本の森通信 7月号

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7月15日(金)
今月末の仙台市長選まで約二週間となった。昨日の夕方、スイミングクラブに行く途中にも、仙台駅東口で立候補予定者の演説会に集まる人の波を見た。地元紙では大きく紙面を割いているが、正直なところ、市民の関心はそれほど高まっていないように思える。考えてみれば、今年は国会議員の補選から始まり市長選・知事選と選挙が続く。衆院解散→総選挙ということになれば、また選挙が増える。任期に伴うこととはいえ、同じ一年にいくつも重なる続くもどうかと思う。

市長選の焦点になるともならないとも言われている、市営地下鉄東西線問題。賛も否も様々な方向に拡がっており、ここもまた市民の関心を集めるまでに至っていない印象だ。ただ、昨年春に刊行した『地下鉄東西線計画25の欠陥』の売り時は今である。朝から市内の書店を廻って売り込んでみると、さすがは地元書担当の書店員さんたち、どこの書店でも鋭い反応が返ってきた。「投票日まで面陳しますからすぐ入れてください」「すぐに注文出しますから、注文書を置いていってください」と、短期間で売るねらいをつけてくれているようだ。

どこの書店でも、当然市長選のことに話が及ぶ。そこから仙台市民の気質に進み、その気質と本の売れ方に話が至る。立地や客層などはお店ごとに違うのに、そのような分析はどの店でも一致してくる。こういう情報を一日で集められるのも、書店廻りの重要な成果の一つだ。逆に、廻っているとその書店さんの状況もなんとなくわかってくるようになる。いつも以上にバックヤードが忙しそうなので「お忙しそうですね」と声をかけると、案の定「今日、突然一人体調崩して休んじゃって・・・」。一人休んだだけで、他のスタッフの動きも大いに変わってくるようだ。その店長さんには、「今日は暑いし、昼をしっかり食べないと身体が持たないよ。カレーの大盛り一緒に食べようよ」とお昼をご馳走になってしまった。

前述の『地下鉄東西線計画〜』は、現行の計画の不備を指摘し、よりよい形での都市交通網とまちづくりを提案する内容のものだ。この欄をお読みの仙台市民で有権者の方は、ぜひご一読いただきたいと思う。市長選へ関心を持つきっかけにもなるかもしれない。(小)
7月14日(木)
『東北ふるさとの昔ばなし』を先月出版したばかりの佐々木徳夫さんが午後に編集部に現れ、次作の原稿を置いていかれた。本人から「執筆を始めましたよ」とは聞いていたのだが、あまりにも早いペースに驚いた。受け取った原稿を見て二度びっくり。かなりのボリュームである。さらには、順序を推敲された目次までご用意いただいていた。今明かすのも変な話だが、佐々木さんの昔話シリーズは目次作成にもずいぶん時間をかけている。読者にすんなり入ってもらえるように前半に分かりやすい話をまとめたり、同じような話が続くのを避けたり、あるいは意識的に並べたりと、まるでパズルをするような作業をじっくり行なっている。今回は佐々木さん自ら順番を考えていただいたようで、何とも心強い。

前作でたいへん好評だった昔話の解説・採集時のエピソードなどを今回も書いてもらうこと、そして挿画はこれまでの三作と同様に伊澤清さんにお願いすることなど、いくつかのことを決め、正式に原稿を受け取った。早速入力作業を進めなければならない。「今度の原稿は全部原稿用紙だから、見やすいと思うよ」と佐々木さん。これまでは、以前個人的にまとめたもののコピーや、かなり古い用紙に粗く刷ったものなど、原稿として預かるものもバラバラのかたちをしていた。今回のものは、ずべて新しい原稿用紙に丁寧に手書きされたものだ。確かにこれなら入力もしやすい。それと同時に、これはなかなか貴重な生原稿である。刊行の暁には、一部だけでも強請ってみようか。

これまで三冊の本の出版をお手伝いしたが、いずれの場合も、最初の原稿入稿時には佐々木さんが編集部に持参されていることに気がついた。校正のやりとりなどは、ほとんどの場合こちらからご自宅に出向いている。「最初の原稿は自分で出版社に持っていく」というのは、もしかしたら佐々木さんご自身の決めごとなのかもしれない。四冊目にして気づくとは相変わらずの観察力不足だが、ここで気づいて良かった。そんな決めごと・リズムがあると知ると、預かった原稿がより重く感じるようになる。この気持ちを忘れずに、明日から編集作業を始めよう。(小)
7月12日(火)
午前中は原稿チェックに集中。今度担当するのは、岩手県一関市在住の弁護士・千田實先生の新刊だ。『田舎弁護士の大衆法律学 民法総則の巻』に続く大衆法律学シリーズの第2弾で、今回は「保証の巻」である。「保証」というのは「親の遺言で、『保証人にだけはなるな!』と言われてるんだ・・・」などという時の「保証」で、「主債務者(「借主」「被保証人」とも言う)の債務を保証する「保証人」になることの危険を書いている。

これまでの著作では、農協裁判や医療過誤裁判の問題点を追及してきたが、いずれも著者自身が受任した事件を題材にしている点が特徴である。それゆえ読者の方より、「わかりやすい」「リアリティがある」との評価を得てきた。今回も同じように、著者が受任した二つの倒産整理事件を通して、「保証」あるいは「保証人」というものの実像を描き出している・・・と書いていて、ちょっと間違いに気づいた。実はこの本に登場する二つの倒産整理事件を、著者は受任して終えているわけではない。二つの事件とも、倒産整理の作業に入る前に経営者が自殺してしまっているのである。結局その生命保険金により、最初の趣旨とは違う債務整理をしたということになる。

著者は、倒産整理の処理中(これまで300件以上の会社整理を受任したそうだ)にその経営者が自殺してしまうという事態を、これまで十数件経験しているという。債権者側の関係者として経験したものも加えると、その数は二十件以上になるらしい。ほとんどが地域の中小企業経営者で、数千万円から数億円の負債を抱え、情に絡む借金を重ね、事業が続けられなくなっての結果だ。事業不振で行き詰った際、中小企業経営者の多くは、会社を整理し、自己破産して再出発することへの覚悟はつくという。しかし、一番のネックとなるのが保証人の存在だ。自分は自己破産して復権すればゼロからの再スタートができるが、保証人への債務は消えずに残るのである。保証人になってもらうのは、身内や恩人・友人など深いつながりのある人が普通だ。自分だけ身をきれいにしておいて、保証人には迷惑をかけるというところに、主債務者の心を切り裂くほどのジレンマが生じる。そして、お世話になった保証人に迷惑をかけながら生きるよりも、いっそ死んで生命保険金で全てを清算しようと考えてしまう。

このような考えを持って自殺する中小企業経営者を、なんとか止めたい。事態が深刻になる前に、事業整理のタイミングをしっかりと見極めてほしい。それが今回の本を書くにあたっての、著者の執筆動機である。そして、「親の遺言で、『保証人にだけはなるな!』と言われてるんだ・・・」という台詞よりもより厳しい言葉をもって、保証人になることを戒めている。曰く「あなたの保証人になることは、あなたを殺すことになりかねないから、保証は絶対にしない」。前者が保証人のリスク(保証をしたことによって、自分の財産を失うかもしれない)を説いた台詞であるのに対し、後者は主債務者(借主、被保証人)のリスク(自殺で生命を失う)と保証人のリスク(主債務者を自殺で失う)の二つを説いている。これを端的に表現する言葉として、サブタイトル的扱いで「情が仇、仇は情」と入れる予定だ。

本文では保証制度そのものの是非や、会社整理後の優先債務に対する疑問など、実務派弁護士ならではの視点で語られる箇所もたくさんある。中小企業経営者はもちろんだが、「保証」を頼んだり頼まれたりというのは、日常の社会生活の中で珍しいことではない。その点から言えば、社会のプレーヤーとして生きるすべての人=“大衆”が読者対象になると思われる。来月末の完成予定で進行している。こう、ご期待あれ。(小)
7月8日(金)
ジュンク堂仙台ロフト店に、面白い棚ができていた。「熊谷達也書店」「三浦明博書店」「伊坂幸太郎書店」と、仙台在住で活躍する3人の作家さんの名前が冠されたもので、それぞれご自身の著作のほか、オススメ本が20点ほど並べられているのだ。オススメ本には一点ごとにオススメ文まで添えられており、実にいろいろな楽しみ方が出来る仕掛けになっている。好きな作家さんの本棚を覗くような感覚で楽しむもよし、その作家さんが描く作品世界の「原点」を探すのもよし、さらには「これは私も読んだ!」という一冊があれば、共通の愛読書を持つちょっと身近な存在としてその作家さんを感じることもできる。

一冊一冊をよく見てみると、本当に面白い。たとえば三浦書店にある「宮澤賢治詩集」を見て、「あれ? これは伊坂書店で売る一冊では?』」などと、伊坂作品に登場する賢治の詩を思い出してみたり、「泣ける本が良いというわけではありませんが、私はこの本をドトールで読んで大泣きしました」などというオススメ文を見て、ついついその姿を想像したりしてしまう。書店側のアイデア・試みも洒落ているし、それに応える3人の作家さんの心意気も素敵だ。仙台を拠点とした素晴らしいコラボだと思う。感動の証に「熊谷達也書店」に並んでいた『ソロモンの指環 動物行動学入門』をはじめ、各書店で一冊ずつ購入した。

レジを離れると、小社本が並ぶ棚に見覚えのある人影を発見。『教育の冒険』の著者である大泉浩一さんだった。現在、地元タウン誌で書評欄を担当されており、次号用の本を選んでいるという。すかさず『東北ふるさとの昔ばなし』を取り上げてくれるように掛け合ったが、失敗。悔しかったので、そのまま大泉さんの本選びについて歩くことに。半ば嫌がられ(半ばどころか、8〜9割は迷惑だっただろう)ていたが、真摯におせっかいをする。結局、勝手にセレクトした一冊を強引にラインナップに加えてもらった。大泉さん執筆の原稿が、今から楽しみである。匿名で「けしからん! あの本の良さをわかっとらん!」などと投書するのはやめよう。

その後大泉さんと一緒に昼食をとる。来週、大泉さんは盛岡にイーグルスの試合を観に行くそうだ。平日夜のナイターなので、日帰りの強行軍だという。羨ましく思い「でも、いいですね。仕事なんですから」と言うと、「ううん、遊び」という返事。羨ましさに、尊敬が加わった。大泉さんはそんな愛するイーグルスについて、「イーグルス戦記」として不定期発表されている。さすがは仙台を代表するスポーツ・ライターで、その筆力が堪能できるページである。ぜひご一読を。(小)
7月7日(木)
仕事で必要な資料を探しに、榴ヶ岡図書館へ。仙台駅東口近くにあるこの図書館は、取次店への納品の行き帰りなどに立ち寄りやすく、その気になればもっともっと利用できる施設である。規模もスペースも小さいが、いつも満足できる一冊を見つけることができる。

エレベーターを降りると、図書館入口正面に「今週のオビ」なる掲示を発見。タイトルと著者名の手書きPOPの脇に、オビの現物が貼られている。おそらく、その週に入荷した新刊書籍のオビからいくつかを選び、掲示しているのだろう。ご存知のとおり、図書館の本にはオビがない。入荷した時にはちゃんとついていても、外してしまうそうだ。図書館の本は表紙カバーにコートがけするので仕方ないかもしれないが、オビも装丁デザインの重要な一部分だし、そこに書かれるオビ文も、担当編集者等が頭を捻って作るものである。当事者として、正直言ってちょっと残念でもある。それを救ってくれるかのようなこの試み、実に面白いではないか。オビやオビ文の役割は購買意欲を煽ることでもあるので、来館者がこの掲示で気になるオビを見つけ、その本を読んでみよう、借りてみようとなる可能性は高い。無駄がなく、リサイクルでもあり、利用者への確かな情報提供にもなる。考えれば考えるほど、上質のサービスだ。

目的の本を2冊見つけ、せっかくなので他の棚も見てまわる。絵本の棚近くに子どもが遊べるスペースがあり、そこにはぬいぐるみまで置いてある。ちょっと期待していた「追悼 長新太コーナー」はなかったが、棚に並んでいた長新太作品を数冊読む。やはり不思議なストーリーのものが多いが、なぜか惹かれる。教育や道徳を題材にした絵本もいいが、こんな「?」な作品に親しむのもたまには良いのではないかと思う。実際に読んでいて様々なイメージが膨らみ、想像力をめぐらす楽しみがあった。「あなたの知能レベルが・・・」と言われればそれまでだが・・・。

帰社して借りてきた本を読み始めると、ちょっとした書き込みを見つけた。本の内容は法律関係のもので、文章を図表化した部分の「引受呈示」の文字を、鉛筆で二回囲んでいる。身近に法律問題を抱え、この本を借りて読んでいるうちについつい書いてしまったと推測できた。鉛筆書きであるので消しゴムで消そうかと思ったが、上手く消せるかどうか、下手にやってページを破ってしまってはまずいと思ってやめた。今後この本を借りた人が、この書き込みを見つけて不快になることよりも、かつて同じ本を借りた誰かがどんな気持ちで読んだのか、その書き込み一つで思いをはせることの方が多いような気がしたのも理由だ。そんな、時や場所を越えたつながりができるのも、本の持つ力の一つであると思う。もちろん、公共のモノに書き込みをするのはいけないことだ。奨励するつもりはさらさらない。でも、もし偶然見つけたら、「先に読んだ先輩」のことを少しだけ思ってみるのもいいかもしれない。そして返す時に、書き込みがあった旨を図書館スタッフさんに伝えればいい。するとまたしばらく後で、書き込みがあったページを開きに、その本を求めて図書館に行きたくなることだろう。(小)
7月6日(水)
東京での雑誌編集者時代にお世話になった櫻井秀勲先生から、近著を2冊いただいた。先日『東北ふるさとの昔ばなし』を献本し、すぐに丁重なお礼状をもらったのだが、さらに本まで頂戴してしまった。出版界ではよくあるやり取りで、自著または担当本を広く献本し、そのお返しにまた自著や担当本を贈る。私の場合は著作などないので担当本ということになるが、小冊子類も含めれば贈った本より頂戴した本の数の方が多いだろう。少しずつでも、お返ししていかなければ。

今回いただいた本、まず一冊は『30代では遅すぎる! 20代の生き方戦略』。30代の自分としてはなんとも怖いタイトルだ。内容は、櫻井氏の得意分野の一つである成功指南・生活訓もので、「35歳までに成功の端緒をつかめ!」「部下は上司とメンターと弟子の関係を築け!」「成功のためには習慣をつくる!」「20代のうちに初期10年間の生き方を決める!」「成功に導く恋愛・結婚をする!」「知性と教養を身につけよ!」「20代で何がいちばん重要か?」の七つの章から成っている。目次を見ると「広い家より広い人脈を持つことを目標にする」「苦あれば苦、楽あれば楽がある」「つまらないものでもおもしろがる」「歴史観を持つと仕事の幅が広がる」など、読んでみたくなる小見出しがたくさんある。また、章末に成功検定テストがありこれが面白い。一つを例に挙げる。「取引先の大事なお客との打ち合わせで、知らない単語が三つも出てきた。あなたならどう対処する? @恥ずかしくても教えていただくA知っているふりをするBトイレに行って電子辞書で調べる」さて、あなたならどう行動するだろうか? ちなみに同書の中では@を3点、Aを0点、Bを5点と判定している。理由は同書の中で。ちなみに氏はこんな本も書いていらっしゃる。

もう一つは『男心をつかむ心理事典』。ピンクの囲み枠にピンクのオビ、そしてストレートなタイトルと、30代男性としては書店で手にしづらい一冊である。氏の異名は「おんな学の神様」。長年にわたり女性誌の編集長を務め、女性に関する多数の著作をお持ちだ。その櫻井女性論の最新のものが詰まった一冊である。この本もまた目次が面白く、「いい男が絶対選ばない女六ヶ条」「ほかの女性とはひと味違う、と思わせる三原則」などは笑って読める。具体的な例が多くてちょっと読むのが恥ずかしい箇所もあるが、取り上げるのは一貫して「人間関係論」であり、おふざけだけの内容では決してない。ただ、やはり女性が読んで面白がる一冊であろう。意外な真理を衝かれたり、自分だけしか考えていないと思っていることが、実際は他人も同じように考えていることがわかったりと、「目からウロコ」風の驚きも多くあると思う。

実は読みかけの雑誌・単行本がたまっているのだが、この2冊はすぐに読んでしまいそうだ。櫻井氏の本は不思議と速読できるものが多く、それでいて頭に残るものも多い。これはテーマに限らず共通したことだ。このあたりが、名編集者・名編集長と呼ばれた氏の文章の凄さなのかもしれない。業界の後輩としてそこをなんとか盗むのも、櫻井本を読む時の楽しみでもあり自ら課していることでもある。(小)
7月5日(火)
午後から仙台文学館へ。敷地内の湿地に架かる橋から下を見ると、ハナショウブ(カキツバタかも)がきれいに咲いていた。クルマで行けば駐車場への道を登るだけで素通りしてしまうのだが、バス利用&徒歩だとそんなことにも気づくことができる。早速「不便」の効用か? もっとも、バスに乗っておいて不便というのもないだろうが・・・。

約束の時間よりも早く着いたので、本棚近くの展示物を見る。最近掲載の文学に関する新聞記事の切り抜きや、地元作家の代表作などが並んでいる。先日地元紙に載った『東北ふるさとの昔ばなし』の記事もあり、ちょっと嬉しくなる。近くのテーブル席の脇は雑誌棚になっていて、文芸誌の最新刊をはじめ地元の同人誌(小説・詩・歌)も揃っている。その奥が開架の本棚で、日本近代文学に関する様々な書籍が所蔵されている。この本棚、本当に素晴らしいのだ。同館主催の文学講座に何度か参加したことがあるのだが、その講義を終えてからちょっと復習しようとこの棚に行くと、絶好の一冊が簡単に見つかる。作品そのものに限らず、作家紹介や作品評論の類の書籍もあるので、より立体的に知識を整理することもできる。おまけに初版復刊本のコーナーなど本マニアの心をくすぐるものもあり、時間をかけて見れば本当に楽しい。たった4台の棚なのだが、その楽しみ方ははかり知れない。

文学館や図書館など、本のある公の館の楽しみ方を知ったのは、ここ4〜5年のことだ。それまでは、なんだか堅苦しいイメージがあって、その場で本を読もうとはほとんど思わなかった。その面白さがわかり始めたのは、文学館や図書館にある本が「生きている」ということに気づいてからだ。一見、ただ棚にあるだけのようにも思えるが、全ての本は借りられる時を待っているのだ。その点では、息を殺して静かに生きているようにも思える。一方、発売日を待ちわびて買ってきた新刊本は、新芽のような生き生きとした生命力がありそうだが、一度読んで個人の本棚に置かれると、もうその役割を終えたようになってしまう。図書館や文学館にある本と比べて、新しくて綺麗かもしれないが、本当に息づいているのはどちらかと考えると・・・本は読まれてこそ生きると考えれば、やはり次に読まれる可能性の高い本の方が長い本生(「人生」ではなく「本生」。飲むと美味しい「ほんなま」ではない)であると思う。

本が生まれる過程にはずいぶんと関わってきたし、本の育て方についてもある面(宣伝告知や販売などもその一つだろう)では毎日のように携わっている。しかし、その後の育ち方や生き方、さらには死に方まではなかなか接することができない。何をもって「本の生き方」なのか、どんな時が「本の死」なのかは、まだよくわからない。それでも、きっとそんな過程や瞬間があるような気がしてならない。出版人として、読書人として、そんなことも少し考えていこう。(小)
7月4日(月)
7月のはじまりとともに梅雨が本格化。今週はずっと雨模様らしい(こんな日はCDショップでミュージックを聴いているのか?)。梅雨=6月というのはイメージだけの話で、実際は7月が本番。夏の前に我慢の時期ということか・・・。

今日は著者の方と一緒に書店へ。地下鉄にも乗って8店ほど廻った。今日の売り込み商品は写真集で、宮城県と山形県ににまたがる船形山(標高1,500M)の自然の風景を撮ったものだ。著者の桜井洋次さんは船形山の森に魅せられて、10年間そこに通いながら写真を撮り、現在は山歩きのガイドなどもされている。36ページにわたる写真は、美しいものばかりではなく、むしろ普段の森の姿を切り取ったものが多い。それだけにリアリティがあり、ところどころに挿入される言葉も考えさせられる不思議な力が漲っている。

書店を廻っている途中、桜井さんが講師を務める山歩きツアーや写真教室の話になった。そこで「便利っていうのはダメですね。参加者の皆さんも、最初から便利さを知っちゃっている。不便じゃないと、工夫もしないんです。不便は創造の源ですよ」とおっしゃっていた。
なるほど、確かにそうかもしれない。以前『名工に学ぶ』の編集を担当した時にも考えたことだが、人間が使う道具というのは、そのほとんどが「不便」から生まれたものだ。何かをする時に不便だから、なるべく便利にやるために道具を工夫し、創造する。その過程には長い時間とたくさんの人の手がかかっているわけだが、完成された「便利」からそれを想像することは残念ながら少ない。

ちょっと誤解を招くかもしれないが、不便と仲良くするのもいいと思う。仕事では合理性や結果が必要なのでなかなか難しいかもしれないが、普段の生活では便利を放棄して不便を味わってみる。そうすることで、創造力が高まるなんてこともありそうだし、必要に迫られて捻り出す工夫もあるかもしれない。とりあえずは、この梅雨の不便から何かを考えようと思っている。(小)

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