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小説家マルグリット・デュラス監督の映画「トラック」を見た。
デュラス自身が登場し、これから撮る予定の映画について語る映画監督の役を演じる映像と、寒々しい、走るトラックの車窓からみた景色をとらえた映像群から成り立つ映画だ。大きく分けてこの2種類の映像をつなぐのは、言葉だ。言葉がなければ、この2種類の映像には関連性が全くない。デュラスは、小説という、自分の中におりて行くことで世界とつながる作業ではなく、カメラをもって外に出て行くことで、人と世界とつながろうとしたのだろうか。
映像は目の前にあるものすべてを写すけど、それ写した人間の心の中まで写してはくれない。それを観客と共有するためには、ある意味の体験をも共有しなければならないだろう。デュラスは映画によって、小説とは違う世界とのつながり方が出来たのだろうか?観客としての私は、この映画を前にして途方にくれた。
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