3日目(甲府→昇仙峡→武田神社→とりさわ駅)         map3.jpg (8368 バイト)

昨夜夜更かしをしてしまったので寝不足ではあるが、眠い目をこすり甲府駅へ向かう。バスに乗るので、自転車は置いて徒歩。連日の疲れでバスの席でついついウトウトしてしまう。しかし、降ろされた場所は昇仙峡入り口で、展望台のある所までは徒歩でこれまた1時間ぐらい歩かなくてはならない地点だった。ぽつ〜ん...。予想外のハプニングに少々慌てるが、せっかくここまで来たので、テクテク歩く。山道を歩き続け、茶屋を過ぎ、ようやく土産物屋が立ち並ぶところに出た。団体の中年観光客が多かった。自分としてはロープウェイで登ったパノラマ台を最終目的地として考えていたので、ロープウェイ代が高かったのも我慢したが、まっすーは以前修学旅行か遠足で来たことがあるらしく、下の美術館に入っていると言い、僕一人でロープウェイに乗ることになった。帰りのバスの時間を調べ、待ち合わせ時間を決めたのだが、やっぱり僕は遅れた。「あ、あそこからの景色もいい。あ、むこうもいい。」とあちこち周っていたら、結果としてバスに乗り遅れる原因になってしまった。まっすーは「こんなことになると思った。」と別に怒ってはいなかったが、肩身が狭かった。バス停のベンチでぼーっとバスを待ち、貴重な時間をロスした。

shosenkyo.jpg (4228 バイト) パノラマ台から周囲を望む。

まっすーの友人宅に戻ると急いで用意をして出発。感謝の言葉を述べ、一路、武田神社に向かった。途中、甲府駅前で記念撮影をする。まず、信玄像前でと思ったのだが、最初に頼んだ人は犬を連れていたので手が離せないと断られ、通りかかりのおじいさんには、「今急いでいるので。」とこれまた断られた。「ち、なんでぇ...。」と思いつつももう一度犬連れの人に頼み、犬を水飲み場のところに首輪の紐で縛ってもらい、写真を撮ってもらった。そんなわけでこの写真は二人とも笑顔がない。おまけに犬連れの人も焦っていたのか、信玄の頭が切れていた...。気を取り直して今度は甲府駅前で写真を撮ろうと思ったら、近くに同じように写真を撮ってもらおう思っていたライダーがいたので、目と目が合ってお互いの意図を悟った。以心伝心。京都からで、「遠くからですね〜」と感心すると、彼も「横浜も遠いやん」と言ってくれた。そんなライダーとの交流があったのでこの写真は二人とも自身に溢れた笑顔を見せている。(余談だが、この写真は調子に乗って2Lサイズに焼き増しして、額に入れた。)お互いの無事を祈り、武田神社へと向かう。

                            きた、きた、きたー!!甲府駅。 Kofu station.jpg (14883 バイト)

今まで沢山の神社を見てきたが、この武田神社ほど参拝願望の強い神社はなかった。しかも、ここは武田氏の居館、躑躅が崎館跡に建てられている。武田信玄は「人は城、人は石垣...」という有名な言葉を残しており、武田二十四将といわれるその豊富な人材で戦国時代を戦い抜き、外敵の侵入に備えた強固な城を必要としなかった。最も、最近、躑躅が崎館跡の発掘現場で比較的大きな石垣が発見されたという報道があったが...。神社の入り口で奇遇にも先ほどのライダーに会ったのだが、彼の方はバイクなので、我々よりも大分先に着き、参拝を終えて発つ直前だった。再びお互いの無事を祈る。僕はかなり興奮していたのだが、まっすーは僕ほど武田信玄に熱くないので、宝物館も有料と知って入らなかった。お土産屋さんで風林火山の旗を買って自転車の後ろに差して走ったらイカスなと思ったのだが、イマイチさえなかったので、やめた。もう夕方近くなのに、まだ甲府を出ていない。かなり予定より遅れている。やはり昇仙峡でバスに乗り遅れたのが痛いのか...イタタタ。何はともあれ、いざ、帰路へ...。

Takeda shrine.jpg (8701 バイト) 武田神社。

来た道を戻るのも芸がないので、国道20号を東へ向かうことにした。そしたら向かい風がすごかったのなんの。風の抵抗を軽減するため体を低くして漕いでも全然スピードが出ない。この風め、こうなったら我慢比べだ、うおおお、と気合入れて走っていたら、いつの間にか後ろを走っていたまっすーが300メートルくらい後ろにいた。

ワインで有名な勝沼を過ぎ、新笹子トンネルに入る手前で、甲州街道を使うことにした。この新笹子トンネルというのは、全長3キロもある。トンネルは「狭い」、「暗い」、「うるさい」の三拍子揃った悪路なので、避けたい。3キロもあれば尚更だ。こういう疲れた場面では思わぬ事故に遭いかねない。ところが、甲州街道に入る道に「土砂崩れのため通行止め」の看板が!そう、ここ数週間は台風の影響がでているのだ。なんてこったい、と思ったが、なんか反対車線から走ってくる車が...。ガソリンスタンドがあったので、そこで道路状況を聞こうとしたら、ガソリンを入れているおじさんが車の中から「そこ通れるよ、今オレ通ってきたもん」と言うので、彼に感謝して甲州街道を上り始めた。ただし押して。いきなり急な坂だったので、そうせざるおえなかったのだが、まさかこれから3時間以上も押しっぱなしになるとはその時は思わなかった。日も暮れ、甲州街道に入ったとたんに暗くなったあたり、これから先の恐怖体験を示唆させた。

通行止めにも関わらず、上りはじめは車数台が走り過ぎていった。本当に通行止めなのか?この甲州街道は古い道なので街灯がない。狭いから頭上も木々に覆い被さられ、本当に真っ暗。初日の明神峠はまだ展望が良かったので月明かりが周りを照らしていたのだが、ここはライトを持たなければ一寸先も見えない。それどころか、二人並んで歩かないとライトの光が足りない。

「うわ、後ろ振り返ると真っ暗ですよ。」(僕)

「それを言わない!」(まっすー

...「なにか楽しい話をしましょうよ...バイト先のmiss(♀)の話とか...。」(僕)

...「ん?何の音?」(二人)...「滝だ...」(二人)

...「うわああああ!!!」(まっすー)

「わあ、え!!何!!何?!!」(僕)

「お前が触ったのにびっくりした。」(まっすー)

「なんだ、そんなことか。びっくりさせないで下さいよ〜。」(僕)

もう、背筋に戦慄がはしりっぱなし。僕のライトはハロゲンなので、すぐ電池が切れてしまう。まっすーにライトを当ててもらい、電池交換。こんな暗闇で電池が切れれば手探りで道をたどらなければならない。「怖い」を連呼する二人。「サササ...ザザザザ...」風に吹かれた木々の葉が異様な音をたてる。神経をヤスリで削られるように心細くなっていく...。泣きそうなくらい怖い。そしてそれは現れた。道路工事用に使われる通行止めの柵、奥には笹子トンネル。柵は道路にずらりと並べられ、鉄壁のデイフェンスを誇示している。トンネル内部は明かりがついていないので、ライトを当てても奥まで光が届かない。

「あのおじさんとかはどうやってここを通ったんだろう?」(僕)

「やっぱり柵をどかしたんじゃない?」(まっすー)

なにかが僕の中で弾けた。「引き返しましょう。」(僕)

「え?!」(まっすー)

「引き返しましょう。」(僕)

「引き返してどうするの?」(まっすー)

「一旦街道の入り口まで戻って宿を取り、明日迂回路を探しましょう。」(僕)

ここまで耐えてきた勇気を無駄にしようとしている。だが、このトンネルはヤバすぎる。幽霊や怨念がどうこうという問題の他に、我々が通っている時に土砂崩れが起こるかもしれない。ライトの明かりが届かないので、トンネル内部が土砂崩れによってふさがっているように見える。

「行こうよ。」(まっすー)

...!この人にはかなわない!僕の「引き返しましょう。」が勇気ある撤退ではなく、ただ単にチビリそうで怖い撤退であることを見破っている!ぬぬう...。

「ここが笹子峠だからこのトンネルを抜ければ後は下りだよ。」(まっすー)

そりゃそうだけど...。1分ほど立って相談する。「分かりました。いきましょう。」ありったけの勇気を絞った決断。今も断言できる。僕が二人いたら、間違えなく引き返していた。柵の間を自転車を担いで越え、万が一のために軽い遺言を言い合う。「もし僕が死んだら、○○さんがやっぱりバイトで一番キレイだったと伝えてください。」。さすがに写真はヤバい。ヘンなもんを撮った日にゃあ後になって何が僕の身におこるか分かったものじゃない。いざ!トンネル内部は狭く、はたして車がすれ違えるのかという幅だった。一列で走っては後ろを走る人間が恐いので、並んで走る。頭上からはポタポタと水が首筋に落ちてくる。「ひえっ!」沈黙したままトンネル内を走る。シャー、シャーとタイヤの回る音しか聞こえない。後ろを振り返る余裕はない。怖いものが追いかけて来ているかもしれない。急に荷台が重くなったりして...。どれくらい走ったかさだかではないが、とにかく異常に長く感じた。このまま出口がない、暗闇を走り続けるのでは...とさえ思えてくる。そして...抜けた!!「ああ、抜けれた!」「通れた!」「下りだ!」「土砂崩れはこれか?」トンネルを出た所に、ガードレールがひしゃげている場所があった。道路には泥が残っていたが、岩は撤収された後らしかった。ああ、怖かった〜と思いつつも、まだ暗い道には変わらない。ただし、自転車に乗っているので、いくらかは安堵感がある。あれは?!キラっと光る目が...と思いきやそれは野良犬だった。「ふー、びっくりさせやがって。」カーブの多い暗い道なので、スピードが出せない。登るのに3時間以上を要した峠は、下るだけでも45分もかかった。そして民家の明かりが見え、車が数台走っている国道20号に再び合流!!「いやああったあああ!!!!」あれだけ憎く思えたトラックもこの時ばかりはすごく嬉しかった!!自転車を降りて飛び回り、トラックに向かって手を振り、ガッツポーズ。トラックの運ちゃんにしてみれば、「Χ∞∴Δ±?」。そして二人で握手した。間違えなく人生の恐怖体験TOP3に入る夜の進入禁止笹子峠越えを我々は達成した!「写真、写真...。」お互いをカメラで撮る。もう何でもアリなのだ。

          夜の進入禁止甲州街道、笹子トンネル越え。 sasago.jpg (7564 バイト)

後になって知ったのだが、あそこの笹子峠というのは、織田・徳川の甲斐侵攻から落ち延びるため城に火をはなった武田勝頼(信玄の子)一行が家臣・小山田信茂を頼って信茂の城に向かった際、土壇場で寝返った信茂の家臣に行く道をふさがれた場所らしかった。行き場を失った勝頼一行は天目山に逃れ、一族は自害し、勝頼もまた息子の16歳の信勝とともに果て、戦国最強を誇った武田家は滅ぶという、いわくつきの悲しい峠だったのだ。なんだか武田家の終焉をたどりながら甲斐を去った感じの旅だった。

さて、これから宿を探さなければならない。理想としては温泉付きの旅館。この疲れきった体には温泉と浴衣、柔らかい布団しかない。公衆電話を見つけ、ささご町周辺で宿を探すが、みつからず。食品を売ってる店で尋ねると、ここらにはないので、大月まで行ってみてはどうかと言われた。途中コンビニで休憩した際、まっすーはおでんを買って食べていた。少しもらったが、コンビニのおでんがあんなにおいしく感じれたのはおそらく最初で最後であろう。秋も近いか...。先を急ぐ。

夜のナイトランは楽しかった。車が少ないので、道路の真ん中を堂々と走れるし、下りが多い。明かりが増え、辺りが発達してくると大月に着いた。さて、宿を探そうと思ったのだが、中途半端に発達している。旅館とかはなさげで、変わりに錆びれたビジネスホテルが数件ある。最初はあくまで温泉、浴衣、布団にこだわっていたのだが、そんなことを言ってられなくなったので、ビジネスホテルを探すが、どれも満員で「おいおい、ここ大丈夫かよ」って感じの、「グーニーズ」に出てきそうな古びたホテル一件しか空いているところはなかった。やむなく、そこに泊まろうかと話していたら、まっすーは野宿案を持ち出した。野宿と言っても寝袋しかない。とりあえず一泊素泊まりでいくらぐらいするのか聞くため入ると、優しい老夫婦が迎えてくれた。おお、なんだ、全然大丈夫じゃん。でも建物の中も外と同じ位古びている。部屋は満室(!)らしいが、4畳間が一つ空いているので、一人4千円でどうかと言われた。まっすーと相談すると、彼の方はもう野宿で気持ちが固まっている。所持金も少ない。「野宿にするか。」老夫婦に丁寧に断り、さあ、野宿する場所を探す。野宿に関しては二人ともルーキーだ。静まり返った町ん中をいい所はないかと走る。

「神社は?」(まっすー)

「バチが当たりそうですよ。」(僕)

「学校があるじゃん。学校は?」(まっすー)

「でも小学校とかは今もう夏休み明けでしょう?朝になれば先生も生徒も登校して来ますよ。」(僕)

かなり場所探しに苦戦した後、住宅街の外れに空き地があるので、そこにしようということになった。コンビニでダンボールを捨てようとしていた店員に「それ下さい。」と言うと、「え?」って顔をしながら、「あ、いいですよ」とくれた。これを下に敷いて寝る。その空き地は草が生い茂っていたため、虫が多かった。虫除けスプレーなど効果がない。しかも付近の家の飼い犬が我々に感づき、吠えてきた。かなり惨め。ウトウトするまで随分時間がかかったが、寝かけた時に今度は雨が降ってきた。台風が近づいているのだ。「うわー、撤収ー!」急いで寝袋をしまい、ダンボールを集める。立つ鳥あとを濁さず。コンビニのゴミ捨て場にダンボールを捨て、さてこれからどうしたもんだろ。時間は夜中の1時。ファミレスに入って朝まで粘るかと話していたが、雨がやんだ。でも、またいつ雨が降るか分からない。かくなる上は、夜中に距離を伸ばす!というわけで、深夜の過酷なナイトランへと事態は展開していった。もう走るしかない。睡眠は二の次だ。

しばらく走った時、小降りだった雨が土砂降りになった。「うわー。」雨宿りをしなくては、と思ったその時、駅が視界の端に入った。とりさわ駅。中央線の小さな駅で、終電に乗り遅れたのか、ホームのベンチで男性が二人ほど横になって寝ている。はじめは雨宿りのつもりが、その時野宿として駅の素晴らしさに気付いた。水はあるし、トイレもある。自動販売機は近いし、屋根もある。ここで朝までいよう。土砂降りなので、雨がやまない場合は5時頃の始発に勝手に自転車を持ち込んで行ける所まで行こうかというとんでもないことを話していた。「それまで3時間以上はある。」勝手に窓と扉を閉め、改札の所で寝袋を敷き、靴を枕に寝た。20歳の夏、野宿は駅がベストであると発見。「そうか〜。野宿労働者が駅に集まる理由が分かったよ。彼らは野宿を極めた男達だったんだ〜。」と妙に感心。こうして怒涛の3日目は幕を閉じた。

3日目終了。走行距離:およそ50キロ

いよいよ感動(?)のフィナーレ!4日目に!

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