AIDS治療の現況と新しいターゲット---“ケモカイン”
2000/9/27 斉藤和義
ケモカインは1996年、その受容体とエイズとの関連が報告され脚光を浴びたが、このころより免疫学を始めとする生命科学一般における興味深い機能の発見が相次いだ。
ケモカインは細胞の移動・定着を制御するサイトカインであり、その受容体はサイトカインとしてはめずらしく7回膜貫通Gタンパク質共役型を用い、また多くの構成メンバーを有するという特徴を持つ。今回の勉強会では、生理的機能から病理的機能の解析およびその臨床応用まで、目覚ましい進展を見せるケモカイン研究の歩みの中で、特に、AIDSとの関連分野から、その現状を紹介します。
◎HIV-1コレセプターの発見
HIV感染の第1のステップは、血液中や粘膜下に存在するヘルパーT細胞、マクロファージ、樹状細胞への吸着・侵入である。HIVの感染は、ウイルス粒子表面のエンベロープタンパク質がこれらの細胞表面に発現しているCD4分子に結合することから始まる。しかし、ヒト以外にの細胞に、CD4分子を人為的に発現させてもウイルス侵入は起こらない。そのためCD4分子以外のヒト細胞膜成分が、ウイルス侵入のための補助因子として働く可能性が示唆されてきた。
しかし、この仮想的な補助因子の実体は長い間明らかでなかったが、1996年に米国のEd Bergerらのグループは、ついに、この補助因子、すなわちコレセプターを発見した。彼らは、HIVの感染がウイルス表面にあるエンベロープタンパク質と細胞膜との融合(セル・フュージョン)によっておこることを利用した高感度のアッセイ系を開発し、それを応用してヒトcDNAライブラリーから目的とする遺伝子クローンを分離することに初めて成功した。
このcDNA遺伝子(1,659塩基対)は352個のアミノ酸からなる7回膜貫通性G蛋白質共役型受容体(7-transmembrane G-protein coupled receptor:GPCR)をコードすることが明らかになった。分離されたコレセプター分子は細胞融合−すなわちセル・フージョン−を引き起こす能力を持つことからフューシン(fusin)と命名された。フューシンは、以前に分離されていたが、これまで、機能的意義の明らかでなかったLESTERとかHM89と呼ばれるオーファン−受容体と同一分子であることが明らかになった。
一方、もう一種のHIVコレセプターの発見に繋がる大きな鍵となった発見が、その前年(1995年)にギャロらのグループによってなされていた。彼らは、CD8陽性細胞から産生されるHIV-1増殖抑制因子の本体(少なくともその一部)が、RANTESとMIP-1α、MIP-1βと呼ばれる炎症性サイトカイン−すなわちケモカインであることを明らかにした。これはケモカイン・ファミリーのなかでも、構造的特徴からCCケモカインあるいはβ-ケモカインというグループに属するものであった。
さらに、重要なことは、CCケモカイン受容体が、先に分離されたフューシンと同様な7回膜貫通受容体ファミリーに属することから、コレセプターのもう一種のものは、RANTES、MIP-1α、βをリガンドとするCCケモカイン受容体そのものではないかとの可能性が浮かび上がった。実際、そのような可能性をテストする実験がなされ、第2のコレセプター分子CCR5が同定された。CCR5とはCCケモカイン受容体の中で第5番目に同定された(リガントが明らかにされた)ものであることを意味している。
一方、先に発見されたフューシンのリガンドは、ストロマ細胞由来因子(SDF-1)と呼ばれるケモカインの一種であることがまもなく明らかにされた。
(斎藤の一言。一般的にストローマ細胞とは“間質細胞”を意味し、特定の細胞を指す言葉ではないが、この場合は骨髄の間質細胞と読み替えて差し支えないです。)
SDF-1は、長沢らによって、プレB細胞刺激因子として同定されていたPBSF(Pre-B cell stimulatory factor)と同一物質で、ケモカインファミリーの中のもう一つのグループであるCXCケモカインあるいはα-ケモカインと呼ばれるグループに属するものであった。そこで、フューシンは改めてCXCR4と命名された。CXCR4という名前はCXCケモカイン受容体ファミリーの中で第4番目に同定されたものという意味である。
これらの発見の後、CXCR4やCCR5の他にも10数種にものぼるケモカイン受容体関連の7回膜貫通型G蛋白質共役型受容体が、HIV-1や近縁のHIV-2,SIVによってコレセプターとして利用されることが明らかにされている。この中には、APJやCMKRL1/BLTRのようにケモカイン以外のリガントの受容体も含まれる。しかしながら、実際の感染の場ではCXCR4とCCR5が最も重要なコレセプターであると考えられている。
◎HIV-1感染の分子機構
これらの発見に加えて、コレセプター使用の特異がHIV-1エンベロープタンパク質の第3可変領域にあるV3ループによって決定されている。
HIV-1の細胞侵入は、ウイルスのエンベロープタンパク質と標的(宿主)細胞の膜蛋白質との多段階反応にひきおこされると考えられる。
第一段階は、ウイルス粒子表面のエンベロープgp120蛋白質の標的細胞表面のCD4分子への結合である。
第二段階は、このgp120のCD4への結合によって、gp120蛋白質に構造(コンフォメーション)変化がおこり、それまでマスクされた状態にあったgp120蛋白質内のV3ル−プ領域が解放され、標的細胞表面上のコレセプター分子に結合する。この際、両者の相互作用はコレセプタ−分子のアミノ末端を含むいくつかの細胞外領域が関与していると考えられている。
第三段階は、このV3ループとコレセプター分子の相互作用により、さらにHIV-1エンベロープの膜貫通蛋白質gp41の細胞外ドメインに構造変化を引き起こし、gp41の疎水性の高いアミノ末端部分(融合ペプチド)が、標的細胞膜表面膜の脂質重層へ挿入され、これが引金となって、ウイルス表面膜と標的細胞膜間の細胞膜融合が起こり、ウイルス感染が成立するものと考えられている。
ケモカインによる抗ウイルス効果は、コレセプターへのウイルスエンベロープタンパク質の結合との直接的な拮抗作用あるいはケモカイン結合によって誘起されるレセプターのコンフォメーション変化によるものと考えられている。
◎HIV-1の細胞指向性
CXCR4とCCR5という2種の主要なコレセプターが発見されたことで、これまで明らかでなかったHIV感染を巡る様々な謎の解明が一挙に進展した。
HIVの臨床分離株はその細胞指向性から、従来、T細胞で増殖するT細胞株指向性ウイルスと、マクロファージで増殖するマクロファージ指向性ウイルスの2種に大別されてきたが、その差がどのようなメカニズムによって起こるのかはこれまで明らかではなかった。しかし、この2種のコレセプターとそれらに対するリガンドの発見によって、細胞指向性が、ウイルスがどのコレセプターを細胞侵入の際に使うか、といういわゆるコレセプター使用域によって決定されていることが明らかになった。
その鍵となったのが、先に述べたRANTESとMIP-1α、MIP-1βによるHIV-1増殖阻害効果の特異性である。すなわち、CCR5のリガントであるこれらケモカインによる増殖阻害効果は、マクロファージ指向性ウイルスに限られ、T細胞株指向性ウイルスは阻害しない。一方、CXCR4のリガンドであるSDF-1は、逆に、T細胞株指向性ウイルスのみを阻害し、マクロファージ指向性ウイルスは阻害しない。これらの知見は、マクロファージ指向性ウイルスがCCR5を、T細胞株指向性ウイルスがもう一方のコレセプターであるCXCR4を使用することを意味している。このことは、さらにコレセプターに対する抗体による感染阻害実験などによって確証された。
(斎藤の一言。CCR5をを交感神経のβレセプターに、CXCR4をαレセプターに置き換えて、RANTESなどをβ遮断薬、SDF-1をα遮断薬に置き換えて想像してみてください。そしてT細胞株指向性ウイルスをα刺激薬とみなすと、T細胞株指向性ウイルスは、CXCR4[αレセプター]をレセプターにしてるので、SDF-1[α遮断薬]で結合を阻害され、細胞内に侵入できずに増殖できないというわけです。マクロファージ指向性ウイルスも同様に考えてください。)
また、89.6と呼ばれるHIV-1株に代表されるT細胞株にもマクロファージにも感染性を有するといわゆる2重指向性(dual-tropic)ウイルスは、CCR5とCXCR4の両者をコレセプターとして利用する能力をもつ。また、2重指向性ウイルスは、CCR5とCXCR4だけではなく、CCR2やCCR3などをも利用できる場合がある。
(斎藤の一言。2重指向性ウイルスは、αβレセプターの両方に結合出来る、アドレナリンのようなイメージができます。)
これらの事実から、ウイルスをコレセプターの使用域で分類する新たな分類法が提唱されている。すなわち、CXCR4を用いるT細胞株指向性ウイルスをX4ウイルス、CCR5を用いるマクロファージ指向性ウイルスをR5ウイルス、また両者を利用できる2重指向性ウイルスをR5-X4ウイルスとするものである。
また、マクロファージ指向性ウイルスが感染の初期に、一方、T細胞株指向性ウイルスが病気の後期に出現することから、コレセプターとこれらの2種のウイルスの間の関係は、エイズの病態進行に重要な役割を果たしていることが明らかになった。
◎HIV-1増殖制御に関与するサイトカイン/ケモカイン情報ネットワーク
様々なサイトカイン・ケモカインが直接的・間接的にHIVの増殖制御にかかわっており、極めて複雑なネットワークを形成している。
先に述べたように、CCR5に対するnatural ligandであるβ-ケモカイン(RANTES、MIP-1α、MIP-1β)はR5(マクロファージ指向性)ウイルスの感染を阻害する。RANTES、MIP-1α、MIP-1βは実はCD8(+)だけでなくCD8(−)T細胞から分泌されることが知られている。
一方、ストロマ細胞から分泌されるCXCR4に対するnatural ligandであるSDF-1はX4(T細胞指向性)ウイルスの感染を阻害する。一方、コレセプターに結合してHIV感染を直接阻害する場合の他、感染後などの状態でケモカインが作用すると、かえって感染細胞でのウイルス増殖が促進されることもRANTESやSDF-1などで報告されている。
(斎藤の一言。細胞にHIVが侵入する前だと、そのコレセプターのリガンドにより進入を阻害され、増殖できないけど、HIVが侵入した後だと、リガンドによって細胞増殖が誘導されるため、HIVも同時に増えてしまうということを言ってます。)
一方、炎症反応を促進する促炎症性サイトカイン(proinflammatory cytokines)であるTNF-α、IL-1β、IL-6などはHIV増殖を促進(upregulate)する。特に、TNF-α、IL-1βについては詳細な解析が行われており、HIV複製の亢進はこのTNF-αが細胞転写因子であるNF-κBを活性化することによっているこが明らかにされており、このNF-κBがウイルスのLTR(long-terminal repeat)内に存在するNF-κB結合領域に働きかけ、HIVの転写を促進し、ウイルス複製が亢進する。
(斎藤の一言。LTRとは、HIVのDNA{逆転写後のプロウイルス状態で、宿主[しゅくしゅ]DNAに組み込まれた状態なのでDNAです}の両端に位置する、ナンセンスな領域でプロモーターやエンハンサーとして機能している領域です。)
逆に、TGF-βとIL-10はHIV増殖を抑制的(downregulate)に働く。免疫抑制サイトカインであるIL-10の作用はTNF-βやIL-6の産生を抑制することにより、結果的にはウイルスの複製を抑制すると考えられている。また、IFN-α、β、IL-16もHIV増殖に抑制的に働くことが知られている。
HIVの増殖、潜在化のメカニズムには、このようなサイトカイン/ケモカインと様々な細胞間の複雑な相互作用が、重要な役割を担っていると考えられる。
◎Th1/Th2バランス
ヘルパーT細胞は、分泌するサイトカインの種類によってTh1、Th2の2種類に分けられる。抗原が抗原提示細胞によって提示されることによって、ナイーブT細胞は末梢リンパ組織でTh1細胞またはTh2細胞へと分化し、それぞれ細胞性免疫(感染細胞の排除に貢献)または液性免疫(細胞外ウイルスの排除に貢献)の誘導にかかわっている。
Th1細胞は、IL-2、IFN-γを産生し、この細胞への分化にはIL-12が重要である。一方、Th2細胞はIL-4、IL-5、IL-6、IL-10、などを産生し、この細胞への分化にはIL-4が必須である。
Th1の産生するIFN-γはTh2細胞の増殖を抑制するのに対し、Th2細胞から産生されるIL-10はTh1細胞の活性化を抑制する。したがって、Th1とTh2細胞は互いにバランスをとりながら個体内の免疫反応を調節している。HIV-1に感染すると、次第にこのバランスが崩れてくることが観察されており、エイズ発症後期に近づくとTh2過多に傾く。
この傾きがウイルスの種類を変えている原因となっているのではないか、という知見が報告されている。すなわち、Th1とTh2で、ケモカインレセプターの発現が異なり、Th1細胞がCCR5を発現することから、マクロファ−ジ指向性ウイルスが主に感染初期では多く分離され、これに対してTh2に傾くエイズ発症期ではCXCR4を発現しているTh2細胞が多くを占め、したがってT細胞株指向性ウイルスが多く分離されるようになる。
◎HIV感染やエイズ発症に対して防御効果をもつ宿主遺伝子多型の発見
コレセプターを巡る研究から出てきたさらに一つの画期的な研究成果は、HIVに対する感受性やエイズの発症しやすさといった要因の、少なくともその一部がコレセプター遺伝子の変異によるという発見である。ウイルスに対する感受性や、エイズ発症までの期間を規定する要因としては、ウイルス側の要因と宿主側の要因の2つが考えられるが、このうち宿主側のファクターとしてコレセプター遺伝子の変異が極めて重要な意味をもっていることが明らかにされてきている。
これまで男性同性愛者や売春婦の中で、非常にリスクの高い性行動をしているにも拘わらず、感染から免れている人々(exposed-uninfected:EU)が存在することや、一方、ウイルスに感染しているにも拘わらず、15年以上の長期間にわたってエイズ発症から免れている−いわゆる長期未発症者(long-term non-progressor:LTNP)が存在することが明らかにされていた。しかし、このような現象がどのような要因によるものかについては、これまで決定的な解答を見い出すことはできなかった。しかし、このような感染・発症抵抗性の遺伝的背景として、コレセプター遺伝子など宿主遺伝子の多型性が関与していることが、最近急速に明らかになりつつある。
まず最初に、非常にリスクの高い性行動を繰り返しているにも拘わらず感染を免れている男性同性愛者のコホート研究から、CCR5Δ32と呼ばれる32塩基の欠失変異が発見された。この変異を持つ場合、ウイルスに対して感染しにくく、また発症しにくくなる(発症が2〜4年遅延する)。CCR5のΔ32変異は白人男性ではヘテロザイゴードが一般集団でも8%程度存在し、ホモザイゴードも1%弱の高頻度に存在することが明らかにされた。遺伝子頻度は北欧で高く(13%)、南に下るにつれて低下する傾向がある。この変異は我々日本人を含む東洋人やアフリカ人には見いだされていない。このことは、この変異が各人種が分岐した後の人類史上の比較的最近に発生したことを示唆している。分子進化学的解析から、この変異の起源は、現在から約650年ほど前の14世紀中頃(1346〜1352年)、欧州でペストの大流行が起こっていた頃にあり、この変異をもつ人々がペスト流行から生き残るなんらかのアドヴァンテージがあったのではないかという推論がなされている。極めて興味深い仮説であるが、実際には変異の出現の時期の推定に数千年レベルの大きな幅が可能であり、真相は不明である。
(斎藤の一言。要するに、α刺激薬のレセプターであるα受容体が、突然変異を起こして、α刺激薬が結合できなくなってしまったのと同じ状態である。この突然変異が、免疫応答においてなんら不利益でなければ、この変異は、自然淘汰されずに残りますね。このように一つの遺伝子にいろいろな塩基配列があることを、遺伝子多型といいます。)
このCCR5Δ32の発見についで、CCR2-64Iが見いだされている。これは、CCR2分子の最初の膜貫通部(アミノ酸第64番)に存在するvaline(V)がisoleucine(I)に置換すつ変異で、白人およびアメリカ在住の黒人に約10〜15%程度の比較的高頻度に見いだされる。しかし、CCR2はごく少数のHIV-1株がコレセプターとして利用するに過ぎないことから、64I変異による直接的な発症抑制機構は十分な説明はできない。しかし、最近CCR5の第2イントロン内点変異(CCR5-927T)が発見され、これがCCR2-64Iと連鎖してAIDS発症を遅延させることが報告された。このCCR5-927Tの頻度は白色人種では約10%、日本人集団では約31%の割合いで認められ、この変異は黄色人種に多いことが確認された。さらに、欧米人HIV-1感染集団ではAIDS病態の遅延と相関し、感染効率には影響しなかったが、日本人HIV-1感染集団では病態の進行速度のみならず、感染効率にも影響することが日本の研究班によって報告された。
このほか、HIV-1の主要なコレセプターの一つであるCXCR4のリガントであるSDF-1遺伝子について、その3'-非翻訳領域の変異(SDF-1 3'A)が、エイズ発症に対する抵抗性遺伝子として同定された。特にこの変異とCCR5Δ32変異との組み合わせで、高い効果が見られる。SDF-1遺伝子の3'-非翻訳領域の変異がなぜ防御的効果を示すのかについても、その正確なメカニズムは明らかではないが、この変異によって、mRNAの安定性の増加などのメカニズムを介して、個体内のSDF-1量が上昇し、そのためX4型ウイルスの増殖が抑制され、AIDS発症遅延をもたらすものとの推論がなされている。これらの変異は、CCR5のΔ32変異とは異なり、日本人などにも10〜15%の頻度で検出される。
(斎藤の一言。個体内のSDF-1量が上昇するということは、α遮断薬の血中濃度が高いのと同じことを意味してます。だから、α刺激薬[HIV]がαレセプター[CXCR4]に結合できないと。)
HIV-1感染あるいは病態進行に抵抗性を示す遺伝子変異の頻度は人種毎に異なっており、その効果も人種毎に少しずつ異なる可能性がある。このようなHIV感染やエイズ発症にかかわる遺伝子の解析は我が国でも始まっており、その一つの成果としてRANTES遺伝子のプロモーター領域のある種の多型がRANTESの発現を増強し、発症を遅延させることが明らかにされている。
上の段落の文章は、読みづらいと思いますので、まとめて見ましょう。
■ ケモカイン受容体であるCCR5の欠損異常は感染への耐性や長期無病生存に関与しているが、この変異は白人に特異的なものであり、他の機構も存在するはずである。
この研究では他のケモカイン受容体CCR2の変異も長期非進行症例の原因となっていることを見いだした。
■ HIVの協調的な受容体であると示唆されている、ケモカイン受容体の変異を同定するため、CCR2の全遺伝子が調べられ、白人やアフリカ系アメリカ人の10から15%に認められる変異を見つけだした。5つのAIDSコホートの計3003人に患者のデータにより、今回みつかった変異(CCR2-64I)はCCR5の欠損変異と異なり、HIV感染の頻度を減少させるものではなかった。しかし、正常CCR2のホモ接合体である患者と比較してCCR2-64I変異のある患者は2から4年以上AIDSとなるまでの期間が長かった。
■ CCR2-64I変異はCCR5変異のない者のみにおこるので、2種の変異の独立した延命効果を決定することができるはずである。やはり5つのコホートのデータを用いて検討したところ、16年あるいはそれ以上AIDSを発症しないでいる患者のうち28から29%の者はCCR5あるいはCCR2の変異にその原因を帰することができる。
◎ケモカイン受容体をターゲットとする抗HIV-1治療法の開発
ケモカイン受容体をターゲットとする抗HIV-1治療法剤の開発には、少なくとも2種のアプローチが可能である。
一つのアプローチは、ケモカイン分子の修飾によって、ケモカインの抗HIV活性だけ残して、不要な炎症促進(走化)活性を失わせた拮抗的アナログを設計しようというもので、RANTESのアミノ末端配列の短縮(truncation)やメチオニン付加(Met-RANTES)あるいはアミノオキシペンタン基の付加(AOP-RANTES)が試みられている。
この中で特にAOP-RANTESはマクロファ−ジ指向性(R5型)ウイルスのマクロファ−ジ・リンパ球への感染を強力に阻害することが知られている。AOP-RANTESは、受容体のインターナリゼーションを引き起こし、そのリサイクリングを抑制することによって細胞表面のCCR5分子を急速に低下させることが示されている。一方、本来のリガンドのRANTESではこのようなことは起こらない。すなわち、AOP-RANTESの抗CCR5作用は、受容体リサイクリングの抑制というユニークなメカニズムであることが明らかになっている。
第2のアプローチは、ケモカイン修飾によらない既存の物質のスクリーニングの結果見い出されてきたものである。東京医科歯科大の山本らのグループは、カブトガニ由来の抗生物質をもとに設計された18アミノ酸残基からなる環状ペプチドT22がT細胞株指向性(X4型)ウイルスの感染の特異的阻害剤であることを報告していたが、T22が、実はCXCR4の特異的アンタゴニストとしての作用を持つことを見い出した。その抗ウイルス効果は、T22が、CXCケモカインと同様な、2個のジスルフィド結合によって保持されたアンチパラレルβ-シート構造をもっていることと関係しているのかもしれない。
また、Doranzらは、同様なCXCR4の特異的アンタゴニストとして、9個のアルギニン残基をもつ高度の陽性電荷オリゴペプチドALX40-4Cを報告している。なお、T22も9個のアルギニン残基をもったカチオニック・ペプチドである。一般に、T細胞株指向性ウイルスのV3ループは高い陽性電荷で特徴づけられる構造をもっており、このような構造的特徴がT22やALX40-4Cのもつ抗HIV効果と関係しているのではないかと推論される。また、最近、ヘテロ環状分子バイサイクラム(Bicyclam)(AMD3100)がT細胞株指向性HIV-1の感染やCXCR4へのSDF-1や抗CXCR4単クローン抗体12G5の結合を特異的に阻害することが明かにされている。
CCR5についても最近、鹿児島大学と武田薬品のグループが低分子化合物(分子量=531.13)のCCR5特異的阻害剤TAK-779を発表した。TAK-779はRANTESのCCR5への結合を低濃度で阻害し,RANTESによるCCR5を介した細胞内カルシウム上昇も完全に抑えた。また、R5型のHIV-1の感染も低濃度で抑えることが示された。しかしながら、これらペプチド性阻害剤や低分子化合物は代謝安定性や経口投与による吸収性に問題があり、実用化にはまだ一歩の状態であるが、今後、スタンダードな薬物療法の魅力あるalternateとして注目される。
また、遺伝子治療的アプローチとして、CXCR4やCCR5を細胞内小胞体(endoplasmic reticulum:ER)で捕捉し、それらの細胞表面への輸送を阻害しようというイントラカイン(intrakine)というアイデアが提唱されている。ERの捕捉にはテトラペプチドKDEL配列(ER retrieval sequence)が必要であるが、この配列をケモカイン分子のカルボキシ末端に付加し、CCR5あるいはCXCR4の細胞表面への移行を阻止しようというもので、実際、in vitroのレベルでHIV-1感染を阻止できることが観察されている。