


出身はメルボルン、92‐93シーズンにメルボルン・ナイツでデビューすると翌年にはエースストライカーに、1994年6月8日の南アフリカ戦で代表初キャップ、95‐96シーズンに自身のルーツであるクロアチアのクロアチア・ザグレブへ移籍、初年度から主力として活躍し98‐99シーズン途中に移籍金6億円でセルティックへ、1998年ワールドカップ予選ではプレーオフでイランに敗れ本選出場を逃す、セルティックで抜群の戦績を残し00‐01シーズンに移籍金11億円でリーズへ移籍するとチャンピオンズリーグ準決勝進出という快挙に大きく貢献、2002年ワールドカップ予選ではプレーオフでウルグアイに破れる、その後もリーズのエースとして君臨し安定した成績を残すもののクラブが財政難に陥り降格すると04‐05シーズンに移籍金9億円でミドルズブラへ、2006年ワールドカップではヒディング監督のもとプレーオフでウルグアイを破り本選出場に大きく貢献、本選でも4試合全てにフル出場を果たしグループリーグ突破に大きく貢献するが決勝トーナメント1回戦で優勝したイタリアに敗れる。
4試合 2得点
20試合 17得点
24試合 21得点
27試合 12得点
25試合 18得点
25試合 8得点
7試合 2得点
9試合 5得点
28試合 25得点
34試合 17得点
33試合 11得点
33試合 20得点
30試合 11得点
16試合 5得点
27試合 7得点
1992‐93 メルボルン・ナイツ
93‐94 メルボルン・ナイツ
94‐95 メルボルン・ナイツ
95‐96 クロアチア・ザグレブ (クロアチア)
96‐97 クロアチア・ザグレブ
97‐98 クロアチア・ザグレブ
98‐99 クロアチア・ザグレブ
98‐99 セルチック (スコットランド)
99‐00 セルチック
2000‐01 リーズ (イングランド)
01‐02 リーズ
02‐03 リーズ
03‐04 リーズ
04‐05 ミドルズブラ (イングランド)
05‐06 ミドルズブラ
06‐07 ミドルズブラ
世界最高峰のフィジカルと高度なテクニックを併せ持つ世界最高レベルのセンターフォワード、前線の基準点としてパーフェクトなポストプレーを遂行しテクニカルなフィニッシュワークで得点を量産する、フィジカルコンタクトの強さは世界最高峰を誇り相手のプレスが無いかのように振る舞う事ができる、大柄ながら敏捷性や瞬発力・スピードも水準点に達しており愚鈍なイメージを与えるような事は無い、ストライカーながら利他的なメンタリティーを持ち無茶なシュートなどを試みるような事は無く一回のチャンスを決める為の集中力も非常に高く常にシュートの準備をしている、単純にさばくだけで無くヒールパスなど足のあらゆる部位を使ったトリッキーなポストプレーも秀逸でそのポストワークの完成度の高さは世界最高峰、両足ともに強いシュートを撃て精度も水準以上あり右足を使ったストレート系のフリーキックは直接得点を狙えるレベル、フィニッシュワークも非常に巧みで相手マーカーを巧みに外す事ができシュート動作もなかなか速くシュートのアイデアも非常に豊富、ボールをキープしたまま素早く反転する事ができそこからのコントロールショットは秀逸、フィジカルとテクニックを活かした推進力のあるドリブルもなかなか巧みで相手マーカーを引きずったまま強引にシュートまで持っていくこともできる、足元のパスを受ける際の背後のマーカーへのブロックは完璧でプレッシャーがかかった状況でのボールキープ力も秀逸、エアバトルも非常に強く相手セットプレー時では守備者としても計算できる、マーカーを外す動きなどは水準程度で攻撃の組み立てへの参加はあまり無く前線からの守備も期待できない。

1m88cm 91kg
1975年10月9日
センターフォワード