『恋人たちのクリスマス』(作・望月里穂サマ)


 俺の考える、『恋人たちのクリスマス』と言えば、洒落たレストランで、フルコー スディナー。キャンドルを挟んで、ワインで乾杯、『メリークリスマス!』。プレゼ ントを渡して、彼女から頬にキス!
 その後は……。(妄想中)
 いやぁ〜。やっぱり、クリスマスはいいよなぁ。ムードが盛り上がるっていうか、 こう、ワクワクドキドキするっていうか、まさに、恋人たちのためにあるって感じだ よ。うん。うん。

 大学二年生の三上淳平(みかみ じゅんぺい)は、そんなことを考えていたが、淳 平には最大の悩みがあった。
 彼女のことである。
 淳平の彼女、南 凛子(みなみ りんこ)は、同じ大学の一つ先輩で、共通の友人 を通して知り合った。最初は友達だった二人も、めでたく恋人同士になり、付き合っ て一年が過ぎた。
 気が強く、姉御肌で、面倒見のよい凛子は、気の弱い淳平にとって、頼れる彼女と いう存在かもしれない。(本当は、逆なのだが)
 その強気な姿勢が、時に、淳平を傷つけることもあった。
 それが、クリスマスである。
 去年、二人にとって、初めてのクリスマスを控えていた淳平は、『カップルで過ご すクリスマス特集』なる雑誌を買いあさっては、凛子と過ごすクリスマスを楽しみに していた。
(まずは、手を繋ぎながら、ホワイトイルミネーションを見て、それからこの店で食 事かな?いや、待てよ。その前に夜景でもみるか?)
 淳平の頭の中には、山下達郎の『クリスマスイブ』がエンドレスで回り続け、ク リスマスの映像が駆けめぐっていた。
 もちろん、凛子と過ごすことを予定に入れていた淳平は、ある日、確認の意味で凛 子に訊いてみた。
「凛子?クリスマスは、何時に待ち合わせする?」
『えっと、8時くらいかな?』という答えを期待していた淳平の意に反して、凛子 は、
「はぁ?あたし、クリスマスって大っ嫌い!クリスマスに待ち合わせも何もないの !」
 と、答えた。
 一瞬、耳を疑う淳平。
(クリスマスが嫌い?そんなワケあるはずない。何か、理由があるのかもしれない)
「何か理由があるんだろ?」
「何でって、嫌いなモノは嫌いだから!」
 この瞬間、淳平は砕け散った。
(きっと、男絡みに違いない。以前、彼氏とイヤなことがあったとか……。女がクリ スマスを嫌うなんて、あり得ないはずだ)
 淳平は、
『前に彼氏と何かあったのか?』
 と、訊こうとしたが、それ以上クリスマスのことを訊こうものなら、平手が飛んで きそうな勢いだったので、訊くことができなかった。
(なんて、俺は気が弱いんだ。今、凛子は俺の彼女じゃないか?もっと、強気でいっ ていいんだ。『過去のことは、気にするな。俺とのクリスマスの想い出を作ろう』と か……)
 そう思うものの、結局、クリスマスの話はタブーとなってしまい、夢にまで見た 『恋人たちのクリスマス』は、消えてなくなってしまった。
 その出来事が、淳平の中で、『去年一番イヤだった想い出、第一位』を飾ったほど だった。
 今年こそ、凛子と『恋人たちのクリスマス』を成功させたい淳平は、色々な妄想に ふけっていた。

「淳平?クリスマス空いてる?」
 淳平の部屋に遊びに来ていた凛子が、コーヒーをガラステーブルに置きながら言っ た。
 まさに、淳平の願いが、神様に届いた瞬間だった。
(凛子のヤツ、今年は俺とクリスマスを過ごす決心がついたんだな。あぁ〜、良かっ た)
「も、もちろんだよ。あ、空いてる。空いてる。クリスマスは、空いてるよ!」
 ここぞとばかりに、淳平はアピールした。力が入りすぎて、「空いてる」を三度も 繰り返したほど。
「分かったってば、そんなに言わなくても……。じゃぁ、イブの日、夜8時に『ブ ルースカイ』で待ち合わせね」
「OK!行くよ。必ず、行く!」
(『ブルースカイ』って、イタリアンレストランじゃないか?雑誌に載ってたもん な。凛子って、ホントは何だかんだ言っても、洒落たレストランでの食事をしたかっ たんじゃないか)
 その日から淳平は、去年のリベンジとばかりに、クリスマスの計画を完璧に立て始 めた。

 イブ当日―  
『ブルースカイ』前に、気合いの入りすぎた男が、待っていた。
 そう、淳平である。
 見るからに、『これからクリスマスデートです』というように、ブランドモノの冬 用コートに、紺色のスーツ、髪の毛は昨日散髪したことが一目で分かるほどの気合い の入れようである。
 淳平は、待ち合わせ時間まで、まだ30分もあるというのに、腕時計ばかりチラチ ラ眺めながら、凛子を待っていた。
 雪が、頭や肩に降り積もっていても、払いもせず……。
 待ち合わせ、10分前、凛子が現れた。
「お待たせ!」
「……」
 淳平は、第一声が出てこなかった。
 凛子の姿が、あまりにも普段着すぎたからだ。
(今日は、クリスマスデートだよなぁ?)
 自分と比べ、あまりにも違いすぎる、ジーンズにジャンパーという格好。淳平に は、納得がいかなった。
「凛子?その格好は?」
「えっ?淳平こそ、どうしたの?その格好?スーツなんて着ちゃって!」
 凛子は、アッケラカンとして笑った。
 淳平は、何が何だか理解できない。
「今日は、クリスマスデートだろ?」
「えっ?あたし、そんな事言った?」
 淳平は、思い返し始めた。
(イヤ、一言も言っていない。ただ、『クリスマス、空いてる?』としか……)
「言ってないけど……。じゃぁ、『クリスマス、空いてる』って?」
 淳平は、イヤな予感を感じながら訊いた。
 凛子は、『寒い寒い』と手をこすりながら、
「『ブルースカイ』でバイトって意味」
 と、言った。
「はぁ?」
(バイト?)
「いいから、いいから……。もう、2名でバイト入れてるからね。逃げないでよ」
 その瞬間、淳平の頭の中から、今日の予定が全て崩れ去った。

「『ブルースカイ』特製のクリスマス限定ワインいかがですか?試飲できますよ。 今、お買いあげ下さいますと、プチケーキついています。いかがですか?」
 凛子は、サンタ用の帽子とジャケット、ミニスカートという格好をしながら、店の 前で試飲のロゼワインを紙コップに入れて、宣伝していた。
 淳平は?というと―
 何と、トナカイの着ぐるみを着て、行き交うカップルに宣伝チラシを配っていた。
(何で、俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ。凛子も凛子だよ。バイトだっ て、一言も言わずに勝手に決めて……)
 時々、『キャァー、トナカイ可愛いっ!』などと浮かれている女に出会い、余計に 腹が立つトナカイ、いや淳平であった。
(何が可愛いだよっ。全く!何で、俺がこんな格好して、クリスマスの日にバイトし なきゃならないんだよ!それに、凛子の格好は何なんだよ。あんなに肌を露出して! 男がジロジロ見てるだろ!)
 淳平は、凛子に文句を言いたかったが、結局いつもの弱気な性格が出てきて、何も 言えずに凛子の言いなりになっていた。
 目の前には、イチャイチャしたカップルばかり。
(くそっ。俺だって、俺だって、凛子と『恋人たちのクリスマス』したかったんだぞ !)
 半ば、投げやりでチラシを配っていると、店の人に怒らる始末。
「あのね。きちんと、心を込めてお配りして下さいね。気持ちを込めると、相手にも 伝わりますからね」
(ちぇっ)
「はい……」
 怒り狂ったトナカイは、怒りを抑え、ただ頷くしかなかった。

 しばらくすると、凛子の前に、カップルが立ち止まった。
「どうぞ、ワイン飲んでみません……」
 凛子は、紙コップを手に持ちながら、立ち止まったカップルを見つめたままだっ た。
(凛子の様子がおかしい)
 淳平は、チラシを配りながら、その様子を見ていた。
「あれ?凛子じゃねぇ?クリスマスイブの日に、こんな所で何やってんの?」
 モデル風の背の高い男が、彼女と手を繋ぎながら、凛子に話しかけた。
「だぁれ?健二?」
   甘えた声で話す彼女は、高校生風の若い女。彼氏にべったりという感じだ。
 男から返ってきたのは、
「元カノ……」
と、いう信じられない言葉だった。
(元カノって?)
 淳平の思考回路が一時停止した。あまりの出来事に上手く、頭が働かなかったの だ。
(確か……。『前の彼女』って意味だよなぁ。つまり、こいつの前の彼女って……凛 子?ってことか?じゃっ、じゃぁ、こいつと凛子が付き合ってたってことなのか?)
 淳平が結論を出した頃には、女が、
「えーっ?健二って、こういう女と付き合ってたの?趣味悪い!」
「だろ?別れて正解!」
 という会話が進んでいた。
(なっ、何?絶対、許さない!!凛子をバカにするヤツは、俺が許さない!!)
 淳平の怒りは、今までの怒りに輪を掛けて、爆発した。
 淳平は、今まで配っていたチラシを地面に叩きつけると、トナカイの頭を脱ぎ捨 て、二人に近づいた。
「おいっ。おまえら、凛子をバカにすると許さないからな!」
 二人は、淳平の姿を見て、唖然とした後、大笑いし始めた。
「なっ、何このトナカイ。バカじゃないの?」
「何?凛子の今の彼氏?トナカイやってんの?」
 男が言い終わるか、終わらないうちに、今まで黙っていた凛子が、
「バカにすんな!あたしの彼氏をバカにしたら許さない!あたしもあんたと別れて良 かったよ。もう、2度とあたしの前に顔見せんな!」
 と、持っていた試飲用のロゼワインが入った紙コップを、男の顔にひっかけたの だ。
 男の顔は、ロゼワイン色に見る見る染まり、一緒にいた女の『キャァー』という叫 びが、辺りに響いた。
 驚いた通行人は、異様な様子に立ち止まり、凛子と男を代わる代わる見つめた。
「くそっぉ、何すんだよ!俺は、これからレストランで食事があるんだよ。こんな格 好にさせられてただで済むと思ってんのかよ!」
 男の怒りは、頂点に達し、凛子に今にも掴みかかろうとしているではないか。  その騒ぎを聞きつけて、『ブルースカイ』の店長が現れた。
「お客様、大変申し訳ございません。ここでは、なんですから、店内へどうぞ。バイ トは、即刻クビに致しますので……。君たちは、クビだ。お金は、一銭も払わないぞ !後で、お客様の服のクリーニング代請求するかな。いいな?」
 と、凛子と淳平に言い渡し、二人を案内しながら店内へと消えていった。
 通行人は、何事もなかったかのように、再び歩き始めていた。

「淳平、今日は……迷惑掛けてごめん」
 結局、淳平と凛子は、バイトを即刻クビになり、二人は淳平のアパートに来てい た。
「いいよ。凛子の迷惑には慣れっこだからさっ」
 淳平は、あえて、今日会った凛子の前の彼氏のことは、訊かなかった。訊きたい気 持ちもあったが、人それぞれ言いたくない過去のひとつやふたつあるものだと分かっ ていたから。
「淳平、ホントにごめん」
 いつも謝ったことのない凛子が、ふと見ると泣きながら謝っていた。
「そっ、そんなに謝るなって、ほら、俺なら何ともないって」
 凛子は、泣きじゃくりながら、ポツリポツリと言い始めた。
「淳平が、あたし、のこと、庇ってくれて、すごく、嬉しかった。ありがとう……」
「凛子……」
 淳平は、思わず泣いている凛子を強く抱きしめた。
「もう、いいよ。何も言わなくても……」
「淳平……」
「今日のことは、もう忘れよう」
 凛子は、泣き顔をあげて、
「うん……」
 と、呟いた。
 淳平は、凛子の涙を手のひらで拭い、静かに凛子の形のいい唇に、短いキスをし た。
「メリークリスマス、凛子……」
 凛子は、それに答えるように、淳平の唇に、
「メリークリスマス、淳平……」
 という言葉を乗せた。
(洒落たレストランでフルコースディナーやホワイトイルミネーションを見て過ごす クリスマスには、少し未練もあるけど、今、こうして凛子と一緒にいるだけで、 俺は幸せなんだ……)

   淳平は、凛子の存在を確かめるように、凛子を強く強く抱きしめた。  


                                        END   
2002年‘クリスマスプレゼント企画’として、望月里穂さまに頂きました。
男の子でも、クリスマスにはドキドキするんですねぇ。
彼女を喜ばせようと必死にセッティングして空回りするあたり、とっても楽しくて大好きな作品です。
里穂サマありがとうございました!