年中行事(歳時記)(9)七月
七月の年中行事
「猪飼按」七夕は乞巧會である。この日に針仕事が上達することを願うのである。また中元の行事は、道教と仏教の盂蘭盆が合体したものである。七夕の伝説は織女と牽牛の出会いの物語である。
七月の歳時画像資料
七月の呼び方>『(新刻)事物異名』 二卷 明 余庭璧編 胡文煥校 延寶二年(1674)4月、前川茂右衞門刊本 小一冊 和刻本類書集成 第四輯 昭和五十二年三月
肇秋『簒要』
開秋
蘭秋
蘭景
相月
孟商
夷則月
「夷傷也。則法也。言、萬物始傷@(木皮)刑法也」
>七月
「“七夕”には、瓜果を陳(なら)べて“乞巧會”をする。婦女は風仙花の汁で指甲を染める、月に向って穿針をくだす。
“中元”には、祀先を素羞という。僧舎に“盂蘭盆會”を建てる、水陸蓮灯を放つ(@(門に虫)、廣客商荐亡、飯で山とする、樓より高い、華を祀り丐に施す)。
月晦は大尽に値る、“地藏王開眼”とする。街衢に遍く炬燭(火虫)を燃す、棒香を挿しす。“地灯”と名づける。」
『上海縣誌(三十二巻・清同治十年刻本)』,『中國地方志民俗資料匯編・華東巻(上)』P8
>七月
“立秋”の前一日には西瓜を食べる、これを“@(口肯)秋(あきをかじる)”という。“七夕”とは、“乞巧”である(《金陵歳時記》には、“七夕”の前日、婦女は水を一盂にとり、日中に曝烈する、水面に油皮を起さしめて、蟋蟀草を截り、針のごとくしてこれに泛(うか)べる、沈下しないようにする、共に水の影を中に觀て、珠ごとく傘のごとく、箭のごとく筆のごときなどの状で、吉凶を驗べる。南唐の后主の生辰と相傳ている、“七夕”にあたる、宮人はその時、祝@(古暇ヒヘンナシ祝福のことば)をする、だから先期を預らしめて“乞巧”という云云)。
“中元”の前后には、“盂蘭會”をする(《金陵歳時記》には、吾郷にはこのつき月、各街巷で“盂蘭會”が擧行される、僧道を延べて懺拜の外、獨りいわゆる“蓮花閙(レンゲトウ)”(説唱の形式)がある。、すなわち“落”の字の轉音、方言なり。唱するところの大半の里謡は、蘇白のごとき類であり、その雅に及ない)。河孤を齋す(《金陵賦》の注には、“中元”の前后、村嫗は僧舟を延べて次す、誦經、五色紙を剪りて荷花灯とする、水に沿ってこれを放つ、これを“齋河孤”という。
按ずるに、《帝京景物略》に、“中元”に河灯を放つの説がある、ただ制をいわず荷花となすのみである。また注には、“中元”には紙を糊づけして舟とする、中を地藏の象とする、艙の兩偏を兩廡の象(かた)どる、これを十殿閻羅とする。船の外には、すなわち陰官冥卒を列して、これを“法船”という、曠野でこれを焚く。
《金陵歳時記》には、毎年の“中元節”には、朱状元巷の黄翼昇宮の保第内には、特に水陸道場を設ける。その紙に地獄變相を紮(サツくくり)つけて、@(ケモノヘンニ争)獰で畏べきもので、法船、神馬の具も悉く備り、觀るものをして堵(かきね)のようにならばせる。十月の朔にまた冬孤の齋がある、然し“中元”の盛のようではない)。
七月に清凉山について燒香する、これを“地藏篷”という(《金陵待征録》には、清凉山、古にはこの山なし、近くになって、すなわち寺によってこれを名づけた、すなわち石頭山である。寺は山巓に据っている、殿の四面には各のおの佛像が塑され、他寺の佛座の制とことなる。途(みち)に沿って茶篷を設けて香客に飲す、中で地藏の畫相を奉じる。旁に十殿閻羅の畫相を奉つる。高く九聯灯を懸け、累(つながっ)て貫珠のようである。羊市橋の長興の茶篷、陳設してあるのに尤も精である。清凉山の麓、毛栗、ならびに綫で穿ぬいた山査果、一串は牟尼のごときものを、售(う)るものがある、游人は争って購って歸る)。秋日には蟋蟀を鬪す、これを“秋興”という。
『首都志(十六卷・民國二十四年南京正中書局鉛印本)』『中國地方志民俗資料匯編・華東編(上)』P360
巧日(七月七日)『清俗紀聞』P50
露臺>はりだしたテラス
七品>>供えるもの>>針7本>>絹糸7すじ
牽牛織女
乞巧奠(キツコウデン)1-24>夜半に拝する
穿針乞巧>>供えた針に糸を通す
巧菓>>野菜をあげたお菓子
蘭花豆>そら豆に切れ目をいれあげると蓮の花ににる
>七夕
牽牛織女の起源>>地上の河の祭りが天上に投影された>>天の河との関係
牽牛は犠牲の牛>織女は河水の神に嫁ぐ女で、神衣を織る女の意味である
河水の祭りは農穣祈念の祭りである>>二星に配当された
二星聚会説話が盛んになるのは後漢末以後である>>会うことの無い悲恋へ
七月七日は嘗祭・新穫祭りである>>この日と結び付く
乞巧奠(キツコウデン)は南朝宋以後である>>乞巧は針穴に綵糸を通す>>針縫の上達を願う>>祈願のための占い>>diu@(ノ去)乞巧という方法(明)>>水に針を浮かべる
『中國歳時史の研究』,"中村喬","","19930820","朋友書店",p367
接祖先(七月十二日から十五日まで)『清俗紀聞』P52>>お盆のこと
>七月十二日夜>>先祖の亡霊を迎える>>庁堂の上座に卓>>香華・燈燭・茶 湯供え礼拝する。「接祖先」という
>>茶・酒・飯・魚肉・鶏・豆腐・温@(食屯)そのほか時候の果物野菜を供え る>>15日まで
>>17日までのもあり>>江南は15日1日のみ
>>3年の喪ある内は12日夜より僧をこう
焔口>>施餓鬼のこと>>富貴のものがする
中元祀孤『清俗紀聞』P52
>>中元に城隍廟の陰官を請い孤独な霊魂を祭る>>水陸普度ともいう
>>白衣黒衣の二亡者
地藏誕日(七月晦日)『清俗紀聞』P53
地燈>>門前で卓を置き、香炉に線香を立て、家人一人に二本づつろうそくを竹 ぐいにさして地上にならべる
龍谷大学
龍谷大学の受講生はE−MAILを!!
