世紀末のトピックス
25.Oct.2000 Mitsuyuki Ohno

 21世紀を迎えるにあたり、自分自身、頭の中を整理する目的で、ここ数年のトピックスを、さまざまな領域から、思いつくままに取り上げてみた。共通して言えることは、分子生物学の進歩によって、病態や生理現象が遺伝子レベルで説明が可能となってきたことである。すると、面白いことが見えてくるのである。全く関係のない領域の話だと思っていたことが、特定のキーワードで結ばれてくるのである。

 これは、どういう事か?

 今現在、我々が知りうる範囲で、また、理解できる範囲で見ている生命現象や病態が、実はうわべだけしか見ていなくて、本質はもっと違うところにあるのではないか?、あるいは、本質は同じ物を違う側面から眺めているだけではないか?という疑問が浮かんでくる。これに伴って、今までの知識では理解不可能だった薬物の作用機序、知られていなかった作用機序が見えてくるのである。

 現在、分子生物学の知識が、最も応用されている臨床分野は『癌』であることは、誰もが認めるところであろう。この領域においては、すでに、新しい知見にもとづいて過去の病形分類や診断基準が新しいものに置き換えられ、再編成されている。
この波は、やがて、ほかの領域にも押寄せ、その病形分類や診断基準が変更、再編成され、治療法も今までと違うものになっていくのかもしれない。

今回は、以下のものを取り上げてみた。

脂肪細胞
アドレノメデュリン
不整脈研究
心不全研究
循環器病学研究の方向性
核内レセプター研究
遺伝子転写制御
炎症反応機構
骨代謝
CD分子の研究動向
がん治療における免疫療法の位置付け

 

 

 最初は、脂肪細胞を見てみよう。ここ10年で、これほどまでに認識を新たにさせられた臓器(といえるほど)もないであろう。

■脂肪組織の調節とレプチン
 わが国の食習慣、ライフスタイルの欧米化に伴い、糖尿病、高脂血症、動脈硬化症などの成人病の主要な危険因子としての肥満の重要性が注目されている。最近の報告によれば、成人の死亡率は BMI 19.O〜21.9 で最低であり、30〜44才の男性をとれば BMI が1増加する毎に、特に心血管死が10%ずつ増加するという(N.Engl.J.Med.,338:1-7.1998.)。

 肥満とはエネルギー摂取と消費のアンバランスにより体内に過剰な脂肪組織が蓄積した状態である。Colemanらは、脂肪組織由来の液性因子が飽食因子(satiety factor)として中枢に働きかけエネルギー摂取(摂食)とエネルギー消費のバランスを調節し、脂肪組織重量を一定に保つ機構が存在するという lipostasis 仮説を提唱してきたが、長らくその実体は不明であった。

 ポジショナル・クローニング法により遺伝性肥満を呈する ob/ob マウスの病因遺伝子として単離同定された肥満遺伝子は、分泌蛋白の特徴であるシグナルペプチドを有する167アミノ酸からなる蛋白(レプチン)をコードし、肥満組織特異的に発現する。ob/ob マウスではレプチン遺伝子がナンセンス変異を有し、レプチンが分泌されないため、Satiety Signal が中枢に伝えられず、結果的に過食と肥満が持続する。レプチン遺伝子異常はヒトでも高度の肥満をきたすことも証明され、レプチンはヒトでもエネルギー摂取とエネルギー消費のバランスの主要調節因子であると考えられる。

■内分泌臓器としての脂肪組織とその多様性
 これまで脂肪組織は、脂肪を受動的に貯めるだけの非活発な貯蔵臓器と考えられていたが、レプチンの発見はこの考えがまったく間違いであったことを証明した。実際、脂肪組織は外界からの刺激に応じて活発にレプチンやサイトカインを分泌し、全身の諸臓器に信号を送っている、重量からいえば最大の内分泌臓器である。しかも同じ脂肪組織でもその遺伝子発現や機能が区別される多様な役割分担のあることが示されている。白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞、内臓脂肪と皮下脂肪などがその一例であり、脂肪組織は重量だけではなくその機能や分布が肥満、成人病と深い関連を有するという事実も明らかになってきた。

■脂肪組織とインスリン抵抗性症候群
 肥満と糖尿病、高血圧、脂質代謝異常、心血管病など成人病とを結びつけるキーワードはインスリン抵抗性である。肥満は脂肪組織量の増大であり、インスリン抵抗性は骨格筋における糖取込み障害である。この2つは異なる臓器に認められる現象であるが、それをつなぐメカニズムはどう理解されるのか。脂肪組織が内分泌臓器であるという事実から、肥大した脂肪細胞から過剰に分泌されるホルモン、サイトカイン、栄養素が骨格筋のインスリン抵抗性を引き起こすのではないかという発想が生まれた。たとえば、脂肪細胞からTNF-αが分泌され、それが骨格筋のインスリン低抗性を引き起こすという仮説が提唱されている。実際にTNF-αはインスリン受容体を出発点とする細胞内情報伝達を抑制する。

 この場合、レプチンが脂肪細胞から分泌され endocrine(内分泌)のメカニズムで視床下部のレプチン受容体に働くのに対し、骨格筋の中の脂肪細胞から分泌されるTNF-αは paracrine(傍分泌)のメカニズムで周囲の骨格筋に働くことが提唱されている。また、脂肪組織から放出される遊離脂肪酸(FFA)は Randle サイクルにより骨格筋での糖の取込みや代謝を抑制することが知られている。
■脂肪組織の量、分布、質に対する治療的介入
 このような脂肪細胞について、理解が深まるにつれて、肥満やインスリン抵抗性、成人病の治療面でも大きな展開が起こりつつある。チアゾリジン誘導体は、とくに肥満に伴うインスリン低抗性を改善する。本薬は糖尿病薬として開発されたが、骨格筋でのインスリン抵抗性の改善により、耐糖能異常だけでなく、脂質代謝異常も改善され、さらには高血圧も改善されるという報告がある。最近チアゾリジン誘導体の作用点が同定され、作用メカニズム解明への突破口となることが期待されている。それは驚くべきことに、脂肪細胞の分化をつかさどる核受容体型の転写因子のPPAR-γであった。インスリン抵抗性改善薬は、脂肪組織の重量は変えないが、脂肪細胞由来のインスリン抵抗性惹起因子(FFA・TNF-αなど)の産生を低下させ、いわば肥満とインスリン抵抗性を解離(uncouple)させると考えられている。このような脂肪細胞の質の変化は、PPAR-γの作用により、小型脂肪細胞が前駆脂肪細胞より生成し、FFA・TNF-αなどを産生しインスリン抵抗性を増悪させていた肥大した脂肪細胞を置きかえるためであることも提唱されている。いずれにせよ、インスリン低抗性改善薬のターゲットが脂肪細胞にあったという事実は、脂肪組織が骨格筋でのインスリン作用を調節するという概念をさらにサポートするものでもある。このように肥満やインスリン抵抗性の治療は今後、脂肪細胞の量だけでなく脂肪細胞の分布や質にも注目して行われることになるのであろう。

 

 

 肥満、インスリン抵抗性とくれば、次は、循環器系での話題ですね。

■新たな循環調節系の発見
 循環器系は種々の神経性および体液性因子により複雑な調節を受けている。交感神経系、レニン−アンジオテンシン系は古くから知られた循環調節ホルモンであり、その後のナトリウム利尿ペプチド(ANP)やエンドセリン(ET)などの発見により新しい循環調節機構が明らかにされてきた。ANPやETの研究は高血圧や心不全などの病態の理解を深めるのに役立っただけでなく、これらの疾患の診断や治療の面にも大きく貢献している。このように、新しい循環調節ホルモンの発見は循環調節機構の研究と循環器疾患の臨床にあらたな展開をもたらすものと考えられる。

 1993年、北村らはラット血小板中のc-AMPの増加活性を指標としてヒト褐色細胞腫より新しい降圧活性ペプチドを発見し、アドレノメデュリン(AM)と命名した。また、AM前駆体のcDNA解析から、同じ、前駆体より別にもうひとつの降圧活性を有するペプチドPAMP(proadrenomedullin N-teminal 20 peptide)が産生されることが明らかとなった。
AMとPAMPはANPやETとは異なるあらたな循環調節系として存在するものと考えられる。AMには長時間持続する血管拡張作用があり、もっとも強力な血管拡張性降圧ペプチドのCGRPに匹敵する作用を示す。この血管拡張作用は血管平滑筋のc-AMP産生増加を介すると考えられている。また、血管内皮細胞では細胞内Ca2+増加を介して一酸化窒素(NO)産生を高め、間接的に平滑筋細胞に働く機序も想定されている。
 当初、血中のAMは副腎髄質からの分泌に由来するものと考えられていた。しかし、その後の検討から副腎髄質は血中AMのおもな分泌源ではないという結果がでている。おもなAM産生部位は血管壁細胞(内皮および平滑筋細胞)と考えられている。AMの含量は副腎髄質に多いが、AM mRNAの発現は副腎髄質以外のほとんどの臓器において認められ、とくに、培養血管内皮細胞においては副腎の約20倍以上のmRNAの発現が認められた。これに関しては、副腎髄質からのAM分泌が調節性の機序(regulatory pathway)によるのに対して、血管壁細胞からのAMは貯蔵されずにただちに分泌される構成的(constitutive)機序による分泌と考えられている。

■AMの産生調節機序
 血管構成細胞におけるAM遺伝子の発現はLPS、IL-1、TNFなどのエンドトキシンショック誘導因子によって増加する。また、糖質コルチコイドや甲状腺ホルモンなどで促進されることが明らかにされている。さらに、AM遺伝子上流にSSRE(shear stress responsive element)があり、シェアストレスや浸透圧上昇によっても発現が増強することから、循環動態の影響を受けるものと思われる。

 AMによるVSMC(vascular smooth muscle cells)内のc-AMP増加はCGRPのアンタゴニストであるCGRP[8-37]により抑制されることから、VSMCにおけるAM受容体はCGRPと共通あるいは類似したものと考えられている。一方、血管内皮細胞にもAM受容体が存在し、これはVSMCのものとは異なり、AMにのみ特異的であり、CGRP[8-37]による影響は受けない。最近、ラットの肺からAMの受容体が単離され、そのcDNAが明らかになった。7回膜貫通の受容体で、G蛋白質共役型の受容体を形成していると考えられる。COS-7に発現した受容体はAMによりc-AMP産生を促進した。この受容体は内皮細胞にはmRNAの発現がみられず、一方VSMCでは発現しているが、CGRPとは共有しないという。その結果、現在AM受容体はすくなくとも3種類存在すると考えられている。

 AM前駆体からシグナルペプチドが切断されたproadrenomedullinのN末端側20アミノ酸残基のC末端にアミド化シグナルが続くことから、PAMPと名づけられた。PAMPは一過性の強い降圧作用を示すが、これはAMの作用と異なり、交感神経終末からのカテコールアミン分泌の抑制による。さらに、交感神経終末からのカテコールアミン分泌抑制にはN型電位依存性Ca2+電流の抑制が関与し、抑制には百日咳毒素感受性G蛋白が関与していることから、いまだクローニングされていないPAMPのレセプターはG蛋白共役型のレセプターであると考えられる。

 AMには中枢作用がある。ラットにおいて中枢内投与により飲水量の低下、バソプレシン分泌の減少、下垂体前葉細胞でACTH分泌の低下などが報告されている。また、AMの末梢投与では血圧が低下するのに対して中枢投与では血圧が上昇するという。一方、PAMPは末梢投与と同様、中枢投与にても降圧を生じる。現在、AM、PAMPの中枢作用のメカニズムについてパッチクランプ法を用いて検討されている。

 AMはメサンギウム細胞の増殖を抑制し、また血清やPDGF刺激による血管平滑筋細胞の増殖を抑制する。これにはMAPキナーゼの抑制が関与しているらしい。その結果、動脈硬化の発症進展に対して抑制的に作用するものと考えられる。これに対してAMはさまざまな腫瘍細胞において発現が認められ、paracrine、autocdne 機構で腫瘍増殖に促進的に働いていることが報告されている。現在、このようなAMの増殖に対する『反応の違い』が細胞種の差によるものか、腫瘍細胞のAM受容体や細胞内情報伝達系の異常によるものか検討されている。

 循環器疾患の病態との関連についての研究も進められている。AMは健常成人の循環血漿中に数fmol/ml(フェムト:ピコの1000分の1)の濃度で存在している。本態性高血圧症、心不全、腎不全患者において血漿AM濃度が上昇し、その重症度と相関することが報告されている。しかし、心不全の重症度の指標としてはAMはANPほど鋭敏でない。ANPが心房で産生されるのに対して、AMは全身の血管壁細胞で産生されることによるものと考えられる。いずれにしても血圧上昇や体液貯留をきたす病態において代償的に増加すると考えられる。AMの利尿作用に関して腎血管拡張作用や尿細管への直接作用があることが報告されている。
 AMが血管内の細胞で産生され、そのレセプターが血管内皮や血管平滑筋に存在することから、AMが paracrine や autocrine 機序で機能していることが考えられる。PAMPについても血管壁細胞から分泌されることが明らかになっており、血管に分布する交感神経終末に作用することから、同様の局所因子としての働きが考えられる。両ペプチドは同じ前駆体からつくられ、異なる作用によって協調的に血管のトーヌスを調節しており、きわめてユニークな新しい循環調節系である。現在、発生工学的手法を用いてトランスジェニックマウスやノックアウトマウスが作成されっつあり、前者ではすでに解析段階にある。今後、AM・PAMPのレセプター、作用機序が明らかになることにより、これらの物質の生体内での生理的な役割がより明確になっていくのであろう。

 

 

 つづいて、この関連分野から。

■不整脈研究の進歩
 近年の不整脈分野における研究の進歩・発展にはめざましいものがあり、それは基礎・臨床のいずれの領域についても認められる。まず、基礎的分野においては、分子生物学的研究法やパッチクランプ法の導入などにより不整脈の発生や防止にかかわる心筋細胞膜イオンチャネルの構造と機能の基本的理解が進んできたが、ここ数年においてはその発展として、不整脈疾患の病因としてのチャネル遺伝子の異常が明らかにされてきたことがあげられる。これにより、同一の診断名でも人によってはβブロッカーが効かないなどの多様性が説明がつくこととなった。これは遺伝性(または家族性)QT延長症候群の病因として3種類のイオンチャネル遺伝子と一種のチャネル調節因子の構造異常が明らかにされたことがきっかけとなっている。このことにより循環器領域に限らず広範な分野で疾患の成因の要因として、あらたに"channelopathy"(チャネル病)の概念が認識されるようになってきたといえる。QT延長症候群に限らず新しい"チャネル病"が見出される機運もでてきている。さらに、先天的な疾患のみならず、後天的に発現する病態(肥大・梗塞、さらには心房細動のような頻拍)などによってイオンチャネルの機能異常のみならず構造や発現変化をきたす"チャネルのリモデリング"を生じることが見出され、注目されてきている。リモデリングは病態を修飾するとともに、不整脈の発生とも密接に関連し、さらに薬物反応や治療低抗性にも関与することから、臨床的にもその病態生理学的意義の重要性が理解される。

 臨床不整脈に目を転じると、カテーテルアブレーションの導入、その有効性と安全性の確立はある種の不整脈についてはその治療戦略を大きく塗り替えたといえる。とくに、WPW症候群などの副伝導路症候群での房室回帰性頻拍、房室結節二重伝導路による回帰性頻拍、心房粗動(通常型)などではいまやアブレーション治療が第一次選択になりつつある。一方、アブレーション治療法の成功は、改めて房室接合部とその周辺部の機能と病態生理の理解を大きく推進することにもなった。とくに、房室二重伝導路における心房筋の関与、心房粗動における峡部の重要性、房室結節伝導特性の詳細、心房性不整脈の成因や薬理学的特性など、多くの新知見が集積されてきている。そのなかで、心房細動ではいまだにその成因については論議が多く、興奮旋回が主流ではあるがあらたに"スパイラル興奮説"が浮上して注目されている。上述のチャネルのリモデリング、発生頻度が高く難治性であることなど、問題点が多く残されている。一方、心室性不整脈に関してはこれまできわめてまれと考えられていた特発性心室細動が、それほどまれでない疾患として特異な病像が明らかになりつつある。心室頻拍は多くの病態で異なる臨床像を呈することが詳しく解析され、電気生理学的な特徴が整理されるとともに、一部にはカテーテルアブレーションにより根治可能なものも見出されている。

 不整脈治療の主要な部分を占める抗不整脈薬療法は海外での大規模臨床研究の結果、その投与はかならずしも患者の延命効果につながらず、逆に催不整脈作用をクローズアップすることとなった。あらたな抗不整脈薬の開発・導入もこの問題を完全には解決しえないかにみえるが、一方では不整脈の治療を成因に根ざした合理的な方法でのアプローチをめざした Sicilian Gambit の考えも提唱され、これを臨床で実際に応用する試みもだされてきている。薬物以外の治療法では前述のカテーテルアブレーションの成功に加え、致死的不整脈への植込み型除細動器(ICD)の延命効果がほぼ確立されてきており、わが国での植込み症例も増加しつつある。ただし、本装置の装着はあくまでも不整脈死を防ぐ対症療法であり、不整脈の予防や根治療法とはならない。そのため、装着後のfollow-upや患者の精神面での対処があらたな問題として浮かび上がってきている。

 

 

 不整脈とくれば、心不全。はずせませんねぇ。

■心不全研究の重要性
 高齢化祉会を迎え、心血管疾患の罹患率、またそれによる死亡者数は急増している。先進国においては通常心疾患による死亡者数は癌よりも多く死因のトップであり、先進国のなかでもっとも少ないほうである日本においても、心筋梗塞と脳卒中を合わせた心血管疾患による死亡者数は癌よりも多い。心疾患のなかで心不全はその罹患者数および重症度より考えてもっとも重要な位置を占めている。わが国における正確な統計はないが、アメリカにおいては毎年40万人があらたに心不全と診断されており、心不全が4万人の直接死因、25万人の問接死因となっている。心不全は高齢になるに従い罹患率が急速に上昇し、80歳以上ではなんと10人に1人の割合で心不全を呈しているともいわれている。また、心不全の臨床的な重症度の指標としてNYHAの分類(I〜W度)がよく用いられるが、NYHA V,W度の患者の3年生存率は癌患者よりも悪く、心不全の生命予後はきわめて不良であるといえる。
 心不全の医療経済に与える影響は当然絶大であり、アメリカでは毎年340億ドルが心不全治療に使われている。このような心不全の重要性からアメリカでは心不全克服のために一大キャンペーンがはられており、その一環として1997年、心不全学会が設立された。この学会の特徴としては、基礎、臨床、公衆衛生、製薬企業の人たちが英知を結集して心不全の解明および克服をめざしているということがあげられる。わが国においても同じく1997年より心不全学会が設立され、日米が協力していく体制が整えられた。

■心不全の疾患概念の変化
 このように心不全克服の機運が盛り上がっている理由には心不全の重要性が明確に認識されたということばかりでなく、心不全の発症機序が最近になってようやくわかりはじめ、治療が可能になってきたというもうひとつの理由がある。心不全という疾患概念はたいへん古くよりあり、実際現在も臨床で使われている digitalis がはじめて心不全治療に使われたのはいまから200年以上も前である。しかし、心不全とはいったい何なのか、どのような機序により生じるのかについてはごく最近になってようやくわかりはじめたといってよい。

 1970年代以前は心不全とは臨床的に浮腫を呈する疾患であり、その本質はナトリウム、水の体内貯留であると考えられていた。したがって、その治療としては利尿薬が中心であった。利尿薬は現在でも心不全治療に使われており、有効であるのは確かであるが、心不全という疾患に対する認識はまったく誤っていたといえる。それが1970年代に人り、心臓の機能を実際に心不全患者でみることが可能になり、心不全は心臓のポンプ機能の低下であることが明らかにされた。そこで、治療としては、カテコールアミンなど、細胞内のカルシウム濃度を上げて心筋の収縮力を高めるといった、いわゆる強心薬や、収縮力の弱まった心臓の負荷を軽減するために血管拡張薬が用いられた。強心薬はたしかに心臓の収縮力を高めるために、一時的には心機能は改善し、臨床症状も軽快した。血管拡張薬も肺うっ血を軽減し、臨床的に有効性が認められた。

 しかし1980年代になり、臨床症状ではなく生命予後を指標に大規模臨床トライアルが行われたところ、血管拡張薬による治療は有効性が低く、強心薬に至っては逆に生命予後を悪くすることが明らかにされ、心不全治療の困難さが実感された。1980年代後半より心不全における交感神経系や心臓局所のレニン−アンジオテンシン系の重要性が実験的に示され、臨床的にもβ遮断薬やアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬が使われるようになった。
 1990年代になり、大規模臨床トライアルによりβ遮断薬やACE阻害薬が生命予後を改善することが明らかにされ、心不全が治療されうることがはじめて明らかになった。交感神経系や心臓局所のレニン−アンジオテンシン系の重要性ははじめ実験的に示されたが、β遮断薬やACE阻害薬の臨床的な効果は基礎実験からの予想をはるかに上まわるものであった。つまり心不全は心機能の不全により生じるということは確かであるが、その原因としては交感神経系や心臓局所のレニン−アンジオテンシン系、さらにおそらくはエンドセリンやサイトカインなどの神経液性因子が重要であるということが明らかになってきた。

■心不全研究の今後
 それではどうしてこれらの神経液性因子により心不全が招来されるのであろうか。高血圧や弁膜症、さらには心筋梗塞においても心臓に血行力学的な負荷が加わると心臓は局所的なレニン−アンジオテンシン系を活性化させて肥大を形成する。この肥大形成は心筋に加わるストレスを減少させるための一種の適応現象であるが、レニン−アンジオテンシン系の活性化が長期問続くと、この適応現象は破綻し、心不全を呈してくる。心臓の収縮機能が低下してくると、収縮機能を改善させるように交感神経が緊張してカテコールアミンの分泌が増える。このようにレニン−アンジオテンシン系や交感神経系の活性化は当初生体の適応現象として起こってくるにもかかわらず、どうして心不全といった個体にとっては最悪の状態を招来するのであろうか。人工的にレニン−アンジオテンシン系や交感神経系の活性化を抑制することが個体にとってよいことが明らかになった規在、"適応現象の破綻"の機序を解明することが必要である。

 またそれと関連して"適応現象の破綻"とは、細胞レベル、分子レベルではなにを意味しているのかを解明することも同様に重要である。はたして、それは細胞内のエネルギーの問題なのか、カルシウムや収縮蛋白の問題なのか、この古くからある問題はいまだに謎であり、心臓を研究するものにとってもっとも大きな課題である。この心不全の本質の解明はあらたな薬物の開発や治療に結びつくものであり、きわめて重要であると思われる。

 心不全発症において神経液性因子が"悪役"であることを述べてきたが、その逆に心臓を守るものとしても液性因子が関与している可能性はないであろうか。最近になってようやく心臓の成長因子とでもよべるような物質(cardiotrophin-1)が発見された。脳神経においてはだいぶ以前よりNGFやCNTFといった多くの成長因子が発見されており、変性疾患の治療にも応用されている。神経細胞と同じく、出生後分裂能を喪矢する心筋細胞においても多くのストレスから自身を守り、生き延びさせるための巧妙な仕組みが存在すると考えられる。今後は、きわめてユニークに高度に分化した心筋細胞の形質を維持する仕組み、つまり心筋細胞の分化、発生の機序を解明するといった新しい視点からのアプローチも重要になってくるのであろう。

 

 

 循環器病学研究の方向性は、いかに!

■心血管系の発生・分化
 心臓は、ヒトにおいて1日に10万回、一生の間には約30億回も収縮と弛緩を繰り返す。
このようにきわめてユニークな特徴をもつ心臓の研究において、収縮の機序を解析する生理学や薬理学的な研究が長い間中心であったことは当然といえよう。しかし、十数年前にミオシン、アクチンなどの収縮蛋白やイオンチャネルの遺伝子が次々と単離され、興奮−収縮連関に関する研究においても分子生物学的解析が加えられるようになった。この興奮−収縮連関のメカニズムの解明において、京大の故・沼正作教授グループがつねに世界をリードしていたことは万人の認めるところであろう。彼らは、Na+チャネル、Ca2+チャネル、リアノジンレセプターなどつぎつぎと世界で最初に単離に成功し、さらにその機能についても解析していった。彼らの一連の研究により、心臓のもつ最もユニークな特徴である筋肉の興奮−収縮連関に関する機序がはじめて分子レベルで明らかにされたといえよう。それ以後、収縮蛋白やイオンチャネルばかりでなく、心臓や血管に発現する多くの遺伝子が単離され、分子生物学的解析が加えられるようになり、種々の循環器疾患や病態が分子レベルで理解されるようになってきた。

 心血管系に発現する収縮蛋白やイオンチャネルの単離からはじまった循環器病学における分子生物学的研究は、最近になり発生・分化の研究へとさらに大きく展開してきている。
 発生・分化に関する研究は10年ほど前より欧米を中心にとくに盛んに行われるようになり、いまやあらゆる研究領域においても"発生・分化"がキーワードとなっているといっても過言ではない。盛んになった理由として、ショウジョウバエやアフリカツメガエルを使った発生遺伝学・実験発生学の進歩があげられるが、骨格筋のマスター遺伝子である MyoD の発見によるところも大きいと思われる。骨格筋分化の機序における急速な研究の進歩に刺激され、循環器領域においても7〜8年前より発生・分化に関する研究が盛んになってきた。循環器疾患において心不全はその頻度および生命予後に及ぼす影響から考えて克服すべきもっとも重要な疾患のひとつであるが、その発症機序はいまだに不明である。

 1997年、アメリカは心不全克服のための研究として心臓の発生・分化に関する研究が重要であると発表した。発生・分化の機序を解明するということは、たんに先天性心疾患の形成機序を理解することにとどまらず、高度にしかもきわめて特殊に分化した心臓の"生理"を丸ごと理解しようというものである。前述したように、従来は心臓の収縮に関する分子ということで、カテコールアミンやカルシウム、収縮蛋白などについておもに生理学や薬理学的視点より解析されてきた。しかし、出生後1回も分裂することなしに100年近くも生き続けることのできる心筋細胞のその"生理"を知ることは、収縮の機序を知ること以上に、病態の形成機序を知るうえで重要であるといえよう。

■疾患遺伝子の解明から疾患モデルを使った解析まで
 ポジショナルクローニング法や候補遺伝子アプローチにより、循環器疾患のなかでも肥大型心筋症や Long QT syndrome の原因遺伝子が最近数年の間につぎつぎと明らかにされた。さらには多因子遺伝と考えられる高血圧についても最近ではその遺伝子の座位について明らかにされてきており、高血圧の原因遺伝子の同定もそれほど遠くないと考えられる。分子生物学的手法はまた疾患の成立機序の解析にも力を発揮している。心臓病のなかでは、比較的早くから分子生物学的手法が応用された心肥大にはじまり、心筋症や心不全といった、いままで分子生物学的な解析が困難であった疾患や、冠動脈スパズムといった機能的疾患についても、最近では分子生物学的解析がなされている。

 心血管系の病態の理解を大きく進めたのは、レニン−アンジオテンシン系、ナトリウム利尿ペプチド、エンドセリン、アドレノメデュリンなどの生理活性物質の単離である。これらの物質の作用については非常に多くの論文が発表されてきたが、最近ノックアウトマウスの解析により真の役割が徐々に明らかにされてきている。動脈硬化の形成にとって脂質は大きなウェイトを占めているが、その研究に関してはアポ蛋白やLDLレセプターなど早くから分子生物学的手法が用いられてきた。最近は発生工学的手法を用いた研究が多くなっているが、酸化LDLレセプターの単離など新しい重要な発見もなされている。循環器領域においても新しい治療法として遺伝子治療が注目されている。PTCA後の再狭窄予防に限らず、癌よりも予後が悪く、移植しか治療法のない重症心不全において、遺伝子治療は今後真剣に追及されるべき治療法であろう。また、病態の解析において動物の疾患モデルはきわめて有用である。とくに循環器疾患においては心機能や血圧といった、in vivo の培養細胞レベルでは解析不可能なものが重要であるため、発生工学を用いて作成されたマウスを使った。in vivo の解析はきわめて重要である。

 たしかに癌をはじめとするほかの疾患に比較し、循環器疾患への分子生物学的手法の応用は遅れた。それには循環器疾患においては生理学的な研究が主流であったことのほかに、心筋や平滑筋などによい細胞株がないなどの理由があげられよう。しかし、循環器疾患の解析においても分子生物学はきわめて強力であり、いまや必要不可欠のものとなっている。
 現在、日本でも心筋梗塞と脳卒中を合わせた死亡数は癌を上まわっており、その意味でも循環器疾患はもっとも克服すべき重要な疾患であるといえる。その範囲は、心不全、不整脈、高血圧から動脈硬化ときわめて広く、解明すべき点が数多く残っている。

 

 

 つづいて、遺伝子発現の本質に迫るため、核内レセプターと遺伝子の転写機構の分野から。
まずは、核内レセプター研究をみてみよう。

■核内レセプターの分子生物学の幕開け
 1985年に、ソーク研(アメリカ)のDr.R.Evans、パスツール大(フランス)のDr.P.Chambonがそれぞれグルココルチコイドレセプター(GR)、エストロゲンレセプター(ER)cDNAクローニングを成功させてからが、核内レセプターの分子生物学の幕開けである。
この GR、ER cDNAクローニング以降、早15年以上経過しているが、いまだにこの研究領域にあらたな発見が続いていることは周知の事実である。振り返ってみれば、当初は核内レセプター分子解析やクローニング競争の時代であったと思う。cDNAを手にしたことによって、まず核内レセプターが転写制御因子であることが示された。このことは当時予想されていたステロイドホルモンが遺伝情報を制御するという仮説を直接証明するものであった。この証明によりステロイドホルモン作用点が定まり、ステロイドホルモンがかかわる生物学や病態に多大な発展をもたらした。

■オーファンレセプターと創薬
 このように核内レセプターを介した情報伝達は直接的に遺伝情報に働きかけるため、核内レセプターは創薬の標的部分としてたいへんな注目を浴びている。そのため、あらたな核内レセプターの発見がいまも続いている。当初の核内レセプタークローニングは生理作用がよくわかっていたステロイドホルモンのレセプターとして狙われた。長じて核内レセプターがひとつの大きな遺伝子スーパーファミリーであることがわかると、リガンド不明の、いわゆるオーファンレセプターが続々発見されることになる。時代はいまやリガンド→レセプターではなく、レセプター→リガンドである。オーファンレセプターのリガンド同定は一種の"ステロイドホルモン"の同定であるから、創薬的、もちろん医学的にもインパクトが大きい。オーファンレセプターのリガンド同定は、いまや核内レセプター研究の中核のひとつである。

 こうした研究の方向の先鞭としては、まず1990年のPPAR-αの発見があげられるであろう。S.GreenはChambon研でERのcDNAクローニングを実際に行った本人である。彼はイギリスに戻ると直ちに、ペルオキシダーゼを誘導する薬物であるクロフィブラートの作用がステロイドホルモンと類似していることからその核内レセプターを予見し、そのレセプターとしてPPAR-αの発見に至っている。その後同定された、PPARサブファミリーのひとつであるPPAR-γの生物学上の重要性は疑いようもない。

■転写制御因子としての核内レセプター
 当初は核内レセプターの転写制御因子としての分子機能が転写制御の分子メカニズムとして詳しく調べられた。その後、転写制御研究全体が顕著な発展をみせることによって核内レセプター分子そのものではなく、標的遺伝子プロモーター上で形成される転写開始複合体やクロマチン構造との関連に、この数年間、興味が移行してきている。とくに基本転写装置と核内レセプター両者の間を介在して転写を制御する転写共役因子は、この研究領域で現在もっとも注目されている課題のひとつである。

 核内レセプターの転写共役因子として同定されたものはわずかであり、すべてが同定されたとは思われない。それでも同定された転写共役因子はレセプターへのリガンド(ホルモン)結合依存的に蛋白−蛋白相互作用が変わることが証明されており、核内レセプター特有の機能であるリガンド結合依存的な機能をきわめてよく証明する。また、p300/CBPに代表される核内レセプター転写共役因子群のなかには核内レセプターのみならずほかの転写制御因子の機能をも制御するものも見つかっている。この事実は、核内レセプターを介した情報伝達系とほかの情報伝達系とのクロストークの可能性を示唆するものであり、ステロイドホルモンをはじめとした核内レセプターリガンドの幅広い生理活性に深く洞察を与えるものである。

 このような転写共役因子群の共通した特徴として明らかになったことのひとつは、転写共役因子白体がヒストンをアセチル化、脱アセチル化する酵素であることにある。ヒストンは染色体DNAに固く巻きつき、遺伝子発現が起こらないように眠らせている。しかしヒストンがアセチル化されると、ヒストン蛋白自体の物理・化学的性質に変化が生じ、DNAに固く巻きついたヒストンに変化が生じることになる。そうしてヒストンがはずされたDNA部分が露出することで、眠っていた遺伝子が起きだす(発現誘導)と考えられている。このように核内レセプターのリガンド(ホルモン)は核内レセプター白体の転写促進能を引きだすが、このような転写促進能の獲得には実際、細胞核内ではクロマチン構造のダイナミックな変化を伴うのである。

■核内レセプターと疾病
 ヒトでは数十種にも及ぶと考えられている核内レセプター群のなかに、その機能異常がただちに疾病に結びつく例が数多く報告されている。代表的かつ古くから知られているものにはステロイドレセプターの変異によるステロイドホルモン不応症があげられる。逆にオーファンレセプターのひとつである DAX-1 は先天性副腎欠損症の原因遺伝子として同定されてきている。また、レセプター機能異常が発癌を合めた幅広い疾病にかかわっている可能性は高く、これに加え、核内レセプター機能に必須な転写共役因子群の機能異常は疾病に結びっくと考えられるが、いまだまったく未開拓である。

 

 

 転写制御(遺伝子発現)を少し詳しく見てみると・・・

■転写(transcription)とその定義(stoichiometry)
 分子生物学によって解明された遺伝情報の流れは以下のようなものである。
DNA→RNA→蛋白質
Crickはこれを分子生物学の"セントラルドグマ"とよんだが、その後レトロウイルスのなかに逆転写酵素が見出され、一部の変更を余儀なくされた。しかし、Crickのドグマは、蛋白質の情報が核酸へは伝わらないという意味では現在も破られてはいないのである。

 生命現象は各種の蛋白質の相互作用によって具現されるものであるが、これらすべての蛋白質の情報はDNA中に保存されており(RNAウイルスの場合のみはRNA)、まずはメッセンジャーRNA(mRNA)の形に読みだされなければならない。これが転写の過程である。

 ここ40年に及ぶ研究によって、この反応がDNA(遺伝子)上の特定の部位から、必要な時に必要な量、自在に制御されて起こるためには数多くの蛋白性因子が関与していることが明らかになってきた。

■真核生物の3つのRNAポリメラーゼ
 RNAポリメラーゼがDNA鋳型上で転写の役割を果たすには、その開始、伸長および終結の、すくなくとも3つの段階を行わなければならない。遺伝子によっては伸長の途中で一時止まることもある(アテニュエーション)。このなかでとくに転写開始は重要であり、これに多くの制御が働いていると考えられる。初期の大腸菌など原核生物(およびその抽出物)を用いた研究によって、大腸菌RNAポリメラーゼは3種類のサブユニットからなる四量体(α2 β β')であることがわかり遺伝子の読みはじめを指定するプロモーターを認識して、そこに結合するためにはもうひとつのサブユニットσ(シグマ)が必要であることがわかった。転写が開始され、RNA鎖の伸長がはじまるとσ因子はこれから外れ、コア酵素とよばれる複合体がポリヌクレオチドを紡いでいく。そしてピリミジンに富む終結部位〔しばしば終結因子ρ(ロー)が働く〕で転写が終わり、コア酵素はDNAから離れて、あらたにσ因子と結合してプロモーターに結合し転写を開始する。これはシグマサイクルともよばれる。σにも数種類あり、細胞の状態により、また、相手の遺伝子により区別して使われるらしい。

 さて、哺乳動物を含む真核生物には3つのクラスのRNAポリメラーゼが存在する。RNAポリメラーゼT(pol T)はリボソームRNA遺伝子を、RNAポリメラーゼU(pol U)はメッセンジャーRNAをコードする遺伝子を、そしてRNAポリメラーゼV(pol V)は5SRNAや転移RNAあるいは低分子核RNAなど比較的小さいRNAの転写に専念している。これらRNAポリメラーゼは真核細胞においては10個を超えるサブユニットからなり、原核生物よりはるかに複雑な様相を呈している。

 いずれの場合も大きい2つのサブユニットは、大腸菌のβ、β'に似ており、ほかにα様のアミノ酸配列をもつものが2つ(AC40とAC19)あるが、これらは pol Tと pol V に共通のサブユニットである。さらに、pol T,U,Vすべてに共通なものが5つもある(ABC27ほか)。
ちなみに輔乳動物でも、このサブユニット構成がほぼ保たれているのは興味深い。
それぞれのサブユニットの機能は、現在の研究課題のひとつである。

■プロモーター、エンハンサーおよび異なる転写因子群
 これら異なるクラスのRNAポリメラーゼにはそれぞれが識別する特有のDNA配列(プロモーター)があるが、それらのみでは転写開始には不十分であり、すくなくとも基本転写因子とよばれるかなりの数の蛋白質因子の助けが必要である。その基本転写因子のなかでこの3種のポリメラーゼに共通なものが TATA結合蛋白質(TBP)である。この蛋白質はC末端側に大腸菌のσ蛋白に類似の配列をもっている。そのほかにも共通なものがあるかもしれないが、同定されていない。
mRNAを転写する pol Uの基本転写因子は、Roeder,Egly,Tjian そのほか多くのグループによって精製され、クローン化されて解析が進みつつあるが、合計数十個に及ぶポリペプチドが関与しており、それも遺伝子やプロモーターにより組合せが若干異なる。
転写制御に関与するDNA上の構造のもうひとつはエンハンサーとよばれるものである。これはプロモーターと異なり、かならずしも転写開始部位の直前にある必要はなく、数百ヌクレオチドから数キロヌクレオチドを超える距離にあるものもあり、intron のなかや遺伝子の後部(3'側)にあるものもある。しかもその向きも自由であることが多い。このエンハンサーはしばしば、いくつかの比較的短い(数個〜数十個のヌクレオチド)ユニットから合成されており、それらユニット(エンハンソンとよばれることもある)は、まったく別の遺伝子のエンハンサーの構築に使われていることも多い。

 このようにエンハンサーは始原的な転写因子とその多様化に対応して複雑な組合せをつくって共進化してきたものと考えられよう。

 ところで、ここでは概念的にプロモーター、エンハンサーと分けたが、実はその中間のようなものもあるので、比較的転写開始部位に近く、上流にあって方向も逆にはできないという例も多い。これらは上流活性化部位といわれることもあり、プロモーターに属しているとみる人もいるが、要するに転写調節の分子機構がいろいろあるということであろう。

■転写コアクチベータの登場
 最近、もっとも注目を集めているのが転写コアクチベータ(メディエータともいわれる)である。たとえば、p300/CBP といわれる巨大な蛋白質は、基本転写因子によってプロモーター部位に形成された前開始複合体(Preinitiation complex:PIC)とさきの配列特異的転写因子(たとえばステロイド受容体)との間をつないで、その遺伝子の転写活性化を媒介している。このような分子はつぎつぎと見出されており、それらを介して遺伝子の調節が行われる証拠もあげられつつある。配列特異的転写因子と基本的転写因子の問の missing-link がつながったわけであり、転写調節の実態をこれら因子間の立体的な相互作用から説明できる基礎ができつつあるといえよう。
さらに興味深いことは、これらコアクチベータがいろいろな蛋白質と結合するのみならず、しばしばヒストンアセチラーゼ活性をもっていることであり、ヒストンのアセチル化がクロマチンの構造をゆるめ、転写因子のDNAへの結合を容易にするという以前からの考えを具体化するものであり、さらなる展開が期待される。

 このほか。転写因子の存否や量だけでなく、その修飾(たとえばリン酸化)が転写因子の活性化を支配している例が多数見出されている。生体が外界の変化に急速に対応する必要があるときはとくにこのような制御機構が有用であろうと思われる。
このように転写機構の研究はようやくその正念場を迎えようとしているが、今後の研究は転写因子やコアクチベータのさらなる探索、それらの構遣と機能の解明のみならず、転写装置としてのクロマチンのレベルでの制御機構の解明に向かうことになるであろう。

 

 

 つづいて、炎症反応の機構とその制御のための戦略を見てみる。

 炎症が多くの病気に関係していることはよく知られている。人類は古くからその治療法について情熱を傾けてきた。ときには野生動物から教わることもあったであろうが、主として経験によって、抗炎症作用をもつ草根木皮を取捨選択してきた。柳科の植物はその代表例で、その小枝を噛んで歯痛を治すということは石器時代からすでに行われていたようである。柳属はサリックスと呼ばれるが、1819年に至って柳の樹皮の抽出エキスから苦味の成分が分離され、サリックスにちなんでサリシンと名づけられた。その後、この配糖体であるサリシンは、分解されると薬効成分であるサリチル酸を生じることが判明した。

 1860年には石炭酸からサリチル酸が化学合成されている。1876年に至りサリチル酸に抗リウマチ作用のあることがわかると、嘔吐作用の強いサリチル酸に代わる誘導体が数多く合成され、1899年ついに、副作用の少ない解熱・鎮痛・消炎剤アスピリンが誕生する。

 その後、炎症の領域にはサルファ剤、抗生物質、抗ヒスタミン剤、ステロイド剤などがあいついで登場することになる。1970年代のはじめにイギリスの Vane によってアスピリンの抗炎症作用の機序がプロスタグランディン(PG)産生阻害にあることが発表されると、シクロオキシゲナーゼ(COX)の阻害活性を指標にして多くの酸性非ステロイド性抗炎症薬が開発されるようになる。ついでロイコトリエン(LT)の発見により抗アレルギー炎症薬の開発にも拍車がかかった。PGやLTのような確固たる炎症のケミカルメディエータが判明すると、その生合成過程の律速酵素の阻害薬や、受容体拮抗薬のなかから新時代を画する抗炎症薬が誕生することになる。COX阻害薬の分野では炎症時にのみ新規に誘導されるCOX-2の存在が明らかにされたことから、胃腸障害・腎障害のない理想的な非ステロイド性抗炎症薬の誕生が現在夢みられている。

 PG、LTのほかにも炎症にかかわる因子としてサイトカイン、ケモカイン、一酸化窒素(NO)、ホスフォリパーゼ、細胞接着分子、血小板活性化因子(PAF)、活性酸素、キニン、成長因子、神経ペブチド、熱ショック蛋白質、スーパー抗原などがあり、これら因子の産生機序や作用機序が明らかになってくると、そこに新規の抗炎症薬開発の手がかりが得られることになる。とくにこれら因子の遺伝子発現のメカニズムや、これら因子の受容体結合後の細胞内情報伝達系の仕組みが明らかになってくると、転写レベルや、細胞内シグナル伝達系レベルに作用点をもつ、これまでになかったまったく新しい次世代型抗炎症薬がつくられる可能性が出てくる。

 NF-κBは活性化されると核内へ移行し、プロモーター領域にNF-κB siteをもつ遺伝子の発現を行う。その結果、実に多くの炎症関連因子の産生が行われる。炎症性サイトカイン、ケモカイン、接着分子、誘導型NO合成酵素(iNOS)、COX-2、急性期蛋白質、血管内皮細胞成長因子受容体(VEGF-R2)などがそれである。そこで、NF-κBの活性化を阻害することがこれからの抗炎症戦略のひとつとして考えられる。既存の抗炎症薬のなかで、サリチル酸、アスピリン、ステロイドおよび免疫抑制剤のレフルノマイド(商品名:アラバ 日本未発売)やスルファサラジンにNF-κB抑制作用があるのはきわめて興味深い。

 c-Fosおよびc-Junのヘテロダイマーよりなる AP-1 はプロモーター領域に AP-1 site をもつ遺伝子の発現を促す。その結果、インテグリンやVCAM-1などの細胞接着分子、IL-1βおよびTNF-αなどのサイトカイン、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)、NOS、COX-2などの炎症関連因子の産生が促される。したがって、AP-1の活性化の阻害も抗炎症につながるものと思われる。(『富山化学工業が、ヒト遺伝子の研究成果をもとに、慢性関節リウマチ治療薬の候補物質を開発したそうだ。遺伝子情報を応用した医薬品開発が今後本格化する見通しで、同社は神戸大学、北里大学と共同で来年にも臨床試験を開始するという。』と新聞報道された物質の標的がこのAP‐1である。)

 サイトカインが受容体に結合すると、JAKキナーゼと転写因子STATファミリーを介した特異な細胞内シグナル伝達系が働く。たとえば、インターフェロンαはSTAT-1、IL-4はSTAT-6、IL-12はSTAT-4 をそれぞれ活性化する。その結果、炎症担当細胞を正や負に制御する因子の産生が促され、炎症の進行が微妙に調節されることになる。

 PPARはステロイドホルモンレセプタースーパーファミリーに属する核内転写因子で、LTB4がPPAR-αの、また15-デオキシPGJ2がPPAR-γのリガンドとして知られている。
LTB4には強力な白血球活性化作用ならびに白血球遊走能亢進作用があり、炎症に深く関与している。PPAR-αはLTB4によって転写活性が生じ、チトクロームP-450や脂肪酸(含LTB4)のβ酸化に関与する酵素群の遺伝子発現を促す。このことからPPAR-αの炎症に対するネガティブフィードバック機構が考えられる。PPAR-αやγにはマクロファージのNF-κBシグナルを抑制する作用が報告されている。インドメタシンおよびその関連非ステロイド性抗炎症薬がPPARのリガンドになりうるという事実はたいへん興味深い。

 炎症の分野においても遺伝子治療の試みがなされるようになった。慢性関節リウマチではIL-1受容体アンタゴニスト(IL-1Ra)の遺伝子導入による治療が開始された。また、Fasリガンドを遺伝子導入することによって滑膜細胞のアポトーシスを促し、慢性関節リウマチを治療する試みもなされている。慢性関節リウマチのみならず一般的こ慢性炎症の病巣部には血管の新生が顕著である。新生した血管は病巣部に酸素や栄養源を供給する。

 また、血管内皮細胞表面には種々の接着分子が表出し、炎症担当細胞の炎症巣への浸潤を促すとともにその同じ血管内皮細胞からはIL-1、IL-6、IL-8などの炎症性サイトカインが産生され、炎症反応、免疫反応の母床となる。したがって、血管新生の抑制は抗炎症につながるものと考えられる。金製剤、D-ペニシラミン、メソトレキセートなどの抗リウマチ剤に血管新生抑制作用やVEGF/VEGF-Rの発現抑制作用のあることはたいへん興味深い。慢性関節炎患者ではVEGFレベルが高値を示すという事実は、今後VEGF/VEGF-R系の制御が抗炎症戦略上重要な位置を占めることを物語っていよう。キナーゼ活性の欠失したVEGF-Rの遺伝子導入なども検討されはじめている。

 抗炎症を考えるうえで、炎症反応において主役を演じる炎症担当細胞に注目することも当然のことながらたいへん重要である。炎症の進展においてはまず好中球が中心的な役割を果たす。短時問で通常の10倍もの好中球が動員されるが、それには骨髄における好中球の増殖と機能的成熟が必要であり、そこにおいては穎粒球コロニー刺激因子(G-CSF)が重要な役割を果たしている。好中球に次いでマクロファージも炎症にとってたいへん重要な細胞である。100種類を超すケミカルメディエータを放出するといわれているこの細胞の制御も実に重要な意味をもってくる。このほかリンパ球はとくに持続性の抗原刺激によって惹起される慢性の炎症反応において中心的な役割を果たしている。これら炎症担当細胞の炎症巣への浸潤にさいしては細胆接着分子の発現がその鍵を握る。したがって、細胞接着分子の制御は炎症の成立を左右するほどの重要な抗炎症戦略となりうるであろう。

 

 

 骨代謝における遺伝子異常の分野からは・・・『みんなの広場』でのお約束通り、とりあげたが、詳細な資料までは、コピーする時間が無かったので、ここで、アウトラインだけでも掴んで、ご自分で勉強して下され。

 骨格系の形態や機能は、軟骨細胞による骨新生と成長に続き、破骨細胞および骨芽細胞が営む骨吸収、骨形成のサイクルからなるリモデリングによる骨量と構築の維持により保たれている。この骨格系の代謝過程は種々のCa代謝ホルモンやサイトカイン、および個々の細胞の内在的な情報伝達機構や転写因子などを介して、上記の3つの細胞系の分化、機能および細胞間の相互作用を調節することにより制御されている。近年、おもに遺伝子導入マウスにおける in vivo の解析により、これらの調節因子がつぎつぎと同定され、骨格系の制御プログラムに関する理解は飛躍的に進歩した。

 成長軟骨における軟骨細胞では、静止細胞層、増殖細胞層、前肥大軟骨細胞層、肥大軟骨細胞層とそれぞれ同調した分化段階にある細胞群がきわめて整然と層状に配列したコラムを形成している。最近、PTHrP(注1)欠損マウスを用いた検討などから、このような空間的配置がPTHrP、Indian hedgehog(IHH)などの可溶性因子により巧みに制御されていることが明らかとなった。(注1--PTH関連タンパク質:このPTHの弟分はPTHとは別の遺伝子にコードされてるが、今の所PTHと同じ様な作用を持っていると考えられている。しかし、発現する場所が副甲状腺だけでなく、全身の多くの臓器で発現している。特に骨に転移した乳癌がこのタンパク質を発現させて、自分が浸潤するための場所を破骨細胞に作らせることがわかってきた。PTHrPもPTH受容体に結合する。)

 一方、骨系統疾患のうちでも、最も高頻度にみられる軟骨無形成症がFGF受容体3型(FGF-R3)の異常活性化に基づくことが示され、FGFが軟骨細胞分化の負の調節因子であることが確立された。

 いったん成長を遂げた骨は、リモデリングを繰り返すことにより動的な代謝平衡のもとにその機能性を維持している。骨形成を担う骨芽細胞は間葉系幹細胞に由来するが、その分化過程に最も重要な作用をもつのが骨形成誘導因子として1980年代後半に同定されたBMP(注2)である。BMPはMyoDファミリーを介した筋芽細胞への分化を抑制する一方、骨芽細胞分化のマスター遺伝子である転写因子Cbfa1の発現を促進する。しかし、Cbfa1非依存的な作用の存在も示されている。
(注2--bone morphogenetic proteinsは、異所性骨・軟骨形成を誘導する蛋白性因子としてその本体が追及され、多くの研究者はBMPが単一の分子で、その主な生理活性は骨形成の誘導であると信じていた。しかし、Wozneyらが、1988年に人BMPsのcDNAをクローニングして以来、BMPsの研究の流れは大きく変わった。その理由として、Wezneyらによる以下の3つの発見が重要であった。@BMPsは単一な分子ではなく、複数の分子が存在する。ABMPsはTGF-βファミリーに属する。B人BMPs遺伝子は無脊椎動物であるショウジョウバエのdpp,60Aなどの遺伝子と相同性をもっいる。これらの発見により、従来骨の研究者によって進められたBMPの研究に、生化学、分子生物学、発生学などの分野から多くの研究者が参加し、BMPに関する研究は、ここ10年間で大きく躍進した。さして、現在では、BMPは骨形成を誘導するだけでなく、種々の組織の形成で重要な役割を担う分子群として注目されている。)

 退行期骨粗鬆症のうち、老人性骨粗鬆症の病態は骨形成の低下を主因とする。わが国で確立された老化促進動物モデルである klotho 遺伝子欠損マウス(注3)およびSAM(従来から知られている老化モデル動物:senescence acceralated mouse)においては同様に骨形成の低下が認められることから、その病態解析が待たれている。
(注3--このマウスにおいて欠損している新規老化抑制遺伝子がギリシャ神話の生命の糸を紡ぐ女神の名から klotho と名づけられた。)

 骨形成の最終段階における基質の石灰化過程は、骨芽細胞の機能のみならずCa・P代謝の異常により大きく障害される。したがって、Ca・P代謝の重要な調節因子の異常により骨軟化症などの代謝性骨疾患をきたす。Ca代謝の調節に中心的な役割を果たすPTHの分泌は、血中Caイオン濃度により厳密な調節を受ける。このCaイオンを感知することにより、副甲状腺でのPTH分泌や腎尿細管でのCa再吸収を調節するのがCa感知受容体である。また、腸管Ca吸収を調節しCaの代謝平衡の維持に必須であるビタミンDは、腎での1α水酸化酵素による活性化によりビタミンD受容体と結合し、作用を発現する。したがって、これらの分子の異常によっても骨Ca代謝の異常がもたらされる。

 破骨細胞は血液系幹細胞がGM-CFUから破骨細胞前駆細胞へと分化・融合して形成される多核巨細胞である。最近同定された重要な破骨細胞調節因子には、分化を制御する転写因子 c-Fos、NF-κB、および骨吸収に必須のチロシンキナーゼ c-Src などがある。一方、破骨細胞の分化・機能には骨芽細胞系細胞からの直接的接触を介したシグナルが重要であることが以前から知られていた。1999年、ついにその本体がTNF受容体ファミリーに属するreceptor activator of NF-κB(RANK)およびそのリガンドである RANKL (osteopro-tegerin ligand:OPGL = osteoclast differentiation factor:ODF)であることが明らかにされた。そして、多くの骨吸収促進因子は骨芽細胞における RANKL の発現を介して破骨細胞の形成、機能を促進することが示された。

 このように、骨代謝に重要な役割をもつ各種の因子がつぎつぎと同定されるのと平行して、数多くの骨疾患がこれらの遺伝子の異常に基づくことが明らかとなってきている。

 

 

 免疫担当細胞の表面分子の研究動向も抑えておきたいところである。

 免疫機構が正常に機能することはわれわれの健康を維持するために必須なことである。
HIV感染により免疫不全に陥ると、普通に免疫機構が働いていればなんの病原性もない微生物に感染する、いわゆる日和見感染症を発症するが、これなどは免疫系がいかにわれわれの体を外界の微生物の侵入から守るために大事であるかを再認識させたよい例である。
しかし、免疫系はかならずしもよいことだけでなく"ジキルとハイド"のような二面性をもっており、外部からの侵入物からわれわれの体を守るだけでなく、間違って自分に対して攻撃を仕かけることもある。すなわち、免疫系がこの"自己"と"非自己"の識別ができなくなったために、白分に攻撃を仕かけるために起こる病気が慢性関節リウマチなどの自己免疫疾患である。さらに、免疫系はスギ花粉やダニなど外界の物に対して過剰な防御反応を示すため、鼻水やくしゃみがでたり、また皮膚に蕁麻疹や発疹などができるアレルギー反応も生じさせる。免疫系は、特異性をもつ免疫の記憶により特徴づけられる獲得免疫をつかさどるT細胞、B細胞や、外界からの侵入物を食べたりして原始的な方法で自分を守る自然免疫をつかさどる単球/マクロファージ、樹状細胞などから成り立っている。

 この単球/マクロファージ、樹状細胞などはT細胞に対して抗原提示も行う。これらの免疫担当細胞は造血幹細胞から発生してくるが、B細胞は胎児肝や骨髄において分化し、さらに免疫反応の中心的役割を担うT細胞は胸腺で分化し、その過程で免疫の基本である"自己"と"非自己"の識別ができるように教育される。

 末梢へと移動していったリンパ球は免疫ネットワークを構成して生体の防御反応をつかさどる。免疫系を構成するT細胞、B細胞、単球/マクロファージ、樹状細胞、大顆粒リンパ球では細胞表面上にそのマーカーとなるさまざまな細胞表面分子が発現されている。
これらの表面分子は、はじめは細胞のマーカーとして確立されたが、実際ただのマーカーのみというのはありえず、なんらかの機能をもっていることが予測された。つまり、これらのマーカーとしての表面分子はリンパ球がもつなんらかの役割に関与する機能分子のはずである。これらの分子は現在、CD(cluster of differentiation)番号で示されているが、多くの研究者は"マーカーから機能"へということでCD抗原分子の機能解析にその勢力を注いだ。第1回国際ヒト白血球分化抗原会議は1982年パリで開催され、この会議では15の表面分子のクラスター(CD1からCD15)が分類されたが、1996年神戸で開催された第6回国際ヒト白血球分化抗原会議では166にものぼるCD番号が登場した。

 現在CD番号は細胞表面膜抗原に対する分子から成り立っているが、今後は細胞内の分子に対するモノクローナル抗体の対応抗原などもCD分類され、ますます複雑なものとなっていく可能性がある。
 免疫系が外界からの侵入物を攻撃するためにはリンパ球の抗原特異的クローン増殖が必要であるが、T細胞抗原受容体が抗原提示細胞上のMHCで提示された抗原ペプチドを認識して抗原特異的T細胞を活性化しなければならない。しかし、一般的にこのT細胞抗原受容体の抗原認識のみではT細胞を真の意味で活性化するには十分でない。T細胞が活性、増殖して、そのエフェクター機能を発揮するためには、T細胞受容体のMHC上の抗原ペプチド認識によるシグナル1と同時に、T細胞上の共刺激分子受容体と抗原提示細胞上のそれに対応するリガンドとの相互作用によるシグナル2が細胞内に伝わることが必要とされる。T細胞受容体が抗原認識のさいにこのシグナル2を受け取れない場合は、T細胞は死ぬか、あるいは将来その抗原に出くわすさいにT細胞活性化に低抗性を示すようになる。

 この概念は、とくに本来抑制したい抗原(移植抗原)のみに免疫学的不応性(寛容)を示し、他の免疫反応は正常に保つという抗原特異的免疫制御という面で、移植免疫や自己免疫病の治療手段として臨床現場でも現在用いられはじめている。

 免疫学研究のトレンドとして、一時期本来の細胞生物学的研究からシグナル伝達、遺伝子制御の研究に偏り、ともすると免疫系のもつさまざまな細胞生物学的現象を見失う傾向が出ていた。とくにその下流のシグナル伝達系研究では他の研究分野での普遍的なシグナル伝達との接点もあり、本来の免疫現象のどこに位置づけられているのかはっきりせず、生命機能の細分化傾向がますます把握し難い方向へ導かれているのではないかという危倶ももたれた。しかし、ノックアウトマウスやトランスジェニックマウスを用いた研究が可能となり、個々の分子の生体において果たす役割を個体レベルや分子および遺伝子レベルで解明することが可能となってきた。

 リンパ球表面上には抗原受容体や共刺激分子以外にも細胞接着分子やこれらの分子に対応するリガンドなどが発現されている。免疫応答がスタートすると、さらにサイトカインやケモカインなどの可溶性因子も免疫担当細胞から分泌され、それらの対応する受容体との相互作用も加わり、リンパ球の細胞表面分子の発現をポジティブおよびネガティブに制御しつつ、最終的に、たとえば炎症部位などへのリンパ球のホーミングや細胞遊走が生じ、その後エフェクター機能を発揮して生体の防御反応が遂行される。

 この分野では、古くて新しいリンパ球細胞集団の細胞表面分子に再度スポットライトをあてて、免疫系の担い手であるT細胞、B細胞、マクロファージ、NK細胞などがいかにして外界からの刺激(リガンド、可溶性因子など)を受け取った後、その細胞が本来もつ機能をポジティブおよびネガティブに制御しているのか、さらにこれらの機能発現における転写因子の役割はいかなるものかなどが念頭におかれて研究されている。さらに、いろいろな疾患において、これらの細胞表面分子が媒介する細胞表面から細胞内への情報伝達から機能発現におけるさまざまな現象が、いかに疾患の病態に関与しているかについても研究されていくと思われる。

 

 

 そろそろ、時間も無くなって来たところであるし、話題が免疫関連に流れたので、がん治療における免疫療法の位置付けを見て、最後にしたいと思う。

 わが国では悪性新生物(がん)は1981年以来、脳血管疾患を抜いて死亡原因の第1位となっている。がんに対する治療法としては、歴史的にすでに数百年の実績をもつ外科療法があり、ついで約100年の歴史をもつ放射線療法が確立され、戦後には化学療法が開始され、約50年になろうとしている。このようなさまざまな方法を組み合わせてがんを撲減することが従来より期待されているが、進行がんやある種のがんでは現在確立された治療法として広く行われている外科療法、化学療法、放射線療法をもってしてもかならずしも有効でないものがあるのも事実であり、免疫療法が第4の治療法として期待される所である。

 免疫療法は、基本的に担がん宿主の免疫監視機構を利用して、最終的にがん細胞を拒絶させようという魅力的な戦略をもつ。しかし、がんの免疫療法はせいぜい20年程度の歴史をもつにすぎない端緒についたばかりの未完の治療体系であり、治療法の理論的根拠、治療法の評価基準、細胞を含めた治療に用いる物質の製品管理など、どれをとっても化学療法がなし遂げてきたような厳しい基準の樹立をめざして、今後問題点をクリアし、完成していく必要があると考えられる。

 免疫療法の揺籃期(ようらんき)にはBCG、OK-432などの菌体やlentinan、levamizoleなどの生体応答調節剤(biologcal response modifiers:BRM)を用いたBRM療法が行われた。
その後1980年代になると分子生物学の急速な発展とともに種々のインターロイキンがクローニングされ、同時にこれらの微量の分子を簡単かつ大量に提供できる時代となった。

 がんの近年の免疫療法は、そのうちのひとつであるTリンパ球を増殖・活性化させるインターロイキン(IL-2など)の因子の発見と単離に基づいている。これらの因子の存在下にがん患者の自己リンパ球を体外で大量培養するとリンパ球が活性化され、その細胞傷害活性が著しく増加する。歴史的にはこの活性化したリンパ球を患者に戻すリンフォカイン活性化キラー細胞(lymphokine activated killer cells:LAK)療法がBRM療法の次に行われた。LAK細胞は試験管内でがん細胞に対して強力な細胞傷害活性を示し、Fasリガンド、パーフォリンなどの標的細胞を細胞死に導く分子を発現するが、生体内での腫瘍局所への活性化リンパ球の到達の効率がよくないなどの間題点が指摘されている。また、IL-2やIFN-γなどのインターロイキンの単独投与またはLAK療法と組み合わせる治療法も行われたが、いずれもきわだった効果は報告されないか、追試が再現できず今日に至っている
 このBRM療法やLAK療法の一部は1970年代後半に発見されて1980年代に盛んに研究された、強い抗腫瘍活性をもつnatural killer(NK)細胞の抗腫瘍活性の増強を標的としていた。

 一方、がんに対して免疫応答を引き起こすようながん抗原の実体の存在は不明であったが、1991年にヒト腫瘍においてもがん抗原の存在が明らかとなった。いくつかのがん抗原は遺伝子レベルでも同定され、HLA classT、Uにより提示された抗原を認識するcyto-toxic T lymphocyte(CTL)によって排除されうることが明らかとなった。これらの発見によりがんのワクチン療法や樹状細胞(dendritic ce11:DC)を用いた細胞療法が試みられようとしている。さらに最近、新しい免疫担当細胞として従来のT細胞のほかにTcell receptor(TCR)を通してHLA classTに類似のCD1抗原を認識し、ナチュラルキラー受容体(NKR)を同時に発現したNK様T細胞とよばれるT細胞亜群が発見された。この細胞は免疫応答の初期に大量のIFN-γやIL-4を産生することによってTh1/Th2バランスを調節する作用や、強力な抗腫瘍活性(NK細胞では傷害できない腫瘍細胞も傷害したり腫瘍の転移の抑制にも重要な役割を果たすとされる)を有するなど、従来の免疫エフェクター細胞にはないユニークな機能をもっており、最近注目されている。

 DCは最強の抗原提示細胞として従来から知られていたが、最近ではその分化成熟と抗原提示機能との関連について急速に研究が進み、その研究成果が臨床に応用されはじめ、多くの臨床試験が展開されるようになってきている。その成果のひとつとして、DCはCTLを誘導するだけでなくNK細胞やNK様T細胞も活性化することが知られるようになり、複雑な免疫ネットワークの中心にあって免疫体系のコンダクターとしての中心的な役割を努めていると考えられる。

 抗体を用いた免疫療法の試みも急速に発展している。がんに特異的に発現する分子に対する抗体のうちではc-erbB-2抗体を用いた免疫療法がすでに臨床試験の段階に入っており、その結果が報告される日も近い。また、最近担がん患者の血清中にがんに対する特異的抗体が見出されることがわかり、患者血清を用いてがん抗原を同定する方法も注目されている。


 以上、駆け足で、20世紀のトピックスを振り返ってみたが、あらゆる分野で、いつ何時、ブレークスルーがあり、爆発的に研究が進むかもしれない。医学薬学の進歩を助ける分子生物学の進歩は想像以上に速いものであり、自分自身、さらにアンテナをピンと張っていかなくてはと、ふんどしを締めなおしたところである。

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