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介護等体験(特別養護老人ホーム)

 2003年11月10日から14日にかけて、大阪府内にある特別養護老人ホームにて、介護の体験をしました。
 前半は毎日書いていたメモをそのまま原稿にしたもの、後半は体験を終えての感想を述べたものになっています。
 (※ 個人的な感想なので、読む方にとっては不快に思える部分があるおそれがあることをご了承ください。)

【 日記編 】

11月10日
 緊張ではじまった初日。 はじめに排泄の介助を見せてもらう。 いきなりおむつを脱がせて局部があらわになるので正直困惑。 その後はリハビリと称した歌の時間。 日本舞踊をなさる方がボランティアで来られるのだそうだ。 利用者を歌の会場へ案内するのもなかなか大変。 なにせ車いすを動かした経験もなかったので、動かすだけでも一苦労。 集まった利用者は20人ぐらい。 歌を一緒に歌う方もいれば、タンバリンをとにかくたたく方もいれば、お休みしている方もいる。
 次は昼ごはんの介助。 カレーというメニューは全員同じだが、利用者によっては細かく刻まれたり、ミキサーにかけられたりで、配慮がされている。 担当したのは自分で食べることができない方で、すりつぶされたカレーやサラダを口へ運んでいく。 「変なにおいがする」と何度もおっしゃるので困ったが、口のほうへ持っていくと結構食べてもらえた。 当たり前だが自分で食べられなくても、食べようという気持ちはしっかりあるのが伝わってきた。
 昼からはこの日のメイン、寝た状態で入るお風呂だ。 施設としては男手が少なくて大変なようで、ベッドからお風呂に入るための担架のようなものに移し、お風呂に入ってもらったらベッドに移す。 これの繰り返しはなかなかこたえた。 ちなみにこちらの施設では「同性介助」が基本で、男性は女性を運ぶことはしても体を洗うことはしない、というのが原則だ。 男性の利用者がお風呂に入るとき、ついに体を洗うのを手伝うことに。 年配の方でなくても、そもそも人の体を洗う経験なんてないもので、たとえば頭を洗うときにどのぐらいの強さで頭をかけばいいかなど、なかなか気をつかわされた。 それにしてもお風呂につかるときの表情のすばらしいこと。 やはり日本人なのだから、お風呂というのはいつになってもゼイタクなんだろうな。
 今日はばたばたしているうちに終わった感じ。 コミュニケーションをとるのもなかなか難しく、とりあえずはそばに座って話を聞き、うなずくのが精一杯。 明日はもっと積極的に話ができるようにしなければ。

11月11日
 午前中は女性のお風呂のお手伝い。 といっても体を洗ったり服を着脱をしたりはできないので、ドライヤー係とお風呂への誘導係を受け持つ。 もたもたしていたせいで、ひとりの女性にドライヤーをかけるのを忘れてしまい、「(髪を)といて」と言われてしまう。 申し訳ないことをしたと思った。 女性たるものいつも美しくありたいと思うもの、ただ食事や排泄などのお世話をするだけでなく、そういった面も含めて自分たちはお手伝いをするものなのだと考えさせられた。 昼ごはんのメインは天ぷら。 利用者によっては細かくすりつぶされているのだが、お口に運ぶときには「エビの天ぷらですよ」のように伝えてから食べてもらう。 このあたりも心遣いひとつというところなんだろう。
 午後は男性のお風呂。 今日は自分で立って入る方と車椅子のようなものに座ったまま入る方のお風呂だ。 「介護体験」の暗黙のルールとして、利用者の体に直接触れるようなことまではしなくていいようで、「服の着脱とお風呂への誘導だけでいいよ」と言われてはいたのだが、せっかくなのでひとりの男性の体を洗わせてもらうことに。 私は服を脱いでいたわけではないが、なんだか距離が近くなったような気もしたのだった。
 その方とはお風呂あがりのリラックスタイムにもおしゃべりすることができた。 京大生であることを告げるとビックリされたが、「何の勉強しとるんや」の問いに「タンパク質の勉強です」と答えると、いきなり「田中耕一さんのやつか」と言われ、私もビックリしたのである。 毎日新聞を読んでおられるようで、こういうことはしっかりチェックしているようだ。 そしてさらに「京大生やったら祇園とか木屋町でモテるやろ」とも言われた。 祇園はいつの時代も歓楽街的なところがあるというところか。

11月12日
 今日はお風呂がないので結構ヒマになるかなと思っていたが、そうでもなかった。 午前はリハビリのお手伝い。 月曜はたまたまボランティアの方が来られて歌の時間になったが、普段は体操やゲームをするようである。 体操といってもどんなことをするのかと思っていたが、指を折って数を数えたり、体を曲げたり、首を回したり、座ったまま無理なくできる体操である。 ゲームのほうはバスケットボールぐらいの大きさのボールをキャッチボールしたり、赤と白の玉を使った玉入れ的なものをしたり、という感じ。 ずっと座ったままの方にもそっとボールを投げると、キャッチしようと瞬時に手を動かしてくれたのはちょっとうれしかった。 しかしその一方で、「なんかがんばってるなぁ」と一歩引いて見ている自分もまだいたりする。 もっと利用者の方と関わっていきたい、いかなきゃいけないと思ったのである。
 その後はシーツ交換のお手伝い。 まるでホテルの従業員のような気分である。 それにしてもヘルパーさんにもいろいろいて、初めからバカにするような方(「勉強ばっかでシーツの取り付けとかしたことないでしょ?」みたいに)から、ヘルパーさんのほうからありがたい話をしてくれる方まで。 ある方に言われた話は今でも心に残っている。 「この仕事は古い脳と新しい脳でいうと、古い脳(=「本質的・根源的な部分」というような意味で)に関わる仕事なのね。 仕事そのものはそんなに難しいことじゃない。 ただ相手のペースに合わせて、相手に満足してもらうようにする、それだけですよ。」 だからこそ自分がやるべきなのはそういう仕事なのだと思ったわけではないが、その方を言葉を借りると「新しい脳」ばかり使っている自分として、決して忘れてはいけないことを教えられたような気がした。
 夕方ぐらいには時間が余ってしまい、多動な方の見守りをすることに。 それを言われたのがどちらかというと実習生を好意的に見ていない方だったので、「見守り『でも』してて」と言われたように思い、あまりいい気分はしなかったのだが、先ほどの方の話をゆっくり吸収しながら見守りをしていた。 1時間ぐらいはそばで座っていただろうか、会話はほとんど成り立たず、なかなか気持ちを汲み取ることはできなかったが、自分の気持ちがなんとなくでも伝わっていればそれでいいのかもしれない。 そんなことを考えていた。

11月13日
 今日は本当にヒマだったというか、ゆったりと時間が過ぎていく感じだった。 ただ良かったのは排泄のお手伝いができたことである。 こういうのはいわゆる「きたない」ことだが、手袋をつけて作業をするのは失礼にもほどがある。 やはり人間の根源みたいなものに携わる仕事なのだなとつくづく思う。
 リハビリに今日も参加する。 参加している方のなかには、昨日「実はこの方、『終末介護』を希望されてるんですよ」と聞かされた方もいた。 「週末」ではなく「終末」、つまりこの施設で一生を終えるというわけである。 もう元気になれることもなく、まるで死ぬのを待っているようだ、というように考えてしまうが、見方によっては「ジャマ者」扱いされることもなく安らかに一生を終えることもできるわけで、そのほうが幸せであるように考えられなくもない。 このあたりは本当に難しい。
 午後はほとんどすることもなく、利用者の方といろいろとおしゃべりをしてのんびりと過ごしていた。 2日目に体を洗わせてもらった方にも、すっかり「タンパク質の兄ちゃん」と呼ばれるようになった。 この方、京都の寺社仏閣の写真が載った雑誌を見ては短歌をしたためており、なかなか素敵な趣味をお持ちである。 その上で私にも「書道をやりなはれ」「俳句・短歌をやりなはれ」「そしたら祇園でモテるわ」(結局それかいな!)と言ってくださるのだが、こういうふうに書道を勧められると本当にやってみようかという気にすらなってくる。 そしてこの方から言われた意義深い言葉が「タンパク質を研究して、ええもんを作ってくれ」というもの。 実際タンパク質の研究は次世代の製薬技術の中心となる(やや大げさだが)わけで、最近だらだらと研究室にいる私にはとても耳が痛かった。
 そしてこういう言い方をしては失礼かもしれないが、「かわいい」と思った女性の利用者。 「足が痛いんやけど、歩かんと足が弱るさかい、1日1往復だけしてますねん」と言って廊下を1往復するのだが、それを終えてベッドで休んだと思えば、また起きて「足が痛いんやけど、歩かんと足が弱るさかい、1日1往復だけしてますねん」と言ってまた1往復。 「1往復ちゃうやん!」と突っ込みを入れたくなるほどだが、なんだか心が和まされるのであった。

11月14日
 いよいよ最終日だ。 だいたい慣れてきた頃に終わってしまうというのがよくあるパターンである。 初日と同じく寝たまま入るお風呂の日で、入浴のためのお風呂への誘導、服への着替えなどてきぱきとこなしていく。 確かに「やること自体は簡単。 あとは気持ちの持ち方の問題」というところなんだろう。
 そういえば仕事をされている方のことを書いていなかった。 みなさん和気あいあいとした感じでいい雰囲気だし、うまくガス抜きをされているようにも見える。 休憩時間に女性でもタバコを吸っているのはちょっと意外だったが。 利用者がいないところでほどよく利用者のうわさ話のような悪口のような(もちろん敵意はないわけだが)ことを言っているのは、塾の先生が生徒のいないところで生徒のことを言うのと同じようなものなのだろう。
 昼からも時間があって、ずっとお世話になっている男性の職員さんともゆっくり話をすることができた。 こういう仕事につくことは高校のときから決めていたようで、人に感謝されるのがうれしいから、お年寄りの方がぞんざいに扱われることがあるのはかわいそう(この「かわいそう」という視点は介護にあたってはタブーなのだが)だから、なのだそうだ。 人間と言うのは人とのつながりがあってこそ、介護をするからしないからという問題でなく、互いに「支えあう」気持ちを忘れてはいけないと、きれいごとでなく思った。
 最後にもう一度排泄のお世話をする。 一応ひととおりのことは体験したという感じだろうか。 あっという間の5日間の体験を終えて、施設を後にする。 お世話になった職員さん、いろいろと話をしてくださった利用者の顔が浮かんでくる。 最初はどうなることかと思っていたが、最後帰るときは後ろ髪を引かれる思いすらした。



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