民俗
「民俗>一般的には、民衆の習わしとか民間の風俗・習慣などという意味で用いられる。これに類する術語として、漢語では土俗・習俗・風俗・慣習・習慣が、和語としては風習・慣行・慣例などがある。」
平山和彦『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P638※
「民俗という語の普及>学会でも一九四九年(昭和二十四)にそれまでの民間伝承の会を改組・改称して日本民俗学会が成立して以降のことである。」
平山和彦『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P638※
「民俗は上層文化ではなく、基層文化を形成する基本的な要素として捉える方法が妥当である。」
平山和彦『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P638※
「民俗を伝承と慣習の複合体と捉えることがより合理的である」
平山和彦『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P638※
「民俗学>世代をこえて伝えられる人々の集合的事象によって生活文化の歴史的展開を明らかにし、それを通じて現代の生活文化を説明する学問」
福田アジオ『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P640※
「民俗学は、基本的には、一定の集団を単位に上の世代から伝えられてきて、現在人々が行為として行い、知識として保有し、観念として保持している事象、すなわち民俗を調査・分析し、世代をこえて伝えられてきた生活文化およびその変化過程を明らかにすることで歴史的世界を認識する方法である」
福田アジオ『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P640※
「現在の事象によって過去の人間生活究明するという一見矛盾する方法を採用する」
福田アジオ『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P640※
「フォークロア、フォルクスクンデの訳語としての民俗学は、上田敏の俗説学を経て、明治末に確定した。柳田国男も『石神問答』(1910)のなかの数ヶ所で民俗学という語を用いている。一九一二年(明治四十五)に石橋臥波・芳賀矢一・富士川游らによって日本民俗学会が組織され、よく一三年機関誌『民俗』が刊行されが、その趣意書で民俗学とはVolkskundeのことだとしたあたりから普及したもの」
福田アジオ『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P640※
「民俗学、民間伝承を研究資料として、民俗性や民族文化を庶民の生活感情を通じて研究する学問、民伝学、フォークロア」>『日本国語大辞典』18巻P702
「民間に昔から伝えられたきた習慣・伝説・言語などを調べることで生活様式や社会形態を明らかにしようとする学問。フォークロア」《福武国語辞典》
「民俗学は、各地に伝承されているさまざまな生活習慣を資料として、日本人の生活の変遷を明らかにしようとする学問」
>『新版民俗調査ハンドブック』p1
「民俗学は全国各地において世代を超えて伝承されてきたならわし、しきたり、いいつたえという民俗事象を資料として研究する学問」
>『日本民俗学概論』「民俗学研究法」P263
>参考<民族学
「米国流にいえば、人間の行動および、行動と文化の相互関係についての理論を作っていく学問・・・民族学に該当する名称には英語ethnology、仏語ethnologieがある。・・今日米国では、人間の文化、すなわち生活様式について研究する学問は文化人類学とよばれている。」 牛島巌『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P643※
「民族学、諸民族のもつ言語・宗教・社会制度・法制・芸術・技術など生活様態・文化全般につき、その特徴的なものを摘出し、または比較論的方法により人類文化の発生・伝播・展開を研究する科学、文化人類学と同義に用いられることが多い。」>『日本国語大辞典』18巻P702
「諸民族の文化・習俗・信仰などを比較研究することで、その発展・本質を明らかにする学問。」《福武国語辞典》
「猪飼按」民俗学と民族学の違いを明らかにすることは難しい。中国では、多くの場合民俗学は漢人の社会を研究の対象とし、民族学は少数民族を対象としているようである。しかし、これも研究者によって異なる。民族学と民俗学の区分や、文化人類学(cultural anthropology)と形質(自然)人類学(physical anthropology)概念も難しい問題である。※
>folk・・人民(原義)民間 lore・・学問
「中国の文化圏で、中国人によって行われる普通の生活様式を、歴史学によって明らかにしようとする学問」
「民俗学はその萌芽をヨーロッパのルネッサンス期に求めることができるが、具体的に研究が開始されるようになったのは十九世紀中頃のイギリスにおいてであった。産業革命が進行し、急速に伝統的と思われる生活様式が消えてゆくなかで、懐かしみの気持ちから古い生活文化の関心が高まり、しかもその中に自分たちのはるか昔の姿の片鱗を発見しようとして、民俗の研究は開始された。」
福田アジオ『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P641※
「猪飼按」ヨーロッパの近代産業革命が民俗学の成立をもたらしたことは、アジアの国々の近代化のなかで民俗学が浸透していったことと無関係ではない。そこには近代化のなかで失われていく伝統社会への思いが強く働いていた。伝統的な事象を認識することとある種の民族意識とは平行するものであった。今日の中国で民俗学的著作が多数出版されるのも、急激な現代化政策と経済発展による変化のもたらした結果ということができるかもしれない。
1846年 8月
始めは古風な慣習を発見して、それに関心をいだくという「民間の古風の観察」
「十九世紀イギリスの民俗学は、民俗学協会の機関誌の表紙に「神話・伝承・制度・慣習」と表示されたように、生活全般が民俗であった。ドイツでも同様であった。しかし、その後イギリスでは昔話・伝説・民謡などの口頭伝承が研究の中心となった。さらにフィンランドを中心に発達した民俗学はもっぱら昔話を研究するものであった。この傾向はロシア・アメリカなどの民俗学で顕著となり、民俗学は口頭伝承を研究する学問とさえ理解されるようになった。今日でもアメリカをはじめ世界各地の民俗学は事実上口頭伝承の研究として存在する。」
Edward Tylor1832-1917
人類学の始まり
http://asahi.cab.infoweb.or.jp/books/980111/rev3.html
渋沢敬三
「民俗学は事実上農村漁村においてみられる事象を研究するものであったが、1970年代以降都市社会に見られる事象も調査研究されるようになり、都市民俗学という名称も登場した。」
当時(Popular Antiquities)と称されていた。
「民間の古風」に対してフォークロアFolkloreという語がつけられらた。
>宮田登『民俗学がわかる』「民俗学への誘い」P5
福田アジオ『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P641※
イギリスのゴンム(G.L.Gomme)研究目的や範圍を定め、その体系化
Max Muller1823-1900
比較言語学・・インドアーリアン語研究1856年《比較神話学》
《人類早期の歴史研究》1865年《原始文化》1871年
Andrew Lang1844-1912
《風俗と神話》1884年
Edwin Sidney Hartland
《なにが民俗でその効用》1899年
Alfred Nutt1856-1910
《田野と民俗》1899年
1914年英国民俗学会《民俗学ハンドブック》
>民俗・・民衆の知識と定義
参考>日本の民俗学※
1910年(明治43)柳田国男『石神問答』民俗学という語
1912年(明治45)日本民俗学会
1913年(大正2)機関誌『民俗』が刊行
1913年(大正2)『郷土研究』から始まる
1930年代柳田国男「民間伝承の會」
1949年民間伝承の会が「日本民俗學會」となる
柳田国男
「その文脈にそって民俗の言葉を重視し、それを生み出す郷土生活の心意究明を民俗学の中心に据えている」
「郷土研究をベースにした「一国民俗学」の主張が成立」
「柳田の分類案は、民俗語彙の言葉を手がかりにことや技を通して心に迫るという軸があって、独自性がみられる。」
折口信夫
「神楽や舞踊・演芸・演劇・影絵・のぞきからくりなど、いわゆる民俗芸能の技に関心をもち、別の分類案を提示した」
折口の愛の形
http://www.soc.toyo.ac.jp/faculty/ohshima/Enshu3-97/hayashi/ORIKUCHI.html
「一九三〇年段階に民具の収集から民具を比較する視点を提起」
「日本常民文化研究所」>「民間学のうちでも、がらくたの民具に高い価値を与え、その収集・分類から文化論へ統合する道筋を証明する方法を樹立」
>宮田登『民俗学がわかる』「民俗学への誘い」P6-7
宮本常一
>『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』日本の原風景に彩りを与えた男
佐野眞一著、文芸春秋、1800円、評者 第一生命保険社長 櫻井 孝頴
http://www2.nikkeibp.co.jp/NB/book/b_cri/0120b_cri.html
一九七〇年代の高度経済成長期の変化>民俗学対象が郷土から変化する
一九七〇年後半>新しい民俗学の視点の出現
都市民俗学・環境民俗学・性の民俗学・アジアの中の民俗学・宗教と民俗学・差別の民俗学・老いと死の民俗学・民具の民俗学・映像と民俗学
福田アジオ『日本民俗大辞典』吉川弘文館、2000.3,P642※
「猪飼按」民俗学が新しい展開をしなければならない時代が来ている。旧来の古代からの伝説や習慣を拾い集めるばかりでは新たな学問の展開はない。現代人が近代の社会生活を営む中に新たな研究テーマを求める必要がある。これは都市生活者の民俗学である。人口爆発によって故郷を持たない人たちが都市でどのような民俗文化を創り出すのか。その民俗事象はどのような意味を持つのか。過去の民俗事象とどのような連続性があるのだろうか。近年のテーマパークの出現によって、民俗事象の混乱が起こっている。とくに地方の物産展や民芸村に本来その地方になかった行事や文物が出現したり、古い民俗伝承や民謡が変形し新しい形で伝えられている。このことも民俗の研究をする上で注意を要する点である。
民俗は古くは風俗と呼ばれていたものである
風の意味
「風、放也」『左傳僖公四年傳』「惟是馬牛不相及也」服注。又『廣雅釋言』。
「風、猶放也」『詩北山』箋
「風、氾也。其氣博氾而動物也」『釋名釋天』
「風之爲言萌也」『白虎通八風』
「風之爲言萌也。其立字虫動於凡中者、爲風」古微書引『春秋考異郵』
「風氣也」『廣雅釋言』又『淮南氾論』「風先萌焉注」
「風、動也」『廣雅釋詁一』
「風、化也」『國策秦策』從風而服注。
「風猶化」『呂覽適音』而移風平俗者、也注。
「風俗」『呂覽音初』聞其聲而知其風注。
「風教也」『書説命下』時乃風傳又『漢書武帝紀』集注。
「風吹也」『廣雅釋言』
「風落也」『呂覽審時』如此者不風注。
「風者、天地之使也」文選風賦注引『河圖帝通紀』
「風者天之號令」『文選東京賦』
「風歌也」『論衡明@』引論語風乎舞@説。
「風曲也」『山海經大荒西經』太子長琴始作樂風注。
「風者諸侯之詩」『詩國風』釋文。
「風乾身也」『論衡明@』引論語風乎舞@説。
「風者、百病之長也」『素問王機眞藏論』
「風讀曰諷」『漢書食貨志下』集注『藝文志』集注。
「風謂政教所施」『周禮合方氏注』謂風俗所高尚疏。。
「上以風化下下以風刺上、主文而譎諌、言之者無罪、聞之者足以戒故曰風」『詩關雎序』
「風與俗、對則小別、散則義通」『詩谷風序疏』
「風乃天地之氣」『詩匪風傳』
俗の意味
「俗、習也」『廣雅釈詁二』
「俗、土也」『呂覽長攻』
「俗、常也」『淮南氾論』「循俗未足多也」注
「俗、欲也。俗、人所欲也」『釋名釋言語』
「俗、謂土地所生習也」『周禮大司徒』「六曰、以俗教安」注。
「俗、謂常所行與所惡也」『禮記曲禮上』「國入而問俗」注
「柔弱爲俗」『易象下傳』「君子以居賢徳、善俗」虞注
「隨君上之情欲、謂之俗」『後漢班彪傳』注『史弼傳注』
「禮俗昏姻喪紀舊所行也」『周禮大宰』六曰禮俗以馭其民注。
『説文』「俗習也。从人谷聲。」
「俗謂人之生處習學、不同」『周禮大司徒』疏。
「俗謂風俗」『荀子富國』凡主相臣下百吏之俗注。
「俗謂民之風俗」『禮記王制』脩其教不易其俗疏。
「俗謂民所承襲」『周禮合方氏注』謂風俗所高尚疏。
「俗者續也」『周禮土均』禮俗喪紀祭祀疏。
「俗本國禮法所行也」『禮記曲禮下』君子行禮不求變俗疏。
「俗謂從其俗也。」『荀子性惡』下不俗於亂世之民注。
「隨其趨舍之情欲故謂之俗」『孝經』移引韋昭。
民の意味
「民氓也」『廣雅釋言』
「夫民之爲言萌也、萌之爲言也。盲也」『賈子大政下』
「民冥也」『論語泰伯』民可使由之鄭注
「民者冥也」『書呂刑』苗民弗用靈鄭注
「民者瞑也」『春秋繁露深察名號』
「民之號取之瞑也」『春秋繁露深察名號』
「民氓無所知者」『荀子禮論』人有是士君子也外是民也注。
「民無知之稱」『書多士序』遷殷頑民鄭注。
「民、民衆貌、詩載芟民民其@釋文引」『韓詩』
「民者君之本也」『穀梁桓十四年傳』『僖二十六年傳』
「民者諸侯之本也」『賈子大政上』
「民國之根也」『三國志陸抗傳』
「民、神之主」『國語魯語』民和而後神降之福注。
「民、人神之主也」『風俗通祀典』
「民者吏之程也」『賈子大政下』
「民者萬世之本也」『賈子大政上』
「古者有四民一曰徳能居位曰士。二曰辟士殖穀曰農。三曰巧心勞手以成器物曰工。四曰通財粥貨曰商。」『公羊成元年傳』識始邱使也注。
「古者有四民、有士民有商民有農民有工民『穀梁成元年傳』
「民者士農工商也」『説苑政理』
「民謂百姓也」『文選東京賦』民忘其勞薛注。
「民者、賢不肖之材也」『賈子大政下』
「卑而不可不因者、民也」『荘子在宥』
「坤爲民」『易@上傳』
「天子曰兆民、諸侯曰萬民」『獨斷上』
「秦謂民爲@(黒今)首」『魯覽大樂』
「凡民無異知者也」『孟子盡心上』
「民、宮中吏中之家人也」『周禮宮正』
「人民、吏子弟」『周禮内室』
「人民、謂刑人奴隷逃亡者」『周禮朝士』
「人民、奴婢也」『周禮質人』

