知ってしまった(かも知れない)
 
 
 中央図書館は駅前の商店街を抜け、甲州街道を挟んだ反対側にある。
「あ〜、おなかすいた」
 マフラーをくるりと首に巻きながら、小太りといったら失礼か、メガネを掛けた陽気そうな娘、田島綾(たじまあや)が呟いた。
「はいはい100円ラーメン行きましょ」
 理絵子(りえこ)は同様にマフラーを巻きながら応じた。
 3学期始まってすぐの金曜日。
 文芸部の2年生、部長の黒野理絵子以下、田島綾、中井茂美(しげみ)、今里あかね、大倉久恵(ひさえ)の5名は、授業を終えたその足で、中央図書館まで試験勉強にやって来ていた。3学期最初に行われる、学区内の統一学力試験の事前詰め込みのためである。学校の成績に影響を与えるわけではないが、この結果を基に受験する高校をある程度絞り込み、3年生になったらそこを目標に走ることになるため、気軽に受けるわけにはいかない。そこで、学校が終わった後、図書館に移動し、5時の閉館で追い出されるまで粘っていた次第。
「みんなは?」
 理絵子は振り返って中井ら3人に訊いた。田島は率先して信号機の前に立ち、赤信号の向こうに見えるその店“超絶満腹亭”の看板を、スタート前の闘牛の如くじっと見据えている。
「いいよ〜」
「小腹減ったし」
 100円、という気軽さもあろう。異論はなかった。
 信号を渡って店に行く。入り口脇の換気扇から、もうもうと湯気が排出されている。
「いっぱいだよ」
 先んじて到着していた田島が、店内に突っ込んでいた首を戻し、言った。この場所は少し離れたところには有名タレントが通っていた工業高校がある上、その斜向かいにはプロ棋士が通っていた高校もある。時間的に彼ら高校生が寄る頃ではある。
 田島が再度店内へ首を突っ込む。そして、わかりましたぁ、と言って出てくる。
「待ってくれってさ」
「じゃぁ待ちましょ。えっと用事があるとか…」
 理絵子は再度3人の都合を尋ねる。大体、食い気は田島が主導権。そのせいか、彼女は体重計に乗るたび、今度こそ、と、新たなる決意を理絵子に宣言しては、挫折する。
「別にいいよ。早く家に帰ってもぐだぐだ言われるだけだし」
 今里あかねが答え、手持ちぶさた、といった足取りで、店の裏へとゆっくり消える。眼鏡で三つ編み、すらっとした、しかし物静かなイメージの娘だ。以下、3人は連れだって店の裏へ向かった。店の前でじっと待っていたら色気より食い気みたいに見られる、それは乙女心が許さない、というのはあるかも知れない。他方、理絵子としては、田島一人を店頭に残すのはその逆の意味で気の毒だというのがあって、3人について行かなかった。
 すると。
「ちょっと、りえぼー」
 大倉久恵が上半身を出して手招き。ショートカットの小柄な娘で、いつも空想しているかのようなぽーっとしているイメージあり。そのくせ時代小説でしかもホラーががったのが好きという感性。
「にゃ?」
「見てこいつ…」
 理絵子が応じると、大倉は著名な漫画家の名を口にした。立って歩き、人語を喋るネコが出てくるファンタジー作品で知られる。
「変なネコとか?」
「うん激しく変」
 その言葉に店の裏へと向かうと、隣接するスナックとの間、壁と壁との文字通り狭い間隙を、中井と今里が覗いている。
「どうよ」
 指さすそこを覗いて、理絵子は思わずおおぅ、と声を上げてのけぞった。
 ネコが後ろ足だけで立っている。
 背中が黒、お腹が白の、パンダ配色とでも言うべきミックス。
 確かに激しく変である。犬でいうところの“ちんちん”状態であり、知性ある二足歩行を思わせるその姿はまさにそのマンガ。最も、ネコがある生理的要求を履行する際に、恐ろしく“力(りき)む”と、こういう状態になると聞いたことがあるが、力む理由は乙女の自分が口にするセリフではない。
 後ろに影。田島。
「私一人残してひどいわ。乙女は寂しがり…何このネコ、うんこ?」
 …身も蓋もない。
 するとネコは怒ったか、鼻白んで牙を見せ、田島を“睥睨”し、唸るようにひと鳴き。
「うんこじゃないってよ」
「ホントかよ」
「じゃぁ何の用じゃ。申してみよそこの者。とか言ったら…」
 それこそ、そのネコのマンガの読み過ぎ?と、大倉は付け足した。
 理絵子は仲間達のやりとりに最初笑ったが。
 ハッと気がつく。ネコかて人と気持ち通じ合う生き物だからこそ、遠くエジプトより人と暮らしているのだ。本当に何か言いたいことがあって態度に出しても不思議じゃない。
 理絵子はそのネコを見つめる。ネコが見つめ返す。
 マンガの読み過ぎ、ではないようだ。理絵子はしゃがんで、ネコの顔をじっと見た。
 試みたことはないが、意志はあるということなので、不可能ではあるまい。
 ネコの大きな瞳孔に、自分の姿が映っている。
 と、中井が頭の上で自分と同様にネコを見。
「あのさ」
 彼女は理絵子を指差した。
「これ、りえぼーがネコの意志を読み取ろうとしている、という風に思えるのは私だけ?」
 彼女は頭の上で言った。
「りえぼーって妖精だっけ」
「水溶性でしょ」
「そう来たか」
「トイレットペーパーみたいだな」
「んごごー、じゃー」
「あのねぇ、勝手に流さないでくれる?」
 理絵子が首をひねり、悪ノリ仲間に文句を言ったその時、映像が脳裏でフラッシュした。
 男の子が困っているイメージ。
 君が伝えたいのはこのことかい?
 すると、ネコはにゃぁとひと鳴きして、壁の間からピョンと出てきた。少女達の間を抜け、少し行ってから振り返り、再度ひと鳴き。
「来いって…」
「うん。言ってる」
 理絵子は言い、ネコを追う。OKついて来いとばかりネコが走る。理絵子は追う。
「ちょっとりえぼ…」
 唐突に走り出した理絵子を仲間達がバタバタ追いかける。ネコは帰宅する人々の間をすり抜け、渋滞気味の甲州街道を横断し、図書館脇の一方通行を奥へと向かった。しかし、彼女たちは交通ルールを守らねばならず、クルマの間をすり抜けるなどという芸当は不可。
「待ってよ」
 思わず口にすると、ネコはそこで立ち止まり、信号待ちする彼女たちをじっと見ながら待っているではないか。その様は、それで当たり前のような、作り話のような。
 ようやく青信号で渡ると、ネコは図書館の建物裏側へ回った。図書館裏手は公園。正確には川の堤防と、図書館建物との間にある公園である。日が長い時分であれば、アベックがあちこちのベンチを占拠し、二人だけの宇宙を作っているが、このド寒い真冬にそんな酔狂な恋人同士はまずいない。
 その公園に、ネコはまっすぐ駆け込んだ。中には人影があり、堤防下の暗がりで、右に左に動いている。
 何か探しているようである。うろうろ見回したり、植え込みを押し開いて間を覗いたり。その所作に一瞬不審さを感じたが、すぐにそうではないと判る。その背格好は自分たちに近い年代の男の子だ。
 男の子。
 確かにそう、男の子…なのだが。
 着ている服が変わっている。ウェットスーツを思わせる上下ツナギの青い服、に、薄茶色のマフラー。
 ネコはその男の子の元へ一散に。
「あ、あのネコ行ったよ」
「なんか不思議な子」
「私もそう思った。変、というか不思議」
 するとメンバーの数人が同時に言った。
「“星の王子様”」
 それはテグジュペリの王子様そのものというより、挿絵の王子様に外見上似ている、という意味。
「それや〜」
 田島のその声に、男の子“王子様”が気付いたようだ。
 こっちを見る。理絵子は近づいていった。
「何かお困りですか?」
「あ、いや、すいません、こいつのせいですよね」
 振り返ったその声は、まだ声変わりしていない、そんな感じの高いトーン。
 男の子は足下に来たネコを抱き上げる。その口調と、所作そのものは、その辺にいそうな男の子と変わらない。普通の調子。
 でもその瞳はトルコ石のように青く、髪の毛は金色。
 思わず、と言うべきか?宝石を見るような目を向けている仲間が数名。まぁ確かに、文字通り“王子様”の印象を抱いても不思議じゃないと理絵子は(自分は違うが)思う。
「お前はまた…。だめだろ?」
 王子様(と、便宜上書く)がたしなめるように言い、小突くと、ネコは文句を言うようににゃぁと鳴き、ねこぱんち。
 そのパンチ肉球が狙った。王子様の額。
「あ、おでこ…」
 大倉が背後から気付いて声を出した。
「あ、服も、マフラーも」
 これは中井。ようやく、と言うべきか?仲間達の目線が王子様の顔以外の部分に行くようになったようだ。見れば王子様のその服には破れがあり、マフラーにはほつれが、額にはひっかいたような傷があって血も少し。
 冒険心のありすぎる男の子が、闇雲に薮の中に突っ込んでいった後みたい、とでも書くか。
 そこで。
「ちょっとこっちへ」
「マフラーは私が」
「座って、縫うから」
 少女達はそれぞれ、カバンからあれやこれや取り出すと、王子様をベンチに座らせた。
 3人で取り付く。
「で?探し物は何ですか?」
 この質問は理絵子が投じた。役目無しで残された田島は少々不満そうにネコの相手。
「あ、ええ、その、笛です」
「笛ですか」
「ええ、このくらいの水晶で出来た笛で、ヒモが切れてしまって」
 王子様は自分の首から下がっているヒモの切れ端を見せながら言った。
「ちょっと拝見」
 理絵子はヒモを手に取る。切れ口を観察するように眺めるが、実際していることは、
 サイコメトリ。要するに超常感覚的知覚の一種。
 …理絵子がネコの意志を読み取ろうとしているのでは。中井のこの発言は、実は間違いではない。ちなみに、理絵子はこの文芸部の連中には、自分の能力を公言していない。
 理絵子は切り口をしげしげ眺める。ヒモを介し、種々の情報が記憶の映像のように読み取れる。
 の、中に仰天。
 なに?空から落とした?
 というか、その傷や破れも本当は…
「りえぼーどしたの?」
「うにゃ別に…」
 理絵子はそう答えた瞬間、直感の閃きを受け取った。
 それは図書館駐車場から、この公園下へ流れ込んでいるどぶ川。
 引き寄せられるように歩み寄ると、園灯に照らされた水の中に光るものキラリ。小振りなロウソクを思わせる細い筒状で無色透明。確かにクリスタルでできているようだ。
「綾〜ちょっと」
 田島を呼び、携帯電話のカメラで撮影させ、王子様に確認に走らせる。
「あ、これです。すいません」
 田島が理絵子の元に駆け戻る。
「行ったり来たり疲れるのぉ」
 王子様の額に絆創膏を貼り終えた中井が理絵子の方へ来、どぶ川を覗き込む。
 その中井を追ってネコも歩いてきた。まるで自分も人間の仲間と言わんばかりの動作である。ちなみに少女達は“ますむらくん”と呼んでいる。
「あ、これかぁ、…良く見つけたねぇ」
「何で判ったのさ」
 と、田島が横目で問う。当然の質問。
「キラッと光ったように見えた」
 用意していたありきたりな回答。
「ふーん。…いや時々思うんだけどさ。我らの部長って何か目に見えないもの見えるんじゃないのかね」
「あははははは」
 理絵子は人ごとのように笑って見せた。肯定も否定も致しません。
 すると田島は脱力したようにがくんとうなだれて。
「…なんかこの小娘に小馬鹿にされたような気が。フン、ど〜せ発想が荒唐無稽ですよだ。んで?頭およろしい部長殿はこの笛をヘドロの中からどのように?」
 田島の指摘もっともである。何せドブ川だ。それこそ駅前商店街などの生活排水の集合体である。水面は得体の知れぬギラギラしたもので覆われ、積もったヘドロは底が知れぬ。笛はそのヘドロに先端を突っ込んだ状態だ。
「文字通り“すくい”出しますよ」
 理絵子は笛から目を離さず、ポケットをゴソゴソして、電子マネー“edy”を取り出し、田島の前へスッ。
「このedy様は?」
「駅前のドラッグストアで虫取り網と消毒用アルコール買ってきて」
「え〜?何であたし?大体さっきからあっち行ったりこっち…」
「部長命令」
 理絵子は言った。最も実際には、今この場で、唯一“仕事”がなくて不満顔をしていたのが彼女だったわけだが。
「ひっど〜!」
「まぁそう言わず行っておいでよ」
「見守っているから」
 大倉と今里がけしかけ、ネコも田島をじっと見上げる。ちなみにネコの当番は現在中井が担当しており、居場所も彼女の腕の中。
「みんなひどいわ。どうせわたしはヘルクレス座の女…」
「マックスコーヒー」
「!行ってきま〜す」
 理絵子のそのひとことで、田島は不満顔がウソのように、そそくさと駅前へ向かった。
「魔法の呪文“マックスコーヒー”キタコレ」
 中井が抱いたネコの前足を持ち、田島の背中に“バイバイ”しながら言った。ちなみにそれは千葉から北関東で主に販売されている激甘缶コーヒーであるが。
「なんか“ドラえもん”で似たようなのを見た気が」
「あれは“カビン”ですな。教室の花瓶割ったのをバレたくない一心で、“のび太”が“スネ夫”の言うがまま」
 無論彼女の場合は、そのコーヒーが飲みたい一心で、である。ちなみに田島は、部の合宿に、缶4本分計1リットル水筒で持参という武勇伝を持つ。
 少しして、買い物ビニール袋片手に田島が戻ってきた。
「網はないよ。夏だけだって」
「アルコールは?」
「ここに」
 田島が袋から取り出して見せるや、理絵子はカーディガンを脱ぎ、セーラーの上着とブラウスの袖をまくって腕を出し、ギラギラどぶ川のヘドロの中に躊躇なく手を突っ込んだ。
「おぅわりえぼーお前…」
「アルコールあるからいいじゃん」
「そうかも知れないけどあーあ汚えなぁ」
「ほい」
 笛を無事に拾い出す。まみれたヘドロの間から煌めく透明。
 それを見た田島が、ため息一つ。
「あのさぁ。あんたの勇気というか優しさというか…そういうことされるとさ、あんたに言おうとした文句とか、相対的にレベルが低くなって何も言えなくなるんだよね。ズルイキャラだなもう」
 田島はフグのように膨れると、笛を理絵子の手から奪い、公園の水道まで洗いに行った。
 以下分業。笛に続いて理絵子が手を洗い、田島がアルコールで笛を消毒。大倉の持っていた刺繍糸を中井が三つ編みにし、笛の紐を新調。
「あの、みなさん、すいません」
 王子様が少女達の作業を見ながら言った。服とマフラーの修繕は程なく終わりそうだ。
「いいええこのくらい全然」
「はい笛いいよ」
 田島はアルコールでピカピカにした笛を王子様に渡した。相手がヘドロで、口に含むものだけに、何度アルコールを通したところで不安感は拭えないが、クリスタルというのが幸いしてか、見た限り汚れは残ってないようだ。
「どうもありがとう」
 王子様は早速、笛に紐を通し、口にした。
 息を吹き込む。が、音は聞こえない。
「鳴らない?壊れた?」
 うろたえる田島。
「違う。犬笛の類かと」
 理絵子は言った。犬笛は一般に、人間には聞こえない、超音波域の音を出す。但し、この笛はメロディを奏でるようだ。理絵子にも音としては認識出来ないが、超感覚のなせる業か、雰囲気の変化として感じ取れる。
 更に、理絵子は気付いた。
「ネコ」
「え?うわいつの間に?」
 見れば周囲に光る目がいくつも。
「ここネコ集会場?」
 違う、呼んだのだ、という言葉を理絵子は飲み込んだ。
 王子様が自分を見てウィンク。
「な、何今の」
「りえぼーばっかり!」
「ちょっと待って、お前確かおでん屋のギャーじゃ…」
「これ南口のコンビニによくいる奴だよねぇ」
「年寄りネコばっかくない?」
 服とマフラーの修繕が終わった。
「どうもありがとう。さぁ、みんな行くよ」
 王子様が立ち上がる。と、王子様のネコ“ますむらくん”が、中井の腕から飛び降り、彼の肩の上に。
 次いで、集まっていた老いたネコたちが、王子様の周りに集合。まるで団体旅行の集合時刻。
 それこそマンガばりの異様な光景。少女達は目が円くなり、声も出ない。
 一陣の風。
 王子様のマフラーが吹かれて飛んだ。
「あっ!」
「ほーら部長風吹かすから」
 すっかり暮れた空に舞い上がったマフラーを彼女たちは追った。
 少し離れた場所に落ちる。
 拾おうとして、中井が気付いた。
「へ…」
 それはマフラー、ではない。
 鳥の羽根、否、羽根ペンがふわっと一盛り。
 ペンの山から紙が一枚。メッセージ有り。
  
 “差し上げます。ありがとう、優しい彼女たち”
  
 振り返ると、王子様も、ネコの姿もない。
 無人の公園に自分たちだけ。
「な、何この状況は」
「まぁ、そのままお話に出来る、んだろうね」
「文芸部きっての超リアルショートミステリーってか?」
「どうよ部長」
「死期を悟った野良猫は、人前から姿を消すという。さ、ラーメン空いたかな?」
 理絵子は、それだけ言うと、ぺろっと舌を出して歩き出した。
「なにそれ!」
「腹立つ。自分だけ知った風に」
「こら待て!いっつも自分だけおいしいとこばっかり!」
 なんと言われてましてもお話しすることは出来ない“約束”ですので。
 
知ってしまった(かも知れない)/終
 
●他のお話のリスト(物語宝箱)へもどる

●トップへ戻る