2000.8.30 土田 純子
今回の勉強会のテーマは、癌三部作の集大成、『癌遺伝子と癌抑制遺伝子』です。今後、薬の作用を理解する上でも遺伝子についての知識は欠かせないものと考えます。ForPclubにおいてこの分野のテーマが選ばれる事が多いのも、このためであると理解しています。
今回の勉強会の進め方ですが、前回のスタイルのように、まず、皆さんに、『遺伝子』について、とにかく知っていることを述べてもらいたいと思います。
続いて、癌抑制遺伝子にスポットを当てて、解説したいと思います。限られた時間の中で両方をこなすより、より面白い方を取り上げて、すごしでも興味を持ってもらえればと考えたからです。時間があれば、癌遺伝子の解説もしたいと思います。
テキストは、
p293〜の『真核生物の細胞周期調節』とp310〜の『細胞周期制御における阻害薬からのアプローチ』を使って進めます。
まず、いきなり難しいエリアに突入する前に、癌遺伝子研究の"流れ"と癌遺伝子と癌抑制遺伝子の簡単な説明を色々な話と絡めて私のほうからお話したいと思います。
横道にそれてしまったり、脈絡の無い話にまで、発展するかもしれませんが、今回のテーマは、余りにも大きいため、ご容赦ください。この話の中で、特定の領域に興味を持ってもらって、それを切り口として、ご自身で深く勉強されるきっかけとなれば、幸いです。
今年2000年は、癌遺伝子が発見されてから四半世紀経過したといわれています。その間、この分野の研究の発展には目覚しいものがあります。25年前に我々が何を知っていたのかと振り返るとき、この25年の研究から得られた知識の集積には驚くばかりです。
では、その癌遺伝子研究の歴史を眺めてみましょう。
癌遺伝子の研究は、もともと、ウイルスの研究から始まっています。
腫瘍ウイルスの発見は1911年のRous肉腫ウイルス(RSV)の分離にさかのぼるといってよいでしょう。その後、RNA型とDNA型腫瘍ウイルスが続々と発見され、とくにRNA型腫瘍ウイルスの持つ特定の遺伝子RNAが発ガンの原因を担っていることが知られ癌遺伝子(oncogene)と呼ばれるようになりました。すべての癌遺伝子は、ウイルスのみならず、細胞の染色体にも存在することが明らかになり、それらは、ウイルス性癌遺伝子(virus oncogene:v-onc)に対して細胞性癌遺伝子(cellular oncogene:c-onc)と呼ばれるようになりました。v-oncは多くの場合に腫瘍原性となった変異体であることから、c-oncはプロトオンコジーンとも呼ばれています。
黎明期の実験風景を覗いてみます。
1979年、マサチューセッツ工科大学のワインバーグ(Weinberg)らは、シャーレ中で培養している細胞(NIH3T3)に、ガン細胞から抽出してきたDNAを取り込ませると、培養細胞が、ガン化することを示しました。この実験により、ガンを引き起こす情報がDNA上に存在することが、はじめて具体的に示されたのです。
以後、ガン研究の流れは組み換えDNA技術などによってその遺伝子を単離、あるいは解析する方向へ向うのでありました。
最初に単離された膀胱ガンの遺伝子---RAS。
実はこのガン遺伝子を調べていくうちに、意外なことが判明した!!
ある種のウィルス(ニワトリに肉腫を発生させる)がもっているラス(ras)という遺伝子と同じものだったのです。
ラス遺伝子は正常なヒトの細胞からも単離されたが、それにはNIH3T3細胞をガン化させる能力はなかった。膀胱癌由来のラス遺伝子とは、どこか違うわけです。
そこで、両方のDNAの塩基配列を決定してみた結果、膀胱ガン由来のラス遺伝子ではアミノ末端から12番目のアミノ酸に相当する所で塩基がひとつ変化していたのです。
このように、ラス遺伝子はたった1つのヌクレオチドの異変でガン化能を備えることが、判明したのでした。
どうやら、この時代の研究者の目には、癌遺伝子というものは、何か、特別な存在だと映っていたようですね。
染色体異常の解析により判明した遺伝子---myc
バーキットリンパ腫では、第8、第14染色体のある特定の場所に高頻度に異常がおきています。
本来、第8染色体上にあるmycという遺伝子が、第14染色体上の抗体を作る遺伝子のすぐ傍に転座しているのです。(免疫グロブリン領域にはいることで活発に発現し、細胞癌化に寄与することがしられている。)
myc:ニワトリに白血病を起こすレトロウィルスが持っているガン遺伝子として発見されていた。それに対応するプロトオンコジーンはヒトにも存在し、その変化がバーキット・リンパ腫となっていた。
ラスとは異なり、アミノ酸配列には変化が起きていない。
ミック遺伝子の使われ方の制御がみだれ、これが癌化へと繋がる。
このような細胞性癌遺伝子の研究から、それらが細胞のもつ増殖因子とそのレセプター、種々のチロシンキナーゼ、セリン・スレオニンキナーゼ、GTP結合蛋白質、転写制御因子などの細胞のシグナル伝達系のコンポーネントをコードしている遺伝子と構造的にも機能的にも対応することが明らかにされたのです。そして1985年頃に至って、ついに、細胞のシグナル伝達系の研究と癌遺伝子の研究の一体化が行われ、両者の研究が急速に進展することになるのです。
一方、癌研究とは関係のなかった細胞増殖のシグナル伝達系の研究から、『細胞の増殖を促進するシグナル伝達系に対して、細胞の増殖を抑制するシグナル伝達系の存在』が明らかとなっていきました。また、シグナル伝達系は単なるカスケードではなく、代謝系及びその制御系と同じく、きわめて複雑なネットワークを形成していることが知られるようになっていくのです。その時点で、癌遺伝子に対し、癌抑制遺伝子(anti-oncogene,suppressor oncogene)と呼ばれる一群の遺伝子の存在とその機能が追求され、DNA型腫瘍ウイルスの持つ腫瘍原性の機構が解明されていきます。
このへんの話をしてみましょう。
1993年の暮れに、はじめて p53(癌抑制遺伝子)の機能が解明されて、その後、続々、癌抑制遺伝子の機能が解明されてみたら、なんと、その作用点が、ほぼ、1つであることが判明しました。びっくり!!
癌遺伝子の場合は、その遺伝子から造られるタンパク質が、細胞増殖因子だったり、その増殖因子のレセプターだったり、DNAの転写、複製の促進因子だったりと作用点が複数いろいろあるのと対照的です。
この癌抑制遺伝子の機能が解明されたおかげで、DNA型発癌ウィルスの発癌機序が、わかったのです。(RNA型ウィルスの場合は、直接、癌遺伝子となってる場合が多い。)
細胞の不死化(無限の細胞分裂力≒癌化)が、個体(人間)の死(病気としての癌)に至るまでには、何段階ものステップがあるので、感染症としての癌の最初のステップが、解明されただけでは、すぐには、癌治療(病気としての癌)には、応用できないのだが、とりあえずは、目からうろこの感激ですね。
この、癌抑制遺伝子の研究に弾みをつけたのが、発生学や生物学を専門とする人たちの間でホソボソ続けられてた『細胞周期』の研究であります。
癌抑制遺伝子の作用点のキーワードは、『CDK(cyclin-dependent-kinase )』です。この、サイクリン依存性リン酸化酵素が、何をするのか??今回の勉強会で、もっとも取り上げたいところなので、資料を使って詳しく説明する前に、かいつまんで説明します。
まず『癌』とは、遺伝子の異常により発病するということは、御存じだと思います。
感染症としての『癌』の場合は、『異常遺伝子をヒト細胞に持ち込む』といった方がいいですね。
ウイルス以外には、化学発癌物質、放射能、電磁波、紫外線、その他身の回りに色々とありますが、この『遺伝子への障害』は非常に微妙でデリケートなのです。
どういうことかというと、障害が強すぎると『癌』ならずに、細胞は、すぐ、死んでしまうからです。
ほどよい?障害が、まず、癌化への初めのステップなのです。
では、細胞は、遺伝子に障害が起きてしまったら、どうしてるのでしょう?
対処はしてるんでしょうか?
ここで登場するのがp53(癌抑制遺伝子)です。この遺伝子は、別に癌を抑制する目的の遺伝子ではなく、遺伝子に障害が生じた場合、細胞分裂をストップさせる役目を担っているです。(障害のある遺伝子のまま分裂したんじゃ、機能しない臓器になったり、アポトーシスを起こしたり、『癌』になっちゃうからね!)そして、その間に『DNA修復酵素』という偉〜いヤツが、異常遺伝子を治します。(p53は、「アポトーシスを誘導する」という文章を教科書や論文に見かけることがありますが、p53が誘導するのではなく、分裂をストップさせた結果、ネットワーク的に様々な遺伝子産物が産生され、結果としてアポトーシスが誘導されるケースがあるのです。)
細胞分裂は、1個から2個になる前に、DNAを2倍に増やす(S期 Sはsynthesisの頭文字です)ということをします。(このS期の無い細胞分裂が、精子や卵子を造るときの減数分裂です。)
ちなみに、分裂している時期を「M期 mitosis phase」、分裂がおわって、次のDNA合成期(S期)までのひと休みの間を「G1期 gap phase」といい、合成が終わってから、分裂(M期)までのひと休みの間を「G2期」といいます。
自己を複製するためには、細胞は遺伝情報を担う染色体を正確に複製し、分離しなくてはなりません。ひとつの細胞が成長し分裂してふたつの細胞になる過程は秩序正しく行われ、これを「細胞周期(cell cycle)」といいます。
中でも大切なのが、S期とM期なんですが、今回は、癌とのかかわりの話なので、S期が中心になります。SとMで覚えやすいでしょ!?
![]()
G0期
↑↓
G1期 → S期 → G2期 → M期
↑−−−−−−−−−−−−−−−−−|
このようにクルクルクルクルまわっているのですが、G0(ゼロ)期というのは、もう、細胞分裂はしない「分化した状態」の細胞のことを、こう呼びます。
例えば、神経細胞や心筋細胞やその他、各臓器を造っている細胞は、G0期の細胞です。肝臓ガンなどで、半分切除すると、肝臓は、どんどん細胞分裂して、元の大きさまで戻りますが、HGFという肝細胞増殖因子やインスリンなどによって、G0期から、G1期にひきもどされてしまうため、分裂が開始出来るようになるのです
話をp53にもどしますが、この遺伝子から造られるタンパク質は、G1期の細胞の、S期への進行をストップする働きがあるのです。
障害のあるDNAを複製させないためです。
したがって、このp53遺伝子そのものが、障害されてしまった場合は『DNA修復酵素』が活躍する時間が取れないため、高確率で、癌になります。事実、多くの癌で、p53の欠損がみられます。
このG1期からS期にかけて、細胞分裂の原動力と制御を担っているのが、『CDK』なのです。
そして、先ほど、『なんと、その作用点が、ほぼ、1つであることがわかった。』という話をしましたが、それが、『p53』と『Rb』なのです。正確に表現すると、『DNA型癌ウイルスの遺伝子産物であるタンパク質が、このp53遺伝子産物のタンパク質やRb遺伝子産物のタンパク質に結合する』ということなのです。
後ほど、もう一度説明します。今は、このままで先に進みます。
話がそれますが、
◎DNA型癌ウイルスには、どんなのがいるかというと、
イボの原因になるパピローマウイルス(子宮頚ガンの原因といわれてる)
ノドカゼの原因 ヒトアデノウイルス(ハムスターに肉腫を起こす)
ヘルペスウイルスの仲間のEBウイルス(Bリンパ球のリンパ腫)
単純ヘルペスウイルス(培養細胞を癌化)
サイトメガロウイルス(培養細胞を癌化)
B型肝炎ウイルス
などです。
しかし、実際、感染したらすぐ癌になるかというと、ほとんどならないですよね!
ウイルスの感染した細胞は、その表面に特殊なマークがつきますから、宿主(人間)の免疫系にすぐさま、殺されちゃうということでしょう!?
また、このてのウイルスは、宿主内で増殖して、宿主から飛び出すときに宿主細胞を、ぶっ殺して行くという性格ももってますので・・・・
◎RNA型癌ウイルスの多くは、レトロウイルス(エイズも)と呼ばれ、このタイプのウイルスは、細胞に感染した後、他のウイルスとは違い特殊な行動をとります。
自分自身(RNA)を逆転写酵素というものを使って、DNAに作り替えます。次に、このDNAをインテグラーゼという酵素を使って、感染した細胞のDNAの中に組み込みます。
そして、感染された細胞は、このDNAをすっかり自分の遺伝子だと勘違いしてしまいます。
この組み込まれる時、位置は、まったくのランダムです。
エイズウイルスと成人T細胞白血病ウイルス(きわめて予後不良、発症率は1/800程度)を例にとります。
この2種のウイルスは、どちらも、Tリンパ球に感染するのですが、どちらも、人によって、発病するまでの時間にばらつきがあります。
エイズでは良くご存知のように、ある人は2年で、ある人は10年で、またある人は発病しない。というように!
この理由の1つに、組み込まれる位置がランダムである、ということが挙げられます。
(エイズの場合、発病しないのはケモカインレセプターの多型に理由を求めることも出来ますが、今回は省略です)
宿主のDNAに身をかくしたレトロウイルスは、自分の複製を造るときも、まったく宿主任せなのです。厳密には、100%宿主任せではないのですが、大筋でこうだと覚えてください。(ここが、DNAウイルスと違うところ。DNAウイルスの複製は、宿主の材料は使うけど、造るのはウイルスの意志?なのよ)
すなわち、
Tリンパ球にとって必要なタンパク質をコードしている遺伝子は、頻繁にm-RNAに転写されます。必要のないタンパク質の遺伝子は、転写されることはありません。
もう、おわかりですね!!!
そうです、T細胞が必要としているタンパク質をコードしている遺伝子の近くに潜り込めば、すぐ、造られるし、そうじゃなければ、造られない。
人間は、もとをただせば、1個の精子と1個の卵子から、できるわけですが、たった、1個の細胞が、10カ月チョイで、重さ3Kgにもなってしまう。
この胎児の体細胞は、どの癌細胞より増殖能力が優れているという言い方もできるでしょう。
もともと、人間の体細胞には、このように細胞分裂を押し進める遺伝子が、あるのです。
そして、成長とともに、使われる遺伝子も変わっていき、成人すれば、細胞分裂している場所も限られるようになってくるのです。しかし、このとき、胎児の頃、使っていた遺伝子は無くなったわけではなく、ただ、眠りについてるだけなのです。
これらの遺伝子を目覚めさせることが、すなわち、発癌の第1歩なのです。
目覚め方は、遺伝子が転座したり、一つの遺伝子が数十倍にコピーされてしまったりその遺伝子の1塩基が、入れ替わったり、1塩基が欠損したり、挿入されたりとパターンが幾つかあります。ウイルスによって挿入されて遺伝子が転写されるのも、これと同じ事ですね。
レトロウイルスの場合は、ある宿主で増殖して、発芽過程でその生物の細胞から、これらの遺伝子をひっぱり出して、自分のものとしてしまう場合があるのです。(ウイルスの変異、あるいは進化といってもよい)
ウイルスは、それ自体が変異速度がはやいため、増殖因子の受容体の遺伝子をひっぱり出した時、その受容体が増殖因子がなくても活性化しているような変異をするくらい、造作もないことなのです。(ちょっと言い過ぎかもね)
そして、ウイルスが感染してそのタンパク質がつくられたら、その細胞は、増殖因子が無くても、増殖出来るようになりますよね!
エイズウイルス(HIV)も成人T細胞白血病ウイルス(ATLV-1)もともに、Tリンパ球に感染するウイルスなんですが、HIVはT細胞を殺し、ATLV-1はT細胞を不死化します。
発病すれば、どちらも個体(人間)の死につながります。
細胞分裂をしない細胞(G0期)を、分化した(成熟した)細胞と呼ぶと、さきほど話ましたが、G1期に戻された細胞は、未分化な(幼若化した)細胞と、呼べますよね。T細胞が不死化しても、幼若化しているので、本来(成熟した)のT細胞の機能は、もってません。
したがって、成人T細胞白血病もエイズ同様、だんだん免疫不全になってきます。
骨髄に拡がった場合には、正常な赤血球や血小板が造られなくなります。このため動悸、息切れなどの貧血の症状や、鼻血、歯肉出血などの出血症状がみられることがありますが、他の白血病と違ってあまり多くありません。癌化したリンパ球が皮膚に拡がった場合は、原因不明の皮疹がおこることがよくあります。
また、血液中のカルシウム値の上昇もよくみられます。これは悪性化したリンパ球がカルシウム値を上昇させる物質を産生するためにおこります。血中のカルシウム値が高くなると、食欲が低下したり、吐き気やのどの乾きを感じたり、呼びかけに対して反応が鈍くなったり、意識を失ったりするなどの症状がみられます。その他、癌化リンパ球は中枢神経にも浸潤することがあり、頭痛や吐き気が認められることがあります。
前回の勉強会で配布された資料の中に『レチノイン酸による急性前骨髄球性白血病の分化誘導療法』がありましたが、本来、正常な好中球の寿命は、たかだか、2日か3日です。だから、幼若化した細胞を成熟させてやれば、勝手に、白血病細胞はアポトーシスを起こし死んでいきます。この考えを応用したのが、ビタミンAによる治療です。
ビタミンAには、分化誘導作用があるのです。
したがって、ビタミンAは、胎児にも影響があります。
本来、胎児の体細胞が成熟しきってはいけない段階で、分化誘導され、細胞分裂がストップすると、ちゃんとした器官が形成されなくなります。
たとえば、指が5本ないとか、消化器に異常があるとか・・・・・・
ビタミンAの催奇形性は、こうした理由からなのです。
現在、癌治療や先天性の免疫不全症の治療に、『ダメになった遺伝子の代わりに正常な遺伝子を組み込む』という遺伝子治療が試みられてますが、この『正常な遺伝子の運び屋(これを ベクター と呼ぶ)』は、レトロウイルスを使ってます。
治療成績がいまいち上がらない理由の一つに、遺伝子の組み込まれる場所がランダムであるということがあげられます。
思ったように遺伝子が発現されない、あるいは、発現されすぎるといったように。
先天性の免疫不全症のひとつにADA欠損症という病気があるのですが、この病気の治療の成績が良いのは、ADA(アデノシン デ アミナーゼという酵素)の産生が比較的イイカゲンで良いという事がいわれてます。(正常人の10倍、あるいは、1/2でもT細胞の機能が正常化する。また、10倍あっても、これによる異常が出ないという理由らしいです)
話を元に戻します。
『p53』、『Rb』と『CDK』の説明に入る前に、ちょいと、皆さんにふまえておいてもらいたいことがありますので、それから入っていきます。わかっている方は、居眠りしないように、注意してくださいね。
染色体、DNA、遺伝子の関係の話を。
DNAは、御存じの通りデオキシリボ核酸の2重ラセン構造の長い糸のようなものです。RNAは、糖の部分がリボースという5炭糖からできていて、DNAの場合は、その糖から、酸素が1つはずれたデオキシリボースという糖からできてます。
ヒトの細胞のなかには、この糸が23対(46本)入ってます。
ちなみに、このDNAの一揃い(ヒトの場合23本)を『ゲノム』という呼び方もします。(ヒトゲノム計画という言葉を聞いたことがあるとおもいます。もう、全解読が終了したとクリントン大統領がテレビで叫んでましたね。ポストシーケンシングは、マイクロアレイ技術であり、プロテオミクスであります。)
では、細胞分裂時に光学顕微鏡でも観察できる染色体とは何でしょうか?
小さいころに、ゴム動力で飛ぶプロペラの付いた模型飛行機で遊んだことがありますよね。プロペラをクルクル回していくと、ゴムがねじれて、だんだん、「だんご」状になって太くなっていくのを覚えているでしょうか?
イメージ的には、あれと同じでDNAの長い糸(ゴム)が、ねじれて、ダンゴ状になって折りたたまれ太くなったために、普通の光学顕微鏡でも、観察できるようになったものです。
実際は、もっと複雑なのですが、とりあえずイメージしてもらえたでしょうか?
この、ひねりを加えて、折りたたんで、高次構造をとり、また、もとに戻すために、トポイソメラーゼT、Uという酵素が働きます。(ココをターゲットにした抗癌剤もあります。細菌では、これに相当する酵素は、DANジャイレースと呼ばれ、ご存知、キノロン系抗菌薬のターゲットです)
このトポイソメラーゼはDNAを切断してまたくっつけるという荒技もやってのけます。
では、遺伝子とは何でしょうか?
長い、長いDNAを「砂漠」と考えてください。
(第1染色体から第23番目まであわせると、約30億塩基対あるといわれてます)
遺伝子は、その砂漠に点在する「オアシス」のようなものです。
DNAの9割から9割5分は、砂漠にあたる部分で、この部分は、意味の無い塩基配列の繰り返しで、ヒトでも、長さに個人差があり、塩基配列の違いもあります。
(この違いを利用して、個人識別のDNA鑑定をおこなうのだが、キーワードは『RLFP』『制限酵素』。これについては、今回は解説しません)
このオアシスの部分の塩基配列には意味があり、これが、タンパク質(酵素)の設計図となっているのです。(同種の生物では、この遺伝子の塩基配列は、完全に同じものです。例外的にMHCに多形性があり、移植の拒絶の原因となる)
細胞が分裂するときにはDNAを2倍に増やさなければなりません。分裂した後の娘細胞のDNAが半減してしまわないようにするためです。このとき、DNAは、染色体ではなく、ほぐれた糸になってます。(からまりあう染色体の状態だと複製できません)
この糸(DNA)の端(テロメアと呼ぶ)にDNAポリメラーゼという酵素がくっついて、同じDNAを複製していくのです。これが、「S期」にあたります。
また、タンパク質を作る場合など、細胞の機能維持のために遺伝子単位でDNAからm-RNAを転写するときに働く酵素をRNAポリメラーゼといいます。転写開始の遺伝子の頭の部分を「プロモーター」といい、終了部分を「ターミネーター」と呼びます。遺伝子のプロモーター部分にRNAポリメラーゼがくっついて、どんどんm-RNAを作っていき、ターミネーター部分で離れて、転写を終了します。
DNAから、転写されたばかりのm-RNAは、実は、このままでは、タンパク質に翻訳されません。このm-RNA(もとをただせば遺伝子の塩基配列)には、タンパク質合成には不必要な介在配列(これをイントロンと呼ぶ)が存在するためです。
(どうして入ってるのかは不明ですが、真核細胞では、すべてこうです)
これらのイントロンをチョキチョキ切り抜いて、タンパク質合成に必要な部分(これをエキソンと呼ぶ)を繋ぎ合わせて、ちゃんとしたm-RNAに仕上げる作業をスプライシングと呼んでます。
スプライシングをうけて、成熟したm-RNAは、細胞質のリボゾームに到着して、はじめてアミノ酸に変換されます。それから、このアミノ酸が、自分自身(分子内シャペロン)で、あるいは、他の酵素(シャペロンと呼ぶ)の働きによって、折りたたまれ、立体的な高次構造をとるようになり、これに、糖鎖などがくっつき、はじめて、酵素(タンパク質)となるのです。
また、遺伝子以外のDNA(砂漠部分)には、ある特定の塩基配列をした部分があり、ここには、ステロイドやビタミンA、D、ある種のホルモンやタンパク質などが直接結合したり、これらのセレプターのカウンターレセプターとなっていて、転写調節のエレメントになっている部分があります。
また、エンハンサーと呼ばれる特定の塩基配列があると、それより下流の遺伝子のm-RNAへの転写が非常に促進されるという部分もあります。(ガンウイルスがこの間にまぎれこんだら、大変ですね)
ガンやエイズの治療に、このm-RNAが転写されて、タンパク質に合成されるまでの間に働き、病気を治療しようという薬物も、開発中です。広い意味での「遺伝子治療」となるこの薬物は、「アンチセンスDNA」「アンチセンスドラッグ」などと呼ばれています。
遺伝子やm-RNAの塩基配列を「センス鎖」と呼びますが、その相補的な塩基配列を持つ(GはC、AはTと水素結合します)オリゴヌクレオチドということで、「アンチセンス」と名付けられ、(オリゴは、10〜20位のという意味の接頭語)RNAよりも、DNAの方が、化学的に安定なため、デオキシリボースを材料として化学的に合成されています。
この、アンチセンスDNAは、転写されたばかりのm-RNAにくっつき、そのm-RNAのスプライシングを受けるのを邪魔したり、成熟したm-RNAが、リボゾームで、アミノ酸へ翻訳される部分を阻害して、効果を発揮します。
ちょっと長くなりましたが、以上をふまえて、ここからが、『p53』、『Rb』と『CDK』の話です。
細胞は、細胞分裂するために、まず、増殖因子の刺激を受けなければなりません。成長ホルモンなども増殖因子といっていいと思います。
リンパ球のT細胞を例にとって話をすすめます。
T細胞上のTCR(T細胞レセプター)にクラスUMHC+抗原ペフチドの複合体が接触することによって、G0期から、G1期に引っ張り込まれ、それによりT細胞内では、IL-2が合成され(IL-2遺伝子のm-RNAへの転写が促進)同時に、IL-2レセプターも合成開始され、自分自身で分裂増殖の準備をととのえます。(こういうのをオートクリン機構と呼ぶ)
G0期から、G1期へ引き込まれると、細胞内では、「サイクリン」というタンパク質の合成が盛んになります。
このサイクリンが、ある一定量以上になると、サイクリン依存性タンパク質リン酸化酵素(CDK)の活性化スイッチがONになります。(このCDKのスイッチがONになった後は、増殖因子の刺激は、必要ありません。分裂まで、一気に進みます。)
このCDKが活性化されると、『Rb』というタンパク質をリン酸化します。
普段、何の刺激も無いときには、『Rb』は、『E2F』というタンパク質と結合していて、『Rb』がリン酸化されることにより、この『E2F』を遊離します。
『E2F』というタンパク質は、S期(DNA合成期)に働く遺伝子の上流のプロモーター領域に結合部位をもっていて、その遺伝子の転写を促進します。
その転写された遺伝子産物(N-myc,c-myb,cdc2,ect)がS期を開始するのです。
『Rb』が癌抑制遺伝子と呼ばれるのは、この機能に異常があると、『CDK』によりリン酸化されなくても、『E2F』を遊離してしまうからなのです。
また、『Rb』の欠如の場合は、最初から、『E2F』が、遊離した状態です。
余談ですが『Rb』は、Retinoblastoma(網膜芽腫)の癌遺伝子として発見されました。後になって癌抑制遺伝子と認識されるのです。3歳以下の子供に多い固形腫瘍の代表ですね。子供の癌としては、もう一つ神経芽腫が代表ですが、こちらは、自然治癒し易い癌としても知られてます。何故かは後ほど。
では、『p53』は何をするかといえば、この遺伝子産物は、ある種の遺伝子の上流に結合部位を持っていて、その遺伝子の転写を促進します。
その遺伝子産物は、Waf1(CIP-1あるいはp21とも呼ばれる)と呼ばれ、これは、CDKと結合してCDKを不活性化してしまいます。サイクリンが増えてもCDKが活性化することはありません。(p53は、生理的には、放射線などで、遺伝子が傷付いたとき誘導されるといわれている。細胞分裂をG1期でストップさせ、その間に、DNA修復酵素が傷を修理する。そして、異常遺伝子を娘細胞に伝えないという仕事をしています。)
『CDK』が、活性化しないので、『Rb』がリン酸化されない。
『Rb』がリン酸化されないので、『E2F』が遊離しない。
したがって、S期に移行しない。
すなわち、DNAの複製がおこらない。
というわけです。
で、DNA型ガンウイルスの遺伝子産物は、このp53やRbに直接くっついて、p53を不活性化し、Rbから、E2Fを遊離させます。
そして、癌抑制遺伝子と呼ばれる遺伝子から出来るタンパク質は、p53によって転写されるWaf1とほぼ同様に、CDKがターゲットとなっていて、CDKを不活性化します。
ゆえに、癌抑制遺伝子が正常に機能しなくなると、ちょっとしたことで、CDKが活性化されて、DNA複製に向かってしまうことになるのです。
『p53』、『Rb』と『CDK』について、おおまかにわかっていただけたでしょうか?
生命は、個体を構成する種々の細胞群の増殖と分化によって維持されるだけでなく、特定の時期に特定の細胞が死滅することによって巧妙に維持されます。
おたまじゃくしがカエルになる時、シッポの細胞がタイミング良く死んでいき、シッポがとれるのは、良くご存知のことと思います。
また、人間の胎児でも、指と指の間の細胞がタイミング良くアポトーシスを起こすことによって、5本の指になります。もし、アポトーシスがおきなければ、水かきが付いたような手になってしまいます。
このような形態形成だけでなく、例えば貧血になった時、赤血球が足りなくなると、腎臓からエリスロポエチンというサイトカインが分泌され赤血球を増やしますが、このサイトカインは、どういう働きをしているかというと、赤芽球(赤血球の子供と考えてください)のアポトーシスを抑制するのです。
赤芽球というのは、貧血になろうと、なるまいと、とりあえず、骨髄から供給されてます。ここで、貧血にならなければ(エリスロポエチンが分泌されなければ)供給された赤芽球は、アポトーシスを起こして、どんどん死んでいきます。
人体には、こういうバランスの取り方もあるのです。
「必要な時に、必要なだけ作る」ではなく、「とりあえず、十分供給しておき、必要になったら、それを使い、余れば捨てる」です。
一見、非常に無駄のような気がしますが、この無駄が、生命の柔軟性を担っているんでしょうねぇ!
このシステムが破綻すれば・・・良くないことは、すぐわかりますね。
すこし、アポトーシスの話をしてみましょう。話が癌から離れるかもしれませんが、本質を見極めるには、離れて見ることも大切ですからね。
人間は、おかあさんのお腹から出てくるとすぐに、外来の異物、バクテリア、ウイルスの洗礼を受け、また、予防接種を受けながら、段々と免疫を獲得していくわけですが、これは、T細胞やB細胞が刺激され分化増殖して抗体を作ったり、キラーT細胞に誘導されたりするわけですが、こういう細胞達が、どうして、体の中に溢れかえらないのでしょうか?
これにもアポトーシスが関与します。
抗原刺激を受けたT細胞B細胞は、活性化されると、分化増殖して数もどっと増えるのですが、抗原刺激がなくなると、一部が記憶細胞となり、次回の感染の備えにまわり、その他は、アポトーシスを起こし、網内系(マクロファージなど)細胞にきれいさっぱり処理されてしまいます。
おかげで、体の中は活性化リンパ球で溢れかえることがないのです。
このリンパ球にアポトーシスを誘導するのがFas(ファスと読む)-Fasリガンド系です。
Fasというのは、細胞の表面にあるアポトーシスを起こすためのスイッチの役割をはたす“鍵穴”であり、Fasリガンドというのは、その鍵穴を回してスイッチを入れる“鍵”です。
この鍵穴はどんな細胞にもあるわけではなく、リンパ球の場合には、活性化された段階で初めて鍵穴が出現します。
そして、タイミンよくFasリガンドが産生されれば、そのとき活性化されてるリンパ球だけが、アポトーシスをおこして死んでいき、活性化されてないリンパ球(Fasを発現してない)は、アポトーシスを起こさず、死なない。という具合です。
また、自己と反応してしまうT細胞は、胸腺と言う臓器で、除去されますが、(自己免疫疾患から免れている)この胸腺で自己と反応するT細胞を除去するシステムがアポトーシスです。
このような、アポトーシス機構の障害が、自己反応性リンパ球の生息を許し、自己免疫現象や疾患を惹起することが、動物モデルで明らかにされ、自己免疫疾患の病因研究(慢性関節リウマチや全身性エリテマトーデス、多発性筋炎などなど)に大きなインパクトを与えたのは、ほんの、10数年前のことです。
アポトーシスは、細胞が計画的に死んでいく現象だから、これを抑制してしまう“何か”は、癌と関係ある、、、と考えられますね。
濾胞性リンパ種という癌で見つかった遺伝子産物bcl-2はまさに、アポトーシスを阻害する機能を持っていたのです。
ちなみに、
アルファベット大文字で BCL-2 と書くと、遺伝子を表し
アルファベット小文字で bcl-2 と書くと、遺伝子が転写されて出来上がった産物(タンパク質)を表すという約束があります。
また、T細胞の“T”は 胸腺(Tymus:サイムス)で成熟するというところから命名され、B細胞の“B”は 骨髄(born marrow)から作られるというところから命名されました。
ただ、アポトーシスを阻害するだけでは、細胞は死なないだけで、組織に浸潤(炎症の分野で研究されてきたコラゲナーゼMMPなどが関与)する能力も、遠隔転移(発生学、炎症の分野で研究されてきた『細胞接着分子』などが関与)する能力も持ち合わせないから、“癌”とは言えないのですが、長生きすることによって、細胞分裂の回数が増え、その結果、“癌化の機会”が増えるという事なのです。
さきほど、人間の体中に活性化されたリンパ球で溢れかえらないのは、アポトーシスのおかげだというのを書きましたが、一部、記憶細胞なるものに変身して、次回の感染にそなえる、という現象の説明がなされませんでしたね。
活性化したリンパ球はFas-Fasリガンド系でアポトーシスを誘導されるのに、どうして、活性化している一部が、記憶細胞として生き残れるのか。
それは、一部の活性化されたリンパ球にBCL-2の発現が起こるためです。
すなわち、アポトーシスを回避して長期生存(なにしろ、一生免疫を獲得するんだから)するために、BCL-2が必須なのです。
BCL-2は、諸刃の刃といったところですね。
そろそろ、私からの話も最後にして本題に入らなければ、時間が無くなってしまいますね。テロメア、テロメラーゼ(英語発音では、テロメレース)の話をしましょう。「細胞の分裂寿命と老化」などのタイトルでテレビなどでもおなじみのアレです。先ほど、S期においてDNAが2倍に増える説明をしました。そのS期において、DNAの尖端、これをテロメアと呼び、ここにDNAポリメラーゼがくっ付いて、合成されていくと説明しました。5'から3'方向に合成を進めていくのですが、何故、DNAポリメラーゼは尖端にくっ付けるのでしょうか?何故、途中から合成が始まったりしないのでしょうか?(2本ある親鎖のうち一方は、鎖の途中から合成開始するのだが、最後には、尖端から始まらなければならない。)
ここに、分裂寿命の秘密があります。キーワードは、『プライマー』です。
DNAポリメラーゼは、プライマーを目印として親鎖にくっ付き、合成を開始します。言い換えれば、目印が無ければDNAポリメラーゼは、DNA鎖にくっ付けずに、合成開始できないということです。合成を終了して出来上がった娘鎖には、尖端にプライマーが残っているのですが、これは、合成終了時には外れます。従って、必ず、娘鎖は親鎖より『プライマー』分だけ短くなります。
テロメアの役割は、DNAの尖端を保護して、他のDNA鎖とくっ付かないようにしているのです。テロメアが短くなって来ると、例えば、1番染色体の尖端と、2番染色体の尖端どうしがくっ付いてしまい、細胞が死んでしまいます。(ちなみに、DNA鎖の真中をセントロメアと呼び、細胞分裂時には、動原体として機能します。)
神経芽腫の予後不良と良を見分ける検査の1つの方法に、染色体の数を数える方法があります。腫瘍細胞の染色体数が46(正常の数)に近いものは予後が悪い。ということがわかっています。染色体数が少なければ、予後が良いのです。自然治癒するということです。
これはどういうことでしょう?感の良い方は、もうおわかりですね。
染色体数が46本ということは、『染色体の尖端(テロメア)が短くなって、染色体が不安定になっている』ということの逆で、染色体の尖端がしっかり保護されている(テロメアが短くなっていない)ということです。
プライマー分だけ短くなってしまった娘鎖のテロメアを伸ばすのが、『テロメラーゼ』の働きです。自然治癒する神経芽腫には、テロメラーゼが発現されていない腫瘍が存在するということなのですね。
この遺伝子も、癌のためにあるのではなく、受精後の発生期の細胞や成人しても、生殖細胞や造血幹細胞には発現しています。生殖細胞にテロメラーゼが発現してなければ、オヤジギャグによくある、『打ち止め』になってしまいますからね。(キャー、ハズカシイ)
以上、ざぁーっと見てまいりましたが、癌遺伝子、癌抑制遺伝子は、細胞のシグナル伝達系の基本的生理機能を営むものです。たまたま癌関連の研究者たちに発見されてしまった為にこのような不名誉な?名前を頂いてしまったわけですが、それらは広く生物界に分布し、それらの構造は種を超えて強く保存されています。だから、すべてのシグナル伝達系のコンポーネントは、潜在的に癌遺伝子、癌抑制遺伝子となりうる能力を持っているといっても過言ではないでしょう。正常には、ホルモン、神経伝達物質などの刺激による短期的な速い応答を行っているようなシグナル伝達系のコンポーネントでさえ、増幅、変異、異所的発現によって癌遺伝子として機能する例が知られています。
さて、時間も限りあることですし、そろそろ、本格的にはじめましょう。