ES細胞のインジェクションと「その後」
1:過排卵処理
明暗サイクルは実験者の都合などによって適当に設定できる。6時ー6時や7時ー7時など12時間明、12時間暗が一般的。暗期のちょうど中間時点に交配が起こると言われている。当研究室では明暗リズムは6時30分ー6時30分に設定しており、ホルモン注射はPMS、HCGともに午後5時に行っている。
*夕方5時に0.1mlずつのPMSを生後4ー6週令の雌マウス20匹の腹腔に注入。
*48時間後に0.1mlずつのHCGを腹腔に注入、雄マウスと同居させる。
*翌朝プラグを確認。プラグは念のため確認するが、ホルモン注射により強制的に発情させた雌マウスはほとんど100%オスと交尾したと考えて、採卵にはすべてのマウスを使用する。
2:偽妊娠マウスの用意
過排卵マウスをオスに掛け合わせた翌日、発情期にあるメスマウスをパイプカットしておいた雄マウスに掛け合わせる。パイプカットしたマウスは1週間以上前に用意しておく。最低でも20匹、できれば50匹くらいを確保したい。パイプカットの方法は実際の手術を見学しない限りはおそらくできない。そのためここでは記述しないが、「Gene
Targeting: IRL PRESS」などを参照。偽妊娠マウスに使用するメスは過排卵処理などはせずに自然交配に頼るので交配している率は低い。そのため多めに掛け合わせておく。
翌朝プラグを確認。プラグが確認されたマウス以外は使用しない。100個くらいの胚にインジェクションを予定している場合は4匹以上の偽妊娠マウスが用意できればOK。
3:採卵
採卵日の前日にM2培地とM16培地を作成しておく。作製方法は「Gene Targeting: IRL PRESS」などを参照。M2培地とM16培地は必ず1週間ごとにストック溶液から作りなおすこと。理由は定かではないのだが、これは必須事項で、ここをさぼると胚の発生に重大な影響が出ることが経験的に多い。M16培地は一晩かけて炭酸ガスインキュベーター内でおいておきpHを安定化させる。これも必須事項。インキュベーターから外に出した後はふたを強めに締めて炭酸ガスが液から漏れるのを防ぐようにする。M2、M16ともに4度保存。
M2、M16培地の上をおおうミネラルオイルのグレードは細心の注意が必要。シグマの胚培養用のオイルか、フィッシャーのミネラルオイルが一般的だが、うまくいってるラボと同じ製品で同じロットのものが購入できれば一番いい。
8細胞期にインジェクションする場合でも、ブラストシストにインジェクションする場合でも採卵は8細胞期で行うのがいい思われる。というのは、マウスの卵は発生が進行するにつれて数が減り、ブラストシストにまでなると、量を取るのはなかなか至難の業である。8細胞期で採取しておいて培養下でブラストに発生させたうえで、インジェクションに使用するのがいいと考える。なお、2細胞期で採取しておいて培養下で発生させる強者も実在しているが、2細胞期で発生が止まってしまういわゆる2
cell blockという現象がおこることが多い。
(方法)
*M16培地を60mm皿に0.5ml程度いれて、オイルで満たし、37度の炭酸ガスインキュベーターに入れておく。また、M2培地を暖めておいて、同様のお皿をつくる。M2は炭酸ガスインキュベーターには入れない。
*プラグを確認した雌マウスを、2日後の午前中に頸椎脱臼により屠殺。
*腹部をアルコール消毒後、皮膚を一カ所切る。
*切り口を1回だけキムワイプでふき取る。
*皮膚を切れ目より両側に引っ張り、皮膚を上下にはがす(簡単にはがれる)。
*体壁に切れ目を入れ、開腹。
*子宮を探し出し、子宮をピンセットでつまみながら脂肪等の余分な組織ははぎ取る。
*子宮の上部と卵管を取り出す(子宮は卵管に近いほんの一部だけでよい。卵管は卵管采で卵巣と結合しているが上手く引っ張りながら間をはさみで切るととれる。ただし熟練が必要。この時点で脂肪は必ず取り去る。)
*とれた子宮上部と卵管をM2培地皿のオイルの部分に沈める。
*30G注射針(ロック付き)を装着した1ml注射筒にM2培地を吸い込み、1回押し出して空気を完全に無くしておく。実体顕微鏡下で針の先端を卵管采に挿入して、M2培地を吐き出し、胚を洗い出す。挿入した針を子宮の上から「太め」のピンセットでつかみ、「軽く」M2培地を吐き出す。強く吐き出すと卵管は途中で破れてしまう。卵管が膨らみ、子宮側から培地が吹き出されるのを確認する。もし卵管采から針が入りにくかったり、途中で切れ口があった場合などは、極細の眼科用はさみで卵管の途中に切れ目を入れてそこから針を挿入する。組織はキムワイプにつけて捨てる。なお、30G注射針はオイルストーンなどで自分で先端を尖らせておく。出来る限り先端は細いほうが使いやすい。
*すべての組織について操作を繰り返す。なれてきた人で1度に扱えるマウスの数は5匹程度まで。
*トランスファーピペットで胚を集めて、何回かM2培地で洗う。
*胚をM16培地皿に移し、インジェクションまで37度、炭酸ガスインキュベーターで保存する。M16培地中のpHはたとえオイルで覆っていても極端に速く変化してしまうため、M16培地皿の空気中での放置は極力避ける。
4:インジェクションのためのES細胞処理
*インジェクション当日に50%コンフルエントになるように培養する。細胞の解凍から24から48時間後くらいのもの。
*インジェクションの当日朝1番にES培地で培地交換する。
*培地交換から2、3時間後にトリプシン処理をしてES細胞を回収。ゼラチンでコートした培養皿に移す。炭酸ガスインキュベーター内で30分から40分間静置。
*軽いピペッティングによってES細胞を底面より遊離させ、チューブに移し、1000rpm、5分間遠心する。
*上清を除き、数百マイクロリットルのHEPES(10 mM, pH7)-ESMで懸濁し、インジェクションまで「氷中」に保存する。pH変化を避けるためふたはきっちりと閉めておく。この時点から6時間程度はES細胞は保存しておける。10時間くらい保存する強者もいる。
5:インジェクション
インジェクションの実際のところは微妙なので、うまいと評判の人のインジェクションを見せていただくこと。できれば念のため、複数のラボのインジェクションを見ること。それを見た後に、以下のインジェクションのポイントを参照してほしい。なお、インジェクションには8細胞期胚へのインジェクションとブラストシストへのインジェクションがある。8細胞期胚へインジェクションするとES細胞のICMへの寄与率が大きくなり、高効率キメラが誕生しやすい。が、逆に言えば状態の良いES細胞でないとマウスは生存することが不可能となる。状態の良いES細胞が要求されるため、ES細胞を何種類か複数用意する必要がある。一方、ブラストシストインジェクションは既に存在しているICMへ割り込むような形で入り込むため、適度な混ざり具合を実現できる。こちらのほうが一般的であり、無難。両方のインジェクションは同一のスケジュールで同時に出来るので、並立するのがベスト。
*針の出来不出来は重要。細すぎず太すぎないところ=ES細胞の1.5倍弱くらいで針をカットし、研磨機で40度から35度のかたむきでとがらせる(現状は35度)。アセトン中で、超音波をかけてガラスゴミは絶対に取り除く。研摩面を横向きにして針を少し曲げる。清潔なところで保存。
*卵のど真ん中に打つこと(両方の針の焦点を合わせ、何回かつついてみる)
*インジェクション針はオイルを肩口まで吸って平衡化してから使用する。
(このことは胚の移動針も同じ)オイルが肩口にかかっている範囲であれば細胞の出し入れは非常にスムーズに行くが、それから少しでも逸脱していると非常に扱いづらい。
*以外とホールド針の形状も重要。何種類か試してみること。
*ブラストシストへのインジェクションの場合は、細胞と細胞のつなぎ目(薄く見える)を狙い、一気に「勢い」をつけて突き刺す。打ち込む細胞数は、10個程度。
*逆に8細胞期胚に突き刺すときは、ゆっくりと針を進め、ホールド針にあたる手前のところで少し針を左右に揺らすと刺さる。打ち込む細胞数は、3個から5個。平均4個程度。インジェクションが上達してくるとついつい多量の細胞を一つの胚に戻しがちであるが、これはかえって良くない結果を生むことになる。ただし、これは当研究室で行われているR1細胞(129マウス)をB6マウス胚に戻したときの最適条件である。他のマウスラインを使用する場合は最適条件は別のところに有る可能性はある。この条件で行うと、1日1人で100個から150個の胚に戻すことができる。
*インジェクションに用いる時の培地は、ES細胞の状態を維持するという意味あいからESM+ヘペス10mMのほうが、M2より良さそう。
*実際に針の中に吸って、インジェクションに使用するES細胞は、顕微鏡下で厳選する。顕微鏡下で見ると、「つやつやまるまる」「ざらざらまるまる」「ぎざぎざまるまる」「でかぎざ」「つやつやだるま」「ぎざぎざだるま」などが散在している。このなかで「つやつや系」に限ってインジェクションを行うこと。
6:仮親への胚の移植
実際にやっているところを見せてもらうのが必要。ここではポイントだけ列挙しておく。
*通常、ブラストシストにしてから仮親に戻すが、その際、プラグ確認後2・5日目のものを必ず用いる。それより遅かったり早かったりするものは非常に胚が着床しにくいので使用しない。戻せる数は発生率次第ではあるが、片側の子宮に戻せる限界は12個程度で、一匹で24個くらいが上限と考えられる。仮親に余裕が有るときは自然な分娩を促すために、インジェクションをしていないワイルドのブラストシストを数個ずつ混ぜておく。
*マウスは麻酔の打ちすぎに非常に弱い。あらかじめ、麻酔薬の適量を把握しておく。麻酔の効きが悪い場合でも追加麻酔は「厳禁」で、そのときはエーテルをかがすことで眠らせる。
*よく暖めたM2培地を時計皿に取り、ここに一匹に打つブラストをあらかじめ移しておく。他の卵はインキュベーターの中に入れておく。
*移植のポイントは確実に適所に戻すことだけである。よって、27Gの針で子宮に穴を開ける際に、針に抵抗を感じないように何回か出し入れしてみて、穴が確実に子宮内に入っていることを確認する。また、出来るだけ細い移植針を用い、ブラストシストと一緒に吸い込むM2培地は極力少量にする。これは子宮内の空間が狭いために入れ込んだ培地の戻りを防ぐためである。また、多少穴から奥の方に入ったところでブラストを吹き出すのが安全である。外に飛び出したブラストは目では確認不可能であるので、この点注意する。
*傷口は手術用クリップで塞ぐのがベスト。針と糸で縫うのは時間がかかるので不適。
*ネンブタール麻酔によって仮親マウスの体温は下がっている。手術後は必ず起きてくるまで何らかの手段によって体温を保ってやる。
*8細胞期胚のインジェクションの場合、ブラストに発生させてから戻すが、その際明らかに変な形のブラストは戻す必要はない。戻しても発生してこない。また逆に、ブラストシストが透明帯を突き破るまで発生がすすんでしまっても問題はない。ただし、突き破って外に出てしまった胚は、あちこちにくっつくので取り扱いには注意する。
7:キメラマウス
自然に生まれてきた場合はいいが、予定日に生まれてこない場合は、帝王切開を行う。そのためには、里親は必ず用意しておく。STRAINは何でもいいが、経験的にはBalb/cが最も細やかなお世話をしてくれ、弱っている新生仔でも助かることが多い。また、自然に生まれてきた場合でも、仮親がお世話をしなかったり、お乳が出なかったりする場合がある(お乳を飲んでいれば、おなかに白いミルクで満たされた胃が見える)。その場合は、すぐさま里親に預ける。その際、子どもの体温が下がっているので、手でよく暖めてやり、里親のケージにそっと紛れ込ませる。冷たくなった子どもは死体と判断されて、食べられてしまう。
ICR等のアルビノマウスの卵にES細胞を戻した場合は、生まれてすぐに目が真っ黒になるのですぐに判定できる。表現形は明確で、はっきりと黒い目が確認できる。B6に戻した場合は、2日後くらいから身体の大きさと皮膚色の薄さでだいたい判断でき、1週間後に毛の色が黒いか茶色いかではっきりと判断できる。毛の占める面積でキメラ率を判断し、50%以上のもの(雄雌両方)をB6との掛け合わせに持っていく。通常はES細胞はオスであるので、その支配状況が高いときにはマウスは雄に成りやすい。が、たまにはメスになることもあり、メスだからといってジャームラインに落ちないことはない。ヘテロマウス以降の毛の色は確定判断基準に成らないので、すべてのマウスの尻尾を切ってサザン解析、もしくはPCR解析をおこなう。B6との掛け合わせで、3世代くらい経た物をB6に純系化されたとして取り扱う。最近は129系のES細胞を使用した場合はB6と129マウスの両方に対してバッククロスさせることが推奨されている。これは特に表現形が遺伝的バックグラウンドでばらつきやすい行動解析には重要な要素である。
8:体外受精・受精卵凍結・胚移植
遺伝子ノックアウトマウスが完成したら、すぐに体外受精、受精卵凍結、胚移植によってバッククロスを行うことをお奨めする。この方法によって、バッククロスにかかる時間を大幅に短縮できる。一年で約7世代バッククロスする事ができる。また、各バッククロス世代を凍結させておけば、いざというときに安心である。バッククロスが必要ない場合、バッククロスをしながらホモマウスの表現型を調べていきたい場合は、ヘテロ第一世代のオス精子を野生型マウス卵に体外受精させ、この受精卵を使って大量のヘテロ第2世代を作製する。このヘテロ第2世代同士の体外受精によって大量のホモマウスの解析ができる。