることになっていたのだが、どうしてもその時間までに買い物が済ませられなかった
 
のと、学校が終わられたMahoさんにヴォルフガング氏のところにご一緒していただければという希望もあって、
 
結局午後4時前に大荷物を抱えてMahoさんと一緒に、ヴォルフガング氏の工房へ急いだ。 
 ヴォルフガング氏は、私の訪問を待ってくださっていたようで、会うなり「遅〜い!」と言われてしまい、私も必死で 
お詫びをしたのだけれど、後悔先に立たず、またもや申し訳ない大失態をしてしまった。
 
ヴォルフガング氏は、その後すぐに出かけられるとのことで、私も数々のご厚意のお礼と、もう1度今日の失礼の
 
お詫びの気持ちを一生懸命に伝えようとしたのだけれど、本当にひと通りの簡単な言葉しか出てこなくて、
 
またまた情けない限り。博物館の館長さんに対しても、思い通りのお礼とお詫びが伝えられなかったし・・・。
 
Mahoさんは、その後学校の授業だけの日が続き、ヴォルフガング氏の工房にはしばらく来られないとのことで、 
ヴォルフガング氏が出かけ際に、Mahoさんの目をしっかり見つめながらMaho!・・・・・」と話し掛けられた。 
その時のヴォルフガング氏の温かい眼差しが、私には忘れられない。
 
私は、この時、ヴォルフガング氏とMahoさんとの師と弟子としての強い絆をあらためて実感した。
 
 ヴォルフガング氏が出かけられてから、再び2階の事務所に上がって、ヴォルフガング氏の奥さんのウテさんと 
Mahoさんと私の3人でお話をしたのだが、その時に、ヴォルフガング氏の1番のお気に入り作品が、 
あの「でんぐり返り人形」だと伺った。それ以外にも、いろいろ気さくに話してくださって、
私は本当にうれしかった。
 
 その後、私の大量の荷物の荷造りをして送ってくださったのもウテさんで、それもその後に起こった洪水の直後 
まだ混乱していた最中ではないかと思われる頃に、早々に送ってくださって、本当に大変にお世話をかけて 
しまった。私も、帰国直後と荷物が届いた時にそれぞれメールで一生懸命にお礼状を書いたのだが、 
その後のMahoさんからのメールで、それを読んでくださったウテさんからのお言付けの内容を伝えてもらえて、
 
私もようやくヴォルフガング氏とそのご家族に、私からの精一杯の感謝の気持ちを伝えることができたと心から 
ホッとした。
 

 Mahoさんと私は、ウテさんにお別れをして、ヴォルフガング氏の工房を出てから、私が泊まっているホテルの
ロビーで、明日の私たちのベルリンへ向かう行程についてMahoさんに相談に乗っていただくことに。
 
私が、ドイツへ出発前にあらかじめインターネットのドイツ鉄道のホームページで検索していたプランは、
 
ザイフェンのどこから出発するバスかもわからなかったのと、時間もかかり過ぎで、使えないプランだった。
 
Mahoさんの今までのご経験から、とりあえずドレスデンまで向かうには、ザイフェンに来た同じ経路を戻るか 
フライベルク(Freiberg)までバスで向かい、そこから鉄道に乗り換えるのがベストではないかということで、 
わざわざMahoさんが下宿に戻られてから、あらためて詳しい時間を調べてくださることになった。
 
Mahoさんは、ヴォルフガング氏のお嬢さんDorotheeさんに下宿まで送ってもらうことになっていて、 
私もいよいよMahoさんとも、ザイフェンでお別れする時間が来てしまい、名残は惜しかったけれど、とうとう 
MahoさんとDorotheeさんをホテルの前でお見送りしたでも、Mahoさんには、また後で電話をすることに 
なっているので、本当のお別れの挨拶はまだしないことに。
 

 そのあと、私と息子はザイフェンでの最後の夕食を取るために、ザイフェンの大通りも見納めと、適当なレストラン
を探して歩いたのだけれど、ホテルではない一般のレストランは、どこも早じまいのようで、店のあとかたづけを
 
始めている始末。仕方ないので、今日も泊まっているホテルのレストランで食べることにした。
 
私は、そのホテルに5泊もして、Mahoさんやヴォルフガングファミリー、そのほかたくさんの方のご厚意で、  
ただの日本からの個人客としては、もうこれ以上望むことはないほどの充実した4日間たっぷりを過ごすことができ
 
て、罰が当たるのではないかと思うくらい幸せである。もう1つ欲を出せば、もっとしっかりドイツ語を身につけてから
 
今回の旅行を経験することができていたら、さらに数倍も素晴らしかっただろうと思うのだが、それは今さら後悔して
 
も始まらない。その教訓をこれからに生かすしかないようだ。
 
     
閉店後で入れなかったカフェ・レストラン              かわいいエルツの工芸品ショップの1つ 

 夕食後、Mahoさんに電話をして色々うかがった上で、やはり、朝1番のザイフェンからフライベルクまでの
直通バスに乗って、フライベルクで鉄道に乗り換え、ドレスデンまで向かう経路に決めた。
 
朝1番のバスは、ザイフェンを午前6時24分に出て、まずノイハオゼンに向かう。
 
それに乗ると、Mahoさんが学校に向かわれるのに、ノイハオゼンのバス停でザイフェン行きのバスをちょうど
 
待っておられる時間に、私たちのバスがノイハオゼンに停まるので、本当にその時が、最後のお別れになる
 
ようだった。でもその時にお話まではできないので、やはりその電話で、最後のお礼とお別れの挨拶をした。
 
それでも、Mahoさんには、いくら感謝の気持ちを伝えさせていただいても、全然言い足りなくて、やはり思いは
 
残ってしまった。 
 そして私と息子は、とうとうザイフェン最後の夜を迎え、明日の早い出発に備えて荷物の整理をし、ちょっぴり 
センチメンタルな心持でベッドに入った。
 


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