Column (8月) 


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2009.8.31 イモト株↑、自民党株↓

衆議院選挙の昨日は、日本テレビでは『24時間テレビ』を放送していた。 現場であるお台場に行く前に、最寄りの小学校の体育館で投票してから仕事に向かう。 ここ最近の選挙では「期日前投票」で投票していたけど、選挙は朝7時からなので、仕事前にでも間に合うと思い、昨日は朝イチで行ってきた。 新橋で「ゆりかもめ」に乗ろうとすると、日曜日の朝8時半だというのに、たくさんの家族連れが乗ってくる。 お台場近辺は、夏休み最後を惜しむかのような、消えかかる炎のような熱気が充満していた。 台場で降りる人たちはフジテレビの『お台場合衆国』か、等身大ガンダムの見物が大半。 更に今年は『24時間テレビ』の会場が、例年の武道館ではなく東京ビッグサイトだったので、乗客が増したようだ。 家に帰ってテレビをつければ、どの局も選挙速報。 早くも「自民党大敗」の様相で、日本の政治が大きく変わる予感。 民主党が大量に議席を増やし、「ねじれ国会」も民主党がねじ切ったかたちだ。 だけど民主党は、新人に近い候補者ばかりが当選して、大御所は落選という特徴が見られ、比例代表で救われた感も否めない。 要は、自民党のやり方に、国民が業を煮やした感じの選挙だった。 一方『24時間テレビ』の方では、珍獣ハンター・イモトアヤコがフルマラソン3本分の距離を完走した。 昨日以前までは知名度の低かった彼女だけど、今年はドーンとブレイクする予感。 政界も芸能界も新しい嵐が吹き荒れ、台風も数時間前に通過して行った。

2009.8.28 「猫派」で「蕎麦派」

「犬派?、猫派?」というタイプ診断では、ぼくは断然「猫派」だ。 犬が嫌いとか、特別に猫が好きっていうのでもないけど、「どちらか一つなら?」と問われればの話。 フォルムというか、シルエットというか、猫のあのしなやかな曲線が、まず好きなのかも知れない。 そしてあの気まぐれな、次の行動が予測できない感じが、なんとも楽しいんだな。 でも、猫的な人間は話が別。 マイペース過ぎる人は苦手だから、人間に関しては犬的な、ルールに忠実な人の方が信頼できる。 外で食事する時は、ぼくは中華料理が好きなので、だいたい中華の定食を食べることが多い。 たまに別のものにしようと、「蕎麦うどん」の店に入ると、たいてい「蕎麦」を食べることが多くなった。 若い頃は「うどん派」だったのに、いつの頃からか「蕎麦派」に変わってしまった。 だだ、カップ麺の場合は、今でも断然「うどん派」。 ちなみにラーメンは、よっぽどのことがない限り「味噌ラーメン」を選びます。

2009.8.25 お弁当の価格競争

岸部シローが、川口市の「250円弁当」の取材をしている番組を見たのは、5月くらいだっただろうか。 消費者にとっては、少しでも安い価格はありがたいけど、「お弁当屋さんは、やっていけるのかな?」と思ってしまった。 するとSEIYUやジャスコなど、大手スーパーが軒並み300円を切る値段の弁当の販売を開始した。 先月末くらいだったか「99 shop」に、200円弁当が登場した。「よく200円で作れるなぁ」「原価は、いくらくらいなんだろう?」と思っていたら、一昨日だったかテレビの特集で、200円弁当を売るお弁当屋さんの現状を放送していた。 それによると、200円弁当の原価は120円(このお弁当屋さんの場合は)ということだった。 お弁当1個売って80円しか利益が出ないなんて、大変な仕事だ。 食材の業者に、大量注文することで単価を下げてもらい、上代200円を実現しているらしい。 ランチを格安で提供するお店は、夜の営業にお客さんを引き込む宣伝の役目になるけど、お弁当屋さんはそれがないから、更に厳しいんじゃないかな?   価格競争が進めば、同じ200円でもボリュームの勝負になっていくんだろう。 ありがたいことだけど、「安けりゃ良い」という風潮がどうも不安に思ってしまう。 お弁当だけに、こういう美味しい話のツケは、いつか回ってくる気がするんだな。

2009.8.24 発見は話したくなる

何かに気づいたりすると、誰かに話したくなるのが人情というもの。 自分だけでなく、みんなが気づいているのかも知れないけど、何かを発見した時は、それを誰かと共有したくなる。 文庫化されている伊坂幸太郎作品を読み返してきて、今『アヒルと鴨のコインロッカー』を読み終えたところ。 2度目なのでストーリーが分かっているから、細かなキャラクター設定や物語の伏線、文章の構成の方に意識がいって、様々な発見が楽しい。 『アヒルと鴨のコインロッカー』は、ある青年が大学入学のために引っ越してきたアパートで、出会った隣人の男と、広辞苑を奪うために書店を襲う話と、2年前に起こったある事件とが交互に語られていく形式の小説。 チャプターが「現在 1」「2年前 1」というように交互に進んでいく。 一度目に読んだ時は気づかなかったんだけど、 そのチャプター毎の、書き出しと最後のオチの文章が連動しているんだ。 オシャレで軽妙なセリフや、巧みな伏線に定評のある伊坂幸太郎は、それだけでは満足しないのか、様々な「遊び」を作品中に仕掛けている。 作品毎のキャラクターが他の作品にも登場したり、チャプターのタイトルを韻をふんでみたり、映画や小説や広辞苑の引用をしたり、楽しみを詰め込んでくれている。 次はいったい何を仕掛けてくれるんだろう。

2009.8.21 それは違うんじゃないか?

お台場まで自転車で行くルートに、最近やたらと道路工事が増えた。 工事現場には、交通の支障を軽減させるために誘導員がいる。 誘導灯と言うんだろうか、赤い光のバーを持っている。 時々、腰が低くて愛想の良い人もいるけど、何を勘違いしているのか、偉そうに誘導灯で「ここを通れ!」と指図するオヤジがいる。 「おいおい、(あんたは)通行人に迷惑かけてる側の人間だろ。もっと低姿勢にすべきなんじゃないの?」と不満をつのらせる。 制服にヘルメットを被ることで、偉くなった気にでもなっているのかな?   立場を分かっていないと感じるのは他にもある。 スーパーやコンビニで、店員が商品を抱えてくる。 お客さんがいて通れない時「すみません」と、申し訳なさそうに言うべきところ、不快な表情で「こっちは働いているんだ」とも言いたげに、お客を退かそうとする人に何度もあう。 年々増えている気もするんだな。 仕事というのは、役割を演じることだと思うのだ。 自分は今、提供者側なのか消費者の側なのか、その場その場でよく理解して欲しいし、自分が間違っていたと気づいたら、素直に反省を表すべきだと思うんだ。 年々低下していく接客態度。 企業は、もっと接客の教育を見直すべきだと思うんだな。

2009.8.18 残業。写真から14名

映画やドラマというのは、細かいカットの繋ぎ合わせで出来ている。 アクションやスピード感のあるシーンでは、細かくカット割をすることで、テンポや迫力が出てくる。 ただ、「長回し」をすることで臨場感を表現することが出来る場合がある。 三谷幸喜の映画『ラジオの時間』の冒頭は「長回し」で、舞台となるラジオ局の大きさと、それぞれの登場人物を紹介する役目を、見事に果たしていた。 ただ、この「長回し」は、役者にとっては緊張を余儀なくされるものなの。 たった一人でも失敗すれば、初めからやり直ししなければならない。 16日の日曜日にアクアシティで、「写真から」14人の依頼を受けた。 現場では時間がかかり過ぎてしまうと思ったので、後日渡しにしてもらって家で描くことにした。 色紙に14人を描くとなると、ひとりあたりが小さくなり、しかも写真が小さくて難儀してしまうからだ。 昨日、下描きをして、今日ペン入れをした。 1日経って冷静な目で見直さないと、似ているかどうか判らなくなるからだ。 14人ともなるとレイアウトも難しい上に、ひとり失敗したら台無しになってしまうので、ひとりひとり緊張しながらペン入れをしていった。 まるで撮影の「長回し」のような残業だった。

2009.8.17 健康診断

だいぶ前に区から送られてきた健康診断の通知。 「まだ時間がある」と思っていたら、期限の8月31日まで時間が少なくなっていた。 通知書には「最寄りの医療機関に予約を入れて受診してください」と書いてあったので、今日電話をしてみた。 すると、予約は不要とのことなので、「今日でも大丈夫ですか?」と尋ねると、大丈夫だという。 急遽、持参するものを揃えて病院に向かった。 午前10時過ぎの待合室は、それほど混雑もなく、10分くらいで順番がきた。 本当は検診の当日は何も食べずに、空腹の状態で行かないといけないと通知書にもそう書いてあったけど、何せ今日は予約だけする心積もりだったので、朝一番にバナナを1本食べてしまっていた。 問診の時や検査を担当する看護師さんが、「何も食べていませんよね」と確認してくる。 「バナナを一本食べてしまいました」と申告。 何度も確認するってことは、空腹とそうでない場合に数値に影響があるんだろうね。 血圧、肺のレントゲン、心電図、身体測定、採尿、採血という流れで直ぐに終わってしまった。 自営業の者にとって、こういう無料の健康診断はありがたいから欠かせない。

2009.8.14 疑似体験のすすめ

「避難訓練」は、小学校でも定期的にやっている。 ただ、火の熱さや勢い、煙の特性などは体験できないから、真剣に取り組む人は少ない気がする。 そこへいくと地震の揺れの怖さや、家庭にあるタンス・食器類などが、思わぬ凶器に変身することを目の当たりに見ることができる装置がある。 実際にその揺れを体験もできるみたい。 津波の威力を疑似体験する装置も、テレビで見たことがあったっけ。 大きな装置ではないけど、お年寄りの生活上の不自由を体験できる装備もある。 映画『グーグーだって猫である』の中で、上野樹里と森三中が装着して町を歩くシーンがあった。 足腰の不自由さをウエイトで、視力の不自由さを特殊なメガネで体験するものらしい。 芸能人の薬物事件のニュースを見て、安易な興味でドラッグに手を出す若者が増えるかも知れないと思った。 ドラッグの高揚感や禁断症状の辛さを、知らないからこそ試してみたくなるんだとしたら、ドラッグの疑似体験システムを開発して、学校などで体験させたらいいんじゃないかな?  脳のある部分を刺激すると臨死体験と同じような状態を得られるというから、脳の別の場所を刺激すればドラッグの疑似体験もできるんじゃないか?  でも、1対1のシステムでは啓蒙に時間がかかり過ぎるから、やっぱり映画のようなものにしないとダメだね。 じゃあ、サブリミナル映像やモスキート音を取り入れた映画を作って、感覚的にドラッグを不快に思わせるのはどうだろう?  うーん、まだ穴がありそうだ。

2009.8.11 容疑者のりぴー

不謹慎かも知れないけど、ここ約一週間の酒井法子の事件は、ドラマよりも意外な展開で、「これが作品だったら面白い」と思った。 別居中の夫が渋谷の路上で職質され、覚醒剤所持が発覚。 呼び出され現場に到着したのりぴーは、「子供を預けているから」と警察への出頭を拒否。 その時点では悲劇の妻という印象。 その後、行方がつかめなくなり、事務所の社長がテレビを通じて、「とにかく連絡を」と悲痛な訴えをした。 夫の事件を苦に、子供を道連れに心中ということまで想像を掻き立てられた。 ワイドショーでは連日、のりぴーの不幸な生い立ちからアイドル時代の映像が流され、日本のみならず、中国や台湾のファンも心配していた。 すると2〜3日後にニュース速報で「酒井法子容疑者に逮捕状」と出た。 「え? 容疑者? 逮捕状?」と、意外な展開にビックリ。 清潔で柔らかいイメージの彼女だから、そんな展開は想像もしていなかった。 するとマスコミは手を返したように、足首のタトゥーだとか、異常に浮いた受け答えのインタビュー映像を流し、薬物の影響を報じ始めた。 行方不明の間、下着や食料を買い込んだり、40万円をATMから引き出したり、「逃亡」を思わせる行動や、行動を共にした謎の男性の影が、ますます謎を深めた。 女スパイばりの行動は、彼女のイメージとは180度違うもので、意外な印象。 反面、そんな一面があったということに、「そういう役柄のドラマや映画もありかな?」という、可能性を感じさせた。

2009.8.10 撮影用の雨みたいな豪雨

台風が接近しているからか、大気が不安定で、突然大粒の雨が降ってきたりする1日だった。 テレビドラマや映画などの映像上では、普通の雨では画面に映らない。 かなり大きな雨粒じゃないと「雨のシーン」の雰囲気が出ないらしいのだ。 たまにドラマなどで俳優のアップの背景に、細かい雨らしきものが見えることがあるけど、シーン的には「晴れ」の場面。 短期間で撮影しないといけないドラマの場合、多少の雨なら「晴れのシーン」を撮っちゃうんだね。 もちろん演者の頭上には、簡易的な屋根を作って(大きなレフ板のようなものとかで)濡れないようにしているけどね。 ああいう大粒の雨の中で仰向けに寝て、瞬きを禁止された、映画『僕の彼女はサイボーグ』の時の綾瀬はるかは、かなり大変だったんだろうなと思ったりした。 今日の雨はそんな、撮影用の雨粒のような大粒の雨だった。

2009.8.07 武田奈也ちゃんからハガキが

フィギュアスケートの武田奈也ちゃんからハガキが来た。 5月31日にお台場アクアシティに、一緒にいたロアンナちゃん(ジュニアの選手)の付き添いで来店し、二人のスケートのコーチである「岡島先生」の似顔絵を描いた。 その時、「個人的に二人の似顔絵を描かせて欲しい」とお願いして、一緒に写真を撮らせてもらった。 一週間後に二人分の似顔絵を郵送した。 その一週間後にロアンナちゃんから、お礼の手紙が届いたことは、6月のブログに書いた。 昨日、帰ってきて郵便受けを見ると、様々なチラシに混じってハガキがあった。 初めはこの時期なので、「どうせ創価学会の人が『選挙、よろしく』的なハガキだろう」と思って、放っておいた。 暫くして見てみると、武田奈也ちゃん直筆のお礼のハガキだった。 似顔絵はロアンナちゃんの自宅に送ったので、奈也ちゃんに届くのは時間差があったのだろう。 似顔絵と共に、このHP用に描いたスケート選手の似顔絵のプリントアウトも送ったんだけど、「すぐり選手や高橋選手、織田選手などに似顔絵、あげたらみんな喜んでいました!」と書かれていて、本人の手に渡ったということに、こっちの方が嬉しい気持ちです。 ありがとう!!  奈也ちゃん、ロアンナちゃん、応援するからねー!

2009.8.04 人は、自分に都合の良い解釈をする

8月のHP更新の時、いつものようにやったつもりなのに、新作の似顔絵が表示できない状態になり、かなり時間を費やした。 Macでファイルの作成から更新作業をするようになって1年以上経ったけど、たまにイラストが表示できないことはあった。 今回も似顔絵をgif形式に書き換えて保存し、htmlファイルと共にftpソフトを使って更新した。 各ページやテキストは表示されるのに、gifの似顔絵だけが表示されない。 何度も繰り返してみたけど、アップされない。 MacのデータをノートパソコンのWindowsに移し変えて試しても変わらない。 「これはADSLからフレッツ光にしたことが原因か?」なんて、自分以外の原因にしたい気持ちが湧いてくる。 「間違っているのは自分じゃない」と思いたいのだ。 結局HPの更新の時にイラストがアップできなかったのは、アップの直前にファイル名を変更したのが原因だとわかった。 (HP作成用ソフト上でも、イラストが表示不能の状態だったので、理由がわかったのだ)   デジタルは、一文字違うだけでエラーになるのが面倒臭い。  融通が効かないものだ。 でも、人間は「自分だけは間違わない」とか「自分以外が間違っている」という思い込みは、危険なことかも知れないと思った。

2009.8.03 カメの飼い方の間違い

昼間、銀行に振り込みの用を足しに出かけ、帰って来て暫くしてからカメの餌を買い忘れたことに気が付いた。 飼い始めて9年になるカメは、両手でもおさまらない大きさに成長して、餌を食べる量も格段にアップした。 面倒臭いとは思ったけど、近所では売っていないので、夕方くらいにもう一度外出した。 自転車で15分くらいのホームセンターの売り場に「カメの飼い方」のリーフレットがあったのでもらってきた。 (あっ、関係ないけど、今テレビの速報で、押尾学が麻薬がらみで逮捕されたらしい)  カメは、あんまり情報を入れないまま飼い始めたので、飼い方が間違いだらけだったことに軽いショックを覚えた。 ぼくのショックというより、カメの9年間の苦しみに申し訳なさを感じたという感じかな。 一番の無知は、水道水をそのまま使ってはいけないということだ。 水道水のカルキはカメにとって有害なのだそうで、 48時間以上汲み置きして完全にカルキを抜くか、薬品で中和させなくてはいけないんだね。 この時期、1〜2日で水が汚れてしまうので、取り換えが大変だけど、でも責任持って飼わないといけないよね。

2009.8.01 聖書には”自殺”は少ない

聖書の始まりは、神の言いつけを破った人類の始祖アダムとイブが、エデンの園を追われるところから始まる物語。 堕落した人類最初の家族には、カインとアベルという子供が産まれるが、事もあろうに、その兄弟の兄が弟を殺害する事態に発展し、悲惨な歴史がスタートする。 旧約聖書は、人類が神のルールに従って生き、時が満ちれば神の子を地上に送るという約束だった。 そのルールにより、アダムから2000年後にイエスが現れる。 その間の2000年の間に、人類は様々な悪行を行っている。 盗みや殺人は当たり前のようにあり、近親相姦から獣姦まで存在して、今の世の中とまるで変わらないのに驚く。 人間は2000年前から、ほとんど変わってないのだ。 でもひとつ、聖書の中に少ないものがある。 それは自殺だ。 ぼくの記憶では、イエスを裏切ったユダが、良心の呵責に耐えかねて自殺する場面があるくらいだと思う。 2000年前にも多分、自殺はあったとは思うけど、今みたいに多くはなかったんじゃないかな。 「どうして自殺してはいけないの?」という質問は、
「何故、人を殺してはいけないの?」という質問より応えるのが難しいと、伊坂幸太郎の『終末のフール』の中で語られている。 「自殺なんかしやがったら、ぶっ殺すぞ」と言うセリフが面白い。 生きることは、理屈じゃないんだろうな。