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New エルツのおもちゃに会いに・・・  Report Vol.1
日本玩具博物館  恒例展 「世界のクリスマス」 を訪ねて
( 開催期間 2000.10.8−2001.1.30 )

2001年1月3日に、兵庫県神崎郡香寺町の日本玩具博物館で、毎年催されている人気の恒例展「世界のクリスマス」を今年も訪ねました。
この博物館へは、私の実家から車で1時間ほどで行くことができ、ここのクリスマス展を訪ねることが、いつも帰省先で新年を迎える私の毎年の楽しみとなっています。

毎年恒例のクリスマス展ですが、展示物は、その年々のテーマに沿って少しずつ入れ替わっています。
今回は、「光の造形」がテーマで、光を象徴するオーナメントにスポットがあてられ、ヨーロッパを中心に世界各国のオーナメントなどが900点あまり展示されていました。

ドイツのものとして、エルツ地方の作品も、ピラミッドをはじめ多数展示されていましたが、テーマが光の造形のためか、例年よりは少なく感じました。

館長さんより、展示物の写真を載せる許可をいただいたので、多数撮らせていただきました。
写真をクリックすると拡大写真がご覧になれます。

  日本玩具博物館
  のホームページへ


今回のクリスマス展のメインの1つが、麦わら細工のオーナメントです。
麦わらを放射状に編んだり組み合わせて作られたオーナメントは、光りかがやく太陽をあらわしているそうです。

こういった麦わら細工や木の実を使ったクリスマスのオーナメントは、各地のクリスマス市で売られているものですが、井上館長さんのお話しによると、年々地元で作られる手作りのものが減ってきて、代わりに中国製などの外国製のものが多数占めるようになってきており、それを知らずに、地元特産のものとして買っていく人々も多いとのことです。
その傾向は、麦わら細工などのオーナメントに限らず、エルツ地方の木工芸品を模倣したものも、数多くヨーロッパ各地のクリスマス市に出回っているそうです。
確かに日本でも、かなり前から、エルツのものをまねた中国製の、価格は非常に安いけど恐ろしく粗雑な作りの、木製ツリーオーナメントやピラミッドさえもよく見かけます。100円ショップで、安っぽい煙り出し人形を見つけた時は、本当に腹立たしい気持ちになりました。
こういう状況が、伝統あるヨーロッパのクリスマス市でも起こっているとは、時代の流れで仕方ないこととはいえ、本場ドイツのクリスマス市を訪ねるのが夢である私にとっては、本当に残念な現実です。

井上館長さんのご厚意で、1994年にザイフェンや各地のおもちゃ博物館を訪ねられた旅のレポートが掲載されている日本玩具博物館・館報のコピーをいただきました。
それに記されている、素晴らしいおもちゃやそれらにかかわる人々との数々の出会いの報告に、私も実際にザイフェンなどのおもちゃ作りの村々を訪ねたい気持ちがいよいよ高まり、何としてもその夢がかなえられることを祈るばかりです。
貴重なレポートをすべてご紹介したいところですが、その中でも特にご紹介したい部分を抜粋させていただきます。 

日本玩具博物館 館報13号
井上 重義 館長のレポート  「ヨーロッパの玩具博物館を訪ねて」(1) より一部抜粋

 ザイフェン−木製玩具製作のメッカ ━

 ドイツを訪れる前、私は見たいところとして、ニュールンベルクやゾンネベルクの玩具博物館とベルヒテスガーデンをあげていた。古本さん(ドイツ在住の玩具収集家)から、是非見て欲しい場所がある、ドイツの玩具を語る上で絶対見逃してはならないところだ、といわれたのが、ザイフェンである。旧東ドイツ領、チェコ国境に近い町で、交通も便利とはいえないので、日本からこの町を訪れた人は、ごく少ないようだ。
 ニュールンベルクからフルベルト博士(古本さんのご主人)と通訳の藤島氏の車で5時間余り、アウトバーンを走りに走ったが、旧東ドイツに入ると道が悪く、スピードが遅くなった。東独地方のアウトバーンの多くは、ヒットラー時代のものがそのまま使われていたそうで、至る所で道路の改修工事が進んでいた。
 ザイフェンは、胡桃割人形や煙出し人形、キャンドルスタンドなどの伝統的期な木製玩具が古くから作られており、保養所としても知られている風光明媚な土地。日本でいえば、東北のこけしの産地といったところである。
 ザイフェンのあるエルツゲビルゲ(鉱山山脈)地方は、12世紀頃より、銀、鉄、錫などが採掘され、鉱業で栄えた地域だった。19世紀以降、鉱業が衰えるにつれ、付近の豊富な森林資源を利用して、鉱夫たちが副業として、いろいろな玩具を作るようになり、それが発展して現在にいたるようになっている。キャンドルスタンドにろうそくを手にした鉱夫姿のものがあるのは、そんな歴史的背景があるからだ。
 旧東ドイツ時代、ここで作られる玩具や人形は、もっぱら輸出に廻され、外貨獲得に一役買っていた。
 今もこの地方には、何十人もが働く大きな工房が10ヶ所と個人工房が140ヶ所もあると聞いた。山登り人形の作者、胡桃割り人形の作者、ミニチュア玩具の作者・・・とそれぞれに得意な玩具があり、ひとつひとつの玩具が、作者の個性を織り込んで、丁寧に製作されている。
 嬉しかったのは、作者宅や工房など、道路に面したところや目につきやすい場所に、展示ケースが作られていて、それぞれに作っている作品が並べられていることだ。街を歩くと、それがいっぱい目につき、おもちゃの町にぴったりの雰囲気。また、製作過程を公開している工房も何ヶ所かあって、賑わっていた。
 それから、驚いたことに、キャンドルスタンドでお馴染みの八角形の教会がなんと、町の中央にあったのである。1779年に建てられたこの教会をモデルにして、キャンドルスタンドが作られたのだ。それに、キャンドルスタンドに付いている帽子を被った人形と、全く同じ姿の子どもたちにも出会った。可愛い教会も家も人々も、まるでおもちゃの世界から抜け出たような感じで、感動の連続だった。聞くと、ザイフェン周辺の玩具作家は、自分たちの身近な風景や暮らしを玩具の世界にうつしてきたという。
 ザイフェンの玩具博物館は、町のメインストリートに面した三階建ての木造の建物である。ザイフェン周辺で長年にわたって作られてきた木製玩具が展示されている。子どもたちが実際に曳いて遊んだ大型のひき車や押し車なども並んでおり、その中に、わが国で作られている木製玩具とそっくりなものを見つけた。
あひる車だ。宮城県の遠刈田で作られているものと型も彩色もほぼ同じ、曳くと、車の回転につれ、あひるが首を伸ばし口をパクパク動かす。遠く離れたドイツの町で、なぜ同じものが作られているのか、その謎が知りたい。
 大型の木製玩具は、1950年頃まで作られていたらしいが、その後は、政府の価格統制化によって作られなくなったと聞いた。現在、ミニチュアのものが主力となったいるが、これは、約100年前からで、英国の輸入税が量から重さに変わったためだという。

      以上   井上 重義 館長のレポート  「ヨーロッパの玩具博物館を訪ねて」(1) より一部抜粋


以上を読んでいただくと、ザイフェンの村中におもちゃがあふれている様子が目に浮かび、是非とも実際に訪ねてみたいという私の気持ちも、おわかりいただけると思います。
1月3日は、今年最初の開館日で、日本玩具博物館の館内は子ども連れの多くの見学者でいっぱいでした。
特別展示のクリスマス関係のものの他に、常設展示の日本の伝統郷土玩具、駄菓子屋の玩具、ブリキ製などの今や懐かしの玩具、ちりめん細工や手まり、そして世界の玩具など非常にバラエティーに富んで豊富に展示されているので、どの年代の方々でも楽しめる博物館だと思います。
日本で昔から作られていた伝統のおもちゃも、ザイフェンのおもちゃに負けない素晴らしいものばかりで、やはり木工用ろくろを使って器用に作られているものも多く、それらは、世界に誇るべき存在でしょう。館長さんも、日本のおもちゃが世界一だとおしゃっていました。今もかろうじて地方の民芸品として残っている郷土玩具が消え去ることなく、また逆に外国の優れたおもちゃを単に模倣したのではない、日本オリジナルの優れたおもちゃ作りが、日本の産業として残ってもらいたいです。

最後になりましたが、井上館長さんには、たくさんの来館者でお忙しい中、展示品の説明をしていただき、貴重な館報のコピーまでも直々にしていただきまして、本当に有難うございました。
また、展示品の写真や館報の一部をこのホームページに掲載することをご快諾いただきましたことを、心からお礼申し上げます。

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