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2008.6.30 発してしまった言葉は取り消せない

昨日は朝から雨で、天気予報でも大雨の兆しだったので、期待しないで(というより、諦め気分)で現場に行った。 しかも、観光地のような現場ではなく、田舎のショッピング・モールということもあり、ゆっくり準備をして開店時間になった。 午前中にお客さんが来ることは滅多にないので、早い内に昼食を摂っておくようにして、いつも11時くらいに休憩する。 でも昨日はセールのせいもあってか、開店30分くらいから、お客さんが続々。 1日中お客さんが途切れることがなく、結局、昼食を摂ることもできない状態だった。 お客さんとも会話がはずみ、嬉しい気持ちで描いていたんだけど、流石に3時頃になったらお腹が空いて、会話がおぼつかなくなってきた。 そんな時に席に着いたのが、白髪頭のかなり年配の男性で、抱いている2歳の男の子を描いて欲しいという依頼。 いつもなら、相手の状況や雰囲気を考えて、言葉を選んで会話するんだけど、上手くいかなくなってしまった。 今となっては、「なんであの時、あんなこと言ってしまったんだろう?」と思う。 「お孫さんですか?」と言ってしまったその一言に、「私の子供です」。 「客商売なら、男の子でも”女の子ですか?”、年輩者でも”お子さんですか?”と言うのが常識」と注意された。 確かにそれが正解。 「失礼しました」と言い、会計の時にも謝った。 でも、正直な気持ちを言うと、みのもんたが”おばさん”や”お婆さん”にも”お嬢さん”とい、あまりにも見え見えのお世辞のような言葉が、逆に失礼になることもあると思ったから、その時はストレートに言ってしまったのだ。 言葉選びは難しいよね。

2008.6.26 『ラスト・フレンズ 特別編

普通なら連ドラの”後日談”は、半年から1年くらい経ってからスペシャル・ドラマで放送されることが多いのに、先週に最終回を放送したばかりの、このドラマの特別編は珍しい。 それに、内容的には”総集編”のように、今までのストーリーのおさらいが主で、新しいシーンは少ししかない。 本編で描ききれなかった部分に、悔いが残ったスタッフの思いから、最終回の翌週にこの特別編を持ってきたのだろうか。 ぼくも気になっていたことは、いくつかあった。 初めの頃のポスターは、白い床の上に、白い衣装を着た主要5人のキャラが横たわっていて、それぞれの腕に赤い糸(リボン)が絡み合っているものだったけど、回が進むにつれて赤いリボンがないヴァージョンに差し替えられた。 長澤・上野・瑛太・水川が内側を向いて眠っているのに、独り錦戸亮だけがフレームの外を向いていた。 最終回で、それぞれのキャラが幸せな結末を迎えていったのに、錦戸だけは悲しいラストだった。 しかも、彼の孤独に対する描写は殆ど無いまま。 一番、解放されなければならなかった存在は、彼だった気がしてならない。 そして、初めの頃に長澤をいじめていた、美容室の先輩・西原亜希が、DVの被害者だったことが、ちょっとだけ描かれていたけど、その結末もうやむやだった。 愛する者に暴力を振るってしまう側、暴力を受け容れてしまう側の、生い立ちみたいなものが、この特別編でも消化不良だったのが残念。

2008.6.25 最近のニュースの中で

ひとつの事件が起きると、似たような事件を起こす”模倣犯”が次々に出てくる。 秋葉原の歩行者天国の事件があってから、ネットには様々な殺害予告や、爆破予告などの書き込みが続出しているんだとか。 「AKB48」のメンバーに危害を加えると書き込んだ者が逮捕されたそうだ。 ネットは匿名だということで安心して、好きなことを書き込む人間が多いようだけど、調べれば調べれば解る時代だということを、理解出来ていないんだろうな。 大阪の駅のホームで女性に切りつけた、帽子の女の事件や、柏市で起きた一家4人の身内を皆殺しにした、77歳の男の事件。 次々に凶悪な事件が出てきて、人が死ぬことに麻痺してしまいそうだ。 食品偽装やNOVAやグッドウィルの詐欺まがいの破綻など、続々と出てくる問題。 人間が生きていると、そこに様々な事件や騒動が起こってくるんだな。 そんな中で、今週ぼくが一番悔やまれたことが、女優の神戸みゆきの急逝だった。 舞台版『セーラームーン』のヒロインを演じた彼女。 その後、『ウリナリ』の社交ダンス倶楽部など、テレビのバラエティーで見かけていた彼女が、一昨日の23日(?)に24歳の若さで、心不全のため亡くなったというニュースを知った。 昨日今日のニュースを見ていても、それに触れる報道がないのが寂しい。 追悼の思いを込めて、昔買った彼女の(16歳頃の)写真集を、押入の奥の方から掘り出してきて見てみた。 舞台などで、これからの活躍が期待できていたのに、とても残念な気持ちになった。

2008.6.24 ”提供者”としての哲学

昨日の今日だけに、今日の『おせん』最終回には学ぶところが多かった。 ”食べ物”に対するこだわりは、どれだけ食べる人のことを考えているかが基本だということを、再認識させられると共に、他の企業にも当てはまる、ユーザーに対する”生産者””提供者”の姿勢が問われていると思った。 拝金主義がまかり通っている現代、効率や採算を考えてビジネスをすることは、決して悪いことではないけれど、善き伝統が消えていくことは悲しいことではないか。 それは、古いものを守り続け、新しいものを受け容れないという、偏ったことではなく、善き伝統を残しつつ、新しさを求めていく”共栄”の気持ちが必要だということだ。 ドラマの中で、船場吉兆の”料理の使い回し”を彷彿とする場面が出てきたけど、その不正を暴くことを切り札にせず、”味”で勝負しようとしたところが良かったし、「”一升庵”は形ではなく、心の中の精神にあるのだから、店がなくなったって関係ない」と諭す、大女将の由紀さおりの言葉が印象的だった。 「お客さんを喜ばせたい」という気持ちが、どんな仕事にもあるべきだと思う。 ”働く”という言葉が、”端を楽にする”ということからきているのも、そういう基本精神が必要だと教えている気がするんだな。 このドラマで一番学んだことは、現在自分が抱えている仕事で、楽をしようと思った時点で、もうお終いだということ。 仕事というのはきっと、ものを提供すると共に、使う人・食べる人などのことを考えた、”思い”を繋いでいく作業なのかも知れないと思わされたよ。

2008.6.23 似たような事件が次々

あれだけ世間を騒がせた食品偽装問題。 ミートホープや船場吉兆の問題が、まだ記憶に新しいというのに、「またも出たか」という”飛騨牛”の「丸明」の騒動。 社長と元従業員の「言った」「言わない」の争いは、どう見ても社長の言い分の方が変なように見える。 どこの会社でも従業員は、今の時代に職がなくなることを恐れているから、横暴な命令にも従ってしまうという、重圧的な縦社会の中で生きているんだなと思わされてしまう。 世の中、理不尽な処遇に我慢している従業員って、意外なほど多いんだろうな。 ミートホープ以前の、白骨温泉の成分偽装に始まった”温泉問題”といい、日本人は”ブランド”に弱すぎると思うんだな。 大して中身の良さも解らないまま、みんなが持っているからとか、みんなが並んでいるからという、”他人の目”を意識した消費傾向があるのに問題がある気がする。 日本人の、ブランド好きやネームバリューに弱いという、変な見栄を利用して儲けを得ようとする者がいる。 ブランドに大して、あまり興味のないぼくにとっては、「みんな、もっと中身をよく吟味して、お金を使えばいいのにな」と思ってしまうんだな。

2008.6.19 最後の一人が出てこない

5人くらいまでのグループなら全員を思い出せるけど、6〜7人以上になると、どうしても思い出せない人が一人くらいいる。 例えば「七福神」でも、大黒様や恵比須様や弁財天などは誰でもスラスラ出てくる。 でも「あと一人誰だっけ?」と一人を思い出せない。 大抵忘れられる羽目になるのが、”福禄寿”あたりだろう。 福禄寿ってビジュアル的にも影が薄い存在の気がする。 この間の飲み会で、話の流れで「ジョビジョバ」の話になり、深夜番組時代からの話題で盛り上がった。 そのうち誰かが「解散しちゃったけど、今は個人個人で活動してるよね」という話になった。 「リーダーのマギーは今、ドラマの脚本を書いてるよね」「フジの昼ドラに出てるの(長谷川朝晴)もいるよね」という具合に、ひとりひとりの近況などを話題にした。 「あれ?、ジョビジョバって6人だったよね」 「マギーでしょ。 背の高い坊主頭(石倉力)でしょ。 太っちょ(坂田聡)でしょ。 昼ドラの人でしょ。 それと今、井上真央とグミのCMに出てるやつ(六角慎司)でしょ。 あと一人誰だっけ?」と、誰ひとり思い出せる人がいない。 山田太一の小説『岸辺のアルバム』で、主人公の青年の母親が浮気する相手(ドラマでは竹脇無我がやった役)が、「自分はそんな存在(記憶に残らない)なんだ」と言っていたのを思い出していた。 20分くらいして、やっと木下明水だと思い出したんだけど、他の人は顔を思い出せない様子。 映画『スペース・トラベラーズ』の原作になった舞台の『ジョビジョバ大ピンチ』では、主役の銀行強盗役をやっていて、一番目立っていた彼をみんな忘れていたのだから、人間の記憶っていうのはいい加減なものだよね。

2008.6.18 カラオケの選曲の難しさ

飲み会の2次会に多い”カラオケ”。 歌の得意な人には良いかも知れないけど、歌が苦手な人にとっては厳しい時間だ。 ぼくはカラオケは得意分野ひとつなのだの。 昨日は似顔絵の仲間との飲み会で渋谷で飲み、2次会がカラオケとなった。 ”カラオケ”というのは、その日のメンバーの顔ぶれを見て、歌う曲目を選ぶことが多い。 年配の人との時は、グループサウンズや往年のアイドルソングを歌った方が盛り上がるし、若い人が多いなら最近のヒット曲が良い。 「独り焼き肉は有り得るけど、独りカラオケはないでしょ」と以前、友人とカラオケ論争になったことがあった。 彼は「カラオケは、独りでもOK」と言っていた。 誰かに聞かせる日の前に、練習の意味なら有り得るけど、単に自分が楽しむための”独りカラオケ”は寂しいと思って、「それは有り得ないでしょう」と言った覚えがあったのだ。 歌うことって、誰か他人という聴く人があっての行為だと思うから、相手に(歌詞の意味を)届かせることを前提に歌うことが多いと思うんだな。 だから、飲み会のメンバーを見て、「この人たちなら、何が一番良いのかな?」と思いながら、選曲する。 一緒の人が若い人なら、最近の曲や無難なアニメソングになるし、年配の人なら、GSや懐かしの歌謡曲を探すことになる。 歌っていうのは、味や匂いに近い、”記憶”の再生の装置だと思うんだな。

2008.6.17 新聞の無い生活1ヶ月半

5月から新聞をやめた。 新聞の勧誘員の人の、契約を取るときだけ、口先だけの一生懸命さで、実際に配達が始まると”いい加減な”態度になることが続き、ほとほと嫌気がさしたので、新聞をとるのをやめにしたのだ。 1ヶ月半が過ぎたわけだけど、それ以来、朝の習慣が変わってしまった。 以前は、朝のトイレで必ず新聞全てに目を通して、ニュースで社会の状況を確認したり、雑誌の広告で芸能界などの情報を仕入れていた。 これは、朝の情報番組でも事足りることではあるんだけど、いざ細かい内容を確認したいと思った時に、新聞は重宝していた。 一番厄介なのがテレビの番組確認だ。 「ザ・テレビジョン」や「TVガイド」などを買ってきたり、前日の夜にネットで調べれば、何とかなるだろうと思っていたんだけど、ビデオの留守録に失敗することが何度もあった。 連ドラなどでも、プロ野球やバレーボールの中継があると、”最大延長○○分”という形で、その後の番組がズレ込んでしまう。 帰ってきて「うわー、失敗した。 今日は野球があったのか」ということが多くなった。 また、ドラマ『CHANGE』のように、予定していたスタート日が大幅に遅れることもある。 だから心配なときは、家の直ぐ近くにある地区センターに行って、新聞を見て確認しないといけない。 新聞のある生活に、思っていた以上に染まっていたんだな。 

2008.6.16 『古畑中学生』

古畑任三郎の中学生時代が、ドラマになるなんて誰も想像していなかったんじゃないかな。 松嶋菜々子のスペシャル編でファイナルとなった『古畑』シリーズも、こういう形なら有り得るんだなと思った。 主演の山田涼介の演技も、後々の古畑を彷彿とするような感じで合っていた。 オープニングで田村正和が、「目を閉じれば、中学生時代に一番影響を受けた人物を思い出します」と始まり、終盤まで原田泰造がその人物だと思わせる脚本と演出。 最後に、その人物は実は教頭先生だったというのは、「上手いな」と思った。 しかも、教頭先生が去るとき、自転車で現場を離れて行く姿が、後の古畑とダブる演出が良い。 劇中でも自転車に乗る姿が多かった中学時代。 更に、体が弱いという設定だから、ドッジ・ボールや木登りなど体力の必要な行為は人任せするところや、人使いの荒いところなど、丁寧なキャラ設定に好感が持てた。 過去のシリーズで、ずっと古畑に名前を覚えてもらえなかった向島、時には東国原(ひがしくにばる)と名乗っていたキャラが、意外にも中学時代の同級生だったことには驚かされた。 「何故このドラマ、向島の語りで進行して行くんだろう?」と思っていたけど、エンド・ロールの後の、現在の向島の挿話で「なるほど」と思った。 きっと古畑は、ホステスをしていた母親の事情で、様々な地方を転々としていった過去があったんだろう。 転校転校を繰り返す生活だったため、同級生を覚えていなかったという、寂しい過去があったのかも知れないと思った。 流石に三谷幸喜は、キャラクターの裏設定が見事だと思うよ。 ただ、ストーリー的には『パズル』や『キミ、犯人じゃないよね?』みたいで、普通だった。 ラストの古畑のタネ明かしのときに、貫地谷しほりのように「古畑(森田さくら)、このヤマ頂き!」と言うのかと思ったよ。

2008.6.12 食生活の見直し

ダルダルしたメタボ腹が気になってきたので、ちょっと食生活を見直してみようと思う。 よく雑誌に取り上げられている、”食前キャベツ・ダイエット”というのがあるそうだけど、内容をちゃんと読んだことはない。 ただ、「食事の前にキャベツの千切りを食べると良い」ということを、知り合いも言っていたので、「食べる前のキャベツが良いんだな」と、今週初めから自分なりに実践している。 と言っても、キャベツを4等分したものを食前に食べ、30分くらいしてから食事をするようにした。 気のせいなのかも知れないけど、キャベツを食べてからの食事は、以前より量が少なくて満腹感があるように感じる。 そして、今まで自転車で行っていた買い物などを、ウォーキングにしてみた。 更に、今まで高価なので買うことがなかった、「ヘルシア緑茶」というのも、1日1本飲むようにした。 これも気のせいかも知れないけど、「脂肪を消費しやすくする」というキャッチ・コピー通り、飲むとなんとなく体内が温かくなった感じがするから不思議。 この「ヘルシア緑茶」、普通のお茶よりカテキンの量が多いからなのか、苦さが強い。 それがまた、体に効いている感じがして良い。 350mlで189円と高いけど、他のジュースやコーヒーを我慢すれば良いだけのことなので、体のためにしばらく続けようと思っている。 毎年同じことを、今頃の季節になると言ってる気がする。

2008.6.11 画材のメンテナンス

似顔絵は現場の作業だけでなく、それ以外の日にも見本作りや画材のメンテナンスなど、やることが多くある。 中でも画材のメンテナンスは必須。 まずは絵の具の色作り。 ”肌色”はレシピがハッキリ決めてあるので、現場でも作れるけど、背景の色とかはメンテナンスの日に作っておく必要がある。 というのも、背景の色は蛍光色で鮮やかにしているので、蛍光ポスターカラーの瓶を何本も持ち歩くことは出来ないので、現場で作ることが出来ないからだ。 淡いピンク、淡いパープル、発色の良い水色など、自分なりの基準色に合わせて色を作っていく。 それをパレットに注いで、乾かしておく。 完全に乾いていないと、移動の時に色が混ざってしまうし、乾ききってしまうと、ヒビが入ってバラバラになるから、結構水分調整が難しい。 更に、これからの梅雨の時期は、水分が多すぎて放置しておくと、カビが生えてしまう。 面倒臭い作業なのだ。 他にも、カラーインクを使って、筆ペンに色を注入する作業などがある。 他の画家は、みんなやっているのかな?

2008.6.10 似顔絵で苦手なタイプ

似顔絵の画家には、それぞれ”苦手なタイプ”というのがあるみたいだ。 ぼくの場合、タレントでいえば男なら高橋克典とか、女なら黒木瞳のような、”黒目がち”な人が苦手なタイプなのだ。 頭では説明できるくらいに、特徴を理解はしているんだけど、描いてみると「どうも似てないなぁ」という感じになる。 最近でも現場の暇なときに、一緒に入った画家さんと”スザンヌ”を描いたことがあった。 アドバイスは出来るんだけど、自分の似顔絵は似てこないで、相手の絵の方がドンドン似てくる。 違う日に、別の画家さんに下描きしてもらった。 自分の表現とは違う視点に「なるほど〜」と感心する。 今日、その下描きの絵に色を入れてみた。 「う〜ん、面白い!」  でも、これは”ぼくの絵”ではないし、また”下描きの画家さんの絵”でもないわけだ。 2人が共同経営の立場なら「これも有り得る」とは思うけど、今の立場では、こういう作品は有り得ないことだ。 お客さんの立場からしたら、もしかすると、こういう制作を望んでいる人もいるかも知れないと思ってしまった。 ”デザイン事務所”という形なら、こういうスタイルも有り得るんだろうな。

2008.6.09 秋葉原の”歩行者地獄”

自動車の交通を遮断し、大きな道路を解放して、自由に散歩を楽しめる”歩行者天国”に、まさかトラックが突進してくるとは誰も思わない。 事故なら解るが、意図的に車を侵入させ数人を轢いた上に、次にはサバイバルナイフで襲いかかった男の犯行が、朝からニュースで繰り返されている。 このニュースを最初に聞いて、いろんなことが思い浮かんだ。 一番戦慄を覚えたのが、車で次々に人を轢いていったということだ。 以前、暴動を起こして逃げるロシア人捕虜を、トラックで轢いていったという、”731部隊”の生き残りの人のインタビューを見たことがある。 その人はロシア人捕虜を”マルタ(丸太)”と呼び、まるで人間扱いをしていなかった、当時の異様な状態が知れた。 今回の事件を知って、状況が似ていると感じたのが、(9年前になるのかな)池袋の路上で複数の人を殺傷した事件だ。 似たような事件は、その後いくつも出てきて、今年の3月にも土浦の駅前で8人が殺される事件が起きたばかり。 「誰でも良かった」というコメントまで、みんな同じ。 大きな犯罪を犯してまで、名前を残したいという彼らの、”透明人間的”な日常生活が思いやられる気がする。 人々の記憶に残らない”善い人”より、多くの人の記憶に残り、確かに「自分はこの世に生きていた」という証を残したかった彼らの気持ちを、解らないでもない。 今日の『HEY HEY HEY』で、GLAYが歌っていた歌詞に「死ぬために生まれてきたわけじゃない」というのがあった。 この考え方は、”死んだら何もなくなる”という思想が垣間見え、信仰心の無い唯物思想の今の日本が見えた気がした。 ぼくは、人間は”死ぬために生まれてくる”のだと思っている。 死んだら全てが終わるわけではないと思っているのです。 むしろ、死んだ次の世界に行くために必要なことを、この世で学んでいるんだと思っているから、こういう刹那的な犯罪者は絶対に許せない。 

2008.6.05 夢じゃないかも? 東京オリンピック

小さい頃の方が、いろんな意味で運が良かったし、何かを一生懸命に信じる気持ちが強かったように思う。 試写会や懸賞などに応募するにしても、「ぼくは絶対当たる」と思い込んでハガキを投函していたからか、結構良い確立で当選していた。 歳を重ねるに従って、「世の中そんなに上手くはいかない」という経験の方が多くなり、信じ切ることが出来ずに途中で諦めるか、常に失敗した後のリカバリー策を考えておくような、そんな性格になってきた。 バレーボールの試合を見ていても、ジュースが続くシーソーゲームが展開されると、「日本はダメなんじゃないかな」という思いが出てきてしまう。 でも、今年の日本は女子も男子も、最後まで諦めない姿勢が見えて、見ているこっちの”諦め癖”を反省させられる場面が多い。 2016年のオリンピック招致候補地に名乗りを上げていた「TOKYO」が、第一審査の基準をクリアしたそうだ。 今年の北京があるから、来年のロンドンがあったとしても、「直ぐにまたアジアでの開催は無いんじゃないか」という思いから、「東京は無理だろう」と思っていた。 信じて頑張れば夢ではないかも知れないね。 

2008.6.03 新しくなった道路交通法

自転車で走ることが多いぼくにとっては、「世の中の人が道路交通法をあまり知っていない」ということを実感することが多い。 自転車といえども、乗って走っていれば”軽車両”になり、降りて歩いていれば”歩行者”になるのが法律。 自転車も、車道の左側を走ることが基本になっているけど、そのことを知っている人は意外に少ないように感じる。 平気で車道の右側を走っていたり、対抗してぶつかっても、自分が悪かったことを解っていない人が多い。 自転車で走ってはいけない歩道もあるのに、我が者顔で平気で走って行く人を見る度に、「安全運転を心掛けろよ!」と思ってしまう。 6月1日に道路交通法が改正されて、車の後部座席にもシートベルトが義務づけられた。 人々の安全を確保するためには必要なことかも知れないけど、タクシーなどで定着するには時間がかかりそうだ。 ただ、自転車での傘さし運転が禁止されたことは、ちょっと厳しい処置のように感じている。 朝から雨が降ることが解っていれば良いけど、走っている途中から”にわか雨”が降ってきたら、雨宿りするより傘を求めてしまうのが人情だ。 この法律のせいで、レインコート(雨合羽)の売上げが上向きなんだそうだけど、常に雨合羽を持ち歩かないといけないのも、ちょっと面倒臭いよな。

2008.6.02 戦隊ヒーローもの

似顔絵の現場は、場所によって客層が違う。 お台場のような観光地では、カップルや旅行客が多いので、若い男女を描くことが多くなるけど、イオンモールのような場所では家族や子供が中心になる。 子供を相手にすることも多いので、日曜日の朝は出来るだけ子供番組を見ておくことにしている。 前期の『ゲキレンジャー』『仮面ライダー電王』『プリキュア5』、今期の『ゴーオンジャー』『仮面ライダー・キバ』なども、極力見ている。 驚いたのは『ゴーオンジャー』の敵役の女ボスだ。 『ヤッターマン』のドロンジョのような位置の役柄を演じているのは、AV女優の及川奈央だ。 飯島愛のような例もあるから、AV女優がテレビに進出するのも有り得ることとは思っていたけど、まさか子供番組の主要な役に抜擢とは意外だったなぁ。 それよりも気になるのが、最近の戦隊ものには、飛び道具が必ず出てくるということ。 「最近のヒーローは素手だけでは戦わないんだなぁ」「これも、玩具会社が絡んでいて、銃やアイテムを売りたいためなんだろうな」と、ちょっと興醒めしてしまう。 それほど効果があるわけでもない銃などを、ヒーローが撃つ姿は、あまり恰好良いと思わないのは、古い人間ということなのかな。