本の森通信 10月号
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10月31日(水)
最新刊の『仙臺・東一番丁物語 柴田量平選集』が、仙台市内の一部書店では今日31日から店頭に並び始めました。ちょうど今日から、当ホームページの新刊案内にも『昭和の赤ひげ先生 酒井清澄』とともにアップしました。
午後、小社から近い一番町2丁目の金港堂書店さんをのぞいてみると、郷土の本のコーナーに『仙臺・東一番丁物語 柴田量平選集』が目立つように置いてあるのを発見。新刊を書店の棚で探し出すのは、何回体験してもうれしいものです。
これより先、本のあとがきにお名前が出ている伊勢民夫さんが突然来社。伊勢さんは以前仙台商工会議所にお勤めで、『東一番丁物語』の著者である柴田量平氏とは一時期、週の半分は一番町の喫茶店で珈琲を飲むなど、親交があったそうです。今回の出版に当っては、資料提供などで協力をいただきました。
伊勢さんのお話で初めて知ったのですが、『東一番丁物語』の続編とも言える本が、柴田氏の没後、昭和62年に出版されたそうです。この本は柴田氏が書いたものではなく、伊勢さんが主に執筆と編集を担当。一番町4丁目の再開発ビル着工の記念として発行したのだそうです。思いがけなく生前の柴田氏の様子など貴重なお話を伺うことが出来ました。(大)
10月30日(火)
今日の午前中、『夏草の果て』の著者の近江静雄さんが遊びにいらっしゃいました。近江さんがお住まいの利府町は梨の名産地。箱入りの美味しそうな梨をお土産に頂いてしまいました。
近江さんは高校の先生をしながら執筆活動を行ない、地元の文学雑誌「仙台文学」の同人として活躍されています。教師の仕事は今年三月に定年退職され、今はのんびりと暮らす毎日。近くに畑を借りて農作業をしているそうで、待ち望んだ大根の収穫がもうすぐだと、健康的に日に焼けた顔で笑っていらっしゃいました。退職されてもお元気なその姿に、こちらまで元気を分けていただいた気分です。
「退職後に何か農作業を趣味に」という希望を持つ人は、今も昔も多いみたいです。また最近は土に触れる機会が少なくなっているので、小さな子どもと一緒に畑仕事をしたいという若い夫婦も増えているそうです。水道や休憩所などの施設を備えた市町村営の畑などは、申し込みが殺到するほどの人気があるとか。確かに収穫の喜びは格別のものがあるでしょうし、それを家族や仲間で食べるのは楽しそうです。「今朝早く行って、畑で採ってきた○○」というだけで、魅力的なものに思えてしまいます。
東北大陸は農業の聖地でもあります。米はもちろん、果物や野菜、畜産もあります。「東北に住む以上は、何かしら農業に従事すべきでは?」と思うことが時々あります。海の近くなら海の仕事を、森の近くなら森の仕事を、そんな自然な動機で仕事を択ぶのもいいかと思うのです。最良の環境を生かし、原点の仕事をしてみようかと・・・。まだまだ実現性の少ない話なんですけどね。
近江さんに頂いた梨を早速賞味。噛むごとに口の中にあふれ出る甘汁はこたえられません。この味は趣味のレベルでは当然作れないはず。我々では感じられない苦労がたくさんあるはずです。私の「農業をしたい」という希望など、それを知るものではありません。それを知る人は、もっともっと梨の甘さを楽しめるのかも知れません。
10月29日(月)
先週の木曜日からお休みをいただき、東京方面へ遊びに行ってきました。主な目的は、友人たちと毎年開催している「ワカサギ釣り大会」への参加です。富士山を望む山中湖へ早朝に出向き、ボート三槽を出しての釣行。海釣り師・鮎釣り師・フライフィッシャー・ルアーマンなど、それぞれが釣り師だけに本気で釣りに取り組みます。昨年・一昨年ほどの釣果は上がらなかったものの、ポカポカ陽気と色づく木々の絶景に気分は最高でした。釣り上げたワカサギは、友人が所有する湖畔の別荘に持っていって調理開始、今度は「ワカサギ・パーティー」の始まりです。まずはアツアツの豚汁でペコペコのお腹を満たし、ワカサギの塩焼き・フライ・かき揚を楽しむ。森の中、つまり紅葉の中に入って、秋の味を楽しむ。私自身の中でも、一年間で最も楽しみにしているイベントの一つです。
そもそもその日に集まったメンバーは、東京・三鷹市にある喫茶店「カフェ・マグノリア」(同店店長の大熊氏は、私の大事な親友の一人)で知り合った仲間がほとんど。最年少28歳から最年長66歳までの幅広い釣り仲間です。私は最年少組の一人なので周りは目上の方ばかりですから、どなたからも教わることが多く、とても勉強になります。年齢から見ればヒヨコ同然の私を、「くん」や「さん」付けで呼んで可愛がってくれます。また、全員が同じ趣味を持つ“仲間”としてお付き合いしてくれるのも、一緒に遊んで楽しい理由の一つです。趣味でつながる輪は、本当にいいですよね。
翌日には大学時代の友人5人と、久しぶりのミニ同窓会。こちらは言葉にするのが気恥ずかしい付き合いです。真面目に話をしたり、相談にのったりすることもないわけではないのですが、みんなで大声で笑っている時間が一番長い愉快な席。そんな中でも互いに応援したり大事にしあったりする言葉には欠きません。仕事も趣味もバラバラですが、そんな気軽であったかい付き合いもいい。
そして今日、休み明けで編集部に出ると、O氏との打ち合わせや著者との電話連絡、新しい仕事のきっかけとなりそうな出来事が起こる。釣りの仲間も学生時代の仲間も編集部も、今の私にとってはは決して欠かせないものばかりです。こんな環境にいられることを、周りの全ての方に感謝しなくてはなりません。(小)
10月27日(土)
秋田県の内陸部というと横手のかまくらや大曲の花火、湯沢の地酒、田沢湖と武家屋敷が残る角館、そんな知識しかなかったが、最近は十文字町というところが気になっている。地名さえ知らなかったのに、電話をいただいたり、逆に電話をかける機会がぐんと増えたのだ。
電話の相手は、十文字町で印刷会社を経営するIさん。まだ1度しかお会いしたことはないが、いつも元気一杯の声を聞かせてくれる魅力的な女性だ。そのIさんから先日、「あっちこっち25」という本をいただいた。
「あっちこっち」は、十文字町周辺へ発行している情報紙。25年の歴史があるという。「住民相互の心のつながりの場、話し合いの場の提供」を目的に、タブロイド版2ページの体裁でコツコツと続けられている。売りもののコラムは、次々と知人を紹介する形式が特徴だ。発刊当初は「家族やご先祖様のことを話のネタにするなんて」という声もあったらしいが、今では地域になくてはならない情報源だという。
「あっちこっち25」は、25周年記念としてこれまで掲載された文章や新たに募集した文章を集めて発行したもので、ページをめくるたびに郷土に誇りを持つ様々な人の声に圧倒された。映画祭にかける人々、都会からUターンしてきて古里の良さを再発見した男性、国際結婚で日本に来た女性の日本語教室での出会い・・・。この本にはそうした人たちの声と思いが詰まっている。
「秋田と仙台を結んで、何か面白いことをやりましょうよ」。そう語るIさんの影響か、是非ともまだ見ぬ十文字町に行ってみたいと思っている。「十文字発、たおやかに今を生きる130人の、イズム」。「あっちこっち25」の表紙に書かれたメッセージに応えて、仙台から発信できるものは何だろうか。(大)
10月26日(金)
11月下旬に発行予定だった音楽療法関係の翻訳本は、来年1月にずれ込みそうです。原書の版元がイギリスで、著者の方が南アフリカ在住という、本の森では初めての翻訳本です。日本語版を出すに当って契約が必要なので、東京のエージェントを通じて交渉中なのです。交渉はもちろん英語を使います。今はメールがあるので手軽に連絡できますが、正式な契約書はやはり封書でやり取りしなければならないでしょう。
同じ英語を使うにしても、一般の手紙を書くのと、ビジネス用にきちんとしたスタイルの文書を書くのでは違います。ビジネス英語を使いこなすには、それなりの知識が必要ですし、そう簡単なことではありません。今回のイギリスの版元とのやり取りは、相手方の対応がかなりのんびりしているので、エージェントとは別に直接連絡してみることになったのです。
必要なのは極めてシンプルな文書なのですが、当方の意思をきちんと伝えようと思うと、何度も書き直しが必要になってしまいます。簡単な文章でも、些細な言い回し一つで受け取った方の持つ印象ががらりと変わってしまう可能性があるからです。今回送った文書で、早急な対応をしてくれることを期待するばかりです。(大)
10月25日(木)
会社決算の帳簿作成が、今日ようやく一段落しました。見直す度に数字が抜けているのを見つけたり、間違って別の科目に入れているのに気づいたりと、大詰めになって足踏み状態だったのです。毎日パソコンの画面で細かい数字ばかり見ていたので、疲れ目がひどく、ドライアイ気味です。今週末はゆっくりと我が目を休ませなければならないようです。
最近、通勤途中にあるスターバックスで、「本日のコーヒー」を買うのが楽しみになっています。店内でコーヒーを飲みながら新聞や本でも読めればいいのでしょうが、朝なのでテイクアウトして会社で新聞を読みながら飲むことにしています。毎朝ではありませんが、落ち着いたインテリアの店内に足を踏み入れ、「今日のコーヒーはどこのだろう」と思いながら、大ぶりの紙コップにたっぷり入った熱いコーヒーを受け取る。それだけでも日常に変化が生まれ、気分転換になるのです。
今朝は、レジ脇にコーヒービーンズの形をしたチョコレートがあるのを見つけました。以前カナダで食べたことがあったので懐かしくなって手にとると、「いかがですか」という女性の声とともに目に前に笑顔がありました。
シアトルタワー、BCフェリー、ツオーソンのターミナル、ビクトリアの穏やかな海岸・・・。もう雨のシーズンに入ったバンクーバーやシアトル周辺の懐かしい場所を思い出しながら、ゆっくりコーヒーを楽しめる自分の立場に感謝しました。(大)
10月24日(水)
仙台の繁華街・一番町商店街から、またひとつ老舗が姿を消します。「ヤナギヤ靴店」は、小社近刊の『仙臺・東一番丁物語 柴田量平選集』でも登場する一番町二丁目の店。「政宗公にちなんだ、カタメの麺の伊達ラーメン」でおなじみの「山水亭」のお向かいです。今年は何度このようなお話を紹介したことでしょうか。中心繁華街の専門店が次々と店を畳んでしまいます。中にはヤマハ仙台店さんのように大規模なリニューアルをするお店もありますが、それは極々稀なケース。これからもこの傾向は続きそうです。ヤナギヤ靴店ではクラークスのお気に入りの靴を2〜3足買った記憶があります。勝手な言い分なのは分かっていますが、馴染みのあるモノがなくなってしまうのはただただ残念でなりません。
実は昨日も、長年馴染んだモノにさよならを言ってきました。通っているスイミング・クラブの建物及びプールが取り壊しとなり、昨日が最後の練習でした。5歳の時から13年通い、その後10年の間を空けて今年の7月からまた通い始めたクラブです。取り壊しのことはクラブ復帰時に知っていました。復帰した大きな理由の一つも、残り僅かながら、馴染みのあるプールでまた練習したいという気持ちでした。初めてそのプールに入った歳の約6倍もの歳になりましたが、この4ヶ月は新鮮な気持ちで練習に励むことが出来ました。
今日の8時の練習終了を持って水抜きをはじめ、明後日から取り壊しにかかるそうです。そんな近々になくなる建物なのに、エントランスはきれいに塵が掃かれ、ギャラリーのガラス窓は曇りなく光り、ウォーミングアップルームの床はピカピカに磨かれていました。コーチから授かった水泳の技術や練習に取り組む姿勢だけでなく、建物の所々からもいろいろなことを教えてくれていました。目に飛び込んでくるもの全てに思い出がある空間で、愛しい気持ちさえ浮かぶ不思議な場所でしたが、30年に及ぶ日々がもたらした老朽化にはさすがに勝てなかったようです。
今季で中日ドラゴンズを勇退する星野仙一氏は、数年前のナゴヤ球場最終ゲームでのセレモニーで、「ありがとう、ナゴヤ球場。世界一のスタジアムだと思っています。いままでナゴヤ球場を愛してくださった皆さん、また来年、ドームでお会いしましょう!」と感動的なスピーチをしました。昨日の練習後の私も、そんな星野氏の思いに似ていたかもしれません。来年春には新しい建物と新しいプールが、我々クラブ員を迎えてくれるはずです。そこからはじまる新しいストーリーへの期待で、寂しさを少しでも紛らわしたい気持ちです。(小)
10月23日(火)
最近、写真がブームのようです。プりクラや使い捨てカメラに始まった気軽な楽しみ方から延長して、高価なカメラを持ち歩いて本格的に写真を楽しむ人が増えているとか。「延長」とは言っても、一眼レフを扱う上での必要な技術などはそうそう身につかないでしょう。それでも、写真やカメラに対して身近に思う気持ちは「延長」なのかもしれません。写真が趣味の有名人というと昔は皇太子殿下と橋本元総理が双璧だったように思いますが、最近では人気歌手などがいるみたいですね。きっとそんな影響もあるのでしょう。そういえば書店の本棚でも「話題の本」の棚に、街並みや普通の人々を写した写真集がよく並ぶようになっている気がします。
雑誌編集者をしていた頃に、私も自分で写真をとっていました。それらはほとんどが「必要写真」で、その写真で何を伝えるか、何のためにその写真を撮るかなどがはっきりとしているものでした。それ故簡単といえば簡単なのですが、当然ながらよりよい構図・演出など上には上があり、それがとても勉強になった気がしています。Aというものをメインに写真を撮る場合、ただAだけを撮れば良いわけではありません。周りにあるBを退けることでよりAが際立つこともあれば、CをあえてAと並べることでさらにAを際立てることもあります。こんなパターンは基本中の基本で、もっと多くのパターンの引出しを持っていれば持っているほど、その時最も理想に近いAの写真が撮れます。先輩編集者が撮ってくる写真の一枚一枚に、「編集者が撮る写真」の実力の差をよく感じていました。
これは、文章の編集でも同じことが言えそうです。一つの言葉・文章を際立たせたり力を与えたりすることには、その言葉・文章への洞察はもちろん、その前後の言葉・文章の扱いが大きく影響します。ロジカルに頼った主張に思えるかもしれませんが、文章を扱う上で「論理的である」ことはたいへん重要なことです。文章作成=言葉の切り貼りは時に+−×÷であり、その意味では理系学問の範疇にも思えることがあります。
多くの男の子がそうであるように、私も小学4年生頃の一時期、カメラにあこがれた時期がありました。あにれからずいぶん経ちますが、いまだに趣味で写真を撮った時期はありません。「いかに論理的な一枚を撮るか」というねらいで本格的に写真をはじめたら、いまの仕事役立つものがあるかもしれません。そこから何か新しいものを身につけられれば・・・。こんな動機で写真を始める人は少ないでしょうね。「必要写真」ではなく、撮りたいものを撮る「自由写真」こそ、写真の本当の面白さがあるのかもしれません。「撮りたいもの」より「書きたいもの」があるから、この仕事をしているのかも知れませんし。(小)
10月22日(月)
秋晴れに誘われて、昨日は仙台スタジアムで行なわれたベガルタ仙台と大宮アルティージャの試合を観に行ってきました。J1昇格をかけたJ2上位チームの争いは混沌としており、仙台にとっては正念場の一戦。冒頭に「秋晴れに誘われて・・・」とは書いたものの、一週間以上も前にチケットを買って当日を心待ちにしていました。相当な混雑が予想されたため、初めて開門前の時間にスタジアムに到着。蛇行した列の最後尾並んで入場を待ちました。スタジアム内へ入って席についたのが試合開始の約二時間前です。それでもどんどん席が埋まり、キックオフ時には立ち見も出る状態となりました。普段はイスの色しか見えないメインスタンド左側も、仙台のチームカラーである黄と青に。ついに仙台スタジアムが超満員となったのです。
試合中に発表された観客数は、19,200人強。スタジアムの最高記録更新です。人口約100万人の町の2%が集まったことになります。秋の晴れた日曜日、行楽にはもってこいの日にこの割合は、なかなか凄いのではないでしょうか? しかも企業先導のタダ券バラ撒きが少なく、ほとんどが有料入場者と見られるとのことですから、さらに評価に値するでしょう。
Jリーグの理念の一つである「地域密着」の度合いを測る際、仙台がその対象とされているという話があります。これまでサッカーがさほど盛んでもなく、高校サッカーの全国大会で優勝争いをする伝統高・強豪校もない街で、いかにプロサッカーチームが地域に根付くかという視点です。甲子園や高校駅伝でで時々活躍する仙台育英高校、ドラフト時期だけ注目される東北福祉大学野球部くらいしか、最近の仙台のスポーツは実績を残していません。そこに突然はじまった、プロサッカーの歩み。今年はシーズン開始当初から上位に位置し、残り5試合を残して一部昇格圏内という好条件のもとの判断となりますが、平均観客動員数が一万人を割らないという成果から考えると、かなりの浸透度と言えるのではないでしょうか? チームの成績うんぬんに頼らずとも、仙台スタジアムの熱気は、他都市に対して十分に誇りとなる仙台の魅力の一つにも成り得ていると思います。
昨日のゲームはやはり拮抗した勝負となり、前半取られた1点を後半40分過ぎのPKでタイにし、そのまま延長引き分けといういかにもホームゲームらしい結果となりました。帰り道ではセンダードプレスの主宰者である大泉浩一氏(同HP内今週の一大事!でも昨日のレポートあり)と遭遇。「仮にも山形(モンテディオ山形というJ2のチーム)に先に昇格された日には・・・」と、考えたくない事態に気を揉みました。他に高校時代の同級生と小社にやってくるヤクルト販売員の方にもばったり。知り合いにたくさん会うということも、いわばたくさんの人が来ている証拠です。次回仙台スタジアム開催試合は11月3日。地元・仙台市民の皆さん、是非ともスタジアムに行き、いっしょに応援しましょう。(小)
10月19日(金)
『仙臺・東一番丁物語 柴田量平選集』を持って、仙台文学館へ行ってきました。監修者の希望での献本だったのですが、ついでとばかりに見学もしてきました。
美術館めぐりや博物館めぐりを趣味にする人は多いようですが、私は各地の文学館めぐりを楽しみとしています。学生時代に行った金沢の文学館は、落ち着きも格調もありなかなかの雰囲気。数年前に訪れた甲府の文学館は、ユニークな展示方法と広いジャンルを網羅したバラエティ感が魅力でした。
我が街・仙台の仙台文学館は、展示点数にやや劣るものの、確実に仙台に根付いた文学・文学者に絞っている点に好感が持てます。旧制二高→東北帝大→東北大学という古学府を持つ学都でもありますので、
街の歴史がそのまま文学史になっているともみることが出来ます。
もう一つの魅力は、なかなか凝った企画展。現在は「キャッチコピーの100年 広告〜時代とことば」という題で、ここ100年の日本広告史を振り返る企画が催されていました。これがまた実に面白い。
貴重な戦時中の広告や、記憶にいまだ残る名文句などが一堂に並べられています。その中でも異彩を放っていたのが、「文学者と広告」。漱石や鴎外などの文豪が考えたといわれるコピーや売り文句(行きつけの料理店などにプレゼントした)が紹介されていました。このあたりが文学館ぽい発想ですよね。
同企画展は、明日と明後日で終了のようです。滑り込みで、たいへん面白いものを見ることが出来ました。週末は今日と同じく爽やかな秋晴れになるようですから、仙台近郊にお住まいの方は、仙台文学館に足を運んでみてはいかがでしょうか? (小)
10月18日(木)
今日はずいぶん冷え込んだ一日でした。特に朝は空気が冷たく、凛とした冬の朝を思い出しました。これからどんどん寒くなるんですね。冬物の準備もそろそろ必要です。
今朝テレビでは、シアトル・マリナーズとニューヨーク・ヤンキースのリーグ優勝決定戦を中継していました。日本シリーズも間もなく始まります。日本シリーズは昔は全てデーゲームでしたから、秋の日の中で選手たちがプレーするイメージがあります。特に西武ライオンズの黄金時代などは、西武球場の周りの木々の紅葉が、秋の日差しにきれいに浮かび上がっていました。それが数年前からナイトゲームになり、おまけにドーム球場が増え、まるで秋の雰囲気のないシリーズなってしまいました。すこし残念な気がします。
学生時代、本来ならデーゲームのはずの大学野球が、同じ球場を本拠地とするヤクルトスワローズの日本シリーズの為、ナイトゲームになったことがありました。たしか、日程調整上のミスか何かがあったはずです。日本シリーズ観戦後の客の波に逆流しながら球場へ行き、「リーグ史上初」の記録的なナイトゲームを観ました。選手も気合が入ったのか好ゲームとなり、とても得したような気になったのを覚えています。
ヤクルトスワローズは今年日本シリーズに出場しますが、日本シリーズがナイトゲームになった今は、そんな嬉しいハプニングもないのでしょう。おまけに、神宮外苑の木々の色づきもテレビには写りません。カレンダーの数字の上では狂いなくスケジュールが組まれているのでしょうが、数字を追うだけではなかなか季節を感じられません。それに伴う目・耳・鼻・耳の記憶がないと。日本シリーズ=秋の日差しという記憶を持つ人も、これからは減っていくばかりなんですね。(小)
10月17日(水)
今年の二月に沈没させられた「えひめ丸」の中から、一人の遺体が発見されたそうです。遺族の方の「だれかはわからないが、船の中にいることがわかっただけでも前進」というコメントには身の詰まる思いです。何からの「前進」なのか? 本当に「前進」なのか? 窺い知れない心に対し、過度に気持ちが動いてしまいます。悲しみは新たになり、やり場のない怒りが再び込みあげることでしょう。米海軍に対して堂々と引き上げ・捜索を要求し、8ヶ月に及ぶ時間を静かに待ち、そして目の前の現実を「前進」と捉える。遺族の方々には、贈る言葉も見つかりません。
沈没させた潜水艦の船長・ワドルは、海軍を辞めて一般企業に再就職が決まっているそうです。手をつないで一緒に裁判所に来た妻も、家計に安心していることでしょう。所詮は“権利”だけで過ごした300年足らずの歴史しか持たない国の軍人たちです。ワドルは最近のインタヴューで「愛媛に行き、遺族と話をしたい。こちらはその気持ちはある」と言っていました。事故直後の言動にはほとほと呆れさせてくれましたが、8ヶ月たった今でも寝ぼけたことを言っています。これは個人の資質の問題なのでしょう。あくまで「個人」であって、米国軍人の皆がそうでないことを祈ります。報復攻撃の誤爆で命を落としたり怪我をした人々への対応は、果たしてどうなるのか。断っておきますが、ワドルが「誤」かどうかは別です。並立しません。
願わくば行方不明9人全員が見つかり、家族の手によって帰郷されることを。たとえ「前進」の行先が悲しい場所であってもです。これは、同じ日本人としての気持ちではなく、人間としての気持ちのような思いがします。(小)
10月16日(火)
会社決算の書類や帳簿作成で、数字とにらめっこの毎日が続いています。一昨年までは業者に頼んでいたのですが、昨年初めて自力でやってみようということで、総勘定元帳など必要な帳簿類作成に挑戦。時間はかかったものの、何とか出来たことで自信がつき、今年もまた自力でやることにしました。
本の森で仕事を始める前は、会社経理まで担当することになろうとは夢にも思いませんでした。毎日の現金の出し入れ、記帳、銀行での振込み、領収書類の整理、売上や在庫の管理等、初めの頃は訳のわからないままやっていましたが、ようやく自分のアイデアやペースでできるようになってきました。
それもこれも、やはりパソコンの存在が大きいと思います。エクセルの基本的な使い方が分かるようになって、計算や書類作成の煩わしさが緩和されたように思います。
1年間毎日毎日記帳していた数字を、科目ごとに整理して帳簿を作成していく作業は、手ごわい原稿を読みやすいように編集していくのにも似ているような気がします。
ただ、昨年は税務署への所得申告を、期限が過ぎた上に御用納めの日の午後4時過ぎに持ち込んだという「実績」があるので、今年は心を入れ換え、期限厳守、早期申告でいこうと思っています。(大)
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