本の森通信8月号

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8月29日(月)
新刊書『天地有情』(土井晩翠)の店頭状況を調べに書店を廻っていると、またもやある一枚のポスターに胸を打ちぬかれてしまった。雑誌『coyote No.7』の特集タイトルは、「動物園へ行こう」。ポスターは不機嫌そうなゴリラで、実際の装丁はカバ。前号の植村直己特集もポスターにやられて買って大満足の内容だったので、今号も迷わず一冊買った。

読むのがもったいないのでまだほとんどページを開いていないのだが、“旅する雑誌”の同誌が何故動物園特集なのか? でも、ちょっと考え始めると面白いことがどんどん浮かんできた。動物園の持つ独特の世界は、こちらから見れば非日常な空間である。そう考えれば、動物園の門をくぐることがそのまま旅(Journey ではなくtrip)のはじまりだ。実際にはマドリッド・北京・愛媛の三つの動物園のレポートと、いくつかの興味深いテキストで構成されている。

最も注目したいのは、井上陽水氏と川上弘美氏の対談だ。しかも場所が東京・武蔵野の吉祥寺自然文化園ときた。学生・社会人を過ごした思い出の街の小さな動物園で、仙台市太白区の八木山動物公園の次に馴染みのある動物園である。どうやら二人とも井の頭周辺に所縁があるそうで、特に陽水氏は三鷹駅最寄に住んでいたそうだ。となると、あの名曲で歌われているペリカンは、井の頭にいたペリカンなのではと想像が膨らんでしまう。対談は“井の頭のベテラン”である川上氏が陽水氏をリードして、動物園の各所を廻りながら進む。この、知る人が知らぬ人をリードする様子や、目の前の動物によって話題が変わるあたりなど、まさに「動物園的」とも言えるものだと思う。その特徴はいしいしんじい氏と角田光代氏の対談でも際立っている。そしていつもお決まりの本紹介は、49冊の動物園本。これは早く家に帰って、ゆっくり読もう。

ちなみに同誌の次号は「沢木耕太郎 旅が始まる時」。先日、ある沢木ファンから強く読書を薦められ、また別な沢木ファンからも「絶対に読むべき一冊」を提示されたばかりである。再来月の発売日まで、何か一冊読んでみようと思っている。(小)
8月26日(金)
今月の新刊書『天地有情』(土井晩翠)が今日納品された。これは市内青葉区にある仙台文学館による「仙台文学館選書」の第一弾で、小社は制作と販売代行を請け負っている。これまでも同館には「ミニ展示 仙臺・東一番丁物語」でお世話になったり、または個人的に同館主催の講演会や講座に参加したりと、様々なつながりを持っていた。今回の仙台文学館選書の企画がスタートしたのは今年の冬で、それ以降ずっと時間をかけて進めてきて遂に完成まで漕ぎつけた。あらためて手にしてみると、ツヤ消しPP加工のカバーの手触りといい、200ページにまとめたコンパクトさといい、分かる人には分かる装丁デザインといい、はじめての打ち合わせで文学館のご担当者から言われた「シンプルでモダンな本にしたい」というご希望に応えられる一冊が出来上がったと思っている。

土井晩翠といえば地元・仙台を代表する文豪で、街を歩いていても「晩翠通り」「晩翠草堂」など名前が冠された道や所縁の地などがある。また、仙台市内には晩翠作詞の校歌を持つ小学校が複数あり、そのうちの一つである仙台市立町小学校では土井晩翠校歌資料室を作り、晩翠が作詞した全国各地の校歌を集め、その業績を讃えている。そういう意味では、ただ所縁のある文豪というだけでなく、仙台市民にとって所縁もあり馴染みもある文豪ということになると思う。

晩翠の名前が一般に広く知られているのは、やはり「荒城の月」の作詞者としてであろう。この「荒城」がどこの城なのか、晩翠がモチーフとしたのはどこの城なのかについては、幾つかの説がある。仙台生まれで仙台育ちの晩翠があの詩を書くとき、地元の青葉城が全く頭の外にあったとは考えにくい。同書収録の「青葉城」という作品にも「君が城あと今いかに」と、「むかしの光いまいづこ」に近いものを感じさせる箇所もある。真相は専門家に委ねるとして、同じ仙台生まれの仙台育ちとして、「荒城」は青葉城であると確信して生きていこうと思っている。

『天地有情』は晩翠の第一詩集で、全41作の詩が収められている。本来は「荒城の月」は入っていないが、今回は復刊記念として特別に収録した。作品すべてに丁寧なルビをふっている(この作業は本当に苦労されたようだ。文学館学芸室長のMさん、本当にお疲れさまでした)ので、晩翠特有の格調高い七五調が声に出して楽しめる。活字を大きくし、字間もゆとりをもって配列しているので、ご年配の方でも読みやすいと思う。また、本体価格800円という価格設定も公共施設の刊行物ゆえに実現できるもので、実にお得な商品といえる。お求めは小社HPまたは市内主要書店にて。もちろん仙台文学館でも販売しているので、常設展での晩翠の展示を観た後に、一冊購入してその詩の世界に浸ってみるのもいいだろう。(小)
8月24日(水)
いやぁ、こういうこともあるのか。

今朝朝刊を読みながら食事をしていたら、広告欄に大きなサイズで『山田真哉の結構使える!つまみ食い「新会社法 図解』が載っていた。ベストセラーになっている『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の著者による「プロデュース+編著」となっている。先日のこの欄でも書いたが、『さおだけ屋〜』を読み終えた人の多くは、「この著者の本なら、もっと読んでみてもいいな」と考えるであろうと予測される。それゆえ、今後この著者がどんな本を書いていくのか、言い換えればどんな本を書かせる出版社が出てくるかを楽しみにしていた。そこへ今朝の朝刊の大きな広告である。「新会社法」というのがちょっと一般ウケしづらいテーマかとも思ったが、「結構使える!」「つまみ食い」という言葉は、この著者にふさわしい訴求力がある。書店の店頭で見つけたらちょっと手に取ってみようと思っていた。

昼過ぎに会社に届いたものの中に、後輩編集者からのものがあった。いつも自分が担当した本を送ってくれる、なかなかかわいい後輩の一人だ。ここしばらくは新書を担当していたはずだが、今日の封筒はサイズが大きい。何の本だろうと開けてみると、なんと中から出てきたのがこれ。その後輩の担当本だったらしい。一筆箋には「本の森通信で書かれていた山田氏の新刊を担当しました。おかげ様で順調に売れています」とある。早速本を開いて読み始めてみた。

全79ページは文章と図解がほど等分の割合で構成されており、章の終わりにはコミカルな四コママンガが付されている。図解のレイアウトは大胆なつくりで、ちまちました図解が多い法律解説書の中ではかなり分かりやすく工夫されていると思う。かといって内容が薄いわけではなく、「結構使えるINDEX」(=さくいん)を見ると専門用語や難しそうな言葉が並んでおり、カテゴリーから言えば専門書であることを最認識させられる。この手の図解本は最初だけ易しく、進むにつれて難しくなる傾向があり(もっとも、知識を深めていく過程では当然なのかもしれないが)、読了するのは意外と困難だったりするものである。その難点を、山田氏の特徴を活かしてどう克服しているか、興味深い。

基本的には来年施行の「新会社法」を知るための本なので、ど真ん中の読者層となると起業を目指す人やその関連職種の人ということになる。さらには「知っておいて損はない」とまで言えるほど普及している法分野のテーマでもない。しかし、会社のしくみを知り、日々の活動がどのように法律と関係しているかを知るのは、すべての会社人にとって面白いことかもしれない。そういう意味では、会社に所属している人全員が広い読者対象と言えると思う。特に小社のような文字通り小さな会社の会社人にとっては、「知っておいて損はない」どころか「知っていなければならない」という知識も多くあるだろう。心当たりのある方、一緒にこの本を読んでみてはいかがか? (小)
8月23日(火)
サンマを食べた。宮城県北にあり、サンマの水揚げでは全国トップクラスの気仙沼に揚がった、正真正銘の生サンマだ。ちょっとご縁のある方から直送してもらい、まだ口の先が黄色いうちに塩焼きにした。今年のサンマは大きいとニュースで言っていたが、体長もあるうえに身が太い。住宅街で七輪で炭火焼とはいかないのでグリルで焼いたのだが、三尾並べると窮屈そうで、しかも焼けるまで時間がかかる。秋刀魚とは書いても、刀どころか菜切り包丁のような身の厚みなのだ。いったいどんなサンマなのだろうかと、焼き上がって皮と身の間の脂がプチプチ、ジュウジュウと音を立てているうちに箸でつまんで口に放り込んだ。うまい! 身がふわふわしており、噛み締めると脂と旨味が舌の上にあふれてくる。まだ脂の乗りは少ないものの、この身のやわらかさと焼けた皮の香りは格別である。ここ数年で考えても、一番の味かもしれない。尾びれの付け根まで身に旨味があり、文字通り丸ごと食べられる。いやぁ、素晴らしい味にめぐりあった。

仙台市内のスーパーや鮮魚店だと、シーズン最盛期には一尾50円くらいでサンマが買える。どんなに美味いサンマでも塩焼きばかりでは飽きるので、我が家では煮付けにする。作り方はとても簡単で、頭と尻尾を落としてブツ切りにしたサンマ(一尾を3〜4等分する)を、ショウガ・ニンニク・梅干とともに醤油味で煮る。ショウガもニンニクも刻んだりすりおろしたりせず、丸のままだ。落し蓋をしてクツクツと、骨が柔らかくなるまで煮る。出来上がりのアツアツを白い御飯に乗せて食べても美味いが、多めに作って残りを冷蔵庫で取っておいても長く美味しく食べられる。一緒に煮たニンニクや梅干にもちょうどいい味がついている。圧力鍋などなくても簡単に作れるので、ぜひこの秋は試していただきたい。

そう言えば、大学の先輩方が毎年一回集まり、千葉(たしか銚子だったような・・・)で揚がったサンマを七輪で焼いて食べるという楽しいイベントをやっておられた。お誘いいただいて一度だけ参加したことがある(大学の校舎の屋上が会場だった)が、東京での一人暮らしでは決して味わえない美味いサンマだった。たぶん、一人で三尾くらい食べてしまったかもしれない(先輩ごめんなさい。おなかも空いていたのです)。
しかし、昨日のサンマはその時のサンマに勝るとも劣らない、いや、それ以上に美味いサンマだったと断言できる。自宅の屋根の上にのぼり、サンマの会の企画主催者の一人が住む神奈川県川崎市方面へ向かって、「こっちも負けてないぞ〜っ!!」と叫びたい気分だった(七輪の煙以上に近所迷惑だろう)。T先輩、今年のそちらののサンマはいかがでしょうか? (小)
8月22日(月)
残暑が厳しい。近づいている台風のせいか湿っぽい風がどんよりと吹いている。おまけにここ数日の天気予報も外れ続きで、雨を警戒して自転車をあきらめたら晴れ間が広がるなど、ちょっと後悔する週末になってしまった。

先週金曜日に買った本を二冊読了。こちらは本当にあっという間に読み終えてしまった。話の進め方のテンポもいいし、文章も簡潔でわかりやすい。ちょっと物足りいないような、もう少し専門分野に足を入れてみたいような気にもなるが、そこで止めておくのがまた上手いところなのかもしれない。それゆえ思ったのだが、これを読み終えた後に、同じ著者の会計入門本を買う人が多くいるのではないだろうか? 特に初めて会計本を読んだ人(つまりこの本の想定読者層)なら、「この人の書いた本なら、ちょっと専門的でも読めそう」「このノリで説明してくれるなら、もっと難しいことでも分りそう」と考えると思う。そんな“入口本”でありながらベストセラーになっているのだから、この著者の「数字センス」は相当なものだと言えよう。

その一方で、これは心落ち着けて、じっくりと読み進めた。道元禅師が、人手による自然荒廃に心を傷めていたこと、さらには詠んだ和歌がその戒めとともに、自らの心の慰めにしていたことなど、知識本というカテゴリーの割にはグッとくるところがあり、読んで満足できる一冊だった。道元禅師のことを知ろうとして「正法眼蔵」にチャレンジしても、難しすぎて挫折してしまう。でも、この本ならその人間としての一面を垣間見ることができるだろう。興味のある方は、49首収められている和歌だけでも拾い読みしていただきたい。拾い読みでは足りず、すべてを読みたくなること請け合いである。

小説すばる9月号掲載、重松清氏の「ラブレター・イン・ブルー」はより複雑な方向へ。今回の主人公はまったくの同世代で、いつも「こういうことも起きておかしくない年齢なのかな」と考えながら読んでいる。新書を二冊読んだ後のなので、また小説が読みたくなってきている。今日からは同号掲載の読みきり短編を楽しみにしよう。(小)
8月19日(金)
昼間は日差しがジリジリと照ることもあったのに、夕方にかけては空が暗くなりカミナリがなる始末。おそらく雨も降るだろう。空模様がコロコロと変わる一日、それにつられたわけでもないが、取次店でテーマの異なる4冊の本を買ってきた。

まずは毎月お決まりの小説誌。9月号の特集は「少年少女小説」で、中場利一氏、堂場瞬一氏の作品が楽しみである。連載を読み続けていてやめられなくなっているのが、重松清氏の「ラブレター・イン・ブルー」。今回で9回目だが、ますます展開から目が離せなくなってきた。この重松氏の連載と伊坂幸太郎氏の不定期連載が終了したら、しばらく購読を休もうかと思っていたら、来月号からは熊谷達也氏のマタギ三部作最終章「氷結の森」がスタートするらしい。同誌の販売戦略に見事にやられている。

この本は刊行当初からそのタイトルの面白さに惹かれ、早く読もうと思っていたらあれよあれよという間にベストセラーになってしまっていた。書店では平積みされているし、書評等の評判もどれも上々。いかにもブームっぽくなっていたので、少し落ち着いてから買おうと考え、今日まで控えていた。自分の不得意分野に近い内容だと思うが、信頼できる本の先輩からは「読んだ後にスーパーに買い物に行くのが楽しくなる」との感想を聞いた。漠然とはしているが、なんとなくこの本の面白さをうまく表現していそうな言葉だ。

盆に久々に菩提寺へ行き、御住職とお茶を飲んできた。寺へ行く機会は年に2〜3回くらいで、ここ数年はその役割を父親から引き継いで一人で行っている。お寺や先祖についての様々なこと、例えばしきたりだとか慣習というものが、基本的に大好きである。一つ一つの物事にきちんと理由があったりするのを知るのが面白いのだが、その理由が単に「伝統」の一言で済んでいたりするのも、いい加減さも見え隠れして良い。曹洞宗の寺なので、御住職からは道元禅師のお話を聴くことが多い。今年も少し話題になった。その流れで買ったのがこれ。「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」。なんとも美しい歌だ。昔読んだ小説に「春に桜が咲き、夏に向日葵が咲く。秋は紅葉があるし、冬には雪が降る。そんなことを楽しみに生きていけるようになれば、たいていのことは我慢できるようになる」という台詞があり、いつかそういう境地に至りたいと願っている。その台詞の元はこの道元の歌にあるのではないかとふと思い、買ってしまった。もちろん、年末に寺へ行く時の武装用にも役立ちそうである。

東京大学立花隆ゼミの『二十歳のころ』という分厚い本を読み、最も印象に残ったのが小川三夫という人だった。そしてそこから西岡常一という人も、自分の中で勝手に「二人の“常一”」の一人として記憶に留めた。その二人の名前が並び、バックにはそびえ立つ一本の木(針葉樹、スギだろうか?)という装丁のこの一冊を見つけたので、迷わず購入した。既刊本三冊の合本というので、ちょっとお得である(ただ、その既刊本をすでに読んでいた記憶もあるのだが・・・)。オビには「個性を殺さず 癖を生かす」とあり、木を扱ってきた二人の職人の言葉を人材育成に活用するような誘いをしているが、二人の話は純粋に木のことや木造建築の面白さを楽しめるものである。重機といわれるものが全くなかった時代から、今の宮大工と言われる人たちが作り守ってきた技術や工夫は、どれも驚愕の一言である。そしてその驚きには、違う得意分野を持つ人間への憧れと嫉妬、さらには同じ人間としての傍迷惑な誇りが含まれる。このくすぐったさを久々に味わうには、絶好の一冊だと思っている。(小)
8月18日(木)
昼前に地元紙のT記者が突然来社。昨年末からのお付き合いがあり、一度編集部に遊びにいらしてほしいと言っていたので、仕事を中断して歓迎する。実はT記者とは同じ歳で、同じころに東京で大学生活を過ごし、卒業後にはT記者も東京の出版社に就職している。わずかな時間だけだが似たような毎日を過ごしていたこともあり、ちょっとした親近感を持っている。T記者のご担当はいわゆる街ネタもので、つい先日も出版業界ネタを一つ提供したら夕刊の一面トップを飾ってくれた。出版ネタにかぎらず、小社には様々な情報が舞い込んで来る傾向がある。地方都市の出版社というのは総じてそういうものなのかも知れないが、とにかく色々な人が出入りして様々な情報を残してく。一部の新聞社やテレビ局の方からも「ネタの宝庫」「情報市場」などと言われているそうだ。隠し抱えておくような情報でなければ、これからもどんどん提供したいと思っている。

午後から市内在住の画家Iさんの家へ行き、挿絵の依頼をする。Iさん宅は大崎八幡神社の近くにあり、帰りにはいつもバス停二つ分を歩いて遠回りし、参拝することにしている。行く夏を惜しむかのように蝉が鳴く中、裏手のほうから敷地に入る。夏休みとは言え、お盆も過ぎた平日の昼間には参拝客も一人もいない。お賽銭を投げていくつかのお願いをし、長い参道を歩いて道に出る。その途中でIさんの奥様から、「八幡様へ寄るなら、地震がもう来ないようにお願いしていってください」と頼まれていたのを思い出し、慌てて引き返してもう一度参拝する。戦いの神様に天災のお願いをするのもちょっと不思議だが、きっと受け入れてくれたことだろう。

小社から最も近い位置にある老舗書店に新刊の売り込みに行くと、いつもいらっしゃる書店員さんが今日もいない。実はここ数日毎日通っているのだが、見慣れない方がレジに立っているだけだ。思い切って尋ねてみたら、なんと退職されていた。小社で刊行する本の意義をよくご理解いただき、いつもちょっと多めの注文をくれるありがたい書店員さんだったのだが・・・。その前のご担当の方も、現在は市内の別店舗に異動されてしまったが、小社の本をとても丁寧に扱ってくれる方だった。このお二人の印象は、市内各出版社の営業担当の間では共通して良い。新しくご担当になった方とはお会いできなかったが、きっと店の方針として地元出版への理解を受け継がれることだろう。こちらはそれに恥じない商品を作り続けなければならない。

甲子園では宮城代表の東北高校が負け、西東京代表の日大三高も敗れた。自らにゆかりのある土地の代表校が、いっぺんに二つも消えてしまった。他の東北代表校はと考えたら、有力校の青森山田高は東北高校が引導を渡していた。なんとも上手くいかないものである。南北海道代表で前年度優勝校の駒大苫小牧高以外は、またお決まりの「西日本高校野球選手権大会」状態である。こんな負け惜しみを言うのも、単に自分のゆかりが西日本にないだけだ。くだらない地縁は抜きして、明日明後日は高校球児のプレーを楽しもう。まずは東日本最後の砦である苫小牧に、東北のカタキをとってもらって・・・まだわかってない。(小)
8月17日(水)
著者宅へ行っても、書店、取次店を廻っていても、今日の最初の一言は「昨日の地震、どうだった?」で共通していた。どこも大きな被害は無かったようで、まずは一安心だ。他地域からかかってくる注文等の電話でも、「そちら、地震は大丈夫でしたか?」と心配の一言を添えてくれることも多かった。昨日から今日にかけて、メール・電話で安否のご心配をいただいた皆さんに、この場を借りて改めて感謝申し上げたい。

『東北ふるさとの昔ばなし』などの著作がある佐々木徳夫さんは、昨日は朝から畑の草取りをし、その汗を流しに銭湯へ行っているときに地震がきたという。かなり揺れたので慌てて自宅に戻ってきたら、家の中のものはほとんど変わりなく、壁に吊るした絵がすこし傾いた程度ですんだ。たしかに、佐々木さん宅の居間には天井までの作り付け本棚があり、そこには本やファイルなどの資料がたくさん詰まっている。今日もお宅に行く道すがら、「あの本や資料は崩れ落ちただろうなぁ」と思っていたのだが、一冊の文庫本すら落ちなかったそうだ。ちなみに佐々木さん宅は純然たる日本家屋。新しくはないだろうが、基礎組みや耐震の工夫がなされているのだろう。コンクリートで固めたビルやマンションとは違う種類の強さがあるようだ。

帰りに、今日届いた持ち込み原稿の資料を探しに榴ヶ岡図書館へ。児童書の棚に、子ども向けに書かれた地震の際の避難指示のメッセージ書きがあり、本の落下を防ぐ紐も張ってあった。この落下防止用紐はかなりの効果があるらしく、昨日の地震でもその紐のおかげで被害を最少に抑えた酒屋さんが紹介されていた。目的の本も一冊見つけることができ、三人ほど順番待ちをしてカウンターへ。気づけばまだ夏休みで、調べものや読書感想文のネタ本を探しに来ている小中学生が多く目に付いた。毎年この時期になると、某ラジオ局より「追い込み読書感想文必勝法」を話してほしいと依頼を受ける。今年はまだ何も連絡がないので、降板かも知れない(別にレギュラーというわけではないが)。この地震を受けて、防災マニュアルや災害ミステリーをネタ本にするのも面白いかもしれない。防災本を読んで感想を書き、自分の家の防災体制をチェックした表をつけて「自由研究ともコラボしてみました」と提出すれば、気の利いた先生ならきっと褒めてくれるだろう。(小)

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