本の森通信 2006年1月号

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1月12日
ある作家さんから、「某文芸誌掲載の新人作家特集の作品を読み、ベストとワーストを挙げてほしい」との依頼を受けた。もちろん仕事ではなく、友人関係の延長でのことだ。どこかで発表することもなく、メールでお伝えするか鍋でもつつきながらの話題にするか、そんな程度のことである。ただ、日が経つごとに「これはなかなかの難題だ・・・」と思うようになってきた。おかげで肝心の読み作業がなかなか進まない。

作品は小説で、ジャンルの統一はない。当然テーマもバラバラで、「冬の短編小説特集」「ドッグイヤー 犬小説揃い踏み」などという特集タイトルもついていない。共通点と言えば作家全員が「期待の新人」で、ある一人を除いては一つもその作品を読んだことがない作家たちだということだ。

長さはさほどのものでないので、一作読み終えるのに時間はかからないと思う。それでも滞っているのは、やっぱり必要以上に構えているからだろうか。この依頼、重く受け止めようと思えば、際限なく重くなっていく。それ故、依頼主には悪いが、あまり重く受け止めないように努めている。まぁ、「努めている」時点で、かなり構えてはいるのだが。

頼まれたのが、今週はじめだ。この週末を使って読み、考えをまとめてメールを送るのが来週半ばくらいだろうか。「熟考した」ということを理由に、ちょっと締め切りまで余裕を持たせてもらおう。気付いてみれば書評欄を担当していた雑誌記者時代と反対の立場になっている。あのライターさん、こんな気分だったのか。当時の理由は「良い本が多すぎて、どれから書けばいいか混乱しています」だった。うん、使えるかも。(小)
1月6日
第134回芥川賞直木賞の候補作が発表された。直木賞候補には、ここ数回の常連候補者とも言える伊坂幸太郎さんの『死神の精度』が選ばれている。一人のファンとして、仙台市民として、発表の日が少し楽しみになった。

世間には様々な文学賞があるが、それがすぐに本の売れ行きに影響するものとしては、この二賞プラスごく少数のものだけらしい。そもそも二賞は、雑誌『文藝春秋』の販売部数が下がる月に梃子入れのために始めたとも言われているが、実際に二年前の「綿金ブーム」の時には掲載号を増刷するほどまで売れたというのだからすごい話だ。もちろん、雑誌と単行本は違うものだし、受賞が単行本の売上につながらないケースも多々あるだろう。しかし、不振が続く一般文芸書にとっては、年に二回の大きな「販促イベント」になることは間違いない。

今回の直木賞候補作も、書店で平積みにされていた記憶があるものが多い。書店員さんからも「かなり評判がいいですよ」「積んでもすぐになくなります」などと、頻繁に耳にしていたものもある。一方、市内の図書館で、候補作の発表があった直後に在庫調べをしたところ、見事にどの本も貸出中だったという情報も入ってきた。やはり候補作ともなれば、多くの人に読まれているのだろう。

「こんな早い時期に・・・」と呆れられることを承知で言わせてもらえれば、一つの方の最有力候補が耳に入ってきた。受賞作は選考委員の間で発表当日に決まるものなので、この情報も当然ながら「ガセ」ということになる。しかし、言われてみれば「なるほど、確かに・・・」と思いたくなる裏づけもいくつか付いてきている。これが本当に受賞したら、選考とは別に「分析」という点で見事なものだと言えよう。これも発表の日の楽しみの一つだ。(小)
1月5日
今日は外に出ず終日原稿読みに集中する。一つは昨年から続いているものの最終原稿。著者の方はこの年末年始の休みを利用して(本業は会社経営)、原稿を完成させたそうだ。「正月くらい、ゆっくりしよう」となりそうなものだが、それを排してまとめたものだけに、読む側もより誠意をもって読まなくてはならない。

この「年末年始の休みに何かをやる」という人は、周りに意外と多い。ずっとお付き合いしている著者の方もそうであるし、友人の一人もそうだ。「何か」というのは旅行やレジャーを指すのではなく、執筆等の創作活動である。普段は本業や生活に追われてなかなかまとまった時間をとれない。しかし、年末年始は本業からも生活からも開放され、一つのことに集中して時間を費やせるというのだ。夏休みが分散化される傾向が進んでも、年末年始の休みは散らばることはない。多くの人が、同時に3〜5日の休みをとるだろう。自分も休んで周りも休むのだから、本業も生活もひと休みとなって時間がとりやすい。

そんな知り合いを見本に、この年末年始をつかって「何か」をやってみようと試みた。とは言っても、突然創作活動ができるわけではない。そこで、以前挫折した大型本の読破にチャレンジした。奥付を見ると、恥ずかしくも数年も前のものである。部屋の机に座ってスタンドを点け、一ページ目から読み始めた。途中、様々な中断があっても机に戻り、「一般生活+とっても楽しいこと」以外の時間をなるべく読書で過ごすように心がけた。そもそも読書は好きなので、まるで苦痛ではない。

結果、なんとか今晩には読了できそうだ。二日ほどオーバーしてしまったが、なんとか達成したと言えると思う。左脇に「広辞苑」、右脇に「日本史用語集」と「日本史小事典」を置いての読書は、懐かしい“勉強”に近いものだったが、得た知識やひらめきはなかなか新鮮なものだった。時間に余裕がありそうな年末年始には、本棚の主になっている本の再読(初読?)がオススメである。一年後、もし覚えていたら実践されたい。(小)
1月4日
謹賀新年。本年も有限会社本の森ならびに「本の森通信」をどうぞよろしくお願い申し上げます。

毎年年頭の楽しみにしている、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート。今年はモーツァルト生誕250年の“モーツァルト・イヤー”ということで、「フィガロの結婚」も演奏された。携帯電話やライフルを使った楽しい演出もよかったが、何より印象に残ったのは会場の所々に飾られた色とりどりの花。毎年飾られてはいるものの、あんなに美しかったのは近年記憶にない。二年ぶりに演奏された「ラデツキー行進曲」は、会場の観客、そしてテレビ・ラジオの前の世界中の観客の手拍子を受けて、実に勇ましく響いた。これを聴くと、「今年も一年がんばろう」と思う。

仕事始めの今日は、まず年賀状とメールチェックをして書店廻りへ。ある書店は年末年始の客入りがとても良かったそうで、「売るものが不足しそうだった」「取次店に動いてほしかった」「大入袋が出た」などと景気のいい話が聞けた。「正月に実家で読む本」を、たくさんの帰省客が選んで買って行ったそうだ。他方、ビルインの書店では、ビル全体の初売の成績は良かったものの、自店の売上にはうまくつながらなかったそうだ。仙台名物と言われる初売も、その目当ては福袋と割増商品券がほとんどで、その二つとも用意できない書店としては厳しいところかもしれない。「ビル・商店街の全客数アップ→自店の客数アップ→売上向上」となるのは飲食店や食料品店などに限られ、もはや「目的客」中心の集客にシフトせざるを得ない書店は、初売等のイベントの恩恵も受けにくい時代なのだろう。

市内在住の方から、出版の相談の電話がある。まずは原稿を拝読し、その後にお返事することにした。内容は東北を舞台にした歴史小説のようで、個人的にも興味深い。時代は異なるものの、編集長も歴史ものの持ち込み原稿を現在読んでいるところだ。仕事始めの日からこういう嬉しいことがあるとは、言葉通り「春から縁起がいい」というものだ。昨年末刊行の『網野善彦 列島の歴史を語る』も、まとまった数の注文が届いた。その勢いに乗って、今年の小社は「歴史ものの一年」になるのか? (小)


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