本の森通信 6月号
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6月15日(木)
著者宅にサイン本をいただきに行った帰り、お世話になっている絵本店の前を通ると、店の前に店主さんが出ていた。「こんにちは」と声をかけて世間話を始めたのだが、店の中には入ろうとしない。道路の前に停まっている車から離れず、時々周囲を見回している。
訳を聞いてみると、店にお客が来たのだが、車を停めるところがなくて店の前に路上駐車するしかない。でも例の監視員が来たら困る。どうしたらよいか・・・ということで、店でゆっくり絵本を選んでもらうために、代わりに車の見張り番をしているというのだ。なるほど、今回の道交法改正はそんな事態も引き起こすだろう。
郊外の大型店やショッピングモール内のテナント店を別にすれば、専用駐車場のある書店というのは少ないだろう。目的街であればともかく、本を買う時はじっくりと選びたいものだ。そのためにコインパーキングを利用するとなると、本一冊にプラス数百円と言ったところか。文庫本一冊なら、駐車料金のほうが高くなることもあるかもしれない。
まぁ、その姿がもともと正しいと言われればそれまでなのだが、なんだか取締りを受ける側の苦労ばかりが目につく。小社出入りの運送会社さんも、トラックに二人が乗る体制をとっている。人件費やシフトはと聞くと、休日買い上げ体制で休みがほとんどなくなったらしい。駐車スペースのある商店やビル店主によっては、自分の所への搬送の駐車にとどまらず、そこを基点にして台車で周辺に配達することを容認しているところもあるそうだ。一方で、監視員からは取り締まり上の工夫などは見えず、今日は欠伸をしながら歩きタバコをしていた。正しいか正しくないかではなく、どっちの味方につくかと言えば、今のところ明らかである。(小)
6月13日(火)
決戦まであと5日となった。ヨーロッパの強豪国と前回優勝の王国を相手に2連勝を狙うという厳しい戦いだが、「どうせ負ける」なんて思うなら初めからやらないほうがいい。予測できないことが起こるのは、スポーツの世界ではむしろ当たり前である。日曜日の試合は、大勢が「日本敗戦」を予測するだろう。その数が多ければ多いほど、跳ね返りのバネは強烈にはじかれる。たくさんの「敗戦予想」と、少数ながらもバネの芯となるべく硬く強靭な「勝利への渇望」。それが、予測できないことを起こす。
一次リーグ通過の勝点の目安は5と言われている。残り一試合しかないのに勝点5が必要な状況なら「絶望」と言わざる得ないが、残り二試合で勝点5なら十分に可能性があるではないか。何を悲観的になっているんだ。こんな思考回路でいるのは、楽天家だからではない。スポーツをやってきた者とすれば、当然の考え方である。現役選手・元選手に限らず、スポーツの場面を経験してきた多くの人たちよ、今こそ盛り上げていこうじゃないか!
と言いつつも、まるで異なる話題を。
日本を代表する指揮者の岩城宏之さんが亡くなった。享年73歳。岩城氏の指揮を一度生で観てみたいと思っていたが、結局叶わず終いになってしまった。悔やまれる。
私が岩城氏を知ったのは、指揮者としてではなくコラムニストとしてだった。タイトルは「からむこらむ」。世の中の出来事を辛口でズバッと斬っていく文体は、痛快さとともにある種のダンディズムがあった。その後山本夏彦翁に出会い、すぐに夏彦コラムの信奉者となったのだが、「からむこらむ」に出会っていなければコラムの面白さも分かっていなかっただろうし、夏彦コラムを楽しむこともなかっただろう。もしかしたら、不定期ながらもこんな雑文を約6年にもわたって続けられることもなかったかもしれない。
鬼籍に入ってしまった二人の大コラムニストの作品は、幸運なことにまだまだ書店で手に入る。今日は岩城氏の一冊を買って帰ろう。(小)
6月12日(月)
さて、初戦である。当然勝つだろう。勝たないでどうする。
「普通に考えれば、体格と個人力に勝るオーストラリアが有利だよ」・・・なんだそれは? この期に及んで、「普通に」考えろというのか? 「普通に」なんか考えられるわけがない。やる前から負けるようなことも考えられないし、最後の最後まで、勝つことだけを信じて観戦する。たしか8年前、あろうことか指揮官が「一勝一敗一分け」なんて言って試合に臨んだことがあった。そんな気持ちでは勝ちも分けもできるわけがない。あの一言のおかげで、見ているこっちも気持ちが萎えてしまった(だが、アルゼンチン戦の中西永輔の右サイドの突破で火がついた)。幸いにも今回の指揮官は、熱いことは言ってくれないが冷めたことも言わない。こちらに気持ちもしっかり集中できるというものだ。
三試合程度観戦しただけだが、今夜のような現地昼間の試合は暑さが厳しいようだ。一点を取るまでは互いにかなり積極的なゲームメイクをするが、どちらかに一点が入るとその後は人もボールも動かなくなる。格上チームが先制・勝利というパターンが多いので、よけいにそう感じるのかもしれない。また、味方同士の距離を広くして、相手のプレスの負担を大きくするという戦術も有効のようだ。もちろん、これには長い距離でも確実にパス回しできる技術が必要だが、相手を消耗させておいてチャンスを増やし、それを確実に得点にするという展開は理想的と言える。DF陣が距離を置いて構えてゆっくりとパスを回し、中盤のプレスを避けて前線へ長いボールを入れる。それと同時にMFが一斉に走り出し、長身FWが落としたボールを拾ってミドルシュートを打つような攻撃を相手がしてきたら、かなりの苦戦を強いられるだろう。
こっちは、ゲームメイクをしながら相手を混乱させることがまず必要である。DMFの二人が頻繁にポジションを交換する、LSがドリブルを仕掛けず中央にパスを出す。OMFとFWの間で細かいパスをつなぐなど、相手DF陣を常に惑わすような動きをしておく。そうしてマークのズレを引き出し、DMFからのスルーパスや両サイドからのクロスで前線にボールを供給する。正面から勝負するより、多少は仕掛けたほうが勝ちが近くなりそうだ。18番を途中から入れて10
番とトリックプレーを競わせるくらいのことが出来れば、展開は思うツボになるはずである。
まずは、何よりも勝利を。四年間ずっと「結果より内容」と言われてきたが、やっと「内容より結果」と言われる試合が出来るのだ。オウンゴールで1−0勝利でもいい。あるはずのないPKで1−0勝利でもいい。もちろん、工夫に工夫を重ね、考えに考えたボール運びでの1−0勝利だったら最高だ。先に2点取られても、終了のホイッスルが鳴り終わるまでに3点取れば勝ちである。他にも勝ち方は山ほどある。そのうちの一つを、90分かけてじっくり選べばいい。勝つぞ、ニッポン!!(小)
6月9日(金)
今朝の朝刊で、岡野加穂留氏の訃報を知った。享年76歳。「政治学者として三木武夫、村山富市両元首相のブレーンを務めた」という記事があるが、母校の教壇に立つ「岡野教授」あるいは「岡野学長」として故人を知る人も少なくないだろう。その一人として、心から冥福を祈りたい。
大学生活を送ったの四年間は、そのまま岡野氏が学長を務めた四年間だった。入学式の学長式辞も、卒業式の学長式辞も、岡野氏であった。入学式の時は壇上で話した後、学生席を通って退場する際に、最前列に座っていた新入生の前で立ち止まり、握手を求め、何か激励の言葉を贈っていた。それも見ていて、格式高さの中にある自由な空気を感じた。卒業式では、いま思い出しても身が震えるような感動的な一言を頂戴した。一緒に出席した仲間も、感動して涙が出そうになったと言っていた。卒業式を終えアパートに帰り、両親に電話をした。卒業の報告をしたかったのが一つ。もう一つは、その言葉を聞いてすぐに浮かんだのが、両親の顔だったからだ。そのとき両親に話して以来、その言葉を他人に話したことはない。あの時一緒に卒業した仲間たちだけで共有したい、そんな大切な言葉だからだ。もう十年以上経つが、同期の仲間と会って卒業式の話になると、みんなあの言葉を覚えている。お互いに不真面目な学生時代を送っていたのを知っているので、それだけは覚えているのが可笑しい。でも、そのくらい仲間たちの胸にも響いた言葉でもあるのだろう。
卒業して数年経ち、研究室のOB会に岡野氏が出席してくれた。研究室の創設者であり、初代室長だったということだ。歓談の間をみて、思い切って近寄って挨拶をした。「先生から卒業式で戴いた言葉、今も忘れられません」緊張しながらそう言うと、笑いながら「そうか、覚えていてくれてありがとう」と受けてくれた。それ以上話が続かないことに気を使っていただいたのか、「本を読みなさい。まぁこの研究室のOBなら活字は好きなんだろうが、何はなくとも本は身近に置くといい。良い本をたくさん読みなさい」と言って握手を求めてきてくれた。こちらの力に応えて、強く握ってくれた
。今度は入学式を思い出した。
訃報を知った日にできることといえば・・・と考え、打ち合わせの帰りに市立図書館に寄って本を探した。『知的野蛮人のすすめ』(講談社 1992年)。こんな日に初めて著作を手にするとは、「本を読みなさい」と言われながらまるでなってないと自戒する。岡野氏のご専門だった政治学には基礎知識すらないが、卒業式のあの言葉はこの先も絶対に忘れないという自信がある。その言葉の主の著作を、真摯な気持ちで読もう。岡野加穂留先生、安らかにお眠りください。(小)
6月7日(水)
前回のこの欄で触れた「みんなで選ぶ○○夏の100冊」という企画、考えに考えて一冊を選び、練りに練ってコメント文も作ったのだが、なんとその文庫を刊行している版元が倒産していた。ショックである。せっかく選んだ作品が不適となったことだけでなく、あの作品がもう手に入らないかと思うと、残念でならない。家の本棚に残る一冊が、本当に貴重な一冊になってしまった。
「グリムよりシュールで、アンデルセンよりメルヘン。そしてマザーグースよりも詩的だ」・・・これがコメント文の締めだった。東北の昔話に関わっているからというのではなく、民話や童話の類は昔から好んでいる。マザーグースも様々な翻訳者の作品を読んだし、研究書にもこれまで数冊目を通している。早い話がグリムもアンデルセンもマザーグースも大好きなのだが、それ以上の魅力があの作品にはあった。今回久々に読み返してみたのだが、やっぱり面白かった。
そんなわけで、オススメの文庫を選び直すことになった。さて、どうしようか。自分の部屋の本棚の文庫コーナーとは、先週末に飽きるほどにらめっこした。その結果選んだのがあの一作品だ。二番手、三番手と考えたものがないわけではないが、自分の中でどうもインパクトに欠ける。自分の中でのインパクトなど本来の趣旨とはまるで関係ないのだが、他のどれを見ても力不足に思えてしまうのが不思議だ。困ったものだ。
私がオススメしようと思っていた「あの作品」とは・・・・・・、やっぱり書かないことにする。内緒にしておこう。どうしても知りたいという方は、トップページよりメールでお問い合わせを(笑)。(小)
6月2日(金)
昨日に引き続いて書店廻りをしていたら、ある店の馴染みの書店員さんから「あっ、いいところに! ちょっとお願いしたいんです!」と呼び止められた。もしかして大口の注文かと胸を膨らませたのだが、しばらくして紙を持って現れ、「これお願いします」と。
A4サイズの紙に書かれていたのは「みんなで選ぶ○○夏の100冊」(○○は店名)というタイトルと、書名・著者・出版社・コメント欄。夏の文庫フェアの時期に合わせ、なんとその店独自の「100冊フェア」をやってしまおうというわけだ。同店のスタッフ一人ひとりはもちろん、版元関係者の協力を得て、一人一冊・百人百冊のオススメ文庫を挙げてもらい、それを店頭に並べるという。大手の文庫フェアは夏場の風物詩的なものだが、書店が独自で文庫フェアをやってしまおうというのは面白い。もちろん賛同し、参加させてもらうことにした。
さて、どの一冊を選ぼうか。「マニアックなの、お願いしますよ!」と言われた以上は、いくら気に入っていても有名作家・有名作品は避けよう。他の99人とは重ならないものを選ばなくてはならない(と言うか、絶対に選びたい)ということも、少々考慮しなければならない。とりあえずは、現在自分の部屋の書棚にある文庫から、どれか一冊を選ぼうと思っている・・・とは言うものの、すでに数冊のタイトルイや装丁が頭の中を回っている。「夏」ということを考慮しようか・・・? 現在集まったものは小説が多いというから、あえて小説は外して考えようか・・・? 家に帰ってみて、文庫を並べている棚の一番端にある本を無条件で選ぼうか・・・? あぁ、もう止まらない。
こんな楽しいフェアに参加できるなんて、本当ありがたいことである。ちょっとしたお祭りに加わる気分だ。一方で、果たしてどんな本たちが並ぶのか実に興味深い。参加者の一人としてではなく、お客の一人としても大いに楽しめそうである。(小)
6月1日(木)
「あぁ、あそこはやっぱり直したほうがいいな・・・」そう思ったのが昨日の帰りのバスの中。書店さんのフェア展示のお手伝いをしたあと、22時台のバスだったと思う。さて、どうしようかと思い、メモ帳を出そうとカバンを探ったが無い。そこで携帯メールに文章を打ち込み、会社のPCに送信。これなら文章もそのままだし、翌日の朝のメールチェックで忘れることもない。
今朝はそのメールの文章をさらに手直しして、取り掛かり中の編集作業からスタート。10時半までに終わらせて自転車に飛び乗り、以前『さくちゃんとももちゃんのたんじょうび』を書かれた田村雪子さんに会いに行く。今度は思春期教育関連の冊子を作成したいとのこと。原稿もすでに仕上がっており、編集・レイアウトはお任せいただいた。また持ち原稿が増えた。嬉しい悲鳴である。その後、近くにある仙台市歴史民俗資料館の学芸員・H氏を訪ねる。H氏はこの四月に仙台文学館から異動され、文学館時代にはいろいろお世話になった。職場が替わられてからはお話もしていなかったので、改めて挨拶に行った。また、H氏は今月下旬刊行予定の新刊本にも大いに関係しており、その進捗状況の報告も兼ねた。話していて初めて知ったのだが、互いに大学時代の専攻は日本史で、しかも同じ歳で、なんと共通の知り合いまでいることがわかった(ちなみのその知り合いとは、私の大学時代の先輩でH氏と高校で同学年だった。現在はテレビ制作の仕事をしている)。場所の関係もあって同館にはあまりご縁がなかったが、H氏を訪ねに今後も行ってみようと思う。
その後、さらに近くにある市民センターへ行く。ここの館長はスイミングの知り合いだ。年齢は二倍近いが、あえて言うと「戦友」であり「仲間」である。突然の来訪にも温かく迎えてくれ、市民センター運営の話をいろいろ聞いた。実は棒民間企業を早期退職し、第二の職場として20倍の難関を突破してセンター館長になった方である。書籍を買う予算もあるとのことなので、次は営業目的で来ることを約束した。お次は帰り道にある取次店へ。ここ最近、市内書店業界で聞くウワサについて、真相を究明すべく係長をつかまえる。詳細はとてもここでは書けないが、なんとか終息の方向らしく安心した。最後に近刊の営業をし、平積みになっている新刊の文庫をチェックして出る。
駅前の駐輪場に自転車を停め、仙台駅ビル・エスパル内の「ブックスみやぎ」へ。ここでは本日から「河北出版センターブックフェア」が開催されており、それにオンブ・ダッコで小社のほか市内出版社の本が並んでいる。店長に挨拶する前に、文庫担当の書店員さんを発見。今朝チェックしたブログで興味を持った本を見つけ、「これ、来そうですよ」と言うと早速面陳に。私も(責任を感じて)迷わず買う。店長さんとブックフェアのことを簡単に打ち合わせし、近刊のウリコミを合わせる。その後も駅前書店を廻り、近刊のウリコミに精を出す。
こんな一日だったので、社に戻ってできるのはこの欄の更新だけ。これからまた別の仕事で外に出なくては・・・。(小)
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