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F3からシングルシーターでのレースを始め、51年スイスGPにHMWからデビューした。 しかし、キャリアの初期は恵まれないマシンで苦戦することが多く、54年にマセラティに招かれたことによってトップドライバーへと成長してゆく。 55年はファンーマヌエル・ファンジオのパートナーとしてメルセデスをドライブ。イギリスGPで遂に初優勝を手にし、選手権2位も獲得。 その後はマセラティ、プライベーターのウォーカーレーシングで活躍するが62年の初頭、グッドウッドでのノンタイトル戦で瀕死の重傷を負い、引退に追い込まれる。 エンツィオ・フェラーリをして「タツィォ・ヌヴォラーリに比肩しうる唯一の男」と言わしめるドライバーであったが、遂にチャンピオンを獲得することはできず、「無冠の帝王」と称される。 また、キャリア後期にはプライベーターのウォーカーレーシングでワークスマシンを打ち負かすことに執念を燃やし、その姿が人気を伯しF1界きってのスター・ドライバーとなる。 |
【GP キャリア】
※54年のモスはマセラティ、58年〜59年のRRCウォーカーはクーパー、59年のBRPはBRM、60年のロブ・ウォーカーはロータス、61年のロブ・ウォーカーはロータスとファーガソンのプライベーター。 |
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